2001-09-01
9月に入った。そのことは、まったく関係ないのだけど、昨日までの、社内サーバーへの悪あがきは、とりあえず(本当にとりあえず)、バックアップサーバーが(いろいろな意味で)てきとうな状態で立ち上げるところまでは終わることが出来た。
この後、本稼動サーバーやら、効果不明なアプリケーションサーバーやら諸々とあるのだけど、まあ来週以降という感じで、企画やら設計やら製作やら管理やらテストやら、前述の件やら、低賃金の割には、マルチタスクでよく働くね>わたし。
その不条理な環境から開放された週末、気分転換に行ってきたのは、鶴岡、酒田。まずは、鶴岡の風景でもお楽しみください。

天候がよかったせいもあるけど、上の2枚は、おらにしては珍しく、サイズを落とすだけの処理しか加えていません。いずれも、鶴岡城にて。風景を写す場合の、ピントとか、明るさへの対応はやっと分かってきたような気がしてますです。
ただ、「写したものが何か?」という部分においては、アングルとか、感覚的なものが、かなりいまひとつの感じがする。裸眼で見た風景への印象は、ファインダーの中の視界に入る印象とは異なるということだと考える。物理的には、広角の度合いが影響しているというだけなんだが・・
このことについては、話が別のことになりそうなので、とりあえず、ここでストップ。鶴岡のことに話をもどす。これまで、通過するだけの街という形でしか捕らえてなかったところがあったんだけど、鶴岡市は、結構見るところがたくさんある、城下町という意識が今回、生まれました。
えーと、この件についても話は後日にします。書きたいことは他にもあるのに、こんな調子で書いているといつまでたっても終わらない。
よし、やっと書くぞ、まずは、この日から始まった。その日の日記には書いていないけど、この日に酒田のコミュニティFMについてちょろっと書いています。
この局の存在もこの日の、月山への移動中に、たまたま知ったもので、時間的には、11:00頃から一時間程、酒田市内の道路の渋滞の中、聞いていた放送内容からこの話は始まるです。
(以降、「ハーバーRADIO」のタイムテーブルも参照してくださるとわかりやすいけど、実際に聞ける機会のある人は聴いてみてほしいな。リンクは上のバナーから)
5月5日は土曜日でした。「ハーバーRADIO」のプログラムでの聴き始めた11:00からの「サタデー・クルージング」からは、「やけに、無音時間が長い番組だな。パーソナリティの歯切れもいいのに、何か狙った構成なのかな?」という印象を受けただけだった。
続いて、「楽しいこと集めましょう」という番組が始まる。興味は最初、そこに生まれた。だって、この番組のパーソナリティの話し方って、今まで、ラジオでは聞いたことがないタイプの声質と歯切れだったのさ。「この人どんな人なんだろう?」と思い、月山から帰ると、すぐに検索して、たどり着いたWEBページ。
ここで、タイムテーブルの番組名から、パーソナリティのお名前を確認して、ページ左にある、「パーソナリティ」のリンクを開ける。まあ、当該の富山さんはともかくとして、(反感くらうかしら?くらうだろうなあ・・)リンク先にで紹介されている、女性パーソナリティの顔写真が、すごく印象に残ったのである。
ここ数ヶ月、あまり意味のない行動で、ふと気が付くとハーバーRADIOのWEBページを見ていたり、挙句の果てに、通常では秋田市では聞けないこの放送局の放送を、聞くために物理的に画策したり、その後、彼女、「荒生由子」さんの番組は、何度か聴く時間を持つようになっていた。
(遠方の放送局の放送を聴く手段は、いろいろあるんだけど、FMだし、「物理的に画策」という表記の意味を察してやって下せえ。無線とか、BCLとか、無線LANを知っていれば誰でも思いつくと思うけど。但し、夜間であれば、カーラジオクラスの性能を持っているラジオであれば、秋田市でもダイレクトに聴けると思う。雨とか降ってなければね。)
そして、いつのまにか「荒生由子」ファンになっていたおらは、番組の中での話から、「ハーバーRADIO」は、サテライト形式のスタジオで、通りにも面しており、外からも見えるらしい。だとすれば、番組放送中に局に行けば、実物を見ることが(ひどい表現だな)出来ると思った。
と、思えば、秋田ー酒田間は110Km。たいした距離じゃない。というわけで、今日は、本当のところ、「荒生由子」さんを見に行くために、「ついでに鶴岡にも行く」という、普通の人はあまり考えないであろう計画を実行した。(明日に続く)
2001-09-02
(昨日の続き)
「ハーバーRADIO」の場所は、地図でわかっていたんだけど、鶴岡でいろいろ見るのに夢中になってしまい、放送局近辺に着いたのは、14:30。放送局のある建物は、1階以上のフロアが駐車場になっており、そこに車を置いた。ずうずうしくも、あわよくば写真も撮らせてもらおうとカメラを持ち、準備万全でエレベータで下に降り駐車場を出た。
このとき、物理的な準備は出来ていたが、心の準備は出来ていなかった。
「さて、ハーバーRADIOはどっちだ?」
目の前に、NTTが見えた。
通りに足を踏み出した。
左を見る。
ラジオ局は、エレベータの出口のすぐ横。
このとき、番組では、音楽を流している最中。
衝撃が走った。
一目でわかった。ちょうど局前のノボリを片付けに外に出てきた、スタッフ2名。その一人の小柄な女性は、「荒生由子」さん本人だったのである。
(○×△◎■・・・)混乱したおらは、とっさに、「通行人A」になってしまった。さらに、動き回っているお二方を横目にすたすたと通りすぎてしまった。振り返ったときには、荒生さんらはもう局内に消えてしまっていたが。
その後、近くのバス停のベンチに腰掛け、ロダンの名作の状態になり、自己嫌悪に落ちる。
「このまま、番組を終わるのを待つか?局から出てくるのを待つか?でも、会って、何を言う?。それってストーカー行為じゃない?写真とらせてくれるかなあ?」
混乱が続く中、場面に展開が訪れる。どこからともなく二人の少女が自転車で局前に乗り付け、局に入ろうとした。が、鍵がかかっているらしい。なにやらもがいている。放送中の番組はエンディングを迎え、その中で、荒生さんは次のようにふれた。
「外にいる女の子達のために、番組が終わってから鍵を開けてあげましょうよ」
番組が終わると、男性スタッフの小林さんが鍵を開け、女の子は局内に入っていく。チャンスであった。間違いなくチャンスであった。夢遊病者のようにおらもその後に続き、奥に入っていく小林さんに声をかける。
「あのー、すみません・・・・」
この後は、詳しくは書かない。写真を撮らせて欲しいとお願いして、了解を得た。荒生さんの反応は意外なものであった。ずいぶん適当なことをおらは言ってしまった。なのにいっしょに写真を撮らせてまで頂いた。(WEBには掲載はしませんけど)写真を撮る時に手が震えているのが気になった。カメラも手ぶれの警告を出していた。
そして、家に2時間かけて帰り、写真を見てみた。

「思いっきり、ぶれてしまっている!」
「思いっきり、ぶれてやがる!」
「思いっきり、ぶれてしまった!」
「思いっきり、ぶれちゃったよーん!(涙)」
後悔先に立たずの自己嫌悪である。荒生さんごめんなさい。でも・・来週また行ってみようかなあ?それとも、行ってみてもいいものなのだろうか?
