真宗フリートーク(99年3月発行)
 基幹運動・同和問題・岐阜龍谷会事件
 自由にものが言えてこそ真宗教団

 浄土真宗本願寺派教団の今後のあり万を自由な雰囲気の中で真塾に考えていこうとの目的で結成された「真宗フリートークネットワーク」。蓮如上人五〇〇回遠忌を終えた会年、ここに広く教団・寺院の皆さまに、集いの様子をお伝えすることに致しました。どうかご一読いただき、感想なとをお寄せ下さい。なお、この冊子の発行・送付は、御同朋の皆さまの浄財によって賄います。
 西本願寺門徒会館で開かれた「98真宗フリートークの集い」には全国から130人余が参加。同和問題など幅広いテーマで話し合いました。(1998年5月1日〜2日)。

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 私たちに今必要なのは多様な情報と分析する力です。
 真宗フリートークネットワーク座長 殿平 善彦(北海道・一乗寺住職)

 真宗フリートークとは
 浄土真宗の御同朋が集います真宗フリートークネットワーク」の座長を務めます殿平です。
 このいささかカタカナまじりの集いがどんなご縁で生まれたのかをまずお話します。「フリートーク」という名前には、あまり気兼ねなく、自らの信念に基づいて自由にしやべってみよう。間違いがあれば指摘し合おう。その作業の積み重ねの向うに真実があるはずだ、という願いが込められております。

 重害しい雰囲気の教団の現状
 実はここ数年、私たちの浄土真宗本願寺派の教団はいささか重苦しい雰囲気の中にあったと感じております。例えば、私の地元の札幌別院で一九九四年に「差別落書き事件」というものが発生いたしましたが、その中で、同和問題・差別落書き事件に関して、「下手にものを言うとややこしいことになる」「できれば避けて通りたい」という雰囲気がうまれたという記憶がございます。
 私は、この事件を通して、自由にものが言えない状況が、浄土真宗本願寺派の教団に生まれていると実感いたしました。
 そしてその原因のひとつは、明らかに教団の基幹運動における同和問題の認識をめぐって生まれてきたことのように思えます。
 私たちに今必要なのは、多様な情報と、事態に対して客観的に分析する力なのではないでしょうか。私たちは、同和問題をめぐって、多様な意見と論議がある現実を客観的に学ぶ必要があります。
 教団の基幹運動・同和問題に対して自分で判断するだけの材料と情報を獲得してみたいという思いで、私たちは一九九六年から集まりを始めました。最初に集まった時は、十数人であったものが、四十余人となり、そして一九九八年には百三十人を越える方々がお集まりです。数が問題なのではありませんが、やはりこうして毎年集まりを持つごとに多くの方々が来て下さっています。

 本日は、この集いの情報提供者として、神戸大学名誉教授の杉之原寿一先生と、龍谷大学元教授の加藤西郷先生においでいただきました。
 親鸞聖人の教えをいただく者として、客観的な事実をなるべくたくさん学びながら、その根本に真宗の教えを置かせていただく。一番深いところに真宗の教えをどのように置けば、念仏者としての自分と世の中の見解をしっかりと持てるのか。それは容易ならざることですが、私たち一人一人が試され、遂行していかねばならない課題だろうと思います。
 たくさんの事実とその根本に座る教法を学んでいく場として、この真宗フリートークネットワークを意味のある集いにさせてただきたい、このように深く念願をしております。

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 今後の取り組み
 聞法の教団にふさわしい進歩に向けて「全宗門討論」を呼びかけます
真宗フリートークネットワーク事務局長
大原光夫(京都・浄泉寺)

 真宗フリートークネツトワークの今後の活動について
 一九九七年に、この門徒会館で、第二回目の「真宗フリートークネットワーク」の研修会を開催いたしまして、今年が第三回目になります。
 先ほどから皆さん方の報告や発言を聞かせていただきました。どう考えても本山とご門徒衆や各住職方との距離がどんどん遠くなっているように感じてなりません。
 そこで、本会の今後の取り組みといたしまして、三つの点をご提案させていただきます。

