TOPへ

2009年11月6日(金)
次回作に向けて集中したいところだが、
まずは、今後の展開のためにも、この機会に事務局体制などを見直し、
整理、再構築しておこうと思う。

「終戦63年目の夏の暑さは質が違う」と語る73歳の福寿さん、
「鮮明に覚えているのは空が青かったということ」と
横浜大空襲の日を語る75歳の赤井さん、
ふたりのインタビューで構成されたドキュメンタリー映画。
青空と白い雲、緑の一面の畑、夕景の鉄塔、
美しい映像と印象的な音楽が流れ、
悲しみと痛みを堪えて生きた少年の心が静かに甦る。
1945年・終戦の年。横浜の少年は10歳、
海老名の少年は12歳だった。
*幻野映画について
 この「幻野」という言葉は、北川透(詩人・評論家)の「詩とコンミューン」という副題をもつ著書『幻野の渇き』(1970.9.25)から映像的に喚起されたものである。
 この著書は冒頭「夢見られたコンミューン」から始まり、この標題作は、巻末に置かれている。「〈民衆〉の閉ざされた闇の幻野を」解放するための〈革命〉、「ひからびた闇の河底を歩く魚たちの渇きを」眼に焼きつけねばならないという、民衆論の試みとして書かれたものだ。
 「幻野映画事務所」の設立は、60年代後半、われわれが見ただろう、「映画の夢」の実現に、いまいちど、賭けてみようということだ。それには、表現者として、あるべき「自己批判」の徹底とともに、なにもなしえていないという認識を共有しつつ、映画をつくることを自由に楽しみ、少なくとも、この10年を生きてみたいという企てへの呼びかけである

(「映画上映会のパンフレット」より)

2009年11月3日(火)
映画『私の青空・終戦63』の、
31日の上映会はお陰様で大成功でした。
観に来てくれた人を初め、皆さんに感謝、感謝です。
とにかく、久しぶりに会う人、それも25年ぶりという人、
また、遠くは静岡から新幹線で来られた知人もあった。
なんとか、この映画から、なにか一つでも
持ち帰ってもらえたらいいと願う。

最終回の終了後、21時過ぎから、
ホワイエでレセプションが、
この映画の音楽担当者でもある、
高野さんの司会・進行、
神奈川新聞の元文化部長・服部宏氏の、
あいさつ・乾杯で始められた。
トップバッターは、私とは、それこそ、40年前の
知人でもあり、昨年再会し、こんど一緒に映画をやろうと
と話している原将人監督がスピーチする。続いて、福間健二監督。
そして、原監督のドキュメントのため、今日もカメラを回していた、
映画批評家、映画作家の金子遊氏の「畏るべし幻野映画」と続き、
シネマダッシュの若手、松本君の好意的な感想を挟んで、
さらに、普段は無口で腰の低い、蔵原惟二監督が、
赤井さんへのインタビューを始めるなどという、
思いがけない展開の中、そして最後は、なんと、
横浜の著名な写真家・森日出男氏の
締めで終わる。遅い時間にも、関わらず、
レセプションに参加された皆さん、
本当に有り難うございました。

2009年10月29日(木)
映画『私の青空・終戦63』通信5
26日(月)の「少年の視点で描く「8.15」」という
見出しで、神奈川新聞に紹介記事(斎藤大起)が
掲載される。大変有り難い。
このまま、さらに、朝日、産経、東京と続くと
思われたが、どうも、参議院補選、川崎市長選など、
影響もあってか、今日までうまくいかない。
しかし、たったいま、ヨコハマ経済新聞に取材記事が
掲載されたことのメールが届き、
また、前売り券を扱ってくれている「にぎわい座」
に確認すると、9月中旬から、少しずつ売れていて、
現在まで15枚の券が売れたという。
これは有り難いことだと喜ぶ。
まさに、一喜一憂する毎日がつづく。

(当日1000円、事前予約800円)
事前予約は幻野映画プロジェクト(gen-ya eiga project)へ

2009年10月25日(日)
映画『私の青空・終戦63』通信4
昨日は、福寿シネマで、映画『旅情』の上映があったので、
予告篇を2回上映してもらう。そしてこちらからは受付で、
チラシと当日精算券など、都合を聞きながら手渡す。
これで、チラシもすべてなくなったことになる。
また、キネマ旬報(11月上旬号)の
CINEMA GUIDEに掲載されたことを確認する。
福寿さん発の、市民が作って運営する
「横浜市民映画館」つくろう研究会が、
動き出す文案を見せられ、上映後の交流会でも、
話題にする。当然、これは、幻野映画プロジェクトの、
制作から上映までの、新たなシステムづくりと連動する。

(当日1000円、事前予約800円)
事前予約は幻野映画プロジェクト(gen-ya eiga project)へ


2009年10月23日(金)
映画『私の青空・終戦63』通信3
なかなか更新できないまま、10月31日の
上映会が近づいてきた。
上映のための、広報等活動は,ほぼ終わって、
あとは、マスコミ等の媒体に、
どううまく掲載されていくかだが、
昨日の「日本経済新聞」には、
インフォメーション欄の「観る」に情報が載った。
とにかく、当日を迎えないとわからないのだが、
身近での反応は十分にある。
特に初回の14時に観るという人が多く、
初回が溢れないかという心配の声もある。

(当日1000円、事前予約800円)
事前予約は幻野映画プロジェクト(gen-ya eiga project)へ

2009年10月7日(水)
台風が近づいているという。
映画上映の案内を出したので、
懐かしい人からの電話が入る。
とにかく、元気でやっているんだねという
会話から始まる。

映画『私の青空・終戦63』通信2
試写会を9月4日、20日の2回開催し、
その後、チラシの配布・郵送などの案内を
昨日で、大方終えたことになる。
ここで、さらに、再度マスコミ各社へのアッピールを
試みるべく準備中である。
また、「幻野映画プロジェクト」としては、
次回作の企画も、一方で進めている。
いま、とにかく走りながら考え、
いけるところまで行っておこうと思う。

当日1000円、事前予約800円)
事前予約は幻野映画プロジェクト(gen-ya eiga project)へ

2009年10月2日(金)
早いもので、もう10月だ。
連続して起きていた、プリンター、ハードディスク2台の
トラブルが、昨日、やっと収まったということで、
今日は、そのため、中断していた、
映画『岡山の娘』のスペシャル・エディションとして、
チャプターと特典映像をつけた、
DVDのテスト版を完成させる。
約2年前にやった作業を思い出すのに、
時間がかかった。その最中に、
そのハードディスクのトラブルに
見舞われたということだ。

映画『私の青空・終戦63』通信
先週には横浜市内の、主な文化施設にチラシを
配布し、チラシの残部も少ない(もとももと印刷部数が少ない)
ことからも、今週は、E-メールの活用を
考え少しずつ始めている。そして、
できるだけ、事前予約の申し込みをお願いしている。
自動的に一覧表になるシステムでもあるのでよろしく。
(当日1000円、事前予約800円)
事前予約は幻野映画プロジェクト(gen-ya eiga project)へ

2009年9月21日(月)
昨日の、映画『私の青空・終戦63』試写会は、
低音域が割れて聞こえるなどの、
スピーカーのトラブルがあったが、
参加者は20名(新聞社2社など含む)を超え、
大成功だったと思う。次は、また、チラシを配るなど、
地道な作業があるのだが、
ひとつの山を越えた気分になっている。
まずは、ご協力をいただいた、
多くの皆さんに感謝したい。
有難うございました。

2009年9月18日(金)
幻野映画プロジェクト第1回上映会
YouTube=映画『私の青空・終戦63』予告篇

一難去ってまた一難。16日の夜に、
今度はプリンターが突然動かなくなった。
キャノンの修理センターに連絡すると、
分解してみてみないと分からないという。
保証期間の延長がされていたので、
昨日、上大岡のヨドバシに持ち込む。
プリンターがないと、試写会の準備などに支障がでると、
周章てたが、6月から同居している娘夫婦の
ところに、電話・FAXと兼用のプリンターがあって、
これがマックに対応することがわかり、
ほっとするが、この前の、ハードディスクといい、
とにかく、トラブルが突然やってくる。
こうした、コンピュータ機器のバックアップ体制は、
本気で考えておかないといけないのだが、
と思う。まあ、ここは、思うということから、
すぐには先にすすめない。

今日は父親の7回目の命日で、
母親の85歳の誕生日だ。父が健在なら、
92歳ということになる。
母が父の亡くなった歳になったという意味でも、
なにか節目の時を刻んだように思える。
いま、ふと、父の死に目には、
間に合わなかったことを思いだす。


2009年9月16日(水)
映画『私の青空・終戦63』の
タイトルにある、「終戦63」というのは、
終戦の年・1945年から63年目が、
昨年の2008年だったということで、
感覚的に、何か違うと言い出しのは、
福寿さんだったのだが、
それを聞いて、わたしは確かに
何かあるかもしれないと思った。
それは2008年が平成20年ということで、
昭和20年(終戦の年)と符合し、
さらに、1968年から40年目に
あたるということを考えていた。
この1968年という年は、パリでは5月革命が起き、
日本では、いわゆる全共闘運動が盛んになって、
この夏には東京大学の占拠が始まる。
しかし、わたしにとっては、
8ミリで映画を撮りはじめ、自分たちの手で、
全国高校映画祭を開催し、とにかく、
自力で作品をつくって、自力で公開した年だ
ということになる。
当時は「ゲバ棒を持つか、カメラを持つか」
と本気で言い出すものもいた。
それから40年たったということの
意味は大きい。このことは、
映画の内容そのものにはないのだが、
福寿さんが昭和10年生まれで、
終戦の年が10歳だったということに、
こだわることの意味に通じるものだと思う。
それは、「私の青空」であって、
個人的な体験であると語ることから始まる。



2009年9月15日(火)
昨日の午前中には、弘明寺商店街にある、
弘明堂書店さんに、チラシを置かせてもらう挨拶をし、
すぐそばの、地下鉄に乗って、
ランドマークタワー10階にある、
「FMヨコハマ」に試写会などの案内をする。
これで、市内の新聞、放送の各社を
まわったことになる。

今日は、動かなくなったハードディスクが、
電源アダプターの交換だけで無事に戻ってきた。
まあ、とにかく、無事だったことを喜ぼう。
でも、どうこわれたかわからない状態が
10日以上続く中で、
テープの復刻版による編集作業をせざるを
えなかったのも事実である。

9月20日の試写会の招待者からの、
返答が昨日から始まっている。
東京新聞の記者からは、
試写会当日の取材申し込みも、
あったりで、なんとか、うまくいくことを願う。


2009年9月8日(火)
昨日は映画『私の青空・終戦63』の、
カラーのチラシ(1000部)を発注する。
広報計画を福寿さんと電話で確認しながら練り直す。

前売りを相鉄ジョイナスプレイガイドに頼むつもりで、
昨日の問い合わせには、そう答えたのだが、
確認の意味で電話すると、その電話が使われていないという。
ネットで調べると、ドーナッツ屋さんになっている。
すぐに、直接ジョイナスに電話で問い合せると、
昨年の9月に閉店し、今年の8月27日にドーナッツ屋になったという。
前売り場所の確保のため、あわてて、
「高島屋チケットショップ」
に問い合わせると、新規は受け付けないという。
どうも、こうした店頭チケット販売の時代は
終わろうとしていることを知る。

電話の問い合わせ主には、
サイトからの予約申し込みができることも、
案内したことで、お許し願いたい。
*事前予約は幻野映画プロジェクト(gen-ya eiga project)へ
で、なんとか、前売りについては、会場である
「横浜にぎわい座」に委託販売できることが、
わかったので、11日以降からの取り扱いを
依頼することにして、チラシの原稿も修正する。

また、チラシの最後に次のよう追加した。
幻野映画プロジェクト…われわれは、いかに低予算で映画をつくり、
じぶんたちの手で確実に資金を回収し、さらに、
少しでも収益をあげられないかと考える。
映画をつくることを自由に楽しみ、
いままでに、どこにもない自由なやり方で、
自由な映画が生まれていく。
製作から上映までの、新たなシステムづくりを目指す。


2009年9月5日(土)
第1回目の試写会を無事に終え、
第2回目の試写会を9月20日(日)14時から
やることを決める。
とにかく「試写会」をやったことで、
いままで見えなかったことが見えてくる。
10月31日の上映会まで、どうも、
気が抜けない感じになった。
どうも結果ばかり気になるのだが、
そうではなく、幻野映画プロジェクトと
映画『私の青空・終戦63』の
存在を知ってもらうことだと思いなおす。

「試写会」では今村昌平監督の話と幻野映画プロジェクトの
話をする。そして、ここで配布した「幻野映画プロジェクト
について」は、いま、幻野映画プロジェクト
のサイトにアップしたとろです。

「制作から上映までの、新たなシステムづくりを目指す。これは、もう、実践して見せるしかない。しかし、急ぐことはない。そこには、さまざまな試行錯誤が積み上げられていく。あえていえば、映画をつくることを楽しみ、いままでに、どこにでもない自由なやり方で、自由な映画が撮られていく、と。」
(「幻野映画プロジェクトについて」09.9.4から)

2009年9月3日(金)
9月1日に、もうひとつの「幻野」プロダクション製作の、
田中重幸監督作品/映画『お家へ帰ろう』
(HDV/20分)の試写会が、
渋谷の「アップリンク」であった。
久々の渋谷で人が多いのに戸惑う。
同じ時期に、こちらも横浜で撮影だったので手伝えなかったが、
試写会と打ち上げに参加する。
映画は七歳の女の子の笑顔がいい。
また、チョークで描かれていく、
彼女の空想の絵がうまく使われ効果的だ。
さらに、パントマイムの仕草に、
現実音を被せるというアイデアが、
彼女の路上で遊ぶごっこ遊びに、
あたりまえに参入する見知らぬ男との、
不思議なコミュニケーションへとイメージを膨らませる。
監督は、この映画は長編映画の序章だという。
スタッフとキャストとも話しながら、
まだ、まだ、やれそうな雰囲気だった。
このままで終わるのは惜しいと思われた。

さて、こちらは明日が試写会だ。
とにかく、映画に向かって走りながら考える。
まずは、これで、いいのだと思う。

2009年9月1日(火)
約半年ぶりのアップになります。
2007年3月に「幻野映画事務所」を設立し、
その夏には、映画『岡山の娘』の撮影に参加し、
翌年の1月から、その編集作業に集中し、
5月の岡山での先行上映に間に合わせる。
この頃から企画した映画『私の青空・終戦63』
(インタビュー、撮影、編集をやりながら考えるという、
ふたりのインタビュー構成のドキュメンタリー映画)が、
5月のインタビュー撮影を最後にして、この7月31日に完成する。
さらに、この映画の編集作業を中断し、
短編映画『遺書』の撮影(4日間)、編集を行い、
7月14日に完成という展開になった。
これは映画『遺書』では、製作総指揮と出演もしてもらっている
(映画『私の青空・終戦63』では、インタビュー相手のひとりでもある)
福寿祁久雄さんの存在がなければ、
考えられないことだともいえるのだが、
「幻野映画事務所」から「幻野映画」プロジェクトへの実践的試みが、
この2本の映画の完成とともに、スタートしていたということが、
あらためてわかったということなのだ。
 つまり、志を同じくするものが何人かが集まり、
ある目的や目標に向かうというものではなくとにかく、
一人で映画を作ることを始め、
その映画を作ることを通じながらここまできたら、
それなりのスタッフが作られ、
それが絶妙な関係を作り出していて、
現在、もう一本の映画をつくろうという
機運が盛り上がっている。
そこで、これはかねてから考えてきた、
すでに、「来たるべき映画」づくりの
端緒に立っていることだと知る。

映画は上映されなければ意味がない。
じぶんたちの資金で映画を作り、その映画をじぶんたちで上映する。
これは日本の映画界では、古くから「自主製作・自主上映」という
言葉で言われてきた。
しかし、いま、われわれが考えていることとは、どうも
違うように思えるのだが、それは実際にやって見せて、
どう違うか、それを見てもらうしかない。
あえていえば、いままでに、どこにもない自由なやり方で、
自由な映画が撮られていく。そんな、制作から上映までの、
新たなシステムづくり目指している、そんなところだろか。

次のとおり、幻野映画プロジェクト第1回上映会として、
映画『私の青空・終戦63』(92分)上映会を開催します。
日時:10月31日(土)開場13:30(各回入替えなし)
 14:00/15:50/17:40/19:30
会場:横浜にぎわい座(B2)のげシャーレ

事前予約は幻野映画プロジェクト(gen-ya eiga)へ


2009年3月15日(日)
映画『岡山の娘』の英語字幕版が、
結局、昨日(14日)、DVDに書き出し、
とりあえず完成したことになった。
編集的作業としては
手戻りにもなった作業も入れ、
この2月、3月に、
10日間を要したことになる。
フォントやサイズなど、
決まり切ったフォーマットが、
あるのではないかとも考えたが、
そうではなく、なかなか微妙なこともあって、
それぞれの映画に対する、
センスのようなものがあると、
いまの時点なりの納得感はあるのだが、
本編の編集時でも、そうだったのだが、
映画館のスクリーンで、確認してみないと
わからないという気持ちは残る。

2009年2月21日(土)
『岡山の娘』の英語字幕作業を
14、15、16日、そして18日と、
4日間やったことになるが、
とにかく、初めての作業という
こともあって手戻りがあるなど、
なかなか、簡単にはいかない。
明日、また、一日作業をする
予定にしている。

映画『岡山の娘』は、
大阪(3月7日から13日)のあとは、
愛媛(3月21日から27日)、
名古屋(3月28日から4月1日)、
高松(4月11日、12日)と、
上映が予定されています。

2009年2月6日
今週の前半は
英語字幕のための準備として、
スポッティングリスト(字幕を出す台詞の
IN点とOUT点、字数を記載したもの)
の作成をやっていた。

『私の青空・終戦63』は、
なんとか流れるように、
2時10分の長さにつないでみる。
昨年には手始めにということで、
2日のインタビューと
2日のロケ撮影をやった。
さて、何を加え、何を切っていくのか、
追加の撮影をどうするのか、
編集をしながら考えている。
もう少し加速させようと思う。

先週から見た映画を列挙しておこう。
まず、DVDで見たものが、
ジョージ・スティーヴンス監督「陽のあたる場所」51
岩井俊二監督「市川崑物語」06
ウィリアム・ワイラー監督「必死の逃亡者」55
ウィリアム・ワイラー監督「我等の生涯で最良の年」46
これは、DISCASのBプランに入っているので、
月に4本のDVDをレンタルすることになる。
そして、映画館では、
瀬々敬久監督「感染列島」09
佐藤嗣麻子監督「K-20/怪人二十面相・伝」08
の2本を見た。

実は私には、一番刺激的だったのは、
これらの映画ではなく、
2月1日に放映された、
NHK・ETV特集の作家・辺見庸の
「作家・辺見庸/しのびよる破局のなかで」だった。
2008年6月8日の「秋葉原事件」など
を読み解きながら、
不自由な右足を引きずるように、
歩く作家は、表現する者の、
ぎりぎりの覚悟をストレートな言葉ではなく、
その存在をもって語っていた。
奇しくもキーワードはパンデミックだった。
これは映画「感染列島」の英題でもある。
しかし、残念ながら、映画からは辺見庸の語る怖さは、
まったく感じられなかった。


2009年1月30日
映画『岡山の娘』の横浜上映の
最終日の翌日(24日)には、
この映画の主人公の「みづき」
という名前の由来にもなっている
詩人・三角みづ紀のワンマンライブが、
横浜・関内「リトル・ジョン」であった。
詩人の朗読というイメージとは違って、
ボーカルとして歌っていたのに驚く。
あらためて声がいいなって思う。
このライブに、
今回の『岡山の娘』の上映が縁で、
知り合った人たちも、
何人か来てくれていた。
私の中では、これで、
やっと、『岡山の娘』の
横浜上映も終わったという気持ちと、
その再会を喜んで、
終電まで楽しく飲むことになった。

映画『岡山の娘』を見にきてくださった
みなさん、また、チラシの配布など、
ご協力いただいたみなさん、
本当に有り難うございました。
3月7日からは大阪での上映が決まっています。

大阪/第七芸術劇場

岡山の娘/公式ブログ


2009年1月21日
16日、17日、18日、19日
と4日間連続で、
映画『岡山の娘』に通う。
懐かしい人たち、初めて会う人たち、
本当にたくさんの人とよく飲んでよく話す。
新たな発見と出会いがある。
これらすべてが、映画『岡山の娘』が、
取り持ってくれていると思うと、
これも映画の力だと思う。
また、どんな映画でも、
上映され見てもらうとことで、
成長する生き物であって、
だから、一人でも多くの人に
見てもらい、また、それを自由に
受けとめてもらうことの大切さを、
今回特に感じている。

19日は上映チェックも兼ねて、
上映30分前に行って調整を確認し、
ぎりぎりの時間で扉を開けたところ、
この日、遅くまで飲むことになった、
ふたりの笑顔が待っていて、
三人で驚くという再会になった。

今日は天気も寒々しく、
祭りのあとの気分という感じで、
気落ちしている。

映画『岡山の娘』の横浜上映は、
1月23日まで、午後4時10分から、
一日一回の上映です。
なかなか、平日の集客は難しく
苦戦しています。
今日(21日)の水曜日は、
レディースデー(女性客1000円)、
明日(22日)の木曜日は、
メンズデー(男性客1000円)です。
また、23日の最終日は、
監督挨拶が予定されています。
どうぞ、この機会に
ぜひ足を運んで見てください。
よろしく。

横浜シネマ・ジャック&ベティ

岡山の娘/公式ブログ

2009年1月16日
今朝、いつもより早く起きると、
映画『岡山の娘』の横浜上映の案内が、
高校一年のクラス会の
メンバーに案内されていた。
そこには、「1回・2回と見る毎に発見があり
思いが深くなる映画ではないでしょうか。」とある。
東京でも見てくれて、
今回また、横浜にも足を運んでくれる。
大変有り難いと思う。

映画『岡山の娘』の横浜上映は、
予想どおり、苦戦しています。
1月23日(金)まで、
16時10分からの1回の上映です。
よろしく。

横浜シネマ・ジャック&ベティ

岡山の娘/公式ブログ

2009年1月15日
吉田喜重監督の
小津理解について、
昨日書いたものを読み直しながら、
少し表現を整理する。
言っていることは変わらない。

今年に入って、
1時間のジョギングを再開し、
雨の日以外は続いている。
それは健康にいいとか、
鍛えるとかということではなく、
それは、一日一時間、身体を動かしながら、
自由に感じ考える時間ということで、
これができていれば、
物心両面にわたって、バランスがいいと
自分の中で感じられ、
とても貴重な時間になっている。

2009年1月14日
横浜上映の事前のチェックなどのため、
1月8日から、シネマ・ジャックに
行くなどして、一昨日まで、
落ち着かない日が続く。
その間に、出来なかったことを
なんとか、いま整理しながら、
いま、やっと、このサイトに向かっている。

映画『岡山の娘』の横浜上映は、
予想どおり、苦戦しています。
1月23日(金)まで、
16時10分からの1回の上映です。
よろしく。
また、シネマ・ジャック&ベティでは、
今年から、木曜日は毎週メンズデーとして、
入場料が1000円(『岡山の娘』上映中は
15日と22日)となります。
横浜シネマ・ジャック&ベティ

岡山の娘/公式ブログ

DISCASから届いた、
「吉田喜重が語る 小津安二郎の世界」を
見て驚く。それは180分の最後に
吉田監督が語ったことだ。
小津が、病室で語った言葉である、
「映画はドラマ、アクシデントではない」
ということへの理解なのだが、
ずっと、私は違うことを考えていた
ことになる。
私が聞いたのは、小津生誕100年での、
国際シンポジュウム(テレビの録画)
での発言だったのだが、
ここでは小津の言葉の紹介だけだったのだが、
このDVDは、この言葉に触れ、
吉田自身の私見が述べられている。

「小津さんの映画には、ドラマはない、
あるのはアクシデント、出来事の積み重ねだ」という。
だから、小津さんはカメラが切り取る無秩序な画面と
小津さんとの関係にドラマがあったと、
考えられるという。

違うだろうと思う。
アクシデントは、不慮の事故であって、
ふだんの出来事でないことなど、
吉田は、当然わかっているだろうに、
何故そういうのだろう。
これは全く理解できない。

私は、小津さんは、映画は不慮の事故などではなく、
フィクションとしてのドラマなのであると、
言っているのだと思う。
その意味では、あくまでも、
映画はつくりものでしかないのだが、
一方で、映画は、淡々と積み重ねられる、
日常生活の中にあって、
けっして「アクシデント」ではないと。
そこには、真実も嘘もあるってことだと思う。


2009年1月8日
昨日から、やっと『私の青空・終戦63』の
編集作業に集中できている。

また、映画『岡山の娘』の
横浜上映も近づき、
電話などのやりとりも増え、
落ち着かない感じにもなる。
また、今日は「シネマ・ジャック&ベティ」
に再度のチェックに行く。
映画上映も、作り手からいえば、
いつも、ライブ感覚だ。
少しでも、いい状態で、
上映したいと思うし、また、
事故などないことを願う、ものだ。

2009年1月7日
『吉本隆明語る』の
内容をメモしたものを整理しながら、
私の人生には、この吉本隆明の考え方が、
深く関わっていることを思う。
だから、制作中の『私の青空・終戦63』とも
密接な関係にある。

昨日は、久々に吉本さんの過去の著書にも
あたるなどしながら、
1972年の「連合赤軍の事件」についての
講演まで、辿ることになった。
吉本さんの的確な言葉に感心しながら、
こちらの読みの浅さにも気づかされる。
自分の、いま、置かれている場所、
立っている場所、明確にしておくことなど、
含めて、なんとか、自分の言葉にしたいと思う。

2009年1月6日
早いもので、
新年も6日目になっている。
昨年の暮れには、
ドキュメンタリー映画『私の青空/終戦63』。の、
音楽とナレーションのテスト録音をやりながら、
また、しっかりと飲むことなった。
そのまま、正月を国分寺、国立、石岡というように、
元気に飲んで話す。

