| ショートエッセイ 「野良猫・のら」 作:中村 純一 |
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| これは、1993年頃、実際に僕が飼っていた野良猫の話です。実話です。 |
| 第1話:ノラ登場 |
| 最近、中村家に首輪のない野良猫が来るようになった。茶色と白の模様を持った野良猫。まあ、もちろん、リビングの軒下あたりにやってきては、えさをやっていたから、なついていたんだろう。しかし、野良猫は野良猫。絶対に近づかない。近づかないけど、朝と晩になると必ず中村家にやってきて、えさをねだる。ただ、そのとき彼は、何となく野良猫の境界線を越え、家猫の敷居をまたごうとしているようにも感じた。 まだ、そのときには彼に名前を与えていなかった。はじめは、中村家の人々は、野良猫!!と呼んでいたが、あることをきっかけに名前を与えることになった。 それは、ある朝のこと、中村家の人々が朝食を取っていると、えさをねだりに彼がやってきたのだ。しかし、仕事にでかけるべく急いでいた中村家の人々は、えさをあげなかった。すると、彼は自分の存在をアピールし始めた。まず第1弾は、猫の小技で有名な「猫パンチ」を窓にかますのだ。コツコツとかわいい音をするが、それでも中村家の人々は無視して食事をガツガツと食べている。すると彼は第2弾となる思わぬ行動に打って出てきた。中村家のリビングの窓は、下半分が磨りガラスで上半分が透明なガラスである。そして、その窓のすぐ外には、ちょうど磨りガラスと透明ガラスの境目までくらいの高さがある岩があって、そのすぐそばにヒイラギが立っている。彼は、その岩を登り、さらにヒイラギにも登った。そして、彼はちょうどヒイラギの枝が二股に分かれているところにすっぽり収まるように横たわり、両方の前足の上にあごを載せるようにして、枝をゆするのだ。ヒイラギがゆっさゆっさとゆれる。朝食を食べていた中村家の人は目を疑った。もう、まるでだだをこねている子どものように、ゆっさゆっさと枝をゆする彼。中村家の人々は、思わず吹き出してしまい、しょうがないとばかりに母親が魚を与えた。その行動は、中村家の人々がえさをやらないときには、必ずしていた。 「何か、飼い猫じゃないけど、飼い猫だね。名前は・・野良猫だから、ノラちゃんだな。」 誰が言ったというわけではないが、そうなってしまった。野良猫のノラ。決して家には上がらないし、あげない。野良猫は野良猫なのだ。でも、ノラなのだ。彼のベッドは、庭のプランターである。 ![]() |
| 第2話:ノラは野良猫? |
| ノラは僕が仕事から帰ってくる時、必ず家の前の道路で待っている。しかも、飼い犬のようにお座りをして待っているのだ。そして、僕が到着すると、ちょっと別の場所に移動して、車が車庫に入り、僕が降りてくるのを門のところで待っている。そして、門から玄関までの約10mを僕のとなりで歩き、僕が家の中に入ったのを確認して、リビングの窓の軒下でおねだり攻撃を始める。ちょっと待ち時間が長いと、いつものヒイラギ揺さぶり攻撃を行う。本当に毎日待っているのだ。これには、驚いてしまう。しかし、僕にかなりなついて来たノラは、さらに大胆な行動に出た。 僕が朝起きるのが遅く、寝ているとき、ノラは僕を起こすのだ。僕の部屋は2階にある。先ほど出てきたヒイラギの一番高いところからちょっとがんばってジャンプすると2階の屋根に登ることができる。そして登ってきたノラは、シッポパンチを僕の部屋の窓にコツンコツンとかまして、僕の目を覚まさせる。そして、僕が起きたのを確認して、またヒイラギをつたって僕にアピールするのだ。本当にノラは野良猫だろうか・・・・ ノラは毎日毎日、この行動を繰り返す。たまにやってこない日があるが、ちょっと旅に出るときだ。しかし、2,3日経つとまた戻ってくる。そしてまた、以前と同じ行動を繰り返すのだ。おもしろい猫だ。 |
| 第3話:ノラの熱愛発覚!? |
