奄美大島編1
1月25日(水)
沖縄に来るときと違い、今度はちゃんと目覚ましで起きられました。
早めに埠頭に到着し、おじさん達へのおみやげを物色。とりあえず沖縄と言えばこれらしいので、シーサーの置物を買いました。
本日も船は大変揺れ、さすがの【む】もたまらず酔い止めを飲みました。
そしてせっかくお風呂に入れるとルンルンしていたのに、またしてもザッバーン!のお風呂だったため冷たい風呂の水におびえながらシャワーを浴びただけでした(シクシク)
途中の記憶(記録)はなくあっという間に奄美に着いて、つい最近さよならした名瀬の街を「また来てもうた・・・」とつぶやきながら走り抜け、かつて寝過ごした大浜でとりあえず眠りました。
さすがの私たちもまたしても奄美に来ることになるとは思いませんでした。
1月26日(木)
名瀬の警察署へ。
ここでもおろおろしていた私たち、ところが奄美の警察は沖縄と違い、即座に「何か?」と声をかけてきてくれました。
沖縄での顛末を説明しとにかく免許が必要だというと、再交付ができないとは一言も言わず、時間がかかると前置きした上で手続きの説明をしてくれました。ふふん、沖縄の警察に聞かせてあげたいざんす。
そして手続きに必要な物を探しに街へ。まず、印鑑。
実は沖縄では私たちの名字の三文判がなかったのです。かなりいろんな所を探しましたが、店頭に置いてあるようなケースは所詮同じメーカーらしく、結局見つからなかったのです。それほど珍しい名字でもないんだけど・・・。
そういう意味でも沖縄では免許の再交付はできなかったのですね。印鑑を作ると時間がかかるもんね。
奄美に来たら島とはいえここは鹿児島県、きっと本州と同じ流通のはずだと踏んで文房具屋さんに行ってケースをのぞくと・・・ありました!これで一安心。印鑑がないと正式書類が何も作れないからね。
次は証明写真。カラーじゃなくてもいいようなので、白黒で一番安くやってくれるところを電話で探し、そこで撮りました。
そして最後に一番重要な住所を求め、おじさん宅へ。
まさかまた走ることになるとは思わなかった峠道をうんうん走り、夕方おじさん宅に到着。
ちょうとおじさんが帰ってきたところでした。
まるで幽霊を見るような顔、かなり驚いた様子のおじさん。「実は・・・」と説明をしようとすると「まぁ、あがんなさい」と言ってくれました。
沖縄での出来事を説明し、再交付のために住所を貸して欲しいとお願いすると「住所の証明くらいいくらでもしてやる、警察には姪がいるから優先してやってもらおう」と言ってくださいました。なんと心強い言葉(感涙)。頼って帰ってきた甲斐がありました。
話をすればするほど気の毒に思えたらしく、「今夜は泊まって行きなさい」とまで言ってくださいました。
前回食事にお招きいただいたときには、おばさんが「(おじさんが)キャンプ場で知り合った人を連れてきたのは初めて」と言ってしましたが、今度はおじさんが「2回も家に来た人は初めてじゃ」と笑っていました。
腹二十分目くらいごちそうになり、TVを観て、おじさん夫婦の若い頃の話を聞き、布団を借りて眠りました。布団で寝たのは北海道のHさん宅以来、お互いの実家を除けば旅行中二回目です。
1月27日(金)
昨夜、おじさんが早速姪御さんに電話して事の成り行きを説明し、優先的に処理してくれるように頼んでくれたおかげで、警察署に行ってからの必要書類の記入もすんなりできました。これでなんとか免許が手に入る目処が立ち、ほっとしました。
結婚記念日のケーキを買いに町のケーキ屋さんへ。おいしそうなチーズケーキがあったのでそれとろうそく5本を買いました。
沖縄であれこれ粘らずさっさと奄美に帰ってきた理由の一つが結婚記念日でした。
嫌な思いをしたところでは迎えたくなかったのです。
懐かしのヤドリ浜へ。
とらにゃんとホクロは変わらず迎えてくれました。もしかして憶えていたのでしょうか。
1月28日(土)
トイレに起きたら6:30。でも、まだ暗くて何もできないのでまた眠る。グータラ生活。
マリンステーション近くの岩場まで散歩をし、直径7〜8cmの大きいウニがいたので拾ってきました。おじさんに見せて食べられるかと聞いたら、すごいしかめっ面をして「そんな物は食わん方がいい」と言われ大笑い。食べられるウニかどうかも見分けられない私たち。