昨日は録画してあった、
『吉本隆明語る』(NHK4日放送分)を見る。
ここで語られた内容を振り返りながら、
今日からは『私の青空・終戦63』に
集中することになる。
また、一方では、今年は、酒量を減らし、
しっかり1時間のジョギングを持続させたいと思う。
どうぞ、今年もよろしく。

2008年12月24日
天候を見ながら、
『私の青空/終戦63』の撮影を
16日と20日の二日間行う。
真冬の日とは思えない、
絶好の撮影日和になった。
これで、一気に編集をやってと
意気込むところもあったが、
どうしても、映画『岡山の娘』の
横浜上映のために時間を費やし、
落ち着かない状況になってしまう。

昨日の午前中は、前日刷られた、
ジャック&ベティのチラシを
待ってもらっている方たちに発送し、
その足で、バスに乗って、
本牧にある、地球市民ACTかながわ/TPAK
の事務所を訪ね、代表の近田さんにお会いし、
映画『岡山の娘』の宣伝などの協力を
お願いする。さらに、午後は、
川崎市民ミュージアムに向かう。
そこでは、脚本家・新井晴彦の特集上映が、
組まれていて、映画『噛む女』88を見る。
その前に、市民ミュージアムのスタッフに、
『岡山の娘』のチラシを置いてもらうこと依頼する。
とても、気持ちよく引き受けていただき、すぐに、
チラシを並べてもらう。
そのあと、知人と武蔵小杉で飲む。
なんとなく、忘年会、
今年の打ち上げ的な気分になる。
このところ、出掛ける予定時間から、
遅れて出ることが多く、
この日も、ところどころ、走っていた。
そして、今日も4件のチラシの発送をすませ、
先日から再開した、ジョギングは中止にし、
『私の青空/終戦63』の作業に集中したいと思う。
この映画を少し紹介しておこう。

ドキュメンタリー映画『私の青空/終戦63』
監督・脚本・撮影・編集:福間雄三
出演:赤井成一/福寿祁久雄
「1945年・終戦の年。横浜の少年は10歳、海老名の少年は12歳だった。二人の少年は、この敗戦期を生き延び、いま、63年前の青空を想う。カメラは語られる言葉に少年時代の原風景を映し込み、映画は人が生きるための決定的な体験の意味を問う。」

2008年12月9日
『岡山の娘』の東京上映は、
12月5日、盛況のうちに幕を閉じました。
どうも有り難うございました。
岡山の娘/公式ブログ

なお、横浜での上映が
来年1月10日から2週間(23日まで)、
横浜シネマ・ジャック&ベティでの、
午後、一日一回の上映が
決定しました。
こちらもよろしく。

ドキュメンタリー映画のことを気にかけながら、
12月7日は、逗子プラザ・なぎさホールで行われた、
新藤兼人特集に出掛ける。
午前に『陸に上がった軍艦』07(原作・脚本が新藤兼人、
監督は新藤作品の助監督である、山本保博。)
午後に新藤兼人監督作品『石内尋常高等小学校 
花は散れども』08が上映された。

新藤兼人監督は、昭和21年以来、
大船撮影所が近いということもあって、
逗子市内に住んでいるということから、
この映画会が企画され、
この日も、新藤兼人監督のトークも
予定されていた。
しかし、現在、仕事場である、赤坂にいることも多く、
足が不自由なことなど、体調も考慮し、
来館は見送られ、監督自身の元気なビデオレター
とプロデューサーの新藤次郎氏が代わって
話しをすることに変更された。
新藤次郎氏の話も大変興味深いもだった。
最後に「とても明るく楽しい映画になっている」
と締め括っていた。

上映会終了後、
この会場のそばに住む友人と
近所の飲み屋をハシゴし、
結局は、友人宅に泊まることになる。
楽しくまた美味しい酒が飲めたことを感謝し、
昼近くに逗子をあとにする。
疲れが午後まで尾を引くことになったが、
久々の新藤兼人作品を見ることができ、
しかも、これぞ日本映画の現在という秀作で、
35ミリフィルムの画質を堪能できた。
この映画について、ひとつだけいえば、
大正時代の、少年と少女が、
二人乗りする、赤い自転車を捉えた映像が、
背景とともに、鮮烈な印象を残す。
95歳の監督は、若々しい力のある
映画を作った。見事だと思う。

2008年12月5日
今日は、三週間続いた、
映画『岡山の娘』の上映は、
最終日となります。
見逃している方は、
ぜひ、お出かけください。
「ポレポレ東中野」

11月15日かの監督挨拶から、
いままでのトークショーなどの様子については、
次のブログをご覧ください。
岡山の娘/公式ブログ

こちらは、11月21日から23日まで、
22日のオールナイトを挟んで、
ポレポレに通い、さらに、その後、
映画『岡山の娘』上映とのかかわりで、
我が家に泊まりにくる人もあって、
2日間は朝方まで飲むことになった。
また、28日には『岡山の娘』
の宣伝も兼ねて、「横濱学生映画祭」の
レセプションにも参加し、
個別に話しをする。

こうして、今回、映画『岡山の娘』の上映を
きっかけに、多くの人たちと、
映画製作から上映まで、
日本映画の現状など、
ときには、40年前を振り返り、
たくさんの話をした。
今後の方向性や展開が、
見え隠れしながらも、
やはり簡単ではないと知る。

この『岡山の娘』の経験を生かしながら、
製作から上映までを視野に入れ、
一本の映画を確実に、自前で作り続けていく
しかないということも、強く感じる。
求める答えは、映画の中にしかなく、
その映画は、作り手を越え、
享受する観客の中にあるのだと思う。

体調は、イマイチの状況が
続きながら、やっと、一昨日あたりから、
正常な生活が戻ったと感じる。

10月から見ている映画をチェックし、
書いていないコメントを夜には書き終える。
見た映画については、
すべて書くとことを再び、自分に課していこうと思うが、
しかし、今後は、このサイトには、
じぶんが、どうしても、
書きたいと思う映画だけを載せていこう
と考えている。

実は、いま、一番気になっているのは、
この間、中断している、ドキュメンタリー映画
『わたしの青空・終戦63』のことだ。
今日から集中しようと思う。

2008年11月21日
今日は、約1か月ぶりにジョギングを再開。
もう、風邪気味だとか、どうとかは、
言わないことにした。
いつものコースに、晴れると富士山が
見える場所がある。
11月の初めに箱根で見た、
土色の地肌を剥きだしにした富士山と違って、
頭に白いものを被っていた。

映画「岡山の娘」にある、
福間健二の、もうひとつの詩が読まれる部分を
シナリオから引用しておこう。
この詩は、チラシにも掲載されている。

○小川家・中
廊下で踊るみづき。
キッチン。洗いものをすませたみづき。
奈津子の声「ここに来ちゃだめ」
みづき、動きが止まって、虚空をみつめる。
奈津子の詩「窓」を読むみづきの声。
〈あなたの窓が閉ざされているから
わたしは目を閉じて
自分の体が入る箱を想像した
ゆうぐれの
川べりに立ち
自分を入れて流れてゆく箱を想像した
その箱は流れていって
夜の人々は迷路に消えて
わたしもいなくなって
いま
この空に
炸裂して光るもの
ほかに何を見るのだろう
あなたの目
魂の窓
それがひらかれるとき
わたしは帰ってくる
むかしのわたしとはちがう
わたしの知らないだれかになって〉
青い川原の自転車ですすむみづき。


今日から3日間は、
22日のオールナイトも含め、
「ポレポレ東中野」に行っています。
もし会えたら、遠慮なく声をかけてください。

・映画『岡山の娘』好評上映中/21時からのレイトショー
22日は、通常の21持からのレイトショー終了後、
23持30分から、『岡山の娘』公開記念
オールナイトがあります。「ポレポレ東中野」

映画「岡山の娘」の簡単な感想メールお寄せください。
Email /net1895@mac.com
この「ネット・リュミエール」で紹介することも
ありますのでよろしく。

2008年11月20日
映画『岡山の娘』を、ぜひ、
若い人にも、見てもらいたいと、
東京工科専門学校の友人に
お願いしていました。
11月18日には、さっそく、映画館に
足を運んでいただき、5人の学生さんの
コメントが昨日届きました。
映画を見て、それぞれが何かを
感じとってくれている、
とても素直なコメントになっています。
ここに紹介します。

「詩をそのまま映像にしたような、不思議な世界を感じました。
内容が深いことに対して、噛みしめながら、想像しながら見るには、
私には映像が早かったように感じました。
何回も見たら、色々な見方ができるのかなとも思いました。
全体的に淡々としていたので、もう少し見せ場というか、
気を惹くシーンがあればいいかなと思いました。」 
                     
「ストーリーということをあえて避けているのでしょうか。
話の展開があまり掴めませんでした。
終わりの方に強い意志のようなものを感じました。
と同時にバックに流れる音楽が澄んでいて良かった。」

「見ていて、全体が感覚的に作られているような印象を受けました。
そのせいか、登場人物の設定がわかりづらかったのと
ストーリーの展開が難しかったように思います。
でもこれまで見たことがないような映画でした。」            

「悩みながらも自分というものを見つめ、
乗り越えようとしていることが伝わってきました。
だれしもが悩みを抱えていますが、
自分だとそこまで強くなれるか疑問でした。」

「色んなとこに行ったりきたりして、
何がどの場面を現しているだろうかと思いましたが、
場面が、へいばんでなく錯綜しているところに、
新しい感覚を感じました。「みずき」のひたむきさ、
とくに電話で一人で怒っているところや、
夜の公園のシーンが印象に残っています。」

・映画『岡山の娘』好評上映中/21時からのレイトショー
「ポレポレ東中野」


2008年11月19日
映画『岡山の娘』は、やはり、
福間健二の詩が、大きなポイントになっている。
昨日のメールで、「夜のシーン」と書いている箇所を
シナリオから引用しておこう。

○自動販売機の前(夜)
・母の靴をはいたみづき、歩いてきて、飲み物を買って飲む。
・川べりの舗装された道。一本の樹の前に立つみづき。その樹にさわるまで。
詩「靴をはいて」を読むみづきの声が低く流れる。
〈子どものころから
嘘をついてきた
そのことを忘れる
深い眠り
それ以外は何もいらないと思う

二十歳の彼女は
まだ子どもの指で
死んだ母の残した靴をなぞる
紐も留め金もない
パンプス
色もほとんど消えているが
指でたどる革
その皺は記憶している
その靴をはいて
母は外に出た
それについて
ひとことも話さなかった
物語のなかを走って
なにかを蹴ったり
転んだりしたのだ
いま、娘も外に出る
自分の靴よりも
ぴったりの
その靴をはいて
たおれる影になりたい
土手の道
(ふざけないで、とわたしは言った)
夜でも煙を吐いている工場
黒い川
耳の病気
だれかが指を動かして詩を書いている〉


いま、どうしたら、
この映画『岡山の娘』を見てみたいと
興味を持ってもらえるかと考えている。
映画には、いろいろな見方があっていいのだが、
昨日のメールを読み、今日、このシナリオ(詩)を読んでみて、
このシーンに興味を抱いて、
映画館に出掛けるという人がいるといいし、
また、見に行くと決めている人にも、
参考になるといいと思い紹介してみました。

・映画『岡山の娘』 「ポレポレ東中野」

映画「岡山の娘」の簡単な感想メールお寄せください。
Email /net1895@mac.com
この「ネット・リュミエール」で紹介することも
ありますのでよろしく。



2008年11月18日
「みづきの赤いシャツは
インパクトがあり美しかったです。
特に夜のシーンは詩の強さもあって好きな場面です。」

今朝もらったメールの、
映画「岡山の娘」の感想の一節です。

どうも、しばらくは、
映画館には行かなくても、
映画「岡山の娘」について、
その動向などが気になっています。
映画「岡山の娘」の簡単な感想メールお寄せください。
Email /net1895@mac.com
この「ネット・リュミエール」で紹介することも
ありますのでよろしく。

2008年11月17日
映画『岡山の娘』は、初日、そして二日目と、
なんとか、まずまずの、入りだったようだ。
でも、この二日間は、朝日新聞、東京新聞と、
タイミングよく取り上げられたことなどもあって、
立ち見も出るかという、勢いも感じていただけに、
あらためて、難しいものだと感じている。
そして、今日からの、
木曜日までの平日の入りを心配しながら、
やはり、フリーのお客さんとリピーターが、
うまくついてくれないと、
難しいだろうと思う。
映画『岡山の娘』の持つ力を信じるしかない。

ぜひ、見に行ってください。
・映画『岡山の娘』 「ポレポレ東中野」

2008年11月14日
この二週間は、箱根の温泉に一泊するなどの
息抜きもあったが、どうしても、映画『岡山の娘』の
「ポレポレ東中野」の上映に向けての、
チラシの配布などの周知宣伝を
気に掛ける毎日だった。
昨日は、高校時代の級友へのメッセージと、
その他2件のチラシなどの送付を終える。
そして、いよいよ、明日は初日を迎える。

この『岡山の娘』は、一般的な商業映画とは異なり、
低予算で岡山の若いスタッフ・キャストの力でつくられているが、
現在、メデイア関係でも、一般映画と並んで取り上げられ、
内容的にも高い評価が出始めている。
なんとか、この流れを生かして、上映を成功させ、
「作りたい映画、見たい映画」を自前でつくる、
映画づくりの新たな展開へと繋げていけたらいいと思う。

「ポレポレ東中野」
岡山の娘/公式ブログ


現在、『岡山の娘』の批評などが
以下のメディアに掲載されています。
・「現代詩手帖」11月号 作品評(原將人)
・「映画芸術」425号インタビュー(聞き手/金子遊) 作品評(那須千里)
・「シナリオ」12月号 『岡山の娘』シナリオ掲載、 インタビュー(聞き手/塩田時敏)
・「キネマ旬報」11月下旬号インタビュー(聞き手/切通理作)
作品評(石原陽一郎・暉峻創三)
・「朝日新聞」11月7日夕刊  紹介記事
・「東京新聞」11月12日夕刊(宮台真司)

映画批評のあり方など、いろいろ考えるところはあるが、
それは、この『岡山の娘』の
「三週間のレイトショー」結果なども加味し、
整理しておきたいと思う。
いまは、とにかく、ひとりでも多くの人に、
この映画を見てもらいたいと思う。

また、この間に見た映画を列挙しておこう。
DISCASのDVDで、
『HAZARD/ハザード』02(園子温監督)、
『インランド・エンパイア』06(デヴィット・リンチ監督)

福・寿シネマ改め、「大通りシネマクラブ」で、
『死刑台のエレベーター』57(ルイ・マル監督)
(上映後の交流会で、俳優の小野武彦さんと話す。)

『その木戸を通って』93(市川崑監督)
『天国はまだ遠く』08(長澤雅彦監督)
『トウキョウソナタ』08(黒沢清監督)

ドキュメンタリー映画
『わたしの青空・終戦63』(HDV作品)は、
2日間の撮影を終え、
年内には、海老名市郊外と
伊勢佐木町市街の画を撮っておきたいと思う。


2008年11月2日
10月29日は、横浜・関内の利休庵での「飲み会」
あるので、その前にということで、
映画『岡山の娘』の新しいチラシを持って、
関内周辺をまわる。
計画的ではなく、足の赴くままといった感じ、
シネマ・ジャック&ベティから、
伊勢佐木町、野毛を通って、紅葉坂(図書館)へ、
そして、馬車道、県庁周辺、関内に戻るというコースになった。
このところ、風邪が完璧に治っていないなって思いながら、
酒を飲んでもジョギングは中止している。
だから、歩くのは苦にはならず、
横浜の街は、歩く街だとあらためて思う。
(この風景をうまく映画にできないか、とも思う。)
そこで、しかも、思いがけない人たちとも
会う。短い時間だが、かえってポイントを
はずさずに話せたことも、有り難かった。

10月30日は、調布の日活撮影所での、
インタビュー撮影を手伝う。
録音を担当する。技術スタッフとしては、
マイクやミキサーといった録音機器を
事前に確認するなど、本番までの準備が欠かせない。
ベストな音録りができたかと不安を残す。
これは、もう、さまざまな現場経験を
重ねるしかないと思う。

10月31日は、
シネマ・ジャック&ベティで、
台湾シネマ・ウィーク2008として公開されていた、
ホウ・シャオシェンの『悲情城市』89、『ミレニアム・マンボ』01を見る。
どちらも、ホウ・シャオシェンの傑作だと思っていたのだが、
こうして、見直すと、なかなか、完璧な映画ってないんだなって思う。
映画は、一度見て凄い映画だと感銘を受ける映画と
なんども、繰り返し見ることで、その映画の良さわかるもの、
そして、何回見ても、新たな発見がある映画もあって、
さまざまだ。でも、映画は、映画館のスクリーンに対峙し、
その一回性に、見るものも勝負するという見方が、
わたしには理想だと思える。
どうも今回は、そうした緊張感を欠いた見方に
なっていたと反省する。

でも、それなり、あらたな発見もあった。
それは、この、ふたつの映画の語り口が、
まさに、ホウ・シャオシェンの
映画だとわかった。
もう少し言えば、『非情城市』の日記をつける彼女の語りと、
『ミレミアム・マンボ』のヴィッキーの、彼女(わたし)としての語りが、
もうひとつの視線となって、映画に差し込まれているということだ。
それは、共に、優れた青春映画だという見方を可能にしている。


2008年10月29日
一週間ぶりの更新になる。
インタビューの撮影は、
予定通り24日に行う。
前回の反省を踏まえ、やっていたのだが、
雨の日であったことなど、
さまざまな条件が違うことで、
結果としては、悔やまれることが残る。
ここでも、再び、一喜一憂している。
どうも、欲張るからいけない。
一日の撮影で、ひとつでも、
気持ちのいいショットや発見が
あれば、それでよしとすべきだとも思う。
内容的には、この二回のインタビューを踏まえ、
『わたしの青空・終戦63』の構想を
詰めていくことになる。

この間に、DISCASのDVDで、映画『裸のランチ』91、
『松ヶ根乱射事件』(山下敦弘監督)06の二本見る。

クローネンバーグの『裸のランチ』は、
当時、映画館では見逃している。
昨年、福間健二の『岡山の娘』のシナリオ段階に、
「クローネンバーグとバロウズ 裸のランチ」(福間健二訳)
読んで、ぜひ、見ておきたいと思い、
DISCASの予約一覧に載せたのが、
やっと、今年の10月に届いたということになる。
なかなか面白かった。
これは、ダークコメディとして見られるかが、
大きなポイントだと思う。

2008年10月22日
10月17日の自宅での
インタビューに向けて、
カメラテストなど十分行いながらも、
どうも、喉の痛みからきた風邪が、
なおらないまま、当日の午後は、
洟をかみながらの撮影になった。
そのあと、19.20日と国分寺に出掛け、
戻ってからは、
撮影したビデオ・テープを見ながら、
一喜一憂している。
体調は、やっと通常に戻りつつある。
そして、10月24日にも自宅での
撮影が予定されている。
この2回の撮影をもとに、さらに、
この企画の展開を考えよう
ということなので、
万全の体調でのぞみたかったところだが、
なかなか思いどおりには
行かないものだ。

このインタビューを中心にした、
ドキュメンタリー映画は、一月前から、
『わたしの青空・終戦63』という
タイトルになっている。

2008年10月14日
身辺が落ち着かないまま、
世間で言う連休も終わる。

9月に息子が結婚し、
この12日には、
引っ越しをすませた。
これで、ほんとうに一人暮らしになった。

部屋の模様替えを考える。
編集室とインタビューなど、
簡単な録音や撮影できるスタジオにもなって、
などと思いめぐらしながら、
本の整理もするかと欲が出るが、
当面の「ドキュメンタリー映画」の構想
つめることが先だと思い直す。

緒形拳の追悼番組の、
いくつかを見ることになった。

「ディア・フレンド」TBS 作・山元清多(1999)、
「帽子」NHK・広島 作・池端俊作(2008)、
のテレビドラマと10日深夜放送された、
二人の息子、幹太、直人、親友の津川雅彦、そして
脚本家の池端俊作が語る、「名優が逝く・緒形拳」(NHK)。

まさに、現役で活躍していた俳優の、
突然の死だっただけに、今朝も、
NHKの「この人にトキメキ!」
の緒形拳を再編集して見せるなど、
各局が多く取り挙げている。

映画でいえば、やはり、わたしの中では、
今村昌平監督作品の、この三本になる。
SPACE95 復讐するは我にあり 2005.9.24
SPACE96 楢山節考  2005.9.24
SPACE99 女衒 ZEGEN  2005.9.25

そして、昨日、吉永小百合は、
NHKでのインタビューで、
映画への熱い思いを語りながら、
緒形拳について、
『華の乱』での共演に触れていた。
page256 華の乱 99.2.14
この映画も好きな作品だが、
どうも松田優作との共演という
イメージが強いのだが、
深作欣二監督作品では、
主演している『火宅の人』がいい。
page261 火宅の人 99.2.11

こうして、深作欣二、今村昌平、緒形拳、そして、
俳優・峰岸徹(08.10.11満65歳没)と、
亡くなられて逝った人たちを思いながら、
やはり、もっと、もっと、
じぶんのペースをあげて
いかなくてはと思う。




2008年10月8日
この二日間(6.7日)、
民主党が、自民党をどう、追い込むかと思って、
興味深く国会中継を見る。
結果的には、麻生自民党もしたたかで、
五分五分で終わる。
政治家には、主張や立場を超えた、
そのことを語る人の「魅力」が
なければと痛感する。

俳優・緒形拳さん(71)の訃報に驚く。
あとで、「癌」だったと知る。
「魅力」のある俳優が、
また、ひとり亡くなった。


2008年10月4日
今朝もジョギングするが、
さすがに真夏ような汗をかかない。
季節が変わるときの、
走るウエアが気になるが、
もうしばらくは、
夏と同じスタイルで
いいかとも思う。

昨日(3日)は、
テアトル新宿で、
北野武監督「アキレスと亀」を見る。
相当に突き抜けた映画で驚く。
やりたいことがやれてる映画だ、
しかも、辛辣でまじめ。
笑いの天才は、樋口可南子から絶妙な味を
引き出し、ラストは、念をおすように、
映画にしてみせる。

帰りに「トップス」でコーヒーを飲んで、
西口の「ぼるが」で酎ハイを飲む。
1970年頃を思い出し、
懐かしかった。


2008年10月2日
なかなか、思い通りにすすまないと
思いながら、
今朝は気持ちよくジョギングする。
撮影の日程を考えながら、
季節が秋になって、すぐに寒い冬を迎えると、
焦る気持ちにもなっていたのだが、
いま、そう書きながら思う。
この季節の変化に寄り添うように、
カメラを回していけばいいと、
もともと、ドキュメンタリーなんだし、
少しも焦ることはない。

先日やっと、
外付けのハードディスク(500GB)を取り付け、
『岡山の娘』以降の作品素材を取り込む用意できたので、
昨日からいろいろ試す。
これから、しばらく主流になる、
HDVのFinal Cut Pro への取り込みを確認する。

2008年9月30日
今朝も「サイト」の修正をやっていた。
いま、ふたつのソフトを動かしている。
つまり、同じ内容のものが、
ふたつあるということだ。
これを早く解消したいということもあって、
気になることを試したり、
修正したりしている。
うまくいかないと、
時間がかる。
しばらく、ほっておこうと思うが、
つい、手を出してしまう。
過去のネット・リュミエールの記載
を見ていて確認できたのだが、
こうした作業は、2003年11月に、
ソフトを購入して、
始めると書かれていた。
五年前かという、感慨もあるが、
あらたな展開が、やっと見えてきたという
思いもある。
これもYouTubeの出現が刺激になってる。
つまり、個人所有のインターネットサイトが、
とにかく、無料で、高画質の動画を
取り込むことができるということだ。
これは、相当に凄いことだと思う。

2008年9月29日
今日は天気も悪く、
外へ出る気分でもなく、
また、なかなか、撮影台本に、
うまく集中できないなかで、
昨日届いた、DISCASのDVDを見る。
阪本順治監督『魂萌え!』
と山下敦弘監督『天然コケッコー』。
ともに原作があるのだが、
生身の人間を存在させ、
うまく映画にしていたと思う。

サイトのソフトの移行とも関連するのですが、
ブログのように、毎日のように更新し、
書き加えられている、このスペースを
再整理しました。作業しながら、
2005〜6年分が大量にあることがわかり、
とりあえず、「ネット・リュミエール」へ
一部移行する作業を行いました。

2002.1.15〜2003.2.14
ネット・リュミエール(1)
2003.2.17〜2003.12.30
ネット・リュミエール(2)
2004.12.31〜2004.1.5
ネット・リュミエール(3)
2005.4.30〜2005.1.24
ネット・リュミエール(4)
2005.8.13〜2005.5.9
ネット・リュミエール(5)
2005.12.30〜2005.9.13
ネット・リュミエール(6)

2008年9月28日
HDV(1080-24P)版のテープに変換した、
映画『岡山の娘』を見る。
上映用DVCAM版と較べ、
あきらかにきれいだ。
とりわけ、草や葉の緑色が鮮やかで
しかも深みがある。
それでいて、いわゆるテレビ的な
ハイビジョンではなく、
巧まずして生まれた色合いが
うまくつくられていて、
映画的な肌触りがある。
ただ、これらの要素は、
家の液晶テレビ(日立)、ソニーの
デジタルHDビデオカセットレコーダーなど
の機器によって変化するし、
たとえば、映画館でのDLPなどの
映写環境によっても違うことになる。
今回の例でいえば、両者にHDMI端子が
あるので、それで繋いで見ているわけだが、
古いタイプのDLPには、HDMI端子は
ついていないとか、いろいろある。
そして、しかも、
もともとの『岡山の娘』は、
パナソニックのカメラで、
DVCPRO HD 720-24PNで
撮影されていて、実際の画質は、
パソコン(Final Cut Pro )で
見ることができるが、
それとも違っているということだ。
いま、より忠実な原版を書き出すには、
DVCPROのHDCAMレコーダーを使うか、
パソコン(Final Cut Pro)と
DLPを繋げばいいのだが、
実際に試みる機会がない。
なんとか、HDV(1080-24P)版のテープ
まで、たどりついたという
のが現状である。