| いつものようにえさを与えようとすると、見かけたことのない猫がいた。流行に敏感なファッションモデルのような小顔で、しとやかな歩き方でノラの近くにいる。猫の世界では美人と呼ばれてもいい猫っぽい。その寄り添い方から見て、どうもノラの奥さんのような感じであった。そこで、早速名前を付けた。名前は・・・「奥さん」。あまりにも単純であるが、まあ、いいだろうと思った。 たまに、奥さんだけえさをもらいに来ることがあった。しかし、この奥さんは、非常に注意深くて、なかなか近くに寄らないし、時々、ニャァ〜!と威嚇する鳴き声を出すのだ。えさをあげても怒る。なんかよく分からない猫だった。 こんな猫でも、実はとても人気がある。近くの野良猫どもがこの奥さんを彼女にしようとノラにケンカをしかけてくる。ノラは勇敢に戦おうとする。とっくみあいのケンカになる。ところが・・・最後にケンカをおさめるのは、奥さんの一声「ギャァ〜!」という鳴き声と華麗なフットワークから繰り出す猫パンチの応酬で、野良猫どもが退散する。結局は、ノラ側の勝利、いや奥さん側といった方がいいかもしれない。ノラの奥さんは、とても強かった。 |
| 第4話:ノラと台風 |
| 夏の終わりのことだった。佐賀県地方をはじめとする北部九州一帯に台風が直撃した。ノラは中村家のペット(?)であったが、元々野良猫なので家には上げないし、ノラたちも上がろうとしない。その台風の時も外で台風の風と戦っていたのだ。 あんまりかわいそうだったので、強風の吹く中、僕は外に出て、風よけとなる段ボール箱を用意して、その中にえさを入れて、中に入るように言った。すると、ノラと奥さんともに段ボール箱に素直に入り(そのときは奥さんは素直だった)、風をしのいでいた。 その後、台風一過、台風が去っても、その段ボール箱を居場所にするようになった。その後、奥さんの姿が見えないと思ったら、なんと、その段ボール箱の中で子どもを産んでいた。しかも3匹。子猫の毛色から見て、間違いなくノラの子どもだと思った。全く、台風をいいことに・・・・なんて笑っていたが、まあ、かわいい子猫なのでいいかと思っていた。まさしく台風一家である。(笑) ノラは、子猫を前にして、誇らしげに背筋を伸ばし、父親になったということを僕に伝えようとする雰囲気が感じられた。ま、それでも雄猫がやってくると、やっぱりケンカに負けてしまう。奥さんに助けられるのだ。だから、ノラはよくけがをしていた。だが、そのけがを癒すように子猫や奥さんたちと庭の芝生の上でごろ寝をしているのを見ると、なんだか心が和んでいた。 |
| 第5話:ノラの子どもたち |
| ノラの子どもたちは、よく庭で遊んでいた。物置の陰に隠れたり、岩陰に隠れたりして、楽しそうだった。僕も参加しようと、ひもの先におもちゃをつけて、子猫たちの前にたらし、じゃれさせて楽しんでいた。 ノラの子どもたちは、どういうことか、3匹のうち2匹がちょっと大きく、残りの1匹が小さかった。そんな子どもたちのうち、大きい方の2匹が突然になくなった。その理由が、未だにまったくもって不明である。忽然と姿を消してしまった。残った1匹のちびちゃんは、寂しそうに1人で遊んでいた。この子は、まったく僕を警戒しない。僕のところに来ては、たまに部屋にあがってくる。もちろん、2階ではなく1階である。あまりにかわいいので、名前を付けることにした。簡単である。ノラの2世ということで、「ノラ2(ノラニ)」と名付けた。ところが、そのノラニも名付けて3日後に、姿を消してしまった。なぜだろう。猫はある程度の時期を親元で過ごした後、旅立つのであろうか。野良猫の世界はどうなっているのだろうと、そのとき、真剣に考えた。 そんなことはお構いなしに、いつもの通り、ノラと奥さんはいつもいっしょにいた。やっぱり、子どもたちは旅立つのであろう。車にしかれた!?とも思ったが、僕の家の前は、団地内の道路であるから、車の往来はほとんどない。やはり、旅だったのだろう。ちょっと寂しかった。 ![]() |
| 第6話:奥さんとの別れ |
