
(慶応4年閏4月)
| 月 | 日 | 新暦 | 会津・白河、日光方面戦線 | 越後方面戦線 |
| 閏4 | 1 | 5/22 | ・前日に引続いて、関宿において会、仙、米の三者会談が行われ、坂英力、但木土佐、木滑要人ら、梶原平馬らに「開城、削封、責任者の首級」をもっての謝罪を勧告する。 ・会津兵と仙台兵、多田野村で小戦。 ・本宮本営の醍醐忠敬、仙台藩に明朝を期して石筵・中山・御霊櫃方面への出陣を命じる。 ・大鳥圭介の旧幕軍は、一旦会津藩から入領を謝絶されるが、その後許可される。 ・松平容保、小笠原長行を城中に招く。 |
・古屋佐久左衛門の一行、小千谷より酒屋に入り、以降正式に「衝鋒隊」を名乗る。 ・北原半介、村松城下を訪れ稲毛源右衛門らと面会。 |
| 2 | 5/23 | ・旧幕軍、川治村より五十里村へ至り、萱野権兵衛から正式に会津領内へ入ることを認められて田島へ向う。 ・仙台兵、中山峠を壷下村へ向けて進軍。小戦の後、関門の柵などを破壊して引揚げる。 ・石筵で、仙台兵と会津兵が交戦。 ・仙台兵、御霊櫃峠へ出陣する。 ・備中松山藩主板倉勝静父子、藩士とともに若松入り。 |
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| 3 | 5/24 | ・大鳥圭介軍、五十里を出立して横川村に宿陣する。 ・御霊櫃峠を守備していた青龍足軽一番隊、仙台兵と交戦。 |
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| 4 | 5/25 | ・仙台、米沢の両藩、松平容保の恭順降伏の意思を受けて、追討の中止を総督府に申し出る。 ・会津兵と仙台兵、中山口と石筵口で交戦。会津兵、敗走する。 ・旧幕府軍、山王峠を越え、山王茶屋で山川大蔵と出会い、面談する。その後本陣を田島に移し、ここで全軍を4大隊編成に再編する。 |
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| 5 | 5/26 | ・会津兵、御霊櫃峠で仙台兵と交戦。仙台兵は、大槻村へ転陣。 ・新選組130余、白河方面への出陣を命じられ、松平容保から金子を拝領する。 |
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| 6 | 5/27 | ・会津兵が多田野村へ攻撃をかけたが、仙台兵は傍観するのみで抵抗せず。怒った多田野の村民は、仙台兵の宿陣を拒否する。 ・新選組、若松城下を進発。この日は赤津に宿陣。 ・会津兵と仙台兵、中山口で終日交戦。 |
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| 7 | 5/28 | ・新選組、三代に着陣。 | ||
| 8 | 5/29 | ・会津藩使者の伊東左太夫と佐々木斎宮、湯原宿で仙米の使者と再会し、「首謀者3名の首級、藩主の蟄居、領地削減」を条件とした謝罪恭順案を承諾する。 | ・酒屋の砲兵隊、赤谷に出発する。 | |
| 9 | 5/30 | ・砲兵隊、赤谷に到着。 ・町野源之助、農兵300余を率いて小出島を出発し、三国峠登り口の浅貝村へ向う。 |
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| 10 | 5/31 | ・駒野村を襲った会津兵、帰途に八幡村・富岡村にも放火する。 | ||
| 11 | 6/1 | ・米沢藩主上杉斉憲、白石で仙台藩主伊達慶邦と会津藩救解の件で面談。 ・会津兵、下守屋の民家を襲撃し、土蔵を破壊して金品を強奪する。 ・(江戸)廣澤富次郎、西郷隆盛との面談を周旋してもらうため、勝海舟を訪問する。 |
・新津、村松を出立した会津兵700余、三条に宿陣する。 | |
| 12 | 6/2 | ・白石において、奥羽諸藩による列藩会議が開催される。 ・上杉斉憲と伊達慶邦は、岩沼の九条道孝に拝謁し、会津救解の嘆願書を提出する。 |
・酒屋の衝鋒隊、高田に向けて出陣。 | |
| 13 | 6/3 | ・九条道孝、嘆願書を受けて副総督の沢為量、参謀の醍醐忠敬、世良修蔵にその可否を問う。世良はこれを強硬に拒否。 ・田島の草風隊は、塩原へ出陣。 |
・田上を出立した衝鋒隊、三条に宿陣する。 | |
| 14 | 6/4 | ・会津藩士木村熊之進、長沼で仙台藩士佐藤宮内に世良暗殺計画を吐露。 | ・会津兵130、三条に宿陣してから寺泊へ向かう。 | |
