■安藤忠雄氏らコンクリート信者に住宅を語らせてはならない
 先週から今週にかけて、安藤忠雄氏の自伝をはじめとして日本の「建築家」と呼ばれる人々の考えと、その住宅、いわゆる「作品集」を集めた著作を、数冊まとめて読んだ。

 それにしても、安藤忠雄氏は、今や時代の寵児であり、どの本を読んでもベタ褒めである。その中にあって、黒川紀章氏だけが「過剰装飾のバブルの反動で、シンプルなものを求める時代の要望にマッチして脚光を浴びているにすぎない」と看過している。正鵠かどうかは分からないが、たしかに鋭い指摘である。
 ご存知のように、安藤氏は建築専門の学校を卒業したわけではない。若いときからヨーロッパを放浪し、建築物を観て回った。後には設計図書を手にして、再度建築物を観て回り、独力で力をつけていった。
 そして、あらゆる設計コンペに応募しつづけながら、食えない生活を続けていたが、黒川氏の指摘にあるようにバブルが弾けてから脚光を浴び、東大教授となったとたんに有名人となった。

 残念ながら、初期の共同住宅をはじめとして、私には安藤氏の素晴らしさが理解出来ない。
 安藤氏は、どこまでも打放しのコンクリートにこだわっている。
 「私は幾何学を利用しているが、関心の対象は幾何学そのものではない。
 建築の中に自然光が採りこまれて、そこに存在する空間が現われると、幾何学的な秩序は背景に後退する。 影の模様が空間を柔らかく包んで、均一に仕上げられたコンクリートの表面に投げかけられる。私は、日本の美学を、現代のコンクリートやガラスなどの材料と方法を駆使して解釈したいと思っている」
 コンクリートとガラスと鉄は、熱損失の面からみるならば、「最悪の三大トリオ」である。省エネの京都会議の敵となる地球に優しくない素材である。
 そのコンクリートの素材の欠点を、どのように克服し、住宅の快適性を高める努力をしたかについて、氏は一言も発言していない。発言しているのは「現場打ちのコンクリートを使って、如何に創造的な美的空間をつくったか」という自慢話にすぎない。
 安藤氏の話が、商業建築とか教会建築にとどまっているのなら、どうぞご自由に頑張って下さいと応援したい。しかし、こと住宅で「コンクリートを使って美学を追求した」と自慢そうに発言されると、「待って下さい」と言いたくなる。

 実は、3年前、Uさんというお施主に頼まれて、RC造の家を解体し、ツーバィフォーのR-2000住宅に建替えたことがあった。
 そのRC造は、若手の建築家の作品で「新建築」や「建築文化」などに「新進気鋭の若手建築家の打放しコンクリートの家」として10年前に大きく紹介された。
 ところが、新婚の奥さんは、その家をみてへたり込んだ。「こんな、動線が悪く、収納スペースもなく、階段がやたらと威張りくさっている家に何故私が住まなくてはならないのか」と。
 若奥さんの心配は、動線などの住みづらさのみにとどまらなかった。打放しコンクリートだから、当然のこととして断熱性能が悪く、冬は底冷えがしてくるし、夏はコンクリートに蓄熱された熱が、真夜中になっても抜けず、一晩中クーラーを回し続けねばならず、身体がだるくなるとともに、常に寝不足状態であった。
  そこで、内側から断熱材の補充工事をしてもらったが、どうしても二階の床などはヒートブリッジになり、結露が避けられない。
 そのうち、もっと悪いことが生じてきた。雨洩り。
 打放しのコンクリートの、どの部分から雨が洩っているのか原因を特定出来ない。このため、直しようがない。それこそ全体に防水工事でも行わない限り、不可能であろうという結論になった。
 さんざ現場打ちコンクリートに泣かされた挙げ句の改築計画だった。  

  ところが、このRC造の解体作業は、想像以上に難工事だった。まず、敷地が道路に面しておらず、敷地延長で奥まったところにあったことと、密集地で東西南北に隣家が迫っていた。
 ここで、RC造を解体するということは、単に騒音だけではなく、隣家が激しく揺れる。揺れるようでないと、解体出来ない。このため、隣家からは毎日のように苦情が入る。当然の苦情だが、作業は続けねばならない。
 現場監督は、毎日が地獄であった。
 そして言いたいのは、静かな住宅地の中では、よほど敷地に余裕がないかぎり、絶対にRC造は建ててはいけないということ。つまり、30年か40年後に、迷惑をかけずに解体が出来ると言う保証付きの敷地でないかぎり、RC造は建ててはいけない!

 たしかに、建築家は自分を主張したいがため、あるいは建築美を追求したいがため、住宅に手をだすことは自由である。 しかし、コンクリートとガラスと鉄で戸建て住宅をつくることは、やめるべきである。
 建築用の木材がなく、石の方が安いフランスやイタリアでは、石造の戸建てが多い。しかし、北欧や北米では、3階建てまてだと、ほとんどが木造である。
 木造で、すばらしい美的空間が創造されている。打放しのコンクリート住宅を美化する者なぞいない。コンクリートの家が如何に住みづらいものであるかを、全員が知っている。 知らないのは日本の建築家だけ。
 そして、北米では集合住宅も5階建てまでは鉄骨造よりも木造の方がコスト的にも有利であると言われている。
 これは、すでに書いたとおり、日本の建築基準法の施行令の中で、木材の長期荷重の評価を科学的な根拠もなく、低く抑えているため。しかし、北米では木材の長期荷重は鉄骨・RCと同一。このため、木造5階建て6階建ての共同住宅やホテルなどが出現している。

 このため、著名な建築家は鉄やガラスの世界にのめりこむのではなく、木造住宅の世界で才能を発揮し、醜い打ち放しコンクリートでは得られない建築美を演出している。

 ツーバィフォーのオープン化に伴って、優秀な建築家の多くが木造の世界に飛び込んできてくれた。そして、公社や公団が、低層のタウンハウス団地の開発を手掛けるようになって、優秀な建築家の新規参入が続出した。これは、喜ばしきことであった。そして、構造用集成材の開発とあいまって、木造の校舎や木造のホールなどの開発も進んだ。
 しかし、結果は、建築基準法の施行令が障害。長期荷重の低い扱いが、本来は現在の2倍は普及すべき木造の需要を、価格面で拘束している。そして、安藤忠雄氏以上に有名な建築家を輩出すべきなのに、出来ないでいる。

 日本の木材産業に携わっている貴方。
 貴方のだらしなさが、安藤忠雄氏などのコンクリートとガラスと鉄をのさばらせているのですぞ!