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台東区 その1   
姥ヶ池の左を通って、富士の浅間様を左に見ながら、馬道を五、六丁行って吉原田町、土手へぶつかって船宿の客と一緒になって左へ行って、これを左へダラダラッと下りて見返り柳……
 (立川談志(5) 「二階ぞめき」)
  立川談志,『立川談志独り会』 第二巻,三一書房(1993)

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
橋場の渡 はしばのわたし 夢の瀬川(講落語全集2:29) など 6件4題 (圓朝2件, 東京4件) 台東区橋場1〜墨田区堤通1 → 北村辞典.橋場と寺島とを結ぶ渡し.現在の白髭橋のやや下流.三条実美の別荘である対鴎荘跡とならんで橋場の渡しの銘板もある.なぜか荒川区側に立っている.
"向島見物から橋場の渡を渡って、真崎稲荷の前を左へついて曲がろうとする"(八景隅田川)
橋場の渡銘板と白髭橋 1102
総泉寺 そうせんじ 真景累ヶ淵(角川円朝1:04) など 6件3題 (圓朝6件) 台東区橋場1,2 → 北村辞典.橋場の巨刹.板橋区小豆沢3に移転して,平賀源内の墓ばかりが橋場2-22に残った.「累ヶ淵」,迷いの駕籠.
"なァ棒組、妙だなァ、こっちの左り手に見える燈りはどうしてもあれは吉原土手の何だ、茶屋の燈火に違えねえ、そうして見ればこっちにこの森が見えるのは橋場の総泉寺馬場の森だろう"(真景累ヶ淵)
平賀源内墓 0608
口入稲荷 くちいれいなり 狐つき(大文館, 新落語全集(1932)) 台東区清川2-13 橋場の玉姫稲荷境内.「源九郎狐」の稲荷づくし.写真のように今戸焼の狐を奉納する 口入稲荷奉納今戸焼 0608
浅茅ヶ原 あさじがはら 九郎蔵狐(立名人名演03:17) など 5件3題 (東京5件) 台東区清川1あたり → 北村辞典.かつての奥州街道沿いの茫々たる草地.人を化かす狐の用例.一つ家伝説の地.次項の鏡ヶ池と妙亀塚がある      
鏡ヶ池 かがみがいけ 鏡ヶ池操松影(角川円朝1:03) 1件1題 (圓朝1件) 台東区橋場1,清川1 → 北村辞典.出山寺の北にあった大池.出山寺に采女塚の碑がある.ここに身を投げた吉原の遊女采女のことを蜀山人が記している.
"あの池には主がいるなにかと言っているから誰も来る気遣いはない、それに来月になれば一杯に氷が張り詰めるから"(江島屋騒動)
     
痔の神様 じのかみさま 鼻毛(講明治大正1:04) など 7件7題 (圓朝1件, 東京6件) 台東区清川1-1 → 北村辞典.痔疾で亡くなった岡田某の墓.秋山自雲位功雄霊神の諡名.日蓮宗本性寺にある.1月21日に大祭 痔の神様 1003
法源寺 ほうげんじ 鏡ヶ池操松影(角川円朝1:03) 1件1題 (圓朝1件) 台東区橋場1-4 現在は保元寺.戦いに臨み老いを隠すため薄化粧した斎藤別当実盛の墓(供養塔)がある.吉田町実盛ほどの身ごしらえ.これは厚化粧.
"法源寺の前をずっと通り、行き当たりから山谷へ出ようと思い"(江島屋騒動)
齋藤実盛供養塔 1003
長昌寺 ちょうしょうじ 地獄の学校(講明治大正5:41) 1件1題 (東京1件) 台東区今戸2-32 → 北村辞典.弘安2(1279)年,日蓮宗長昌寺.中山の富木日常と浅草寺の座主寂海が宗論の末,寺を日蓮宗に改宗することとなった宗論の芝がある.以前は本堂向かって左に大きな芝生があった 宗論の芝 1003
新町 しんちょう 野晒し(弘文柳枝:02) など 9件3題 (圓朝1件, 東京8件) 台東区今戸1〜3 → 北村辞典.弾左衛門の支配.「野ざらし」のサゲ,新町の幇間(太鼓)だが,なかなか演じづらい.
"新町へ買い物へいきますると、向こうでも切石を打って、煙草を召し上がりましなどといって火打箱などを出します"(蝦夷なまり)
     