このサイトの動きが悪かった原因が、
この毎日のように書き加えている、
このスペースが重くなっていた
ことだったようだ。
はじめの一年分を消去たところ、
スムーズに動くようになった。

実は、最近忘れていたのが、
隣の上にあるCOTENTの文字
の下にあるネット・リュミエールをクリックすると
過去のものが読めるようになっている。
だから、そちらに、少しずつ移していくというのが、
当初の構想だったんだと思い出す。
当初、それなりによく考えていたと思う。
ムーヴィング・シアターなんて発想も、
なかなかのもので、
毎月1本は作って流そうとしていた。
そこでの最初のネックは
画質が悪く、しかも、立ち上げも見るのも
時間がかかったということだった。それが、
YouTube出現で一気に解決されたわけだ。

実は、この動きの悪さに危機感をもって、
このサイトを新しいソフト
(これも、使わないうちに古くなったもの)
に移行させているのだが、
当然できることができないということが
あったりする。
非常に苦戦をしている。
いま、やらなくてはいけないのは、
撮影用の台本なんだけど。

2008年9月27日
HDVの民生機で、
インタビューを中心にした、
ドキュメンタリー映画を撮ろうと
思っている。映画の企画としては、
小さな企画だが、
内容は、欲張ってなんでも、
詰め込んでやれという思いで、
撮影台本を書き始めている。
また、撮影スケジュールが、
テレビ報道される、
選挙日程と重なるところが
あって、参考にしている。
こちらは、なんとか、年内には
完成させたいと思っている。

2008年9月25日
サイト本文を修正する動きが
遅くなっている原因がわからない。
しかたなく、短めにアップし更新している。

2008年9月24日
今日はマンションのインターホンの
交換工事があるため、
少し遅れて起きたこともあって、
ジョギングは中止する。

YouTube=『風の音を聴く』
これが、なかなか、よくできていると
自画自賛しながら、このところ、
何回か見ている。

映画『探偵物語』については、
きちんと「批評」を書いて
おきたいと思っている。

2008年9月23日
久々に晴れたので、
ジョギングを再開する。

今日は福寿シネマ・9月例会で、
ウイリアム・ワイラー監督『探偵物語』51を見る。
DVDも家庭用のテレビで見るのと、
DLP上映(福寿シネマ)では、あきらかに
違うということに気づく。
2年前に、NHKのBS2(例会では間違ってWOWOW
と言ってしまった。訂正します。)
から録画して、この映画を見ていたのだが、
二度目だというだけでなく、
あらたな発見があった。

2008年9月22日
YouTubeに、より高画質(高精細画質)
のフォーマットでのアップはあきらめる。
(そもそもそのフォーマットへの対応はしていない
ということだろう。)そのかわりに、
ムーヴィング・シアターとして公開していた、
1997年制作、8ミリビデオ作品
「1997年9月28日(日)武満徹の音楽を
八ヶ岳高原に聴きに行く。」(一部、無音 ....。)
構成・撮影・編集=福間雄三
『風の音を聴く』をYouTubeにアップしました。
YouTube=『風の音を聴く』

これからの「ムーヴィング・シアター」での公開は、
すべて、YouTubeでの公開になります。


2008年9月21日
YouTubeは「高画質化」などの、
改善が加えられていて、
さすがだと思う。ただ、いままでの
やり方とは違った対応にも
なっているようだ。
いま、より高画質のフォーマット
を試しているのだが、アップはされても
見られない状態(処理中になっている)が続く。

映画『岡山の娘』予告篇を高画質での
アップをやってみる。以前と違って、
すぐに上下の黒みの入った、
16:9の画面になったが、
高画質の画面にはならなかった。
一度削除し、改めて実行しながら、
再生をくりかえすうちに、 
標準画質と高画質が切り替えられる
ようになった。
とりあえず、これは、このまま流すことにする。

YouTube=映画『岡山の娘』予告篇(いまおかしんじ版)

ぜひ高画質にもクリックして見てほしい。
いまおかしんじ監督が、
みづき役の西脇裕美の魅力に注目し、
全篇が主演・西脇裕美のシーンで構成されている。
また、福間健二の詩『窓』も少し長めに
聴くことができる。


2008年9月18日
昨日は、なんだか、思うように動かなくなったまま、
アップして出掛けたので、今日は一番に
ネット・リュミエールを修正する。
YouTube=『記憶を刻む』をクリックして
跳べるようにした。
このYouTubeは「凄い!」とあらためて思う。
これだったら、10分以内の短編を
どんどんつくって流せばいいと思う。
このサイトを始めたとき(2002年)に、
いまあるムーヴィング・シアターが、
初めから用意され、月に一本ぐらい公開して
行こうという勢いだったのだが、
容量の限界などがあって、
まだ、まだ、先のことだなって、
なかば、あきらめていた。
それが、2008年、YouTubeは解決してくれた。
それも、無料でしかも世界配信される。
やはり凄いことだと思う。そして、
前から言っているが、
このネット・リュミエールも
リニューアルしたいのだが、
このYouTubeを取り込むことで、
イメージが広がる。
このサイト自身も映画になっていく。
これも、当初からあったものなのだが。


2008年9月17日
ムーヴィングシアターの『記憶を刻む』を
YouTubeにアップロードしました。

これは、ずっとやってみたかったことですが、
テープ素材として保管している
『記憶を刻む』をFinal Cut Proに取り込み、
あらたにQuickTime変換で、
高画質(容量も増える)に書き出し、
YouTubeにアップするというやり方です。

YouTubeには1000MBと10分以内という
制限があるが、いままで使っている、
ドットマックとは、くらべものにならない
高画質と早さを実現してます。

YouTube=『記憶を刻む』

2008年9月16日
昨日は録画していたハイビジョン番組、
「神聖喜劇ふたたび〜作家 大西巨人の闘い〜」(1:30)と
「映画監督アンジェイ・ワイダ監督〜
祖国ポーランドを撮り続ける男〜」(1:50)
の二本、部分的には見たところあったので、
確認するように見る。

先日もこんなふうに、
「財閥豪邸ものがたり
〜日本占領はこうして行われた〜」(1:50)と
「生きた、描いた、愛した
〜モディリアーニとその恋人の物語〜」(1:28)の
二本を見たことを思い出す。

二台目のDVDプレーヤーは、
ブルーレイではないだが、
内蔵ハードディスクには、
放送そのままのハイビジョン画質で
録画することができる。
そして、これをDVDにどう保存するかという
問題がある。放送そのままの画質では
DVDには記録できないのだが、
ハイビジョン画質の高画質順に
HG、HX、HEという三通り
を選択し、4.7GBのDVD−R一枚に、
HG42分、HX65分、HE100分
記録することができることになっている。

当初は、できれば、最低HGの画質を確保し、
場合によっては、DL(二層)のDVDも考えてと、
漠然と思っていたのだが、どうも簡単ではない。
いまのところ、経済性、効率性などを考慮し、
HE100分を基本にするとういことで
いいのだと思う。さらに、
100分超えたものは、分割して二枚組か、
ハイビジョンをあきらめ、
いままでの標準画質にするかを選択する。
ただ、この4段階のハイビジョン画質の違いが、
見た目で較べて見ることが、
まだできないでいる。
だから、今後、どうしても、HGで残したいと
思う番組があるかどうかだとも思う。

2008年9月12日
新藤兼人は、映画は職人の芸を重ね、
それを突き抜けたときに、
それが「芸術」になるのだと
思ってやってきたと、
昨年の新聞で語っている。

阪本順治の『闇の子供たち』は
娯楽映画ではないのだが、
再版を重ねる原作と同様に
映画もヒットしているという。
この題材には多くの人たちが関心を
持っていることがわかる。
人を惹きつけるという意味では、
「エンターテイメント」映画である。
こうした難しい、今日的なテーマをあえて
取り上げるという姿勢は評価したいと思う。
どんな撮影現場も困難をきわめるものだが、
この映画は、それだけではなかっただろう
という想像は難くない。
しかし、江口洋介と宮崎あおいの役どころが、
原作にくらべて、あきらかに薄められ、
矮小化してしまっていることが、
どうしても納得できない。
原作にあるように、江口とは違うところに
立つことを決意する宮崎という視点が、
生きない設定になっている。
映画は映画であって、
原作と違ってもいいのだが、それには
映画として持つべくヴィジョンが
なくてはならない。

2008年9月11日
映画『悲しき天使』にふれて、
「よくできた「娯楽映画」で終わって
しまうということだ。」と書いて、
すぐにアップし、出掛けたのだが、
あらためて、なぜ、映画は娯楽映画で
終わってはいけないのか、
と自問しながら、どうも、
落ち着かない気分になっていた。

以前、黒澤明は『影武者』を撮りながら、
「今回は純然たる娯楽映画だが、次回は、
そうではない映画を撮りたいと思っている」と、
映画『乱』のことを語っていた。
その意味することは、はっきりしないが、
確か現代にも通じる主題が、『乱』にはある
ということだったと思う。
黒澤明の頭のなかでは、
『用心棒』や『椿三十郎』は、
やはり「娯楽映画」だと思ってつくり、
そのあとの『赤ひげ』は、
そうではない映画を撮ったという
ことになるのだと思う。
もちろん、黒澤は「娯楽映画」だからといって、
手を抜いたりはしていないし、
かえって、自由奔放に映画の面白さや
可能性が追求されている。
だから、『悲しき天使』も、
映画の面白さがうまく伝わってくるし、
松本清張的な「切なさ」をうまく、
今日的なテーマにしていると思う。
だから、それはそれで評価するのだが、
過去の大森作品である、『ヒポクラテスたち』80、
『風の歌を聴け』81(これは、ただの失敗作ではない)
につながる映画にはなっていかない、
もどかしさかな。いま、大森にとっては、
あくまでも映画は娯楽映画だという
ことなんだと思う。

新藤兼人の最新作『花は散れども』のチラシに、
「POPでヒューマンな娯楽映画の一大傑作」
「愛と青春のエンターテイメント」とある。
確かに『三文役者』00、『ふくろう』04
に続く映画として、ちょっと期待してみたい
気もしてくるが、新藤兼人の頭のなかでは、
娯楽映画を撮ったつもりないと思う。

2008年9月9日
大森一樹監督『悲しき天使』06を
DISCASのDVDで見る。
昨年からぜひ見たいと思って、
こころ待ちにしていたものだ。
見たいと思ったポイントを忘れていたが、
先日、同監督『風の歌を聴け』をDVDで見るなど、
大森一樹について考えていたこともあって、
それなりのタイミングだ。
そして、なるほど、いい映画だと思う。
しかも、これは、きっと、かなりの人が見て
おもしろいと思う、上質な娯楽映画だといえる。
 高岡早紀の魅力というか、こうした女は、
見ていてカッコイイし、可愛いと感じさせる。
自然だよね。このかっこよさは、
映画というフィクションの
なかでつくらたものといえよう。
それが、女優をうまくつかう
という意味なのだと思う。
(これが『闇の子供たち』の
宮崎あおいにできていない。この映画は、
それだけが問題ではないのだが。)
また、映像の流れとカッティングが、
これほどうまくできていると、やはり凄いなって思う。
それは、自前のデジタルビデオカメラの
望遠レンズを使って「張り込み」をやるという
高岡のアイデアなのだが、
この映像と本編の映像を
巧み溶け込ませることで、
絶妙な効果を発揮する。
これで、映画の内容がだめならそれまでだが、
これが、なかなか、うまくできている。
刑事の父と娘の関係、女性が働くこと、
結婚すること、職業のこと、勝ち組負け犬のこと、
そして愛すること、自然にあたりまえに生きること、
いつでも個人の生活が優先されるこことなどが、
映像の流れ(ことばではなく映像で語る映画)とともに、
語られていく。
そして、このキャスティングも、
まあ、同年代で映画を見続けたものとして、
共有されるだろう日本映画のベストだと思う。
高岡早紀 岸部一徳 山本未来 河合美智子 
筒井道隆 松岡俊介 野波麻帆 松重豊 
斎藤洋介 根岸季衣 伊佐山ひろ子
そして、峰岸徹。

そこで、あえて不満を言えば、
この「映画」は、どうしても、
よくできた「娯楽映画」で終わって
しまうということだ。

2008年9月6日
父の七回忌を西多摩霊園で行う。
墓前では真夏のような
日差しが照りつける。

四年ぶりにあった、いとこたちとともに、
父の思い出など、ゆっくり語り合う
時間を持てたことを感謝したい。
半世紀に及ぶ記憶と少しの酔いとともに、
夢でも見ているような気持ちになって
帰路につく。
黒澤明の命日であることを思う。

2008年9月5日
先だって早く目が覚めた朝に、
『文藝春秋7月号』を読み直す。
○半藤一利/吉田直哉/田中直毅/関川夏央/磯田道史
「司馬遼太郎 日本のリーダーの条件」坂本龍馬、勝海舟/
西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎/
土方歳三、高杉晋作/
大村益次郎、河井継之助/
乃木希典、秋山真之
(彼らは「この国」の危機をいかに救ったか?)
○吉本隆明「「蟹工船」と新貧困社会」(これは「第二の敗戦」だ)

そして今週は、
『ポスト消費社会のゆくえ』
(辻井喬、上野千鶴子)
『日本でいちばん大切したい会社』
(坂本光司)と読んで、
きのうの夜に、梁石日(ヤン・ソギル)
『闇の子供たち』を読了する。

(映画『闇の子供たち』について)
宮崎あおいが演じた「恵子」の
人物像は原作のままに描いて欲しかった。
たとえば、原作のラストにある、
「……日本にわたしの居場所がないのです。
わたしの居場所はここです。ここ以外にありません。」
この「恵子」の台詞を生かしてこそ、
宮崎あおいが演じる意味があったのにと残念に思う。

2008年9月3日
イム・グォンテク監督『祝祭』96
と『下流人生〜愛こそすべて〜』04の二本のDVD
をDISCASに返却する。
どちらも興味深く見る。
また、感心するところもあった。
でも、期待している監督だけに、
物足りなさが残る。

日本映画でいえば、『祝祭』は、
伊丹十三監督『お葬式』で、『下流人生』は
深作欣二監督『仁義なき戦い』
ということになるだろう。

2008年9月2日
天候や体調などの理由で、
できなかった朝のジョギングを再開する。
先日から63年前の「8月15日」
の青空をイメージしながら、
カメラテストも兼ねて撮影している。
青空と白い雲という取り合わせが、
外に見えるとカメラを準備する。

実際の今年の15日は、曇りがちで、
青空が少しのぞいただけだった。
この日を意識していたのだが、
うまく青空が見えないなと思いながら、
ジョギングをやっていた。
午後は、すっかり曇っていた。

「なんどでも失敗して、
なんどでも失敗する。なんとか
うまく失敗できるようになる。」
(S.ベケット)
と書かれたメモから、ここに書き写し、
その端切れを捨てる。

8月30日付けの新聞から切り抜いた記事。
(満80際になる画家の話)
「……生きる流儀は終始一貫していました。
すなわち所属せず、人に支配されず、人を支配せず」
「この自由があったからこそ、人間に失望した時も、
生活が大変だった時も、自分を支えることができた。
その末の、はつらつとした80歳の日々です。」

昨日の午後、桜木町駅から赤レンガ倉庫の近くまで行き、
さらに、映画を見るために「109シネマズ」まで
を歩いた。はじめは、みなとみらい地区の
「青空と白い雲」を見ながら、
さらに川と海まで取り込んだ風景を
イメージは違うと思いながらも楽しみながら
歩いていたのが、じわじわ暑くなって、
まさに炎天下を歩ききることになった。

映画『闇の子供たち』08(阪本順治・脚本監督、
梁石日(ヤン・ソルギ)・原作)を見る。
映画は、タイを舞台に幼児買売春や
臓器売買を題材にしている、話題作である。
8月2日に公開され、いまは、この映画館では、
一日一回の上映になっている。
映画の日でもあってか満員だった。
この映画については、
もう少し時間をおいて語りたいと思うが、
まず、世界の人身売買の実態と
梁石日の原作にあたっておく
必要があると感じる。
そして、あえていえば、映画の、
このラストの意味することが、
この映画では十分に語られていない。
それは、この映画の大きな欠陥だと思う。

2008年9月1日
8ミリフィルムのカメラが
あることを思い出してみたが、
もう、そのカメラを動かすことは
考えられないだろう。
そして、ビデオもデジタルになり、
さらに、ハイビジョンの時代を迎えている。

昨日はイム・グォンテク監督『祝祭』96
をDVDで見る。
あらためて、映画は映画館で、
同時代に見るものだと思う。

2008年8月30日
『岡山の娘』の撮影時に購入したもの、
その後買いそろえたものなど、
映画関係の備品を整理しておこうと
思い立つ。

最初のデジタルビデオカメラは、
1998年8月に購入しているから、
10年前ということになる。
今年なって故障したので、
少し迷ったが修理している。
そのカメラはソニーの
DCR-TRV900(3CCD)というのだが、
当時、アクセサリーキッドを含めて、
標準価格は336,000円したものだ。
なかなかの名器だが、
十分には、使いこなしてはいないなって思う。

そして、その前には、
ソニーの8ミリビデオなのだが、
CCD-V700というカメラがある。
これは、しばらくはデッキ代わりにも
使っていたのだが、
これは故障したままになっている。
これもやはり名器であることは
間違いないのだが。

そして、カメラといえば、
8ミリフィルムのカメラがあることを思い出す。
高校時代は、借りてやっていたが、
その後、8ミリカメラを買って、
『赤い靴』という映画を撮った。
それは1976年だから、
32年前ということになる。
それは、ニコンのスーパー8(エイト)
というカメラだった。

2008年8月28日
「女子ソフト」の続き。
相手投手のオスターマン
のクセというのは、
浮き上がるライジングボールと
沈むドロップボールを投げるときに
振り上げ投げ出す位置をベンチなどで見ていて
見分けられるということだった。
問題はそれをバッターに
どう伝えるかということなのだが、
確か山田のホームランは、
次の打者が、「うえ」「した」と
声で知らせていた。
「女子ソフト」では、こうした、
互いの「情報戦」も熾烈を極めていたいう。
そして、もうひとつ。
対アメリカ戦で有効だったのは、
上野のシュートだった。
これは、対アメリカ戦まで
隠していたものだ。
この「金メダル」は、
平泳ぎ100メートルの北島康介
とも通じることで、
力を実践で溜めながら、
ベスト以上の地点(北島なら世界新記録)へ
と確実に踏み込んで見せたということだ。

2008年8月26日
「北京オリンピック」のとどめは、
やはり女子ソフトになった。

『熱球413球〜女子ソフト金メダルへの軌跡〜』
(NHKテレビ)という50分の番組は、
制作スタッフもがんばっていて、
さすがプロの仕事だと
感心する。

このオリンピックに臨むにあたって、
この4年間、さまざまな取り組みが
なされ、さらに、このオリンピックで戦いながら、
選手たちが一戦一戦、成長していることを知る。

その事前の取り組みのひとつとして、
対アメリカ戦の相手投手のクセに
ついての分析があった。
空振り三振が続く最終戦で、
その対応をはじめて実践し結果をだす。

この金メダルは、まさに、
選手、監督スタッフ全員で、
時間を掛け、勝ち取ったものだということが、
しっかり伝わってくる。
「あきらめなければ夢はかなう」(上野投手)。

先日から、『岡山の娘』予告篇の
フォーマットを変更したり、
本篇のDVCAMテープ版の作成をやりながら、
ハイビジョンでの書き出し・上映の
可能性を探っている。もちろん、
高価なハイビジョンの機器を用意すれば
話は簡単なのだが、
今回のDVCAMテープでの上映が
決まっていたことから、
DVCAMとDV、そしてHDV1080iの
三つのフォーマットに対応するソニーの
「デジタルHDビデオカセット
レコーダー」を購入する。
だから、今回もHDV1080iでの
書き出し・上映も可能なのだがと思う。


2008年8月25日
北京オリンピックは昨日で終わった。
祭りのあとの寂しさがある。
ほんとうに楽しませてもらったというのが
正直な感想だ。
また、日本人選手の、
たくさんの「悔しい」気持ちも
伝わってきた。
今回は戦うものの「顔」と、そして
戦い終わったあとの「顔」に感動していた。
「悔しい」気持ちは、じぶんじしん
に向けられる。
戦う場では誰も助けてはくれない、
孤独な個のたたかいだ。
やるまえから、負けることがわかって
いたような言い方はやめてほしいと思う。

個々の選手は最善を尽くし奇蹟を
信じ戦っている。
それは、13位に終わった、尾形選手が
「初めにペースに乗れなかったのがすべて。
集団の中での位置取りも悪かった」
と口惜しそうに語っていた男子マラソンや
喜びを爆発させていた陸上男子400Mリレーの銅メダルに
見ることができる。

2008年8月23日
午前中はマンションの理事会に出席し
昼に戻って、北京オリンピック・星野ジャパンの
三位決定戦を見る。
4対4になったところだった。
結果的には8対4で破れるのだが、
ゲームセットになるまで何が起きるかわからないと
気合いを入れてみていたのだが、
最終回、ツーアウト、二塁、三塁と攻めながら
不発に終わる。

感動や昂奮の詰まったドラマが、
今回の北京オリンピックには
たくさんあって、どれを見ても
飽きさせないことに、「オリンピック」の
凄さを再認識する。
そこは、勝者がいれば必ず敗者がいるという
戦う世界のなかにある。
戦うということの意味を考えながら、
たくさん敗者のことを思う。
だからこそ、
オリンピックで勝つことは
どこか奇蹟のように
見えたり感じたりするのだと思う。


2008年8月22日
少し、「北京オリンピック」と距離を
とろうと思いながら、
なかなかそうはいかない。
さきほども、
星野ジャパンが韓国に敗れるところ
見終わったところだ。
結果的には毎日しっかり
見ていることになる。
これでは、男子マラソンまで
つき合うしかないか。

この間、映画はDISCASで借りていた、
DVDの二本を昨日で見終わって返送する。

林権澤(イム・グォンタク1936.5.2〜)監督『酔画仙』02
ハワード・ホークス監督『教授と美女』41(脚本はビリー・ワイルダー
とチャールズ・ブラケット)。

『酔画仙』には驚く。二回見る。
10本近くも撮っている、韓国映画界の巨匠である。
真剣に映画に関わっていることがわかる。
こうなると、やはり、映画館のスクリーンで見たいと思う。
映画は、映画館で本気で勝負して
見るということが必要なのだ。
そして、DVDを見て何かわかったように言うことは、
慎むべきだとあらためて思う。

2008年8月15日
昨年の岡山の暑い夏が、
そのまま横浜にある。
今年も全国的な猛暑だ。

『岡山の娘』については、
映画館の上映用にDVDCAMのテープへの変換を終え、
ひとまず、こちらの作業は終えたことになる。
岡山の撮影からちょうど一年になる。
さて、あらたな映画に重点を移しながら、
再び、どこにもない、
新たな映画づくりを目指す。

オリンピックの、たくさんのドラマに
つき合っているだけだが、
テレビ番組の編成を読み解くことも含めて、
疲れてきたので、もう少し距離をおこう。
ここまでの感想をひとつ。
女子柔道の中村美里(52キロ級)、佐藤愛子(57キロ級)
そして上野雅恵(70キロ級)の三人の「戦う顔」
が印象に残る。そして、見るものは、なんとかして、
三人の笑う顔も見たいと思う。

2008年8月12日
8月8日に始まった「北京オリンピック」
をよく見ている。たまたま、女子の「ホッケー」「フェンシング」
なども興味深く見ることになった。
また、あらためて「柔道」の反則、
指導などのルールを含め、この5分という
試合時間をどう戦うかということの難しさを思う。
谷亮子の強さは、こうした現在の柔道を熟知し
勝ち続けたことの「凄さだ」と思い出しながら、
それでも、戦うものにとって、
死角が、まったくないということはない
ということも今回は痛感する。
だからこそ、勝ったときには、
多くの人を感動させるのだろう。
それは、北島康介の世界新による
勝利にもいえるし、気持ちをきりかえ、
手に入れた、谷亮子の銅メダルにも、
また、結果的には、敗者復活最終戦で
敗退することになった、
佐藤愛子(57キロ)、金丸雄介(73キロ)にも、
いえるように、われわれは、
この戦いに参加しているすべて
選手に感動することになる。
だから、なんだか、建て前のように
感じられていた、「参加することに意義がある」
という言葉もあったなと思い出す。
そのためには、常に自己ベスト以上を目指す
気概とともに、あたえられた条件下で
最善を尽くせるかどうかなのだろう。

2008年8月8日
いま、映画館用の予告篇として、
DVCAMにダビングした5本のテープを「ポレポレ東中野」に
送付したところだ。
まあ、とにかく、ひとつひとつ
片づけていくことだと、
いつものように思う。

先月の終わりから、DISCASから借りていた、
黒沢清『カリスマ』99と青山真治『Helpless』96の二枚のDVD
があって、気になっていた。
やっと、8月4日に見ることができたので、
5日に返送する。
一本の映画にしていくやり方のようなものを学ぶ。
映画って、なかなか完璧なものができない、
それが映画なんだと、これもいつものように思う。
黒沢清は、豊かで魅力的な映像シーンを
うまくつくり出しているにもかかわらず、
ここでも、じぶんのつくった迷路から
抜け出せないでいるこどものように見える。

2008年8月7日
昨日、映画『岡山の娘』の新たな予告篇が、
先日完成したもので決定したと連絡を受ける。
まだあと、完成版のクレジットなど
を追加調整する作業などがある。
なかなか終りにならない。

