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| 丸太小屋を作るの記 中央商事蓼科寮 作品画像へのリンク |
| テーマ この山荘は中央商事という砂利製造販売の会社の社員厚生施設である。 房総半島の中央の山林がこの会社のこれからの主力採石場となることになっていた。その山を崩して地中の砂利を取るため、まずそこの山林が伐られる。 山林は杉の小径木がほとんどだが桧の大径材も若干含まれている。 杉の小径木は製材しても根太材程度にしかならないので通常全部捨ててしまう。 たまたま南蓼科にこの会社の山荘を建てる計画が出発したので、この山の原材を用いて家を組み立てることを提案した。 小径木の利用は日本の林業の大きな話題でもある。 木材というものの物性や木構造というものの基本から勉強をし直した。実験的ではあるが実用的で耐久的な構造を作ることにした。 結果として15万円/m2という工事費は概ね経済的に妥当な範囲であったと考えている。 造材・製材・加工 小径丸太は角材に製材しても極端に細い材しかとれず能率が悪いが、丸太のままで見ると強度、剛性、耐久性、断熱性など立派な性能をもっている。極力丸太のまま利用する工夫をした。 しかも数寄屋普請的な工芸的手法ではなく、新しい技術開発、工業的構法によることとした。 たまたま君津の山林の真近に製材工場と軸組用のプレカット工場があったので、ここで一切の仕口のプレカットを行い、南蓼科の現場に運んで組み立てることにした。 山林からの伐木、玉切り、搬出はなかなか手間のかかる仕事だったという。しかし普通の採石場では単に切り捨ててしまう立木を、利用価値を保存しながら伐り出すのだから大変でもやむを得ない。 この段階のコストは原木m3当り24,500円であった。 伐り出された原木は機械加工規準面とするため、一面あるいは二面を製材工場で平面にする。 また同時に将来の乾燥割裂により丸太の耐久性が低下するのを防ぐため、製材と同時に背割りをする。 その後で残った丸太面は皮むきをするのだが、これはバーカーがないから手作業ということになる。これらの工程の後に約半年間の自然乾燥を行なった。 製材・皮むきのコストは山出しまでのコストとほぼ同額で原木m3当り23,850円、製材m3当り32,280円であった。 最後にプレカット工場で継手、仕口、さね等の機械加工を行なった。 丸太壁構法 丸太で家を作るとすると、まず思いつくのはいわゆるログハウスの校倉構造である。 いろいろ勉強した結果、ここでは校倉造りとは逆に、すべて木材を縦に用いる構法を開発した。それは、 1-- 校倉造は本質的に組積構造だから平家建はとも角、それ以上の階数に対して耐震的でなく一般性に欠ける。 2-- 木材は材長方向には収縮が少なく強度も高いが、半径方向や円周方向には収縮が大きく強度が低い。 従って木材は縦に用いるのが合理的である。 校倉造では材を横向きに使う結果、不注意に造られた場合、高さ方向の収縮が無視できないほど大きく実用的障害を起している。 3-- 木材の腐食は繊維の細孔や、材と材の間の目地に水が入り、これに沿って進行するから、耐久性の点でも木材は縦に用いるのが合理的である。 などの理由によるものである。 ここでは壁体として丸太を縦に並べて壁面を構成することから出発した。 この壁は耐火性・耐久性・耐震性ともに優れており、断熱性はK値で0・725kca1/u・h・℃で蓼科の冬に対してほぽ充分な値である。 外壁面の丸太面においては製材・加工によって繊維の切り口断面が風雨に露出されることがないので、格段の耐腐朽性がある。 このような丸太壁は通常構法の壁体に比して不当に多量の原木材積を消費しているわけではなく、小径木の利用法として有効なものだと考える。 丸太屋根構法 小径木だけで屋根を架構する場合、4-5mまでのスパンは垂木構造で充分である。 小径木とはいっても丸太のままなら充分な曲げ強度と剛性をもっているからである。 それ以上のスパンでは何等かの立体架構法が必要となる。 この家では垂木構造の部分のほかに、居間の6.3m×6.3mのベイで方形の立体架構法の部分がある。 4隅の合掌部材だけでなく、すべての垂木材も立体構造として協力する四角錐形式を、川口衛氏が開発してくださった。 立体構造のために厳密な仕口形式を求めることは加工精度上必ずしも容易でないが、木材の特性として仕口が次第に相互になじんでくることを利用すると比較的単純な接合法で充分立体的効果を得ることができる。 日本では各種のジベルなどの仕口金物が生産されなくなってしまっているので仕口形式は大きく制約される。 ここでは単純で効果的な仕口金物がいくつか工夫された。 架構上予想外であった困難は部材一本当りの重量であった。 小径木とは言っても丸太のままの長尺材は人力で屋根に引きあげるには重すぎ、小型のクレーンを必要とすることになった。 単位構造の群としての家 この山荘は垂木構造の片流れでできたユニットが二個と、立体構造の四角錐方形のユニットが一個とで構成され、全体として一つの造形を作るように考案された。 これは小径木を用いて小単位の構造を作り、これを集合させて家の全体構造を作る手法であって、一般性をもつ手法であると考えている。 別稿に発表する木更津の家は通常の在来工法によるものだが、単位構造の集合という意味では共通の思想をもつものである。 (長島正充) (住宅建築 1983年4月号所収 2003年5月校訂) |
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| 聖グレゴリオの家 レスポンシブルな建築へ St. Gregory House Essay in English |
