■京都議定書で住宅は何もしないという国交省(上)


  先日、友人から忠告を受けました。
 「君は郵政民営化に反対している保守的な人々(含左翼) はけしからんと書いているが、郵政民営化の本当の意義が分かっているのか?」

 問いつめられると、答えることが出来ません。
 ただ、国家公務員が郵便配達をしなければならないという理由がわからない。それと、銀行や百貨店、スーパーなどの出店がどしどし統廃合してスクラップ&ビルド化している時代に郵便局だけが無傷でありうるはずがない。僻地の利便性を確保することの重要性はわかる。しかし、日本を社会主義国化する必要はないはず…。

 以前に、東京2部上場の「魚力」の会長さんの自宅を建築させてもらいました。この会長のサクセスストーリー話は大変に面白く、感動ものでした。

 「たばこ屋、米屋、酒屋などは許認可制で国家の保護の中でぬくぬく育ってきた。このため、現状維持に甘んじて自ら改革しようという考えはなかった。
 これに対して魚屋とか八百屋は国家から何の保護もない。
 全て自分で考え自前で資金繰りの手当てをしなければならない。このため、異業種のいろんな仲間が集まって議論を重ねてきた。そして、イノベーションによってスーパーなどのチェーンが生まれてきた。
 要は保護政策のもとではイノベーションは生まれない。消費者の利便性というところに立脚していないので方向感覚が麻痺してしまう。逆に言えば国家の保護や政治家の介入がなかったから魚屋とか八百屋から大きなチェーンが生まれてくることが出来たのです」

 もう10年以上も前から、元は町の小さな魚屋さんにすぎなかった魚力は大卒をどしどし採用し、いきなりアラスカの現場で3ヶ月間の実地研修を行い、それが終わるとそれぞれに旅費を与え、どのコースを選んでもいいから1ヶ月かけて欧米を単独旅行させて日本へ帰ってこさせていた。
 アラスカで水揚げした魚を東南アジアで加工し、日本へもちこむというグローバルな商売をしていた。

 ビルダーのトップに見られないポリシーと行動力にほれぼれさせられました。「魚力を範とすべきだ」と力説し、上場を目指して渾身の努力をしましたが、銀行屋あがりの腰巾着に会社の発展を阻害されたという苦い想い出が……。

 酒屋も薬屋も保護という制約から解放されたら、とたんに利便性の高いチェーン企業がどしどし出現してきています。
 郵便局の局長(社長)さんの中にも、民営化を事業拡張の絶好のチャンス。政治家との腐れ縁を絶つ好機だと捉えている人も多くいるはず。ところが、そういった革新的な経営者の声が新聞やテレビに全然出てこない。一人も出てこない!!
 もとより、私は部外者。
 郵政に対して発言権はありません。
 しかし、どう考えてもおかしいことはおかしいと言うしかありません。

 郵政民営化問題の前に社会的な問題になったのが住宅金融公庫の民営化。
 民間銀行は庶民に対して長期で低利な融資をしてくれるだろうか。大企業に勤める社員は問題ないだろうが、中小企業に勤めるサラリーマンとか零細事業主は差別化されるのではなかろうか。
 そのような大きな不安が渦巻いていました。

 しかし「案ずるよりは産むがやすし」で、現時点では長期で低利のローンが続々開発されてきています。このため、消費者がローンで特別に辛い思いをしているという話は聞きません。そして、住宅金融公庫は「住宅ローンの証券化支援企業」に脱皮し、立派に機能しています。
 これだけを見るとかつての不安は杞憂に過ぎなかったということになります。
 本当にそうなのでしょうか。

 4年前の2001年9月の、初期の「今週の本音」欄で、私は「金融公庫民営化論の忘れられた側面」というコラムを書いています。この記事は住宅産業新聞の一面に転載されたので記憶されている方もあると思いますが、再読してみて下さい。

 この中で私が強調しているのは「かつて住宅金融公庫は単なる金貸し業にすぎなかった。しかし、ツーバィフォー工法のオープン化時における仕様書とスパン表の作成で、公庫は住宅の性能および技術の面で指導的な立場に立ち、地場ビルダーをはじめ大工などの技術教育の教師としての役割を果たしてきた。とくに木造住宅の共通仕様書が果たした役割と成果は大きく、阪神淡路大震災の公庫融資住宅の被害は驚くほど軽微で済んだ。そして、共通仕様書は新しい技術を取り入れて常に改訂されていた。住宅金融公庫が持つこうした技術のオープンな先見性、指導性は民間の金融機関では絶対に真似が出来ない機能である。したがって国土交通省の住宅局を廃止しても、住宅金融公庫の技術スタッフをアメリカの都市住宅庁なみに格上げして残すべきだ」というもの。

 当時、私の考えは検討に値しない極論として無視されました。
 しかし、現在の姿を見る時、私の提案は決して暴論ではなかったことが納得いただけるでしょう。

 国交省の住宅局は、日本の住宅について納得できる指針を示していません。
 京都議定書のCO2の6%削減目標に対して、住宅局は「これ以上何一つとして出来ることはない」といきなり白旗を上げてしまったのです。
 「大手住宅メーカーですら次世代省エネ基準を完全に守ることが出来ないでいる。それなのにこれ以上の厳しい基準を住宅業界に求めることは無理」という極めて後ろ向きのポーズ。
 まさか大手住宅メーカーのご機嫌を伺ったわけではないでしょうが、先進的なビルダーから見ればあまりにも情けない姿勢。  

 このため、住宅関係のCO2削減努力目標は、住宅メーカーに一切課せられず、もっぱら住宅設備機器メーカーに課せられるようになってきています。  

 たとえば、経済産業省は数年後に年間100万台のエコキュートの普及を目指して予算措置を講じています。既築も含めて年間100万台のエコキュートが普及するだけで、CO2は2%強削減出来ると予想されています。  

 このほかにも、経済産業省はいろんな省エネ対策や新エネルギー開発に幅広く取り組んでいます。地球や子孫のために頑張らなければという気迫が感じられます。
 それに対して国交省住宅局は……。
 
 私が4年前に提案したように、住宅局は廃止していても誰も困らなかったのです。
 自分達の天下り先を確保するために、品確法の制定には大変熱心でした。消費者もビルダーも求めていなかった法律を、目の色を変えて作りあげました。  

 どうやら、それで全エネルギーを消耗したようです。
 そして、地球温暖化はどうでも良くなった?!

 「日本家庭でのCO2の排出量は1990年から2003年の間に28.9%も増加した。それなのに国は、京都議定書の発効直後に一般家庭でのCO2削減は不可能という見解を出して世界を驚かせた」(山根一眞著「環業革命」講談社刊)のです。

 嗚呼。