メロンを食べました。
田舎からメロン、枝豆、ジャガイモ、にんにくなど、たくさん送られてきました。
メロンなんて高価なものを食べられるなんて…。1度に2切れも食べてしまいました。
今日は土用の丑の日、ということでうなぎを食べに出かけました。
横浜山下公園で花火のある日なので、電車に乗ると浴衣を着た女性の姿がちらほら。
それに、海の日、夏休みの初日と今日7月20日はいろいろな意味のある日なのでした。
一年ぶりのうなぎのお店は内部を改装したようで、テーブル席がすべて座敷(掘りごたつ式)になっていました。入り口で靴を脱いで下駄箱に入れます。二足入るので、二人組みなら一緒入れるようになっています。私は「やっぱり『い』の『一番』に入れるのが粋だよね」と思ったのですが、それより先に連れが『ろ』の『五番』に入れてしまいました。確かに、そっちのほうが出し入れしやすい位置だけどさ。
迷わず「うな重」を注文しました。柔らかくて、炭の香りがして、おいしいです。食後にコーヒーを注文したら、小さなプリンがついてきました。
会計の際、ふとレジの横の壁を見ると色紙がかかっていました。そこにはカタカナで「フィリップ トルシエ」と。えっ?色紙と一緒にご本人が食事をしている写真もありました。そしてその下には中村俊輔さんのサイン&写真も。そういえば、中村選手の実際にきたサイン入りユニフォームも飾ってありました。へええ。
それにしても今日は本当に暑い一日でした。梅雨が明けて、夏本番ですね。
電車の中での出来事。
途中で酔っ払いの男性が乗ってきて、私の隣に座りました。
しばらくすると、大きな声で何事かしゃべり出しました。
「ちょっとコワイ」と思いましたが、別に何をされたわけでもないのにここで立ち上がるのは失礼にあたるのだろうか…でも何かあってからでは遅いし…いや気の回しすぎ…などともんもんと考えて、その場を動けずにいました。
酔っ払い氏は、「俺だって横浜知ってるんだよ」とか、「嫁にするなら豆腐屋の娘…色は白いが水臭い」などと言っていました。
(「色は白いが水臭い」…私のことかしら)
根岸を過ぎたとき、酔っ払い氏は「あっ、次どこですか!?」と、前に立っていた会社員風の男性(50歳代?)に尋ねました。
するとその人は、「次は磯子(いそご)、磯子〜」と車内放送の真似で答えるのです。
(な、何事…!?)
酔っ払い氏も変だけど、会社員氏も変…!この二人、グル??
一瞬、懐かしの「ドッキリカメラ」かと思いましたがそうではなく、単に会社員氏も上機嫌だっただけのようです。
酔っ払い氏は、「磯子!?行き過ぎちまった!!」と大声を上げながら立ち上がりました。
すると会社員氏、「帰りをいそごうってなもんだよ」。
(………!!!)
凍り付くナキウサギ。
酔っ払い氏が「えぇ?」と聞き返すと、さらに
「帰りをいそごうって」。
繰り返さなくっていいですって!!
(他の乗客の皆さんはどんな反応をしているんだろう…)
ものすごく気になりましたが、顔を上げる勇気がありませんでした。
平静を装うために、文庫本を開いているものの、実は先ほどから一行も進んでいません。
私は間近で起こった出来事にただただ呆然としていました。
<p>フラフラしながら自分の駅に降りると、後ろから体当たりしてくる人がいました。
振り返ると、地元の友達でした。
「なんか今、笑ってなかった?」と言うので、これまでのいきさつを話しました。
すると「"次はどこ"って聞かれたときに、なんで、"新大阪"って言わなかった!?」と責められました。
世の中、妙な人は多いですが、上には上がいるものです。
(1999.10.25.)
「口笛おじさん」と呼ばれる男がいる(私が呼んでいるだけだが)。
夜、我が家の前を口笛を吹きながら通りすぎていく人物だ。
とにかく口笛がうまい。プロ級なのだ(口笛のプロがどのようなものか知らないが)。
抑揚のつけ方、響きわたる高音。初めて聴く曲のはずなのに、なぜか懐かしさを感じてしまう情感…。
名のある人物なのだろうか。
<p>先日、とうとう彼の姿を確認する好機が巡ってきた。
最寄り駅からの道を歩いていたときのことだ。
後方から、あの、口笛が聞こえてきた。
私はにわかに緊張した。
「彼だ」。
しかし、いきなり振り返っては無礼だろう。さりげなく彼の方を見ることはできないだろうか。
私は、さも用事があるふうを装って手近なビルに入った。
入り口の集合ポストを眺めつつ、待ち伏せすることにしたのだ。
口笛が近づいてくる。
心の中でカウントダウンに入った。
来た。すぐそこだ。
「!!」
口笛おじさんは思いのほか早足だった。
ビルのドアの端から端まで、通過するのに1.5秒といったところだ。
そのため、ちらりとしか姿を見ることはできなかった。
その一瞬で確認できたことは、以下の3点のみだった。
・チェックのシャツを着て、野球帽をかぶっていた
・歳の頃は60代
・体型は少々太め
気になったのは、口許に何か持っていたこと。
色合いから、草のたぐいではなかった(草笛の音ではないし)。
とすると、市販の口笛サポート用品だろうか。
あの音色はおじさんの実力だけによるものではなかったのだ。
…ちょっとさみしかった。
(1999.05.31.)
その日、出張先で上司と私は昼食として五目そばを食した。
食後のお茶を飲みながら、ふと上司のどんぶりに目が止まり、愕然とした。チャーシューが2枚とも残されているのだ。
「あの、もうよろしいんですか。」私は声の震えを悟られないよう、努めて冷静を装いつつ訊ねた。答えはYESであった。そこで私はしばし沈思黙考することとなる。…
五目そばにおけるチャーシューとは、たとえるなら、舞台の主役のようなものではないか。
個性のないチャーシューが3枚も4枚も入ったチャーシューメンや、申し訳程度に投入されるしょうゆラーメンのチャーシューとは訳が違う。さまざまな出自の役者たちが切磋琢磨して作り上げた舞台の、その頂点に立つ存在のはずだ。その花形があっさりと袖にされるとはどうしたことだろう。
戸惑いと怒り、恨みと絶望の入り混じった表情を見せながらスープの底にたゆたうチャーシューを、私はみつめた。「なぜ!?」彼女の悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。「私は生まれたときから可能性を認められ、将来を嘱望されてきた。その私がえびに負けたというの…!しいたけにも劣るというの…!?」
私がチャーシューの心境に思いを致したとき、始業のチャイムが鳴った。我に返った私は心の動揺をごまかすため、自分の湯飲みを手に取った。もうお茶は残っていなかったが、そのまま飲み干す仕草をした。
そして自分に言い聞かせた。チャーシューが一番なんて、結局は私の独りよがりにすぎないのだ。この世の何が善で何が悪か、絶対不変の定義なんてありはしない。人間の数だけ価値も存在するのだから…。
私は何とか落ち着きを取り戻すと、もう一度訊ねた。今度は付加疑問の形で、微笑みさえ浮かべながら。「五目そば、お好きなんですよね。」その答えも、もちろんYESであった。
(1998.08.17.)
HPを開設しようと志して早2年。
当初2001.01.01にスタート予定が、大幅に遅れてしまいました。
今後とも、よろしくお願いいたします。
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