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全体の構成 この施設の名称、「聖グレゴリオの家」は、カトリック教会音楽の歴史上重要な功績を残した、グレゴリオ教皇の名にあずかっている。この施設はカトリックの典礼と教会音楽の研究・教育・普及をその主要な目的としている。教会における典礼と音楽とが相互に密接不可分なものだ、という思想が此処にはある。 このコンプレクスの中には3種類の施設が複合されている。 第一は主聖堂であって、全体の要となる建物であり、典礼と教会音楽の実践の場である。同時に、古楽を中心にしたコーラス、オルガン、アンサンブル、その他の音楽のコンサートや練習にも利用される。 第二は2階建てL型の棟で、中央の中庭を聖堂と共に取り囲む。音楽教育・研究のための部屋、合宿訓練のための宿泊用の部屋や食堂から成っている。 第三はこの施設の活動を支える共同体の人びとの生活空間(修道院)である。小さい中庭を取り囲む棟々で、その人びとの精神的な中心である小聖堂を含んでいる。 基本的な主題 神の家と人の家 キリスト教では、教会の建物は神の家であり、キリストの肉体の実在化であると考えられている。私はキリスト教信者ではないので、このような神の家を作る能力があるのかどうかわからない。神の家を作る場合だけでなく、人の家を作るときもそうなのだが、造形をする根拠と格律と方法とをもっとはっきりさせなければならない、ということを痛感している。 キリスト教の世界では、神の愛によって、ただそれのみによって、すべての存在は一元的に統一されている。人間はすべて信仰によって義とせられる。 一方、われわれの今日の世界は、二元論的な対立と矛盾に満ちている。自然と精神、存在と価値、他者とわれ、そして建築と建築家とは、深く断絶した分裂状況にあるように思われる。この状況の中に、我々は我々の造形の根拠を探究しなければならない。私はこの分裂をはっきり認めた上で、この二元的なものを統一してゆく作業が人の家を作り、神の家を作るという作業だと考えたい。そしてこの作業をしてゆく過程自身の中にわれわれの根拠があるのだ。 資本主義社会の中で、通常われわれは、建築のプログラムとして与えられる卑近な営利的目的に則して造形するという、目的論的方法に慣らされてきた。しかしこの目的の彼方にわれわれの建築の精神的根拠があるわけではない。目的というものは人によってばらばらである。これら相互問の断絶を、この目的論は埋めようとはせず、ただ後に置き去りにしてしまう。また、建築はすべて目的実現のための素材として扱われ、人と切り離された向こう側に残され、人はこちら側からそれを操作するだけでその間の分裂を埋めようとはしない。 われわれの造形の格律は一方的に上から与えられ適用されるのではなく、逆に個別的な事物の中から、いわば下から積み上げられてゆくものではないか。そしてその根拠は人と人、人と物、人と建築、とのレスポンド(感応)し合う関係の中にレスポンシビリティ(信頼性・責任性)として浮かび上がるだろう。 私はここで人間とレスポンドし合う建築を作りたいと願った。その手本はロマネスクにあったようだ。そしてこの途はいつかは本質の表現としてのリアリズムにつながる途だと考えたい。これが素朴現実主義・自然主義に堕ちないためには、方法化という途を通り抜けねばならない。 聖堂 コミュニテイの同心円 古来教会堂の形式は集中堂形式と長堂形式の間を行きつ戻りつしてきた。それは建築様式の変遷でもあったし、また思想史的変遷でもあった。1963年のバチカン公会議以降、今日のカトリシズムの基本的な考え方は集中堂形式に傾いてきているようだ。それは神を中心として信者たちが構成する共同体のあり方についての新しい解釈である。それは先に述べた言葉でいえば神と人、人と人との間のレスポンシブルな関係を空間形式として作り上げることであって、建築的課題として大いに関心を呼び起こすものだ。しかし、その集中堂形式は長堂形式よりはるかにまとめにくい形式でもある。 長堂形式はバシリカ形式以来ゴシックの聖堂に代表されるように、ヒエラルキーのはっきりした簡明な空間である。一方、集中堂形式の秩序はもっと複雑で多面的なものである。集中形が逆に発散形になってしまう実例をしばしば見かける。。今日、新しい集中堂形式のさまざまな試みが世界中でなされているが、本当に成功した例はまだ少ない。 集中堂形式における円という幾何学は、放射線と同心円というふたつの対立する要素を持っている。放射線はヒエラルキーだけを強固に表現するが、実は集中と拡散の矛盾を解かない。 これに対し同心円の重なりはヒエラルキーとコミュニティの両方を美しく表現するように思われた。同心円は、神と人の間の会話、人と人の間のコミュニティ、、そして音楽と人のあいだに生まれる感動、が波紋のように拡がってゆくのを表象するように思える。 この聖堂では波紋状の同心円が強調されており、放射状の線は用いなかった。 信者席は祭壇を中心とする同心円を作り、祭壇を扇形に取り囲む。典礼の場合も、コンサートの場合も、座席の奥行きを最低限にすることで、中心になるものとの親近感を強める。同時に信者席の人々の輪は、集まる人々の間のコミュニティを一体のものにする。 これこそがレスポンスを発生させるレスポンシブルな空間形式だ、と信じて設計した。 クロイスター 修道院とその回廊 中世以来、修道院というものと、その中庭を取り囲む回廊建築とは切り離せない関係にある。修道院もまたその回廊も、同じくクロイスタ一というひとつの言葉で示される。回廊と言う建築形式は数千年の古い時代からの典型的な建築形式だった。発生的にはそれは部屋と部屋を結ぶものとして生まれた。やがてそれは人と人の関係、人と建築の関係を取り結び、レスポンシビリティを発生させる建築言語のひとつとなり、宗教的にも重要な意味を持つようになったのである。 このグレゴリオの家ではクロイスターの様式に近いものがふたつの場面で現われる。一つは大きい中庭を取り囲む主要な動線空間の回廊である。主要な動線が中庭に面してめぐっており、諸室をつなぎながら、さらにこれらを共通の中庭につなぐ。 もう一つは小さい中庭を取り囲む住居部分ののプライベートな動線空問の回廊である。 これらの二つの回廊はその一辺の一部を共有することで、互いに隔てられながらも連続した関係にある。 これらの中庭と回廊は、中世の修道院回廊の閉鎖性よりももう少し外の世界に向かって開かれており、私の判断では、今日われわれが必要とするプライバシーとコミュニティの調和的序列をよく表現できたと考えている。 構造と外装 建築の生と死 鉄筋コンクリートという素材は現代建築にとって基本的なもののひとつであるのに、その使いこなし方は、まだ我々が木や土を使いこなしてきたほどには成熟していない。コンクリートは収縮、脆性、クラック、熱変形、熱伝導性、結露そして中性化といったさまざまな欠陥を持っている。これを使いこなすには、まださまざまな試みを積み重ねねばならない。 この建物は鉄筋コンクリートの壁式構造である。コンクリートのさまぎまな短所を補うために、建物全体にすっぽりとマントルが被せて外断熱をした。これは外断熱で熱的挙動を和らげると同時に、またコンクリートを風雨から守り保護する。外壁部分のマントルは、コンクリート壁の外に厚い大谷石を二重壁として積み上げ、コンクリート壁体との間の空気層に断熱材を入れた。 ごのマントルの存在にもかかわらず、建物の外観には鉄筋コンクリート構造としての造形を明確に正直に表出したかった。