とはいうものの、すでにデスクトップの壁紙にはなっているんだけど。

実際に使っている壁紙は一緒に写ってもらったものなんだけどね。
2001-09-03
しばらく、「荒生由子」中毒症候群が続きそうなのではある。実際のところ、ご本人様よりメールを頂いたりして、仕事中だというのに舞い上がってしまっているところもある(爆)。それはともかく、今日の話題は2つ。
ラジオの電波は、遠方からの電波は、太陽が出ている日中は、減衰率が高い。逆に夜は、放送局の送信出力にもよるけど、たとえば中波(AM)の電波は、近い周波数を干渉する電波が出ていなく、途中に山などの障害物がなければ、国内であれば、秋田からだと北九州あたりのローカル局が、高性能のラジオでなくても受信可能である。
今現在の送信出力は調べてないけど、山陰放送は-5Kwの出力で秋田にも鮮明に届くんだが、、東京のTBS-100Kwは、ABS秋田放送-5Kwが干渉するため、非常に聞き取りずらい。逆に、東京からは秋田放送はまず聞こえないだろうけど。
(ここで、周波数帯域による電波の特性の説明をすることになるんだけど、面倒くさいので省略。「説明をした」ということにする。)
そんなわけで、FMの受信は、結構やっかいではあるのだが、高性能なアンテナをうまくはれば、聴取範囲は気持ち程度ではあるが広がる。しかも、秋田市みたいに海沿いの街だと、条件がかなりよい。ちなみに、今は、ケーブルTVの使用のため出来なくなってしまったが、海を隔てた、韓国のTV放送も、丁寧にチューニングすれば、音声くらいは拾って来れたりする。
で、この辺から本題。今朝は、車のラジオがFMで76.1Mhzに合わせたままになっていた。ハーバーRADIOは、夜でしかも、海岸にいなければ聴こえないはず。(但し、天候条件によっては、海岸沿いであれば日中でも聞き取る程度の受信は可能だった。)それが、かすかだが何かの放送が入ってきていた。
「まさか?」と思ったのだが、車が動くたび、途切れ途切れになるものの、微弱ながら日本語の番組が聞こえる。しかも、声質は女性だ。ちょうど、電波の受信状態のいいところで信号につかまった。ノイズ混じりの番組のジングルが放送されるのを待つ。
「こちらは・・・・FM岩手・・」わくわくした期待は、ものの見事に粉砕された。でも、FM岩手が聞こえるってのもすごいね。秋田―盛岡も秋田―酒田もどちらも110Kmくらいで、方や放送出力が大きくても、間には山しかないし。とは、いうものの、後者は、鳥海山が、とんでもなく邪魔なんだけど。
長くなっちゃったので、もう一つの話題は明日にしますです。
2001-09-04

会社のマシンのデスクトップまで、このようになってしまいました。小さくてわからないかもしれないが、まあいいか。
おとといの日曜日、MIDIファイルを整理していた。「きちんと最後まで作ったもの」「作りかけて、既に忘れてしまったもの」。そういった形で、1曲、1曲確認しながら、フォルダわけしていく。何しろ、ファイル名からは、思い出せない曲があまりにも多い。
何しろ、「aona.rcp」とか「mono.rcp」とか・・。どうも、作った本人が「これは何?」みたいな状態。まあ、そのときの気分で適当につけたものだと思うんだけど。その中で前述の「mono.rcp」は、秋田節(おーらあがあ、あきたああわあ、びいじいいんのおおでええどおおこお・・というやつ)の、2小節目までを使った、曲であった。
ここで、これが「mono」というタイトルなのはなぜ?という疑問は相変わらず継続しているが。それはそうと、そこで、つくるんなら、ちゃんと「秋田節」を作ろうと、考えた。「mono」自体のアレンジは、かなり、いい意味で変だったので、それをベースに、秋田節のメロディとコード展開に全て替える事にした。
ところが、メロディがうまく表現できない。これは楽譜や、実際の曲を聞いて拾うしかないと思い、さっそくWEBで探す。結果としては、譜面も、そのようなMIDIファイルも見つけられなかったんだけど、とあるページで意外な発見をすることになる。(ページのURL)は忘れた。
この民謡曲は、もともと、庄内、酒田方面で歌い継がれた曲だったのらしい。ただ、時代が、かわるに連れ、そちらの地方では忘れられてかけてきたのだそうだ。そこで昔、なんとかという叔父さんが、これを「秋田節」としてLPに吹き込みなおした。それが現在の「秋田節」らしいのである。
要は、もともと「酒田節」という民謡曲だったのであるが、ここんところ、酒田づいている、おら。(ちょっと意味が違うが)なんたる偶然か?。
てなわけで、途中でまた気が変わり、原曲の雰囲気をイメージさせてまったく違う曲にしようと取り組み始めたのが昨日の晩(但し、「mono」でのアレンジはそのまま)。
で、これが、昨日書こうと思った話題なのだが、実際に作業も進行しているので、まあ、書きっぱなしにはならないと思います。曲名は・・UPしてからにしよう>そして、別コンテンツに引っ越しました。(2001'08'08補足)
さて、お返事のメール書かなきゃ(相変わらず舞い上がっている>なすぞお)
2001-09-05
やはり、1日のノルマとして案件を作ったような結果になり、会社はもちろん、家でも忙しい状態になってしまった。でも、作業しなかったり、泥沼にはまって音の追加が、進まない場合は、当然のことながら、書かなくてもいいんだよ。と自分自身にも言い聞かせてあるので、まあいいか。
というのも、昔、外から締め切り日を頂いて、曲作成をやったこともあり、このときは、もはや、音楽作りにしか、1日のパワーを注げないといった状態にもなった。頭の中にある感覚的なものを、物理的な形にしようとするのって、かなりパワーがいるじゃないですか?
今の会社での仕事も同じようなもんだけど、そんな感じのものを3つも4つも、しかも、ジャンルの違うことを、同一の期間でやるのはやはりきついです。というか、おらには出来ん(きっぱり)。
だけど、自爆以外のなにものでもないのではあるんだけど。
昨日、午後から仕事で、秋田県南に出かける。13号線方面なので、海沿いではなかったのは残念だが、(何が?)、鳥海山が見えるのを期待していたんだけど、横手市近辺の高速から見た南西の方面は、暗く雲で覆われており、あいにく見ることが出来なかった。
昨日書いた予告とおりの展開に持っていけそうで、ちょっぴりうまくいったと思っているのだが、今日は鳥海山について、山自体のスペックや紹介については、他のホムペでやっているから、省略。
おらの知る限りでは、おもに4種類の見え方を記憶している。ひとつは、秋田県南にて13号線周辺から見た鳥海山。さらに秋田県の沿岸側から見た鳥海山。山形県側から見た鳥海山。それと、飛島(とびしま)から見た鳥海山。うちの親父は、その飛島から見た風景画一番良い。見たいな事を言っていたけど。いずれ、おらもそこから見る機会があるでせう。
おら自身は、ここ数日の舞い上がり状況に関係なく、昔から庄内側からみた鳥海山が好きなのである。理由は、ふもとの方から上の方まで、見渡せるところがあるため。
秋田県南や、秋田沿岸沿いから見た感じでは、小さい山々が手前に見えて、その奥に鳥海山が見える。というイメージがある。
基本的に、部分的な一面を見てこれが素晴らしい、美しいと感じたり、全体を見渡せたときに感じる美しさを感じるというのは、気分的なものではあるが、それは山に限らず全てのもの、において本質は異なっているはずと、思うようにしている。
ある程度の高さがあって、ふもと(平地部分と解釈してくだはい))から山頂まで見える山では、自分がこれまで見てきた記憶の中では、岩木山、岩手山、鳥海山があるんだけど、
それぞれ、デコボコしているとか、形が気に入らないとかあるんだが、相変わらず浮かれた状態の今は、やはり「庄内から見た鳥海山」が一番好きだなあ。とそのままオチになったりして。
(あ・・北海道でもいくつかあったな、富良野周辺に)
2001-09-06
ここのところ数日、明らかに異常であったが、そろそろ頭をひやしましょうね。おらも、このあほんだらな日記も。だけど、「月下美人(仮称)」作成日誌みたいなものは、せっかくなので、続けようと思ってます。
のぼせ上がった頭でも書いていたけど、何かを新規で作るのって、すごくエネルギ−を使う。だが、いわゆる「その気になったとき」には、コンセントレーションが上がるし、何よりも、いい意味での能動的になっていると思うので、こういった状態は、悪くはないものと思いたい。
これが、仕事のほうに生かせればと思うんだけど、なかなか難しいもので(笑)。でも、ここ数年、半分眠っていた音楽作りという趣味への熱意を、また呼び起こすことができたという点においては、まあ、この後は省略
昔から、音楽作りをしてきていたし、その作る過程での混乱や、周りからの評価が辛くて、ここ数年は、仕事でのもの作りばかりに気持ちがいっていたけど、仕事ばっかりの自分を客観的に見て、「馬鹿だなあ」と、ずっと思っていた。
でも、ここ数日で、ちょっと気持ちの上での視野が開けた。この日記のパターンは、いつもどおりに戻ると思うけど、変化は確実に訪れたという意識と、今後も変化していくだろうという気持ちは大事にしていきたいです。
さてと、ここのところ晴天が続いている秋田。暑くはないので気持ちがいい環境の日々が続いている。仕事は相変わらずビキビキしているんだが、少しは余裕を持って望むことにしましょ。
ただなあ、「月下・・」は、時間的に取り組むのはきついなあ。「食道楽」も、同じようなもんだけど。実は最近、県内では昼飯以外、あまり外で食べたりしてないんだよね。キエものに消費する金額がばかばかしくなってきたということもあるけど。
それはそれで健全と思うんだけど、いかがなもんでしょ?
