かんもん北九州ファンクラブ会報第16号/12頁..........作成:1999年06月30日/杉原健児
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かんもん北九州美味しいもの食べよう会

〜会費実費3000円・どなたでも参加できます〜

7月8日(木)18:00〜20:30

 7月の世話人会は地元の美味しい味を楽しむ会にします。北九州・下関の会員が競争で地元から 取り寄せた懐かしい味、あじの干物・糠味噌炊き・かまぼこ・ウニ・昔良く食べた小さいイカ・ 明太子等々をその場で調理、ふぐ酒を飲み、賑やかに語ります。
 カラオケも入り、井出悠子さんのシャンソン、隠れ「ひばり」のJAS商事の永井さんも出演。 至福の一時で、まずはこの夏をスタートしましょう。予約は不要。
 「九工大鳳龍クラブ」港区新橋2−20−15新橋駅前ビル1号館5階 (TEl 03−3572−2009)


北九州市史の幕開け 〜3.北九州弥生時代(1)〜

郷土史家 田郷利雄

 市域で約6千年も続いた縄文時代末期頃から、地球が冷涼期に入りました。すると、 それまでの海面が5〜10mほど低下して、現存する自然の海岸線ができました。
 この時代も、新しい文明を体得している大陸弥生人たちが市域に渡来して、市域と人々を弥生時代化 へと導きました。
 ところで、弥生時代の文明の一般的な特色は、クニ、又は大きなムラという地縁と血縁の共存社会の 具現物としての高床式建造物や、生産物に直結した新型石器・木器・金属器、織物等、 文化としての社会慣習が定説となっています。
 高床式建造物には、1階の床面が地上より高い空間にあるものですから、今日の住居や オフィス・ビルなどに生きています。平安時代に入ると、寝殿造となって高床式が殿(デン)となり、 その殿に住む人を称するのに、○○殿(ドノ)と用いられ、武士の世になると、○○殿(トノ)様という用語を 生むことになりました。
 さて、新型石器関係について記します。
 八幡東区の高槻地区は、新型石器(石包丁・石斧)の職人が活動した製造販売センターの大きなムラ でした。そこからは、 打裂(形の原型を作る)→敲打(形を整える)→研磨(仕上げる)の工程が 分かる完成品や半完成品・石屑(クズ)が大量に一定の場所から出土しました。売れ残り、不用品と なったので、石屑捨て場に放置したり廃棄したのでしょう。
 このように、石器離れ現象をもたらしたのは、鉄と木を素材とした鉄器木器の普及に因(ヨ)るもの でしょう。その新しい道具を製造し販売したセンターが、八幡西区の香月・馬場山地区だった、 と私は考えています。      (筆者は北九州市門司区在住)

かんもん北九州ファンクラブ会報第16号/12頁