作者プロフィール

崎戸 秀樹
1966.12.7 生まれ
(長崎の電車 500形と同級生です)
長崎市出身
幼い頃よりSLなどに興味を持つ
昭和53年、小学校最後の夏休みに自由研究の課題で
浦上車庫を訪問路面電車の魅力に目覚める
以来、毎年自由研究の課題として手書き本を製作

詳細はホームページ製作前史を参照ください
昭和59年、高校3年生の時初の個人出版本
長崎電軌現役車両1984を出版
自主流通で長崎市内書店で販売し3ヶ月で完売
平成元年 長崎の大学を卒業後 創刊当時のタウン誌「ながさきプレス」の編集スタッフとなる
※以来、同誌の基礎づくりに参加。5年に渡り本誌、旅行ガイドブックなど製作に携わりました。



平成元年 長崎の大学を卒業後 創刊当時のタウン誌「ながさきプレス」の編集スタッフとなる
※以来、同誌の基礎づくりに参加。5年に渡り本誌、旅行ガイドブックなど製作に携わりました。

なぜ長崎に来たのか?

自分でも、長崎に住むことになるとは思ってもいなかった…。

九州の端の方。
カステラとちゃんぽん。
原爆と出島。

長崎について知ってることと言えば、そんなくらいのもので、当時はまだ長崎の正確な場所すらよく分かっていなかった。

そんな、長崎とはエンもユカリもなかった私の生活に、
突如「長崎」という地名が入り込んできたのは、当時付き合っていた彼女の一言から。

その頃、私は茨城、彼女は伊豆半島の最南端・下田に住んでいた。
車で6時間もかかる、いわゆる遠距離恋愛というやつだった。

彼女は就職活動の末、無事、国家公務員の試験に合格。

私は内心
「これでようやく遠距離に終止符が打てるかな」
と期待していたのだが、彼女のコメントは…

彼女:「赴任先はたぶん、釧路か石垣島。」

く、釧路か石垣島かだとぉ〜!!
どっちも陸で繋がってないじゃないか!!

…しかしまだ決まったわけではない。

なんだかんだ言っても案外、最初は東京じゃない?
などと淡い期待を抱いていたら、実際は…

彼女:「長崎になった。」

ホッとしたような、しないような、複雑な気持ちだった。
釧路や石垣島よりはイメージ的に近い気がしたのだが、
でもやっぱり陸で繋がっていない。

その後、日本地図を見て長崎の正確な場所を知り、
茨城とのあまりの遠さに愕然となった。

「と、遠い…」

こうして、茨城=長崎という
飛行機を使っても5時間はかかる遠距離恋愛が始まった。

おかげで(?)年に3、4回
今まで全く縁がなかった九州に旅行するようになる。


 〜 そして3年の月日が経過 〜


やがて結婚を考えた時、彼女との力関係の差で(苦笑)
私が転職して長崎に来ることに。

長崎の地元企業に転職して今に至る。

(ちなみにかみさんの実家は東京です。)

⇒ 2004年11月退社し、自営になりました。(^^;)


…というわけで

・遠恋時代、観光客として見て思ったこと
・実際に住んでみてわかったこと

の2つの視点から見た長崎を、観光で来る人向けに書いたら面白いかな?
と思い、このサイトを立ち上げてみることに。

基本的に
「人の役に立つ為」
というよりは
「自分が書きたいように書く」
というスタンスなので、テキトーなノリで書いてますが
その点は大目に見てください。m(_ _)m



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