称福寺 しょうふくじ 小判一両(青圓生12:11) など 2件1題 (東京2件) 台東区今戸2-3 → 北村辞典.寺は宇野信夫の新作にしか出てこない.写真の亀田鵬斎は,「鵬斎とおでん屋」(本草堂江戸噺,相模書房(2004))という新作に出てくる在野の儒者で文人.迷子の孫を預かってくれたおでん屋への礼に,鵬斎がおでん屋台の障子に看板を書く.すると,普段依頼を受けない鵬斎の書ということで障子が高値を生む噺 亀田鵬斎墓 1003
今戸 いまど 今戸の狐(講明治大正2:29) など 25件13題 (圓朝2件, 東京23件) 台東区今戸 → 北村辞典.地域名.「今戸焼」に「今戸の狐」.かつては安価な彩色素焼きの人形や蚊遣りだというが,今は工房も1軒きり.今戸の潮江院に「今戸の狐」に登場する初代可楽の墓があるのも不思議な因縁.
"今戸に心中のあった時に『たった今戸心中噺』と標題を置き拵えた怪談がたいして評がよかったという事でござります"(闇夜の梅)
初代三笑亭可楽墓 0608
今戸八幡 いまどはちまん 小判一両(青圓生12:11) など 2件1題 (東京2件) 台東区今戸1-5 → 北村辞典.今戸神社.宇野信夫の新作で登場.今戸焼発祥之地,沖田総司終焉之地の碑がある.縁結びの御利益が噂になっているらしく,良縁を求める女性が引きも切らず,流行り神の様相を示していた.良縁を願った帰り道に,知ってか知らずか性神でもある待乳山聖天にお詣りする姿に,思わず笑ってしまった 今戸神社 1003
竹屋の渡 たけやのわたし 後の業平文治(角川円朝3:03) など 8件7題 (圓朝2件, 東京6件) 台東区今戸1〜墨田区向島2 → 北村辞典.隅田川を山谷堀口から向島三囲へと渡す.船宿の竹屋に由来するという.台東区側に竹屋の渡跡碑がたつ.竹屋のおじさんは徳さんを応援に下流へ出張る.
"入汐から三囲渡し、竹屋の渡しは森松、国蔵が持切りで見張っております"(後の業平文治)
竹屋の渡し跡碑 1002
待乳山聖天 まつちやましょうでん 崇徳院(青三木助:04) など 42件18題 (圓朝3件, 東京39件) 台東区浅草7-4 → 北村辞典.隅田川畔の小丘.聖観音宗本龍院.歓喜天・聖天神は象頭の2体が抱き合う形.インドの性神を彷彿.二股大根に巾着の性的シンボルは境内のいたるところに見つかる.裏手に浪曲双輪塔が残っている.
"雪駄を腰へ挟み、尻を端折って素足で待乳山の坂を上がって、聖天様の御宮へ詣ろうと思うと"(八景隅田川)
待乳山聖天土塀 1003
山谷堀 さんやぼり 夢金(青圓生07:08) など 72件29題 (圓朝4件, 東京68件) 台東区今戸,東浅草〜浅草 → 北村辞典.今戸から三ノ輪を結ぶ堀割.1983年頃に埋め立て.吉原通いの猪牙船.堀の芸者,「夢金」,「船徳」,「あくび指南」.
"一生懸命に堀まで来て、竹屋の家を叩き起こして、侍に追いかけられたから止めてくれろ"(粟田口霑笛竹)
山谷堀河口 8305
今戸橋 いまどばし 鏡ヶ池操松影(角川円朝1:03) など 5件4題 (圓朝1件, 東京4件) 台東区今戸1〜浅草7 → 北村辞典.山谷堀の最も下流にかかっていた.今は親柱のみが道路の両側にある.
"今戸橋の向こうから来たのは伴野林蔵というもので"(江島屋騒動)
今戸橋跡 1002
八百善(浅草) やおぜん 大仏餅(立文楽1:12) など 29件21題 (圓朝9件, 東京20件) 台東区東浅草1-1 → 北村辞典.宝暦年間創業の江戸随一の料亭.八百屋善四郎に由来し,代々栗山善四郎をなのる.山谷堀新鳥越町から中央区銀座6-5へ移転.さらに江戸東京博物館から新宿高島屋で店舗を開いた時期もあった.現当主をテレビで見かけることも.
"うちの坊は、袴気の祝で今日は客を呼んで、八百膳の料理でご馳走したが、ヤアあれが嫌だのこれが嫌だの、だだばかり言う"(大仏餅・袴着の祝・新まえの盲乞食)
八百善(銀座時代) 8705
重箱 じゅうばこ 羽織の女郎買ひ(講明治大正1:17) など 4件3題 (圓朝1件, 東京3件) 台東区東浅草2 → 北村辞典.安政年間創業の料亭.重箱に入れた鰻,特に鯰が有名だった.山谷堀に面していたが,昭和初期に熱海に移転.再び赤坂2-17に戻ってきた.1985年ではまだ,赤坂にありながら山谷の重箱の行灯看板があがる.一食数万円では庶民には縁がないが,一度は行ってみたい.
"腹が減って堪らんから、ちょいと底を入れようというので重箱へいって、鯰で飯を食ったが"(粟田口霑笛竹)
重箱 8505
日本堤 にほんつつみ 付き馬(青圓生02:02) など 106件47題 (圓朝9件, 東京97件) 台東区浅草,千束〜東浅草,日本堤 山谷堀の堤.土手,吉原土手,堤,土手八丁などさまざまな名称で登場.吉原がよいの道のため頻出.聖天町から大門口までで約八丁.今でも,桜鍋の中江の古風な店構えは大門出て土手を左.
"吉原土手で荷足の仙太が頭巾目深の怪しの侍に出逢いまして"(粟田口霑笛竹)
桜鍋中江 0608
道哲 どうてつ 文七元結(青圓生07:04) など 18件5題 (圓朝1件, 東京17件) 台東区浅草6-36 → 北村辞典.土手の道哲,西方寺.豊島区西巣鴨4に移転.実在した僧,道哲は吉原遊女を供養.三浦屋の薄雲が愛した猫や仙台高尾がここに埋葬.そちゃ女房高尾じゃないか.
"斬るのはるのと威張って、この頃道哲へ来て追剥をするのは手前かも知れねえ"(粟田口霑笛竹)
仙台高尾墓 0506
合力稲荷 ごうりきいなり 狐つき(大文館, 新落語全集(1932)) 台東区浅草6-42 「狐つき」の稲荷づくしで登場.おそらく,山谷堀の土手際にあった合力稲荷のことだろう.永禄年間の創建,山谷村の鎮守 合力稲荷 1002
田町 たまち 魂違ひ(騒人名作08:24) など 42件29題 (圓朝6件, 東京36件) 台東区浅草5,6 → 北村辞典.吉原近く,山谷堀の南.山手線の田町と間違えそうだが,田町といえば言わずとも浅草だった.「魂違い」,田町ぃ帰る法印さん.
"伊之助はズンズン土手の方へ参る。両人はドシドシ追いかけて田町へ下りずに先の方へ無闇に駆け出しましたから"(粟田口霑笛竹)
     
