河井善順年表

西暦 和暦 年齢 主要事項 関連事項
1836 天保7 3/16真龍寺8世河井善教の3男として同寺に誕生 前年の天保6/12/29、松平容保誕生
1853 嘉永6 18 6/3ペリー、浦賀に来航
1854 安政元 19 このころ越後某寺で数年間仏法の修行をする。 閏7/17山川健次郎誕生
1855 安政2 20 4月、本山である京都西本願寺において得度を受ける。
1856 安政3 21 5/10父善教没
1858 安政5 23 西本願寺の学寮に入り、修行僧となる。
本山の寺僧となり、門主明如上人に仕える。
1860 万延元 25 3/3桜田門外の変
1862 文久2 27 12/24松平容保、京都守護職として
藩士1000名を率いて入京。
1863 文久3 28 8/18の政変。
1864 元治元 29 7/19禁門の変の際、寺に逃げ込んできた長州兵の引
渡しをめぐって、西本願寺と会津藩が対立。善順は単
身藩側の幹部と交渉に当たり、寺が焼き討ちされるの
を未然に阻止する(本願寺異変)。
西本願寺法主、本山を兵火から救った善順の労を多と
し、真龍寺の班を進めて院家となし、善順に「清涼院」の
称を与える。
名妓との評判の高かった「尾車太夫」を落籍させ、妻に
迎える(容保公の尽力ありとか?)。
9/26長男千代彦誕生。
6/5池田屋事変。
7/19禁門の変勃発。
1866 慶応2 31 12/25孝明帝崩御。
1867 慶応3 32 10/14大政奉還。
11/15坂本龍馬暗殺。
1868 明治元 33 会津に帰郷。
8/23寺族近親一同大川を渡り、坂下福原下新田の門徒
小林家に非難する。
次兄貫道は僧籍を返上し、藩の募兵に応じて戦闘に参
加。以降、貫道は内藤を名乗る。
真龍寺の本堂、鐘楼等が戦火で消失。山門のみ残る。
9/25〜27坂下の庄屋の仲介で奥平謙輔と面会。秋月
梯次郎宛の書簡を預かる。
10/4奥平の書簡を、猪苗代の謹慎所において秋月に
手渡す。
10/7変装した秋月と小出鉄之助を伴い謹慎所を脱走、
新潟において奥平と面会させる。
11/13山川健次郎と小川亮を連れて、再び猪苗代を脱
出。何回かの危機を乗り越えて、無事に少年らを北越ま
で届けることに成功。
1/3鳥羽伏見の戦い。
8/23西軍、会津城下に侵攻。
9/22会津藩降伏。鶴ヶ城開城。
12/7松平容保、死一等を減じられる。
1869 明治2 34 1月頃、妻「たか」を連れて上京。本所横山町に住む。
山川浩、広沢安任、永岡久茂らと連携しつつ、会津松平
家救解のために奔走する(この間、還俗する)。
後、この労を多とした容保公から歌を賜る
1/6会津藩士の処分決定。
5/18萱野権兵衛切腹。箱館戦争終結
6/3松平容大誕生。
11/3容大、家督相続。
11/4容大、家名相続華族に列す。
   斗南藩立藩する。
1870 明治3 35 会津へ戻り、僧籍に復す。
兄・内藤貫道は斗南へ移住する。
1月、会津藩士の謹慎解除。
2月、会津藩士らの斗南移住始まる。
1871 明治4 36 7/14廃藩置県
1872 明治5 37 教部省より十二等出仕を申し付けられる。
6/29小講義に補せられる。
10/4西本願寺より函館在勤を申し付けられる。
1/6容保・喜徳の謹慎が解除される。
1873 明治6 38 3/10中講義に補せられる。
4/8権大講義に補せられる。
9/3札幌出張を申し付けられる。
9/28十一等出仕に補せられる。
1874 明治7 39 8/8真龍寺9世河井善譲没(善順長兄)。 2/4佐賀の乱に山川浩陸軍少佐とし
て出陣する。
1876 明治9 41 10/29思案橋事件、萩の乱。
1877 明治10 42 9/20権大講義に補せられる(内務省)。 2月、西南戦争勃発。
3/18佐川官兵衛、豊後口で戦死。
1878 明治11 43 西本願寺札幌別院が創建され、初代知堂に補せられる。
北海道教務取締として函館に在す。
10/25大講義に補せられる(内務省)。
5/14大久保利通暗殺。
1879 明治12 44 函館別院の建立に尽力し、これを完成させる。
1881 明治14 46 7/13兄・内藤貫道没。享年50。
1884 明治17 49 3/11京都教務所管事兼桑名教務所管事となる。
1885 明治18 50 この頃、真龍寺本堂再建なる。(森寛斎より贈られた襖
絵に「明治十八年」の記名あり)
第一次伊藤博文内閣成立。
1892 明治25 57 8/15日本赤十字社の正社員となる。
1893 明治26 58 5/5札幌別院知堂を依願退職。
8/20真龍寺にて没す。
12/5松平容保、東京小石川で没す。
1923 大正12 4/15西本願寺立教開宗700年記念慶讃法要修行に際し、
元治元年の「本願寺異変」における善順の功労が改めて
本山より表彰される
1924 大正13 妻・河井たか没。享年80。


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