2005年1月26日
全国地域人権運動総連合
議 長   石岡 克美

NHK特番報道への政府・自民党の政治介入に対する抗議の声明
ー「差別」を口実に国民の言論・表現の自由を規制・抑圧する人権擁護法案に反対の立場からー

 NHKは2001年1月30日、「問われる戦時性暴力」を放送した。旧日本軍の従軍慰安婦問題を裁く「女性国際戦犯法廷」を取り上げたが、放送直前に4分短縮されるなど大幅に改変された。朝日新聞は本年1月12日に「政治的圧力で改変された」と報道。当時のNHK制作担当デスクも記者会見で政治的圧力を証言したが、NHKは否定している。
 こうした政治介入問題のさなか、NHK海老沢会長は「一連の不祥事の責任」をとって辞任したが、真実を闇に葬り去るものであって、何ら問題の解決にならない。
 放送内容について事前に、政府・与党の政治家が、変更と中止を求めるのは言論・表現・報道の自由を保障し、検閲を禁止した憲法21条に反するものである。また放送番組編集への介入を禁止した放送法第3条にも違反する言語道断の行為である。
 明白な事実関係は、NHK幹部が問題となる番組の放送直前に安倍自民党幹事長代理(当時内閣官房副長官)に会い番組の説明をしたこと、その際に安倍氏がNHK幹部にたいして「公正中立な立場で報道を」と圧力をかけ、このあと放送内容が2度にわたって大きく改変されたものである。開き直りや言い逃れができるものではない。明らかな政治介入事件である。
 一方、NHKは常識外の改変があわただしくおこなわれ、番組時間が短縮された客観的事実について、なんの説明もしていない。
 また、国会での日本共産党穀田恵二衆議院議員の質問に対し小泉首相は、NHKの開き直りを拠り所に「検閲には当たらず」「調査はしない」と、内閣の重大問題であるにも係わらず問題の解明責任を放棄している。
 全国人権連は、同和問題解決のため自由な意見交換のできる環境づくりのために、言論・表現、出版、報道の自由を擁護してきた。その立場から、部落解放同盟(「解同」)等の「差別表現」と断定しての言葉狩りや違法な「確認・糾弾」の社会的一掃、マスコミの言い換え「自己規制」と闘ってきた歴史的経緯がある。
 「放送予定の番組を説明することも業務範囲」などと、放送に対する政治的介入を自ら招いたNHKの行為は、「解同」の放送への介入をも許してきたのである。有事立法関連の国民保護法制下では、NHKが「大本営発表」を担わされる事態になりかねない。いまこそ放送の不偏不党、真実及び自律の保障、国民の立場で報道の自由に立脚した公共放送へ立ち返ることを強く求める。
 さらに政治権力とマスコミ報道の関係では、この間、マスコミ規制関連3法として、個人情報保護法、青少年有害社会環境対策基本法案や人権擁護法案が問題となってきた。
 人権擁護法案は多くの問題を抱えていたが、マスコミの取材の在り方と係わって事前検閲につながる条文も含まれていたことから、2002年3月の国会上程以来国民的批判が高まり、2003年10月に廃案になった経緯がある。 
 政府・与党と「解同」は、この法案をマスコミ規制の凍結等をすることで、公権力や大企業の人権侵害を免除し、国民の言論・表現の自由を「差別禁止」条項の名のもとに取り締まり、政府からの独立性や実効性もないまま、今国会成立を画策している。
 NHKに係わる政治的圧力の問題は、マスコミ規制法が無くても事前検閲が横行している事実を示すものであり、法の成立が「差別」問題を口実にした国民の言論・表現規制の合法化へと向かう重大な岐路にあることを示唆する。
 全国人権連は法曹界等と同様、人権擁護法案の骨格を大幅に見直すことを求めており、政治的妥協での再提案・成立に断固反対するものである。
 最後に、全国人権連は政府・自民党ならびにNHKに対して、放送への介入が日本の民主主義にかかわる重大な問題との認識を持ち、闇に葬ることなく真摯な態度で、徹底的な真相の解明を国会の場や公正な第3者機関での調査等を通じて明らかにすることを強く求めるものである。
 以上。


