『黄土の夢』の作り方
ザ・メイキング・オブ『黄土の夢』
『黄土の夢』第三部完結までの道すがら
1994年2月 「黄土の夢」原案を頂く。
1994年4月 基本資料の読み込み、粗筋を作成。
1995年5月 『黄土の夢』第一部<明国大入り>を上梓。
同時発売「死神のお気に入り」赤川次郎、「スウェーデン館の謎」有栖川
有栖、「狂骨の夢」京極夏彦、「痾」摩耶雄嵩、「雲にのる2<法眼>」滝直
毅、「戦場の女神たち」高瀬彼方
1996年3月 『黄土の夢』第二部<北清南明>を上梓
同時発売「一二階の棺」楠木誠一郎、「誇り(プライド)」逆山洋、「殺意の
集う夜」西沢保彦、「外道忍法帳」山田風太郎傑作忍法帳 山田風太郎
1998年7月 『黄土の夢』第三部<最終決戦>を上梓。
同時発売「数奇にして模型」森博嗣、「欲望の仕掛け人」南里征典
いま書いている小説のこと(または、日本経済の小話(^_^;)
複数の証券関係者からの取材をもとに、経済小説を書いているのですが、この十年余の激動にただただ圧倒さています。
八五年九月の先進五カ国蔵相会議の「プラザ合意」で市場解放か、円高容認かを迫られた当時の政権は、政治的に面倒のない円高を選択。一ドル二百四十円が、八八年一月には百二十円代に一気に跳ね上がりました。
でもってこの時期、外資系は一斉に日本へ投資します。なにせ、ほんの数年円資産を保有しているだけで、ドル換算で二百%の高収益を得られるからです。日本の企業、金融機関は、膨大な資金を簡単に手にしました。日本列島は、円高、低金利、原油安、と内需拡大の条件が整う「トリプル・メリット相場」と呼ばれる好景気に沸き返ります。
その結果は、どうなったか。
八五年に一万三千円だった日経平均は、以後四年間上がりっぱなし(^_^;。八九年十二月二十九日には、三万八千九百十五円の最高額をつけます。不動産市場も、日常生活、交通の基盤として、あきらかに支障をきたすほど加熱。証券・不動産に、通常考えられない巨額の資金が投入され、慢性的な株・土地の不足により、バブルが発生しました。
……といった過去を下敷きに、三十歳そこそこの若い証券ディーラーを主人公とした話を考えています。アウトラインは早々と完成し、取材、書籍データを割り振って、ほぼ二百枚まで書き上げました(^_^)。七月いっぱいで四百枚余の第一稿を上げられれば、と考えています。
実は、これからディテールの細部を煮詰めながら、本当の意味で小説にする、という苦しい作業が待っているのですが(^_^;
以下、工事中ですm(..)m。