五目そばにおけるチャーシューの立場に関する一考察

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その日、出張先で上司と私は昼食として五目そばを食した。

食後のお茶を飲みながら、ふと上司のどんぶりに目が止まり、愕然とした。チャーシューが2枚とも残されているのだ。

「あの、もうよろしいんですか。」私は声の震えを悟られないよう、努めて冷静を装いつつ訊ねた。答えはYESであった。そこで私はしばし沈思黙考することとなる。…

五目そばにおけるチャーシューとは、たとえるなら、舞台の主役のようなものではないか。

個性のないチャーシューが3枚も4枚も入ったチャーシューメンや、申し訳程度に投入されるしょうゆラーメンのチャーシューとは訳が違う。さまざまな出自の役者たちが切磋琢磨して作り上げた舞台の、その頂点に立つ存在のはずだ。その花形があっさりと袖にされるとはどうしたことだろう。

戸惑いと怒り、恨みと絶望の入り混じった表情を見せながらスープの底にたゆたうチャーシューを、私はみつめた。「なぜ!?」彼女の悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。「私は生まれたときから可能性を認められ、将来を嘱望されてきた。その私がえびに負けたというの…!しいたけにも劣るというの…!?」

私がチャーシューの心境に思いを致したとき、始業のチャイムが鳴った。我に返った私は心の動揺をごまかすため、自分の湯飲みを手に取った。もうお茶は残っていなかったが、そのまま飲み干す仕草をした。

そして自分に言い聞かせた。チャーシューが一番なんて、結局は私の独りよがりにすぎないのだ。この世の何が善で何が悪か、絶対不変の定義なんてありはしない。人間の数だけ価値も存在するのだから…。

私は何とか落ち着きを取り戻すと、もう一度訊ねた。今度は付加疑問の形で、微笑みさえ浮かべながら。「五目そば、お好きなんですよね。」その答えも、もちろんYESであった。

-以上-

(1998.08.17.)


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