@全国ブロック別研修会の開催
 このように私たちが、自由に何のこだわりもなく話しができる場所、これは本来、基幹運動本部や宗門が率先しておやりになることです。しかし、現状はそうなっておりませんので、当面は、骨の折れる仕事ではありますが、私どもがやっていかなければならないと思っております。
 今回の研修会には一三〇人を超える方々がご出席ですが、実は「ぜひ行きたいが所用でやむなく欠席する」とのご連絡をたくさんいただいておりまして、そうした方々を含めると二〇〇人を大きく超えてまいります。そうなると、この会場には入りきれないということになります。
 もちろん会場だけの問題ではありませんが、今後は、全国から集まる毎年の研修会は一時お休みをいたしまして、ここ数年をかけて、全国各地を北海道、東北、関東、東海、北陸、近畿、中国、四国、九州といったブロックに分けまして、皆さんが一番集まりやすい場所と条件を選んで、地方毎にこうしたフリートークの会をやっていきたいと思います。
 各地方ブロックでの開催にあたりましては、皆さんにも世話人をお願いするかと思いますので、是非ともお引き受けいただき、お力をお貸しいただけますようお願い申し上げます。これが一つ目の提案です。

A現代に生きる真宗教団として全宗門討論を進めましょう
 昔の中国の言葉に「国、まさに滅びんとするや必ず律多し」という言葉がございます。国が発展している間は、少々失敗しても「思い切ってやれ、がんばれ」と言っていた王様が、だんだんその国が衰退していきますと、「あれやったらアカン、これやったらアカン」と締めつけて、「律」が多くなるという諺です。
 浄土真宗はこれから、日本の現代社会に向かってしっかりと発信していかなければならない時であります。本来、教団における基幹運動などをめぐっての問題につきましては、ことに「自由に語り合う」ことが大切でありますのに、残念ながらそうはなっておりません。
 私どもは、教団に育てられた者であり、教団の一員でありますから、この会に限らず、あらゆる機会を借りまして、全宗門でこの問題についての自由な討論を進めていくことが大切です。今の宗門の自浄能力がどこにあるのかを自ら考えていく、討論していくことを、ここに参加されている皆さんはもちろん、全ての宗門の皆さんに改めて呼びかけたいと思います。これが二つ目の提案です。

B運営資金調達へのご協力を
 三つ目の提案は、「真宗フリートークネットワーク」の運営資金の調達についてのご提案です。
 一つの運動は必ず歴史とともに終わっていくものでありますから、いずれは私どもの会もその役割を終える時が来るでありましょう。しかし、今の教団の状況を見ますと、私どもが勇気を出して役割を果たさなければいけない時であります。
 この会は、もともと「願いを持つ者」が手弁当で集いましたものですから、全くと言っていいほどに資金はありません。全国の皆さんにお知らせしようと思えば、莫大なお金も必要になってまいります。皆さんお一人お一人が当会の運営資金の調達に心を砕いていただきまして、可能な方は大口の浄財も含めて、ご協力をお願いしたいと思います。

   編集後記
 蓮如上人五〇〇回遠忌法要が終わった。半年におよぶ法要が宗門の未来をどう拓いたのか。御影堂修復のはじまりとなったことだけは確かだが・・・・。
 ご法要の終わりと共に見えたのは、宗門三大事件なる、全てがお金に絡む事件であった。その一つ、岐阜教区の事件については本号がいささか新資料も紹介しつつ論述したところだが、事件はこの三つにおさまるものでもないと聞く。北海道教区における財務不正疑惑のウワサは、火のないところに…の譬えのごとくか。
 それにしても私たちは、宗祖の願いから、どんなに遠くに来てしまったのか。「浄土真宗に帰すれども・・・」と宗祖は欺かれたが「帰す」ことも無き我等の闇は深い。(殿)

 真宗教団の未来を築く浄財にご協力下さい。
 下記の要領で、皆さまからの浄財(募金)を募集致します。どうか趣旨をご勘案いただきまして、ご協力のほど、よろしくお願いを申し上げます。
【浄財(募金)募集要項】
 一口五〇〇〇円
 同封の払込取扱票にて、こ協力いただけます口数相当額を最寄りの郵便局からお払込下さい。
 払込用紙のない場合は以下の払込口座宛こ送金下さい。
 〇一三五〇-六-五九八一〇
 真宗フリーートークネットワーク
  〒614−8085 京都府八幡市八幡馬場41−7 浄泉寺気付
    FAX 075−971−2201