2001-09-07
もう舞い上がっているわけではなにのに、神経がビキビキしているのは、多分、現在の音楽作成をやっているせいだと思う。日常ふと浮かんだフレーズを夜中に、曲の中に押し込んでいる。あれこれ、こうしようという気持ちは、そのまま生活にも影響しているんではないか考える。
何も考えないで、日々を過ごすよりはましな状態とは思うんだけど、これって、きっとこの後、何もせずにボーっとしたい欲求が生まれてくるんだろうなあ。
デジカメのFinePixのレンズを覆っているプラスチック。傷や、汚れが気になっていると以前書いた。買い換えるか、修理に出すか迷っていたんだけど、どこかのホムペで、鏡面加工用のコンパウンドで、読み取れなくなったCDを復活させることが出来るという内容の文章があり、とりあえず買ってみることにした。
いくらなんでもいきなり試すのは怖いので、手元にあった、ペットボトルで実験してみる。
結果は、いいような気もするし、悪いような気もする。でも、直接レンズを磨くわけではないので、おっかなびっくりで、FinePixでやってみた。
「ゴシゴシゴシゴシ・・・・」
そんな悪くなさそうだ。こするときの布は、雑誌のCDなんかについてくる、CDを入れる不繊維のカバーの不繊維の部分を切り出したもの。なんとなくこの後の展開が、「どうせ失敗するんだろう?」という期待が、これを読んでいる方にはあるかもな。と思ったりする。)
で、こすり終わってコンパウンドをふき取ると、あらら、きれいになっている。ピカピカだ。写真をためし撮りもしたけど、効果はあったみたい。これって、成功じゃん?
その後、会社でいろんなものをこすり始める。使い古してうす曇った、アクリルの定規が新品のようになった。席にある電話もピカピカになった。おお、これはすごい!。
そうこうするうちに、CDにも手をつけ始めた。だが、やってみると、なんか傷だらけっぽくなったんですけど・・。でも、読み込むのには問題ないみたい。
これは、どう解釈するべきなのだろうか?
2001-09-08
このところのライフサイクル。
朝方:7:00ちょっとすぎに、起きるか、何かに起こされる。
日中:仕事の合間に、この日記を書く。
夕方:残業中(だいたい20:00〜21:00くらいまで
よる:飯、風呂、ニュース、新聞を見る。(大体一時間)
夜中:変な音楽を作っている。(24:00になったらやめる)
〜〜:(12:00以降)変な曲の作成メモを書き、Web用にコンバート。
〜〜:WebにUPする。他のWebも見る。
〜〜:寝る。(01:30くらい)
先週までは、上記でいう「夜中」の部分が、バラエティであったが、今はタイムテーブルが自然に決まり、それを含んだサイクルで寝たり起きたりしている。ところで、日記は基本的に、時間帯としては「日中」の作業要件であった。
今週後半は「変な音楽」のメモを深夜に書いていて、日記も普通なら、その後に書くものじゃないか?とずっと思っていた。それが、理由なのかどうかしらんけど、実際webに乗せる日記の更新は、一日分早くなっている。
以前も、別の意味で同じようなことをやったりしたけど。
WEBページ置き場の使用容量も同じで、今月になってから、データ量は、加速したように増えた。この日記もファイルのサイズは、9/8現在で、既に月平均の2/3くらいの大きさになっている。
昨日は(おとといか・・)@niftyでのWEBページ置き場の確保容量があふれる寸前までいったので、馬鹿だなあと思いつつも、「あくまでも暫定対応」と自分に言い聞かせながら、容量を5Mほど増やす。
あえて教訓として受け止めよう。「おらが、何かを新規でやらかすと、費用的にも、時間的にも、ろくなことは起こらない」。だけど、今日(明日の土曜日)の日記を書かなくてもよくなった。
ふむ。
2001-09-09
散々盛り上がったあげくの脱力感みたいなものがやってきて、かなりゲンナリしている。これが、音楽作りに影響しなければいいんだけど。そんなわけで、そっちには手をかけずに、、サイト全体にリフレッシュをかけて、時間をつぶした一日であった。
(あ・・そうだ、これは土曜日に書いているんだった)。
いまさらながら、会社のサーバーに手をつけたのがそもそもの始まりだったね。それで、修羅場になったあげく、ボロボロになって、なんとかリフレッシュ出来る時間が作れたら、作れたで、どこかに出かけるにしろ、何か作るにしろ、休養を必要としている精神に結果的に追い討ちをかけるようなことばっかりやって、馬鹿みたい。
しかも、ここ数年の「おら」って、年サイクルで同じような行動とか、精神状態でもって生活しているんだよなあ。そんなふうに気が付いたのは、サーバーで修羅場になる前。たまたま過去の日記をすべて読み直してみてからだった。
つまり、これを問題とするならば、それは、人として進歩がないのではないかと考え、ゲンナリしながらも腹を立てている。
抽象的な書き方で申し訳ないんだが、あらゆる面での、外と触れ合うこと(「仕事」もその中のひとつ)では、経験したり学んだものは記憶となって、おととしよりは、去年、去年よりは今年という形で、応用もしながら進歩(と言っていいのだろうか?)してきている。それなりに「生活していく」という事に対しては効果もあるようだ。
だったら、それはそれで、いいじゃない?とも考えれるような気もするんだけど、腹が立つって事は、実はおらはもともとそれを望んではいないってことなのかな?怒りの矛先は間違いなく自分に向いているんだけど。
まずいな・・・こういうふうに考えること自体、テーマは違っても、毎年なにかしらについてやっているよ。
「No Way Out」なのかなあ?これじゃ、来年の自分もすでに予測できてるってことになるじゃん。
2001-09-10
やっぱり、日記を書くのが1日早いというのは何かへんだな。>いまさら気がつくなよ。
「変な音楽作り」のコンテンツは、こちらのほうに引っ越しました。
昨日は、午後から延々と、キーボード(白黒の鍵盤のほう)に向かって、あーでもねーこーでもねーと、やってて、外に出ないのはもったいねーと思ったんだが、曲作りのほうが
最終的な形が見えてきたので、気分的には、「ニコニコッ」って感じで締めくくった。
昨日(土曜日)の晩の落ち込みようは、異常なほどだった。とはいうものの、肝心の問題はまったく解決されていないような気がするんだけど。
やっぱり、ちゃんと月曜日に書こう。(要は日記を書くのが途中で面倒くさくなった)
(日付変わって・・)ここのところ、ソフトウエアMIDIやら、MIDIプラグインやら、いろいろ調べている。(理由は省略)ハードの制限か、プログラムの仕様か、あまりしっくり来るものがなかなか見つからない。
時は、金曜日の晩。評価版のDTMプログラムをいろいろ試していた。「VSC-88」という、名前からも期待できそうなソフトが、DTMマガジンに入っていたので、さっそく会社のコンピュータにインストールしてみる。と、作業開始とともに電話が入る。
相手「もう、帰るべ、飲みいご」。
おら「ん―、もう10分くらいまってけね?」
インストールの進行状況を見ながら、一回、音を聞いてみてから終わろうと思ったのである。
相手「わがった。じゃ10分後、とりあえず駐車場で」
電話を切ると気分は、焼き鳥と牛筋の煮込みであった。「よし、とっとど終わらそ!」気合が入るのである。ところが、インストーラーはコンピュータの再起動を促してくる。
「このゲートウエイ、メモリカウントで再起動まで時間がかかるんだよなあ」。しぶしぶ再起動。時計を見ながら、だんだんイライラしてきた。しばらく待ち、マシンは立ち上がった。
さっそくVSC-88を立ち上げる。インターフェースが立ち上がる。なかなかきれいだ。時間を気にしながら、鳴らしたいサンプル用の曲をロードする。「あれ?、再生しない」。当然、マニュアルなど読んでない。
しかも、直感的に操作できそうな画面じゃない。あちらこちらをクリックして、なんとか「プレイボタン」を見つけた。「これぎゃ?」
クリックすると、画面が真っ黒になった。何が起こったか一瞬理解できなかった。が、すぐにコンピュータのBIOS画面が表示された。
「・・・・・」
即座にコンピュータの電源を落とし、そそくさと、会社を後にしたのであった。焼き鳥と牛筋の煮込みが、待っている。
2001-09-11
台風の影響で、非常に蒸し暑い。昨日、今日の朝とエアコン全開でした。それと、今年は、ひどくブヨに噛まれている。体のあちこち痒いんだけど、多分、次に書くことのせいかな?
