ずっとずっと菜々のことを書けずにいました。
菜々の病気が分かってから、
私は多くのゴールデン飼いのお友達のサイトに行かないようにしていたし
(やっぱり元気な子を飼っていたら気を使わせてしまうような気がして)、
だからもし、時々菜々を思い出してのぞいてくれるお友達がいたとしたらと思って、
一度きちんと書かなくちゃな〜とは思っていたのですけど、
なかなか上手く書けずにいました。
前回、菜々の病気のことを書いたとき。
あの頃はちょうど、抗がん剤が一番効いていた時期で、投与自体もお休みしていたので、
菜々が一番元気だった頃だったのです。
以来少しずつ、お腹を壊しやすくなったり、何だかダルそうだったり、
本当に少しずつ菜々は弱っていたのでした。
6月終わり頃から。
再び菜々の首周りのリンパが腫れ始めました。
病院に行くと院長先生から覚悟を促すような説明がありました。
前回使ったような強い薬はもう使えないこと。
今度する治療は劇的な変化が望めるものではないこと。
発病後1年と少しという時間は、犬にとっては人間の3〜4年にも当たるということ。
その間菜々の頑張りは素晴らしかったということ。
菜々の薬が効く体質を信じていて、
もしまた再発しても、再び治療することでまた、
前回のような時間が得られると信じていた私にとっては、驚きの話でした。
そしてまだ、多少元気がないながらも、
食欲もあってお散歩にも行けて外を歩く犬に吠えて生活している菜々を見て、
「本当に?」と思ったし、
現状が上手く理解出来ない…という感じでした。
しかし先生のお話通り、次の治療はあまり思わしくないものでした。
上手くリンパの腫れが引いたときもありましたが、
次の週に同じものを注射することによってまともに歩けないほどやつれてしまったり
(心臓に負担が掛かる薬だったからかもしれないということで別の注射に変更)、
2cm大の手で触れる腫れだった時期が数ヶ月あったのに対して、
今度はどんどん、目に見えて大きく腫れていってしまったり、
別の赤血球が減ってしまう病気(病名、忘れました)になってしまったり。
食欲がなくなったのは1週間くらい前。
ササミやチーズやパンは食べるけど、フードには見向きもしなくなるところから始まって、
最後の日には本当にどんな好物を目の前に持って行っても食べなくなりました。
リンパが腫れることによって血流が悪くなるのが原因らしいのですが、
1週間くらい前から前足がむくんでしまい、段々歩くことが辛そうになりました。
立ち上がったり、座ったりする際に、自分の体を支えられなくて、何度も滑りながらようやく…という状態にもなりました。
でもね。
本当に菜々が目に見えて弱ってしまったのは、ほんの数日でした。
菜々の病気が分かってから、少しずつ自分を鍛え、最後まで菜々を守ってあげようって思って生きてきましたが、
結局最後まで、守られていたのは私のほうで、菜々は少しでも私にショックを与えなくて済むようにしてくれたのかもしれません。
10月2日に病院で、根治を目指した治療を諦めることにしました。
もう菜々に効く薬がほとんどないこと。
菜々の体力が限界に近いこと。
あとは痛みや苦しみを減らしながら、静かな最期を迎えさせてあげましょう。
という結論を出したのです。
酸素を作る機械を貸し出してもらい、菜々が寝ている側に設置して、
痛みを軽減させるステロイド剤を飲ませていました。
そして5日。
朝、軽く茹でたマグロをふた切れ口にした以降、何も食べなくなってしまった菜々は、
その日一日で一気に弱ってしまいました。
大雨の日で、それでも外にトイレに出たがる菜々をトイレに出したところ、
そのまま立ち上がれず、気力も失ったように寝てしまったり
(泣きながらやっとの思いで抱えて家に入れました)、
水を飲むのにも体が支えられずに一人で飲めなくなってしまったのでした。
その話を聞いた父が、たまたま仕事から早く帰れたということで来てくれて、
弟も菜々に会いに来ました。
仕事で少し遅くなってしまったけど、コタローくんも帰ってきました。
でももう菜々は、そう嬉しそうな反応をしませんでした。
最後のひと晩。
菜々が一番落ち着く場所である玄関に毛布を敷いて寝ている菜々の側で、
一緒に過ごしました。