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 フリートーク
 「同和」を中心に全国で不正常な事態が
 真宗教団が主体性を持ち自由に語り合える雰囲気作りを
 私たち一人ひとりの力で勇気を出して進めましょう。

・門徒数六〇〇〇軒の北九州市・永万寺でいま何が起きているのかを聞いてほしいのです。
堀田 弘城(福岡・永万寺法中)
 「永万寺問題」という言葉を初めて開かれる方も多いと思います。
 永万寺は、北九州市の中北部にあり、門徒数六〇〇〇軒という非常に大きな寺院です。そこで今、私ども法中一〇軒とご住職の間でもめ事が起こっており、門徒さんを巻き込んで、大きな問題となっております。
 この永万寺の周辺は被差別部落が多く、江戸時代は大分県・浄福寺の下寺でした。差別の厳しい時代でしたから、当時はほとんど法に会うことが許されず、当時のご住職が一生懸命に頑張って資金繰りをし、自分たちの寺をつくろうと奔走したわけです。その時に、資金集めに協力したのが私ども法中山一〇軒の祖先でして、以来、法中一〇軒が永万寺の僧侶として法務を勤めることとなり、今日に至っております。
 当初は五〇〇軒程であった門徒さんも今では六〇〇〇軒ですから、現在の永万寺というのは、住民と私たち法中と時のご住職とが一致協力して営々と築き上げてきた、いわば「共同の寺」だと言えます。
 現に長い間、私ども法中一〇軒がそれぞれ担当区域を分担して法務を行ってきたわけでして、お金の点でも独立採算制で、ご住職とのやりとりは一切なかったのでございます。
 ところが、いろいろな経過がありまして、一九八七年に社会保険を整備するというので、建前上の事業主と雇用関係を結ぶ形となったことを逆手に取り、住職は一九九六年に私ども法中一〇軒・一六人の僧侶を突然クビにすると言い出しました。そして、山門や本堂などあらゆるところに張り紙をして、「法中の坊さんたちはクビにした」「法務活動は一切禁止だ」と書きたて、しかも私どもの僧籍を削除するというのです。
 事態を本山に訴えますと、「刑事事件でも起こさない限り僧籍削除はできない」というご返事でしたが、そう言っている間にも本山の名前も使って門徒中に触れ回ったのです。
 こうした中で、ある法中の奥さんが自殺される事件が起きました。門徒さんたちも立ち上がられて「門徒の声協議会」が結成され、門徒さん五〇〇人余が参加して集会を開き、「法中をクビにするのは住職の独断専行。住職八代目まで何事もなかったのに、なぜ九代目で混乱するのか」「法中側につけば葬儀や納骨もできないと老人を脅すのは許せない。寺内のもめごとに門徒を巻き込むな」「任職は法中と話し合い解決を」と訴えておられます。
 ご住職の側も、意に従う門徒総代をつけ、「悪い坊さんから院家さんと永万寺を守ろう」と本堂で集会を開きました。その際には、ヤクザ風の若者数十人を動員して、お寺にバリケードを築き、自分に都合の悪いご門徒さんを中に入れないということで、もみ合いとなり、救急車や警察も出動する大変な騒動になったこともございます。
 本山では、鎮西別院に対応委員会を作られ、いろいろとご苦労していただきましたが、そこで出された案は「住職の意向に従いなさい。それができなければ非法人協会を立てて独立しなさい」という、どちらを選んでも私ども法中一〇軒の生活ができない内容のものでした。
 ただ、その案の前文には「対応委員会には強制する力はない」と前置きしておられますが、ご住職の側はその部分を勝手に削除して、本山の印鑑も使い、「本山の指示」だと宣伝しておられます。
 私たちの永万寺問題は、地方の小さい範囲で起こったもめ事ですが、全国の皆さん方にも是非考えていただきたい事柄です。お聞きいただいて有り雑うございました。

