■車中泊は初日だけで済んだKご夫妻   新潟中越地震(2)


 思い出してもぞっとします。
 阪神淡路大震災の住宅やビルの倒壊は、想像を絶するものでした。瞬時に数千人の人々が倒壊した住宅の下敷きになりました。天災ではなく人災。

 新潟中越地震では倒壊した住宅が非常に少なく、倒壊がなかったので夕食準備時なのに火災も起こらず、多くの人命が救われたのは不幸中の幸いでした。倒壊しないことがこんなにも素晴らしいことであったかと、改めて痛感させられました。
  しかし、ほとんどの人命が助かりほっとしましたが、その夜から自宅で寝ることが出来なくなりました。余震があるだけでなく、多くの住宅はかなり致命的な打撃を受け、危険な状態になったからです。

 リタイアーして悠々自適の生活を送っていた十日町のKさんご夫妻に、お聞きした被災時の様子を再現します。

 ご主人は、入浴しようと下着を脱ぎかかった時、震度6弱の第一回目の揺れがドンときました。
  ともかく立っておれません。
  ぺたんとしゃがんでしまいました。 
  台所にいた奥さんはともかく火をとめ、流し台にしがみつきました。
  食器棚の中は激しい音がしましたが、物が飛び出すというほどではなかったようです。
  電気が消えました。

 ともかく、揺れがおさまったので外へ出ました。
 ご近所の方も全員外へ出ています。
  暗いので、自分の家がどれほど被害を受けているのか、またご近所の被害がどの程度なのかよく分かりません。
  懐中電気を探し、家の中の様子を調べ始めたら第二段がやってきました。
  あわてて外へ。
  この第二段は最初よりは少し弱い揺れだと感じました。

 揺れがある程度治まったので、懐中電灯で玄関から居間や座敷の方を見ました。かなり物が散乱していましたが、どうにもならないというひどさではなかったそうです。

 これでなんとか治まってくれるだろう思っていたところへ第三段目。震度6強と一番強い揺れがきました。
  この南北の横揺れで、南とか北を向いていた家具は倒れ、押入の中の荷は崩れ、翌日明るくなってから見たら神棚が畳の上に飛び落ちるなど、大変な散乱。
  つまり、震度6弱と6強とでは、家具の倒壊や荷物の散乱に大きな違いがあるようです。

  立て続けに三度も肝を潰す大揺れがあったので、家の中を片づけて家で寝るという勇気はとても起こりません。電気は消えているし、うっかり家の中に入るとガラスの破片などで怪我をしないとも限りません。
  当然のことながら、車庫から出した車の中で一夜を過ごすことにしました。
  これはKさんご夫妻だけでなく、隣近所の皆さんが選んだ方法です。  市の車がやってきて「電線の下には駐車しないで下さい」と注意を呼びかけていったそうです。電柱が倒れることを注意したのでしょうが、万が一切れた電線が車に絡むのを怖れたのでしょう。停電しているのでショートの心配はないはずですが。

  この注意のため、K邸の周りには多くの車が集まってきました。東側が空き地になっていて電線がなく、安心して駐車出来るからです。こうして、おそらく停電した地域のほとんどの人
々が土曜の夜は車中泊をしたはずです。

  一夜明け、明るくなって見たら家の中は足の踏み場もないくらいに散乱。しかし、キャスター付きの台にのったテレビは倒れておらず、東西の壁のタンスや棚のものはほとんど倒れていません。近所の家に比べると驚くほどのことではありません。ご近所では壁が剥げ落ちたり、サッシがはずれたり、戸が開かなくなったりしています。

 わが家は、内外を見て回った結果、ほとんど被害らしい被害を受けていません。一階はこの地方独特のコンクリートの高床で車庫や倉庫として使っています。車庫の角の上のコンクリートにほんの小さな筋が入っているだけであとはびくともしていません。
  三階は全然被害がなく、二階のクロスが二、三ヵ所、ボードの継ぎ目にそって細い切れ目が入っている程度。サッシも外れていなければ、ドアも傾いだりしていません。心からほっと安心しました。

 二日目の夜、避難所へ行った人もいますが、たいがいは車中泊を続けました。
  しかし、Kさんご夫妻は居間と座敷を片づけて、自宅の座敷で寝ることにしました。
「本当かい。この余震の続く中で、よく家で寝るという気になれるね」
「勇気があるというか、くそ度胸があるというか。ともかく気をつけなさいよ」
  皆さんが本気で心配してくれました。

  幸いなことに、入浴直前に地震に襲われたので、浴槽一杯に水があります。それに雨水を鉢植え用に貯めてもいました。したがってトイレを使うことが出来ます。これはとくに奥さんにとっては至福。
  また、いつもペットボトルの大瓶四、五本を買い置いていましたので、当面の飲み水はなんとかなります。卓上のカセットコンロもあります。ライフラインは止まったままで不便だすが、つつましくやってゆく分にはなんとかなります。

 それに、高気密高断熱住宅。
 夜中でもそれほど冷えません。
 さすがに寝間着には着替えなかった。
 いざという時は逃げられるように、シャツとズボン姿で寝ました。

  このKさんご夫妻のように、初日は車の中で寝ざるを得なかったが、二日目からは自宅で寝ることが出来た家庭は、一体どれくらいあったのでしょうか。
 おそらく、数パーセント程度ではなかったでしょうか。

 長岡は大手住宅メーカーが展示場を設けています。
 しかし、今度の地震被災地である豪雪地域には、あまり大手が入ってきておりません。新潟県は寒冷地ですがツーバィフォーの普及率も低く、6%強に過ぎません。
 圧倒的に地場のビルダーによる木軸組が多い地域です。

 その木軸組が豪雪対策でしっかりしていました。倒壊が少なかったのは本当に素晴らしいことでした。
 しかし、命は助かったけど、10万人以上の人々が翌日からテレビで放映された生活が続いたのです。これからは、単に倒壊しないというだけでは駄目なのです。命だけでなく「生活を守る住宅」が求められているのだと思います。

  そして、これがもし二ヶ月後、あるいは三ヶ月後に発生していたら、どうなっていたでしょう。考えただけでも空恐ろしくなってきます。
 K邸だと豪雪の中でも生活を続けられたでしょう。
 このような良き見本が出現しています。
 自分の大切な施主のために、こうした見本から学んでゆきたいものです。