袖摺稲荷 そですりいなり 二階ぞめき(三一談志2:14) など 7件4題 (東京7件) 台東区浅草5-48 → 北村辞典.浅草田町に現存.「梅若礼三郎」や「木の葉狐」に登場.吉原通いの人たちの袖が擦るようだとのこと.もう少し風情のある社殿だといいのに 袖摺稲荷 0603
見返り柳 みかえりやなぎ 文七元結(青圓生07:04) など 46件17題 (圓朝1件, 東京45件) 台東区千束4-10あたり → 北村辞典.衣紋坂を登って土手へ出たところに植えられていた柳.後朝の別れを惜しみ廓を振り返るため.吉原大門交差点南西角に今も柳が植えつがれている.
"翌朝早く出掛けて、見返り柳の所で朝飯を喫べて"(江島屋騒動)
見返り柳 1002
五十間 ごじっけん 搗屋無間(弘文柳枝:26) など 16件14題 (圓朝3件, 東京13件) 台東区千束4-10,11〜4-35,36 → 北村辞典.見返り柳から大門まで,稲妻型に屈曲して中が見通せない道.五十間というから,その距離約90m.かつては緩く下っており衣紋坂と呼ばれた.
"いつか五十軒で喧嘩の時に、お前さんが仰向けに寝て、サァ殺せと仰しゃッたときは誰も殴てなかった"(粟田口霑笛竹)
五十間 1002
吉原 よしわら 盃の殿様(講昭和戦前2:02) など 795件273題 (圓朝52件, 東京730件, 上方13件) 台東区千束3,4 江戸唯一の公許の廓であり社交場.廓噺でなくとも何かにつけ登場.観音さまの北,斜めになった地割りが跡地.神様,殿様,若旦那.坊主に三助,紺屋に万歳.さらに巨人や狸,蛙が登楼.吉原裏手の弁財天には関東大震災で亡くなった遊女らを慰霊する吉原観音,花吉原名残碑,弁天堂などがある.
"平助どんなぞも堅いから吉原は知るまい。エエ角海老てえ女郎屋は京町の角店で立派なもんです。お前吉原へいったのかえ"(文七元結)
新吉原女子保健組合の線香立て 1003
大門 おおもん 明烏(講明治大正2:31) など 233件79題 (圓朝14件, 東京219件) 台東区千束4 → 北村辞典.吉原の入り口.黒塗りの冠木門こそふさわしいと思うがいかが.明治期はモダンな鋳物の門で,両側の柱の聯を模した石柱が吉原弁天にある.春夢正濃満街桜雲 秋信先通両行燈影(福地桜痴).なんか石造りと誤解してしまいそう.
"左官の長兵衛は、吉原土手から大門をはいりまして、京町一丁目の角海老楼の前まで来たが"(文七元結)
よし原大門モニュメント 1002
会所 かいしょ 明烏(講明治大正2:31) など 10件6題 (圓朝3件, 東京7件) 台東区千束4 → 北村辞典.大門右手,四郎兵衛の会所.私事だが「明烏」の”髭の怖い人が立っているだろ”が鈴本の下足(なのかな)の姿とダブって,子供心に恐怖を感じた.
"清左衛門は会所へ引かれて、これから田町の番屋へ廻され、一通り調べがあって依田豊前守役宅の砂利の上にすわるような事になったから"(政談月の鏡)
     
仲の町 なかのちょう 山崎屋(講明治大正7:04) など 122件49題 (圓朝12件, 東京110件) 台東区千束4 → 北村辞典.吉原のメインストリート.春には桜を植え,夏は八朔に玉菊燈籠,突き当たりは水道尻(五人廻し).一八の褌臭気ふんぷん石炭酸も大散財.
"夜は不夜城というくらいでござりますが、昼は至ってひっそりといたしておりまする。その仲の町の両側をきょろきょろ見て行くのは、誠に田舎めいたおかしな形で"(塩原多助後日譚)
     
九郎助稲荷 くろすけいなり 紋三郎稲荷(青圓生12:04) など 3件2題 (東京3件) 台東区千束3-1あたり → 北村辞典.吉原南隅に祀られていた吉原鎮守.各隅にあった榎本,明石,松田稲荷と大門口の玄徳稲荷とともに吉原神社に合祀."観音さんの裏手のお稲荷さん"かな      
お歯黒溝 おはぐろどぶ 首ツたけ(講明治大正7:24) など 28件10題 (圓朝1件, 東京27件) 台東区千束3,4 → 北村辞典.吉原の四周を囲う堀.お鉄漿滓やらどぶ泥で真っ黒だったらしい.非常時は跳ね橋で廓の外に逃げる.逃げ損なえば「首ったけ」,だまされれば「突き落とし」.
"幇間持ちがお鉄漿溝へ落ち、遣手婆さんが糠味噌桶の中へ転がり落ち、禿が湯殿で眼を廻す"(蝦夷なまり)
     
鷲大明神 おおとりだいみょうじん 心中時雨傘(角川円朝7:05) など 8件6題 (圓朝2件, 東京5件, 上方1件) 台東区千束3-18 → 北村辞典.東京でお酉さまと言えばここ.吉原の裏手.唐の芋(鰍沢)が縁起物で大きな熊手が見栄.高砂の身振りで帰る酉の町(柳多留).ずばり「酉のまち」という噺もある.
"酉のまちと申すと吉原田圃の鷲大明神の賑いは宏大もないもので"(心中時雨傘)
鷲神社大熊手 0611
吉原田圃 よしわらたんぼ 唐茄子屋(講明治大正7:57) など 31件16題 (圓朝2件, 東京29件) 台東区千束,浅草 浅草寺裏の広大な田圃.花の吉原を望む.唐茄子屋の若旦那の述懐(与太郎のかぼちゃ屋の愚痴ではない).北村辞典には,浅草田圃,中田圃の項目がある.その他,裏田圃(明烏雪夜の話).ただの田圃は吉原田圃に合した.
"吉原田圃と来てはあの結構な所を控えて、浅草の観音様には一またぎで"(心中時雨傘)
     