・札幌別院・差別落書き事件の顛末
殿平 善彦(北海道・一乗寺住職)
 本日は北海道から何人か来ておられますが、私の方から、北海道における基幹運動・同和問題をめぐっての教団の状況を改めて報告します。
 一九九四年に北海道で「札幌別院差別落書き事件」が起こりました。部落に対する賎称とともに個人名が書かれた落書きが三度にわたり別院の壁に書かれました。
 それに対して、本山と北海道と合同で対応委員会を作り、事件の対応をしてこられました。
 実は、その落書きに名前が記された方は、かつて私たちと一緒に北海道で基幹運動を一生懸命にやってこられた方で、本人はそのことで大変に傷つき、辛い思いをされました。
 しかし、本人に対する具体的な人権回復処置は全くと言っていい程にされず、逆に対応委員会は「あなたの名前を公表すればこの事件の解決に役立つ」とさえ要求されました。対応委員会では「これは部落大衆に対する差別だ」ということがもっぱら強調されたわけです。
 また、北海道教区は部落問題に対する意識が低い体質を持ち、加害者になる可能性が高いとして、僧侶に研修会への出席を要求されました。
 しかしこの事件への対応は、実際にはむしろ新たな人権抑圧の現象さえ生んだと私は考えております。
 例えばその事件をめぐって、北海道の僧侶がさまざまな論評を書きました。しかし、対応委員会の方針やこの事件を部落差別事件とすることに否定的な見解が出る度に、対応委員会は「それは部落差別を理解していないものの考えだ」「自分が加害者として差別者の自覚をするまで対応は続ける」と北海道教区の中で言い続けたわけです。
 その結果、ある布教使は沈黙して一切教区と関わらなくなり、教区の側もその布教使の常例布教を禁止するという事態も生まれました。
 そして、同和問題・基幹運動については、頭を下げて沈黙していれば事態は終わるという雰囲気が広がったと私は感じております。
 しかし、北海道では今改めて、少しお互いに自由にものの言える状況を作ろうということで、新たに雑誌を作る運動もはじまっています。
 それを通して、部落問題なり人権問題と正面から向き合っていこうという動きが、北海道でも生まれてつつあることをご報告しておきます。

・本来の基幹運動と教学の近代化
田ノ倉 亮弥(東京・浄興寺住職)
 一九六二年に西本願寺で門信徒会運動が始まりました。私はその時、本山から出された資料を拝読して非常にいい理論だと思いました。これは一口に言えば、近代的な組織論であって、檀家制度から離れてバラバラになった都会人が、本当の信仰を喜ぶ個人として自発的にグループを作ろうという理念でした。
 そこで私は、すぐに実践してみましたが、どうもはかばかしくいかないのです。そこで反省してみますと、組織論は極めて近代的なのだが、教学の内容がそれについていっていなかったわけです。
 本山もこの矛盾に気がついたのでしょう。一九八一年頃から、今度は基幹運動が出てくるのです。この運動は従来の矛盾を乗り越える運動だと私は解釈しました。
 つまり、組織論も近代的だし、教学内客も近代的で、門信徒会運動と同朋運動を一本にしたわけです。この同朋運動は、差別をなくしていく運動であったのですけれども、結果としては教学問題と近代化の運動になってくるんだと私は思います。
 そういう意味では、私は基幹運動は良いものだと思っております。一部の人は「基幹運動自体がもう終わりだ」と言う方もおれらますが、私はそうは思わない。本質的には非常に優れた運動だと思います。
 その基幹運動と教学内客ですが、私の教区の僧侶研修会などに出席しますと、大いなる不満と情熱とで満ちあふれていますね。ただ問題は、そうした情熱に対して、与えるべきはっきりとした形式がまだ見出されていないところに我々の苦しみがあるのではないでしょうか。
 そのエネルギーに具体的な形を与えていくものは、やはり近代教学なんだと思います。分かりやすく言えば、人権と信仰との関係の問題です。昔から真俗二諦という論題がありますが、この真俗二諦の克服ではないかと思うのです。
 近代的な教学をつくることは、西本願寺教団の近代化であり、ひいては一般社会の本当の意味での近代化につながります。それにはしっかりと「人権」という概念を整理した教学を改めて作らなければいけないと思っております。