うちには、シンセサイザーが何台かある。小学生高学年から、そっち方面への関心は高く、子供ながらに「いづれ、MOOG-3C(通称「たんす」を買っちゃる」とか、結構とんでもないことを考えていた。
もちろん、そんな当時、何千万もするようなものは買えるわけも、裕福でもなく、(でも、あれを、ポンって買えたら逆に怖いよな)始めは、エレクトーンとピアノを使い、カセットデッキを2台用意して、音をピンポンしながら重ね取りしていた。また、その辺にある適当なもので、叩くといい音がするものをパーカッションに使ったり、カズーとか、ピアニカ、縦笛と、あげればきりがない。
昔の、「音楽作るのスキスキ、少年、少女」は、みんな同じようなことやってたみたいだけどね。今みたいに、MIDIがある、シンセが安い、コンピュータで自動で「セーの」で一気に鳴らすなんて、できなかった。
「音作りメモ」で、書いているミックスダウンも録音トラック数が、数チャンネル(4,8、16、24CH・・・)とかある、マルチトラックレコーダーや、フェーダーだらけの、コンソール(卓、ミキサー)が、あって、実現させれるものだったけど、場所もとれば、お金もかかるし、今はいい時代になったよなあ。
ただ、サンプリングや、コンピュータ制御が加わったものの、レコーディング雑誌を見る限りでは、プロの現場では、実質的な作業はあまり変わってないみたいだけど。
また、話が、あさってのほうにいったな。で、当時できなかったシンセサイザーへの購入願望は、大学に入ってから、少しづつ実現させていくことになる。定価(新品)で買えなかったものもあるんだけど、中古品とか、海外の中古品も円高による価格低下によって、めぼしいものを、それはもう、バイトやら借金やらで買っていったりした。
やっと本題の前置きに入る。それらの中で、もはやお部屋のオブジェクトとなっている「Sequential Circuits Prophet-5」という、世界的にも往年の名機がある。これがどういうしろものかはさておいといて、買った時は、中古でガリが入るものの、当時のお知りあいの某人から、28万で譲り受けて(定価は170万だったはず)、「こんりゃあ、すんばらしいわ。おらは、なんて、幸せものなのだろう(はあと)」と、そういう時期もあり、7年くらい前までは、毎日電源を、弾かなくても入れていた。
で、使わなくなったのは、音楽を作る意欲がなくなってきたのと、次第に、ガリやら、フィルターが、うまく働かなくなる状況になったから。さらにヒスノイズも気になり始めていたし。
当然修理に出そうとしたんだけど、修理金額を聞いて泣いた。そして、キーボードスタンドからおろし、つい先日まで、一応部屋の中で見える場所に立てかけておいていた。ついでに、状況としてPROPHETには、同じくつかわなくなったEWI-3000のコントローラー部が引っかかるようにぶら下がっていた。
修理見積もりをしたところからは、「タバコのヤニも悪影響しますよ」といわれてあったので、これを教訓にして、自室は禁煙にし、それは今も続いている。タバコはどうしているかというと、本数は抑えてるけど、吸いたいときは、自室のベランダに半分身を乗りだいて、吸うようにしている。
音楽作りは、テンションに左右される上、結構につまる事が多い。そのときは、タバコを吸うようにしているんだが、明らかに、本数が増えた。当然、窓の開ける回数も増える。ブヨにも蚊にも食われるわな。
長くなったけど、余談をひとつ。現在作っている曲で、シンセストリングスでポルタメントがかかった音が欲しいなと思い、状態がどうであろうと、PROPHETの出番と思った。
とりあえず、以外に重い筐体を部屋の隅から引きずり出し、電源を入れて、ヘッドフォンをつなぐ。「どれどれ?」
・・フィルターが、ノイズジェネレーターに変わっていた。あわれにも、PROPHETは、またもや部屋の隅に放置されることになった。
2001-09-12
シンセサイザー関連なら、ヨタ話はいくらでも書けるんだけど、その辺に興味がある人にしかわからない話になるので、やめることにしませり。実際の生活でも同様だなと、ふと思いました。逆に、その手の話を口に出す機会がなくなって久しいなあとも思ったりしたのだけど。
相手との接点を設けるために、自ら出す情報というのは、傲慢に構えなければ結構限られてしまうと思う。それが、「あたりさわりのない話」ともいえるんじゃないかと思うんだけど。
日記の中で、おらが「今日は書くことがない」とか、よく書くことがあるんだけど、では、その日に本当に何もしなかったり、一言も発していないわけではない(当然だわな)。昔ながらのノートに書くような、相手を見つけて交換などしないような日記ならば、それはもう、好き勝手に、妄想やら、行動記録など書くのであろう。(実際はやらないだろうけど)。
まあ、たまに、テンションが高い状態で、妄想にふけった内容の事を書くこともあるけど、基本的に、WEBってブロードキャスト(高速の通信環境をいってるんではないです)の側面も持っていて、おらは、結構その意識が強かったりするんで、まあ、意識してるです。(何を書こうとしたのかわからなくなった)。
その意識の程度は、強さが各々違うにしろ、全てのWWWのWEBページに共通して存在しているとは思うのね。たとえば、日記系のサイトで「別に、他の人に読ませるために書いているわけではありません」と書いても、公開している以上は、無意識で防御して書いていないこともあると思うわけで。
もうひとつ、おまけに書くと、一人の人間が生活した状況、全てのことを文書化するのって、実現したら、すざましい量にもなる。実現は不可能だし、やろうとする意味も、あるのかどうかと思うけど。
話を戻して、ブロードキャストの特性上、「誰が読んでいるかわからない」。というのは、「無意識の防御」に繋がると考える。現実での1対1でのコミュニケーションでも、結局は同じ事がいえると、今、書きながらたどり着く。さらに、世代別による意識の違いというのも、「無意識の防御」の程度の違いという側面はあることになるんだべえな。
で、今日の日記は、何を書いているのか自分でもよくわかってない。
2001-09-13
WEBを巡回してみたところ、同じような人が結構いるなあと思った事があった。
おとといの晩の米国内のテロ。時間はちょうど家に帰った頃の事だった。家に帰ると、お袋が映画を見ていて、晩御飯を食べながら、一緒に見ていた。その後、自室で、メールの返事を延々と書いていて、たまに、Googleを使うと、やたら遅かったので、「今日は混んでいるなあ」と、のほほんとしながら、その晩は寝た。
また、仕事の未解決の案件でやり残したままのものがあり、そのことも考えていた記憶はある。
次の朝、TVのニュースでの、例の報道。多分仕事のことで頭がいっぱいだったのだろう、映像も音声も、頭の中を素通りしてしまったらしい。なんの感情もわかなかったのである。
そして、夕方に仕事が一段落するまで、あわただしかった。そして、昨日の日記を書いた後、Yahooを見てたまげた。「げ、大惨事じゃん」。それからWEBで、いろいろ知らなかった報道情報を集めたり、掲示板での反応などを見たりしたのである。
テロ事件に対するあれこれは、別におらなどが書かなくてもと思うので、これは、いつもの世事に対するスタンスだったりするけど。
今いちばんひっかかっているのは、昨日の朝、何も感覚を持たなかった、現在のおらの病的さ。やっぱり仕事中毒か?これってまずいよなあ。「No face」とか、どこかで書いていたのも、そのキャンペーンの一環なのだろうか?(あくまで、一時的なものだと、考える)
2001-09-13秋田弁にて
<上の日記を、秋田での言葉に変換する試み。ただ、「なすぞお語」になる恐れあり>
WEBどごまわってみだけんど、同じよなひど、結構いるんでねがな?と、おもたこどあっだ。
おどどいのばんの米国内でのテロ。じがんは、ちょど、えさけえっだころのごど。えさけえたっけ、おがん映画みでで、夕飯けながら、一緒にみでだあった。そのあど、おいのへやで、めーるの返事だらだらど、かいでで、あど、Googleどご、ちょど使ってみだんだども、なんだが、やげ、おせものな。「あやー、なんでこんたば、おせえんだべ?」ど、つらつらっど、してで、その晩はねだ。
あど、しごとで、おわんねごどあって、そいどごも考えでいだあんたき、する。
次の朝も、TVでやってだニュースどご、みだんだども、なんか、あだまのなが、わやなってで、おども、映像も、なんもおべでねがったものな。
んで、ゆうがだ、しごど、おわらいんでまで、いそがしがった。そしたっけ、ゆべの日記どご書いだあど、Yahooみで、どでしたのよ。「あやー、わやなってるねが」。そのあど、こっぺはえぐ、ニュースみだり、掲示板みだりしだのよ。
テロ事件の、あれこれは、べづに、おい書がねくても、いど、思う。いっつも、そうやっでもの。
今、いちばんひっががってんのは、きのの朝、なあんも、思わねがったごど。やっぱり、どっかわりんでねべが?そいども、仕事中毒か?、こい、まじでやべなあ。「No face」どが、どっかで、書いでだんだども、そのキャンペーンの一環なんだべが?(あぐまで、一時的なものだど、考える。)
2001-09-14
昨日の追加分の日記は、Yahoo掲示板の某トピックを読んでいて「秋田弁」って何?という疑問がわき、そんなところから、書いたりしました。
と、いうのは、秋田県内でも、地域によって言葉は違いますよね。東北なまりとしての「んだ・・」「だべ・・」ってあるけど、それも、元々、東北の言葉なのかも、疑問なのですが、地域による言葉の違いというより、方言って実は一人一人違うものなのじゃなのかな?