光月町 こうげつちょう 二人書生(楽々艶笑人情上:10) など 3件1題 (東京3件) 台東区千束2,入谷2 浅草光月町.左記町名の最北ブロックを除く地域.「二人書生」は男女の生埋を掘り出す怪談じみた明治の噺.次項の太郎稲荷はこの町内      
太郎稲荷 たろういなり ぞろぞろ(青正蔵2:05) など 9件2題 (東京9件) 台東区千束2あたり → 北村辞典.筑後柳川藩立花家下屋敷の屋敷神.現在は,亀戸の天祖神社(亀戸3-38)内と入谷2-19に太郎稲荷がある.突如流行したり,すたったりした奇妙な神様.すたった時の「ぞろぞろ」の舞台 太郎稲荷 0609
富士の浅間 ふじのせんげん 心の眼(講明治大正5:13) など 3件2題 (東京3件) 台東区浅草5-3 浅間神社.人造富士があるかと期待して行くとがっかりするような社殿だったが,きれいに建て直された.一方で,名物の富士の灸は廃止された.ほかの浅間さんと同様に山開きが行われる.むしろ,5月と6月末の土日に開かれる植木市と麦わらで作った蛇の人形が有名.赤いのがヘビの舌で,かつては付木でできていたという.小ぶりの縁起物で,以前のものとくらべると形が違っている.例えば,写真のものにはスギの葉がついているが,昔はヒノキ(サワラかも)の葉だった 麦藁蛇 1106
市村座 いちむらざ 淀五郎(講昭和戦前6:26) など 25件10題 (東京25件) 台東区浅草6-18あたり → 北村辞典.猿若町三座の芝居の一.天保13(1842)年葺屋町から移転.明治25年下谷二長町に移転.浅草6-18に江戸猿若町市村座跡碑,浅草6-26には守田座跡碑      
猿之助横町 えんのすけよこちょう 白銅(講明治大正7:45) 1件1題 (東京1件) 台東区浅草3 → 北村辞典.歌舞伎役者市川猿之助が住んでいたことによる.明治の頃に名付けられているので,初代猿之助(二世段四郎)のことだろう.猿之助宅跡の浅草3-39に碑がある 猿之助横町碑 1003
草津 くさつ 王子の幇間(講明治大正1:15) など 3件2題 (東京3件) 台東区浅草2-27 → 北村辞典.草津亭.現存する料亭.浅草寺の裏にあり,浅草田甫の名を冠する.デパートでお弁当も扱っている 草津亭のおせち 1012
馬道 うまみち 粗忽長屋(青小さん2:11) など 79件28題 (圓朝3件, 東京76件) 台東区花川戸あたり → 北村辞典.江戸期,維新後の町名.ここで一杯やった熊が我を忘れて浅草寺で生き倒れ.馬にまたがり吉原がよい,帰りは馬を曳いて返る「付き馬」の説明.馬道と猿若町との間には羊新道(暦の隠居).シャレたネーミング.
"馬道の友達が留守だから羊に頼んで、猿屋町から鳥越の"(暦ずき)
     
姥が池 うばがいけ 二階ぞめき(三一談志2:14) など 2件1題 (東京2件) 台東区花川戸2 → 北村辞典.旅人を泊めては頭を潰して殺した一つ家の老婆.妙音院に真ん中がすれてくぼんだ石の枕が残る.花川戸公園に小さい池と姥ヶ池乃舊跡碑がある 姥ヶ池乃舊跡碑 0603
三社 さんじゃ 佃祭(筑摩古典03:07) など 13件11題 (圓朝2件, 東京11件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.浅草神社.浅草寺の観音像を隅田川から網取りした檜前浜成,武成兄弟と土師真中知の3人を祀る.とにかく5月の三社祭が有名.
"浅草の三社祭なども名高いお祭りで大層にぎわったものでございました"(心中時雨傘)
     