| 15 | 6/5 | ・湯原の梶原平馬、嘆願書提出の報告を受け、上杉斉憲随従の千坂太郎左衛門と会談する。 ・若松に滞留していた伝習第一大隊・回天隊・桑名士官隊ら500余、三斗小屋へ向けて出陣。 |
・新発田城下の朱雀寄合二番隊、五十公野へ移動。 | |
| 16 | 6/6 | ・小池周吾の純義隊、野田進の会義隊、ともに大平口方面へ出陣し、真名子村に宿陣する。白河・棚倉方面の状況を探索。 ・大網陣屋にあった草風隊、旧幕兵に変装して襲撃してきた長州兵らにより、温泉に入浴中だったこともあり、裸で敗走する。 ・秋月登之助とその麾下の伝習第一大隊、松川村に宿陣する。 |
・朱雀士中四番隊(中隊頭・佐川官兵衛)に水原口出陣が発令される。 | |
| 17 | 6/7 | ・伝習第三大隊、山川大蔵を副総督とし、田島を出立。藤原到着後、小佐越諸村に布陣する。 ・総督府、仙台・米沢両藩に会津追討を発令。 ・下守谷村の太田惣右衛門宅において、二本松(吉田鉄二郎・吉岡栄吉)、仙台(羽生玄栄・湯浅多仲)、会津(片桐八重次郎・小川栄・川村又五郎・石山音吉)の3藩が会合を持つ。 ・会津藩砲兵隊、五十里村から若松城下に帰陣。帰陣後、日向内記は隊長を解任される。 |
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| 18 | 6/8 | ・仙台藩士坂本大炊・遠藤久三郎、白河へ赴き世良修蔵に会津謝罪の嘆願書取上と解兵を訴える。 ・仙台藩士佐藤宮内・大越文五郎、福島で世良修蔵暗殺を協議。 ・仙台藩士瀬上主膳、世良修蔵の福島入りを聞き、姉歯武之進や岩崎秀三郎とともに土湯の陣を出て福島の仙台軍事局に入る。 ・秋月登之助、伝習第一大隊を率いて松川から三斗小屋へ到着する。 ・大鳥圭介の率いる伝習第二大隊は、田島を出立して横川に宿陣。 ・大桑村にあった伝習第三大隊、土佐兵に急襲され、敗走。 |
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| 19 | 6/9 | ・上杉斉憲と伊達慶邦は、九条道孝に時局紛糾を訴える書面を提出し、藩兵の解兵を求める。 ・世良修蔵、福島の妓楼金沢屋に投宿し、大山格之助あてに「奥羽皆敵」の書簡を送る。 ・世良の書簡は福島藩士の手から仙台藩士の手に渡り、姉歯武之進らの知るところとなる。 ・姉歯武之進ら、金沢屋に世良修蔵を急襲し、これを捕える。 ・大鳥圭介の伝習第二大隊、横川を出立して川治に宿陣。 ・小佐越の伝習第三大隊、田中蔵人隊とともに柄倉村の戦闘で勝利する。 |
・佐川官兵衛の朱雀士中四番隊、鶴ヶ城より出陣して片門村に宿陣する。 ・加茂宿陣の浮撃隊と小須戸宿陣の新遊撃隊、三条に宿陣。 ・浅貝に宿陣していた町野源之助隊、三国峠に布陣する。 |
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| 20 | 6/10 | ・世良修蔵、阿武隈川原で斬首される。 ・伝習第二大隊、藤原で第三大隊と合流。 ・会津兵、白河城を奪取。 ・秋月登之助の伝習第一大隊、板室村に宿陣する。 |
・朱雀士中四番隊、下野尻宿に宿陣。 ・市岡守衛を分隊頭とする砲兵二番分隊、鶴ヶ城を出陣し、片門村に宿陣する。 ・浮撃隊、新遊撃隊は三条を出立し、新遊撃隊は加茂新田に滞陣する。 ・町野源之助隊、三国峠に胸壁を築く。 ・一ノ瀬要人ら、水原を出立して加茂に止宿し、松平定敬に拝謁する。 |
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| 21 | 6/11 | ・伝習第二・第三大隊、田中蔵人隊とともに今市を襲撃し、小佐越に帰陣する。 ・板室より出陣した伝習第一大隊、塩野崎村で敵襲を受け、油井村まで退く。 ・三代にあった新選組、白河に向けて出陣。 ・会津兵、白坂の境明神で「ここより白河領」の石標を倒し、「ここより会津領」の標柱を立てる。 |
・朱雀士中四番隊、津川に到着。 ・砲兵二番分隊、下野尻村に宿陣。 ・三国峠から猿ケ京へ向った町野隊の斥候が、敵影を発見して帰還する。 |
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| 22 | 6/12 | ・奥羽列藩、白石で会議の上、盟約書に調印する。 ・油井村の伝習第一大隊、百村へ出陣するも、再び敵襲を受けて三斗小屋まで退く。 ・新選組、白河城下に宿陣。 |
