第5章 音と文化 — 騒音意識の国際比較 

 

                                  

1.はじめに

 

音環境の問題はこれまで騒音対策、すなわち公害問題に焦点が絞られる形で取り上げられてきた。ここで環境とは「知覚し行動する生活体(動物および人間)の周囲の世界」(J.J.Gibson, 1979) のことである。人間が生活し行動する上で障害となる要因を環境から除くという方向は正しいといえる。しかし、音の場合、その存在は常に障害となる存在ではなく、むしろ音は人間に音声を通じて重要な情報を与え、音楽によって情緒的な喜びを与え、さらに環境中の物音は我々に事物の存在や運動の情報を与え、環境への適応を助ける手掛かりを与える。

従って、第1章で紹介したように無音は単に静寂として好ましい環境ではなく、視覚における「等質空間」や、感覚遮断の如く現実的には異常な状態でありうる。むしろたとえ微弱な音でも必要な音や感性に訴える美しい音が明瞭に聞きうる環境こそ快適な音環境といえるかもしれない。機械文明の発展のおかげで我々の生活は多くの利便を受けるようになった。一方ではこれらは直接、間接にわれわれの生活に悪い影響ももたらしている。


例えば、排気ガスによる大気汚染、各種の機械、装置から発生する騒音、排水による水質汚濁、悪臭など様々な公害が文明の発展とともに増加してきた。なかでも、一般住民から寄せられる苦情件数でみると、最近わが国では、図5-1に示す様に、1997年には大気汚染が1位、騒音が2位、また1996年までは騒音が1位を占めており大気汚染と共に騒音が深刻な公害問題であることがわかる。

 騒音は、会話、ラジオ、テレビ等の聴取妨害、睡眠妨害、喧噪感による日常生活、作業能率への影響、さらに聴力損失など、様々な影響を及ぼし、深刻な被害をもたらす。騒音とは、まさに“邪魔な音”、“不快な音”であり、ないことが望まれる音である。従って、騒音対策としては、騒音をなくすことがまず第一に挙げられる。そのためには騒音源となっている各種の機械、装置類を作動させなければよいことになるが、すべての住民に昔に戻って、電化製品も自動車も用いない生活を求めることは不可能であろう。環境保護か生活の利便性かは次章でも触れるように環境問題の重要な課題である。

何が必要で何が不必要かの判断、すなわちいかなる音源が許容され、いかなる音源が拒否されるかは様々な価値判断の基準があり、評価の体系はそれぞれの文化によって異なる可能性がある。このように考えれば、ある音が必要な音として許容されるか、あるいは騒音と受け止められるかは、聞く人によって、あるいは同じ人でも時と場合によって異なることになる。

従って、騒音の影響は、音の強さ、周波数、音色、時間条件など物理的要因のみによって絶対的に規定されるのではなく、個人の感受性、並びにその社会的、文化的背景によっても変化する。それゆえ、騒音という1つの社会問題を考える時、その背景となる文化、すなわち、その社会の価値判断、評価体系を考慮する必要がある。異文化間の比較を行うことによって、騒音影響に関する社会的要因の発見、騒音評価に関する国際基準の制定、各国の実状の応じた対策などについてヒントを得ることができる。本章では、様々な側面から騒音問題について異文化間の比較を含めながら概観する。

 

2.音源


苦情件数で多いのは工場・事業所からの騒音であるが(図5-2)、これは対象(騒音源)が特定されているからであろう。自動車交通騒音、航空機騒音、鉄道騒音など交通騒音はいずこの現代社会においても、環境騒音を代表する音であり、交通騒音に関する調査、研究は多い。

 



図5-3に示す全国24都道府県の住民 790 名について調査した結果をみると(難波他 1978),悩まされる騒音,最も悩まされる騒音,いずれにおいても,自動車交通騒音に次いで近隣騒音が高い比率を示していることが分かる。また環境庁や種々の地方自治体で実施された調査結果をみても類似した傾向が伺える。

 

 


この傾向は他の国においても同様で,英国(F. J. Langdon & I. B. Buller 1977),フランス(後藤 1981)の調査結果をみても(表5-1、表5−2),住民が迷惑を受けている種々の騒音の中で道路交通騒音や近隣騒音が上位に挙げられている。

 


 

表5-2    悩まされる騒音(フランス)  (後藤、1981)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 1 自動車交通騒音       50%
 2 近隣騒音            33%
 3 航空機騒音           5%
 4 鉄道騒音             3% 


 