とりあえず、船を出さないわけにもいくまいということで組み立てました。考えてみたら沖縄では船を組み立てようと言う気にさえなりませんでした。そんな場所もなかったからだけど。
寒い中、沖に出たけれど釣果は今ひとつ。小さい魚ばかり引っかかりました。しかし釣った魚は全部食べるのがポリシーなのでちゃんと食べました。油があまりなかったためムニエルみたいな物にしたけど、やっぱり中骨は食べられず、小魚は唐揚げが一番と言う結論が出ました。
ホクロととらにゃんが相変わらず遊んで欲しいらしくついて回ります。車に戻るとフロントガラスによじ登って中では純と蛍が大騒ぎ。
1月29日(日)
【と】は釣りの仕掛け作り。【む】は暇つぶしに浜のゴミ拾い。季節はずれだからそんなにないとはいえ、やっぱりすぐビニール袋はいっぱいになりました。
「風があるから今日は駄目」というおじさんの言葉をモノともせず、作った仕掛けを試したくて沖に出ました。風が強いなあなどとのんきに考えているうちに、南大東島方面へどんどん流されてしまいました。慌てて戻ろうとしたけど潮の流れは恐ろしく速い。こんな時に限ってパドルは1本しか持っていってませんでした。いつも漕がないからと【む】のパドルは車の中。交代で漕いでも漕いでも進まず、本当に海上保安庁のお世話になるかと思いました。通り過ぎる漁船に「おーい、助けてくれー」と言っても笑って手を振られただけでした。本当に困ってたのに(泣)。でも、なんとか湾の中に戻れてほっとしました。
おじさんは正しかった。
町でもっと重い錘を手に入れ、浜に戻ってみると海は静かなのでまた懲りずに海へ。確かに沖には流されなかったけど、今度は浜に寄せられてしまいました。大潮の時は流れが速くて駄目ですね。
魚は釣れず、食費は浮かない・・・。
1月30日(月)
うーー、寒い。
(このころの寝る時の装備はスウェットスーツの上に冬用のトレーニングウェアを着、【む】はマフラーを巻き、シュラフ、シュラフカバー、暖房として猫、というものでした。猫たちも慣れたもので、シュラフを引っ張り出して広げ始めると、人より先にとっとと潜っていき足下で丸くなっていました。2匹いてよかった。1匹だったら暖房器具を巡って毎日血みどろの戦いが繰り広げられたことでしょう)
午前中は魔の時間なので風はなかったけれど船は出さず、猫たちを外に出しました。
人は車の中でだらだら。
お昼を食べてから「よっしゃ!行くで!」と言う感じで船を出しましたが、あっちこっち方向が定まらず波に弄ばれました。
あまりに糸が出過ぎたので引っかかっては大変と思い、巻き上げると10cmくらいのうす茶色の魚が2匹かかっていました。ぜんぜんわからなかった。
その後もなんとなくビクンと来たなぁと思って上げてみるとヒメジがかかっていたり、「あたり」というものを全然感じ取れない私たちなのでした。
結構たくさん釣れたので全部唐揚げにしました。うーん、美味。
ヨモギを摘んで天ぷらに挑戦。思いがけずおいしくて、やみつきになりそうでした。春菊のような清涼感のある味。しかも、そこらへんに生えている。おぉ、自給自足みたいではないですか。
【と】の風邪が悪化し、ダウン。
しかし、ティッシュがないぞ・・・。
1月31日(火)
ひじょーーーに寒い。
まさか奄美で紅葉を見ることになるとは夢にも思いませんでした。奄美って常夏じゃないんだ・・・。
ティッシュとコインランドリーを求めて古仁屋の町へ。
局留めで送ってもらった郵便物も受け取る。1ヶ月遅れの年賀状。保険証も手元に戻り、やっと身分証明書が1つ手に入りました。
午後からは図書館へ。ヨモギ以外にも食べられる野草はないかと図鑑やら山歩きの本やら調べましたが、やはり実物と照らし合わせないと確信は持てないため、次回それらしいものを持ってきて確認することに。下手なものを食べると食あたり起こしちゃう。
ヤドリに戻って猫たちを出す。昨日はいなかったホクロととらにゃんに、駐車場に入る時からぴったりマークされていたので、純、蛍とご対面せざるを得ませんでした。
やけに攻撃的なうちの猫たち・・・。
ただ臭いをかぎに寄ってきたホクロととらにゃんに猫パンチを繰り返す。
なぜ自分以外にも猫がいる環境で育ったのにそれ以外の猫に攻撃的なんだろう。
またしてもヨモギ。こんどはマヨネーズ和えにしてみたけれど、茹で方が足りず、とても食べられない代物になってしまいました。アクも気にならないしやっぱり天ぷらがいいようです。
つづく