昨日は、録画してあった、
プロフェッショナル 仕事の流儀
スペシャル「宮崎駿のすべて」を見る。
これは、現在公開され、大ヒットしている
アニメ映画『崖の上のポニョ』ができるまで、
300日を密着取材したものだが、
大変興味深いものになっていた。
ここに、350人が働く、
「宮崎アニメ」の制作現場がある。
そこには、宮崎駿の目と手が
行き届いている。

「はずかしくないものをつくりたい」
「今回だめなら、いままでものすべてがだめなんだ」

規模の問題ではなく、
いままで、どこにもない、
じぶんの映画をつくる
現場をつくりだすことだと思う。

2008年8月6日
今年は平成20年ということもあって、
昭和20年の「終戦」の意味をあらためて
考えている。そして、今日は広島に
原爆が投下された日だ。
そして、9日に長崎にも原爆が投下される。
また、8日にはソ連が日ソ中立条約を破棄し参戦、
満州と朝鮮を南下する。
「関東軍は、数十万の日本人開拓民を満州の広野に残して
敗走」する。

15日に「ポツダム宣言」受諾を決定し、
敗戦を迎える。

先日は、映画プロデューサーの結城良煕(1937〜)さんの
インタビューに立ち合う。
1961年に日活に助監督として入社し、
1971年に再生する、日活ロマンポルノ時代
からプロデューサーとなる。
その後も第一線の映画プロデューサー
として活躍する。
日活入社以来、鈴木清順、今村昌平、山本薩夫といった
映画監督との「出会いが幸運であり恵まれていたんだ」と語っていた。
確かに、松竹の入社試験も受けていた
ということで、もし、松竹に入社していたら、
結城さんの人生は、また違ったものなっていただろう。
最後に「映画をつくるのが本当に好きなんだ」
と話す。それは、まさに、清順、今村の現場で
培われたものなのだろう(大変さも含めて)。

今日の「読売新聞」に、
「松本サリン被害 河野澄子さん死去」とある。
この事件は、1994年6月に起きたもので、
翌年の、大惨事になった、「地下鉄サリン事件」に
繋がる「オウム事件」だった。
しかし、当初は「オウム」とは
結びつかずに、夫である河野義行さん逮捕という
「冤罪」事件となって、河野さん家族には
二重の被害を及ぼすことになる。
義行(58)さんの自宅前での話しを「新聞記事」から、
ここに書き写しておこう。
「我が家にとって松本サリン事件は、妻が元通りになるかどうかという戦いだった。
戦いが終わる時は、妻が治るか、亡くなる時。
今日は我が家にとっての事件が終わった日になった」

age80  日本の黒い夏 冤罪 01.4.11


2008年8月1日
昨日は『岡山の娘』の予告篇が
思ったよりもはやく完成となる。
とりあえずDVDにする。
早く終わっても、遅く終わっても、
結局は、飲むことには変わりはない。
もっと、ゆっくり飲めばいのに、
氷が溶けるはやさに合わせて、
ピッチが上がる。
自由になるお金が、いま一億円あったら、
それで、映画をつくるか? 
なんて話しながら、
どうも全額を映画にぶち込むのは躊躇われ、
三千万円ぐらいなら、映画にあてるという話になる。
ここで本物の製作者や
プロデューサーだったら、
どう考えるだろうと、
職業としてのプロデューサーの存在が、
映画をつくる環境をつくっていると
再認識するなかで、
そんなことを思った。

2008年7月29日
本格的な暑さに少しバテぎみで、
ちょっと油断するとこのサイトの更新が
できないまま、夜になれば「暑いなって」思いながら、
酒を飲みはじめ日が過ぎていく。

きのうは、日活ロマンポルノを調べていて、
田中登監督(1937.8.15〜06.10.4)
の存在を再認識する。

実際の「日活ロマンポルノ」は、
1971年から1988年までの
18年間ということになるのだが、
わたしのなかでは、
70年代の勢いがどうしても、
つよく印象に残る。そして、どうしても、
神代辰巳監督(1927.4.24〜1995.2.24)の存在とその作品を
思い浮かべ話すことが、とくに近年多くなっていた。

田中登監督の名前は、
テレビドラマで見かけることもあったが、
そうか、一昨年の10月に亡くなっていたのか
と、そして、村川透、小沼勝、曽根中生などの監督たち
がいたことも思い出す。
わたしの好きだった、
曽根中生監督の片桐夕子・主演の作品
のタイトルを確認する。
『(秘)女郎市場』72。原作・荒木一郎、
脚本・田中陽造となっていた。

日活ロマンポルノは、
このネット・リュミエールに二本ある。
page134 天使のはらわた 赤い教室 00.12.13

page135 白い指の戯れ 00.12.13


2008年7月25日
昨日はDISCASで借りていたDVD、
黒澤清監督『アカルイミライ』02
と園子温監督『気球クラブ、その後』06
を見る。

そのあと、さらにNHKのBS2で、
アメリカ映画協会選出の
『勇気と感動のベスト100』06を見る。

1位はフランク・キャプラ監督
『素晴らしき哉、人生!』46、
2位にはロバート・マリガン監督『アラバマ物語』62
(グレゴリー・ペック主演)、そして3位は、
スティーブン・スピルバーグ監督『シンドラーのリスト』93
が選ばれていた。また、この100本のなかには、
黒人俳優のシドニー・ポワチエが出演している作品が
4本含まれていた。アメリカ人の歴史において、
「勇気」という言葉には人種差別の問題が
深く結びついている。

2008年7月23日
昨日は「80年代の日本映画」から、
さらに「90年代の日本映画」を考えてみると、
書いたが、そうではなく、
いま、現在の映画から80年代に向かって
遡っていくということになりそうだ。

昨年の『岡山の娘』の撮影を通じて、
なんでもひとりではできないということを
強く思ったわけですが、
でも、これも、とにかく、やっぱり、
ひとりでやるしかないってこともあるなって思う。

映画を企画すること、
映画のシナリオを書くこと、
あるべき映画批評のあり方を実践すること....。

先月からテレビドラマをよく見ていた。
『ラスト・フレンズ』(脚本:浅野妙子/上野樹里、長澤まさみ)
『CHANGE』(脚本:福田靖/木村拓哉、深津絵里)
『ホカベン』(原作:中島博之 脚本:阿相クミコ、浜田秀哉、丸茂周/上戸彩)
『監査法人』(脚本:矢島正雄他/塚本高史、松下奈緒)

この4本とも、難しいテーマを扱いながら、
うまく見るものを惹きつけ最終回まで
飽きさせなかった。
ラストへの展開については、
それぞれ議論のあるところだが、
テレビドラマの面白さとともに、
いまという時代を切り取って見せることに成功していた。

こうした「テレビドラマ」を見せられると、
いま、日本映画は、すくなくとも
「テレビ」に企画の段階で負け、
さらに映画だけで勝負する気概がある映画が
少ないと言わざるをえない。

2008年7月22日
昨日から『岡山の娘』の
新しい「予告編」をつくる作業に入る。
時間を置いてから、
『岡山の娘』の編集作業を再開する場合、
どうしても戸惑うこともある。
今回は、うっかり、直近に使用ていたHDVから
『岡山の娘』のDVCPRO HDへの
変更(簡易セットアップ)を忘れて
作業を始めていた。
ここしばらくは、このHDVとDVCPRO HD、さらに
通常のDVも加えた作業が混在することになる。
これは、前にも書いたかもしれないが、
まだ、まだ、映画づくりは、いくつものフォーマット
が混在することになる。
意識的にそのことを注意する必要がある。

わたしの「80年代の日本映画」の
続編として90年代を考えてみることで、
うまくバランスが取れると思う。

2008年7月20日
昨日は録画してあったドキュメンタリー番組、
NHKハイビジョンのシリーズ「新的中国人」の
2回分を見る(110分×2)。
一本目が北京で暮らし、
公園で社交ダンスを踊るのを楽しみ、
生き甲斐にしている中高年たちの話。
そして、もう一本が「上海シティーボーイの憂鬱」。
どちらも、中国のドキュメンタリーの若手監督とNHKとの
共同製作で、2006年の一年間を取材し、
都会の生活の内側を辛らつに映し出してみせる。
人はそれぞれの苦境を抱えながらも、
したたかに生き、不満不平をいいながらも、
ささやかな楽しみを見出す。
でも、将来に対する不安や影は
消えることはない。
このところ、1949年の革命政権の樹立から
1989年の天安門事件までの40年、
そしてそれからの20年というように、
中国の歴史を考えている。
その光と影からは、あらたな「ビジョン」は
見えてこない。


2008年7月18日
今日も「元ちとせ」を見て聴く。
デビュー曲「ワダツミの木」の作詞・作曲者でもある
上田現さんは、彼女の身籠もった様子を見て、
「すごくうれしそうで、しあわせそうで」
というふうに言っていたそうだ。

結果的に21人の監督となった、
わたしの「80年代の日本映画」を再掲する。

1 黒澤明監督(10〜98年)『影武者』80『乱』85
2 鈴木清順監督(23年〜)『ツィゴイネルワイゼン』80
3 大森一樹監督(52年〜)『ヒポクラテスたち』80
『風の歌を聴け』81
4 新藤兼人監督(12年〜)『北斎漫画』81
5 今村昌平監督(26〜06年)『ええじゃないか』81『楢山節考』83 
『女衒・ZEGEN』87 『黒い雨』89
6 小栗康平監督(45年〜)『泥の河』81
7 熊井啓監督(30年〜)
『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』81 『本覚坊遺文千利休』89
8 森田芳光監督(50年〜)
『の・ようなもの』81 『家族ゲーム』83 『それから』85
9 根岸吉太郎監督(50年〜)
『遠雷』81 『探偵物語』83 『ウホッホ探検隊』86 『永遠の1/2』87
10相米慎二監督(48〜01年)『セーラー服と機関銃』81
『台風クラブ』84
11深作欣二監督(30〜03年)『蒲田行進曲』82 『火宅の人』86 
『華の乱』88
12柳町光男監督(45年〜)『さらば愛しき大地』82 『火まつり』85
13 小林正樹監督(16〜96年)『東京裁判』83 『食卓のない家』85
14 大島渚監督(32年〜)『戦場のメリー・クリスマス』83
15 大林宣彦監督(38年〜)『時をかける少女』83
16 伊丹十三監督(33〜97年)『お葬式』84 『マルサの女』87
17 宮崎駿監督(41年〜)『風の谷のナウシカ』84
18 原一男監督(45年〜)『ゆきゆきて、神軍』87
19 黒木和雄監督(30〜06年)『TOMORROW 明日』88
20 北野武監督(48年〜)『その男、凶暴につき』89
21 坂本順治監督(58年〜)『どついたるねん』89


2008年7月17日
きのう偶然NHKの23時からの音楽番組「SONGS」で、
「元ちとせ」におもいきり出会うことになった。
いままでも気になる存在だった。
最近、すこし変わったのかという印象もあった。

生まれて育った奄美大島の風景、小学校の校庭、海岸と、
語りながら歩く。「島唄」をうたって18歳まで過ごす。
そのあと上京し歌手デビューする。

いまでは3歳になる娘を育てているという。
今年の3月に癌でなくなった上田現(享年47歳)さんが、
彼女が身籠もった様子を見てつくってくれた歌
「カッシーニ」(土星に環がある理由)を唄う。
これが凄い。亡くなった上田現さんにも当然、届いただろう。
全身から溢れでるリズムと言葉が、
生きている喜びとなって、聴くもの、見るものにつたわる。

20 北野武監督(48年〜)『その男、凶暴につき』89
SPACE14 3−4X10月 02.2.23

21 坂本順治監督(58年〜)『どついたるねん』89
page138 顔  00.11.25

まずは、この80年代の終わりに、
このふたりの映画作家がデビューしたことを喜びたい。


2008年7月16日
19 黒木和雄監督(30〜06年)『TOMORROW 明日』88
06年4月12日(75歳)に亡くなる。
翌年2月に横浜シネマ・ベティで、
遺作になった『紙屋悦子の青春』を見ている。

そのまえに、何本かまとめてDVDで見る機会があった。
この『TOMORROW 明日』88がベストだと思う。
あとは『竜馬暗殺』74が、『祭りの準備』75などよりも、
映画をつくるスタッフ、キャストの手触りが感じられ、
「青春映画」の傑作だと思った(当時はそう思わなかった)。

 ……撮影所育ちではなく、職業監督でもなく、なんとか「映画作家」として、全うできたこと、墓碑銘に「自由」と書かれた墓に眠ることになるということ、など、めぐまれた「映画人生」だったように思う。「映画とは狂気の旅である」という今村昌平とは違う。同時代の映画人が亡くなった。合掌。映画の方法に意識的であったというよりは、自由でいい、映画は自由でいいんだよって思っていたのだろう。映画は撮ることで、なにか出会い、なにかを越えていく、そんな奇蹟を映画は生きる。(07.2.14)「映画『紙屋悦子の青春』を見て書いたメモから」

2008年7月15日
17 宮崎駿監督(41年〜)『風の谷のナウシカ』84
この映画が、いまだにベストだと思う。
ただ、好きな作品といえば、
『魔女の宅急便』89、『もののけ姫』97などがある。

page21 千と千尋の神隠し 01.8.7

この映画以降は宮崎映画をわくわくして見る
気分に、どうもなれないでいる。

18 原一男監督(45年〜)『ゆきゆきて、神軍』87
この監督は、どうも好きになれない。
そんななかでも、やはり、この作品がベストということか。
98年の『映画監督・浦山桐郎の肖像』(テレビ・ドキュメンタリー)は
おもしろかった。

「ひとつシナリオの原型のようなコンストラクシンを作る
ためにいろんな人に会ったりして半年もかかったりする。
じぶんのイメージを実証していって確かだという
あたりがないとどうも気持ちがよくないんです。
そういった方法をあまりやっていたもので
ちょっと苦しくなってきて……
あんな調査を半年も十ヶ月もやるなら、
安い16ミリのフィルムで、
それを記録して取ってきて、
それを作るべきではないか……。」(1967)
これは今村昌平が『人間蒸発』のころに
語っていることだ。

いま、わたしは「映画はすべてドキュメンタリーから始まる」と
言いながら、実際にドキュメンタリーを企画している。

「観客を……、これはいったい存在した話なのか、
存在しなかった話なのかよくわからぬ、
というところにつき落としてしまおう、
というこちらの意図が、…どこまでとどいたか、」(1969)

これは、前にも引用したものだが、
まるで『人間蒸発』に対するコメントのように読めるが、
『神々の深き欲望』のことを今村は語っている。
今村映画の方法意識には、
フィクションとドキュメンタリーが混然としてある。




2008年7月14日
6月から、80年代の日本映画について、
コメントを加えることをやっているわけだが、
そもそも、「80年代の日本」という発想の中に、
最後の年である1989年が、大きな歴史の転換点であり、
ひとつの時代が終わったという認識がもとにある。

それは日本では昭和(裕仁)天皇崩御(01.06)、
年号が昭和から平成に変わる(01.08施行)。

世界では天安門の血の弾圧事件(06.04)
ベルリンの壁の消滅(11.09)、
マルタ会談・東西冷戦終結宣言(12.03)
ルーマニア、チャウシェスク大統領政権の崩壊(12.26)
と続き、社会主義国家体制が解体していった年だった。

先月は「秋葉原殺傷事件」(08.06.08)が起こり、
「連続幼女殺人事件」(88-89)の死刑囚の死刑が、
20年経過し執行(08.06.17)された。
そして、今年は、はやいもので、平成20年になっていた。
昭和の20年が終戦の年である。
もうすぐ8月を迎える。

先日、録画してあったビデオをDVDにコピーしながら見る。
(すべて約20年前のものになる。)

1「天安門 激動の40年 ソールズベリーの中国」150分
(1949年の中華人民共和国の樹立から1989年の「天安門事件」まで)
2 「ベルリン不思議な壁」(広河隆一)52分
3 チャウシェスク大統領政権の崩壊 60分

(市民が撮った革命の7日間89.12.21-26)60分
4 「SUNLESS DAYS」(ある香港映画人の“天安門”)60分
1997年7月1日の中国返還をひかえ、
「天安門事件」に対し、重く受け止める香港人たち。
また、この年に、フォー・シャオシェン監督が
ベネチア国際映画祭で、『悲情城市』でグランプリ
を獲得する。インタビューを試みる。
「この映画は、事件の前に撮影されているが、
『天安門事件』につながっている」と語る。
映画『悲情城市』89は、
台湾の「歴史的事件」を題材にしている。
つくる映画が、時代とどう切り結んでいくのかという視点は、
フォー・シャオシェン監督にとっては偶然ではない。
だから、「80年代の日本映画」の中に、まさに、
この時代にしか撮れない映画になっている
映画はなかったのかとあらためて思う。



2008年7月13日
16 伊丹十三監督(33〜97年)『お葬式』84 『マルサの女』87
この2本の映画に、最近DVDで見た『静かなる生活』95(原作・大江健三郎)
を加えてみることで、伊丹映画の世界の意味が
わかったような気がしている。
97年の自殺は、当時大いに驚かされ、
本当に残念なことだった。
でも.十分やりたいことをやった人だと思う。
しかも、数少ない、個人的モチーフを
手放さない映画作家であった。

2008年7月11日
15 大林宣彦監督(38年〜)『時をかける少女』83
日本で、8ミリや16ミリで映画を実験的に撮ることを
はじめた先駆的な映画作家という一面と
同時に「カルピス」や「ホンダ」などの
CFを手掛け、話題にもなり職業的にも、
CMディレクターとして成功を収める。
その後に、映画『HOUSEハウス』77
で劇場映画デビューする。その後、
現在まで40本以上の映画をつくる。

わたしのなかでは、この83年の
『時をかける少女』が、
主演の原田知世の魅力とともに、
ベストだと思っている。そして、
もうひとつといえば、
前年の『転校生』かなっていう感じだが、
ひどくつまらない映画も少なくない。
すべての映画を見てはいないのだが、
近年の『転校生』のリメーク(07)や
『22才の別れ』(07)などよりも、
宮部みゆき・原作の『理由』(04)が、
その実験性も含め、大変興味深いものに
なっていたことを思いだす。


2008年7月10日
14 大島渚監督(32年〜)『戦場のメリー・クリスマス』83
大島渚監督作品は、このあとに『マックス、モン・アムール』87、
『御法度』99の2本の映画がある。
page195 御法度 99.12.9

2008年7月9日
13 小林正樹監督(16〜96年)『東京裁判』83 『食卓のない家』85

わたしが見ている小林正樹作品を挙げてみる。
『黒い河』57、『人間の条件』6部作(59,61)、『切腹』62、
『上意討ちー拝領妻始末ム』67、『東京裁判』83
ということになる。これらのうち、『東京裁判』83は同時代に見ている。
『人間の条件』は全作品を一挙に新宿のオールナイトで見た。
また、同時代に見てもよさそうな、『日本の青春』68、
『いのちぼうにふろう』71、『化石』75、『燃える秋』78などは見逃している。
どうも、同時代の映画作家として、評価していなかったように思う。
しかし、この80年代の2作品を撮ったことに驚かされる。
『東京裁判』83は、アメリカ政府が撮影した長大なフィルムをもとに、
6時間近くに及ぶ記録映画である。また、『食卓のない家』85は、
遺作になったのが、「連合赤軍」の家族を題材にした円地文子原作を
映画化したものだ。これは、いまだに見逃したままになっている。

page168 黒い河00.4.22
page45 切腹 01.6.10

そして、『上意討ちー拝領妻始末ム』67は、
1997年12月24日に亡くなった三船敏郎の追悼特集
(横浜シネマ・ジャック)として、翌年に上映されたものを見ている。
大変丁寧な仕事に感心する(司葉子の代表作といってもいい)。
また、『怪談』64は武満徹の「音楽」として記憶しているのだが、
どうも、いつどこでどう見たかの記憶がさだかではない。
武満徹は、この映画では、いわゆる映画音楽ではなく、
映画の「音楽音響」を担当している。



2008年7月8日
12 柳町光男監督(45年〜)『さらば愛しき大地』82 『火まつり』85
『さらば愛しき大地』82について、
一度見直している。
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

そして、10年振りの新作『カミユなんて知らない』06を見ている。
SPACE123 カミュなんて知らない2006.1.17

これから、
早いもので2年経過しているのか。
いま、ここで、原作・脚本の中上健次(46〜92年)のことも含め、
『火まつり』85から、
もう一度見直しておくことも必要かと思ってみる。

2008年7月7日
11 深作欣二監督(30〜03年)『蒲田行進曲』82 『火宅の人』86 
『華の乱』88

1999年正月から、4年振りの新作『おもちゃ』の上映を記念して、
横浜シネマ・ジャックでは「深作映画特集」が組まれた。
ここで、多くの作品を見直すことになると同時に、
深作映画に導かれ、映画について書きながら、
「映画がわかった」と感じる至福の時を生きる。
まず、この3本をみておこう。
page257 蒲田行進曲 99.2.14
page261 火宅の人 99.2.11
page256 華の乱 99.2.14

そして、わたしの中で、深作映画が、
決定的になった2本の映画をあげておきたい。
age282 狼と豚と人間 99.1.5
page278 仁義なき戦い 99.1.12

2008年7月6日
相米慎二を80年代の日本映画監督として、
ここに追加する。
映画館などのスクリーンで
見ている映画ということになると、
80年代の映画では
一本もないということに気づく。
そして、何本かをテレビなどで見ている。
まともに評価することが憚られるところだが、
あえて挙げれば、次の2本ということになる。

10 相米慎二監督(48〜01年)『セーラー服と機関銃』81
『台風クラブ』84

私にとって、相米慎二の評価は簡単ではない。
93年につくられた、『お引越し』が
最も優れた映画だと思っている。
そして、その後、この映画を越える日本映画が
あっただろうか、というぐらいにも思ってきた。

そして、それを越える映画を相米自身に撮ってもらいたい
と気持ちが強くあり、このレベルを発射台にして、
アンゲロプロスやキアロスタミ、あえていえば、
溝口健二のような世界の映画の地平にならぶ、
映画をつくってくれることを勝手に期待していた。
どうしても批評が厳しくなる。

page288 あ、春 98.12.19
page105 風花01.3.10

2008年7月5日
9 根岸吉太郎監督(50年〜)
『遠雷』81 『探偵物語』83 『ウホッホ探検隊』86 『永遠の1/2』87

1974年に日活に入社し、
日活ロマンポルノで監督になる。
その後、『遠雷』81で高く評価される。
森田芳光、大森一樹と同年代ということになるのだが、
やはり、80年代には8本の映画を撮っている。
すべての映画を見ているわけでなないが、
その後の動向も気にしてみていた監督のひとりだ。
先日、遅ればせながら、
DVDで『サイドーカーに犬』07を見る。
とてもよくできていて感心する。
いま、一般的評価も高かった、
前作の『雪に願うこと』もそうだが、
故・相米慎二の映画とのつながりを思う。
そして、80年代の監督として、
この相米監督(48〜01年)が落ちていたことに気づく。
相米慎二は、80年に『翔んだカップル』で監督デビューし、
80年代に8本の映画を監督している。

2008年7月4日
8 森田芳光監督(50年〜)
『の・ようなもの』81 『家族ゲーム』83 『それから』85

この80年代に、森田は、
この3本の秀作を生み出していると、
そして、それだけでも凄いことだと書き出しながら、
確認してみる。すると、この80年代では、
これ以外に「しぶがき隊」「薬師丸ひろ子」「沢田研二」
「とんねるず」「仲村トオル」「石田純一」など
を主役にした映画があって、11本の作品を
監督していることがわかる。
また、97年には渡辺淳一原作の『失楽園』を大ヒットさせる。
森田には、1978年に、当時話題だった、
8ミリ映画『ライブイン茅ヶ崎』(85分)(何度も見る機会が
あったが見逃している)がある。
8ミリや16ミリの自主映画から、
助監督経験なしに劇場映画に進出する、
先駆的な役割を、大森一樹とともに果たすことになる。
ちなみに、大森一樹も80年代には10本の作品を監督している。
そのあとには現在の動向は知らないのだが、
山川直人(57年〜)、今関あきよし(59年〜)などが続く。

映画は監督ひとりでつくるものではない。
たくさんのスタッフやキャストが関わっている。
たとえば、スター的な役者が出演する映画には、
予算もつぎ込まれ、優秀なスタッフも
集まってきているということは自然な成り行くだ。
ある意味では、映画をつくる恵まれた環境が
そこにあったともいえるのかもしれない。
しかし、どこか空しさがあるようにも思う。

2008年7月3日
7 熊井啓監督(30〜07年)
『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』81 『本覚坊遺文千利休』89

熊井啓監督も、80年代、当時は評価していなかった思う。
見逃している作品も多いが、
あとから見直し評価しているものもある。
page80  日本の黒い夏 冤罪 01.4.11
page149 サンダカン八番娼館・望郷00.8.20
SPACE38 お吟さま  2003.1.12
SPACE37  日本の熱い日々 謀殺・下山事件  2003.1.12


2008年7月2日
昨日、今村昌平の「次の作品を期待していた。」
と書いて、同じように、深作欣二監督(30〜03年)や
大島渚監督などにも、「次回作」を期待し、
どこかでじぶんじしんが、参加する気分であった
ことを思う。

つぎの80年代の映画は、
6 小栗康平監督(45年〜)『泥の河』81になる。
3年前のネット・リュミエールに書いたものがある。

「2005年7月12日
6月の末にNHK・BS2で、
小栗康平監督作品の4本が放映された。
新作「埋もれ木」の公開にちなんだものようだが、
「泥の河」しか見ていない私には
有り難いと思いながら、
DVDレコーダーのHDに録画した。
そして昨日「泥の河」「伽耶子のために」の2本を見た。
「泥の河」(1981)は、昭和30年頃の
日本人の生活がうまく描けている。
経済白書では「もはや戦後ではない」と書かれるが、
まだ、まだ「戦争」の影を引きずる大人たちの生活と
3人の子どもたちのやりとりが、
端正なモノクロ画面で切なく描かれる。
シナリオ(重森孝子)の視点が明確で
こどもの目線が生きている。
「伽耶子のために」(1984)は
公開当時も敬遠して見たいとは思わなかった。
今回見ても、うーん、どうもよくわからない映画だ。
(台詞も意味として聞き取りにくいところもある。)
原作は李恢成。71年に「砧をうつ女」で芥川賞受賞。
この「伽耶子のために」(75年)は、
当時は話題だったが私は読んでいない。」