2005年1月13日

〒100−8903
 千代田区霞が関1−1
 東京地検 崎坂誠司検事 あて


全国地域人権運動総連合

議 長   石岡 克美

憲法が規定する言論・表現の自由を侵害する不当な逮捕、起訴をただちにやめて、

男性の即時釈放を強く求める

 東京・葛飾区のマンションに日本共産党の議会報告などのビラを配布した男性が不当逮捕された件で、東京地検公安部は11日、男性を住居侵入の罪で起訴した。
 男性が配布したのは区議会で30人学級実現の申し入れや論戦をした内容を報告するビラ、区政への要望を聞くアンケートなどであった。
 配布物を受け入れるためのドアポストへのビラ配布行為には、そもそも住居侵入罪は成立せず、目的や配布方法は正当であり、違法性があるとは到底考えられるものではない。 
 検察があえて起訴した狙いは、ビラ配布という表現手段を刑罰をもちいて抹殺することにあるといわざるをえない。
 民主主義の根幹をなす言論の自由、表現の自由、さらに国民の知る権利を侵害するものであり、断じて許されない暴挙である。
 本人を直ちに釈放し、起訴を取り下げることを強く要求する。


*第1回地域人権問題全国研究集会 集会をめぐる情勢と課題


新たな人権侵害救済法の制定にあたって(全国人権連による7月1日付け法務省への申し入れ文)


2004年5月19日


全国地域人権運動総連合
議 長   石岡克美

人権教育の指導方法等の在り方について
(第一次とりまとめ・案)に対する意見

 文科省の「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」が4月30日に公表し意見募集を行っている標記の件について、意見を述べる。
 この研究会議は、「人権についての知的理解を深めるとともに人権感覚を十分に身に付けることを目指す人権教育の指導方法等の在り方を中心に検討を行ってきた」組織である。
 研究会議は「様々な人権問題が生じている背景」について、「基本計画」を引用し、「人々の中に見られる『同質性・均一性を重視しがちな性向や非合理的な因習的意識』、社会の急激な変化などとともに、『より根本的には、人権尊重の理念についての正しい理解やこれを実践する態度が未だ国民の中に十分に定着していないこと』」や、人権教育の現状に関しては「知的理解にとどまり、人権感覚が十分身に付いていないなど指導方法の問題、教職員に人権尊重の理念について十分な認識が必ずしもいきわたっていない等の問題」があるとの「指摘を踏まえ」て議論を重ねてきた。
 この「人権問題が生じている背景」についての誤った認識について私たち(旧全解連)は、国連人権教育の10年国内行動計画策定の折りや人権擁護推進審議会の第1次答申をまとめる際に意見として糺してきた。つまり、政治や行政の第1議的課題を指摘せず国民に責任を転嫁し、国民の意識を内心に踏み込み改変を迫るもので、「押しつけ」は許されないし、部落問題に偏向した教育を「人権」の名で継続することも認められないと指摘した。
 それが「中立性の確保」等の文言となって反映した経緯がある。
 今回の案も基本認識に大きな誤りがあることを同様の立場から先ず指摘しておく。
 
1,「人権教育のための国連10年」や「子どもの権利条約」をふまえ、「人権教育」の概念や「指導方法等」を検討されたい。
 今回の案には、「国連10年」や「子どもの権利条約」の文言はあっても内容が示されず、また生かされてもいない。
 「人権教育のための国連10年」(国連総会決議・94年12月23日)は、「人権教育とは、あらゆる発達段階の人々、あらゆる社会層の人々が、他の人々の尊厳について学びまたその尊厳をあらゆる社会で確立するための方法と手段について学ぶための生涯にわたる総合的な過程である」とし、「女性・男性・子ども一人ひとりが自らの人間的可能性を実現するために、市民的・文化的・経済的・政治的・社会的なすべての権利を認識しなければならないと確信する」と指摘する。
 そして2004年までの行動計画の「規範的根拠及び定義」では、「人権教育とは、知識と技術の伝達及び態度の形成を通じ、人権という普遍的文化を構築するために行う研修、普及及び広報努力と定義され」「(a)人権と基本的自由の尊重の強化、(b)人格及び人格の尊厳に対する感覚の十分な発達、(c)全ての国家、先住民、及び人種的、民族的、種族的、宗教的及び言語的集団の間の理解、寛容、ジェンダーの平等並びに友好の促進、(d)全ての人が自由な社会に効果的に参加できるようにすること、(e)平和を維持するための国連の活動の促進」を目指すこととされた。
 つまり、人間の尊厳を社会で確立するための方法と手段や一人ひとりの持つ市民的・文化的・経済的・政治的・社会的な権利を学ぶことで、平和で自由な社会を創ろうというものである。こうした理解のもとで「人権教育」が為されれば市民的良識ある倫理が培われると考える。
 一方、国連「子どもの権利条約」委員会は1月末、日本に対する「勧告」を行った。
 「主要な懸念事項および勧告 一.実施に関する一般的措置」では、前回の懸念表明および勧告と係わって、差別の禁止、学校制度の過度に競争的な性質およびいじめを含む学校での暴力に関する「勧告」は充分にフォローアップされていない。委員会は、これらの懸念および「勧告」がこの「総括所見」においても繰り返されていることに留意を求め、「あらゆる努力を行なうよう促」している。
 国内で行われている「人権啓発」や「人権教育」との関わりでは、「広報および研修」の項で次のような「勧告」が為されている。
 20.委員会は、裁判官、教職員、警察官、矯正施設職員、保護観察官および出入国管理官を対象として締約国が実施している研修活動を歓迎する。しかしながら委員会は、子どもおよび公衆一般、ならびに子どもとともにおよび子どものために働いている多くの専門家が条約およびそこに体現された権利基盤型アプローチ(the rights-based approach)について充分に理解していないことを、依然として懸念するものである。
 21.委員会は、締約国が以下の措置をとるよう勧告する。
 (a)公衆一般および子どもを対象として、条約、およびとくに子どもが権利の主体であるということに関する意識啓発キャンペーンを強化すること、(b)子どもとともにおよび子どものために働いているすべての者、とくに教職員、裁判官、弁護士、議員、法執行官、公務員、自治体職員、子どもを対象とした施設および拘禁所で働く職員、心理学者を含む保健従事者、ならびにソーシャルワーカーを対象として、条約の原則および規定に関する体系的な教育および研修をひきつづき実施すること、(c)意識啓発キャンペーン、研修および教育プログラムが態度の変革、行動および子どもの取扱いに与えた影響を評価すること、(d)人権教育、およびとくに子どもの権利教育を学校カリキュラムに含めること。
 このように、日本政府は子どもや子どもをとりまく社会環境の大幅な改善に努めていないこと、人権教育が「思いやり」や特定の社会問題の理解に特化されている状況のもとで、「子ども」を正面に、子どもが権利の主体であることの理解を促す取り組みが致命的に欠如していることが、またも国連の委員会から厳しく指摘されたのである。
 今回、人権教育の指導方法等の在り方についての案は、国内行動計画で示した内容の範疇を抜け切れておらず、国連の懸念する内容にも踏み込まず論点が整理されてもいない。これでは、国際社会に通用する「人権教育」に成り得ないばかりか、教職員や児童生徒の人権をかえって歪める「指導」になりかねないものである。
 根本からの再検討を促したい。
 以上。