被官稲荷 ひかんいなり 狐つき(大文館, 新落語全集(1932)) 台東区浅草2 「狐つき」の稲荷づくし.安政2(1855)年の創建で,戦災を受けなかった社殿や新門辰五郎が奉納した鳥居がある 被官稲荷 0506
浅草寺 せんそうじ 心眼(角川円朝4:04) など 432件143題 (圓朝34件, 東京381件, 上方17件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.聖観音宗本山,金竜山浅草寺.観音様とあるだけでもここを指すほど,凄まじい数の用例がある.一寸八分の観音像は秘仏.明治期に役人が検めようとして仏罰を得た話はおもしろい(『江戸から東京へ』).「付き馬」で描かれる境内の鳩豆売りはハトの糞害対策で2004年になくなった.
"旦那の後へついて観音様へ参詣をいたし、あれから吾妻橋へかかりました時に文七は、ああ昨夜ここン所で飛び込もうとしたかと思うとぞっとするね"(文七元結)
浅草寺本堂 1208
浅草寺:二天門 にてんもん 姫かたり(弘文志ん生1:14) など 19件9題 (圓朝2件, 東京17件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.もと浅草寺内の東照宮の神門.国重文.矢大臣左大臣(田舎者の観音参り)の随身門だったが,明治になって増長天多聞天の二天門とした.江戸の噺の「姫かたり」では二天門はおかしい.「よいよいそば」では,正しく右大臣門となっている.
"この人形坊は何だかのゥ。これは矢大臣左大臣よ"(田舎者の観音参り)
二天門 0609
浅草寺:市川団十郎の銅像 いちかわだんじゅうろうのどうぞう 権助芝居(講昭和戦前2:04) など 3件3題 (東京3件) 台東区浅草2-3 浅草寺境内の裏手に1919年に建てられた九代目市川団十郎の「暫」の像.戦時供出されたが,1986年,十二代目襲名を記に再建された.劇作家宇野信夫の字で撰文がしたためられている 九代目市川團十郎像 1002
浅草寺:仁王門 におうもん 小粒(講小勝:10)心眼(角川円朝4:04) など 59件26題 (圓朝2件, 東京53件, 上方4件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.浅草寺本堂手前にあったが,本堂,五重塔などとともに戦災で焼けた.今も仁王さんがいるが,階上に宝物を収めるため宝蔵門と呼ぶ.仁王様の用例(鍬潟など)も仁王門に合わせた.仁王本人が売れない巨大ワラジを作っているかと思ったら奉納物.
"浅草の観音さまは一寸八分だって、嘘ばッかり、大きなもんですな。そりゃあ仁王門だ"(心眼)
仁王か 0910
浅草寺:五重塔 ごじゅうのとう 雁捕り(楽々粗忽慌て者:05) など 39件19題 (東京39件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.国宝だったが,戦災で焼けてしまった.1973年,もととは反対側の本堂向かって左に再建された.最近,旧地に碑と説明文が設けられた.塔のてっぺんに取り残されるのが「雁取り」,てっぺんの相輪をなめるのが「擬宝珠」.夏の四万六千日は「船徳」の,暮れの歳の市は「姫かたり」の風物詩.市や負けたしめか飾りか橙か.今は羽子板中心で,注連縄は見当たらない 浅草寺歳の市 1112
浅草寺:濡仏 ぬれぼとけ 安産(講明治大正6:40) など 3件2題 (東京3件) 台東区浅草2-3 二尊仏.仁王門手前の右手に現存する勢至(左)観音(右)の2体の金仏.貞享4(1687)年の建立 二尊仏 0609
浅草寺:久米の平内 くめのへいない 安産(講明治大正6:40) など 10件7題 (東京10件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.粂平内は生前の人斬りを悔いて,罪障消滅のために死後自分の石像を人に踏みつけられるよう祈願.今の小さなお堂には,半裸の巨漢の座像は入りきれない."文付け"に通じると,なぜかむくつけき像が色っぽい神様になった      
弁天山:鐘 かね 星野屋(立文楽2:08) など 11件5題 (圓朝2件, 東京9件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.浅草寺の右手にある小山が弁天山.そこに時の鐘が現存する.かつては弁天らしく,池に囲まれていた.今は演歌師の添田唖蝉坊,扇塚などの碑に囲まれている.「野ざらし」のコツを拾うと暮れ六つの鐘がボーン.「星野屋」のすずしののお花の茶店はこのそば.
"短き夏の夜は更けやすいもので、浅草寺の鐘がボーンボーンと亥刻を打ち出しまする"(怪談阿三の森)
弁天山の鐘 1002
浅草寺:淡島さま あわしまさま 夢の酒(立文楽1:07) など 6件3題 (東京6件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.浅草寺境内に現存.旧社は罹災.写真の建物も建てかえられた.淡島様は女性の神様,婦人病に霊験.豆腐に針刺す針供養.「夢の酒」で夢の続きを見せてくれるまじないの文句,淡島様の上の句とは,「われたのむ人の悩みのなごめずば世にあはしまの神といはれじ」(吉田章一,東京落語散歩,青蛙房(1997)) 淡島堂 8704
浅草寺:瓜生岩子の銅像 うりゅういわこのどうぞう 付き馬(青圓生02:02) など 7件2題 (東京7件) 台東区浅草2-3 浅草寺本堂左手に現存.孤児救済などの活動を行い,仏の岩子と呼ばれた慈善家.銅像は明治34年に建てられた 瓜生岩子の銅像 0609
東照宮(浅草) とうしょうぐう 傾城瀬川(青圓生12:20) 1件1題 (東京1件) 台東区浅草2-3 → 北村辞典.「傾城瀬川」で丁寧に浅草寺の境内描写.紅葉山にひかれる前の東照宮で,石橋と断絶した浅野家が奉納した燈籠が残るとの説明.元和年間の建造で,都でもっとも古い石橋 東照宮石橋 1002
お狸様 おたぬきさま 縁切榎(角川円朝4:05) 1件1題 (圓朝1件) 台東区浅草2-3 お狸鎮護堂.伝法院内,浅草公会堂の向かいに入り口がある.狸の信楽焼が納められ,狸つながりの幇間塚がある.
"余りよい神様はありません、お岩稲荷、鬼子母神、摩利支天様からそれからお狸様に、貰った御祝儀の紙"(縁切榎)
お狸様 1004
伊雑大神宮 いそべだいじんぐう 大神宮(講明治大正7:43) など 2件1題 (東京2件) 台東区浅草1-3 → 北村辞典.雷門左側の日音院にあった.肉のいろはになり,今は雷おこしなどを売る店.大神宮が寺にあるとは「神仏混淆」もいいところで,門跡様と仲良く女郎買い      
雷門 かみなりもん 宮戸川・下(新評世界5:16) など 94件37題 (圓朝4件, 東京89件, 上方1件) 台東区浅草1 → 北村辞典.風神雷神が守る浅草観光のシンボル.慶応元(1865)年焼失し,1960年に再建された.その間は地名はあるが,雷門自体はない.
"浅草の観音さまへ連れてゆこう。とこれから合乗りで、蔵前通りから雷神門の際で車を下り"(心眼)
雷門 1208
吾妻橋 あづまばし 文七元結(青圓生07:04) など 198件66題 (圓朝24件, 東京174件) 台東区花川戸1,雷門2〜墨田区吾妻橋1 → 北村辞典.隅田川に架かる.安永期に架橋.文七も唐茄子屋の若旦那,星野屋の主,みんなここで身投げ.
"百両の金子をとられては済まんと存じまして、吾妻橋から身を投げようといたす所へ通り掛かったお職人体の方が私を抱き止めて"(文七元結)
吾妻橋 0602
仲見世 なかみせ よいよいそば(青小圓朝:02) など 64件31題 (圓朝5件, 東京59件) 台東区浅草1 → 北村辞典.浅草寺雷門から仁王門までの商店街.カツラだの法被だのに混じり,紅梅焼,金龍山餅,宝扇堂,助六などの老舗が残る.次項の紅梅焼屋は仲見世通りいちばん手前左手.
"ここが観音の仲見世だ。何かがございましょう玩具屋が"(心眼)
仲見世 1208
紅梅焼屋 こうばいやきや 付き馬(青圓生02:02) など 7件2題 (東京7件) 台東区浅草1 「付き馬」で仲見世を冷やかす場面.紅梅焼屋が何軒あったかしらないが,本家梅林堂(浅草1-18)が享保年間創業の老舗.以前は買えたが,さのみうまい物ではなかった.今は店先でペタペタ焼いているのは人形焼だけ      
梅園 うめぞの ずっこけ(講評判全集1:24) など 2件2題 (東京2件) 台東区浅草1-31 安政元(1854)年,浅草寺梅園院(ばいおんいん)に開いた茶店.今は,粟ぜんざいで売り込んだ甘味喫茶 梅園粟ぜんざい 0603
帯源 おびげん 付き馬(立志ん生文庫1:07) 1件1題 (東京1件) 台東区浅草1-20 新仲見世の帯屋.現存.仏さまにあつらえるには高級すぎる      
金田 かねだ 王子の幇間(講明治大正1:15) など 3件2題 (東京3件) 台東区浅草1-36 → 北村辞典.鳥金田.味噌だれで食わせる指折りの鶏料理屋だったが,近ごろ廃業して更地になってしまった      
花屋敷 はなやしき 付き馬(青圓生02:02) など 22件12題 (東京22件) 台東区浅草2 → 北村辞典.幕末以来,花鳥を園地に展示した.幼少時の大正天皇の来臨もあった.現在は狭い敷地をめいっぱい生かしたコアな遊園地 花やしき 0910
一直 いっちょく 王子の幇間(講明治大正1:15) など 4件3題 (東京4件) 台東区浅草2-28あたり → 北村辞典.浅草奥山,花屋敷の隣にあった名料亭.浅草3-8に移転して現存.創業者の号の一直(いっちょく)に由来する,今は"いちなお"と呼ぶ 一直 0512
瓢箪池 ひょうたんいけ 付き馬(青圓生02:02) など 13件5題 (東京13件) 台東区浅草2-6, 8あたり → 北村辞典.浅草公園地に明治期に掘られた大池.浅草を代表する景観.戦後,土地が売却されて今は馬券売り場など      
凌雲閣 りょううんかく 角兵衛の婚礼(講明治大正1:56) など 22件18題 (東京22件) 台東区浅草2-14あたり → 北村辞典.浅草公園をはずれた十二階だての高楼.震災でぽきりと倒壊.ひさご通りの入口近くに銘板がある.十二階下は銘酒屋,新聞縦覧所といった私娼窟 凌雲閣(江戸東京博物館) 0810
幸龍寺 こうりゅうじ 道具屋(旺文小さん1:01) など 10件4題 (東京10件) 台東区西浅草3 → 北村辞典.田んぼの幸龍寺.震災で世田谷区北烏山5に移転.江戸名所図会の挿絵画家,長谷川雪旦の墓がある.「道具屋」の叔父を手伝う与太郎の家の墓もあったが,今は見あたらない.すぐそばの妙寿寺には心学者「中沢道二」の墓 長谷川雪旦墓 0910
誓願寺 せいがんじ 菊模様皿山奇談(角川円朝4:01) など 4件4題 (圓朝3件, 東京1件) 台東区西浅草2 → 北村辞典.浄土宗田島山誓願寺.浅草寺に隣接した大寺.府中市紅葉丘に移転.門前の誓願寺店は「唐茄子屋」の貧しい母子が住む.
"浅草の誓願寺の和尚に聴いたことがあって獅子という銘を付けたんだが"(名人くらべ)
誓願寺 0909
池の妙音寺 いけのみょうおんじ 谷文晁の伝(圓朝中外新報:30) 1件1題 (圓朝1件) 台東区松が谷1-14 日蓮宗妙音寺.寺の北に大きな溜池があり,弁財天を祀っていたので"池の"とついているのだろう.今も整備された池の中に妙音弁財天堂がある.
"寺は下谷の池の端池の妙音寺の隣の玄空寺でござりまして、今に香華が絶えぬという"(谷文晁の伝)
妙音弁財天 0602
門跡 もんぜき 大神宮(講明治大正7:43) など 66件29題 (圓朝13件, 東京53件) 台東区西浅草1 → 北村辞典.浄土真宗本山東本願寺.雷門の大神宮と女郎買いに行くのは,本尊の阿弥陀仏だろう.釈迦に月代をシャカ剃りされてアミダが出たのもここか.
"亥太郎、何程強くってもこの門跡の家根から転がり堕ちることはできめえというと、できなくってといってあの家根からコロコロコロと堕ちたから"(業平文治漂流奇談)
東本願寺 1102
踊塚 おどりづか 天災(三一演藝画報復刻:08) 1件1題 (東京1件) 台東区元浅草2-2 日蓮宗長遠寺,俗に溝店のお祖師さま(「三井の大黒」など)内にある.踊塚の文字は圓朝筆といわれる.明治31年銘があり,為元祖橘家圓三郎追福 二世橘家圓三郎建之とある.土富店の抜け寺(別項)は下谷区に分類 踊塚 0602
菊屋橋 きくやばし 花見酒(講明治大正6:42) など 16件9題 (圓朝6件, 東京10件) 台東区西浅草1, 元浅草4〜寿2, 松が谷1 → 北村辞典.川は新堀川で東西にかかる.堀も橋も跡形もないが,バス停に名を残す.「花見酒」の道中,「累ヶ淵」の迷いの駕籠.
"雨は、どうぶりで、車軸を流す様で、菊屋橋の際まで来て蕎麦屋で雨やみをしておりましたが、さらにやむ気色がございませんから、仕方がなしにその頃だから駕籠を一挺雇い"(真景累ヶ淵)
     
