| 日本木材学会編「木のびっくり話 100」(講談社刊1400円+税) はなかなか面白い。 日本を代表する農林産界の第一線の学者84人が100のテーマに関して、最新のテクノロジーを分かり易く紹介していて勉強になる。住宅関係者の必読書としたい。 地球温暖化、京都議定書、日本の山に溢れている国産材、優れた未来資材としての木のパワー、開発されてきている数々の木材ハイテク技術、国産材有効活用の重要性……。 住宅・木材技術センターのホームページには「地域の木で家を造る」全国97のネットワークが紹介されている。 http://iezukuridb.howtec.or.jp/database/prefecturelevel.html また、リンク先の日本住宅新聞には「地場の工務店が地場の木で家を建てる」という記事がいつも紙面を賑わせている。 国産材復権の声は日増しに強まってきている。県によっては、奨励金まで用意しているところがある。それなのに、声の大きさに割には実態の動きは鈍い。 なぜなのか!? このテーマに真正面から挑み、多面的な取材で読ませるのが田中淳夫著「だれが日本の森を殺すのか」(洋泉社刊1700円+税)。 2003年10月5日、宮崎県日向市の細島港にはパナマ船籍の中国貨物船が約2万5000本の丸太を満載し、福建省へ向けてまさに出港しようとしていた。 積荷は国産材のスギが約3400立方メートル、ヒノキが84立方メートル。 当然第1号の輸出丸太だから、材質や径は吟味されているはずだと誰もが考える。ところが、積荷を見ると太い丸太もあれば小径木もある。それどころか、ブーメランのようにくの字に曲がった曲がり材も多い。日本の市場では構造材として使えないから廃棄されるものが平気で積まれている。 そして、港渡し価格がスギ9000円/立方メートル、ヒノキ13000円/立方メートルという。低級材で選別の必要がないことを考えると妥当な価格。 日本では、構造材の6〜7割が輸入材を使っている。国産材が輸入外材に押されていると言うのに、なんで今どき輸出なのか。しかも北米材やソ連材との価格競争の激しい中国へ輸出して、本当に採算がとれるのか? 1998年の揚子江大洪水で、中国は大河川上流部の天然林は全面伐採禁止となった。また、レンガ造の禁止も発令した。粘土の採掘のため農地が失われるのを防ぐため。 当然、鉄筋コンクリート造が主体となる。その内装仕上げ材や家具材としてスギやヒノキを使おうというわけ。つまり薄い板として使うから含水率の高いスギでも未乾燥の心配がない。芯持ちの構造材が持つ狂いやあばれの問題を起こさない。そして、中国にはスギのように柔らかくて温かく香りの強い木はない。化粧材としてのスギが評価されたという次第。 この宮崎の相互造林の動きに触発されて、その後鹿児島、島根、山形、高知、鳥取、和歌山、青森、北海道などほとんどの産地で中国、台湾、韓国への木材輸出が試みられてきている。 守勢一方だった日本の林業に、エポックメーキングな変化が生じてきたのは事実。 しかし、これをもって国産材復権の兆とするわけにはゆかない。なぜなら、日本のスギやヒノキはどこまでも構造用木材として植林されたもの。食用として植えたミニトマトが、可愛いからと観賞用に売れたとしても自慢は出来ない。 それでは、なぜ国産材が日本国内で構造用材として人気を失ってきたのか。 まず、価格面から見てみよう。 ベイツガの国際製品価格は25年間で3.3倍に上がっている。 ところが日本では円高が進んだため上昇率は1.2倍程度にすぎない。 これに対してスギの国内価格は20年で60%も下落した。しかし、ドル建てで計算すると1975年194ドルだったものが2000年には412ドルと2.1倍に高騰している勘定になる。 つまり為替問題が、国産材の価格競争力を弱めてきた張本人。 しかし、スギの丸太価格は1992年に、スギの製材価格は1998年に、ベイツガに比べて安くなった。国産材が売れないのは外材より高いからだと考えられてきた。ところが、外材より安くなったのに売れない。 戦後、日本に外材輸入ブームが起こったのは、外材が安いからではなかった。国産材が不足しているから、輸入せざるを得なかった。戦時中の乱伐で荒れた日本の山には伐採可能な適木がなかった。 その輸入ブームの中でツーバィフォー工法のオープ化運動が起こった。この革命的なツーバィフォーのオープン化の成功が「木構造を科学する」運動に拍車をかけた。 スパン表が作成され、ストレスグレーデングの科学的手法が導入されてきた。 そして、当初ツーバィフォー材は乾燥地のカリフォルニアを真似てグリーン材(未乾燥材) を使用していた。しかし、湿度の高い日本ではドライ材が良いということが全ビルダーの体験によって認識され、ほぼ全面的にキルンドライ材(人工乾燥材) に切り替わった。単に湿度対策だけでなく、乾燥材を使うことで木材の収縮に伴うクレームが激減したからである。 分譲住宅が主流のアメリカではグリーン材で工事途中の手直しは許されるが、注文住宅が主流の日本ではドライ材でなければ施主の要望に対応出来ないことが判明したからである。 この貴重な経験は、単にツーバィフォー業界にとどまっていなかった。角材として輸入されていた軸組工法へも人工乾燥材が波及していった。単にプレカットしただけの未乾燥材では、割れたり狂ったりが激しく、消費者の不満はビルダーに反映され、乾燥材の必要性が強く求められるようになってきた。 残念ながら著者の田中氏はこのあたりの事情に暗い。このため、折角多面的な取材をしていながら、説得力を持ちえないでいるのが惜しい。 日本の山元の旦那衆は、スギの乾燥の必要性を理解できなかった。 芯持ち材のスギは含水率が高い。そのまま現場で使うと狂ったり暴れたり、暖房すると夜鳴きしたりもする。 このため、構造強度は落ちるが、あらかじめ背割りをしておくのが常識であった。戦後の安い木造住宅はそれでなんとか通用してきた。 「これが国産のスギの正しい姿だ。芯去材のツガと一緒にしてもらっては困る。何か文句あっか!!」 もっとも、小規模業者の日本の山林地主は、人工乾燥の必要性が分かってもどうにもならなかった。林野庁は協業組合化を促してキルンドライの設備を導入させるという政策を持っていなかった。もっぱら山林地主の方ばかりを見て、長い間製材業育成の重要性を無視してきた。 これが、日本の林産業を後進国化させ、国産材を消費者やビルダーから遊離させていったそもそもの元凶である。 |