「もう駄目ですね。メーカーに部品もないことですし、修理は不可能です」。カメラのキタムラ店の言葉でした。
オリンパスM−1のプリズムが腐食して、ファインダー下、5分の1程を浸食しているのです。そのままで使えないことはないのですが、覗くたびに嫌な思いをしなくてはなりません。なんとオリンパスのOMなどプリズムの腐食は頻繁でした。私はオリンパスの欠陥支部品だと確信しています。
日本一大きなカメラさんのいうことですから、もう捨てる以外ないと思いました。念のためオリンパスの本社にも問い合わせましたが、やはり修理は無理とのことでした。地元のメーカー認定の修理屋にも問い合わせましたが、帰ってくる言葉は同じで「部品がないから修理は不可能」という回答でした。
ある日インターネット検索で、何気なく「オリンパスM−1」という名前を打ち込んでみたのです。そこに現れた文章です。
オリンパス M−1
最近は自動化されたカメラが全盛を誇る一方,マニュアルカメラの人気も高いらしい。そういう需要を見込んだマニュアルカメラが新発売されて話題になり,中古カメラの流通にも活気がある。自動化の進んだ最新式のカメラは高度な技術開発の賜物であり今後も発展を続けるだろうが、マニュアルカメラもまた人間の道具としてかけがえの無い地位を保ち続けることだろう。カメラを使う立場から見た選択肢が広がっていくのは喜ばしいことだ。
ところで、私が使うのはもっぱらマニュアルフォーカスカメラである。露出はオートも使うが、マニュアルでもオートでもスポット測光を多用する。私にとってスポット測光は撮影者の意図をカメラに伝える最良の方法である。
OLYMPUS M−1とZuiko40mmF2
上は現用カメラの中の一台,OLYMPUS M−1ボディとZuiko40mmF2レンズの組み合わせである。現在中古市場ではどちらも定価をはるかに上回るプレミアム価格がついている。しかし、同じプレミアム価格といっても,両者の背景はちょっと違う。
(1982年3月にモータードライブ調整済み中古品を25000円で購入)
このカメラは1972年に登場し、一眼レフの歴史にふたつの点で貢献した。ひとつは,大きい,重い,ショックが大きい、という「一眼レフの三悪」を追放したことである。
その実現のため、従来の一眼レフの内部構造や材質を根本的に見直したうえで設計された。ライカ判カメラのミラーショック低減にエアダンパを採用したのもこのカメラが最初である。M−1(OM−1)というととかく結果としての軽さばかり強調されたが、その背景に内部構造の大幅な革新があったことを忘れることはできない。
もうひとつの点は、最初から徹底的なシステム構想のもとに製品展開されたことである。「ユニットは単能、システムは万能」というコンセプトのもと、カメラボディといえどもカメラシステム中の一ユニットとして扱われた。その後追加されたOM−2、OM−3、OM−4等においてもほとんど全てのシステムユニットが共用できることを見ると、このコンセプトがいかに重要視されたかがわかる。
このカメラは上のように明快なコンセプトとともに登場したが、そのメッセージが例をみないほど鮮明であったため大変なセンセーションが巻き起こった。とくに小型軽量については賛否両論が起こり,軽いカメラはバランスが悪いから困るなどと論点をすりかえた主張をする者まで現れた。しかし、設計者 米谷美久 氏が掲げた一眼レフの三悪追放がいかに正しかったかはその後のカメラ業界が自ら証明することとなる。
M−1はカメラ史上において重要な位置を占めるばかりでなく、現在でもOMシステムの一員として十分な実用性を持っている。その上、発売直後にOM−1と名前を変えたため数が少ない(1万台未満らしい)。プレミアム価格がついてもしかたのないところだろう。最近は壊れたM−1の軍艦カバーをOM−1に被せた偽M−1も出回っているという噂なので注意が必要だ。
私のM−1はレザーが汚れていたので手持ちの牛皮に張り替えた。これをよく登山に持って行った。気温がマイナス20度まで下がってもトラブル無く撮影できた。あるプロ写真家によるとマイナス30度でも無調整で使えるということだ。
Zuiko40mm F2
(1985年2月に新品を17200円で購入)
いわゆるパンケーキと呼ばれる薄型レンズで、1983年4月に発売された。他社の同種製品がほとんどF2.8であるのに対し一段明るいF2としたうえ、近接撮影能力を重視したので極端な小型化はされていない。それでも、OM用レンズで最も薄く軽いことには違いない。