鯉寺 こいでら 船徳(弘文志ん生1:08) 1件1題 (東京1件) 台東区寿1-21 浄土宗龍宝寺.通称鯉寺.大雨で逃げた主の鯉を食った江戸っ子に祟り,その怒りを鎮めるために建てた鯉塚のマクラを志ん生が語る.震災,戦災で壊れたが再建された鯉塚がある 鯉塚 0603
田原町 たわらまち 付き馬(青圓生02:02) など 28件11題 (圓朝7件, 東京21件) 台東区雷門1 → 北村辞典.早桶屋はないが,今も仏壇・仏具店が軒をならべて,男のおじさんが仕事中.
"この竹六と申します人は、浅草田原町におりまする地紙折でござります"(怪談乳房榎)
田原町 0807
仁丹 じんたん 正札つき(講落語全集1:03) 1件1題 (東京1件) 台東区西浅草1-8 田原町のT字路のところに建っていた仁丹の広告塔.1986年,まさに取り壊しの時の写真 仁丹塔 8606
奴鰻 やっこうなぎ 王子の幇間(講明治大正1:15) など 7件3題 (東京7件) 台東区浅草1-10 → 北村辞典.鰻やっ古.現存する老舗鰻料理店.「花見酒」の道中付け,いい匂いについ酒が飲みたくなる.漱石の「虞美人草」にも出てくる 鰻やっ古 0506
尾張屋(そば屋) おわりや 王子の幇間(講明治大正1:15) など 2件1題 (東京2件) 台東区浅草1-7 → 北村辞典.蕎麦屋.雷門通りの西側に本店,雷門東に支店が現存.天丼も有名      
並木 なみき 紺田屋(三一上方2:16) など 26件10題 (圓朝1件, 東京22件, 上方3件) 台東区雷門2 → 北村辞典.浅草寺参道.駒形堂から雷門へかけての繁華街.「紺田屋」,大仏餅屋,「姫かたり」の医家があった.
"大仏餅は浅草の並木とそれから上野の山下、ただ今の達磨汁粉の一軒手前にもこの餅を拵えて売る家が昔ございました"(商法のいろいろ(六)大佛餅)
     