2004年4月23日

自衛隊のイラクからの即時撤退を求めるとともに
政府による身元暴きを批判する(声明)

全国地域人権運動総連合 議長 石岡克美

 イラク・ファルージャでの米軍による大規模無差別攻撃は、クラスター爆弾など残虐兵器も使いながら、150以上の女性、120人以上の子ども、老人など無辜の市民600人以上を虐殺している。しかもこの間のイラク民間人の犠牲者は1万人を超えるとさえ言われている。米軍の「侵略的な行動」を批判する国際的世論も高まりをみせ、イラクからの撤兵の動きも加速されている。
 いま日本政府がなすべきことは、米軍による虐殺行為を批判し、軍事的占領をやめて即刻撤退を求めることであり、「戦闘地域」と化したイラクから違法な自衛隊撤退を断行することである。
 今回、日本人拘束事件で解放に尽力したイスラム聖職者協会は、「アメリカに従って自衛隊を出したのがそもそもの間違いだった」と述べているが、これは、イラクの人々の共通の感情と理解できる。重ねて、自衛隊は即時撤退すべきである。
 さらに問題なのは、一部マスコミがこうしたイラク問題の本質にふれずに、日本人拘束事件にかかわって低劣な人格攻撃や、戦前の特高警察なみの発想で被害者や家族の思想信条をはじめとする政府による身元調査にあわせて、人質と家族を攻撃していることである。
 官邸は事件発生直後から「自作自演」の仮説を立て、身元調査をした、との報道もある。自公や政府、一部マスコミは被害者の「自己責任論」をおしたて、自衛隊撤退をいうような人間は「非国民」と言わんばかりの雰囲気を情報操作したのである。「権力が情報をしかけ、メディアが協力し、それをふれまわる人間が跋扈(ばっこ)する。戦前の日本、赤狩り時代のアメリカがそうであった」と批判する健全な論調もみられる。さらに国際社会も、被害者のボランティア精神を誇りに持てと協賛し、日本政府の姿勢を批判している。
 いずれにせよ、自衛隊派兵を推進している政府批判をかわすために、憲法が保障する国民の基本的人権をふみにじる行為は許されるものではない。
 自公ならびに政府は、「人権教育・人権啓発」と称して「国民の人権意識」を問題にし、政府の都合のいいように改変を押しつけているが、被害者の人権のみならず家族のプライバシーまで侵害したことに対し自ら襟をただし、誠意ある謝罪を公に行うべきである。また法務省は重大なる人権侵犯事件として調査し適正な処置を講ずるべきである。
 以上、強く抗議をし、関係者の謝罪と人権回復を求めるものである。

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