■「商売人が作る住宅」と「もの造りが作る住宅」 (1)



 首都圏の戸建て住宅では、この5年間に大きな変化があった。
 大変に喜ばしい変化が……。
 それは、プレハブの比率が下がって、木造の軸組とツーバィフォーの比率が伸びたこと。

  JSKの調査によると、1998年度の首都圏のプレハブ住宅の比率は16%で、木軸が71%、ツーバィフォーが13%であった。
 それが2003年度になるとプレハブが12%と4%もシェアを落としてしまった。そして木軸が72%と僅かに伸び、ツーバィフォーはプレハブより3%も比率をアップして15%となった。首都圏で初めてプレハブを上回ったのである。

  なぜこのような現象が起こったのか?
 それは、首都圏における分譲住宅の急伸による。

  1998年度の首都圏の持ち家は10.4万戸に対して分譲住宅は4.8万戸で31%であった。それが2003年度には持ち家9.8万戸と0.6万戸減少したのに対して分譲住宅は1.6万戸増加して6.6万戸。比率も40%の大台に乗せた。

 バブルがはじけ、地価が適正価格まで下げ続け、パワービルダーと呼ばれる中堅分譲業者によるミニ開発ブームの時代がやってきた。
 都心寄りの広い敷地はマンションに。マンション用地としては不適切な狭い土地が分譲住宅として細分化されて供給された。折からの低金利を背景に、消費者は頭金なしでも分譲住宅を手にすることが出来るようになってきた。

 もちろん、分譲住宅を手がけているのは中堅のパワービルダーだけではない。三井、住友、三菱、東急など大手不動産業者も幅広くやっている。そして、大手不動産業者の分譲住宅ではクレームが少ないということで圧倒的にツーバィフォー工法が主流を占めている。


 建築価格が物を言う分譲の世界。
 そこには、単価の高いプレハブ住宅が泳ぎ回われる隙間がないということ。

 このように注文住宅が減少し、地価の沈下から分譲住宅が増加した結果としてプレハブが減少、ツーバィフォーと木軸が息を吹き返した。
 ご同慶の至りである。

 分譲住宅というのは、一口に言えば「商売人の作る住宅」。マンションと同じで、建築はもっぱら外注。
 つまり「如何に早く、利益を出して売り切るか。資本の回転率を如何に高めるか!!」

 住宅の性能よりも、デザイン、間取り、機能、謳い文句が物を言う世界。
つまり、企画力で勝負。
 そこには、徹底した値切りの意識は高いが、如何にして生産性を高めるとか、性能にとことん拘るなどという、いわゆる「もの造り」の発想は全然ない。

 マンションとか分譲住宅で育った人間には、注文住宅の真髄が分からない。つまりもの造りの面白さとか意義がさっぱり理解出来ない。非常に短期的にしかものを見ることが出来ず、イノベーションの重要性が分からない。

 今からちょうど30年前。
 三井不動産は子会社として三井ホームを設立した。
 その5年前、三井不動産はビル、分譲、マンションの3事業部の外に新規に分譲住宅に参入することにした。しかし社内には手間暇がかかって面倒くさい戸建て住宅などをこなせるような人材が居なかった。そこでアマゾンで胡椒の商売をやっていて帰国したばかりの物産マンに目をつけてスカウトした。その名を岡田徳太郎という。

 住宅に対してズブの素人であった岡田氏。フットワークだけはやけに良かった。あちこちへ電話をしたり話を聞きに行ったり、建築の諸先生方を集めて設計コンペをやったり、あるいは現場で職人と茶碗酒を交わしたりして、たちまち戸建て分譲事業を全国的な規模で軌道に乗せてしまった。

 あまりにも新規事業が簡単に成功したので、ついでにプレハブで住宅産業へエントリーすべきだという意見が社内で沸騰してきた。これに対して岡田氏は徹底的に抵抗した。

 「三井不動産というのは金融資本、ないしは商業資本。プレハブなどという工業化をやった経験もなければ人材もいない。つまり産業資本のように、大々的に設備投資をし、労務管理をきちんとして、生産性を上げてという息の長い仕事は我慢が出来ない。商業資本というのは大変にせっかち。せいぜい3年か4年で利益が出ないと痺れて切れてしまう。したがって、どんなにプレハブをやれと言われても絶対に断り続けた」  

 この商業資本と産業資本の違いは、けだし明言。
 注文住宅へエントリーした商業資本で、成功している企業はほとんどない。じっくり腰を据えて、一つ一つ積み上げてゆこうという発想がない。企画力で簡単に勝負がつけられると錯覚している。
  そして、ほとんどが夜逃げをした。  

  岡田氏が注目したのはオープン化されるツーバィフォー。
  これだと、木材の輸入などで商業資本として動き回ることが出来るかもしれない。小さなコンポーネント工場の投資程度で済むかも知れない。

 オープン工法ということで、三井ホームは展示場のモデルハウスの作成を全て支店に一任した。そしたら3タイプのモデルが建てられた。一つは福岡、名古屋、千葉などの田舎だからと選んだ和風。二つは建築家が描いた派手な家。三つは分譲住宅の売れ筋タイプ。

  ところがツーバィフォーの和風はまがいものだということで誰も入ってくれず、ほとんど契約がない。建築家の派手なモデルはまあまあの入場者はあるがさっぱり成約にならない。分譲の売れ筋が、僅かに30%程度の契約率があった程度。20本近く掘った油井から油が出てこなかった。  

 かくて、あっという間に累積赤字が15億円を突破し、商業資本は痺れを切らして、風前の灯となってきた。  

 この時、たまたま永福町に建てたアメリカンスタイルのモデルがヒットした。ほとんどの人が行列して入場し、契約率も高かった。初めて油井を掘り当てた。
 そこで外注設計家対象に「本格洋風住宅の設計コンペ」を行った。そして、プレハブが真似の出来ないフリーデザインのウインザーとかマッキンレーなどの商品が大ヒットし、女性インテリアコーデネィターの採用もあって女性の琴線をくすぐる好感度の高級住宅として消費者から大歓迎された。

 設備投資の負担が少なかったので、累積赤字はあっという間に解消し、売上げ、利益とも急速に伸び、あっという間に三井ホームは大手住宅メーカーの仲間入りを果たすとともに、プレハブメーカーが得られなかったブランドを獲得した。
  しかし、その後の三井ホームは自社の力を過信し、ブランド力を自ら捨てるという商業資本としてはやってはならない大間違いを犯してしまった。

  三井ホームに前後して30年前にトヨタホームが誕生。
  20数年来赤字を垂れ流し、累積赤字は2000億円近くに及んだという噂も。トヨタ自動車だから可能な芸当だったといえるが、そのトヨタホームが数年前から黒字体質に転換。

  そして、この1、2年でトヨタホームは戸数で三井ホームを追い越すだろうと言われている。
 正に兎と亀の物語。
 これは商業資本と産業資本との違いを歴然と示す物語と言えよう。