駒形堂 こまがたどう 傾城瀬川(青圓生12:20) など 5件3題 (東京5件) 台東区雷門2 → 北村辞典.馬頭観音を祀る.浅草寺の観音像を網取った地.殺生禁断を示す断碑が掘り出された.お堂は川べりへ移転.江戸っ子は"こまんどう"と呼ぶらしい."君は今駒形あたり時鳥" 駒形堂と殺生禁断碑 0603
駒形の泥鰌 こまがたのどじょう 王子の幇間(講明治大正1:15) など 6件4題 (東京6件) 台東区駒形1-7 → 北村辞典.駒形どぜう.享和元(1801)年創業のどじょう専門店."どぜう"と破格に綴るのは本来ここだけ.丸のどじょうとざくのネギを火鉢の小鍋で煮る 駒形どぜう 0602
前川 まえかわ 出刃庖丁(講明治大正4:60) など 6件4題 (東京6件) 台東区駒形2-1 → 北村辞典.鰻料理店.駒形橋の南,店名通り川べりで営業中.隅田川の匂いがひどい頃は立地が災いしたろう 前川 0603
榧寺 かやでら 蔵前駕籠(青圓生12:02) など 2件1題 (東京2件) 台東区蔵前3-22 → 北村辞典.西側の御蔵前に面し,大きな榧の木があった.しかし,その実の権利は天狗に奪われて榧の実はならなくなったという.「蔵前駕籠」の浪士が追いはぎに隠れるに恰好の地だった 榧寺 0602
厩の渡 うまやのわたし 巌流島(講明治大正1:41) など 16件2題 (東京16件) 台東区蔵前2〜墨田区本所1 → 北村辞典.御厩河岸の渡とも.現在の厩橋のやや下流.「岸柳島」の舞台.船は引き返して侍を下ろさないと,客の方が吾妻橋を渡らねばならない      
蔵前 くらまえ 代脈(講明治大正7:12) など 116件50題 (圓朝12件, 東京104件) 台東区蔵前1,2 → 北村辞典.幕府の御米蔵前.十八大通のマクラ,腸満のお嬢様.蔵前の絵師は「嵩谷」.名人肌の高嵩谷は大名の依頼をいったんは断るが,ついに墨絵の鍾馗を描き絶賛.墓は法林寺(蔵前4-15).墓所は非公開とあるが,1987年には案内をいただき,線香をあげさせてもらった.
"蔵前の十八大通へいちいちこの話をしますと、朱丹羅宇は貧乏で気の毒だというので、金子が三百六十両集まりました"(名人くらべ)
屠龍翁 高嵩谷墓 1002
蔵前八幡 くらまえはちまん 元犬(弘文志ん生2:10) など 33件6題 (東京33件) 台東区蔵前3-14 → 北村辞典.蔵前神社.石清水八幡を勧請.「元犬」の只四郎に霊験を与えた.参拝者は手ぬぐいを奉納するのをお忘れなく 蔵前八幡 0603
竺仙 ちくせん 敵討霞初島(角川円朝7:03) など 4件4題 (圓朝3件, 東京1件) 台東区蔵前4 → 北村辞典.江戸小紋の染呉服店.嘉永6(1853)年の創業.初代当主のあだ名が店名になる.圓朝ものにも登場する人物.浅草新福富町にあったが,日本橋小舟町へ移転した.いかにも問屋の店構えだが店売りもしてくれる.
"中微塵であんまり細かすぎまして、無地のように見えますのでどうも、いずれ竺仙でございましょうね"(敵討霞初島)
竺仙手ぬぐい 0607
鳥越 とりこえ 富久(立文楽1:02) など 34件12題 (圓朝10件, 東京24件) 台東区鳥越2 → 北村辞典.元鳥越町.火事見舞いに商家を訪れた幇間の久蔵,夜中の火事の見当を聞くと鳥越いまわり.サイッサイッと戻ると,浅草阿部川町の自宅が丸焼け.阿部川町(台東区寿,元浅草)は地図の鯉寺あたり.
"今のお方は浅草鳥越の亀甲屋幸兵衛様というて私の一檀家じゃ"(指物師名人長二)
     
蔵前の不動 くらまえのふどう 後の業平文治(角川円朝3:03) 1件1題 (圓朝1件) 台東区鳥越2-13 → 北村辞典.浄土宗不老山寿松院無量寺.現存.蔵前の名がつく寺社は多く,蔵前の八幡,不動,閻魔,天王,銀杏八幡と,混乱してしまう.
"いつもは蔵前の不動様へまいるんですが、今夜は御門が締りましたそうで"(後の業平文治)
     