「2005年7月13日
昨日、小栗康平監督作品
「死の棘」(1990)を見る。
これは是非見たいと思っていた映画だ。
映画館で見たいと思いながら、
残念ながら機会を逸していた。
傑作だと思う。
映画表現として世界的な水準に達している。
「泥の河」と「伽耶子のために」という
映画があって、この「死の棘」が生まれたんだなと納得して見た。」

「2005年7月14日
昨日、小栗康平監督作品
「眠る男」(1996)を見る。
DVDレコーダーのHDに録画し、そのままDVD化した。
HDDからDVD化する際に、初心者として
迷ったのだが、画質を落とさずにDVD一枚に
一作品を録画するのがいいという結論になる。
「眠る男」については、テレビなどで部分的に
紹介されているのを見ながら、
なかなかうまくいかないだろうな
という予測があった。
どうしても見たいと思ってはいなかった。
でも、昨日は「死の棘」を見たあとだけに
期待してみたのだが、やはり難しい映画になっていた。
映画「死の棘」(1990)は、
映画表現の世界的な地平の最先端に
一気に躍りでた作品だ。
そして、5年後小栗康平監督は、
「泥の河」(1981)
「伽耶子のために」(1984)
「死の棘」(1990)の
3本の映画制作の成果を踏まえ満を持し、
オリジナル脚本で「眠る男」撮ったのだと思う。
製作も群馬県という公的資金
(この製作方法にも疑問があるのだが、
結果的に県側としてもつくる側としても
きちんとした結果報告があるべきだが、あるのかな。)
にバックアップされるなど、
監督がつくりたい映画をつくることが、
困難な日本映画の状況下にあったことを
意味しているのだろう。(これは現在も変わらない!)
しかし、この映画「眠る男」は
小栗監督が作家としてやりたいことが
かなりできているのだと思う。
日本人の現在を「眠る男」に重ね合わせ透かして見る。
日本の身近な山々や川から
アジアそして南米という地理的な広がりと
雨が降り、雪が積もるという自然現象とともに
時を刻む時間的な深まりがすっぽり
大きな宇宙に包み込まれている。
静謐な画面を積み重ね、積み重ね語られていく。
しかし、はじめに、
「難しい映画になっていた。」と言ったように、
ひとつの映画表現として成功していないのだと思う。
わからなさをわからなさのまま、
放置されたのでは、はっとするような画面が、
いくら挿入されても、映画そのものに感動できないのだ。」

そして『埋もれ木』05になる。
小栗康平については、2005年に再発見しながら、
かなり期待したのだが、いまのところ残念な
結果になっている。
SPACE81  埋もれ木 2005.7.24

2008年7月1日
さて、今村昌平監督(26〜06年)の80年代の映画は、
実際どうだったのだろう。
まず、『ええじゃないか』81は、
1974年から書き始めたシナリオだという。
「シナリオとしては、よくできたおもしろい脚本だった。
ほとんどシナリオをなおさないで撮影した。」
「でも撮り直したい作品の一つである。」と監督は語る。
SPACE98 ええじゃないか  2005.9.25

『楢山節考』83はカンヌ映画祭のグランプリを受賞する。 
「カンヌに出品することになったいきさつは知らないよ。
それにとにかく『戦場のメリークリスマス』が
騒ぎすぎてたからね、僕は行かなかったです。」(今村)

映画を見る前に、当時も製作意図をあらかじめ読む
という習慣はなかった。
確かに、あとで読むと「それなりの理屈はあるよな」って思うが、
当時、この今村も大島も、いま、なぜこの映画なのかわからなかった。
だから、どちらがグランプリでもかまわなかったし、
それはいまでも変わらない。

だから、これ以降の『女衒・ZEGEN』87、『黒い雨』89、
さらに、『うなぎ』97、『カンゾー先生』98は、
同時代では見逃している。
SPACE99 女衒 ZEGEN  2005.9.25
SPACE100 黒い雨  2005.10.1

その後、『赤い橋の下のぬるい水』01は、
「ネット・リュミエール」を始めるというタイミングでもあって、
大いに期待しながら横浜シネマ・ベティで見る。
不満を持ちながらも悪くはないかと、次の作品を期待していた。
この映画が実質的な遺作になったのかと、いま、
あらためて残念に思う。
SPACE8 赤い橋の下のぬるい水 02.1.27


2008年6月30日
ここから、80年代の今村映画に行く前に、
もう少し、70年代の流れを見ておこう。
テレビのドキュメンタリーは73年の
『からゆきさん』が最後になる。
SPACE97 からゆきさん 2005.9.25

村は『神々の深き欲望』68の撮影後、
「役者からも総スカンでした」と語るように、
「役者がいやになって、ドキュメンタリーをやった」
という側面があった。
しかし、この『からゆきさん』の「菊代」さんとの
出会いから、「…私自身が彼女と、痛みを共にし得たか、共に傷つき、
のたうつことが出来たのか。私は遂に、彼女の側を通過する知りたがりの
旅行者に過ぎなかったのだはないか。」と自問し、
「フィルムは『完結』するが、被写体の実人生は終わりはしない。
ドキュメンタリーは、いつも『終わる』のではなく『止まる』のだ。
私はイラ立ち、もう一度ドラマに立戻ってみたいと思った」と語る。
そして、79年に『復讐するは我にあり』で「再スタート」する。
SPACE95 復讐するは我にあり 2005.9.24

2008年6月29日
このネット・リュミエールは、
1998年から2006年までに見た映画について
書かれているが、映画が実際につくられた
時代はまちまちである。だから、見たい映画にうまく遭遇し、
さらに、書くことができたという幸運を思う。
その意味でも、横浜シネマ・ジャックの「特集上映」は、
大変有り難かった。

ここで、約30年ぶりの2001年2月12日に
横浜シネマ・ジャックで見た、
今村監督作品『にぽん昆虫記』63をみておこう。
page116 にっぽん昆虫記 01.2.12
日本初公開だった、
ゴダール映画『はなればなれに』64
を見たことにも触れている。

* この「80年代の日本映画」で、
わたしの中でも、大切な映画を落としていたことに気づく。
柳町監督の『さらば愛しき大地』82だ。さらに、
次の『火まつり』85は大傑作になるはずだった。
10 深作監督の次ぎに入れておきたい。これで監督は20人になった。
11柳町光男監督(45年〜)『さらば愛しき大地』82『火まつり』85




2008年6月28日
page10  神々の深き欲望 01.11.4
SPACE91 神々の深き欲望 2005.9.19

この二つのメモ的なコメントを読み返してみた。
映画そのものの核心が、どうも十分につかめていないなと
思う。いま、今村の当時の発言にあたってみる。

「国家なり天皇制なり民族の志向性なりをひっからめて
神話を扱ったつもりでいる」(1971)

「これまでの私の映画の総決算といえるかも…」
「今考えても、自分としては、まだまだ、思いのたけを
十分に語りきったとは思っていない映画です」
「どうも、成功作とは必ずしも思えない」
「観客を……、これはいったい存在した話なのか、存在しなかった話
なのかよくわからぬ、というところにつき落としてしまおう、
というこちらの意図が、…どこまでとどいたか、」(1969)

などと語っている。
そして、この映画以降、79年の『復讐するは我にあり』まで、約10年間、
ドキュメンタリーはつくっているが劇映画を撮っていないことになる。
この間の事情を今村は「全部お金」「ドキュメンタリーの方が予算をつくりやすいというか、
お金がかからない」とも語っている。
しかし、今村監督が、この『神々の深き欲望』68、そのあとに『にっぽん戦後史』70、
それに少し遅れて、大島渚監督が『儀式』71、『夏の妹』72をつくることになる。
(これを最後に、大島は創造社を解散する。)
これをもって、60年代の日本映画の
ひとつの流れが終わったことは確かだと思う。

その後、70年代の日本映画は、「日活ロマンポルノ」と
深作欣二監督「仁義なき戦い」などの東映作品が
熱い観客を集め支持される。
こうした現状を意識しながら、フランス資本を取り込んで、
大島監督は『愛のコリーダ』76、『愛の亡霊』78を撮る。
また、今村監督は「棄民」をテーマに撮り続けていたドキュメンタリーから、
ノン・フィクション小説の傑作でもある、
佐木隆三・原作の『復讐するは我にあり』79を撮ることになる。
この映画はヒットもするのだが、
映画としても、まさに、70年代の日本映画の
集大成的な意味をもつ映画となったと同時に
やはり、ここでも、
ひとつの時代が終わったといえる。

2008年6月27日
今日は久々に1時間のジョギングをする。
梅雨時の天気のせいでもあるのだが、
このところ朝起きてすぐにジョギングという
展開のリズムにならないまま、
ぐずぐずしている。梅雨時は困る。
明日は雨だがらいいかと前日に飲み過ぎる。
だから、つい遅くまで飲んで寝るという展開になる。
また、出掛ける予定のある日も、
どうしても、ジョギングを結果的に中止する
ことが多くあると、まあ、書きながら思う。
もう少し酒を飲むのをひかえたらいいと。
そういえば、蒼井優の『おせん』(テレビ)が終わった。
(彼女の飲みっぷりのよさが気に入っていた。)

『人間蒸発』67につづく今村作品は
『神々の深き欲望』68である。
page10  神々の深き欲望 01.11.4


2008年6月26日
5 今村昌平監督(26〜06年)『ええじゃないか』81『楢山節考』83 
『女衒・ZEGEN』87『黒い雨』89

今村監督作品は、2005年の川崎市民ミュージアム「今村昌平の世界」おいて、
テレビのドキュメンタリー作品なども含めた、
全作品が上映された際、見逃していたものを中心に、
再度見なおすことができているという安心感で、
今回は簡単に書きとめておこうと思ったのだが、
そうはいかなかった。

この80年代に触れるには、まず、わたしがまさに、
同時代で見ることになった最初の作品
『人間蒸発』67からはじめるしかないと気づく。
SPACE93 人間蒸発 2005.9.23

2008年6月25日
今日は「80年代の日本映画」として、
今村昌平について書きはじめたのだが、
どうもうまくまとまらない。明日以降ということにする。

2008年6月24日
4 新藤兼人監督(12年〜)『北斎漫画』81
96歳の現役監督である。昨年の夏に撮影され
今年公開予定の『花は散れども』が47本目の監督作品。
60-70年代の監督作品をあまり評価していなかったことから、
同時代に作品を見ることをしていない。そんななかで、
『ある映画監督の生涯-溝口健二の記録』75と『竹山ひとり旅』77は、
高く評価していた。そして、さらに、この『北斎漫画』、
『午後の遺言状』95、『三文役者』00などは同時代に見ている。

「映画を監督するのも仕事のうちだが、……ずっと本職は
シナリオライターだと思ってきました。」と本人が語るように、
多数のシナリオ作品がある。ヒット作や優れた作品も多いのだが、
そのなかでも、増村保造監督作品の『清作の妻』65、
『刺青』66などが、鮮烈な印象を残す。
page83 刺青 01.4.8
page88  清作の妻  01.4.1

職業的な映画監督になることを拒否しながら、
長年、職人的作業を積み重ね、その先に「芸術」を見るという
日本では稀有な、自立した映画作家である。
監督作品で言えば、女優・乙羽信子は欠かせない。
次の二作品を挙げておこう。
page98 原爆の子 01.3.20
page100 鬼婆 01.3.18

2008年6月23日
3 大森一樹監督(52年〜)『ヒポクラテスたち』80 『風の歌を聴け』81
高校時代から8ミリ映画を作り、
75年の16ミリ映画『暗くなるまで待てない!』が話題になる。
さらに自ら書いた城戸賞入選シナリオ『オレンジロード急行』78
を劇場用とし監督する。その後、当初からエンターティメント
志向だったことからも、たくさんの商業映画を撮ることになるのだが、
その前に、この二本の映画がある。
大森作品をすべて見ているわけではないが、
医学生だった自分の体験をもとにつくられた、
この『ヒポクラテスたち』80がベストだと思う。
次の『風の歌を聴け』81は
原作が村上春樹ということで、あえて挙げてある。
見直してみたいと思っているが
明らかな失敗作だった。

2008年6月21日
2 鈴木清順監督(23年〜)『ツィゴイネルワイゼン』80
清順映画は『殺しの烙印』67以前の映画のなかには、
思い出すだけでも、『けんかえれじい』『刺青一代』『東京流れ者』などは、
凄いよねって、いまでも言われているし、おもしろい作品だ思うが、
この『ツィゴイネルワイゼン』80が、断然ベストということになる。
しかし、この映画のよさを言葉にするのは難しい。
それぐらい「凄い」映画かもしれない。
SPACE41 ツィゴイネルワイゼン 2003.1.18


2008年6月20日
1 黒澤明監督(10〜98年)『影武者』80『乱』85
98年に亡くなり今年が没後10年になる。
わたしのなかでの黒澤映画は『赤ひげ』65
で終わっているが、
それ以降となると、評価することからいえば、
85年の『乱』がベストということになる。

カンヌ映画祭グランプリの『影武者』80は、
どうも評価できないのだが、
『デルス・ウザーラ』75から5年、
初のカラー作品『どですかでん』70から10年という
歳月が経てつくららた意味は大きく、また、
この『乱』85がつくられる下地になっている。
そして、残された30本の映画で、
どの映画をベストにするか。
あえていえば『生きる』52だと思う。
ほんとうに感動する。よくできた映画だ。

原節子の『わが青春に悔いなし』46と
『白痴』51も好きな作品だ。
6月21日のBSでは『静かなる決闘』49(千石規子に注目)
が放送される。今後も黒澤作品が順次放映される。
映画をつくるものにとって、技術的なことも含めて、
すべての黒澤作品から、学ぶことは、まだ、まだ、
たくさんあることも事実だ。

page215 生きる  99.5.6
page231 わが青春に悔いなし99.3.28
page221 白痴 99.4.18
page229 静かなる決闘 99.4.1

黒澤が亡くなった翌年(1999年)に、
黒澤作品を横浜・シネマジャックで、
「黒澤明劇場」追悼特別上映として見ている。
ここでの黒澤作品との出会いは、
わたしにとって、とても貴重な体験だった。

2008年6月19日

SPACE41 ツィゴイネルワイゼン 2003.1.18

これを読みながら思う。
なんとなく、どうも、この80年代が、
終わりの年の89年に天皇崩御、社会主義の解体という
大きな歴史の終焉を迎えたという印象が強く、
その他の出来事が薄らいでしまい、
うまくイメージできないでいたことに思いあたる。
また、当時、じぶんの中で映画をつくる
実作者であろうとする気持ちが、
揺らいでいることがわかる。
そして、実際に、この10年、
そしてさらに10年と、約20年間は、
生活者としてのじぶんを優先させ、
それなりに、働くことの楽しみと喜びを
見つけ、家庭生活を充実させていくことになる。
しかし、一方で、わたしの中では、
いつでも実作者であることを手放さない
できたことも事実であった。

わたしが今回選んだ、
黒澤明から坂本順治までの19人の監督について、
少しコメントしておこうと思う。


2008年6月18日
昨日は久しぶりに、
アップル・ストア(銀座店)に出掛けて、
DVCAMへの書き出す方法などを確認する。
1時間という時間制限があるので、
多くのことは聞けない。
でも、実際に操作しているのを
見ているだけでも発見がある。

80年代の日本映画に戻る。
シネマ・スペース41の『ツィゴネルワイゼン』
を覗いてみる。書いた内容はすっかり忘れていたが、
2003年1月に川崎市民ミュージアムで行われた
美術担当の木村威夫特集で見直し、公開当時のことなど、
思い出しながら書かれている。
今日はとりあえず、これを読んでみてください。
SPACE41 ツィゴイネルワイゼン 2003.1.18



2008年6月17日
こうして、80年代の映画をならべてみると、
なかなか、多彩な日本映画が、つくられていると、
あらためて思う。ただ、これらの映画、
すべてを同時代で見ているわけではない。
いま現在から見直した80年代の日本映画ということになる。

あとから見ている映画は、
今村昌平監督『女衒・ZEGEN』87、 『黒い雨』89
深作欣二監督『火宅の人』86、『華の乱』88
熊井啓監督『日本の熱い日々  謀殺・下山事件』81 、『本覚坊遺文千利休』89

また、黒木和雄監督『TOMORROW 明日』88は、
最近になって、DVDで見直している。
さらに、小林正樹監督『食卓のない家』85は、
原作は読んでいるのだが、映画はいまだに、
見ることができないでいる。

2008年6月16日
「80年代の日本映画」として、
わたしが「批評の対象としたい」と思う
作品を挙げてみた。

繰り返しになるが、60年代、70年代は、
リアルタイムにイメージすることができるのに対して、
「この80年代のイメージが、うまくつかめないということに、
なんだか、わたしにとって、大きな意味があるように思う。」
ということから始まった。
今日はもう一度、わたしの「80年代の日本映画」
を再掲してみる。

1 黒澤明監督(10〜98年)『影武者』80 『乱』85
2 鈴木清順監督(23年〜)『ツィゴイネルワイゼン』80
3 大森一樹監督(52年〜)『ヒポクラテスたち』80 『風の歌を聴け』81
4 新藤兼人監督(12年〜)『北斎漫画』81
5 今村昌平監督(26〜06年)『ええじゃないか』81 『楢山節考』83 
『女衒・ZEGEN』87 『黒い雨』89
6 小栗康平監督(45年〜)『泥の河』81
7 熊井啓監督(30年〜)
『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』81 『本覚坊遺文千利休』89
8 森田芳光監督(50年〜)
『の・ようなもの』81 『家族ゲーム』83 『それから』85
9 根岸吉太郎監督(50年〜)
『遠雷』81 『探偵物語』83 『ウホッホ探検隊』86 『永遠の1/2』87
10 深作欣二監督(30〜03年)『蒲田行進曲』82 『火宅の人』86 
『華の乱』88
11 小林正樹監督(16〜96年)『東京裁判』83 『食卓のない家』85
12 大島渚監督(32年〜)『戦場のメリー・クリスマス』83
13 大林宣彦監督(38年〜)『時をかける少女』83
14 伊丹十三監督(33〜97年)『お葬式』84 『マルサの女』87
15 宮崎駿監督(41年〜)『風の谷のナウシカ』84
16 原一男監督(45年〜)『ゆきゆきて、神軍』87
17 黒木和雄監督(30〜06年)『TOMORROW 明日』88
18北野武監督(48年〜)『その男、凶暴につき』89
19 坂本順治監督(58年〜)『どついたるねん』89

2008年6月15日
6月8日に東京・秋葉原で起きた
通り魔事件(7人死亡、10人が重軽傷)から、
今日で一週間になる。また、
昨日(14日)の朝に発生した、
震度6強の「岩手・宮城内陸地震」では、
6人死亡、11人不明、負傷170人超と
今日の新聞で報道されている。

こうした現実の惨状に対し映画表現はどう拮抗できるのかと、
自問しながら、若松孝二監督『実録・連合赤軍/あさま山荘への道程』07を思う。

「190分の映画。実録とタイトルされ、それはまさに歴史の記録であった。映画は、1960年安保闘争、樺美智子の死から語られていく。電車の時間を気にしながら帰路に着く。じぶんで思い描いていた、「連合赤軍」をテーマにした映画をどのようなもだったのか。うまく思い出せないまま、この映画についても考えることを止め、うまく座れた湘南ライン・国府津行きの車内で目を瞑る。今日は夜12時過ぎて着く家で一日の疲れとともに、この映画を見た充実感のなかで、焼酎を飲んで寝るしかないだろと思う。
 いま、遠山美枝子役の坂井真紀を含め、役者たちが実にリアルに感じられたことを思いながら、金子みちよ役の安部魔凛碧が、「……こんなことしても意味ないわ」という言葉を吐き、にらみつける永田洋子役の並木愛枝といったシーンをきっかけに、山の実景から、この映画は、押さえら、モノトーン化した映像から、艶のあるカラーに変わっていくという展開が浮かんだ。さらに、坂井真紀のドラム缶の風呂から立ち上がった裸の背中と、裸の死体を背負われて歩くシーンと、さらに。森恒夫と永田洋子の無言のラブホテル(和室)のワンカットを思い浮かべ、この映画が持つテーマとして、「孤独」という言葉を口に出して言ってみる。とにかく、素手でこの映画について語りきることだと観念し、後日に書き継ぐことにする。〈何がおとしまえだよ。みんな、勇気がなかった。坂口さんだって、勇気がなかったんだよ。〉」(08.4.3)

まだ、まだ、重い宿題をもらったまま、
うまく言葉にできないでいる。

「……午後七時、ひとりの女子学生が、デモの最中に死んだ。
東京大学四年生の樺美智子、二十二歳だった。」と
この映画の冒頭の語りにある。それは言うまでもなく、
1960年の6月15日だった。

2008年6月14日
「80年代の日本映画」の続きになるが、
85年以降の作品は、すでに挙げた監督の作品にある。
今回の整理では、あらたな監督が登場するのは、
87〜89年の作品で次のようになる。

原一男監督(45年〜)『ゆきゆきて、神軍』87
黒木和雄監督(30〜06年)『TOMORROW 明日』88
北野武監督(48年〜)『その男、凶暴につき』89
坂本順治監督(58年〜)『どついたるねん』89

2008年6月13日
インタビューを中心にした映画の打ち合わせ
とカメラテストのため、昨日から海老名に出掛け一泊し、
午後「磯子」に戻ってきた。
朝起きて、すぐに海老名の史跡を歩く。
雨も上がり、木洩れ日さす驢庵坂(ろあんざか)が、
気持ちよくビデオに収まる。

今日も「80年代の日本映画」の続きとして、
82〜84年の作品を挙げてみる。

深作欣二監督(30〜03年)『蒲田行進曲』82 『火宅の人』86 
『華の乱』88
小林正樹監督(16〜96年)『東京裁判』83 『食卓のない家』85
大島渚監督(32年〜)『戦場のメリー・クリスマス』83
大林宣彦監督(38年〜)『時をかける少女』83
伊丹十三監督(33〜97年)『お葬式』84 『マルサの女』87
宮崎駿監督(41年〜)『風の谷のナウシカ』84

2008年6月12日
また、1980年は20代最後の年だった。

さて、実際の「80年代の日本映画」はどうだったのだろう。

黒澤明監督『影武者』と
鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』から始まって、
二人の新人監督のデビュー作、北野武監督『その男、凶暴につき』、
坂本順治監督『どついたるねん』までとなる。

じぶんが見ている映画で、それなりに「批評」の対象となる
作品を挙げようとしているのだが、
どうも簡単ではない。
まず、80〜81年までに作品がある監督から、
その後の80年代の動きもわかるようにしてみた。

黒澤明監督(10〜98年)『影武者』80 『乱』85
鈴木清順監督(23年〜)『ツィゴイネルワイゼン』80
大森一樹監督(52年〜)『ヒポクラテスたち』80 『風の歌を聴け』81
新藤兼人監督(12年〜)『北斎漫画』81
今村昌平監督(26〜06年)『ええじゃないか』81 『楢山節考』83
『女衒・ZEGEN』87 『黒い雨』89
小栗康平監督(45年〜)『泥の河』81
熊井啓監督(30年〜)
『日本の熱い日々 謀殺・下山事件』81 『本覚坊遺文千利休』89
森田芳光監督(50年〜)
『の・ようなもの』81 『家族ゲーム』83 『それから』85
根岸吉太郎監督(50年〜)
『遠雷』81 『探偵物語』83 『ウホッホ探検隊』86 『永遠の1/2』87

2008年6月11日
この80年代のイメージが、
うまくつかめないということに、
なんだか、大きな意味がある
ように思えてきた。
個人的には、1980年に、
8ミリ・フィルム映画『青空』の準備をし、
クランク・イン直前で中止する。
決定的な理由は、
限られた日程と予算のなか、
ヒロインの役者が決まらなかったということだった。
しかし、それは、「ひとつの時代が終わった」
ということだったのだろう。
その後も結果的には、
8ミリ・フィルムで映画を撮ることはなかった。

2008年6月10日
この二枚組のレコード、
『Before The Flood』(偉大なる復活)の
最後に、「風に吹かれて」があって、
その前の曲が、「ライク・ローリング・ストーン」
になっている。映画「ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム」05
のタイトルは、この曲の歌詞の一節
「To be without a home with no direction home」から
とられていることを知る。

60年代の意味を考えながら、
1960年、1964年、1965年、そして、とりわけ、
1967年から1980年まではリアルタイムで
思い返すことができる。
しかし、その後80年代は、
どうも、簡単にイメージできないが、
1989年という、大きな歴史の終焉を迎えることになる。

2008年6月9日
ボブ・ディランは『Before The Flood』(偉大なる復活)
を74年6月に発売。その6か月後には、新作
『Blood on The Tracks』(邦題「血の轍」)を
出している。これは片桐ユズルの訳詞もついていて、
本当によく聴いたレコードだ。

これ以降のボブ・ディランについては、
来日公演を武道館で見たこと、
映画との関わりなど、断片的にしか思い出せない。

先日見た、スコセッシ監督の映画
『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』05を
もう一度確認してみる。そこには、
現在のボブ・ディランへのインタビューがあるのだが、
話しは子供時代から1966年の
ヨーロッパ・ツアーまでになっている。

「1966年7月29日、
ヨーロッパ・ツアーから戻って間もなく
ボブ・ディランはバイク事故にあった。」
「その後、歌とレコードは作り続けたが、
8年後まで、ツアーを行っていない。」と、
この映画は終わっている。
このヨーロッパ・ツアーは、
前売り券が完売するにもかかわず、
ブーイングの嵐のなかでのコンサートだった。
でも、ここでもすでに、
バック・ミュージシャンとして、
「ザ・バンド」のメンバーの存在があって、
ボブ・ディランは、不安と孤独のなかで、
唯一、勇気づけられていたようだ。