| もうノラが家に来て、2年。二人とも老いているような感じがしていた。ちょっと元気がなかった奥さんが、見あたらなくなった。奥さんは、特に旅立ったことはなく、浮気もしていない様子だった。ところが、1週間、1ヶ月経っても、姿を見せない。ノラに聞いて・・なんてできないが、ノラの雰囲気を見ていると、どうも死んだのだろうという雰囲気だった。 僕の友人が飼っていた猫が死ぬとき、いつもの猫ハウスで亡くなったそうだ。飼い主の目の前で。飼い猫は、人間の前でも死ぬことがあるかもしれないが、野良猫は、人に見られないところで死ぬんだろうと思った。 奥さんは、人気があった。強かった。でも、気弱なノラと仲むつまじい夫婦だった。ノラは、元気なさそうに、1人で庭の芝生に寝転がるようになっていた。もう野良猫を通り越していたかもしれない。飼い猫がよくするように、足にまとわりついてきて、僕が手で持ち上げることもできるようになった。普通、飼い猫出身の野良猫でなければ、人間から持ち上げられるようなことは絶対にないと思うが、全くの野良猫出身のノラは、よくぞここまでなついたものだと感心していた。ただ、やっぱり、寂しそうな雰囲気だった。「慰めてくれよ」と言わんばかりに、庭の岩に登って「ニャーゴ」とないている姿を見るのは、つらかった。 だから、えさをお箸で手渡してあげるようになった。えさは缶詰のやわらかいもの。それを箸ですくって、口元に運んでやると、ちゃんと食べる。ノラの表情を近くで見ると、やっぱり、老いているのがよくわかった。 ![]() |
| 最終話:さようなら、ノラ。 |
| ノラは、毎日、僕の帰りを家の前で待つという習慣を持っていた。 「ただいま!」と言うと、 「ゥニャ〜ゴ」と甘える。 そして、今日もえさを与えるのであった。朝になると2階まで来て、シッポパンチで僕を起こし、ヒイラギを揺らして、存在をアピール。そして、僕の出勤を見送ると、庭の芝生でごろ寝。中村家での人生、いや猫の人生を楽しんでいるようであった。 ところが、ある日の朝、僕が出勤しようとすると、車の前でじっとして動こうとしない。 「ノラ、ほらほらどかないと敷いちゃうぞぉ。危ないからどいて!」と言うと、 背筋を凛と伸ばして、お座りをしている。いつもと様子が違うと思い、じっと見ていると、ノラは、僕の方を向いて、ペコリと頭を下げた。この話をすると、みんな「ウソだよ」と言うが、これは、本当の話である。そして、すくっと立ち上がり、中村家から離れていった。そのときは、何をしているんだろうと思った。 その日の帰り、いつもは、ノラが家の前で座って待っているはずなのが、いない。まあ、どうせまた旅に出たんだろうと思った。しかし、数日、1週間経っても帰ってこない。そのとき、ふとひらめいた。ノラは最近、目やにがひどく、だいぶきつそうにしていた。動きも遅く、ちょっと心配していた。本当なら動物病院に連れて行こうとも思ったが、元々野良猫だから、逆にいろいろと人間が手を加えると、弱くなると思い、自然の成り行きにまかせることに決めていたのだ。 「ノラ・・・」 僕は思った。奥さんの時と同じように、野良猫は、自分が死ぬとき、誰にも見られないようなところに隠れて死ぬんだろうと。だから、車の前でぺこりと頭を下げたのは、僕にお礼を言っていたのかもしれない。いや、きっとそうだと思う。 ペットを飼ったことがなかった中村家に、ふらりと現れて、奥さんとその子どもたちと、いろいろな想い出を作ってくれたノラ。なんか、野良猫というよりも、僕の大切な友達の1人だった。 きっと、ノラは、僕の目の前から去って、川辺に行ったのだと思う。川辺の草むらの陰に隠れて、疲れた体を横たえて、楽しかった想い出を振り返る夢を見るように、ぐっすりと深い深い眠りについたのだろう。ノラが死んだ後は、その亡骸は、川の流れに流されて、広い海まで到達したのだろう。そして、今までで一番大きな遊び場という名の天国で、奥さんと楽しい第2の人生を過ごしているのだと思う。 奥さん、その子どもたち、そして、ノラ、本当に本当にありがとう。 あれからは、もう猫は一匹もには来ていない。 おわり ![]() |
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