蔵前の閻魔 くらまえのえんま 傾城瀬川(青圓生12:20) など 2件1題 (東京2件) 台東区浅草橋2 → 北村辞典.華徳院長延寺.震災を期に杉並区松の木に移転.跡地の玩具会館(浅草橋2-28)には碑が残っている 閻魔堂跡碑 1002
福井町の弁天 ふくいちょうのべんてん 鰻の幇間(旺文鑑賞1:09) など 2件1題 (東京2件) 台東区浅草橋 福井町は「縁切榎」の旦那の家.弁天様は戦災で焼失した.弁天湯(浅草橋1-33-6)のビルの入り口に鎮座している 福井町の弁天 1003
天王橋 てんのうばし 後生鰻(立志ん生文庫3:06) など 31件10題 (東京31件) 台東区浅草橋2 → 北村辞典.川は三味線堀.天王社の改称に伴い,明治になって須賀橋(元犬など6件).ちょうど橋のところに位置する須賀橋交番にその名を残す.ここに来かかった信心深い老人が鰻を川へ逃がす「後生鰻」.赤子を裂き台に載せない演出を聴いたことがあるが,それでは噺にならない      
甚内橋 じんないばし 後生鰻(毎日三百年新3:12) 1件1題 (東京1件) 台東区浅草橋3-13あたり 川は三味線堀.「慶安太平記」に出てくる盗賊の向坂甚内にちなむ.橋際に瘧の神様の甚内社があった.天王橋の鰻屋にぼられるのを嫌って上の甚内橋を渡るというクスグリ 甚内橋遺跡碑 1003
鮒佐 ふなさ 庖丁(三一大系4:22) など 2件1題 (東京2件) 台東区浅草橋2-1 「庖丁」で奥さんを口説きながら,鼠いらずにしまった佃煮を出す場面.おそらく,浅草橋の鮒佐のことだろう.文久2(1862)年,浅草瓦町で創業の佃煮の老舗.金看板のあがる店舗で販売.今でも薪をつかって主が釜を焚くという.写真のシラス,ゴボウ,エビ,アサリ,コンブのほか,シラウオ,ハゼやアナゴの佃煮 鮒佐佃煮5点盛り 1106
国技館(蔵前) こくぎかん 阿武松(三一談志2:06) など 12件12題 (東京12件) 台東区蔵前2-1 回向院の相撲が丸屋根の両国国技館となり,戦後の1954〜1984年は蔵前時代.今は言うまでもなく再び両国 蔵前国技館 8401
首尾の松 しゅびのまつ あくび指南(旺文小さん1:03) など 17件9題 (圓朝1件, 東京16件) 台東区蔵前1 → 北村辞典.蔵前の御米蔵四番堀,五番堀の間から水面へ張り出していた名松.出会いの首尾を噂する.その松は既になく,蔵前橋南西詰に建つ立派な碑と,蔵前橋の意匠にしのばれる.
"清元の梅の春に「首尾の松が枝竹町に渡し守身も時を得て」などと申す文句がありまして"(鹽原多助後日譚,円朝の世界,岩波書店(2000))
蔵前橋欄干の意匠 1002
柳橋(橋) やなぎばし 船徳(旺国馬生3:11) など 5件4題 (東京5件) 台東区柳橋1〜中央区東日本橋2 → 北村辞典.神田川の河口部に架かる.ここから大川にこぎ出した徳さんは,三べん回ってから大桟橋へ向かう 柳橋 1104
柳橋 やなぎばし 百年目(講明治大正6:44) など 212件98題 (圓朝18件, 東京192件, 上方2件) 台東区柳橋1,中央区東日本橋2あたり 料亭,船宿が櫛比し,徳三郎が居候.新柳二橋と呼ばれた花街も過去のもの.
"柳橋の亀清でさ、そら響灘関と玉垣さんが、加賀様の役人衆と権門でお出での時に"(敵討霞初島)
柳橋の船宿 1108
亀清 かめせい 干物箱(立文楽2:04) など 21件13題 (圓朝3件, 東京18件) 台東区柳橋1-1 → 北村辞典.亀清楼.安政元(1854)年,柳橋で創業した老舗料亭.成島柳北の『柳橋新誌』でも絶賛されている.ランチぐらいならば,お財布がそんなに軽くならないですむ.次項の柳光亭は,その北どなりにあった.
"梅川さんでも亀清さんでもいいから大急ぎで行ってきなよ、なにを……いえさお酒もよいのを取ってくるのさ"(船徳,名人名演落語全集,立風書房(1982))
亀清楼 0612
柳光亭 りゅうこうてい 王子の幇間(講明治大正1:15) など 3件2題 (東京3件) 台東区柳橋1-1 → 北村辞典.亀清楼の北隣にあった料亭.北村辞典には現存とあるが,今は既にない.篠塚稲荷(柳橋1-5)の玉垣に亀清楼とならんでその名が彫られている 柳光亭銘玉垣 0606
第六天 りゅうこうてい 神仏論(講明治大正4:38) など 4件4題 (東京4件) 台東区柳橋1-5あたり → 北村辞典.現在,第六天榊神社と称する.「神仏論」は,「神道の茶碗」という珍しい落語のこと.神道に凝った旦那と仏教に凝った奥さんの喧嘩のはなし.神世六代目の面足尊惶根尊を祀るとの説明.神仏習合の江戸時代は魔王第六天の現世利益をうたっていた.柳橋から昭和期に現在の蔵前1-4へ移転.「悋気の独楽」でも柳橋を渡った先,旧地での道中付けとなっている 第六天榊神社 1002
左衛門橋 さえもんばし 橋の結婚(講明治大正6:26) 1件1題 (東京1件) 台東区浅草橋1〜中央区馬喰町2 → 北村辞典.神田川,柳橋と美倉橋との間に設けられた新橋.現存.酒井左衛門尉に由来し,町名ともなる      

掲載 060908/最終更新 121013

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