交通騒音に関して文化や国を異にする27の調査結果を Fidellら(1991)は“highly annoyed”(非常にうるさい)という反応を指標として図5-4に示すようにまとめた。Ldn (夜間に 10 dB のウエイトを加えた Leq)と“highly annoyed”の比率との間に一応、回帰曲線が引かれているがデータの分散は大きい。

やはり同じ Ldnでも場所によって反応が異なることが分かる。ただ同データよりLdn が55以下だと“非常にうるさい”とする反応は少なくなり、やはり騒音レベルを低減させることが必要であることが理解できる。とはいえ物理量に基づく指標だけである社会の騒音に対する反応を予測することは困難であることも示唆している。

 

 

特に社会の影響を反映する近隣騒音の場合には国によって反応が異なることが予想される。日本、中国、ドイツ(当時は西独)、アメリカ、トルコ各国の集合住宅の住民を対象に実施した調査における、近隣騒音で問題を生じる音源の例を図5-5(S. Namba et al. 1991 )に示す。音源の種類はきわめて多く,生活に伴って生じる音すべてが近隣騒音源となる可能性をもつことが示唆される。また各国で聞こえる音,悩まされる音は必ずしも同じではない。日本では,オートバイや物売りの声など空気伝搬音が,


西独では,バス,トイレ,日曜大工の音など固体伝搬音が,聞こえる比率が高いことが分かる。また,台所用電化製品の音,食器洗い器の音,タイプライターの音など,日本では悩まされる比率がゼロであるが,ドイツではこれらの音源が聞こえた場合,かなり高い比率(それぞれ,7.1 %, 18.5 %, 17.9 %)で悩まされると回答されている。なおアメリカではペットが、トルコでは階上や階段からの音が、中国では特に際立った音源はないが、強いていえばステレオがうるさい音としてあげられている。生活スタイルや住環境、所有する機器の種類などが影響しているようである。

 

 

 

 



駅でのアナウンスや物売りの声のように,近年我国では公共の場におけるラウドスピーカの使用についての苦情が増加している。発車の合図に音楽を用いるなど種々の工夫がされている。ドイツなどでは列車の発車の合図もなく大変静かでよいという声も聞くが,はたして住民は様々な場所でのラウドスピーカを用いてのアナウンスを不必要だと考えているのであろうか。各国で行った調査結果を図5-6に示す(S. Namba et al. 1991)。

列車の行く先,停車駅,発車の合図,など各国ともラウドスピーカによるアナウンスが必要だとする比率がかなり高い。一方,コマーシャルは各国とも不必要という比率が高くなっている。やはり誰でも必要な情報を得るためには,ラウドスピーカによるアナウンスが必要なのであろう。また,各国間で相違も認められ,トルコでは選挙、ドイツでは競技場,日本では学校でのラウドスピーカの使用に対して寛大であることが示唆された。文化によって許容される音源の種類も異なるようである。

 

3 音環境への取組み

a)音源側の対応

交通機関の騒音、工場騒音、大出力のスピーカの音など、レベルの高い騒音は先ずそのレベルを下げると共に、付近住民に迷惑がかからないよう十分な遮音対策をこうじるべきであり、そのための法規制( 騒音規制法や各地方自治体の公害防止条例など) が行われている。

我が国の環境基準について表5-3に示す。


 


地域や時間帯によって異なる値が採用されている。また日本騒音制御工学会がまとめた各国の道路交通騒音の基準の例を表5-4(ドイツ幹線道路)、表5-5(フランス新設道路)に示す。やはり地域や時間帯別に値が定められている。なおドイツでは地方道路については基準がなく、地域固有の感受性など個々の事情に応じて地方自治体が対応しているとのことである。


 

 



 一方、近隣騒音は交通騒音や工場騒音と異なる多くの特徴を持ち,人間関係など様々な要因が影響し,その法規制は容易ではない。すなわち必ずしも物理量だけでその影響を律しきれないが故の対策の難しさがある。川崎市においては指導要綱として、大阪市では住民参加の自治会活動を支援する形で近隣騒音への対応がみられる。なお各国においても近隣騒音やあるいは音の発生におけるマナーなどについて次のような対応がされている( 桑野 1989 より) 。

 