この8年後、1974年1月、「ザ・バント」とツアーを組む。
そのライブ盤が『Before The Flood』(偉大なる復活)となる。

2008年6月8日
さて、ここでまた、
画質の問題にぶつかっているが、
先にすすもう。

この映画『ラスト・ワルツ』について、
きっとこれまでに十分語られているのだと思うが、
このDVDの特典・音声解説に、
16年間続けてきた、ツアー活動に終止符を打つという
決断について、「ボブ・ディランと活動を共にし、
たくさんの聴衆、20万もの見えない聴衆を
相手にすることで、疲れ切ってしまったのではいか」
という関係者の証言がある。

なるほどなと思う。
とりわけ、後半の8年は、
激しくも充実した、時代の流れなかにあって、
やはり、ひとつの時代の終焉を迎えたのだと思う。
今回のDVDを見ていて、その疲労感がつたわる。
それでいて、確かに何度も、
繰り返し見ていたい、聴いていたい、
ラスト・コンサートだ。

たしか、家にあったはずだと、2枚のレコードを探し出す。
○1974年1月のディラン&ザ・バンドのコンサート・ツアー
を収録した二枚組のライブ・アルバム『Before The Flood』
(邦題「偉大なる復活」)

○ザ・バンド7枚目のアルバム『南十字星』(1975年11月)

そして、1976年11月25日『ラスト・ワルツ』となる。

2008年6月7日
マーティン・スコセッシ監督(1942.11.17-)
の映画『ボブ・ディラン:ノー・ディレクション・ホーム』2005を
NHKハイビジョンで再放送されたものを録画して見た。
3時間30分の長編。これは、部分的には前に見ていたのだが、
ボブ・ディランの実像と虚像がクロスし、
カリスマ的人気を持つということ
の意味を示唆する。
そうか、やはり、当たり前のミュージシャンとは
違ったんだな、ジョーン・バエズの証言など、
実に興味深い。3時間30分の長編。

この前に同監督『私のイタリア旅行』2001をDVDで
見直していた。これは4時間の大作。
語るに十分な作品の引用がある。
それはそれで有り難いし、飽きることはなく、
この長さは仕方がない。
SPACE19 わたしのイタリア旅行 02.5.3


こうして、スコセッシ監督、ボブ・ディランときて、
ザ・バンドの『ラスト・ワルツ』という展開になった。

ここでまた、画質なのだが、映画『ラスト・ワルツ』は
16ミリフィルムで記録を残そう
ということからはじまる。
スコセッシが監督を引き受け撮ることになって、
断然画質のいい、35ミリにするということになる。
さらに、スコセッシ監督は、カメラマン、美術など、
強力な映画スタッフを集める。

今回はDVDで見ている画質なのだが、
35ミリの映画画質であると納得できる
ものになっている。


2008年6月6日
この映画を40回以上も見たという人から
借りていたDVDを見る。
マーティン・スコセッシ監督の『ラスト・ワルツ』だ。
製作1978年、ザ・バンドの伝説のラストコンサート。
ゲストに誰が来るのか観衆は
知らされていなかったという。
ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、
エリック・クラプトン、そして最後に、ボブ・ディラン
が登場する。この他にも、
ザ・バンドの音楽を語るのに欠かせない
貴重なミュージシャンたちが共演している。
そうなんだよね、ゲストたちが、
まさに「ザ・バンド」と
セッションしているのが凄い。

これは、たしかに、ロックの歴史(60年から70年半ば)
のひとつの時代の終焉を記録した貴重なフィルムである。
しかも、スコセッシ監督が7台の35ミリカメラを駆使し、
このライヴ映像を撮影し、さらにスタジオ撮影も加え、
2年の編集を経て完成させたものであって、
いまでも監督の代表作のひとつだ。

2008年6月5日
先日断念した映画の画質の話。

ハイビジョンなどの
デジタル・ビデオに気をとられ、
その上映や放送が一律ではなく、
整理が難しく、一概には言えないな
と思ったわけだが、
そもそも、現在の映画館でのフィルム上映も、
どの映画館で見ても同じではないという話を
昨日、聞くことになった。だから、この問題は、
映画の上映にとって、長年の課題でもあって、
ここにきて、さらに、デジタルやハイビジョンの問題が、
加わってきたということのようだ。

これからの映画専門館としての映画館は、
いつでもベストな画像と音で見られことが、
なお一層求められる。しかし、それは、
なかなか簡単なことではないようだ。

2008年6月4日
黒沢清監督作品については、『ロフト』を見たときに、
他の映画も含めて感想を書いている。
SPACE140 LOFT ロフト 2006.9.12

どうも、「黒沢清」には、
うまく映画館のスクリーン上では出会えていなのだが、
この映画『叫』06をDVDで見たことで
認識を新たにすることになった。
(同じ監督と同じカメラマンなのに、
こんなに違っていいのか。)

先月のカンヌ映画祭「ある視点」部門・審査員賞を受賞し、
話題になっている、
同監督作品『トウキョウソナタ』は
今秋公開が予定されている。
是非、映画館で見たいと思うのだが、
どうも、映画は見るまでわからないし、
そもそも、映画は撮影し編集してみないと
わからないということか。

2008年6月3日
昨日は更新できなかった。
フィルム画質とデジタルビデオ画質の
違いなどについて書きかけたのだが、
どうもうまく書けなかった。

それは、技術的なことが、まだ、十分に
わかっていない、そして、
実際に、最新の技術と設備でもって、
フィルム画質とフルハイビジョン画質を
較べて見るということができていない、
などあって、しょうがないなと断念する。

昨日はDISCASのDVDで、
黒沢清監督『叫』2006を見直す。
映画としての映像がよくできている
こともあるのだが、
フィルム画質と遜色なく、
その質感は伝わってくる。だからこそ、
映画館のスクリーンで見たいと思う。


2008年6月1日
映画は映画館のスクリーンで見る。
この最初の出会いを大切することが
映画を見ることだった。
こうした気持ちで映画を見て
書いてきた。
だから、いきなりビデオやDVDで
映画を見るとことはしないできた。

しかし、昨年、DISCASに加入したことから、
見逃していた映画をDVDで見る機会が増えてきた。
そして見終わって思うのだ。
「映画館のスクリーンで見直そう」と。
でも、いまのところ、
DVDで見たものをあらためて
映画館のスクリーンで見るという経験はない。
どうもDVDで見るということを選択した時点で、
すでに映画館のスクリーンで見るという
環境にはないというのが現実なのだ。

これからは
映画を見る環境についても
言及しながら、
場合によっては一時停止したり、
巻き戻したりしながら、
映画について書いていくことになる。

ただどうしても気になるのは、
映像の画質ということだろう。


2008年5月31日
DISCASのレンタルや
BSなどから録画したDVDで見た映画と
映画館などのスクリーンで見た映画は違う。

しかし、現在の映画産業は、
DVDの販売・レンタルを視野に入れて、
その採算が考えられ、映画館での上映に
見切りをつけたらすぐに、
DVDの販売・レンタルを開始する。
つまり、見たいときに見たい映画が、
なかなか、映画館では見られないという状況が
つくられ、見たい人はDVDでどうぞ
という展開になってきている。

「映画は映画館のスクリーンで見るものだ」という
ことにこだわってきた。そのことの意味をもう少し
考えておこうと思う。

2008年5月30日
「やりたいことをやったと思われているが、
私はやれることをやっただけなのだ。」(ゴダール)

昨日からの続きになる。

人はやれることをやるだけだと、
ゴダールに言われれば、
そうだよねって、気持ちも楽になっていく。
どうも、ゴダールに嘘はないと
思ってしまう。

今日は、「シネマ・スペース」に、
中村高寛監督「ヨコハマメリー」をアップしました。
SPACE145 ヨコハマメリー 2006.12.7
これで2006年は終わりになる。
すでに「マイ・バック・ページ」は、
1998年まで遡ったところで終了している(2004.1.12)。
そして「シネマ・スペース」も、
今回で終わりにしたい。

(2002年に開設したときの案内文)
ホームページ「NET.LUMIERE/
ネット・リュミエール」を開設しました。
これからやりたいと思っていることを
ひとりでも多くの人と
共有できればと思っています。
これが、その第一歩ですね。
5年先位を考える気持ちと
もっと早い展開もあるかとか思っていますが、
このサイトそのものが映画だという展開から
「来るべき映画」がみえてくるというようなこと
を考えています。

しばらくは、
2002年1月を境に新たに見た映画を「シネマ・スペース」、
過去に見た映画を「マイ・バック・ページ」
として掲載していきます。
どちらも、事実として、何時、どこで、どう映画を見たのか
ということがポイントです。
わたしが見た映画の
日付のあるコメントが、
日付順のまま、積み重ねられていく。
ときには、そのコメントに対する
注釈・修正が繰り返され、
さらに、いま、
今日という時間がそれらを包み込んで、
「ネット・リュミエール」が流れていきます。
是非、「ネット・リュミエール」サイトを
覗いて見てください。


これからも、
やれることをやっていくだけだ。

2008年5月29日
ゴダールは、
映画づくりの難しさを語っている。
「編集段階で、もっと他にも撮るべきシーンがあったと気づく。
でも編集では削除はできるが追加することは不可能だ。
撮ってあるものだけで工夫しなければらない。
修正はきかないんだよ。」

そして、40年も映画を撮ってきたという
経歴をもってしても、
「“これでよし”ということは決してない。撮影中は順番にしても、
始終先が読めない。神様だって始めから終わりは見透かせない。
やってみなければわからない。
だから映画づくりは難しいのだと思う。」

これらは『愛の世紀』の撮影中にゴダールが語ったものから抜粋(1999.11)。

SPACE51 愛の世紀  2003.5.31


さらに、「映画の撮影は理屈ではない」と語る。
「現場では個々の主張がぶつかって仕切るのはとても大変だ。
度重なるテイクの抵抗とかね。映画の撮影は理屈ではない。
現場でなければ会得できないんだ。」

ゴダールについて書くことの難しさ痛感しながらも、
映画について考えるとき、いつのまにか、
「ゴダール映画」に戻っていく。
そんなことを、私も、40年近く繰り返していることになる。
そして、ゴダールは、いまだに、現役で映画を撮り続けている。
(ゴダールは1930年生まれ)。

「人々はしばしば解釈し過ぎるものだ。
……聞くだけで充分だ。」(ゴダール)
優れた映画は解釈も説明も要らないのだ、
と言ってみる。

2008年5月28日
映画『岡山の娘』は3日間で
入場者が1500人だったそうです。
凄いことだと思う。しかも、
うまく一回の入場者が200人を超えず、
バランスよく来場され、その場での混乱も、
追加上映の問題もなく終わったという。

『フラガール』の蒼井優について。
正直に言って、このときには、
まだ、「女優・蒼井優」という存在に特別に
注目していなかった。

そして、いまでは、テレビCMや
テレビドラマ「おせん」での主役などを見て、
なるほどなって感心して見ている。

でも、凄くいいなって思わせてくれたのは、
最近、BSの放映されたのを見た、
映画『花とアリス』04だった。

岩井俊二監督(篠田昇・撮影、種田陽平・美術)作品、
ドキュメンタリー的にリアルで、しなやかに、
しかも、きちんと、ラストの感動へと自然につなげて見せる。

このラストの「ダンス」がなけらば、
蒼井優の『フラガール』もなかったといえそうだが、
映画は一回一回、ゼロからスタートする。
うまく映画にできるなんて保証はどこにもない。
いま、ゴダールの言葉を思い出したが、
それは明日にしょう。

2008年5月27日
「シネカノン」(李鳳宇 リ・ボンウ)は、
1989年に設立され、ポーランド映画を配給する。
1993年には映画制作を始め、
最初の作品『月はどっちに出ている』(崔洋一監督作品)が、
いきなり大ヒットとなり、各映画賞受賞する。

そして、翌年には『風の丘を越えて〜西便制』
(林権澤(イム・グォンタク)監督作品)を配給する。
これが韓国映画の最初の配給になるのだが、
そのあとに。同監督作品『太白山脈』『春香伝』を配給、
そして、2001年には『シュリ』を配給し大ヒットさせ、
さらに、「オアシス」「殺人の追憶」と韓国映画の配給がつづく。

日本映画の制作については、
2002年日韓合作映画『KT』(坂本順治監督)、
2005年『バッチギ!』(井筒和幸監督)、
そして、2006年には『フラガール』となる。

「シネカノン」は、とにかく、
自前でつくりたい映画をつくって、
興行的にも成功をおさめ、
現在、映画館も自前で、都内では
4劇場7スクリーンを稼働させている。

まずは配給から始め、映画制作を実現させ、
自前の映画館を持つという展開は、
まさに、テレビ会社、既成の映画会社、既成の上映館に
頼らない、自立した映画づくりができているといえる。

今日のシネマ・スペースには、
この『フラガール』をアップしました。

SPACE144 フラガール2006.12.7
当初からメモ的書いておいたもの。
もっとうまく書き直したいところだが、
そのまま掲載することにしました。

2008年5月26日
テレビなどで話題だった韓国ドラマなどは、
いまだに敬遠したままだが、
一時の勢いのあった韓国映画については、
映画館ではなく
WOWOWで見たことになる。

『オアシス』02 (イ・チャンドン監督)
『殺人の追憶』03 (ボン・ジュノ監督)
『春夏秋冬そして春』03(キム・ギドク監督)
『オールド・ボーイ』03(パク・チャヌク監督)
『ブラザーフット』04(カン・ジェギュ監督)
『大統領の理髪師』04(イム・チャンサン監督) 
『サマリア』04(キム・ギドク監督)

こうして並べてみると、
どうも日本映画は負けている感じがするね。

わたしの韓国映画のベストは、
1994年の作品『太白山脈』だ。
page19 太白山脈 01.8.15
監督は林権澤(イム・グォンタク)。
調べてみると、1936年生まれ、
2002年にはカンヌ・パルムドール監督賞を
『酔画仙』(2002)で受賞している。
また、韓国映画が日本で紹介されたのは、
1983年、池袋スタジオ200の「韓国映画特集」として、
10本上映されたのが最初のようだ。
そして、翌年も開催されている。

そのときすでに、
イム・グォンタク監督作品
『旅譜』(1978)、『曼荼羅』(1981)が
話題になっている。

あと、韓国映画というとホ・ジノ監督の
「八月のクリスマス」1998
page158 八月のクリスマス 00.7.4
「春の日が過ぎゆく」2001
などは好きな作品だ。

韓国映画については、どうも映画館で
見ることができていないのだが、言うまでもなく、
映画館で見た映画は強く印象に残るし、
あきらかに、映画を見る行為としても
全く違う体験なのだ。

WOWOWの放映やDVDの販売・レンタルは、
基本的には映画館の上映が前提にある。
こうした韓国映画の日本上映は、
「シネカノン」の存在も見逃せない。

2008年5月25日
昨日は国分寺に一泊し、いま帰ってきた
ところだ。正直に言って、
更新するのを先ほどまでわすれていた。

行き帰りの車内で、
映画『やわらかい生活』(廣木隆一監督)06の原作である
『イッツ・オンリー・トーク』(絲山秋子)と
映画『愛の世紀』(ジャン=リュック・ゴダール監督)01の
採録シナリオを読む。
どちらの映画も先日DVDで見たものだ。
もう少し整理してからあらためて触れたい。

今日は『岡山の娘』の最終上映が、
無事に終わってくれるかと心配しながら、
10回の、自前のホール上映は
やっぱ大変だなって思う。

2008年5月24日
DVDの話しはひとまずおいておこう。

このネット・リュミエールは
2002年2月にスタートした。マイ・バック・ページには、
2001年12月から過去に遡るように掲載し
1998年3月で終えている。

映画空間/シネマ・スペースでは、
2002年1月から見た映画をに順次掲載し、
なんどかの中断を挟んで、
2006年10月の『紀子の食卓』までとなっている。

ここでは、いくつかの例外はあるのだが、
映画館などのスクリーンで見た映画だけについて書く
ということを原則としていた。

そして、このサイトの最終目標は、
「来たるべき映画に」向けた映画づくりの
端緒とすることであったことからも、
本編の映画製作の準備に入るという時点で、
当然のように休止したのだが、
もうひとつの大きな理由があった。
それは横浜日劇とシネマ・ジャック&ベティの
休館だった(現在、日劇は取り壊され、
ジャック&ベティは経営も支配人も変わって、
再開されている)。

確実に、単館上映の映画は横浜では見られなくなり、
割得感のある、話題の洋画二本立てもなくなった。
また、大変貴重だった、支配人・福寿さんが企画された、
監督特集などもなくなってしまった。
つまり、映画は映画館のスクリーンで見るという、
最後のヨコハマの灯が消えてしまったのだ。

横浜での映画の見方も書き方も変わらざるをえない。

先ず、再開にあたって、
この2006年の『紀子の食卓』あとに、
スクリーンで見た映画について、
いままでどおりにアップしながら、
このサイトの新たな展開を考えてみようと思う。


映画空間 シネマ・スペース(2006)にアップしました。
SPACE143 トンマッコルへようこそ 2006.12.7

2008年5月23日
再開を祝うメールをもらう。
大変有り難いと思う。

『岡山の娘』の音楽が決まらない間は、
既成の音楽CDは、なるべく聴かないようにしていた。

そして、最後まで音の処理については、
悩まされることになるのだが、
ひとまず、4月1日に完成版ができたあとに、
遅ればせながら、宇多田ヒカルの
「HERT STATION」を購入する。

かねてから、「宇多田ヒカル論」を書きたいという
気持ちもあって、ずっと関心を持っていた。
しかし、前回のアルバムあたりから、
たまに出るテレビを見ても、
ちょっと解らなくなっていた。

だから今回は、あまり期待していなかった。
ところが、とても気に入って毎日のように聴いている。

「ありがとう、と君に言われると
なんだかせつない」
と始まる「Flavor Of Life-
Ballad Version」
が特にいい。
若い男女の機微を繊細に切なく
しかも自然に歌われると、
この歌の歌詞にもあるのだが、
「人生捨てたもんじゃないって」
嘘でも思いたくなる。

他の曲にも、こうした生の「言葉」が効果的に出てくる。
これは、いわゆる専門家の作詞家にはないセンスでもあり、
じぶんで歌ってしまうのだから凄いよね。

昨年の2月から、WOWOWの契約を中止して、
TSTAYAのDISCASのBプラン(月額1344円)に加入している。
それは、じぶんが見たい映画の予約リスト(20本分位)から、
任意に月4本(一回が2枚)送られてくるシステムになっている。

映画館では、もう見ることができない日本映画
や名作(フランク・キャプラ作品)など、
今月で30本近くの映画をDVDで見たことになる。
映画の見方も変わってきた。

2008年5月22日
さきほど、岡山に行っている
監督(福間健二)から電話があり、
映画『岡山の娘』の上映を前にして、
地元のテレビ、ラジオ、新聞に取り上げられ、
なかなかの盛り上がりをみせているという。

映画は監督、製作スタッフなどの力量を超えて
動き出す。そんなことを予感させる
映画になっていると思う。

見るものの気持ちに
うまく重なってくれるといい。

岡山での三日間10回の上映は、
多いのではないかとも懸念されたのだが、
昨日からは当日の入場制限、再上映場所の確保
と新たな対応が考えられているという。

昨日は、久々のアップのための不手際もあって、
何度か手直ししてます。ここから、少しずつ始めて、なんとか、
新しいサイトに生まれ変わるようにしていきたい。
今後ともよろしく。

2008年5月21日
今日から再開します。

前回、ご案内した映画『岡山の娘』は、
23日(金)から25日(日)の3日間、
岡山で先行上映されます。

岡山の娘/公式ブログでも紹介されていますが、
9月には東京(ポレポレ東中野)での
上映が予定されています。
また、予告篇はYou Tubeで見ることができます。

今回はプロデュース・記録・編集
などを担当したわけですが、
準備期間から上映版の完成までの、この約一年間では、
たくさんのことを学んだことになる。

まずは、映画が映画として立ち上がっていくまでの、
スリリングな現場に立ち会えていることを喜びたい。

今日はここまでとして、
明日からは毎日更新していきます。

2007年8月5日
今日は、これから岡山に向かいます。
いよいよ、映画『岡山の娘』(福間健二監督・脚本)
が、8月11日にクランクインします。
撮影は、8月24日までの予定です。

約8か月ぶりのアップになりますが、
3月に、立ち上げた「幻野映画事務所 GENYA-FILMS」
の第1回作品になる予定です。

この8か月は、この映画の準備とともに、
映画事務所の立ち上げなど、毎日、まさに、一喜一憂しながら、
ここまできたという感じですが、
これからは、どれだけ、この映画づくりが楽しめるか
ということでもあります。

いま、わたしのなかでは、今後の展開のすべてが、
この映画『岡山の娘』の撮影にかかっています。
それは、ここでめざしていた「来たるべき映画」ついて、
まさに、映画そのものが語るという
展開になってきているということです。
批評のことばをいくらかさねても、一本の「映画」には
かなわないということでもあります。

9月には、さらに、この映画の
編集作業に入りますが、
この間の経過なども含め、
この「ネット・リュミエール」
の新たな方向性など、お知らせできれば
と思っています。

また、映画『岡山の娘』上映は、今回の製作にも、
深く関わっている「岡山映画祭事務局」スタッフが
主催する12月の「岡山映画祭」での上映が、
予定されています。

いつものメールですが、岡山から戻ってから
見ることにしたいと思います。
ご意見、感想など、よろしく。Email /net1895@mac.com

2006年12月6日
今日は、少し風邪気味なので、
朝のジョギングを休んで自重する。

「新たな映画展開」に向けて動き出す。
いま、考えていること、やりたいこを
具体的な言葉にし、協同的な実践への
道筋をつけていくという作業になる。
そのプログラムには、この「ネット・リュミエール」
のことも当然関わってくる。前から何度も
リニューアルするということを書きながら
実現できないでいる。

現在も毎日は更新できない状態になっているが、
明日から、しばらく休みにしたいと思う。


今年の映画は、
青山真治監督「エリ・エリ・レマ・サバタクニ」06
SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
から始まり、ジャン=リュック・ゴダール監督「アワーミュージック」05
SPACE131 アワーミュージック 2006.4.17
を挟んで、園子温監督「紀子の食卓」06
SPACE142 紀子の食卓 2006.10.19
で終わったように感じている。

作品制作では、「記憶を刻む」06
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」)
を「ムーヴィング・シアター」
で公開した時点では、もう何本かできるだろうという気持ちも
あったが、そうはいかなかった。

「来たるべき映画のために」
来るべき映画のために(青山真治監督「ユリイカ」「月の砂漠」
「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」から「新たな映画」を構想する。)
は、新たな試みだったが、
今後に繋げていきたいと思っている。

2006年11月28日
20日の日に、田中裕子、
秋吉久美子、大谷直子について
書いたものをボツにし、
ヴィスコンティ映画についても録画したまま、
見られずに今日までの時間が過ぎた。

連日のように人と会って話す。
また、一方で中断していた「ビデオ編集」の
学習を再開するとともに、ビデオカメラなど
映画機材の現状を調べ、さらに、会社組織の
つくりかたなども再考する。

ビデオ作品「映画を刻む」05で習得したもの
をすっかり忘れていることにあきれながらも、
確かな時間が積み重ねられてきていることも感じる。
「機は熟す」という言葉が不意に出てきた。
すべてにタイミングというものがある。
とてもいい風が吹き出してきたと感じている。

「一日生きることは一歩進むことでありたい」

2006年11月19日
「肝心なのはテーマだ。私は常にテーマを持ち続けた。
多くの映画を作ることは簡単だ。だが、
私は自分が正しいと思う映画だけを撮りたいのだ。」
(ルキノ・ヴィスコンティ監督1906-1976)

NHKのBS2では、生誕100年を記念して、
11月20日のドキュメンタリー「ルキノ・ヴスコンティ」から
7本の映画が放映される。

いま、いちばん関心のある映画監督は、
76歳のクリント・イーストウッドだが、
先日の「クローズアップ現代」(NHK)でも、
一本一本の映画で何かを学んできた、
新しいことを試みることで学ぶことができる、
映画をつくるのは、学ぶプロセスを
体験できることが楽しい
という意味のことを語る。

さらに、今回の映画は単に娯楽を求める人たちには
向かない映画だと気負わず話す。
とにかく、いま、話すことすべてが興味深い。

誰もが同じようには生きられないが、
この76歳の現在には、
大いに鼓舞され勇気づけらる。

2006年11月18日
昨日は、WOWOWから録画しておいた、
ヴィム・ヴエンダース監督
ランド・オブ・プレンティ」04を見る。
まぎれもないヴエンダース映画である。
「9.11」以降のアメリカを描く。
内容もさすがだと思う。

ヨルダン川西岸地区から、
10年振りに帰国してきた少女ラナ(20歳)を演じる
ミシェル・ウィリアムズが魅力的だ。

映画は自由に撮られ自由に語られていく。
それは、少女ラナの視点であり、
ラナの存在を通して、映像が見て感じるものを
記録し、さらに、テレビやビデオ・カメラの
画像などをリアルに取り込む。

少女ラナにとって、亡き母から託された手紙を
ポール伯父さん(ジョン・ディール)に
手渡すことがひとつ目的だった。
この死を前にした妹からの手紙と、
「9.11」の衝撃から、
ベトナム戦争の体験を喚起され、
独自に「テロ」に立ち向かう活動を行う
ポール伯父さんと
ロサンゼルスの貧困に遭遇し
「ヨルダン西岸地区では想像もつかないことよ」
と驚く、20歳のラナ(姪)との
真剣な会話が生きている。

いままでに、何通も届いた母からの手紙を
開封もしなかった理由をラナから聞かれて、
「人生は常に安泰なわけではない。
逃げたくなることもある」
というポール伯父さんの台詞が印象に残る。

