中野組石材工業鰍フ歴史は「稲田石」の歴史である 「稲田石」が商品として世に出たのは、明治時代の中頃である。 私達の創始者である「中野 喜三郎」は、香川県小豆島ににほど近い「豊島」に生まれ、 明治18年に上京し 「中野組(現ナカノフドー建設)」を開業し、土木関係事業等手広く営 業を行っていた。 明治32年2月、茨城県笠間市稲田に花崗岩が開発されたことを知り、「烏帽子山(現 在の前山採石場)」こそ稲田石の最大塊であることを見抜き、早速出生地より花崗岩専門 石工職人20余名を引き連れ入山、石質の違いから先駆者の多少の指導は有ったが明治32 年2月「中野組石材部」が誕生した。(稲田石が本格操業されたのは明治30年) 当時の採掘は全て`人力`で、雨が降れば仕事が出来ないという月10日〜15日位 の労働力であった。明治40年頃初めて`火薬`を使用、大正初期エンジン付コンプレ ッサー購入等で大材が取れるようになり、大正12年関東大震災後の帝都復興には需要 に答え「稲田石」と中野組石材部の評価を大いに高めた。 代表的施工例:東京市電敷石・日本橋石工事・国会議事堂・三井本館etc 大正末期に「前会長 中野 慶吉」が業務を継承し、丁場整備を始め各方面に渡って改 良・拡充を行った。昭和4年稲田地区で初の`大型コンプレッサー(USA製インガーソル)` が導入され、サフェーサー(叩き仕上げ)や削岩機の採用等、当時の採掘設備では完璧 に近いものとなった。 代表的施工例:第一生命ビル(戦後 GHQ本部が置かれた事で有名)・日本銀行 ・東京駅 etc. 第二次世界大戦の嵐は、稲田地区においても吹き荒れ、戦前の最盛期に比べ工員は約 30%に削減され、奥山採掘場は一時閉鎖となり、僅かな人員で前山採掘場を守ったと 言われている。 戦後昭和22年には、中野 慶吉を始め、加工関係者が続々復員し奥山採掘場再開発 昭和34年には、従業員数487名(内 採掘167名)となり、最新式・岩盤切断機 クォーリーバー・ドリルの投入で、「大材は中野組」という定説と名声を築いた。 昭和23年頃から自動車の普及によりトラック輸送が本格化され始め、昭和25年に `自動車部`が創設された。(開山より凡そ70年間、採掘場と稲田駅を結び 、幾多 のドラマを生んだ「トロッコ」も大型輸送機関の発達により、昭和40年には完全撤去 となった) 当時、中野慶吉自ら全国石材協同組合の理事を努める等、常に業界のトップとして君 臨し、長年に渡った貢献を重ねた実績を対外的にも認められ、地元住民・業界の信望を 集め、更に不動のものとした。又、幼少より始めた弓道は名人と讃えられ、東京オリン ピックでは日本武道館にて、武道演武を大観衆の前で行った。その後、全日本弓道連盟 会長など要職を納めた。名人範士10段は我々の会社の誇りである。 昭和30年中頃より、それまでの「上部採掘方法(露天掘)」から「掘り下げ採掘方 法(井戸堀型)」へ変更し、「モデル採石場」として安全操業を続けられる機械開発`粉 塵公害防止`等に取り組み、加工部では、「エアーストリーム」「集塵機」を他社に先 駆けて導入し、衛生管理に努めた。 代表的施工例:立正佼成会・鹿島神宮大鳥居30尺・茨城文化センター・茨城歴史館 明治神宮・創価学会墓園・三菱銀行本店・最高裁判所石工事 etc 昭和59年、四代目社長「中野 喜久夫」に引き継がれ、業務の発展を見せ、重要人物 の去逝等苦難を乗り超え、稲田石のみでなく、外材の積極的導入・工場機 械化・再編成等 改革に取り組んだ。 平成になり、稲田石の需要は「日本を代表する石」の地位は変わらず、石質・採掘量とも 稲田石を語らずして日本の石を語れない。 代表的施工例 :東京証券取引所・笠間稲荷神社22尺鳥居・中国銀行本店石工事(岡山県) ・創価学会墓園・開拓者の群像・茨城県庁舎(行政棟石工事及び西公園) ・笠間ポレポレモニュメント・恵比寿ガーデンプレイスモニュメント etc. 平成大不況の中、中国製廉価石材製品に蹂躙され弊社も過去にないリストラを慣行せざるを 得ませんでした。そう言う風潮の中でも、茨城県と笠間市から補助金を頂き稲田石材商工業協 同組合有志の参加を頂き弊社は「稲田ストーンエキシビジョン」メイン会場になり業界以外か らも注目を集め稲田石のPRに務めました。多くの来場者を迎え稲田石は埋蔵量・質共豊かで 現在でも日本を代表する石材であり、諸先輩方の石材加工技術が引き継がれている事を改めて 実感いたしました。 代表的施工例 : 出雲大社常陸分社30尺鳥居・明治神宮本殿境内敷石・東京大神宮境内 ・防衛庁 創価学会墓園 etc. 平成19年8月四代目社長中野喜久夫逝去に伴い、五代目社長「中野剛弘」に引き継がれま した。工場内作業安全第一を掲げ「稲田石」と稲田地域発展の為に益々邁進いたします。 中野組石材工業株式会社は創業109年を迎える事に成りました。
次世代向けて私どもは、更に邁進する所存であります。 これからも変わらぬご支援ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いいたします |