・私の差別発言事体験と本山の対応
松原 聡文(三重・光明寺住職)
 もう五年程前に、本願寺の三大差別事件というものがございました。
私はその当事者で、「差別発言者」として糾弾を受けた側でございます。従って、皆さんの前でこうして発言の機会を与えててただくことは大変に嬉しいのですが、同時に少し恥ずかしいような気もします。
 当時のことを少し紹介しますと、私の「差別発言」が解放同盟の糾弾を受けて、収束しかかっている時、本山から私に「宗門高校の生徒相手に研修の講義をしてほしい」という依頼がありました。
 私は「変なことを言ってくるな。なんでまたわざわざ私に」と思いながら半信半疑で三重県から京都に出てきたのです。そうしますと結局のところ、さんざん待たされたあげくに、「実はあなたには話をさせるわけにはいかないのだ」と言われてそのまま帰されました。
 そういったいきさつがありまして、私は、本山のどの機関が問題なのかは分かりませんが、大変な憤りを覚えたことがございます。
 しかし私は、この「差別発言」を機会に大いに学ばせて頂き、ご門徒も一緒に差別の問題について勉強する機会を得ることができました。

 自由な意見交換の必要性を痛感
藤範 順誠(和歌山・大光寺住職)
 私は、地元で全解連支部に所属し、二十数年、部落問題の解決に取り組んでおります。
 私の町(和歌山味・高野口町)では、本年の三月に同和対策事業を終了し、一般対策へ移行することになりました。
 私も全解連の会員として、町当局との懇談や住民との対話などに取り組んでまいりました。地域には解放同盟(全解運会員の約一〇倍の会員数)が組織され、いろいろな形で私に対する圧力がかかり、活動が困難な時もありましたが、最近では、情勢もかなり変化してきていると感じております。
 本願寺からの情報が、解放同盟寄りに一本化されている現状を考える時、宗門内外での自由な意見交換の必要性を痛感しております。

・本山でも起こった落書き事件と京都の対応
岩瀬 慈尊(京都・願性寺住職)
 札幌別院での落書き事件の後、西本願寺の便所でも落書きがされる事件がありました。
 この事件は、木山と解放同盟中央で対応が進み、全国三一教区がそれぞれの地域の解放同盟から糾弾会を受けるとことになりました。
 京都教区でも早速話し合いが持たれましたが、その時には、糾弾会を受けるのが当たり前のように話が進められていることに対し、「なぜ解放同盟に糾弾会をしてもらわなければならないのか。誰が決めたのか」「主体的に中から課題を見つけだして、学んでいくという姿勢が必要だ」という声が上がりました。
 しかし結局受けることとなり、教務所で第一回目をやりました。その時には本願寺の落書き事件が中心で、解同京都府連は京都での報告がなかったことにカンカンになって怒っていました。本山からも来られていましたので、その問題について、本山が糾弾を受けた形でした。
 その時に感じたことは、我々としてはお仏壇がありますから、まずお仏壇に手を合わせることから始めてほしかったのですが、一切そんなことは行われずに、主体性のなさをつくづく感じたのでした。
 二回目は京都府連の事務所で行われ、やはり一回目と同様に本山の問題を指摘されました。三回目にはまた教務所に戻り、この時には京都教区の問題がいろいろと出ました。
 解同京都府連は、地区寺院の住職研修をしっかりしやって、いたるところで講師のできる体制をつくれ、と要請すると同時に、地域寺院住職の「組合」を作れと言うのです。
 しかしそれは直ちにおかしいという意見がその場で出ましたので表には出ませんでした。
 この事件は、中央での糾弾会の結果、今度は差別法名の再調査を約束して下に降ろされてきました。

