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謹賀新年
2010/1/1 |
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昨年は満80歳、結婚50周年を迎えました。今まで身体は順調でしたが、突然右目の視力を失いました。年をとれば故障は出てきます。ほとんど見えない眼で画を描き続けたモネ、聞こえない耳で作曲したベートーベン、車椅子で写真を撮り続けた土門拳、私にまねが出来るでしょうか。
人間の生と死、建築の生と死について考えます。写真は最近私が最も感動した小さな無名の教会(ブルガリアのアルバナシ)。教会建築としては異型のもので、初は別の用途だったかも。500年くらいは古いと思われます。倒壊しそうなので外側から補強をしているがあまり有効でなさそうです。しかし民衆の力によって描かれ守られてきた空間と壁画は真に美しく、建築の聖性・生と死について多くを考えさせます。私が作ってきた建築は500年後にどうなっているでしょう。500年間民衆に支持され、守ってもらえるような建築を私は作ってきたでしょうか。反省があります。この反省を今日の建築家達や友人達と共有したい、と思います。
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| 2009/12/25 |
いつも長島正充が個展を開いてきた京橋の村松画廊が、その展示空間を閉鎖することになりました。美しい空間でした。長島はこの空間を一目見て、此処で個展を開くことを決意したものでした。この空間には私の絵画制作をインスパイアする何かがありました。1942年以来67年にわたる歴史が閉ざされます。現代美術の一つの拠点であったこの京橋界隈もさびしくなります。村松画廊67年間の展示の記録を400ページ近い本に作り、内容の濃い最後の展覧会が催され、有終の美となりました。 |
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| 2009/7/27 |

イタリア北部の美しい町、ヴェローナに一週間ほど滞在し遊んできました。丹下研究室時代の同門の方の使っているアパートがちょうど空いていて使わせてもらいました。ローマ時代のアリーナ遺跡を使って毎年行われるオペラ祭りは、海外からの観光客のみならず町の庶民の祭典です。数千年の古い町が現代に生きて使われ、ヴェルディのような音楽家が国民的英雄として親しまれ、カルロ スカルパ等のデザインした古建築修復を市民が誇りに思っている、このような町こそが「都市」と呼ばれるに値します。 |
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| 2008/12/13 |
長島正充のドロ−イング第3回個展 「イエ ト マチ」 無事終了 |
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建築家が画を描くことにどのような意味があるか? 自問しながら3回目の個展です。
設計としての「家」・「街」から本質を抽象し、アートとしての「イエ」・「マチ」のドローイングへ。
その本質とは、「家」も「イエ」も、個々の顔を持っていること。
「家」が集まって「街」となるように、「イエ」も集まって「マチ」の関係構造を作ること。
詳細報告とその思想についてはこちらのリンクをご覧ください。 |
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| 2008/11/9 |
昔、長島が丹下健三研究室のメンバーだったころ竣工した香川県庁舎が竣工50周年を迎えました。香川県庁の熱心な方々が記念プロジェクトを立ち上げ、「あのころの県庁舎を語る」というシンポジウムに長島も招かれしゃべらせてもらいました。今後の文化財としての保存が問題になってくるでしょう。
帰京の前に広島に廻り、久しぶりで丹下健三の「平和記念館」の現状ををゆっくり見てきました。
以上2作品のほかにも視察したむかしの建築があったのですが、これらについて色々思うことがありました。いずれ近い内にエッセーとしてホームページにアップします。 |
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| 2007/07/20 |
長島建築研究所は長年住み慣れた千駄ヶ谷から下記に移転しました。
108-0071 東京都港区白金台3-12-2-104
TEL 03-3443-5656 FAX 03-3443-1026
地下鉄南北線・三田線 白金台駅下車 1番出口から徒歩3分 |
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| 2007/03/12 |
長島正充の「ドローイング100点」 第2回展 を開催しました。
3/12--3/17 村松画廊 主題は球、立方体、円環 などの幾何学基本形体です。 |
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2007/01/01
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"JIA 25 Years Prize" was awarded to St. Gregory House, bult in 1979.
1979年に竣工した『聖グレゴリオの家』について、日本建築家協会JIAから「JIA25年賞」を頂きました。 この賞は竣工後 25年以上古くなった建築で、現在も美しく生きているものが対象です。
『長く地域の環境に貢献し、風雪に耐えて美しく維持され、社会に対して建築の意義を語りかけてきた建築物』に賞が与えられます。

それを拠点に活動を続けてきた建築主 = 宗教法人 聖グレゴリオの家、
それを構想し設計し実現した建築家 = 長島建築研究所、
それの工事をしメンテナンスをしてきた施工者= 叶e建会工務所
の3者が受賞の対象となりました。
もともとこの建築の設計では『建築の生と死』と言うことをテーマに考えていました。そのときの論文はこちらです。
出来たてのピカピカの建築に与えられる普通の建築の賞と違って、年月を経て検証された建築に与えられるこの賞は、建築の真の価値を認めてくれたものとして有難く頂きます。私たちの作った建築が正しい作り方だったことの証明であり大変嬉しく思います。
現在、建物や中庭は、26年間使い込んできた充実感がでてきており、とてもよい感じになっています。26年間にわたる信者の祈りと音楽がこの建物を満たしています。
特集記事と画像はこちら
Link to Pictures
Link to English Essay on Architecture & Prize |
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| 2006/12 |
ふじみの市立上野台保育園が7月に完成しました。ずいぶん長い年月がかかりました。
周辺環境の整備が遅れて、見ていただけるような写真をやっと発表します。
写真はこちらから |
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| 2006/9 |
新制作展の絵画部門に入選しました。作品は昨年個展に出品したアイロンの黒い絵で150号のものです。
初出品、初入選でした。会員の方の話では審査のときに「強さがある」ということで、多くの会員が手を挙げてくれたそうです。
画像はこちらから |
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| 2005/10 |
長島正充の個展を開催しました。
9月26日-10月1日 京橋 村松画廊 で開催です。
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| 2005/6 |
幕張ベイタウンの中層集合住宅パティオス22は、建物の工事はかなり前に竣工し、周辺環境整備もようやく完成しました。やっとこのサイトに写真を掲載できる運びとなりましたので御覧ください。 |
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訃報
2005/3 |
丹下健三先生3月22日逝去。先生の傑作作品である東京カテドラル聖マリア大聖堂で3月25日盛大な葬儀が行われた。長島正充の若き日、20年間の長きにわたって薫陶を受けたことが長島のすべての出発点であった。
初めて担当したのが津田女子大学図書館。その後担当させてもらったプロジェクトは、
聖心女子大学関係の、東京・台湾を含めて多くのプロジェクト、
吊り屋根とオリンピックプールで有名な国立代々木競技場、
1970年の大阪万国博お祭り広場の大屋根では長島が科学技術長官賞を受賞する機会となり、
サンフランシスコの再開発計画を初め、アメリカでの諸プロジェクト、等等数え切れない。
すばらしい経験であった。亡くなられるまで判っていなかった先生の偉大さに驚く。
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| 2005/2 |
日本建築学会が主催した設計コンペに応募して落選しました。名誉ある落選だったと思っています。
学会ではこの数年、 日本の都市がどうしたら今の醜い姿から脱却できるか、を課題として研究会を主宰しています。大変興味深い課題です。今年はそのための
設計競技が行われ、長島正充は<美>をキーワードとして応募してみました。若干、求められていることと違ったアプローチでした。見事落選しました。日本の
アカデミズムには受け入れ難かったと思います。提案したことの内容を誇らしく思っているので、「都市建築の美の核心を問う」をお読みください。
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