■「植物は気づいている」という大変気になる本 (下)


 さて、バクスターの観葉植物ドラセナに散水した水が根から葉へゆくまで何分間かかるという実験に話を戻します。

 ポリグラフという嘘発見器はごく微量の電流を流し、一つは人間の血圧の変化、脈の強さ、脈拍数を記録し、もう一つは呼吸の変化をモニターします。嘘をついたりすると心理的な抵抗で電圧が変化し、グラフの針が大きく振れ、グラフ紙に地震波のような曲線が描かれます。

 ドラセナの葉にポリグラフのセンサーを取りつけました。
 当然葉の水分が増加するのだから、電気抵抗値は減少し、グラフ紙の線は上に向かって伸びてゆくように示されるだろうとバクスターは考えました。

 ところが、予想とは異なってグラフ紙の線は上下に小刻みにゆれ、ノコギリの歯のような形を描き、そして葉に水分が到達したことにより電気抵抗が減少して線が上向きになるはずが逆に下向きになってしまいました。

 ノコギリ状の線は興奮状態にある人間と実によく似ています。そこでバクスターは考えました。
 人間の感情と同じ反応を起こしたのは偶然なのか。もし偶然でないとしたら人間同様にびっくりさせたら強い反応を示すはずだ。よし、確かめてみよう。

 どうしたらびっくりするか。
 バックスターはドラセナの葉一枚を熱いコーヒーカップにひたしてみました。
 ところがほとんど反応らしい反応はありません。やはり植物には人間に似た感情があるはずがないと考えました。

 しかしそれから15分たった時「もっと徹底的に痛みつけてみよう。それにはマッチを持ってきて電極を取り付けた葉の部分を焼いてみるのが一番だ」とひらめきました。

 ところがどうしたことでしょう。
 バックスターが葉を焼くことをイメージしたとたん、ポリグラフの記録のペンは最上部まで大きく跳ねあがってしまったのです。おそれおののいて狂ったように反応を続けたのです。

 ドラセナは4、5メーターも離れた位置に置かれていました。
声に出したわけでもありません。植物に触れたわけでもマッチをすったわけでもありません。
 ただ、葉に火を付けてみようと意識したとたんにドラセナが強い反応を示したのです。

 そして、秘書の部屋へ行ってマッチをとってきました。
 ドラセナの興奮は続いています。
 このまま火を付けたのでは針がグラフ紙からはみ出して記録に残せない。火をつけるのを止めようとバックスターが考え、マッチをもとに戻しました。
 その間13分55秒。
 激しく振れていた線が以前の正常なグラフにもどりました。

 植物が人間の心理を読むことが出来る証拠として、この実験は記念すべきものとなりました。
 バックスターはその後いろんな実験を行っています。興味のある方は是非「植物は気づいている」(日本教文社)をご一読下さい。門外漢の私には、植物の驚くべき能力についてこれ以上語る資格がありません。

 バックスターにより、植物の持つ優れた能力を知らされて、改めて動物の限界を知らされました。
 太陽の光を光合成出来るものは植物しかないのです。あらゆる動物は、植物の光合成におんぶしてその生命を維持しているのです。

 実重重実著「森羅万象の旅」(地湧社刊)によると、海には5000億トンの植物プランクトンがいるそうです。
 その5000億トンの植物プランクトンが500億トンの動物プランクトンを養っている。そして、その500億トンの動物プランクトンが50億トンの小型動物を養い、その50億トンの小型動物が5億トンの大型動物を養っているのだそうです。
 つまり、私共が毎日食している魚の基は植物プランクトンなのです。

 この植物が海から陸に上陸したのは、45億年の地球の歴史の中で、ごく最近の4億年前といいます。

 生物が地上で生活出来るようになるためには、光合成活動で酸素を多くし、紫外線を直接当たらないようにしなければなりません。海の中のラン藻が長い間にこれをなしとげ、やっと植物は水辺のほとりから地上へ進出を始めました。

 植物の存在しない地球とはどんなものであったか。
 それを実感したいのなら、アメリカのグランドキャニオンの深い谷に降りて見るのが一番てっとり早いと言います。つまり生命の全くない世界。
 生命だけでなく、土がないのです。
 あるのは、岩と岩が砕けた砂。

 土というのは、植物が創ったものなのです。葉や幹、根が次第に積もって、初めて有機質の土が出来るのです。

 植物は動物と異なり細胞は一つの個体として生存出来ます。
 肺がなくても呼吸し、筋肉がなくても振動し、胃腸がなくても消化しています。しかし、動物のように中枢神経を持っておらず移動が容易ではありません。けれどもバックスターが指摘したように、特殊なセンサーで人間の感性に似た知覚を持っています。

 中枢神経がないため、植物は水辺からの移動が困難でした。
 しかし、何年もかかって植物は次第に土を造りながら内陸へと移動を始めました。葉から水蒸気を発散することと植物が創った土の中に水を蓄えられるようになり、根が水を吸い上げてくれたからです。
 つまり、植物が殺伐とした荒野へ水を運んだのです。
 植物が地球を変えたのです。生命の栄える環境を用意したのは木をはじめとした植物だったのです。
 この植物の進出のおかげで、植物を食べる動物が海から陸上へ這い上がり、肉食動物が栄えることも出来ました。

 しかし、人間は都市を造るまでに繁栄し、燃料のために近くの森を伐採してしまいました。このため、植物が運んできた水が涸れ、都市周辺は再び砂漠化し、古代都市は砂漠の中に埋没しました。

 今、世界のエネルギーを支えている石油にしても石炭にしても、過去の植物の光合成活動の遺産なのです。鉱物でも化学物質でもありません。

 今、地球号で森林は陸地面積の1/4を覆っているにすぎません。地球の真の環境問題とは、森林の面積を拡大し1/3にしてゆくことでしかないのです。
 日本では、70%近くが森林で占めているため、そのありがたさがわかっていません。そして戦後、この森林を零細な地主の個人資産として勝手な所有を許してきました。林野庁の役人は介在してはいけない聖域として荒廃に任せています。

 また、農産物や畜産物は、水の固まりです。
 水の豊富な日本が、その技術力や科学力でこの豊富な水と土壌を活かさず、渇水で困っている中国やアメリカから農産物や畜産物を輸入しているのは、怠慢以外の何ものでもありません。

 農業や林業に株式会社とNPO法人を参入させ、自給率を高める仕事を今から10年計画で進めねばなりません。

 お互いに心を開いて植物に聞きましょう。植物の知覚から学んでゆくということがエコロジーということなのです。