もともとの個人の口調というものもあるし、これまで、面識等のあった相手の口調も混じることになる。もともと、日本語が、秋田で発生し、個性による亜流が発達した結果、今のような形になったというものだったら、もっと調べる上でわかりやすくはなると思うんだけど。
人と人との交流で、町と歴史が出来てきて、その中で、いろいろな事に要因に特色を受けて息づいてきたのが方言でそ?時代、時代で変わっていくのは当然のものだと思う。仮に、東北なまりという部分が失われてしまったとしても。
あと、東北なまりとか、独特の言葉が、アイヌの文化の影響を受けていることも。
で、方言を「無形の文化」として保存するという意識が出来た時点で、現存する形のものを、「定型」として記録するのは、大事な事だと思うんだけど、それが「どこどこの方言」だと決めてしまうのって、まったくナンセンスだと思う。
原点は、タイムマシンでもなけりゃ見つけられないし、いつの時代で、定義するのかも難しいけど。出来れば、その時代が昭和、大正、明治で定義すべきではないと思うんだけどね。
おら自身は今、秋田に住む人が各自の言葉で、口調で、話している言葉こそが「秋田弁」という方言になるんだと思う。繰り返すけど、それが、今後、NHK語になってしまうようなことが仮にあったとしてもね。
だけど定義したきっかけが商業的要因や、こういうくだらない日記の「ネタ」のようなものに根源があったりすると、「秋田弁」自体が、浮かばれてねえなあと感じたのである。
太平洋側は、どうかしらんけど、日本海側にて、知っている限りでは、文化の発展の歴史で見ると、京都あたりから始まって、海沿いの北方に、方言は、モーフィングしながら形成されてきていると思う。・・あれ?、以前書いたけっけ?
2001-09-15
久しぶりに休日出勤でしかも出張だった。行き先は本荘市。今日の出張がなければ、ハーバーFMのエアチェック&録音で、酒田市に行こうと思っていたんだけど、もくろみはもろくも崩れ去ったのである。
実は、おとといも、本荘市に行っていて、そのときに気が付いたんだけど、秋になるにつれ、FM岩手(76.1Mhz)の電波の到達性が高くなっているみたいで、直線距離は、秋田市よりも遠いのに、7号線の本荘大橋(だっけ?)あたりでは、秋田市以上に、ガンガン入ってくる。
これは、なすぞお的には、思いっきり不快であるということと、線形素子でも、立体素子でもアンテナを拡張したら、多分、秋田市から金浦町あたりまでは、FM岩手の電波を拾ってしまうであろうということがわかり、悲しくなっている。
参考までに、知識として勉強したい方には、こういうとことか、行ってみてみてくんさい。それと、ここは、面白いでし。放送行政のところなんかは、読み流していて、結構笑える部分もありました。
でも、更新のペースも速く、ここまできちっと情報公開してるってのは、政府系のページでは、(あんまり他のところ見てないけど)なかなかやるなあと思っちゃいました。久しぶりに、「お気に入り」入りです。(^_^)v
秋田市に戻ってきたのはお昼頃だったんだけど、なぜか、そのまま仕事してたりしましたね。夕方は、ユフォーレ行ったりと・・あ、そういえばユフォーレは、今日は全館無料開放とかで、えらい混んでいた。いままで行った中で一番混んでいたような気がする。
プールも、家族連れとかでぐちゃぐちゃの状態で、それでも、人ごみを掻き分け、身体を動かしてきた次第です。
2001-09-16

朝、秋田市を10:00頃に出てからは、雨がザーザー状態であったが、県境を越えると左上のような写真の状態。家に帰ってからの話だけど、今朝早くから、釣りに出かけていた親父に、「今日、雨降ってたんだが?」と聞くと、「降ってね」とのこと。おらは雨雲に、おいかけられたんだべえか?
