直線について


 機械や構造物の形は機能を実現するために生み出されたものです。芸術的な形に対して、技術的な形と呼んでもよいと思います。この技術的な形は、多様なようでも、ほとんどが限られた形の組み合わせで出来ています。その理由は形が設計される時の次のような事情によるのです。

  1. 力学に代表されるように、工学は幾何学的な形状で記述されているため、それに基づいて決定される形状は必然的に幾何学的な形状になる。
  2. 幾何学的な形状のなかでも、比較的単純な直線や真円が解析や生産に有利である。
  3. 機械の形は図面で表現されることが多いが、そういった図面はだいたい二次元であったため、平面に還元されやすい形状が中心となる。

 結果として、技術的な形は独特の単純さを持つようになります。これは、自然の形が細胞分裂に代表されるような微小部分の積み重ねにより全体としては複雑な形状を持つことの対極です。そして、技術的な形の中心は直線であり、真円です。

 特に直線は、人類が蓄積してきたテクノロジーのシンボルでもあり、形に切れ味のよい美しさを与えるとともに、人間の力強い意志を印象付けるのです。直線は技術的な形にとって本質的なものではないかもしれません。また、技術の進歩における過渡的な一形態なのかもしれません。生物の形のアナロジーから新らしい形が考えら出されることがあります。効率のよい形の見本である生物の姿が直線をほとんど持たないことを考えると、形の最適化を進めていくと直線が排除されていく可能性もあります。しかし、直線は人を惹き付ける不思議な力を持っているのです。

 人類が見出した優れた形である回転体は、その軸の直線と回転体の真円とともに技術的な形を代表する要素です。人類は車輪によって省力化をはかり、高速回転体によって多量のエネルギーを取り扱えるようになりました。機能の高密度化を感じさせる回転の存在を意識させる形は、人間の作った美しさの一つでもあります。

 直線や真円といった要素は単純で幾何学的で、そこに感傷的な情感が入り込む余地がほとんどありません。それは理知的な思考を感じさせるのです。従って、こういった要素が中心となる形は、強引で冷たい印象を与えます。さらに、そういった印象の背後に潜んでいるものは拡大への欲望です。道具や機械や構造物は、肉体的な条件による制限を克服し、あるいは扱う物量を増やすことによって、人間の行動を拡大すること目指して生み出されてきたものです。その形は、この欲望のために人間が自然に逆らって自らの中から編み出してきたものです。従って、そこには人間中心の傲慢さが、あるいは無限に発展していく知性に焦がれる心が宿っているのです。大きな構造物では、それが特にあからさまに現れてきます。

 日常のなかで我々がうすうす感じている直線の性格を端的に描きだしたのがキリコの絵です。特に形而上絵画と呼ばれる彼の作品に登場する塔や煙突は、遠近法が強調され平衡感覚が混乱させられた画面のなかで、見上げるように描かれています。ここでは直線の傲慢さに、手の届かない上空に伸びていくことによって超越的な性格が加えられています。塔の頂上には旗がなびいていたりしますが、そこに暗示されているのは、高さによって日常の論理を超越した世界に違いありません。バベルの塔で人間が目指そうとして果たせなかった超越した世界が、キリコの絵で実現されているのです。キリコの描く広場も、直線や幾何学的な形が支配的であることによって日常的な情感が拒絶され、数学的ともいえる論理性による独特の明晰さと静けさがあります。

 この明晰さは、曇りのないイタリアの陽光が光と影でくっきりと切り取る形を思わせる一方で、遠くギリシャの昔からヨーロッパ文明に見られる理知的な形のひとつでもあるのです。そこには科学主義が生む論理の明晰さがもたらすエクスタシーさえ見て取ることができます。人間の知力によって全てを解き明かし征服していく時の、スリルに満ちた快感でもあります。いろいろな形がこのエスタシーに誘われて生み出されてきたのです。




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