唐津 一著「中国は日本を追い抜けない!」(PHP出版)はなかなか面白い。 最近、やたらと日本を卑下し、失われた10年ということで、日本のことをボロクソにけなす自虐趣味がはやっている。 たしかに銀行、ゼネコン、流通などでバブルの負債を抱えてヒイコラ喘いできた。そこばかりに焦点が当たっている。そして、日本の金融・証券業の付加価値は25兆円に過ぎない。これに対して製造業の付加価値は5倍の125兆円にもなる。製造業はこの10年間、決して時間を失ってはいない。 日本のGDPは約500兆円でアメリカに次いで第2位。 国土はたったの0.3%のちっぽけな国だが、世界のGDPに占める比率は15%にも及んでいる。 3位のドイツ、4位のイギリス、5位のフランスの3ヶ国のGDPを合計しても約480兆円で、日本に及ばない。 韓国のGDPは39兆円。日本の海外生産の比率は24%だが、それだけで47兆円と韓国をはるかに上回っている。 資源のない日本は「自動車などの輸出で食っている」と考えている人が多い。 日本のGDPに占める輸出の比率はたったの9.6%。香港の109.4%は別格として、イギリスの18.0%に比べても半分にすぎない。 そして、その9.6%の輸出の中で自動車が占める比率は17%。 80%という圧倒的な部分は部品、部材、生産設備などの生産材である。日本の部品や金型がないと世界の工場の生産がストップする。 そして、アメリカやヨーロッパの研究開発費はGDPの2%に過ぎないが、日本はGDPの3.2%も注ぎ込んでいる。過去30年間に製造業の売上げは3倍になったが、技術開発費は10倍にもなっている。 たしかに、ユニクロに代表される繊維加工とか電器製品などの加工業は、1/20という安い労働力を当て込んで中国へ工場を移した。しかし、最近では高付加価値の製品は日本で生産するという形に変わってきている。 なにしろ、世界の工業用ロボットの70%は日本で稼働している。無人化が進んできて、高付加価値産業では人件費が中心的な問題ではなくなってきている。国内での自社生産で技術のブラックボックス化と熟練労働者の囲い込みが始まっている。 日本人は欧米や中国人に比べて、自己主張が少ない。 アメリカ人とか中国人、あるいは韓国人は自己主張が激しい。弱肉強食で自己主張をしないと生きてゆけない。 会社に対する帰属意識も低く、信頼できるのは一族郎党。したがって、ダメもとで、何が何でも自己主張してしまう。そこには謙虚さがない。 これに対して、日本人は自己主張が少ない。そして、非常に謙虚である。謙虚だから学べる。また、好奇心が非常に強い。好奇心が強いから「改善」が出来る。 これこそが「もの造り」の基本。 この基本がアメリカ人にも、ヨーロッパ人にも、中国人にも欠けている。日本人は世界一もの造りに適応した国民であるといえる。 全世界の実用新案を含めた特許件数は130万件。 このうちアメリカは15万件。これに対して日本はなんと40万件。30%以上のシェアを占めている。 バイオの技術ではアメリカが先行していたが、最近では日本の特許数がアメリカを凌駕してきている。ナノテクノロジーでも日本はアメリカとともに先行している。リサイクルや公害防止、太陽電池、燃料電池では日本は世界のトップを走っている。 唯一ヒトゲノムに関しては、最近の中国の追い上げはすごい。だが、謙虚で、好奇心の強い日本のもの造りの体質に、中国は体質的に追いつくことは容易ではない。 中国人は、基本的に商人である。 世界の三大商人は、ユダヤ人、中国人、インド人。 商売のうまさとは、駆け引きのうまさ。 それと、どこへでも進出してゆくというバイタリティ。 中国の商人は値段をふっかけるのが常識。最初から値切られることを前提にしている。謙虚さというのは、商売にとっては何の役にも立たない。そういう前提で国民の潜在意識とシステムが構築されている。 そして、世界中どこへ行っても中華料理屋があるように、バイタリティと縁故関係を絆に華僑資本は繁殖する。 今、中国が伸びている根底に、契約を無視したり知らんふりをしたりする商人としてのずる賢さがある。ふっかけが当たり前で、世界の技術をコピーし、労賃の安さと海外からの資本の導入で発展しているのだと唐津氏は指摘する。 ちょっと紹介が長くなった。 私が強調したいのは、同じアジア人で顔がそっくり。ヨーロッパ人から見ると両者の区別はつかないだろう。しかし、日本人と中国人・韓国人は似て否なる存在。 同じことで、一口に住宅と言っても、分譲と注文住宅では全く内容が異なる。一方は商人の住宅であり、もう一方はもの造りの住宅。 最近、羽振りの良いのが商人の住宅。 土地が安くなってきて、第一次購入者でもなんとか分譲住宅に手が届くようになってきた。 私は商人の住宅が悪いとかけしからんと言っているのではない。分譲の需要がある以上、それに応えるのは商売として当然のこと。 そうではなく、建て替え需要の影が薄まってきて、もの造りの住宅があまりにも特徴がなく、元気がなくなってきていることが心配。 分譲住宅はバリアフリーを謳い、それなりの防犯対策が施されてきている。換気装置も付いているし、それなりにシックハウス対策もなされている。 デザインもアクセントにタイルなどを上手に使って、なかなかかっこいい。外構工事もおしゃれにまとまっていてちょっと目には悪くない。 これに対して、注文住宅の方が目立たない。 工事現場を見ていても、完成現場を見てもはっとさせられるものが少ない。 つまり、もの造りの楽しさ、凄さ、美しさ、ひたむきさ、こだわりといったものが薄れてきている。堂々とその存在を主張しているものが少ない。 もの造りのビルダーは、謙虚さが失われてきているのではないだろうか。 消費者から、どのように見られているかと、原点に立って考えているだろうか。消費者の視点、目線で物事を謙虚に考えているだろうか? また、新しい技術や情報に対する好奇心が失われてはいないか。消費者が、あっと驚くような提案が絶えずなされているだろうか。改善がなされているだろうか。 ビルダーのトップがワクワクする思いで住宅を建てているだろうか。もし、ビルダーがワクワクしていなかったら、お客がワクワクするわけがない。 ビルダーが感動を発散していないと、お客が感動を覚えることは絶対にない!! |