「たんかん座異聞」
映画をはじめとする映像作品などの感想を
サイト製作者の興味のおもむくまま追加しています。
(御注意!ネタバレ有です)
 
マーサの幸せレシピ  
原題:Mostly Martha
監督: サンドラ・ネットルベック
時間: 105分


1)はじめに
 ”街で二番目”の腕を持つ女性シェフ「マーサ」が、とある不幸な出来事をきっかけに自分を見つめ直し、自身にとっての”幸せ”を再確認するハートウォーミングな物語。

 なお、悪人は出てきません。


2)物語

 料理のコツを耽々と語る女性。彼女は精神分析を受けている。30代の美しい女性である彼女の語る内容は微に入り細に渡っており、料理にかけるひとかたならない情熱と自負、そして才気を伺わせる。そんな彼女に対して、分析医は訝しげに何故カウンセリングを受けにきたのかを尋ねる。その答えは。
「店主がカウンセリングを受けろっていうから。。。」

  彼女、「マーサ」はドイツのとある港町でフランス料理店のシェフとして働いていた。彼女の創り出す皿はどれもが素晴らしく、訪れる客達を魅了していた。ただし彼女の持っている料理に対する絶対的な自信からか、味に理解を示さない客とはトラブルを起こす事もありオーナーからは「街で二番目に優秀」と評されてしまう。
 そして彼女自身、もう一つすっきりしない自分におぼろげには気がついていた。それは休みの日にもなぜか一緒に食事をする相手がいないこと。持てる技を駆使して創り上げた皿に独りで向かいながら何かを腑に落ちないものを感じているにも関わらず、それを認めていない自分がいた。ある日、マンションの階下に越してきた建築家に食事を誘われても直に返事することができなかった。自ら作った周囲との壁を乗り越えられずにいる事はそれとなく気がついているのに。


  忙しく厨房を切り盛りする日々が繰り返される中、久しぶりにマーサに会いにやってくる姉が途中不慮の事故で亡くなってしまう。不幸中の幸いで、姉の娘、8歳の「リナ」は怪我で済み、病院に運ばれていた。しかしマーサの姉はリナの父であるイタリア人の「ジェペット」と既に別れていて、娘との二人暮らしをしていたためこれからは叔母であるマーサと暮らすことになった。リナは母を失ったショックからベビーシッターにも馴染むことができす、なにより一切の食事をとろうとせずマーサに送られて通うことになった学校で、ついには空腹で倒れてしまう。

 方やマーサの厨房には珍客が紛れ込んできた。産休を取るスタッフの後任にとオーナーが迎え入れたイタリア人シェフ「マリオ」はマーサとは正反対のキャラクター。音楽を鳴らしジョークを飛ばしながら陽気に振舞うマリオにマーサは戸惑いを隠せない。 が、屈託のないマリオを少しずつ受け入れはじめるたマーサは、ついにリナの父親探しに力を貸してくれるようにと相談を持掛ける。

 リナの父親は見つかるのか。心の傷は癒されるのか。マーサの厨房は無事なのか。いやそれ以前に、マーサ自身は周囲との垣根を取り除いてゆくことができるのか。。。


3)感想

 30代にして仕事にかける強い情熱と自負、なにより周囲の評価も高い、容姿もスタイルも魅力的、でも何かが欠けている様な女性の主人公がそれに気がつくというお話です。ですが実際には主人公マーサ自身何が欠けているのかそれとなく気がついているようなので、敢えて目をそらして来た事実と向き合い自分を変えてゆくお話です。

 大切に想える人がいる。大切に思える人と傍にいられる。一緒に食事が出来る。ごく当たり前のようですが、幸せというのはこのような見落としがちな何でもないと思っている所にあるという、きわめて直球勝負な物語。
 ”食べること(あるいは食べないこと)”を登場人物の心情の描写に用いているので、その点を気にしながら見るのも面白いでしょう。母を失ったショックで食べ物を口に出来なくなった(≒心を閉ざした)リナに如何に食事をさせるか、がポイントとなります。そのリナに心を開いて欲しいが為に逆に自らを明らかにしなければならなかったマーサが結果として癒されてゆく様は予定調和ではあるにせよ観る側に安心感をもたらす展開です。

 画面では、完璧主義者(含む潔癖主義)であるマーサの性格付けの描写にとても興味深いものがあります。厨房は明かりがこうこうと灯され、眩しい程。そんな中、マーサが厨房に立つ衣装とエプロンは汚れ一つなく、いかにも完璧主義者といった風情を判り易く描いています。凛としたその表情からも、ある種周囲との壁を作っている雰囲気を読み取りやすく描いています。そして厨房で白とステンレスの機器に取り囲まれる様は、自身の普段のダーク系基調の外着と明確なコントラストを作っています。いずれにしても常に自分を抑制している事は、その服装やスタイルから容易に想像できます。動揺した心情を描くのに髪を乱れさせるのはややステレオタイプな描写といえますが、判り易いといえばそうでしょう。乗っている車がフランスのシトロエンというブランドであるのも芸が細かい部分です(そんなに安いグレードではなさそうですし)。

 シェフが主人公の映画ではありますが、料理が数多く画面に登場するという訳ではありません。料理そのものというよりは、料理を愉しむ点に焦点が集まっているのでそういう選択となっているのでしょう、ここでの不満はさして感じません。主人公マーサの心の変化の描写が丁寧なのもそう感じさせる一因なのでしょう。
 全体的に描写が柔らかく、ささくれだった雰囲気がないの安心して観ている事が出来ます。また、主題が主題なのでどちらかといえば男性よりは女性が楽しめる映画かもしれません。主人公と近い世代であればぐっとくるものがあるやもしれませんですね。

 さて、本作のプログラムはメニューを模した形式の凝った作り、本物のレシピも数点紹介されていますから、買う買わないは別にしても一見の価値あり、劇場では是非にまずはサンプルを手にとってみていただきたいものです。

 上映館は東京では新宿南口のテアトルタイムズスクウェア。客席の傾きが強いので画面を観るには不安はありません。もっともベテランには急な傾斜がきついかもしれませんけれど。 こちらは画面が大きい上に音響が素晴らしく、本作「マーサの幸せレシピ」の前に上映されていた「アマデウス・ディレクターズカット」はまさに最適な選択の一本でした。閑話休題。

 なお、まさかそんなことする方がいるとは思えませんが、”あなたと一緒に食事がしたいな”といった想いを込めて特定の相手と見に行くのには、ややストレートに過ぎるので、重たく感じられるかもしれません。同性の(いえ、異性でも結構ですけど)友達と一緒に行くのが一番お奨めできる観方ではないでしょうか。本作「マーサの幸せレシピ」を観た後は、フレンチかイタリアンを戴ければより愉しい時間を過ごせるでしょう。



記述:2002-12-17