「え、まさかこんな事が…」と画面の前で驚愕したのはいつの事だったのか…
「ふんっ、ギャルゲーごときが何を…」などという発想を見事に吹き飛ばしてくれた作品がこの「Kanon」です。
当時は非常に感銘を受け、色々な事に憧れました。
このホームページは『なゆなゆ魂』という名前でスタートされました。痛さを前面に押し出そうという事で特に意味なくそう名付けました。
最初は日記を書いて、友人と楽しみ、後々自分で見直して楽しむ程度の物でしたが、いつからか他の人々が書くような小説や考察を書く
事に憧れて、今のようなホームページになりました。
元ホームページ名から分かる様に憧れたのは水瀬名雪という人物です。ですが実際に強く憧れたのはその人物ではなく、
彼女の恋の過程と成就でした。
実際に血縁である陸上女に恋していた自分にとって、名雪のシチュエーションは共感でき、その結末には憧れました。
しかも『Kanon』プレイ後、実際5年ぶりに再会できたりしたので運命を感じざるを得ませんでした。
でも再会して、感動して、それから少し経って冷静になった時にふと思います。自分はあの子の何が好きだったのかと言う事です。
これ以上は私的な話なので割愛しますが、そこで気付くのは「ただ恋に恋する自分の姿が好きだった」という姿勢です。
好きになる相手は実際誰でも良く、出来るだけ遠くにいて実は延々と片思いしているだけでいい、ただドラマチックな恋をして
自分がその物語の主役のように思える事が幸せだ…そう意識した時、色んな何かが崩れ落ちたと思います。
このホームページは今では『毒猿さゆり』という意味不明な名前になっていますが、この変更はこれまでの『Kanon』に対する憧れや発想
を捨てたというような軽い意思表示でした。ちなみに『毒猿さゆり』という事ですが『Kanon』の倉田佐祐理は一切関係ありません。
それからは『Kanon』という作品を冷静に見つめる事が出来るようになったと思います。そうすると今まで盲目的に受け入れて来た
『Kanon』という作品に色々な穴が見えてきます。
もう一つ、僕の人生を変えた作品『新世紀エヴァンゲリオン』も似た様なもので、色々と穴だらけで作品として優れている
とはとても言えません。
ですが僕はその穴を独自で埋めていくというのが非常に好きなようで、その部分を色々と勝手に考えて埋めてしまいます。
そうしているといつの間にか『Kanon』も『エヴァ』も僕にとっての綺麗な形になり、より一層好きになってしまいました。
ただ『Kanon』に関しては解釈変更に留まらず、少しと言わずに大幅に原作を歪めてしまった感がありました。
なので実際好きなのは『Kanon』という作品ではなく、僕の中で完全に手直しされた『Kanon』というまた別の作品であると言えます。
そしてその『Kanon』を描き、形にしたいというのがこのホームページである訳です。
実際『Kanon』には『新世紀エヴァンゲリオン』程の影響は受けませんでした。ですが『新世紀エヴァンゲリオン』について
よく分かっていなかった部分が『Kanon』のおかげで綺麗に理解できたという奇妙な現象が発生しました。
それに色々な事を考えるにあたっては『新世紀エヴァンゲリオン』の世界より『Kanon』の世界の方が優秀でした。
『新世紀エヴァンゲリオン』の穴は解釈の穴であり、物語の穴ではないと思っています。一方『Kanon』の方は侮辱するようですが
物語に穴があると思っています。
物語としての穴が多い分、『Kanon』は柔軟性に富み、色々な事を考える材料になりました。
友人関係、恋人関係、友情について、愛情について、同性愛について、将来について…そんな色々な事を『Kanon』に当てはめて
考えているといつの間にか自分の人生に色々な影響を与えていました。その辺りは小説を書いてみようという事にも繋がりました。
いずれにせよ『Kanon』が自分の人生に大きな影響を与えたのは事実で、人生に残る作品となったのもまた事実です。
「恋に恋する自分にさようなら」
という着飾った美しく恥ずかしい言葉を以って、これを私的総括として書き留めます。
by2005年5月12日の自分