古くからいわれていることだが、論理的な構造の正直な表現というものは、建築の重要な格律のひとつだと思う。人に建築の成り立ちを分かり易く説明し、人と建築とのレスポンスを保ってゆくことを導くのである。 この建物では、硬質で脆いコンクリートが、温か味のある大谷石で保護されている有様が、わかりやすく読み取れるように試みたつもりである。 大谷石は安価な割には充分な重量感と保温性・保湿性などの特徴を持っている。関東の人間にはその材料の長所も短所も知り抜いた、使いこなしやすい材料である。それは必ずしも堅牢な材料ではなく、雨水や凍害に弱い。ここでは地盤に近い、低い場所に大谷石を用いるのを避け、かつ軒の出た屋根の帽子で大谷石を覆うことでそれを雨水による侵食から守っている。それでもその大谷石は徐々に風化してゆくだろう。しかし最善の努力をもってそれを守り育てるように造形すれば、その一生の寿命の間に、少年期にも、青年期にも、そして老年期にも、その年齢に応じた美しさを開示するだろうことを期待したい。そしてその建築の生と死とが美しく表現されるだろうことを私は願っている。 これもまた、人と建築のレスボンスを保つ重要な架橋である。 この建築ができあがるまでには大変多くの方方のお力添えがあった。 ケルン大司教区の建築家であるシュロンプス博士、この聖グレゴリオの家法人の理事でもある吉武泰水先生がこの設計作業のレールを敷いて下さった。 終始われわれの精神的支柱であったゴールドマン神父、そして誠実な施工に心を砕かれた市野昌氏、その他数え切れない、多くの方々の協力によってこの建物は建設された。また、Rudo1f Schwarzの著書「The Church Incarnate」は精神の世界と建築の世界を結びつけようとする壮大な試みであって、強く感銘を受けた。 <レスポンシブルな建築へ 聖グレゴリオの家> <新建築誌 1980年5月号所収 2003年11月 校訂> <長島正充> |
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| Architectural Prize for St. Gregory House August 2007 Masamitsu Nagashima, Architect JIA At the convention of the Japan Institute of Architects (JIA), November 2006, St. Gregory House was awarded “JIA 25 Years Prize”. It was a great thing. This prize is very unique, given only to architectural works which is older than 25 years after its completion. As judging criteria, the work must be still lively keeping its beauty, being loved and carefully used by people, adding aesthetic value to the urban neighborhood. This unique prize is different from many other architectural prizes. Usual prizes are targeted only to the newly built buildings, and often go to seemingly unique and/or gorgeous buildings. The juries are often affected by the short term sense of values, including the fashions of the day. On the contrary, in the case of “JIA 25 Years Prize”, the building has been continuously criticized by people using the building, and also attested through severe weather of rain, snow, wind, for many years. Only really good architecture can pass through these criticisms/attests which are more severe than the judgment of the juries. The TIME is the best jury which proves the real value of architecture. I appreciate the philosophy of this prize. Being the architect for St. Gregory House, I am very glad and proud to be awarded this prize. I must add that the prize went not to the architect, me only. The prize was given to all who made joint effort and collaborated in the project, during these years; Institute of St. Gregory House, the owner of the building who initiated and sustained the project Masamitsu Nagashima, JIA, who, as the architect, designed the building Shinkenkai Komusho, who, as the general contractor, built and maintained the building. Great thanks must go first to Father Gereon Goldmann, who was the real great initiator of the whole St. Gregory House. I feel very sorry; I had no chance to tell him this pleasing news, before