『黄土の夢』 の作り方

ザ・メイキング・オブ『黄土の夢』 その3

国際情勢

 

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この国際情勢の把握には苦労しました(^_^;。

シュミレーションと銘打つ以上、「それなりにデータを積んで構成するべきだ」と考えたはいいですが、正直これ際限ありません。端的に言って底なし沼です。

ともあれ基本書、概説書から、学術論文集のような専門書まであたう限り手を伸ばしました。

とにかくテーマはたくさんありました。

 

明帝国は、何故滅んだか

崇禎ではなく、万暦に滅んだ明帝国。張居正の大改革と、その死後の万暦帝の放蕩。妖人、宦官の魏忠賢。場当たり的な酷税、国内産業の荒廃。呉三桂、孔有徳といった軍閥の台頭。

 

清帝国の成り立ち

韃靼と呼ばれた、明の北夷だったころの実像。明の朱元璋による漢人屯田兵の入植によって、北へ追われた正当なる遼東住人の裔たち。

 

明帝国が滅んでから一時期乱立した南明政権

ぴったり一年で滅んだ福王の南京政権。他にも諸王(明帝国皇帝の諸子)が、監国として各地で名乗りを上げ、まとまりに欠いた。

 

「乞師」と呼ばれた朱舜水ら大儒の対日本外交

幕府には相手にされず。しかし薩摩藩は、密かに三万の兵と数年分の軍需物資を用意し、南京へ送り込む手はずをととのえていた(藩主光久と個人的に親交のあった海賊の周鶴芝が、どさくさに水師提督になっていたため)。

 

台湾、東南アジアに侵出していた西欧人たち、その本国事情(英蘭戦争)

清教徒革命を起こしたクロムウェルは、王政時代に計画されたイギリス海軍の増強政策を引き継ぎ、オランダとの砲艦外交に勝利する(人口が多いのみならず、天然の良港に恵まれて喫水の深い大型船が建造でき、偏西風で風上に立つという地政学上、圧倒的に有利なイギリスの当然の勝利)。

 

儒教・仏教等の宗教観、思想史

サンスクリッド文字で書かれたインド仏教が、漢字に翻訳されて中国から日本へ伝来する過程で、儒教、道教の影響を色濃く受ける(輪廻解脱、薄葬をよし、とするインド仏教。頭蓋骨を祭器とした子孫の招魂祭礼で現世へ復活できる、とした儒教。不老不死を願い、仙薬を求め、さらに仙人になることまで視野に入れた道教。そしてインド仏教と儒教のチャンポンとなった日本仏教(^_^;)

 

漢字の成り立ち(秦の始皇帝の天下統一、文語と口語の分裂)

話し言葉が異なる諸民族をまとめるため、四書五経と呼ばれる大学、中庸といった古典や経典の表記を丸写しにして成立した漢字。まともな文法もなく、読書百編、意おのずから通ずといった硬直した反復教育以外に学びようもない、士大夫、資産家の師弟しか使えない文字。

 

庶民と士大夫で、多いに異なる歴史観

文字を持てない庶民は、「歴史とは事実ではない。人がどう信じるかが歴史だ」と乾いた歴史観を持つ(有徳の聖人孔子も、「儒教の教えに従わない輩には筆誅を加える」と公言し、おおいに作品中で貶めた事実からも判るように、現実は権力者、士大夫の視点、価値観で史書は書かれている!)。民衆にとって、事実を記載しているはずの史書よりも封神演義、三国志演義の講釈や野外演劇の方が史実であり、過去である。

 

皇帝と天皇の違い

鼎の軽重を問う。力こそ正義であり、権威である。天皇の地位が、厳格な世襲であった日本と、乱れに乱れた中国の国体・歴史に対する認識のあまりに大きな差異。

 

比較文化論的なアプローチ

食、家庭観、生死観など。

 

どこかで、「ヨッイショ」とはしょってまとめるべきなのですが、少しあきらめが悪かったようです(^_^;。

 

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以下、次号にて