◆閑静な住宅地と大型商店街が同居する阿佐ヶ谷



1)JR中央線・阿佐ヶ谷を訪ねてみました。

 〜これを書いているのは2002年の夏です〜

 さて、阿佐ヶ谷です。

 不思議な御縁で、阿佐ヶ谷を何度か訪れる機会がありました。 別項にも書いてありますが、日本の路上観察の先達、今和次郎の考現学に関する著書に阿佐ヶ谷の商店街が触れられており、以前より興味を持っていました。改めて、実際に訪れてみると、感慨深いものがあります。
  現代のJR阿佐谷駅の下には南北に中杉通りが走っています。道はとても美しく整備され、歩道と車道の境にケヤキが植えられています。かなり以前からあるものなのでしょうか、幹も枝ぶりも立派なものです。駅から見て北側の方の木立は南側に比べ、仄かに若々しい勢いが感じられます。古い地図を見ると、北側は昭和の中頃までは全面開通していなかったようで、バス通りは一本西よりの道になっていました。
 駅前は南、北共に広く、ちょっとした公園になっています。 バス・ターミナルも兼ねているそうで、余裕をもったつくりです。中央線沿線でも、高円寺や荻窪、西荻窪はここもで開けた駅前を持っていませんから、ちょっといい景色かもしれません。南口駅前の立木にはクリスマスになるとイルミネーションが灯されるそうです。そういえば、この駅前広場は映画「リング」のロケに用いられたそうです。なんでも、結構、映画とかの収録があるそうで、画面でも映えるのかもしれません。一方アニメ好きならここにスタジオを構える東京ムービーや、マッドハウスが想い起こされるのでしょう。

 駅より中杉通りを越えて直に、 アーケードを持った商店街「パールセンター」の入り口が見えます。恐らくは今和次郎が観察したのは数十年前のこの商店街だったのでしょう。今日では七夕の飾り付けが有名でお店がそれぞれに山車を作り、アーケードに吊るすそうです。


2)ぶらぶらしてみました。

 なんでも、かつて関東大震災の後、都心よりは安全ではないかという漠たる想いや、土地代が安価であった事などから、文士の御歴々が大挙して山の手に移ったそうです。その一地域が阿佐ヶ谷。今日でも文学あるいは漫画、編集、芸能と、そちらの方面の方々が多くおられるそうです。
  かつては文士の集いでも有名なものがあったそうで、やや隣町である荻窪寄りに住んでいた井伏鱒二が中心になっていたそうです。集合場所は主に「料理店 ピノチオ」、現在の阿佐谷駅北口駅前広場真正面のビル「PASSAGE」の辺りにあったそうです。
  また時代は下って、詩人、劇作家、映画監督の寺山修司が活躍の場の一つとして選んだのも阿佐ヶ谷でした。寺山修司の手掛けた「劇団・天井桟敷」は現在は解散してしまいましたが、氏の作品は解釈を新たに加えられ位牌を継ぐ方々により連綿と演じられています。なお、寺山修司が最期の時を過ごしたのは、阿佐ヶ谷北にある河北病院でした。今日でも同病院は救急医療も手掛け、阿佐ヶ谷に於ける非常時の駆け込み寺の如きもののようです。

 さて、実は商店街や表通りを外れると、閑静な住宅地。 文士の面々が集ったというのも頷けます。狭い路地が様々な方向へとよろめき、きっとこれは嘗ての田畑の畦道であったのではないでしょうか。地図を確認すると、中杉通りや商店街、表通りは、ある程度纏っていて、その他は住宅地である事が伺えます。ちょっと歩けば日常の用向きが果せ、電車で脚を伸ばせば、西は吉祥寺、東は新宿、渋谷、池袋。暮らすにはとても居心地よさそうな土地です。


3)地図を描いてみました。

 折角訪れたので、地図を描いてみました。先達はあくまで観察を主にしておられたので、商店街にはどのような店舗があるのか種別の差なく網羅しています。残念ながら今回は短時間に歩き回ったのでお腹も減りました。主に飲食店屋さんや、食料品関連を狙って描いてみました。
 実際には駅周辺に限らず、もっと多くのお店屋さんがあります。 こう申し上げるのは心苦しいのですが、目に留まったお店だけ、描いてあります。
 また、何かの機会があれば、 もっと詳しく描いてみたいものです。

 ではでは。




記述:2002-10-24