で、いきさつを書くと長くなるので省略するけど、今日は「土門拳記念館」を見に行くために、それだけ、もとい、そのために「山形県酒田市」に行ってきました。(右上)
まあ、ねえ・・・来週の土曜日は、ハーバーFMを番組を録音しに、酒田に行こうとは思ってたので、そうすると、今月は今日も含めると3回も、向こうに行くことになるんだけど。
感想は、「すばらしい!」の一言です。極端な話、一日1作品をじっくり見るために通っても、損はないと思った次第です。(もちろん、土門拳の撮影した写真の世界が「興味の対象になれば」だけど)。
さらに、この記念館自体の建物も、その周りから見える風景も、なすぞお的には、うるうるしてくる何かを感じました。ですが、冒頭の写真と左下の写真では、そのような意味では参考になりそうにないのでスマソ。

右上の写真は、まあ、見ればなんなのか分かると思うので、省略しますが、おらがWEBにアップする写真って、生物学的には、鳥の写真が一番多いんじゃないか?とふと思った。別に鳥が好きというわけではないけどなあ
それと、したの写真。写真をを撮ると、いつも右下がりになる。左上もそうね。FinePixのメカニカルなシャッターに対して、おらの力の加減がおかしいのか?とずっと思ってきたんだけど。
だがPHOTO SHOPで、画像回転させるときの角度が、いつも-1.5度(時計回り)なのだわ。
これって、FinePix自体に何か問題があるのでは?今度三脚使って実験してみようと思うのである。

2001-09-17
いまさらではあるが、今はメモリが安い。確かFinePixを買ったときに、「え―?ついてこないの?(涙)」と、泣く泣く買った16MByteのスマートメディアは、一万円近くもふんだくられた。
これだと、1600×1200のサイズでの撮影は、気持ち程度の枚数しか撮影できない。始めのうちは、640×480のサイズで使っていた。そのうちに、やはり物足りなくなり、32MByteのものを8000円くらいで買った。
これで、前述の大きいサイズでの、「Normal」モードで、70枚強。実際使いたい「fine」で36枚と、ちょっと、撮影可能枚数が足りないなと思っていたところであった。せめて、「fine」で70枚は撮れるようにしておきたい。
そして、先週ついに、64MByteのものを買った。で、価格は4000円弱。おら自身が元々、「アーリー、ギブミー」ぽいところがある性だからというだけの話なのだが、結果的に、無駄遣いしてしもたという衝撃は、隠すことが出来ない。
(ノーブルな状態なのに、よくもまあ、こんなハイテンションな文章書くね>なすぞお)
とまあ、メモリについては、特に問題がなくなったんだけど、同時に買った、スマートメディアのメモリリーダ。メルコのもので、USB使用が気に入らないけど、4000円弱だったので、これも買った。
ところが、WIN2Kでうまく動かない。ドライバを最新にしたり、入れなおしたりと、悪戦苦闘したが、「あー、むかつくでゃ!」と、きっぱりとあきらめ、デュアルインストールしているWIN MEで設定することに。これは、すんなりとうまくいった。
そういった状況が、昨日の日記の更新前に、繰り広げられていた。(トホホ野郎)
結果的には写真のデータは、うまく転送できたんだけど、このままの状態だとWIN Me>転送>WIN 2Kと、やたら厄介である。これまでの、カードスロット>VAIOへコピー>カードを抜いて無線LANカード挿す>エンデバーへ転送といった状態よりはましなんだけど。
根本的にどこで間違っているかは、指摘できるものの、物を買うってのは、何かしらの効率や性能を上げるための行動と思うんだが、なんか違うよなあ。間違いなく、都会的ではないな。
2001-09-18
先週の木曜日の出張先の本荘市にて、客先での待ち時間があり、待合室(実は病院)の椅子に腰掛け、ほげーっとしていた。目の前にいた年配の方2人がなにやら話している。どうも、稲刈りの相談をしているらしい。
「あ・・そういえば、そういう時期かな」と、ほげーっと聞いていたが、突然次のような言葉(?)を聞く。
「まあんず、つらつけねごど!」。
「?」
「まあんず」は、「とにかく」という意味だってのはわかる。「ごど!」は、「だなあ」とか「だね」とかでいいだろう。問題は「つらつけね」。音の感じから、「ちらつかない」かな?と思ったが、「とにかく、ちらつかないなあ」と、いったん解釈。
さらに近い言葉を捜す。「ちらからない?、「かたづかない」の逆か?」と、さらに訳がわからなくなり、「つらつけね」は記憶に残ったのである。
会社に戻ってから、人を掴まえては「つらつけね」って何?と聞きまわる。ところが、誰もしらない。本荘市よりも山奥の東由利町出身の人間にも聞くが、「しらね」と、言われる。
「?」
あとでわかったが、おらが聞きまわっていたときは「つらつかね」と言っていたらしい。(会社では、「つらつけね」では未確認)答えは、うちのお袋から教えてもらう。
「なあ、「つらつかね」っていうが?(って、いう?)」
「「つらつかね」?「つらつけね」で、ねのが?(ないの?)」
「あ・・んだんだ(そうだそうだ)、「つらつけね」だ」
「んーー(ちょっと考えて)、あんたみだいな人のごど」
「??」
「(笑)「ずうずうしい」ってごど。(読みずらいので以降NHK語)」
(なにか、いやみ言われたような気がするんだけど、まあ、いいか。)
「ふうん、そうなんだ。・・でも、それだったら「どぶで」とも、いわない?」
「「どぶで」とは、また違う。そうか、最近の若い人は使わない言葉かもしれないね(あえて秋田弁で:「どぶで」では違う。んだなあ、最近のわげひとは、つかわねがもさねなあ。)」
そして、親父がこんなことを言って口をはさんできた。
「秋田の気質としては、「よぐ、しょしぐねな」と言うほうが、言い方としてはいいのかもしれないけどな」
「?「恥ずかしいとおもわないのか」?。つまり、ずうずうしいことを恥ずかしく思わないのかって、いう意味?」
「そう(んだ)」
「一歩下がった気持ちで、秋田では言うってこと?」
「そう(んだ)、でも、かあさんの言うとおり、「つらつけね」って言葉は、秋田の方言としてあるよ。あんまりつかわなくなったけどな。」
そうなのか・・奥が深いかもしれない。それと、コンテンツの企画を一つ思いついたぞ。ついでに、「月下美人」は、MIXを終わらせましたので、今夜UPします。
2001-09-19
昨日は、企画書を書いてて案の定、煮詰まってしまう。そこで現実逃避で、また性懲りもなく変なコンテンツ立ち上げて、時間を無駄に費してしまいました。今日は、仕事します。ええ、しますとも。
今月は、こんな不毛なサイトに時間使いすぎ!。音楽データを抜いても、ドキュメントの作成容量は、過去で一番多い感じが・・実際、多いです。もっと、他にやることあるだろ!>なすぞお!。
これも、エッセイなのか、日記なのか、よくわからなくなってきているし。本来、Tip's
にいれるようなことまで、こっちに書いているし。でも、ここ数年は、そうですね(*SIGH*)。
今月は、どうも、何か変だなあ。
2001-09-20
そういえば、今月に入ってから、自分に食事制限をかけていた。理由は、いろいろあるんだけど、そのひとつに、どうしても、腹いっぱい食べる衝動を、そろそろ抑えないと、健康管理の上でまずいと医者から指摘されたため。
その対策として、「まずは、胃を小さくしようキャンペーン」の期間中としているのである。一応、9月1日から実行している。内容は、
・晩こはんの量を半分以下に減らす。
・昼は、ランチを頼んでも大盛りにしない。
・間食をしない。
とまあ、こんな感じであるが、せっかくなので、「甘いものは極力控える」。「ジュースは、水がウーロン茶に置き換える」というのも足している。
最初の一週間は、「おなかが、すいたなあ」という強い感覚に悩まされていたが、その後「とにかく食べたい」という欲求は減った。体重も落ちてきたようである。ところが、妙に、そわそわしたりイライラしたりする状態が続いていることに、昨日の日記を書いてから気がついたのである。
現在は「おなかはへっているようだ」という感覚。これ、苦しくはないんだけど、慢性的に感じている。体調はすこぶるよろしいのではあるが、感覚が敏感になっているのも事実。
暑い季節から、涼しい季節になって、あれこれ保留状態にしてたものををやろうとしている欲求と相乗効果になっているのかも。
副作用だと思うんだけど、食べるのに、時間をかけてしかも、よく噛むという癖がついた。プラス、気をつけないと、食べ終わった後、無意識に皿をなめようとする。これは、昨日の晩御飯のとき、親父に指摘された。
怖いなあ、外でやってなきゃいいけどって、やるかい!?。
2001-09-21
写真は、あとで載せようと思っているんだけど、NOMAD2MGを買った。これ、メモリーを記録媒体とする、ウオークマンみたいなものなのだが、購入の基準は次の通り。
1・FMをエアチェック録音できる、携帯に便利な機器が欲しい。
2・FinePixの写真の記録媒体である、スマートメディアが使えること。
以上2点。実際、音を録音できるもので考えると、うちには、いろいろなものがあって代用が、いくらでも可能なのだが、いずれコンピュータで、データとしての管理が保管基準になるような気配を感じるので、その対応の一環と捉えてます。・・というのは建前。
だが、考えてみれば、携帯する形でのオーディオ機器は、磁気テープ->CD-R、MDの光(光磁気)->半導体メモリ。と、移り変わりは劇的だなや。と思うところでもあり、時代としての技術の進歩といった意味では、いい時代に生きているなあ。とも考える。
で、NOMADは、ソフマップのサイトで注文をしていて、昨日届いた、昨日の晩は、帰ったのが22:00近くで、あまりさわる事が出来ず、今日も暇が少しでも出来たら、評価してみようと思っている。それでも、いくつかわかったことがある。
- FMチューナーの性能が、全然よろしくない。いずれ分解して、回路を見てみようと思っているけど、よほど電波の強いところでないと聴けない。マニュアルには、「建物の外で聴け」とか書いているし。