・「人権」という名の人権侵害の可能性
高橋 哲了(広島・妙蓮寺住職)
 昨年の「真宗フリートーク」で、既に広島の状況を数人の方がご報告されておりまして、その後の進展はあまりございません。
 むしろ、蓮如上人五〇〇回遠忌ということで、一時休止状態が続いている感があります。もう古い話ですので今更話すこと自体どうかと思いますが、依然、教務所や教区の同朋委員会は一切動こうとしません。
 今感じておりますことは、安芸・備後には「同朋三者懇」という組織があり、どうしてもそこが中心に物事が進むようで、非常に閉塞感を感じております。
 今回の講義を聞いて感じることは一方の人権は尊重しても、もう一方の人権が尊重されない現在の教区、教務所の対応の仕方に改めて疑問を感じたというのが私の感想です。

・部落差別による真宗への強制改宗の真実は?
能仁 俊晴(徳島・光善寺住職)
 徳島県では県の同和対策課が毎年何度か徳島新聞の一面を使って同和啓発をやっております。七〜八年前のことですが、その中で宗教問題を取りあげました。
 その姿勢はよかったのですが、ある地域を指して「徳島藩は今から二〇〇年ほど前、部落差別をさらに深化するために真言宗から真宗への強制改宗をやった」という記事が載ったのです。しかしその後、関係者に開いてもそんな事実はありません。
 我々にとりましては、地区の方々が真宗を選んだことについて、部落差別の結果選ばされたのだと理解するか、それとも親鸞聖人の教えを選び取ったのだと理解するかということは大変に重大なことであります。
 そこで我々は対策委員会を作り、県と話し合い、県も過ちを認めて、新聞で改めて報道いたしました。
 私たちはそういう運動をしてきたのですが、強制改宗という問題は教団でもよく言われております。例えば一〇年前にやりました差別法名の調査報告書でも、本山は強制改宗があったことを認めるような記述をしております。
 それは本願寺教団にとっては非常に重大な問題なのですけれども、そういうことをサラリと書く。では具体的事例はどこなのかと開くと、本山の方は答えてくれません。
 そういう問題をもう一度考えてみなければいけないのではないかと思っております。特に部落の多くが浄土真宗であるということですから、その出会いは何であったのかを教団サイドでも明らかにしていくことは大切だと思うのです。

・差別法名事件の経験から当会の大切さ実感
藤岡 崇信(熊本・真行寺住職)
 十数年前、熊本で差別法名事件というものがあり、私どもの教区は解放同盟から糾弾を受けておりました。
 部落解放推進員の人が、お墓を調べたところ、漢字だが、教科書にもない変な字の法名がたくさんあるというのです。その後、被差別部落の墓石以外からも出まして、異体文字ではないかという話もあります。
 この話を更に厄介にしたのは、過去帳には普通の漢字で記され、墓石だけが変な字体だったことです。この件では「過去帳まではお寺の責任だがお基に刻まれた字体までは責任が持てなどという住職の意見も出て、「住職は問題から逃げようとしている」と批判されました。
 糾弾会が何度かあり、もう収束しようとしていた時新たに糾弾会に出席した若手僧侶が、自分の真宗理解を述べると、これがまた問題にされ、「このままでは終われない」と言われて収束しない。何回も糾弾会に出ていた人たちの間では、「黙っておればいいのに・・・」というような雰囲気があったとも聞きます。
 ちょうどその頃に私は、殿平さんの「心を開いて語り合おう」という旨の文章を読み、なるほどと思い、私たちが教区内のお寺に送っております新聞にその文章を転載しましたところ、本願寺の基幹運動を熱心にされている方が殿平さんの主張を「融和主義だ」と批判され、私に「殿平さんのどの部分に共感したか」「個人の新聞であっても不特定多数の人に配っているのだから公に問題にする」と言われたのです。
 私はビックリしました。差別解消という目標に向かって歩むものにはのろい人もいれば早い人もいる。あるいは今まで関心がなかったのに、何かのきっかけで今から取り組もうという人もいる。
 当然いろんな人がいるのに、いちいちの発言を問題視すれば、皆さん沈黙してしまう。これでは目的に向かう歩みに水を差すことになるという思いを、私は強く持ちました。
 そういう時に、正に「心を開いて語り合う」とのこの会の呼びかけがあり、私は非常に大切なものを感じたのであります。今年はやっと念願かなって参加させていただくことができました。

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