設計された形の印象


 私たちは人工的な形、とりわけ工業的に作り出された形に取り囲まれています。建築や構造物、あるいは機械や道具といったものの形は見る人にいろいろな印象を与えます。およそ形というものは何らかの印象を与えるものです。それは人が無意識に記憶しているいろいろな形と比較され、流動感、圧迫感、力動感といった感覚を呼び起こします。同時に、形は概念的に判断され、形の分類や動作の内容といった理解が行われます。人はこういった感覚的なものと概念的なものの両面から形を理解するのです。形のこの両面が整合していると、印象が安定します。工業的な形は、この安定した整合性を目指すものが多いようです。反対に矛盾を多く含む場合は緊張をもたらします。この矛盾による緊張は芸術作品に多く見出されますが、それは日常のなかに知らず知らずに忘れていたものを思い出させるる刺激になるのです。

 機能を伴う構造物や機械の形は、人間の持つ知恵が形として現れたものです。それが英知の結晶に思われるとき、形は美しく感じられます。しかし不気味に感じられるとしたら、なじみのない背景を感じさせる見慣れない形なのかも知れません。あるいは、自然物のレベルまで形が最適化されていないことによる不自然さや無用な剛毅さを示している時なのかも知れません。形は、人間の知恵の限界をも示すのです。

 不気味さのもうひとつの理由として、目に見えない我々の内面が映し出されていることもあると思います。構造物や機械は、こういった形の性格まで考えずに設計されているものが多いので、それだけ無防備に人間の形に対する意識をさらけ出しているのです。日頃は隠れているはずの、こういった意識が表にでてくることによる戸惑いなのです。

 こういった工業的な形がどのように選ばれるかを、アシュフォードがその「設計美学」のなかで具体的に説明しています。アシュフォードは、設計において形を決める時に重要なこととして、整理された形をあげています。例えば、いろいろの形の入り組んだ機械や工場では、どこにどういう機能があって、どこに注意を集中すべきかが一目のもとで明瞭ではありません。こういった整理されない形は扱う人に混乱を起こさせるので、完成された形とは言えないのです。

 もっともアシュフォードが不整列と考えている形について、我々日本人は欧米と異なった部分を持っているのも確かです。端的に言うならば、欧米人は物事の概念化に優れていて、設計においても概念的なモデルを構築しそのなかで思考する傾向があります。従ってモデル化の過程で切り捨てられた要因に煩わされることなく、比較的大胆な発想が可能となります。設計においても、モデル化の難しい曲線の使われる頻度は少なくなってきます。そして単純で整然とした設計が可能になるのです。これに対して日本人は、作業の過程で細部を順番に作り出していくため、個々の部分では完成度が高くなるのですが、全体のまとまりは欧米に見られるものとは異なったものとなることがあります。また割りきりの良い直線より、曲線に自然な美しさを見出すことも多いようです。もちろんこの比較は端的過ぎるかもしれませんが、欧米の設計を見るときにいつも感じさせられるものです。

 アシュフォードはまた知覚されやすい形の重要性についても説いています。これは心理学的に認識しやすい形とそうでないものの区別で、捉えやすい形についてさらに一歩進めたものです。いくつかの例が示されているますが、ひとつは下の図に示される先細りの形です。先細りのままで終わっていると、端部の幅の認識が不安定になりやすく、不確実な印象を与えます。もし端部に平行部をもうけるならば、認識は安定し気持ち良くうけいれられます。


        *******                       *********
        *      *                      *       *
        *       *                     *       *
        *        *                    *        *
        *         *                   *         *
        *          *                  *          *
        *           *                 *           *
        *            *                *            *
        *             *               *             *
        *              *              *              *
        *               *             *              *
        ******************            ****************


      先細りの形状と平行部を持つ形状


 線の種類についても示唆に富んだ説明が与えられています。アシュフォードによれば、人間が視線を水平に移動させることが容易であることから水平線はその認識が容易であり、結果として安定した印象を与えるのです。これに対して垂直線は、それを認識するのに若干の努力が必要なため、より重要なものとして強い印象を与えると説かれています。これには、重力に逆らっていくエネルギを感じさせることも含まれているのでしょう。大きな機械や建築の特徴である圧倒するような印象はまさにこの垂直線の性質によっているのです。それは、技術の成果を誇らしげに示すような印象さえ与えます。曲線は認識するために最大の努力が求められるため、「神、創造、永遠の世界というように最も大切なこと」に結び付けられ、形はここから芸術へとつながっていくのです。この曲線の印象は、概念的に機能に結びつけにくいことによって多義的になるという説明も可能だと思います。

 芸術が人の心の真実を映しだすものだとすれば、機械や構造物などの形には機能に正しい形を与えようとする積極的な意志が現れています。さらには、機能を作り出すために無意識のうちにたどってきた道程の記録として、形以上のものを伝えるメッセージになるのです。アシュフォードは優れた形は優れた設計を導くためのアプローチと考えていたようですが、人間の意識のなかにひそんでいる本質的な思考パターンを呼び覚ます契機にもなりえるのです。また、人の心のなかの人工物というの概念に姿を与えていくのです。

 新しい形に違和感が感じられることがあります。設計手法や工作技術の進歩に伴って、形も進化していきます。古い世代の形にノスタルジーを感じるのは、それがより素朴で単純な、ある意味で手の届く技術によって形が与えられているからなのです。現代人にとってこういった一世代あるいはそれ以上前の形は理解が容易です。しかし、コンピュータによって到底人間が処理できないほどの多量で複雑な計算の結果である最新の形は、形についての概念的な語彙が追いついていないので、理解がむずかしくなっているのです。それでも、そういった形を目にするたびに人は少しずつ形に導かれていきます。

 機能に直結し、技術の限界に挑む現代的な形の実例を宇宙空間の機械に見ることができます。苛酷な条件を満たすために選びぬかれた形は、地上とは違った論理を感じさせる独特のものです。上の写真に示すサターンロケットも、巨大な形が精密さと軽さをあわせ持っていることによって、見る者に圧倒的な印象を与えますが、なにか普通ではない見慣れない形でもあります。それは、我々の暮らしている空間とは全く違った、無重力で極低温で真空といった条件を形が感じさせるからです。そして、我々の宇宙空間への理解あるいは想像は、そういった形を足掛かりにしているのです。宇宙空間を思い浮かべようとする時、こういった形が無意識のうちに頭に浮かんできて、宇宙のイメージとなるのです。





目次へ戻る



1997年8月20日