2006年11月16日
朝陽に向かって走り出す、
1時間の軽いジョギング。
なかなか気持ちのいいものだ。
シャワーを浴びて髭を剃る、そして朝食。
こんなふうに毎日、あたりまえに続けられればいい。
そして、「一日生きることは一歩進むことでありたい」と思う。


2006年11月15日
今日は11月7日の更新から
7日ぶりということになる。
この間は、たくさんのこと見て、
たくさんことを感じ、たくさんのことを考えた。

初めの4日間は強い衝撃の余韻の中で、
肉体的にも、精神的にも疲労感が残った。
残り3日間は回復する過程として、
生活を朝型に転換し、1時間のジョギングから
始まる習慣を取り戻す。

そして、この7日間の体験は確実にわたしを前に押し出す。
まさに、いま、読み書き作ることのすべてが、
本格的な映画制作と上映活動を始めていく
道筋を明確化することにつながる。
「いま、すべてが手の届くところにある、
時間だけが問題だ。」と言ってみる。

あらゆる意味での恩師である画家(享年79歳)の
死に立ち合うという「巡り合わせ」から、
わたしはわたしの「主題」を感受する。

「一日生きることは一歩進むことでありたい」(湯川秀樹)


2006年11月7日
昨日は、BS-日テレで23時から、
HV画質で、映画「髪結いの亭主」90を見る。
コマーシャルを挟み込むのは、
やめてほしいが、この美しい画面と
ルコントの世界を楽しむ。
(この美しさは、録画されると
半減してしまうことを確認する。)

ペドロ・アルモドバルもそうだが、
このパトリス・ルコントも、
じぶんの撮りたい世界を映画にし、
じぶんが一番楽しんでいる。


今日の「シネマ・スペース」は、
安田真奈監督「幸福のスイッチ」と
園子温監督「紀子の食卓」をアップしました。

SPACE131 アワーミュージック 2006.4.17
SPACE132 クラッシュ 2006.4.21
SPACE133 ブロークバック・マウンテン  2006.5.18
SPACE134 ブロークン・フラワーズ  2006.5.18
SPACE135 雨のしのび逢い  2006.6.28
SPACE136 ジャンヌ・ダルク裁判  2006.6.28
SPACE137 映画史特別編 選ばれた瞬間  2006.8.5
SPACE138 りんご 2006.8.11
SPACE139 ゲルマニウムの夜 2006.8.11
SPACE140 LOFT ロフト 2006.9.12
SPACE141 幸福のスイッチ  2006.10.19
SPACE142 紀子の食卓 2006.10.19

とにかく、この「紀子の食卓」に後押しされて、
この「シネマ・スペース」を再開させ、
なんとか「紀子の食卓」まで漕ぎ着け、
ここまでやってきたという感を強くする。

2006年11月6日
昨日は女子ゴルフ、世界女子バレー、そして日米野球などを
楽しんだあとに、DVDレコーダーの整理する意味もあって
録画してあった映画を見る。

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎紙風船」81
三島由紀夫原作・若尾文子主演「永すぎた春」57

それぞれに捨てがたく、
しばらくDVDに保存することにする。
いま、DVD-RWに録画したものもを見直し、
再利用することで、DVDを増やさないことを考えている。

11月4日15時BS-i HV画質で、
ペドロ・アルモドバル監督
「トーク・トゥ・ハー」スペイン02
を見る。
世界的な視野とレベルを持った映画である。
映画であることを監督自身が信じ、
舞踊家ビナ・バウシュ(ドイツ)の舞台が
最初と最後に使われ、さらにカエターノ(ブラジル)
の歌と演奏のシーンが重要な役割を担う。

このビナ・バウシュの世界にある
動きと音、カエターノの歌とメロディが、
アルモドバルの世界(俳優と物語)と溶け合い、
キャメラは美しい色彩とリズムを刻む。

あと残された「批評」があるなら、
「好きか嫌いか」ということだろう。

日の「シネマ・スペース」は、
黒沢清監督「LOFTロフト」05をアップしました。

黒沢清監督作品は「CUREキュア」97を見て以来、
敬遠して見ることをしていないのだが、
昨年からは機会があれば見たいと
思ってはいたのだが、なかなか実現できなっかた。

今回は、この最新公開作「LOFT ロフト」を見ることが
できると楽しみにしていた。

うまく、いい映画に出会うことは難しい。
SPACE140 LOFT ロフト 2006.9.12


2006年11月4日
今日の「シネマ・スペース」は、
大森立嗣監督作品
「ゲルマニウムの夜」05
をアップしました。
SPACE139 ゲルマニウムの夜 2006.8.11

2006年11月3日
先日から捜していた、映画「アイリス」
の新聞記事(朝日新聞夕刊02.12.14)が見つかる。
そこには、1975年に来日したアイリス・マードックと
ジョン・ベイリー夫妻の写真が掲載されている。

そして、二種類の「チラシ」も一緒にとじられていた。
「チラシ」からは、撮影のロジャー・ブラットは、
ハルストレム監督の「ショコラ」も
担当していたことを知る。

そして、あらためて、若き日のアイリス役を演じた
ケイト・ウィンスレットという女優の良さが、
この映画で始めて感じられたことを思う。

さらに、この映画の公開が、
「シネスイッチ銀座」と「横浜関内アカデミー」
の二館でスタートしたことがわかる。
いま、「シネスイッチ銀座」の案内を見ると、
ホウ・シャオシェン監督「百年恋歌」を
上映しているのだが、
こうした映画は、現在は横浜で見ることが
できないという状況が続いている。

今日の「シネマ・スペース」は、
ジャン=リュック・ゴダール監督作品
「映画史特別編 選ばれた瞬間」05と 
サミラ・マフマルバフ監督「りんご」98の
2本をアップしました。
SPACE137 映画史特別編 選ばれた瞬間  2006.8.5
SPACE138 りんご 2006.8.11


2006年11月2日
昨日の「シネマ・スペース」
にアップした「ブロークン・フラワーズ」ように、
必ずしも褒めていない映画のコメントをアップする
ことに意味があるのかと迷う。
それが公開中の映画であれば、なおさらだ。

そして、さらに、今日は
見た映画ついて書くことができないまま、
時間が経過し、なぜ書けなかったかという
事情について書いたものを、一度は、
アップすることを断念したものを迷いながらも、
アップすることにした。
この事情は、映画や音楽ライブなどの「時間芸術」を
享受することの難しさと意味にかかわる問題だと
思えたことなどが、アップする理由となった。

だから、今日の「シネマ・スペース」は、
いつものように映画タイトルを持つが、それぞれの
映画について直接的にはふれられていない。
SPACE135 雨のしのび逢い  2006.6.28
SPACE136 ジャンヌ・ダルク裁判  2006.6.28

2006年11月1日
昨日はNHKのBS2で、
映画「アイリス」01を見る。
監督は イギリス演劇界の重鎮だいう、
リチャード・エア。
アイリス役にジュディ・デンチ、
若き日のアイリス役をケイト・ウィンスレット
が演じている。そして、
夫のジョン役のジム・ブロードベント、
若き日のジョン役がヒュー・ボネヴィルと、
まず、役者たちが魅力的だ。そして、
映画は現在のシーンがうまく過去を招き寄せ、
自由で奔放に生きる若き日から、
アルツハイマーを発病し死に至るまでの
女性作家アイリスと夫ジョンとの深まる愛が、
瑞々しい映像とともに語られていく。

今日の「シネマ・スペース」は、
ジム・ジャームッシュ監督作品
「ブロークン・フラワーズ」をアップしました。
   
PACE134 ブロークン・フラワーズ  2006.5.18

2006年10月27日
日本シリーズ第5戦は、
期待どおりの試合となった。しっかり堪能する。

中日の落合監督が泣いた、リーグ優勝を決めた試合と
「日ハム」森本の走りが印象的なプレーオフでの優勝という、
それぞれ劇的な試合を、たまたま見たことから、
この日本シリーズへ興味が繋がり、
昨日の新庄の「男泣き」を見ることになった。

これからも、しばらくは「日ハム」選手の
ドラマが語られていくだろう。
そこで、ひとつだけ言わせてもらえば、
最高殊勲選手となった稲葉が、
新庄の前の打順となっていることが、
新庄の存在をうまく演出してくれている。
プレーオフでは新庄の前で試合を決め、
喜ぶ新庄を映し出し、
昨日はダメ押し的なホームランを撃つことで、
信じられない「涙の三振」という場面をつくりだした。
(野球人生の最後打席となるだろう新庄を
観客は総立ちになって迎えてくれた。)

今日の「シネマ・スペース」は、
アン・リー監督作品「ブロークバック・マウンテン」をアップしました。 
 
SPACE133 ブロークバック・マウンテン  2006.5.18

2006年10月26日
昨日は日本シリーズ第4戦を
NHKハイビジョンで見る。
野球にはたくさんのドラマがある。
中日はこのままでは終われない。
今日はどんなドラマが待っているのだろう。
今日は飲みながらじっくり見たいと思う。
今年の野球は、「王ジャパン」で始まり、
日本の野球のおもしろさを「復活」させた。
その延長に、この「日本シリーズ」もある。

今日の「シネマ・スペース」は、
ポール・ハギス監督作品「クラッシュ」をアップしました。
SPACE132 クラッシュ 2006.4.21

2006年10月25日
園子温監督作品「紀子の食卓」を見たことが、
「博士の愛した数式」をアップ(06.5.31)し、
一区切りだということを言って中断させていた、
映画空間「シネマ・スペース」(2006-)を
再開させる力になっている。

今日の「シネマ・スペース」は、
ジャン=リュック・ゴダール監督
「アワーミュージック」04をアップしました。
SPACE131 アワーミュージック 2006.4.17
この映画と「映画史」1988-98と
の間に位置する「愛の世紀」01という映画の
素晴らしさを思い起こしている。
SPACE51 愛の世紀  2003.5.31

2006年10月24日
映画空間「シネマ・スペース」(2006-)は、4月17日
に見たゴダール監督「アワーミュージック」
から再開することになるのだが、これが簡単ではない。
昨日から、この映画についてのコメントを読み直し、
再考しながら加筆を試みている。
そう、このゴダール映画が、
昨日書いた「事情」のひとつであることは承知
していたのだが、やはり難関である。
なかなか満足のいくことにはならないが、
少しでも前に進めてみようと思う。もう少し時間がかかる。


2006年10月23日
映画空間「シネマ・スペース」(2006-)
1月31日「博士の愛した数式」で
止まったままになっていることを思いだす。

これには、いろいろな事情があるのだが、
この「シネマ・スペース」は、
映画館で見た映画について
全部書くということを
原則としていることからも、
なんとか記憶をたどりながら、
「紀子の食卓」まで書き終えたところだ。
これらを順次アップしていきたいと思う。

2006年10月22日
10月15日20時から、
ロマン・ポランスキー監督作品
「オリバー・ツィスト」2005
(WOWOW・HV画質)を
見ていたのを電話で中断され、
録画で続きを見ることになって以来、
ここに書くことができないままになっていた。
気持ちが殺がれたのは、
「中断」されたことももあるが、
この映画に対しての不満も大きい。
結局ラストにある、
監獄での面会シーンのために
この映画があったというのでは困る。

もうひとつは、映画見に行く予定を立て、
それまでに、気になっている本を
読んで考えることに集中しようと
実践していたこともある。

10月19日 新宿「K'scinema」で
園子温監督「紀子の食卓」を見る。

園子温の映画を見るのは初めてだが、
気になっている監督のひとりで、
この「紀子の食卓」というタイトルに何か
感じるものがあった。
(この「K'scinema」という映画館に
一度は行ってみたいと思っていたこともある。)
それに、最終日の前日である
ことも知って、ここで見ておかないと後悔する
ことになるという予感もあった。

(原作は読んでいるが、
映画は未見のままになっている
「食卓のない家」という映画を思い浮かべてもいた)。

新宿昭和館という古い映画館のあった付近に
久しぶりに足を踏み入れる。懐かしく思いながら、
「紀子の食卓」の大きな看板と
「昭和館ビル」という小さな表示を確認し、
ビルの3階にめざす映画館「K'scinema」(84席)
があることがわかる。

小さな洒落た気持ちのいい映画館だ。
平日で客は少なかったが、
さすがに東京・新宿だけに
20人程度の観客はあったようだ。

そして映画は、わたしに衝撃的だった。
ここまでやられると凄いなというのが正直な感想だ。
青山真治の「ユリイカ」に匹敵する「衝撃」があって、
しかも、どの映画にも似ていない、
独自な映画世界になっている。

2006年10月13日
WOWOWなどのBS放送の
影響を受けて毎日の生活があるって
言ったら大げさかもしれないが、
それは、ハイビジョン画質の魅力
が大きな意味もあって、
番組チェックは欠かせない日課
になっている。さらに、録画保存
ということが伴い、DVDは増え続ける。

ハイビジョン画質ということで言えば、
先日の「ジョニー・デップ」と
「スティーヴン・キング」
の特集を挙げることができる。
これがハイビジョン画質でなければ、
こんなに熱心に見ていないだろうと思う。

また、増え続けるDVDということ言えば、
溝口健二、今村昌平、吉田喜重の
監督特集が組まれたことだ。
昨年からいえば、成瀬己喜男、木下恵介、
伊丹十三、山田洋次などがある。

そして、これからの予定を見ると、
トリュフォー特集(NHK・BS)、
すでに始まっている川島雄三特集(WOWOW)などがある。

昨日は、日本ハムのリーグ優勝を決めた、
試合をNHK・BS中継を最後まで見る。

知っている選手は、新庄を除けば、
「王ジャパン」に出ていた
選手ぐらいなのだが、
試合は劇的な「さよなら勝ち」となる。

外野守備の好手から、そのまま、
ホームまで駆け抜けた森本という
選手の強い運と勢いを感じるとともに、
負けた斉藤和投手(ソフトバンク)が、
マウンドに崩れ折れ、泣きじゃくりながら、
両外人選手に両肩を抱えられベンチへ引きあげて
いったことが、強い印象を残す。
こうした感動ドラマは、42000人の観衆が
つくりだしたものなんだろうな。

2006年10月11日
10月8日は「ジョニー・デップ特集」
(WOWOW)を楽しむ。
ネバーランド」04、
「妹の恋人」93、
「チャーリーとチョコレート工場
」05
の映画3本とインタビュー構成の
「ジョニー・デップ 反骨の
ハリウッド・スター」
04を連続して見る。
ジョニー・デップをそれなりに
知ることとなった。そして
見ていない映画もたくさんあることがわかる。

また、役者としての映画への強い思いと
発想が豊かであること、
人としてあたりまえに考え生きている
ことなども知ることとなる。
役者としてつくりあげたものと
映画のリアリティがうまく出会って、
相乗効果をもたらす。でもなかなか
簡単ではないなと感じる。


翌日は「スティーヴン・キング特集」
(WOWOW)を楽しむ。「ミザリー」90、
「シークレット・ウインドウ」04の
映画2本。そして今年放映されたテレビシリーズ
「スティーヴン・キングの
デスペレーション」
(吹き替え)06を見る。
これはスティーヴン・キング自身が、
製作総指揮・原作・脚本
を担当していることからも、
それなりに、スティーヴン・キングの
現在を知ることになる。

そして3本とも「現代作家」が登場し、
その存在が重要な意味を持つ。

「原作」のほうが、おもしろいという
ことがよく言われる。
この機会に読んでみたいとも思うが。
映画では、初期の「キャリー」76と
「シャイニング」80を
見ていないことに気づく。

昨日の「巨人対中日」最終戦は、
延長12回に優勝を決める
劇的な中日の勝利となった。
落合監督の男泣きと
自然で簡素なコメントに
好感を覚える。

2006年10月7日
ホ・ジノ監督「春の日は過ぎゆく」
(01 韓国.・日本・香港)を見る。

同監督の「八月のクリスマス」に
感心していたこともあって、
録画しておいたもの。
さすがに、この映画もうまく
撮れていて驚く。いい映画だと思う。

我がままに見える、離婚歴もある
年上の彼女の気持ちの変化が、
不思議にうまく伝わってくる。
ふたりの結びつきも自然だし、
男が惹かれる気持ちもよくわかる。
そして、祖母、亡くなった母、
父、叔母という家族の絆のようなものが
自然に描かれ、強く心を通わせていた
「祖母」の死が、この「恋」を
決定的に終わらせる。

映画は、彼女には慣習となった
家族観との折り合いが
うまくつかないことの「不安」と
彼には愛することの「疑念」を
残し、「春の日は過ぎてゆく」。

このところ言っているのは、
「いい映画」というだけでいいのか、
ということだ。映画は、ここまでの表現は、
あたりまえであって、
この先に向かう映画であることが
求められている、と。

なお、メールを変更しました。
トップページの最下段をご覧ください。

2006年10月6日
吉田喜重監督作品を録画するのは
昨夜の「嵐が丘」で終わる。

昨日は「人間の約束」1986を見る。
これは、製作当時から
見たいと思っていたものだが、
見ることができなかったものだ。
いままでの(「嵐が丘」1988を含めても)
吉田映画とは違った映画になっている
と、題材からいってもそういう評判
を聞いていたように思う。

始まりは、テレビの2時間ドラマ
のように展開するのかと思えたが、
次第に、あたりまえの映画ではなく、
吉田映画になっていく。ここで、
わたしがいう「難関」に突き当たる。

それは、河原崎長一郎とその愛人(田島令子)
との関係に集約的に現れているのだが、
台詞などのやり取りに現実感がなく、
ただ、特別の意味を持つかの
ように描かれる。
さらに、河原崎と妻、河原崎と息子という
ように、河原崎の存在に問題がある。

せっかく、映画は、三國蓮太郎、村瀬幸子という
役者たちの、身体を張った熱演とともに、
老人介護の厳しい現実を通じて、
老母に対する夫、息子、嫁が抱く「殺意」
を丁寧に描き、さらに「尊属殺人」という罪
のあり方を「人間の約束」だから、
と根源的の問いを喚起させる
展開なのだが、映画表現としての
力は上滑りしたまま終わる。

2006年10月5日
昨日は、石井克人監督「茶の味」03
(公開は04.7)をWOWOWから
録画したDVDで見る。
しっかり見ようという腰が定まらない
まま見始めたので、食事やサッカー中継、
「さんまのまんま」などを織り交ぜながら
最後まで見るというような結果になった。

やはり映画なのだがら、
きちんと映画館で通して見ること。
公開当時から興味があったので、
DVDに録画(05.11.30)してからも
気になっていた作品だ。

映画は、オムニバスのように、
たくさんの話が織り込まれている。
だから、「いい話」をひっぱり出して
ひとつの「いい映画」ができるし、
面白い話や奇妙な話も
悪くないから、それだけを繋いでも
とか思ったりする。
だから、どの場面も工夫や意味があって
楽しめたりするという映画だ。
前半はビジュアル的に凝った画面に
ならないなと思って見ていたが
後半はさすがにやって見せるし、
それに「手描き」の良さが効果的に
使われていて感心する。
だから、監督はやりたいことを
かなりやれているのだと思うし、
この絶妙なキャスティングとともに、
嫌いな映画ではない。
でも、われわれの映画は、
このさきをめざさなくてはならない。

2006年10月3日
昨日の深夜からNHKのBS2で、
吉田喜重監督作品の連続上映が
始まっている。
朝食後、録画を確認するつもりで、
「鏡の女たち」02(129分)を最後まで見てしまう。
(以前に3倍モードに録画したビデオで、
この映画の良さはわかっていたので、
今度は映画館で見たいと思っていた。)

今回は、それなりに、繊細な画質の違いまで
見分けられる程に、いい録画状態で
見られたが、なおさら、
フィルムでの上映が見たくなった。

原爆ドーム前のベンチで並んで座る、
祖母(岡田茉莉子)、母(田中好子)、
娘(一色紗英)が、岡田が語る言葉に
聴き入りながら、三人が次第に寄り添って
絶妙な重なりを見せるシーンの暗さと
自宅の和室から見られた、障子に映える夕日が
「血のようだ」という赤色など、ぜひ、
そのことをフィルム画質で確認したいところだ。


しかし、3倍録画の画質でも、
この映画の「良さはわかった」
と言ったように、映画は、練られた
シナリオとカメラの位置と動き、
音と台詞、そして音楽などから、
十分に映画として受けとめられるものだ。

それは、逆に画質がいいだけでは、
映画にはならないし、
音楽だけがよくても同じだ。

だから、なんとか映画に
なっているだけのものでも、簡単に
「いい映画だ。」「素晴らしい。」
「傑作だ。」などと言って
しまっているかなと反省する。

この吉田作品「鏡の女たち」は、少なくとも、
いままでの「吉田映画」の難関を越えて
見せた、今日的な素晴らしい映画だと思う。
その謎をうまく解き明かしてみたいものだ。

2006年9月30日
昨日書いた「ぼくんち」の原作者・西原理恵子が、
昨年の朝のNHK・連続ドラマ「フアイト」
(木戸優役・本仮屋ユイカ)の
タイトル画と題字を担当している。
昨日まで、わたしの中では、
この西原理恵子と「ぼくんち」が
結びついていなかった。

2002-04の3年間に、
あまり映画を見られなかったという
思いをWOWOWなどに、助けられ見ている。
もちろん映画は身近な映画館で
手軽に見られることが理想だ。
だから映画館で映画を見せる人も見る人も
もっと工夫があってもいいと思う。
たとえば、新作6本と名作6本を映画館で見ることを
年間契約とし、10,000円とするとか。

昨日はWOWOWで、たまたま、
「THE 夢人島 Fes.2006」の一部、
「加山雄三withk桑田佳祐 Spcial Band」を見る。
懐かしい加山のヒット曲を桑田の加山に
対するリスペクトぶりとともに、
大いに楽しむ。


2006年9月29日
今年の1月にBSジャパンで
放映され録画してあった、
阪本順治監督「ぼくんち」02
(原作・西原理恵子、脚本・宇野イサム)を見る。
原作の評判は映画化されてからだが、
聞いている。でも読んではいないので、
これは映画「ぼくんち」として見る。

 観月ありさが、ドラマW「マエストロ」
や他のテレビ・ドラマとは違った魅力を
発揮している。この観月ありさ(かの子)と
鳳蘭(今日子)の親娘から、
同監督の傑作「「顔」00の
牧瀬里穂、大楠道代を思い出し
さらに、「どついたつねん」89
(相楽晴子)という同監督には
もうひとつの傑作があったことを思う。
そして、この映画は傑作になりそうで、
ならなかった映画だ。

崔洋一監督「クイール」03を見る。
これは、昨年の暮れに、
やはりBSジャパンで放映された
ものから録画してあったもの。

盲導犬の12年余の一生を描いている。
なかなかよく出来た映画だ。
人間ではない犬という「生きもの」と
人間がうまく寄り添い寄り添われて、
共生している時間がうまく描けている。
生きものの「生と死」がうまく
見つめられている。
寺島しのぶ、小林薫、椎名桔平、
香川照之、戸田恵子といった役者たちも、
どこか自然な感じで映画に
溶け込んでいた。
撮影は藤澤順一。崔監督作品ではないが、
「桜の園」90(撮影・藤澤順一)
という傑作があったことを思い出す。

2006年9月28日
WOWOWの音楽番組・
「meets music」(屋敷豪太、下枝愛)は、
今月のゲストが「スガシカオ」だった。

それなりに楽しめたし
有益でもあったのだが、
驚くほどではなかった。
ちょっと期待し過ぎかな。
でも、以前に「スガシカオ」のCD
を買って聴いたときに感じた
印象も似た印象だった。
どうも「スガシカオ」を
うまく理解できていないようだ。

後で確認したのだが、
スガシカオの新曲「午後のパレード」と
NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」
のテーマ曲「Progress」は共に、
屋敷豪太が関わっていることを知る。
この番組としては、「スガシカオ」登場
は自然な成り行きだったいうことになる。

今回聴いた「夜空ノムコウ」
の感想をいえば、
ここにある詞の世界が、
うまく音になっていかないもどかしさ
を感じた。それは、きっとわたしが
イメージする「スガシカオ」の
面白さは、たとえば「午後のパレード」
には感じられないということだ。

2006年9月27日
昨年の11月にWOWOWで
アンコール放送された、
戦後60年特別企画・
ドラマW「祖国」を見る。
山田洋次の原作・脚本ということで
録画したあったもの。
監督は堀川とんこう。
戦後60年ということで、
どんなオリジナルのドラマが
つくらたのかという興味があった。

特攻隊として知覧から出撃した息子
が生きて帰ってくると待ち続けて
いた母親と妹がいた。
妹は亡くなったが、母親は、いまでも、
奄美大島の南端、加計呂島に渡って、
息子が泳いで帰ってくるのを
毎日海岸に出て待っているという。
バブル崩壊後の人員整理・リストラに
遭遇する会社員(上川隆也)が、
主人公であることからも、
1992年から95年
(戦後50年)頃の日本が
舞台となっていることがわかる。

待ち続けた母親(南田洋子)と
出征した息子(マコ・イワマツ)は、
亡霊の妹(木村佳乃)に導かれ
奇跡的な再会を果たす。
この南田洋子とマコ・イワマツの
存在感はさすがだと感心する。
しかし、この奇蹟の物語とバブル崩壊後の
日本を重ねて描こうということだと思うが、
いま現在であるところの上川隆也の存在が、
うまく重なってはいかない。

ミクロネシア(サイパン島)、
奄美大島(加計呂島)、
能登半島、
アイルランド民謡、
オー、ダニーボーイの歌詞と、
イメージは、効果的な空撮とともに、
豊かな広がりを見せる。


2006年9月26日
今日は午前中曇りで午後から
明日にかけて雨という天気予報だ。
涼しくなって過ごしやすくなっているのはたすかる。

このところ昨年の11月-12月に
WOWOWの放送から取り溜したDVDを見ている。
それなりに耳に入ってきた評判をもとに、
録画しているのだが、
その意味合いを忘れているものもある。

井口奈己監督「犬猫」04を見る。
出演は、榎本加奈子・藤田陽子・
西島秀俊・忍成修吾。
冒頭の台詞が聞き取りにくいのは、
どうもなっと感じながらも、
やりたいことは次第につたわってきた。