  例:(1) EPA ではよく鳴いて近隣に迷惑を及ぼすぺットを飼うことを禁じている。

   (2) シカゴで始業,終業の合図を禁止。

   (3) カナダのオンタリオ州では背景の交通騒音レベル(Leq)より6dB以上越え

     てはいけないと規定している。

   (4) スコットランドでデイスコの音に対してinaudibility(聞こえないこと)と

     いう基準を設けている例がある。

      (5) 英国のモデル条例では 大きな声をだしたり歌ったりすることを午後11時 –

     午前6時の間禁じている。

   (6) アメリカのEPA で芝刈り機,ドリルなど庭で使用する電動機器の使用を時

     間制限している(時間は地区で設定する)。

   (7) ニューヨークで自動車のアイドリングや盗難報知器の鳴る時間の長さの制限

    (15分)を推奨している。

  

 b)住民側の対応

 近隣騒音の対策については住民の騒音に対する意識が大きく関与する可能性がある。各国の集合住宅の住民に近隣騒音に対する対策について尋ねた調査結果を図5-7 に示す(S. Namba et al., 1991)。各国ともに警察,裁判所に訴えるなど法的な対策を望む者は少ない。なお別の調査項目でドイツでは隣人に直接苦情をいうという者が約90%もあり,各国の中で際立って多い。また,実際に苦情を申しいれた経験のある者も約48%みられ、これまた各国の中で最も高い。これと対称的に日本では,我慢するという者が多く,直接苦情を申しいれた経験のある者は14%にすぎない。このような差が生じた理由として、日本では近隣の人間関係がこじれることを恐れ、一般にドイツ人は規則に従わない者に対して注意する習慣がある(E.T. Hall & M. R. Hall, 1986)とのことであるが、このような習慣の差が調査結果に反映したのかも知れない。

 ところで、自分の音は比較的うるさくないという傾向について、 Glass & Singer の「自分でコントロールできる音」すなわち消したいと思えば何時でも消せる音は、たとえその音が発生していても、(具体的に音を消さなくても)被害を受けないという(精神作業を乱されない)といった実験結果にも示されている。 

 このことは騒音問題の本質を示唆していると思われる。すなわちいやな音でもそれが自分の意志で容易に消せる音であるならば、騒音問題に発展しない。しかし自分の意志でその音が消せない、あるいは音から逃れられない時に、騒音問題が発生し深刻化するといえよう。

 

 

 


c)人間関係

上述のように自分で出す音や自分でコントロールできる音は騒音にはなりにくい。他人の出す音でもそれが地域の音として生活にとけ込んでいる場合や、隣人に気楽に音の発生を止めるよう頼めるような親しい人間関係の場合には深刻な騒音問題は発生しないだろう。地域共同体としてのつながりが緊密で、近隣があたかも1つの大家族のような存在である場合には騒音問題は生じにくいものと思われる。しかし、人口の都市集中化に伴って、近隣の人間関係が希薄になり、近隣とのコミュニケーションの困難になった社会では近隣騒音問題を深刻化する可能性がある。

 山本ら(1985)は1981年、東京都に住む主婦を中心とする女性418名を対象として近隣騒音に関するアンケ−ト調査を行ったが、その調査結果の一例を図5-8に示す。この図から、隣人とのつきあいが深まるほど、隣人の音が“非常に邪魔”という比率が減少し、反対に“親しみを感じる”という比率が増していることがわかる。さらに、地域的にみても、隣近所との交流を好まず地域参加にも消極的な地区と、逆に人づきあいが好きで地域の活動にも積極的に参加していこうとする地区の間で、例えば話し声が邪魔だとする比率は、前者で 48.7 %、 後者で 19.3 %、 また、学校の音が邪魔だとする比率は、前者で 25.1 %、 後者で 19.6 % と地域特性によりかなり差が認められる。

 


 従って、これらの調査結果より、近隣騒音の加害者、被害者にならないためには、近隣の人々と親しくするか、あるいは少なくとも立ち話をする程度の人間関係を保つことが望ましいことが示唆される。

 

 


d)音源対策・遮音対策

騒音対策として、まず音源のレベルを下げるという音源対策、音の伝搬を妨げるという遮音対策があげられる。近隣騒音に関しても、やはりまず音源対策、遮音対策を行って、騒音レベルを下げることが必要であることはいうまでもない。

5-9に示す英国の調査結果をみても(F. J. Langdon et al. 1981)、界壁の遮音性能がよくなるほど、隣の話し声がきこえる比率が減少している。従って、掃除機やエアコンのように音をだすことを目的としない機器の場合は、技術的、経済的に可能な限り、音源のレベルを下げることが肝要であろう。使用者の立場からは、騒音レベルの高い機種は買わない、使用しない、近隣に迷惑のかかる場所に設置しないことが望ましい。また、住宅の遮音性能の向上も望まれるところである。特に、近隣に気兼ねなく好きな時に好きなだけ音を出したいと望むなら完全な防音構造の部屋を作るべきであろう。