he has passed away. He now should know every thing, be pleased very much, at where he is now. Short History and Concept of the Design and Construction 30 years ago, January 1977, the architectural design work was started. We were very busy to make many meetings and discussions. Father Gereon and Ms. Hashimoto have always been the key persons. But, at that moment, nobody knew what kind of building they need. We even did not know the concrete idea of the activity to be done in the building. The land purchasing was not completed. Only firm things were; the passion of Father Geneon and Ms. Hashimoto to achieve the project. Also the key word “Community for music and liturgy” was very firm. But what is the “Community”, and what is the building design for that “Community”? It was a vague dream at that moment. I made many plans and clay models trying to give shape to our dreams. I decided to adopt 3 basic concepts, 2 came from the historical tradition of architecture, and 1 was suggested by Vatican Policy.
Jury Report of “JIA 25 Years Prize” I excerpt here, the report by Dr. M. Senda, the chief of the board of Jury, the president of JIA, “JIA 25 Years Prize” deals with the very basic value of architecture. Many prizes in Japan tend to evaluate architecture according to the impact to that particular age. The fact is that most Japanese buildings have only short life of around 20 to 25 years. 25 Years for this Prize is not a very long time, but is a sufficient time span to evaluate the architecture of its beauty, function, and especially whether it is loved by the owner and people. St. Gregory House was an excellent architecture. Stable and tranquil space with solid stone wall was very comfortable. Especially, the chapel has a perfect favorable space for praying. 25 years history is expressed on facade, courtyard and garden plants, which washed my heart. I was deeply impressed by this not too big pleasant space. Please visit St. Gregory House When you have a chance to come to Japan, please visit St. Gregory House, to see and enjoy its activity, music, and architecture. You would be welcomed to stay in simple and pleasant bed rooms. It should be a good experience of calm, tranquil and comfortable life. If you like, I myself personally would like to see you and enjoy talking about architecture. If you do not have a chance to come to Japan, please visit; St. Gregory House Web Site in Endlish; http://www.st-gregorio.or.jp/EN/index-e.html And also please visit Nagashima Architects Web Site; http://homepage3.nifty.com/naga_architect/ (This Site) Please search for < Nagashima Architects> if necessary. Link to the picture page in this site Collaborators of architectural design I wish to introduce here the members who jointly collaborated in design.
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