実は、これの発売前に50mmF2という小型レンズ(Macro 50mmF2とは別)が発表されたことがあるが、私の知る限り実際に発売された形跡はない。OLYMPUSとしては、わざわざ発売するには個性が乏しすぎると判断したのだろう。
40mmF2は小型軽量で描写も悪くなく,便利なレンズである。私はあまり使っていないつもりだったのに撮影記録を見たら非常に多くの写真をこれで撮っていることがわかり自分で驚いたことがある。空気のような存在なのだ。
しかし,このレンズはあくまでもOMシステム標準レンズの一本である。他に代え難いほどの特殊な性能や特別な歴史的意義を持っているわけではない。それが定価の何倍ものプレミアム価格で取り引きされているのは、各社のパンケーキレンズがもてはやされている風潮の中で横並びに扱われているにすぎない。本来の価値と取り引き価格が大幅に乖離しているのではないだろうか。メーカーが早急にこの種のレンズを再発売されることを希望する。中古市場にショックを与えたくないというなら少しスペックをひねると良い。そういう意味で、PENTAXが43mmF1.9という小型レンズを発売したのはよい判断だったと思う。
プリズムの腐食
プリズムの腐食(蒸着されている反射剤の「銀」が剥離/黒変)について。
軽い腐食の場合、ファインダーを覗くと、下の方に「泡」もしくは「接着剤が滲んだ」のようなものが見えます。腐食が進むと下の方の「滲み」が黒くなります。
この文章を読んだ時、カメラを捨てなくて良かったと安堵しました。
そしてカメラ雑誌から、「オリンパスM−1美品 198000円」という小さな文字を見つけだしたとき、それはもう天にも昇る気持ちでした。それから、オリンパスM1を修理してくれるところを探すのに必死でした。
「ニコン解体新書」という本を見ていて、関東カメラサービスさんでの修理の記事が目に留まりました。早速電話をしましたら、修理をしてくれるとのことでした。修理に出したのが7月19日、3カ月以上かかって、やっと帰ってきました。
なお、私のM−1は、M−1のボデイにM−SYSTEMのレンズが付いています。レンズもM−SYSTEMからOM−SYSTEMに変わっています。ボデイ、レンズともMというのは貴重で、オリンパス光学のホームページのカメラの歴史のところに載っているM1の写真もレンズはOM−SYSTEMのレンズがついています。
先日、オリンパス光学にM−1の生産台数について問い合わせてみました。その時の問い合わせのメールとオリンパスからの回答のメールです。
その回答のメールを読んで情けなくなりました。
オリンパス光学 様
62才になるカメラ愛好者です。
カメラに触れてから50年以上になりました。
数台のオリンパスカメラを所有しています。
その内の一台がM1なのです。
私が若いときに買ったカメラです。
ボデイナンバーが106358
レンズナンバーは100381
です。
ところで、お尋ねしたいことは、
ボデイナンバーの幾つまでが、M1だったかということです。
できましたら、レンズについても、Msystemと
OMsystemとの境の番号もお教え下さい。
よろしくお願いします。
白土 夏彦(シラツチ ナツヒコ)
拝復
平素はオリンパス製品をご愛用賜りまことに
有難うございます。
お問い合わせの件についてお答え申し上げます。
御期待にそえず申し訳ありませんが、かなり以前
の製品で製造台数はわかりません。
今後ともお引き立てのほど宜しくお願い申し上げま
す。
敬具
101-0052 東京都千代田区神田小川町1-3-1
小川町三井ビル
オリンパスサービスステーション
Kouhou@OLYMPUS
カメラのボデイ番号、レンズ番号は、カメラの戸籍謄本みたいなものです。生産台数も番号も不明とは開いた口が塞がりませんでした。製造する側の無責任さの現れのような気がしました。ちなみにライカの1台1台のボデイ番号は、1923年に製造されたサンプルの「0番ライカ・NO100〜129」、1925年に発売されたA型のNO130から現在に至るまでのシリアルナンバーの履歴が記録されています。
まだまだ続きます・・・・。
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