 

 


 e)音のモラル・ルール作りと誠意ある対応

外部に音を全く出さないよう生活することはほとんど不可能である。また、聞こえる音すべてが必ずしも騒音になるわけではない。外部にもれてもよい音の種類とそのTPO(時間、場所、場合)が確立していれば、近隣騒音問題はかなり減るものと思われる。

 だが公害問題一般にいえることだが、公害の責任はまず排出側にあり、この点では近隣騒音問題も音を出している方に責任がある。音に対する感受性には個人差が大きいことを認識し、もし、隣人からの苦情があれば、それはよほど深刻な問題ととらえて、誠意のある対応をすることが大切である。アメリカの電話による苦情の分析結果をみても(G. A. Luz et al.、 1983)、初めての苦情は丁重であるが、それが無視されると、2回目以降の苦情は感情的になることが示唆されている。

 

.騒音の印象を表現する用語

上述のように、異なる国、異なる地方の実態を知り、比較することによって、それぞれの国、地方でその実態に即したより有効な騒音対策を考えることができる。しかし、異文化を理解する上に重要なもう1つの問題は言語である。それぞれの文化に固有の言語、表現方法があり、それは必ずしも辞書のみで翻訳できるものではない。

筆者らが行ったいくつかのクロス・カルチュラル調査を紹介したが、これらの調査では、直接各国の共同研究者と英語を媒介にして十分な討議を行った上、調査票を作成し、後、完成した英語版、ドイツ語版などの調査票を第三者に日本語に翻訳してもらい、オリジナルの日本語版と照らしチェックするという back translation (訳しもどし法)の手続きにより、各国語の調査票の等価性を確認した。

騒音の印象を表現するのに、“大きさ”、“やかましさ”、“うるささ”、という用語が一般によく用いられる。騒音問題について議論し、国際基準等を考えるにあたっては、これらの用語の内包的意味、対応する各国語を知る必要があろう.この用語、特に大きさ(ラウドネス)、やかましさ(ノイジネス)、うるささ(アノイアンス)の定義の必要性については第4章で紹介した。

各国での意味を比較するために、SD法を用いて、日本、ドイツ、英国(S. Namba et al. 1986)、アメリカ(M. Florentine et al. 1986)、中国(D. Zheng et al. 1986)で、これらの用語の内包的意味を調査した。その結果、並びに対応する各国語を図5−10と図5-11に示す。これらの図から、概念としてとらえる限り、“やかましさ”と“うるささ”は両者の間にほとんど差はなく、また5か国間でもほとんど同じ否定的な意味を持つ用語としてとらえられていることが分かる。

“大きさ”については、独、英、米、3か国では“やかましさ”や“うるささ”とほとんど同じプロフィ−ルを示しているのに対し、日本と中国では中性的な概念としてとらえられている。また、“騒音”という用語そのものについてもやや異なった傾向がみられ、日本、ドイツ、中国では“うるささ”などとほとんど同じプロフィ−ルがみられるが、英、米ではやや中性的になっている。これは英語の“noise”という用語が“騒音”という意味とともに“雑音”という意味も持つためと考えられる。

 


 



 

 このように辞書的に同じ意味を持つと考えられる用語でも、その内包的意味は各国でかなり異なることが示唆された。この問題に関しては日常生活で実際の音を聞いた時の印象などについてさらにより詳細に検討する必要があるが、異文化を比較する上で使用する用語についても十分に配慮する必要があることが示唆される。

 

.おわりに

騒音は望ましくない音であり、ないほうが良い音である。望ましくないか否かを決めるのは主観的基準である。それぞれの社会で許容されている音、邪魔にならない音、慣れやすく、気にならない音を解明すると共に、騒音への感受性に個人差の大きいことも勘案して、無駄な音を外部に出さない快適な音環境作りを考えることが大切であろう。

 

 

参考文献

) S. Namba、 S. Kuwano and A. Schick:A cross-cultural study on  noise problems, J. Acoust. Soc. Jpn. (E)、 7、 279-289 (1986).

) D. N. May (Ed.): Handbook of Noise Assessment, (Van Nostrand  Reinhold Company、 1978).

)W. Tempest (Ed.): The Noise Handbook, (Academic Press、 1985).

)山本和郎(編): 『生活環境とストレス』(垣内出版 1985).

5)社団法人日本騒音制御工学会編:『騒音影響に関する調査研究』平成10年度環境庁委託業務報告書(1999年2月)