・朱雀士中四番隊、水原に宿陣。 ・砲兵二番分隊、津川に宿陣。 ・一ノ瀬要人ら16名、加茂より長岡を経て小千谷に到着。 |
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| 23 | 6/13 | ・奥羽列藩の重臣、白石に会して同盟締結を協議し、会津救解同盟は攻守同盟へと変貌。奥羽列藩同盟の成立。 ・伝習第三大隊、田中蔵人隊とともに栗原村で新政府軍を迎撃し、これを敗走させる。 |
・朱雀士中四番隊、水原に滞陣。 ・砲兵二番分隊、水原に到着。 ・桑名藩士山脇重左衛門、塚野山の衝鋒隊に援軍を要請する。 |
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| 24 | 6/14 | ・薩長らの兵、太田原を進発し、芦野に至る。これに対し、白河から山口次郎率いる新選組が白坂口へ出陣、遠山伊右衛門の遊撃隊がこれに続く。棚倉口へは小池周吾の純義隊、原街道へは鈴木作右衛門の青龍一番隊が向う。 | ・三国峠で、町野源之助隊が新政府軍と戦闘し、町野久吉らが戦死する。 ・水原の朱雀士中四番隊、小千谷方面の危機を知り、出陣。新津に宿陣する。 ・土屋総蔵の朱雀寄合二番隊、小千谷方面の急を聞いて五十公野より出立、水原に宿陣。 |
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| 25 | 6/15 | ・芦野の新政府軍が白坂口に来襲、遊撃隊・新選組らはこれを迎撃して撃退する。 | ・朱雀士中四番隊、加茂に宿陣。 ・朱雀寄合二番隊・新遊撃隊、小須戸に宿陣。 ・三国峠の敗報により、山谷村の会津兵は小出島に、衝鋒隊の今井信郎・前田兵衛隊は芋坂に転陣する。 ・砲兵二番分隊、小千谷へ向けて出陣。 |
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| 26 | 6/16 | ・山川大蔵、今市攻略のため、伝習第二大隊第一小隊・貫義隊・朱雀足軽二番隊を率いて大沢口へ出陣。第二大隊本隊は七里村へ向うも、大沢口の砲戦で貫義隊が崩れ、沼間慎次郎隊も今市で敗走したため、小佐越に帰陣する。 ・白河口総督西郷頼母らが白河城に入る。純義隊の宮川六郎や新選組の山口次郎が、白坂へ出陣して守備を固めなければ白河城の維持は困難と建白するが、西郷はこれを容れず。 |
・朱雀士中四番隊、三条を経て大面に至る。 ・砲兵二番分隊、加茂に宿陣。 ・衝鋒隊今井中隊は、雪峠で新政府軍と戦闘するも敗走。芋坂から小千谷へ向う。 ・小千谷の一ノ瀬要人隊は、陣屋を遺棄して長岡へ向かう。 ・衝鋒隊は妙見村へ移動。 ・長岡藩軍事総督河井継之助、本営を摂田屋村に置く。 |
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| 27 | 6/17 | ・御霊櫃、中地、勢至堂の守備兵、白河城に入る。 | ・薩摩、長州、尾張、松代等の兵、小出島を攻撃。町野隊、井深隊、山内隊の総勢120がこれを迎え撃つが、衆寡敵せずに敗走する。 ・新政府軍、小出島に本営を置く。 ・鯨波の桑名隊、浮撃隊は、米山峠を越えた新政府軍の攻撃を受け、撃退したものの、小千谷口の敗報を聞き、柏崎から妙法寺村へ転陣する。 ・朱雀士中四番隊、長岡へ入り会津藩諸隊と合流し、妙見村の守備につく。 ・佐川官兵衛と河井継之助が、摂田屋村で会見。河井は会津兵の領内退去を要求。 ・衝鋒隊、一ノ瀬要人と意見が合わずに宮本へ移動。 |
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| 28 | 6/18 | ・仙台藩参謀坂本大炊以下、白河に到着。 ・(江戸)浜松藩屯所に拘留中だった廣澤富次郎、辰の口糾問所(元会津藩邸)に投獄される。 |
・朱雀士中四番隊、砲兵二番分隊等、長岡城に入り長岡藩と軍議を行う。 ・青龍士中三番隊、津川に到着。 |
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| 29 | 6/19 | ・奥羽列藩同盟に加盟の諸藩士、仙台で会議を開く。会津藩からは手代木直右衛門、小林平角らが出席。 ・新政府軍の白河来襲の報あり。棚倉口、白坂口、原街道に出陣するが、新政府軍は白坂に止まる。 |
・朱雀士中四番隊、砲兵二番分隊、結義隊、義集隊、新遊撃隊ら、長岡から与板方面へ出陣する。 ・青龍士中三番隊、保田村に宿陣。 |