友人を訪ねて、ニュージーランドへ遊びに行きました。
あぁ…いよいよ帰国の日だ。さようならNZ。友人が車でオークランド空港に送ってくれる。モーテルのチェックアウトの時間までは間があるので、友人は私を送ったあとモーテルに戻り、一眠りするという。そうしとくれ。置き土産としてポケットティッシュを友人に渡した記憶がある。
空港までの道のりを写真に収めようとカメラを手に車に乗った。が、外は真っ暗で、空港到着まで明けそうにない。
「さみしいモード」はMAXに近づいており、車の中はなんとなく湿っぽい雰囲気だ。
空港到着。シティオブセイルズの名を示すように、空港の建物にはヨットの帆をかたどったオブジェがかかっている。
感傷に浸ってばかりもいられない。出国にもやることがあるのだ。
まずは空港使用料の支払い。成田の分は航空チケットに含まれていたが、オークランド空港の分はここで支払わなければならない。小さな空港なのですぐに支払い窓口見つかった。すんなり払い終えると、次はチェックイン。これも問題なく、搭乗時間まで友人と二人空港内をうろうろした。
「そうだ、Yabbaカードまだけっこう使えると思うから、あげるよ」。そういってサイフを取り出してみると、あれ?ない。預け入れ荷物の方に入れてしまったようだ。
お茶するのも買い物するのも微妙な時間で、本当に空港内をぶらついているだけで、もう時間になってしまった。出発ゲートの前で別れを惜しんだ。ふと横を見ると日本人団体客。なんかもうNZではない気がする。
「じゃーね。元気でね。無事故で過ごすんだよ」「うんうん、ありがとね」。そんなやり取りが繰り返されたのち、「じゃ…行くね」。私は出発ゲートを通った。
手荷物検査も出国審査もヘロヘロと通過し、あまったドルでちょっと買い物をした。どの土産物店も最初はガラガラだったが、次第に混雑し、搭乗時間間際にはレジが長蛇の列になっていた。しかもレジが壊れて、ちょっとした混乱。あわてて搭乗口へ向かったら、大勢の人が待ってはいたが、飛行機の出発は少し遅れるようだった。ふぅ。まわりは団体や家族連れなどがやはり多く、こういうところで一人ポツンといるのが不思議な気がした。
飛行機に乗りこんだ。私は帰りも通路側の席だが、窓際の二人がまだ来ていない。窓を覗くとちょうどオークランド空港の看板が見える位置だ。さよなら記念に一枚撮った。窓の外は少し雨が降っていた。いかにもお別れという雰囲気を演出している。
窓際の2つの席は日本人のカップルが座った。やはり皆疲れているようで、飛行機が離陸してしばらくすると眠り出す人が多かった。私もうとうとしたり、時にはぐーすか熟睡した。
エコノミー症候群対策の一環か、機内では頻繁に飲みものを配っていた。お茶の時間のコーヒー紅茶だけでなく、レモンの入ったミネラルウォーターの場合もあった。一度、カップ入りアイスクリームを配っていることがあった。そのとき私は寝入っていたが、奥の席の人にアイスを手渡そうとしたときに乗務員が私の足をちょっとけったのだ。そのおかげで目が覚めて、目の前のアイスクリームに気がついた。あぶないあぶない。もちろん、すかさず受け取った。うれしいなぁ、飛行機の中でアイスクリームが食べられるなんて。「おとぎ話の王子でも昔はとっても食べられない♪」
しかし、私の隣の席のお二人、10時間のうち一回しか行かなかったような…。数えていたわけではないが私が席を立った覚えがないので…よく我慢できるなあ。羨ましい。私なんて数え切れないほどトイレに参上した。私は私で近すぎなのだが。
成田に着いたらあとは帰るだけ。いつものようにリムジンバスに乗って、またまたうとうとしながら帰途についたのだった。
家に帰ってからYabbaカードのことを思い出した。よく考えたら、プリペイドカードではないのだからこれ自体を渡す必要はないんじゃないか。ここに書いてある番号さえあれば。さっそくメールで帰宅の報告とともにカードの番号を知らせた。
その後も友人とはメールのやりとりを続け、時には電話で話した。友人が都会オークランドを離れたときは、ネットショップに日本語の入力できる環境がないために、メールの文がローマ字になったりした。
ワーホリの期間が終了すると、友人は日本に帰ってきた。相変わらず私とは遠距離なのだが、一度、私の住んでいる近くに来てくれたので、一緒にごはんを食べた。季節は秋。私とNZで別れてから数ヶ月しか経っていない。やっぱり、生きていれば必ず会えるんだなぁ。
〜おしまい〜
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