ひと晩、ほとんど寝なかったんじゃないかな。菜々。
私が近くにいるから寝られないのかなぁなんて思って、少し離れてあげたりもしましたが、
そしたらよろよろと立ち上がろうとしてしまうので慌てて戻ったりしていました。
そして朝の8時。
菜々の息は止まってしまいました。
もう本当に苦しそうな菜々を見て、絶対に菜々を呼び戻してはいけないと言い聞かせていたので、
最後は静かに見守って、そっと撫でてあげているだけでした。
本当に静かな最期でした。
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数日間は、ずっとずっと泣いていました。
訳の分からない悪夢を見て泣きながら目を覚ましたり、夢だったと気づいてから
菜々がもういないということに気づいてまた泣いたり、
目が菜々を探してしまってから、「あ、そうだった。菜々いないのか」って気づいて泣いたり。
このままずっと心から楽しいと思える日は来ないのかもしれないと思ってしまったりしました。
でもやっぱり茉夏のおかげかなぁ。
とても早く立ち直れたように思います。
菜々が1年半かけて、私に覚悟を決めさせてくれたおかげでもありますね。
茉夏のおかげだとしても、茉夏が誕生するまで頑張ってくれた菜々のおかげになるよね。
茉夏が、菜々がいなくなったことで暗くなってしまいそうな我が家で、
本当に無邪気に笑ったり変な顔をしたり声を出したり、そういうことにものすごく助けられました。
そして2ヶ月が過ぎ、
茉夏が起きている間は、菜々のことを悲しく思い出すことがあまりなくなりました。
楽しく思い出すことはもちろんあります。
よく私、日記に茉夏の中に菜々がいると書きますが、変な宗教っぽい意味じゃなくて、
無邪気な茉夏の明るさとすることの中に、菜々を見ることが出来るのです。
菜々は優しく、私の中にいてくれます。
でもやっぱり。前と完全に同じというわけではなく。
コタローくんと茉夏の寝息だけが聞こえる夜中と、
薄明かりの朝日が差す玄関が嫌いになりました。
それからふと、深く考えずに前の賃貸マンション住まいの頃に、
ものすご〜く帰りたくなってしまうこともあります。
まだ茉夏はいなかったけれど、私がまだ何も失っていない時代だったからでしょうか。
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犬を再び飼いたいかということですが。
菜々を失う前は、菜々がいなくなっても、菜々が教えてくれた"犬と暮らす幸せ"を知ってしまったから、
私はきっと、再び犬を飼うと思っていました。
でも今は。いらないかなー。
茉夏がいるから。ということもあります。
でもそれだけじゃなくて、再びある、犬との別れがとても怖いのです。
ずっとずっと、菜々を守ってあげようと思ってきました。
コタローくんと何年か付き合って、もう結婚するだろうと思っていたけれど、
まだ二人とも入社間もない頃だったし、
実際の結婚はまだまだ先になるだろうという時期に、
私の元へやってきた菜々は、私にとって子供同然でした。
有り余る母性の全てを掛けてしまっていたのです。
そしていつも、自分が菜々を守ってあげているつもりでいました。
だけど、最後の最後。
本当に苦しんでいる菜々を助けてあげることが出来なかった。
その思いは、どうしようもなかったと分かっていながら、
やっぱり拭えないのです。
でもね。
本当にいつか。
私がもっとしっかりと強い心を持てたのなら、もう一度ゴールデンレトリーバーを飼いたいと思っています。
もう一度、菜々と暮らした日々を思い出しながら、新しい子とじっくり向き合ってみたい。
お別れするのが怖いからあまり深入りしないなんて中途半端な気持ちではなく、
きちんと愛せる時期が来たらね。
だけど菜々が長く闘病していたのを見ていたので、コタローくんはもう大型犬は飼いたくないそうです。
全てを分かっているような、あの目を見たくないんだって。
だからどうなるか分からないけれどね。
以上、
長くなってしまいましたが今の気持ちをまとめてみました。
長々と読んでくださった方、ありがとうございました。
菜々ママ 2004.12.17
2003年7月に書いたもの
2004年3月に書いたもの