- FMを録音した場合、音質がよろしくない。これは、カタログに書いてなかったのか、おらの見落としか、どっちにしろ、32Kbpsの音質とマニュアルには書いてある。AMラジオなみというところか・・(涙)
- 筐体が、意外と小さいのに驚いた。これは素直な感想。
- 付属のソフトウエアのエンコード機能が、結構性能いいぞ!。ただ、変換がちょっと遅いなあ。ですが音質には文句ないです。これは、いい意味での副産物。
とりあえず以上。明日の本番に向けては(何のだよ?)MDウオークマンと、見えるラジオの組み合わせと、NOMADで対応してみることにします。明日は晴れみたいですね。
2001-09-22
今日は、いろんなことがあった。ラジオを聴いてて、冷や汗かいたのってはじめてのような気がするけど。
書いたほうが面白い(かもしれない)テキストの材料は、それはもう、嫌ってほど持ち帰ってきたと思われる。
ただ、今日はだめだ・・・「そんなのありかよ?!」という、ダメージを酒田にて頂いてきました。書くと、どうって事ないこと、なのかもしれないけど、なすぞお的には、メロメロです。
明日、持ち直したら書きます。
ただ、関連リンクは、はっておきます。最近、秋田のラジオ放送はほとんど聞いてなかったし、TVもローカルなものって、ほとんど見ないからかな?。すみません、この方は知りませんでした。
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録音したかった番組は09:00からだったんだけと、車の中という悪条件で、ラジオはよほど強く電波を拾えなければ、ノイズだらけになる。実際、先週の最上川の河川敷では、先週の時点で、あまりよくないということを認識していた。
そんなわけで、一時間早く来て、録音場所を探すためうろうろした。しかし、結果的に12:00頃まで、うろうろしたのである。おかげで、酒田の道路は完全に頭に入った。
録音中ノイズだらけで頭にきていた。しかし、番組を聞いているうちに、荒生由子さんは、八幡町に取材の中継で不在ということがわかり、番組は佐藤智也さんだけで進めるのか?と、ちょっとがっかり。
だったら「んだ」の話題に使おうと思っていた「庄内弁講座」までを録音して、後は市内観光をじっくりしよう。ただ、一番電波の強いところである送信地を知っておくため、WEBを見ておこう。ついでに挨拶メールを出しておこう。コンビニの駐車場に車を停めていろいろやったのである。
メールを書く。が「庄内弁講座」がはじまりそうになったため、中途半端なところで送信。番組を聞きながら、web検索。
送信所は、局のある中町。番地は違うんだが・・とすると、中町のスタジオのある駐車場ビルの屋上が一番近いところに該当することになる。じゃ、録音目的のある場合は、スタジオの真上で、待機状態になるのか。結構まぬけな感じだな。と、複雑な思い。
そしたら、荒生さんが帰ってきて番組に参加した。このあとの自分の予定をどうしたものかと悩む。メールを出したことはすでに頭の中になかった。「庄内弁講座」が終わって、
とりあえず車を動かすと、その、前述のメールが番組で読まれるし(爆)。すると案の定舞い上がって事故りそうになるし。
続く
2001-09-23
続き・・
そして、中途半端になったメールの続きをどうする?。荒生さんが「リクエストが書いていませんねえ」と言ってたなあ。録音はやっぱりこの後もするの?。が、多数決で、駐車場ビルに向かうのを決める。
適当に昼食をとり、はっきりと自分が「まぬけ」という事を意識しながら。駐車場ビルの屋上に移動した。天気はよかった。で、メールの続きを書いたんだけど、どうしても、まぬけという意識がぬぐえず「観光中です」とも書いていた。
このメールはさすがに番組では読まれないだろう。と、思っていたので、内容的には前述のメールが読まれた事へのお礼と、庄内弁と秋田弁(おらが、日常で使っている言葉ね)との共通点とか違いとか書いた。
ところが、送信して2分も経たないうちに、荒生さんに放送で読まれてしまったのである。(爆)
「なすぞおさん、今ごろどこに行ってるんでしょうねえ?」と、のほほんとコメントされた自分が、完全に間抜けだと思った。(あなたの頭の上にいますって?)
ここまで書いていて、ちょっと説明。今回の舞い上がった状態というのは、「うれしくて」と、いうよりも「恥ずかしくて、かんべんしてくれよお(涙)」という感じです。庄内ローカルといえども、同じ放送局で一日2回も、しかも、へんてこなメールを放送されたりする?。
読まれるのはすごーくうれしいんだけど、しかも荒生さんだし・・。だけど対応の早さとか・・レスポンスが、そういった可能性のある状況にあったなんて、気づきもしなかったし、わかってもなかった。でも、これまでのおらが行った情報収集とか、以前書いた秋田のコミュニティ放送での状況を考えると、予測は出来たはず。まぬけだなあ。
半分ぶっ壊れた状態で、屋上で太陽に照らされながらラリホーしていたおら。とどめを15:00にさされる。
番組にゲストでやってきた、秋田出身のhibiki氏。インタビューアは、菊地さんという方に代わっていたが、ここでも、「そういえば、今日は秋田市から、酒田にやってきているリスナーの方が・・」と、話が出る。そこで方言の話がでた。これ以上は書けない。自爆しました
逃げるように酒田を後にした。日和山公園と北港を見るのも忘れて・・「なすぞおが、なにかを新しくはじめると、必ずろくなことが起こらない」。
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今日は、昨日の録音ソースをサンプリングして、いろいろやっていた。エンデバーは、酒田FMのジングル流したり、しゃべったりで、間違いなく怪しげなマシンに変わってしまった。(こりないねえ>まぬけななすぞお)
2001-09-24

左上は、おととい最上川にて撮影。右上は、仁賀保高原キャンプ場での散策路の途中にて。
今日は、由利、仁賀保あたりをうろうろ。天気もよく、仁賀保高原では、2、3時間程、山の中を散策などしました。鳥海山は、くっきりと山肌までは見えなかったけど、暑くもなく、寒くもなく、秋風が気持ちよかったです。
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10月8日に、雄和町にて、「椿台FM」が79.6Mhzにて、開局します。現在、試験放送をやってて、などもあります。秋田市からも受信は出来るみたい。おらの行動圏内では、ノイズが入るところもありますが、聞く分には問題なし。
音楽のみの試験放送かなと思ったけど、今日聞いてた限りでは、試験番組も行っているようです。
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仁賀保高原で、次のことをを確認。北からのルートで、土田牧場や、ひばり荘に向かうと、
76.1Mhzは、ひばり荘周辺までは、FM岩手が、はっきり聞こえるが、過ぎたあたりから、混信を伴いながら、酒田FMにシフトしていきます。
場所としては、仁賀保町だけど、国道7号線の象潟あたりよりは強く酒田FMが入ります。やはり、高い位置にて、少しでも障害物が減ると、電波は届くんだなと実感。もはや、BCLやってますね。>おら。
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昨日、おとといの日記は、すごいね。我ながら、よくあそこまで、だらだらと書けるもんだと思った。それでも、かなり描写記述は抑えたつもりなんだけど。
まあ、そんな感じの感情的な上がり下がりは、自ら引き起こす結果となっているのは、少なくとも、退屈な毎日を送ることになるより「まし」。というように解釈することにする。
何かしら「自ら、しでかす事が出来る」というのは、結構幸せなのかもしれない。もちろん、そのすべてを肯定するわけではないけど。この、不毛なサイトも、好きでやってるようだし。
このサイトといえば、「げんだいじしょ?」は、内容が、「いまふたつ」くらいだね。あとでなおそう。
左下は、右上と同じ。右下は、仁賀保高原からの鳥海山。

2001-09-25
今月は、すでに日記のテキスト量が、ファイルサイズだけで見ると、過去最高を更新しています。57Kbyte・・。今後、自ら読み返すことのない月の日記になりそうな気配。だけど仕事が暇だった訳ではない。
しかも、追加のコンテンツを作ったり、音楽作ったりと、何かをやっている作業時間もかなり、取っているような気がする。そこで、思い出してみると、全体的に、人付き合いを犠牲に持っていっていたような感じがするんだよな。
何かに誘われても、「忙しいから」と答えて断っていたような場面って、結構あったような感じがするし。そういえば、今月のアルコール取得量は0ccじゃないか?秋田県人らしからぬ状況ですね。
と、書いてしまったけど、9/7に飲みに行ってました。でも、一回だけというのは、やっぱり、ずいぶん少ないね。どうりで今月は、出費があんまり気にならない訳だ。
そんな感じの中だけど、仕事以外で新しく知り合った人も多かった。中には、勝手に追いかけてた人もいたけど。まあ、それはそれとして、来月は普通に暮らそう。9月は、まだ5日ほど残っているけど。
2001-09-26
昨日、20:00頃、家に帰ろうと会社を出た。駐車場に向かう途中フラフラと歩くいていると、突然肩を、何かにむんずとつかまれた。続いて、腕も・・・
何事かと思って後ろを向くと、外灯を背にして、顔が見えずらかったのだが、3名ほど
おらを取り囲んでいる。そのうちの一人に「さあ・・行くぞ」と、そのまま引きずられるように、おらは、ひっぱっていかれた。
「え?!」と、始め思ったが、なんだ、会社の連中じゃん。会社内にいる連中は、おらの日記を読んでいないはずなので、昨日書いたことは、誰もしらんはず。偶然にしては出来すぎているな。
「最近付き合い悪いからなあ」と、四方八方からいやみ言われながら、結局、居酒屋に直行。本当に偶然なのだろうか?
