我が愛しのライスシャワー
RiceShower

みなさんはこの競走馬をご存知でしょうか?黒い刺客と呼ばれたこの名馬を・・・・
全く個人的なことなのですが、ここでは私が今でも愛し続けているこの「ライスシャワー号」についてご紹介したいと思います。

うまライン

ライスシャワーって?

 競走馬なのですが、今はもうこの世にはいません。
1995年の宝塚記念(阪神大震災の為、この年は京都競馬場にて開催)の第三コーナーで事故に遭い、そのまま安楽死処分させられたのです。
 彼(ライスシャワー)は3000m以上のレースで負けたことがありません。いわゆる「ステイヤー」(長距離走者)です。
 体は小さいのに力強い走り。普段はめちゃ勝ちする訳でもないのに、ライバル達の記録のかかるレースになると勝ってしまう。そんな所に私は惚れました。

ライスシャワーとの出会い

 彼のことをいつ知ったのかはハッキリと覚えていないのですが、初めて彼を意識したレースが1992年の菊花賞。当時、大学生だった私は京都競馬場で勝馬投票券を販売するアルバイトをしていました。それまで馬どころか競馬そのものに興味がなかった私は少しづつ競馬に興味を抱くようになりました。
 菊花賞はミホノブルボンが三冠を賭けたレース。皆がミホノブルボンの勝利を期待し、当然の様に信じていました。
 何気なくレースを見ていると、一番にゴールした馬が黒い馬。あれ?ブルボンは確か黒くないぞ?・・・・それが彼だったのです。ライバルの三冠を阻み、栄冠を手に入れたのです。
 このレースを見た瞬間、何とも言えない気持ちになってしまいました。あまりにもインパクトのある結果。あれだけブルボンが騒がれ、多くの人達が勝つと信じていたレース。それにライスシャワーは勝ってしまったのです。彼を恨んだり嫌いになった方も多くいらっしゃることでしょう。でも逆に私の様に惚れさせられた人も少なくはないはずです。
 「本物の勝負師だ…」私はそう感じました。それが彼との出会いです。

ライスシャワー略歴

1989年3月5日生まれ  牡
父:リアルシャダイ 母:ライラックポイント(母の父:マルゼンスキー)
1991年8月10日に新潟の新馬戦で中央競馬デビュー(一着)
生涯成績:25戦6勝(二着5回) うちGI3勝
獲得GI:第53回菊花賞、第107回・第111回天皇賞(春)
1995年6月4日、競争中に故障し死亡。

どうしてライスシャワーにこだわる?

 簡単には言えませんが、もしかすると私の理想の男性像かも知れません。
普段はおとなしく、しかも小柄な体な為、あまり印象がないかも知れない。しかし、目は輝き、勝負となると容赦せず突き進む・・・・。ライバルの記録がかかっていると「俺が阻止せずに誰が止める!」と言わんばかりに次々と倒して行く姿。
 前述した様にミホノブルボンの三冠を阻止しましたが、もうひとつ大きな記録を阻止したことがあります。それは1993年の天皇賞(春)。メジロマックイーンの天皇賞三連覇を同じように阻止。「刺客」と呼ばれる所以です。言うことありません。
 やっぱり「気はやさしくて力持ち」ってやつですかね?完全に惚れこんじゃいました。お恥ずかしながら・・・・。

ライスシャワー最期の日

 その年の宝塚記念は阪神大震災で阪神競馬場が使用不可能だった為、京都で開催されました。ライスシャワーが得意とする競馬場です。その前の第111回天皇賞(春)は実際に京都へ行き、第四コーナーの前で応援していたのですが、何故か宝塚記念は見に行こうと思わなかったのです。大好きな彼が出走するというのに。
 不思議なことに、その日はTV中継すら観ませんでした。その日の夕方のニュースで宝塚記念の結果を見ていると、彼の名前が出てこない。「競争中止」。え?と思った瞬間にアナウンサーが彼の訃報を告げました。
 しばらく呆然とし、涙があふれてきました。しかし事故(左第1指関節開放脱臼だそうです)に遭い、そのまま苦しみながら死を待つよりも、その場での安楽死の方がよかったのだと思います。もう立つことさえもできないのですから。

 今でも、京都競馬場に行くとライスシャワー碑に必ず立ち寄り、お祈りしてからレースを観に行きます。

最後に・・・・(笑)

 これだけはどうしても言っておかなければなりません。
※学生・生徒、未成年者の方が勝馬投票券を購入したり、譲り受けたりすることは法律で禁じられています。!!

もし、情報が間違っている様でしたら、ご連絡下さい。修正致します。
乱筆・乱文ご容赦下さい。


ホームへ