特に期待もせず、何の気なしに読み始めた本が予想以上に面白かった時には、大変に得をした気持ちになる。 「これは大きな儲けものだ!」と。 「ビーンズ!」(レスリー・ヤング、チャールズ・デッカー共著、ランダムハウス講談社刊)が正にそれ。 筋書きはいたって単純。 航空会社の客室乗務員としてシアトルに住んでいたハートマン夫妻。会社が他の都市に移転になり会社を選んで移転するか住み慣れたシアトルを選ぶかで悩んだ。そして、シアトルを選んで「エル・プレッソ」というコーヒー店を開店。 この店がシアトルNO.1という評判を得て、いつも行列が出来る繁盛店となった。しかし、夫妻はスターバックスのようにチェーン店を増やしてゆこうという気持ちはさらさらない。 シアトルにはコーヒー店が腐るほどある。 しかし、いつも行列が出来ているのは「エル・プレッソ」のみ。何故、人々は近くのコーヒー店ではなくわざわざ遠くまで足を運んで、雨の中でも行列をしてコーヒーを飲もうとしているのか。 コンサルタントがお客の声を直に聞きながら、その秘密に迫ってゆくというだけの話。 せいぜい短編小説か、小売店情報誌のトピックニュースにしかならないネタにすぎないが、これが経営物語として結構読ませる。とくにもの造りの地場ビルダーにとっては参考になる点が山ほどある。 ご夫妻は、3万フィートの上空でコーヒーを出している時から気付いていた。こちらの振舞いによって乗客の振舞いも変わる。こちらの虫の居所が悪いと客もトゲトゲしい。こちらがよそよそしいと客もよそよそしい。疲れていたり心配ごとがあると乗客もつむじを曲げる。 ご夫妻は、コーヒーを通じて人と接することが大好き。好きなことを仕事に選んだ。だからエネルギーが出てくる。 そして、店にくる人を顧客として見るのではなく友達として接した。友達になるのは比較的簡単。名前を覚え、好みが分かるだけで友達になれる。 その友達に、美味しいコーヒーを飲んでもらおうと研究を続けた。 まず新しいコーヒー豆を探した。そして、手に入れたコーヒー豆をどう焙煎し、挽けば最高の味に仕上がるかで試行錯誤を繰り返した。さらに、淹れ方も極める必要があった。 コーヒーの量、水の量、適温の探求。そして、これ以上ないという味と香りを抽出する。 一番苦労したのは、これらの方法を見つけ出すことではなかった。「最高の水準をどう保つか」だった。 マニアルでは身につかない。 スタッフ(職人)に「お客に最高のコーヒーを淹れたい!」という情熱がなかったら仕上げにバラつきが出てくる。まず必要なのは社員のお客に対する姿勢。 リストラを進めてスリム化を果たしてきた企業は、社員の忠誠度がそのままお客様への忠誠度に響くということを見落としている。社員の心が会社から離れると、お客の心まで会社から離れてゆく。社員から愛される会社はお客からも愛される。社員は、自分だけ良い子になろうとはしない。会社を愛するようにお客も愛する。 会社に対するロイヤリティが涸れるとお客様に接するのが難しくなり、社員の心には敵意が芽生えてくる。そして、お客の前で会社について話したりする時に、その敵意がひとりでに滲み出てしまう!! エル・プレッソでは「人柄」を優先的に考えて社員を募集している。自分と同じ価値観の人を探し、期待して、成果を分かりやすく伝える。 決まりごとはなるべく少なくし、会社の秘密はゼロにする。隠しごとをなくして風通しをよくする。 トップが日々仕事に全力投球をし、自分と回りの人を信じて胸を張って頑張っているのを見て、人は育つ。素直に育つ。 良い人が、良い先輩の後ろ姿を見て、良いスタッフになってゆく。 社員が自分の会社の商品とサービスに誇りを感じると、会社に対して期待が膨らむ。仕事が楽しくなり、良い仕事、良いサービスが提供出来るようになる。 そして、高い品質を熱心に追い求める。 素晴らしい品質が実現したら、言葉と行動で賞賛する。 そうすれば、ますます仕事に熱が入り、誇りが仕事を楽しくしてくれる。 社員が楽しみながら仕事をしているから、お客も楽しくなる。 社員がどんな時でも素直さと善意を保っていると、その温もりがお客に伝わる。お客はかけがえのない友達だというハートがお客とスタッフの輪になって絆ってゆく。そして、お客同士の輪も拡がってゆく。 素晴らしい商品を提供して、一時期繁盛する会社は多い。しかし、往々にして繁盛すると利益ばかりに気をとられ商品やサービスを軽んじてしまう傾向が強い。そして、社員の意欲を損なってしまう。 成功した。その成果をもっと多くの人と分かち会いたいと考えるのは決して間違ってはいない。 しかし、事業を拡げようとする人は、自分で仕事をこなすよりも事業を管理する側に回ろうとする。自分で汗を流すよりも管理の仕事が重要で、お金にもなり、自分が一段上の人間になったように考えてしまう。 しかし、ハートマン夫妻は、管理者になろうとは考えなかった。 人生の目的は、金持ちになることではない。お客様といつも楽しく接してゆく。お客から離れて、金勘定に明け暮れるなら商売を辞めた方がいい。 お客と接している仕事が楽しい。 その楽しみを捨ててまで、管理者に転落する必要があるだろうか。人生の目的を取り違えていないだろうか。 もちろん、管理者の道を選ぶ人に反対しているのではない。自分は管理者というつまらない仕事は絶対にやらず、どこまでもお客と感動を共有してゆく立場を崩さない。 といって、チェーン的な動きに100%反対しているのではない。社員が新しく店を出したいというと、積極的に支援している。自分のポリシーを受け継ぎ、同じ夢を追う若者に応援を惜しまない。 そういえば、東京の人間だったら誰でも知っている東池袋の有名なラーメン屋の大勝軒。このおやじさんの山岸一雄さんが書いた「大勝軒のおやじが書いた・これが俺の味」(あさひ出版)を想い出した。 17才で創業して以来、40年間にわたって行列が絶えない店を造り上げたおやじさん。いつまでも第一線に立っていて、決して管理者になろうとしない。そして、見習いにくる若者には、惜しげもなくノウハウを教えている。 チェーン展開をしようと思えばいくらでも出来るのに、それをやらず、若者がのれんを出したいと言えば積極的にこれを許し、応援している。 生涯現役がモットー。 行列が出来る「もの造りビルダー」 その原型はシアトルのハートマン夫妻や東池袋大勝軒の白いはちまき姿が似合う山岸大将に求めることが出来る。 |