ラスベガス

 

1995年9月

横浜の貿易会社(食品輸入)に勤める大学同窓の友人と、六泊七日の旅程でロサンゼルスとラスベガスを旅行しました。

ベガスでは、「ソルジャー・オブ・フォーチュン(幸運な兵士、傭兵の親睦組織)」の15周年記念コンベンション、銃砲店、個人宅を見学、訪問しました。以下、簡単なレポートですが御笑読くださいm(..)m。

 

>>コンベンションの特別イベント

車で15分ほどの走った郊外の原野で、パラシュート・チームによる曲芸降下、そして協賛銃器メーカーの新製品実射デモ、第一次大戦から現代にいたる約20余の機関銃による射撃デモを、特別料金を払ってのぞきました。

わけても、トリを飾った機関銃の一斉射撃は迫力でした。ガソリンを入れたベットボトルを幾つも並べて、20余の軽・重機関銃が一斉に火を噴くという代物。ほんの2、30m先で轟く銃声、立ちこめる硝煙、ボカン、ボカンと火柱を上げ、熱風を吹き散らして爆発するガソリン……。正直、恐怖しました(^_^;画像1画像2

 

>>その1

コンベンション野外会場のわきにある射撃場へ。貿易会社に勤める友人の文通仲間、近所の銃砲店に勤める金髪、ブラウン・アイのナイス・ガイ、アンソニィー・ディ氏と出会い、握手と自己紹介をする。

そこは拳銃、ライフル、自動小銃はもとより、はては装甲車に積まれた電動砲座のミニ・ガトリング銃まで撃てる、というとんでもない射撃場(^_^;。画像

しかし小学生ぐらいの子供が、かのミニ・ガトリング銃を撃っていたのには驚きました。キュィィーンと予備動作で高速回転する三本の砲身からボボボボボ……と吐き出される数百発の弾丸。的になっていた車は、まさに蜂の巣。蹴飛ばせば、即座に崩れそうなほどボロボロになってました。

 

>>その2

ベガスの周囲を走る、環状高速道路に面した銃砲店POWN GAN SHOPの室内射撃場。

紙の同心円、ヒューマン・シルエットの的を前後に動かす電動キャリア、仕切板、カウンターが完備されている本格的なもの。10ドルのチャージと弾代のみで、20丁あまりのハンドガンを撃てます。この銃砲店、質屋も兼ねていて預かっている品を、お客の試射に供しているようです。画像

 

 

>>アンソニィー・ディ氏の家

ベガス滞在3日目に招待されて。「オ○ースU」なる、自動開閉式の鉄扉に守られた40棟ほどの住居群の一角にあります。平均10畳ほどの3LDK+クローゼット。ヨークティシャ犬と共に迎えてくれたアンソニー氏は、46歳のナイス・ガイ。アンティーク・ドール集めが趣味の奥さんと子供2人は、親戚の家に出かけていて留守でしたが、ハンドメイド・クッキーをいただきました。

アンソニー氏(画像)は、1948年生まれ。66年に入隊、お定まりでNAM(ベトナム)で2年の軍役を勤め、68〜70年ニューヨーク警察学校で学び、以後20年間奉職。さらに定年後は数年間、大統領のシークレット・サービスを勤め、乗用車の下に鏡を突っ込んで爆弾のチェック等をやっていたそうです。

この警官時代の経歴もあきれるくらい多彩で、ニューヨーク市警(バッチ・ナンバーは338)を皮切りに、スワット・チームのインストラクターを勤め、足かけ三年間は休みを使ってローデシア(現ジンバブエ)軍に参加したとか。もう、正にやりたいことはやり尽くし、年金を確保して四十半ばでリタイヤしたそうです(^_^;。

NYから西へ移住する際、当初はカリフォルニアに住むことを考えていたそうですが、銃規制が厳しいのでネバタ州のベガスに居をかまえたとか。

でもって家の中は、押入もカレージも金庫だらけ。もちろん中身は、銃(^_^;。多すぎて、本人も完全に把握していないとか。ザッと確認しただけで50丁のライフル、数倍のハンドガンといったところでしょうか。見せてもらったのは、MP5、ウージー、カラシニコフ(中国製のフル・オート機能を排除したスポーツ・タイプ)、M1ガーランド、モーゼル、第二時大戦に参加した米兵が戦利品として持ち帰ったMP−44突撃銃、三百年物の仏クルミ材を使用したカスタムメイドの銃床がついた22口径RL弾を使う大型ライフル(ほとんど空気銃なみの無音)、ニューヨーク市警の入退職年度の入った記念の38口径銃、ワルサーPPM、ストック付きのモーゼルなどなど。

「私が死んだら、アフリカの滝に散骨してもらうよう遺言を書いてある」と、夢見るよう語る趣味の人、アンソニー氏とのお話はなかなか楽しいものでした。

 

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