ところが連中、きっと、おらを引っ張って後悔したと思うよ。だって、今はFMと方言と音楽(そのことは口にはださなかったけど)のことしか頭にないし、しかも情報量も膨大だ。
23:00頃まで飲んでいたけど、その、本来ならば、楽しい歓談の時間は、なすぞお放送のスピーカー出力時間に、かなり占められてしまったものと思われる。挙句の果てに、各々使っている方言が、相手にどう聞こえて受け取られるのか心配になる。という思いを植え付けてしまったようだ。
そして今日は会社で、やけに皆さん、NHK語で話しているような気がするけど、これは気のせいかな?
2001-09-27
おとといの日記で書いていた椿台FM。試験放送を、朝と晩と聞いているんだけど、なんで、いつも演歌をかけているんだろう?。
そういえば、月曜日の午前中に聞いたとき、緊張しまくってる女性アナウンサーが、簡単なTALKと音楽の試験番組を放送していた。この時かかっていた曲も、「蛍の光」や、「木綿のハンカチ−フ」とか、不思議な選曲をしていたけど。
もちろん、1曲ずつとしては、違和感ないんだけどね。そんなわけで10月8日から、どういった番組構成するのか、かなり興味が湧いてきた。今、秋田市内で聞けるACB(J-WAVE)も、つまらないなあと感じているし。
J-WAVEは、東京在住の頃、毎日聞いていた。当時話題になった、最小限のアナウンスインフォメーションと、シームレスに流れる音楽。選曲もよかったしね。「アコースティックアルケミー」や、「トムスコット」「マイケルフランクス」は、この局のおかげで、知ることが出来たし、いまだにこれらのアーチストは愛聴している。
今は、FM秋田と内容的にはあまり変わらない感じが。
FM秋田は、普通の地方FM局だと思ってるところもあるから、まああんなもんだろうと考える。
余計なお世話だけどACB、もうちょっとなんとかして欲しいよなあ。どうしても酒田FMと比べてしまうけど、前者は民間、後者は3セクということでの番組編成への考えの違いなのかな?
ローカルな情報の発信密度がどうも薄いと思う。これ以上は顰蹙受けるだけだから書かないけど。ふむ、二つを比べただけでは意味がないから、他のコミュニティ放送の取り組み方も、番組を聞くことで、調べてみよう。弘前と盛岡が近いな。
椿台FM、頑張ってくださいね。今のところ、どうなるのかわからないのでそれが楽しみです。
2001-09-28
昨日の日記で、椿台FMで、なぜ?いつも演歌をかけているんだろう?。と書いたけど、今朝は、いかにも試験放送で使われそうな、イージリスニングの曲がかかっていた。昨日の晩は、サブちゃんの歌を車内で、大音量で
かけながら、気分は、長距離トラックの運転手。という感じで家に帰っただけに、なんか、残念。
妄想ついでに、今、長距離トラックを運転している人たちって、ミニモニとか、ラルクなんかを、紫色のカーペットを壁にしきつめ、さらに電飾でぎらぎらした運転席で、聞きながら、「デデーン(三味線の音)」と、キューサウンドを出す、変に高出力な市民無線のマイク片手に、「ふふふん」言いながら、国道を深夜、ぶっ飛ばしているんだろうか?!。(ハアハア)
やっぱり、そのシチュエーションだったら、演歌のほうか合いそうな感じがするんだが。昔の映画の見すぎですね>おら。
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こういうのをやってみた。そういえば、中学生時代にやらされたな。と思い出だす。あの時はいくつくらいだったんだろう?。またEQというのもある。もともと、理屈っぽいせいか、納得してもいいかなあという理屈付けの出来る占いって、好きなんで、話に出してみました。
参考までに、上記でのおら自身の結果は、自分ならび、存在するものへの分析力は、かなり高いみたいですが、自分以外に対しては感情的には、大学生以下であるという、「なるほど」という結果が出ました。実際そう思う。<馬鹿
きれいな女性を目の前にすると、カメラ持つ手が震えるし(爆)って、それは違うか。
2001-09-29
インターネットへの接続が自宅も、会社も、128kbps以上になっているためか、気が付かなかったんだけど、この日記、さすがに70Kbyte近くあるためか重いですね。さらに、写真とか、あるしなあ。
今日たまたま外にて、携帯(9600bps)で接続して、昨日までの分の日記を表示しようとしたら、3分以上かかった。これは、かなりびっくり。他の方の日記系のサイトでは、月で半分に分けたり、最新3日分だけ、別ページにするとか、いろいろ工夫しているみたいなんですけど。
おらも、そうしたほうがよいのかな?少なくとも、「読んでくれたらありがたいです」という気持ちで、この日記を書いているみたいだし。そもそも、今月は、感情的な変移が、激しすぎて、その状態で書きなぐった状態というのは、かなり読みずらいだろうなあ。と書いている本人自身が思ってたりして(爆)。
ここ、一週間は、平常的な日記(?)を書いているような感じはするけど。明日、どこにも行かないようだったら、日記の構成の改編を行おうかなと思ってます。
と、いうのも、「日記よりも、「んだ」の更新をしろ、こんちくしょー」という趣のメールをいくつかもらったので、結構おらてきには、へこんでいるのです(なんでや?)。ま、いいか。
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えっと・・今日は、個人的なお仕事(?)で、県北のほうに行ってました。で、その後、
秋田市内に戻ってきてから椿台FMの局社を訪ねたり、県立公園を放浪したりと、ここのところ週末は、特に「変な行動をする人」状態ですが、あ・・写真は撮ってなかった。
結構いい風景があったんですよ。もったいなかったかな?。で、椿台FMでは、スタッフの方にいろいろお話を聞けたりしたんで、今日の日記で書こうかなと思ったんだけど、長くなっちゃったので、明日にします。
2001-09-30

「FM酒田を秋田市から近いところでで聞く紀行」(?)は、やっと終りになりそう。仁賀保高原には劣りますが、秋田市からでは、一番近くて、内容がきちんと把握できる電波を拾えるところを見つけました。
場所は、上記写真のところ、寒風山を登り、展望台に向け曲がるところに「つまこいとうげ」(漢字忘れた)という看板があり、そこに駐車場があります。ちょうど、左上の写真のように風景が見えるところ。
もうちょっと右を見ると鳥海山が見えるはずですが、今日は見えませんでした。それは、どうでもいいんだけど、で、そこからだったら、ノイズは入りますが、酒田FMがしっかり入ってきます。FM岩手の干渉は受けませんでした。
そのために、わざわざ、寒風山に行くか?という話ではありますが、酒田に行くよりは、ガソリン代かからないし・・って、もっとも、根本的に何がおかしいのかはわかっているつもりです。つっこまないで下さい。
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そんなわけで、今日は、男鹿半島をうろうろしてました。今日は、もう書く時間がないので、FM椿台に関しては、明日から書いていきます。10月8日本放送開始。
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明日から10月、明日から、日記のレイアウトを変えます。最新分は、インデックスページにも置くことにします。それと、もはや、本来のこの日記の趣旨と、別のことやっているような気がしてきたなあ。ということで、タイトルは「書きなぐり」に替わります。
話の内容的には別にかわらんと思うんだけど。まあ、番組改編のシーズンなので、便乗します(何が?)

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