| フルラインメーカーを目指すマツダが、75年6月に送り出したフラッグシップ。需要の限られた大型車ゆえ、新車開発における膨大な投資を避けるために既存のボディ/シャシーを外国から購入、それに自社製のパワートレーンを搭載するというわが国では珍しい手法で造られた。具体的にはオーストラリアのGMホールデン社から購入したインターミディエイトクラスのホールデンHJプレミア(米GMシヴォレー・ノーヴァとほぼ同サイズ)のボディ/シャシーをそのまま流用し、マツダ最大のロータリーユニットである13B型を搭載したものである。トランスミッションはコラムシフトの3速AT(JATCO製)のみで、選択肢としては前席の違いによりセパレートタイプ(5人乗り)とベンチタイプ(6人乗り)があるだけだった。装備は豪華そのもので、マルチタイプエアコン、パワーステアリング、パワーウィンドー、パワードアロック、リモコンフェンダーミラー/トランクオープナー、カセット付きAM/FMステレオラジオなどを標準で備えていた。デビュー時から50年排ガス規制に対応していたが、75年10月には51年規制をクリア、77年8月にはグリルやダッシュボードなどに小変更を施された。発売当初は月販100台の目標には届かぬものの、販売台数ではライバルであるセンチュリーを凌ぎプレジデントに迫る勢いを見せた(75年399台76年240台77年119台)が、79年には月に数台と落ち込み、受注生産となって事実上消滅した(総生産台数799台)。 |