若い男女関係や女同士の微妙な感じが
描かれていく。同棲している男と親密な
生活をしながら感じる微妙なすれ違いを
うまく描くことから映画は始まり、
そして、性格も違って仲の悪い「幼なじみ」
という女同士の微妙な関係が、
お互いには意識されないまま、
ふたりには、親密な繋がりのようなもの
があることが、ほんわかとした映像となって、
映画は終わっていく。

この映画では、若い女性の
日常的に感じる感情や気持ちの強弱が、
言葉ではないもので語られ、
印象的な映像シーンを残す。

2006年9月25日
この23-24日で、自宅で見た映画などを挙げておこう。
ジョン・フォード監督「長い灰色の線」54
モーリン・オハラが登場するところから、
この映画は面白くなっていく。
アイルランド魂がこもったジョン・フォード映画。

山田洋次監督「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」83
竹下景子が初登場。笑わせ楽しませる映画になっている。

犬童一心監督「死に花」04
昨年に録画してあったもの。
山崎努、松原智恵子、藤岡琢也、加藤治子、
青島幸男、谷啓、宇津井健という
役者を揃え、「森繁久弥」まで登場させ、
前半はどうするんだと不安にさせるが、
後半は、俄然面白くなってほっとするが、
でも、「人生を楽しむ」という意味が違うよなって思う。

WOWOWドラマWの新作「マエストロ」
(星護監督・観月ありさ主演)を見る。
地上波のテレビ的ドラマの枠を
どう越えてみせるか。
映画的表現に肉迫しながら、
新たな境地を切りひらけるか。
まあ、ちょっとおおげさだけど、
そんな期待がある「ドラマW」は、
1月の「対岸の彼女」以降の作品が、
面白くなっていかないのは残念だ。

2006年9月24日
昨日は吉田拓郎を聴く。
「吉田拓郎&かぐや姫inつま恋2006」
のライブ放送をNHKハイビジョンで見る。
特別な熱心なフアンではないので、
気がひけるが、でもそれなりには
聴いていたし関心は持ち続けている。

このステージでの一番の
驚きと共にすごく緊張が高まったのは、
中島みゆきの登場だった。
後半の8曲目という中盤で、
「永遠の嘘をついてくれ」95が歌われ、
作詞が「中島みゆき」と知らされるが、
この登場は私には本当に劇的だった。
しかもこの歌がいい。吉田拓郎のために
中島みゆきが作詞作曲し、レコーディング
された曲だというが、ほとんど拓郎
の曲だといってもいいものになって
聴こえるが、中島みゆきが歌うと、
やはりまぎれまもなく中島の歌になっていた。

さあ、このステージの盛り上がり
をどうするのかと心配しかけたが、
次に「外は白い雪の夜」78(詞・松本隆)歌いきって、
拓郎の真骨頂を聴かせる。
なんだか、この2曲を聴いて
得した気分になっていると、
拓郎の緊張は溶けて一気に加速する。
「春だったね」「落陽」と
じぶんでも言っていたが、
みんなの好きな歌へと繋ぐ。
そしてラストは
「今日までそして明日から」
でエンディングとなる。

井上陽水、中島みゆき、吉田拓郎と
年齢を重ねながらも、
同時代という舞台を降りずに、
日本では、いまだ経験していない、
新たな「日本の音楽シーン」へと繋げていく
展開を思うとともに、ふたりの
男の汗まみれの顔が印象的だ。

2006年9月23日
昨日は、NHKハイビジョンで、
「スーパーライブ・井上陽水」を楽しむ。
今年8月19日に、人見記念講堂で行われた
ライブをテレビ用にインタビューなど
を交えて、2時間半のライブを1時間半に
再編集してある。
一か月前の井上陽水ということだから、
陽水の現在を見て聴くことが
できたということなのだろう。

もともとのフアンではないが、
70年代の歌から最新作まで、
さすがだなと思ってしっかり聴き入っていた。
よく知っている歌は、中森明菜で大ヒット
した「飾りじゃないのよ涙は」84だが、
もちろん陽水の歌になっている。

「リバーサイドホテル」82
「氷の世界」73
「夢の中へ:」73
「少年時代」90 と、
誰でも知っているヒット曲を
挙げてみたが、どれも、いま現在の
気持ちがこめられている。
最後に、この番組バージョンとして
歌われた「あんたに、お金」06が、
なるほどねって感じで面白く聴けた。
(これは、インタビューに答えて、
「団塊世代の大量退職って問題だと思う。
退職後、うまく家庭に戻れない人も多いよね。
どうするんだろう」と話す井上陽水の心情が
歌われていたように思えた。)

コンサートとしては、中程で歌われ、
いままでに何度か聴いている曲だが、
「とまどうペリカン」82って変な歌なんだけど、
これが「陽水の世界」なんだなと印象に残る。
さらに、二度目のアンコール、
最後の曲となった「おやすみ」73は、
ライブならではのいちばんの感動となったかなと思う。

2006年9月22日
笠原和夫の脚本ということも
あって、五社英雄監督作品「226」89
をWOWOW(HV画質)で見る。
残念ながら面白いとは思えなかった。
こういう映画は、同時代に見たうえで、
きちんと「批評」すべき映画なのだろう。

2006年9月21日
昨日のWOWOW・22時からの
映画「ヴェラ・ドレイク」(HV画質)を
見てもいいと思いながら見られなかった。

自宅で見られるWOWOW・HV画質の魅力について、
ここに書いたり話したりもするのだが、
実際に見ていない人に、うまく伝えるのは難しい。
「とにかく見てみてよ」としか言えないのだが、
いまのところ、このHV画質の効果は、
映画フィルムという高画質の作品を
再現してみることが最適であると私は思っている。

そのことは、本当の映画好きの人に対して、
ここで一気に説得力を失う。
「映画は映画館で見ればいいんだよね。」
ということになる。

そう、そうなんだよね。でも、たとえば、
この映画「ヴェラ・ドレイク」は、
横浜では公開されなかっただろうし、
東京でも見られる機会は少なかった。
だから、そんな映画をHV画質で
見ることは、それなり意味があるように思うけど。

もちろん、見たい映画が近くの良質な映画環境を持つ映画官で、
しっかり見られることが理想だ。
そんな映画館をつくりたいと本気で考えている。

「映画をつくること」「映画批評を書くこと」
「映画館をつくること」の三つのことが、
うまくまわっていくような展開ができればと思っている。
SPACE82 ヴェラ・ドレイク 2005.8.7

2006年9月20日
黒沢清監督「ドッペルゲンガー」02。
CMを飛ばしながら見る。
映画としての面白さや恐さを
うまく映画にして見せてくれる
シーンでは、なかなかなものだと感心するのだが、
それ以上の映画になっていかないのは、
やはりシナリオ段階で詰め切れてない
だけではないのかと思う。
だから、生き延びた役所と永作が、ラスト
に向かっていく変化は、彼女の笑いとともに空しく、
映画の意味は伝わらない。

BSiのHV画質で見られるということで、
崔洋一監督「黒いドレスの女」87を見る。
さすがに、映画的なフィルム画質の良さが
窺えるとともに、原田知世の脇を
固める役者たちもいい(懐かしさもある)。
でも、カーチェースと長い殴り合いのシーンは
退屈だったし、どうしても話に無理がある。

2006年9月19日
「心に感じたままに従え」(イーストウッド)

なんとなく16日から18日までが、
三連休だという世間の流れに都合よくのりながら、
天気は悪いので、家で映画などテレビを
見て過ごすこということでいいかと思う。

まず、WOWOWでは、漫画家・かわぐちかいじ
「沈黙の艦隊VOYAGE1〜3」
「太陽の黙示録前編(海峡)・後編(国境)」

この3日間で一挙に見たことになる。
なかなか見応えがあった。
「すべてを公開すること」、
市民が、国民が、全世界が事態を「注視し見守ること」が、
正しい力となって動き出すという
「理想」が「実践化」される。
どちらにも共通するのは、
未来への希望が語られていることだ。

映画「パーフェクトワールド」93(イーストウッド監督)
を録画されたものを見る。
「許されざる者」92と
「マディソン郡の橋」95の間の作品。
1963年テキサスが舞台。

映画「男はつらいよ 男と女と寅次郎」83
(都はるみ)を見る。翌年に引退宣言
(1990年に復帰)する。
山田洋次のキャスティングは、
撮影時の時代性、話題性がしっかり
押さえらている。そして、それを
なんとか映画にして見せる
ところがさすがだ。
(松阪慶子、田中裕子の場合にも
いえることだ。)
とにかく、下手なテレビ・ドラマ
や映画よりも面白く見られる。
中北千栄子、北林谷栄などの名優が、
さりげなく出ていたり、藤岡琢也やベンガルが
若かったりするのもおもしろい。

映画「アメリカの友人」77(ヴィム・ヴエンダース監督)
長年見逃していた作品。CMを飛ばしながら見る。
映画のアングルと画質、色調、ハンブルクの海、
ニューヨークの街、作業場、部屋、子供と妻と...。
すべてが、ヴェンダースの映画になっている納得する。
映画をつくる喜びのようなものが伝わる。

WOWOW「マザー・テレサ(完全版)前・後編」
9時開始の30分後から12時10分まで見る。
マザー・テレサ自身への興味と
役者オリヴィア・ハッセーなど、
「マザー・テレサの世界」を
再現するスタッフの力など、
なかなか興味深いものがあった。
「貧しいものを救うための行動」
に理屈も戦略も金もない。
わかりやすいほうがいい。組織はいらない。
「死ぬことによって永遠の命を得る」。

NHKの朝、「海鳥と妻と・礼文島・鮑古丹日記」
を偶然見るが、老いた漁師夫婦に感銘を受ける。

NHK・BS2ドキュメンタリー「セルジオ・レオーネ」を見る。
遺作となった、映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」84の
制作から公開までの経緯を中心に、
監督セルジオ・レオーネについて、関係者の証言で語られる。
実に興味深いものだった。

2006年9月16日
若い男女の関係が、
出会って間もなく、結びつきも
まだ希薄だとしか見て取れないにも
かかわらず、男が「はるえ」とか、
呼び駆けて、一気に関係を深めたように
描かれてしまうことが、どうも気になる。
それは、黒沢清の「回路」では、
小雪と加藤晴彦との関係がそうだし、
「ロフト」での中谷美紀と豊川悦司との関係
も、いつの間にか親密な関係になっている。
そして、WOWOWで少し前に見た
「着信あり」での柴咲コウと佐藤浩市の
関係もそうだったと思い出す。
それぞれ、別の映画であって、
事情は違うのだと思うが、このことが映画を
つまらなくしていることは確かだ。

「回路」について、その「はるえ」
って、加藤が呼ぶシーンを
確認して見ようと見始めたら、
最後まで見てしまった。
あらためて、この映画についてふれておこう。
この映画の画調とカメラの動き、次々と知人たちが、
白い壁に人影の黒いシミを残し消えていき、
さらに、そのシミが粉々に飛び散る映像など
うまく出来ていると感心する。
そして現代は確実に滅びだしていて、
残されたのは、とうとう、ふたりの見しらぬ
若い男と女といった展開も悪くないと思う。

映画は、まず、感性と直感にあるんだという
イーストウッドからの示唆をもう一度思い出す。
この映画は、その感性と直感からいえば、
麻生久美子が発する生身の息づかいとともに、
とてつもない傑作になりえたかもしれないのだが、
加藤晴彦という役者の問題と
シナリオのディテールが、
十分に詰め切れていないのが惜しまれる。


2006年9月15日
昨日は懐かしい友人たちに会って、
生ビールを一杯飲んでから、
深酒しないように注意しながら
日本酒を飲む。日本酒を飲むのは久しぶりだ。
22時前に、気持ちよく帰宅し、
いつもよりも早く寝る。
朝の5時に、喉が渇くので起きだして水を飲む。
そのまま起きて、昨日の続きをやる。
(「おわりに」の最後部分を残していた
「靖国問題」(高橋哲哉著)のメモを書き終える。)
この「おわりに」には、石橋湛山の文章が
長く引用されている。
こうして石橋湛山の文章に触れるのは、
何度かあるのだが、いつも感心する。
ここでも、靖国神社への誠実な理解のもとに、
その論理的な語り口に嘘がないことに感銘をうける。

2006年9月14日
急に涼しくなってきたことは、
有り難いのだが、やはりどこか異常なのかとも
思ってしまう。暑いことが言い訳にできないので、
がんばろうと思ったりもする。

このところ、早寝早起きができないで、
今日は午前4時に就床し午前10時に
起き出すというような展開になっている。
とにかく集中できる時間を長くすること。

一日一本の映画と思って、録画したDVDを
整理しながら、「ニライカナイからの手紙」05を見る。
熊澤尚人監督・脚本、出演・蒼井優、南果歩。
何をやりたいのか前半の1時間ではわからない。
主人公が東京に出て、
自分の写真を撮り始めるところから、
勢いがでて「感動」へと繋いでいく。
決して悪い話ではない。


2006年9月13日
昨日は、午前中に、
画面のつくりや画質などに納得しながら、
テレビから録画した黒沢清監督「回路」00を見る。
話には無理があって、
よくわからない映画なのだが、
なにか大きなイメージを取り込み、
世界を動かしてみせようとするイメージなど、
なんとか、やりたいことは伝わってくる。
麻生久美子がいい。そして、天気は悪いが
このあと一気に新宿へ出掛けようと
思い立つ。黒沢清「ロフト」05と
富永昌敬監督「短編シリーズ・亀虫」などを見る。

イーストウッド映画から学んだ、
映画は感性と直感が大切だということや
「回路」(黒沢清監督)の印象などに
後押しされて、約一か月ぶりの映画館だったが、
期待したほど楽しめなかった。残念。

黒沢清作品を見るのは、
「CUREキュア」97以来という
ことになる。この間、話題となった作品
を見逃している。(6月の「シネヴエーラ渋谷」
には、一度も行けなかった。)

加藤晴彦を使う意味がわからないのだが、
これだけのキャストとスタッフ
に恵まれているのに残念だと思う。
ひとことで言えば、シナリオ段階が
甘すぎるのだと思う。

富永昌敬監督作品は、
面白いといえば面白いのだが、
それほどかといえばそうではない。
(「亀虫」にはコントや漫画などにある
笑いと毒がある。)

イーストウッドは、
キャストとスタッフの
感性と直感を尊重しながら、
つくりたい映画をつくっている。
そして、この「つくりたい映画」には、
あたりまえにしっかりした「シナリオ」があって、
さらに、それは観客にも開かれた
「シナリオ」になっている。
きっとドキュメンタリー映画のように
映画を撮っているのだと思う。

2006年9月12日
昨日がニューヨーク・テロから5年。
NHK・BSハイビジョンで、
「9.11ニューヨーカーたちの5年」を見る。
2001年当時のインタビューと
5年後のインタビューを重ねられる。
ここに、5年という時間の経過とともに、
それぞれの真実のドラマが、肉声で語られていく。
また、現在のニューヨークの風景、
そして人物の表情などが、
リアルに映し出され、
ハイビジョン画質も十分に生きている。

ここに登場する人々は、
だれもが真剣に考え、率直に語っている。
さまざまな立場やイデオロギーを越えて
人間が生きている。
さすがにNHKだと思う。とてもいい仕事だ。



2006年9月11日
9日にNHKのBSで、
沢田研二と田中裕子が出演する
「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」82を見る。
確認してみると、その頃、
沢田は「太陽を盗んだ男」79、「魔界転生」81、
田中は「ええじゃないか」81、「天城越え」83に出演している。
だから、ふたりとも映画俳優として、
映画関係者に大いに注目され、
期待されていた時期にあたる。
映画としての評価とは、別の意味で、
ふたりの登場シーンは興味深いものがある。
30作目。興行収入は3番目だったという。
公開当時をうまく思い出せないが、
いちど見たような気もしてきた。
見終わる頃から飲み始める。

10日は、DVDに録画してあった「ミステイック・リバー」
を見る。俳優の演技と映像の色調、
ゆったりと動く映像の流れ、そして音楽(イーストウッド)と、
しっかり堪能しながら
初めてみるように見ることができた。
刑事(ショーン)役のケヴィン・ベーコン
とデイブの妻役のマーシャ・ゲイ・ハーデン
の二人の役者が強く印象に残る。
そして、その役柄としても、
この二人の存在が、
この映画を単純に終わらせていない。

続けて映画「アフガン零年」03を、これも
録画してあったDVDから見る。
アフガニスタン・日本・アイルランド。
監督・脚本はセデイック・バルマク。
タリバン政権崩壊後の復興アフガニスタンで
製作された映画第1作だという。
長年の戦争後のタリバン政権下に
置かれた女性の過酷な状況が描かれる。
少女役のマリナ・ゴルバハーリに
存在感があって痛ましい。
この映画の「アフガン零年」というタイトル
は、この映画を何も語っていない。
原題は、少女の役名である「OSAMA」。

2006年9月8日
先日から、あらためて
クリント・イーストウッドに
関心を持ち始め、
昨日は、昨年再放送されて、
録画しておいた「アクターズ・スタジオ・インタビュー
クリント・イーストウッド 自らを語る」を見る。
最後に「ミスティック・リバー」03の
試写をみたことが話題になっている。

 ここに書いた大きな誤りに気づく
「ダーティハリー」「白い肌の異常な夜」と
「恐怖のメロディー」と3本の映画が、
1971年につくられていることから、
うっかり3本とも監督をドン・シーゲル
にしてしまったのだが、
イーストウッドの初監督作品が、
「恐怖のメロディー」だったということに、
今回のインタビューを見ていて、
しまったと気づく。こんな間違いは
70年代当時ならあり得ないことだが。

先日は、俳優の感性ということを書きとめたが、
イーストウッドの直感ということだなと思う。
俳優の演技を静かに見守っている
映画監督のイーストウッドがいる。
そこに、気持ちのいい空間としての撮影現場がある。

「ミステイック・リバー」は、完璧なシナリオ
だったという。一字一句、直すところがなかった。
俳優たちも、このシナリオに惚れ込んでいて、
じぶんたちで、台詞の読み合わせをしていたという。

イーストウッドの、確かな「直感」に支えられ、
スタッフ、キャストが信頼関係に結ばれている。
ひとつの理想的な映画づくりが実現されている。
そして、「映画はシナリオだ」と確信する。

2006年9月7日
よく読み込むこと、
しっかり読むことをやっている。
それは読んで書くことだなとも思う。
書くことで、どれだけ読めてないか
ということがわかる。
また、小説などは一度読んでわかったという
感覚も大切だと思う。それは、なかなか言葉
にすることが難しいのだが、
それは、読み直すのではなく、
その一回性というものを大事にして、
とにかく言葉にしておくことが、
これも深く読むことに通じるのだと思う。

2006年9月6日
一昨日から昨日、いろいろな
「トラブル」に見舞われる。
Power Mac G5につないでいるDisplay
がスリーブしたまま、どうやっても
復帰できないというトラブルから、
結局は、Displayの電源が入らなくなる。
そこで、電源アダプターを交換する
ことになる。これには1週間以上かかるという。
しかも、これで直るという保証もないのだが。

つぎにメモ用の書式をAppleWorksで
独自に作ってあるのだが、
一部保存できないというトラブルになる
(これはどうも一年に一度ある)。
なんとか他にコピーし決定的な難を逃れる。
もうそのときは、夜遅かったのだが、
さらに、部屋の蛍光灯の一本が切れる。
だから今日は、昼近くに蛍光灯を
買いいくなどしながら、夕方は雨になるかも
しれないからと思い、汗もかいたついでに、
そのまま走り出す。

いま、気持ちのいい、軽い疲労のなかで、
これを書いている。雨が降ったり止んだり
している。涼しくなってきた。
気力は充実してきているんだけどな。

2006年9月5日
9月3日に映画「ダーティハリー」
(ドン・シーゲル監督)71
をNHKハイビジョンで見る。
クリント・イーストウッドが
41歳のときの作品だ。35年ぶりに見る。
「許されざる者」92と
共通する感情が流れていることに驚く。
それは法律的な規範を越えて
行動せざるをえないものへの
共感とでもいえようか。
この同じ年に同監督とのコンビで、
「白い肌の異常な夜」と
「恐怖メロディー」がつくられている。
この2本の映画は気になってはいたが、
いままで見ることができないままになっている。
どうも、ここにイーストウッドの
原点のようなものがあるように思える。

38歳のときに、セルジオ・レオーネ監督と
別れてじぶんで映画製作会社を立ち上げる。
単にハリウッド映画をつくるという発想とは違って、
じぶんのつくりたい映画をつくるということを
考えて今日まできているように思う。

2006年9月4日
先日(1日)、NHKハイビジョンの
「クリント・イーストウッド・名匠の実像」を見る。
76歳の映画監督は、俳優、製作、監督と映画
とともに歩んだ映画人生を
気負いもなく淡々と語る。
映画「許されざる者」92から感じていた違和感が、
なんだか一気に解消されていくようにも思えた。

俳優として、たくさんの監督の現場を立ち合った経験が、
じぶんの演出に生かされている。
俳優は一度目のテークがいいという。
最初の感性が大事だ。俳優は、ここで全てを
出しきらなくてはいけない。(他のスタッフも同じだろう)
だから何度もテークを繰り返さない。

いま「硫黄島」を舞台にした映画を2本完成させ、
これから公開される。
そのうち1本は、この闘いを日本の側から描いた、
日本人の俳優だけでつくられた映画になっている。
初めは自身で監督するつもりではなかったが、
結局自分でやることになったという。

渡辺謙はじめ、俳優たちの感性を信頼し、
「日本人」を演じる日本の俳優に任せる
ということなのだろう。
昨年に読んだ「散るぞ悲しき
硫黄島総指揮官・栗林忠道」(梯久美子・著)を
思い出しながら、この「総指揮官」(52歳)のイメージに、
イーストウッド監督が重なる。
映画は国家や国籍を越えていく。

2006年9月3日
しっかり飲み過ぎた日から、
そのダメージを心身ともに引き摺りながら、
なんとなくカレンダーを見て、
日を数えてみる。
10日目か。いつの間にか9月になっている。
涼しい風も吹き、過ごしやすい日が続く。

NHKのBSで始まった、
没後50年溝口健二特集を録画しながら、
映画を見てしまいたい誘惑にかられる。

「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」
(新藤兼人監督)75を初めてみる気分で見る。
インタビューに登場する人々がまだ若い。
乙羽信子、増村保造など亡くなっている人も多い。
貴重な記録映画だ。
そのあとに、最近つくられたドキュメンタリー
「時代を越える溝口健二」を見る。
気にしていた柳町光男監督の「溝口論」なども聞ける。

その日の夜には映画「近松物語」54を録画しながら、
最後まで見る。さすがに素晴らしい映画だ。
あらためて、溝口健二=新藤兼人=増村保造の繋がりを思う。

今回の特集では、「祇園姉妹」から遺作となった
「赤線地帯」までの9本と、次回作として、
構想していた「大阪物語」(吉村公三郎監督)
(9月4日放映予定)を録画することになる。
「滝の白糸」などをはじめ、多くの溝口映画は、
1970年の初めに、京橋のフィルム・センター
で見ているのだが、ここで溝口映画について
あらためて見直しておきたいと思う。

この「ネット・リュミエール」でも、
溝口作品を取り上げているのは、どうも
2001年に見た「祇園囃子」だけのようだ。
page127 祇園囃子 01.1.15

2006年8月24日
今日は久々に早く起きて
久良岐公園まで散歩し走る。

このところ、
メモを取りながら本を読んでいる。
充実した時間だと感じられる。
前に読んでいる本なのだが、
あらたな発見があるので驚く。
きちんと読めていなかったなとも思う。
映画もそうだ。なかなか一度見たといっても、
必ずうまく見られたとは限らない。
でも一度見たときの印象は大切だ。
ここからすべてが始まるし、
この最初で終わってしまうことにもなる。


さて、8月17日以降見た映画などにふれておこう。

「21歳「家族」の軌跡」
NHKで、7年おきに子どもたち
の成長と社会の変化を記録したもの。
今回は7歳、14歳の次ということで21歳、
3回目ということになる。
子どもが大人になっていくという過程が、
しっかり見られて大変興味深いものがあった。
貴重な記録になっている。次回は7年後ということ。

「ショコラ」00 米
(ラッセ・ハルストレム監督)BS-I HV画質。
同監督の作品は、「サイダーハウス・ルール」
しか見ていないが、
映画というものがよくわかっている
監督だなと思う。この映画も感心する。
冬の暗い屋根が並ぶ村の全景から始まり、
オレンジ色の屋根が輝く村の全景を俯瞰して終わる。
また、個人的にも、主人公の親娘や
船上で暮らすジョニー・デップなどの
定住しない遍歴民の存在に関心があるのだが、
日本映画でも、こんなふうにできるかな
と想像してみる。(06.8.19)

「歌伝説ザ・ピーナッツの世界」NHK・BS2
「ザ・ピーナッツ」の明解な歌声に堪能する。
子どもながらも、しっかりテレビと共に、
同年代を生きていた記憶が鮮明だ。そして、
多くの人が自信を失い混迷の中にあった
1970年代に見切りをつけ引退する。
引き際も明解だった。
1974年12月31日の「紅白」が
最後となる。(06.8.19)

「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」81松竹
(山田洋次監督)
どうも録画だけしようと思いながら、
ついつい見てしまう。
そして、中盤過ぎると飲み始める。
松坂慶子が若くて綺麗に撮られている。
(06.8.16)

「四日間の奇蹟」05日本
(佐々部清監督)WOWOW・HV画質。
つくられた経過など、
全く知らないのだが、
足が地につかない映画だ。
映画のリアリティがまったく
感じられない嘘でつくられた
映画になっている。

日本映画界は「石田ゆり子」という
女優をうまくつかえないまま
終わってしまうのか。(06.8.22)

2006年8月18日
今日は夜降った雨も上がり
夏らしく晴れ暑い日になりそうだ。
週末から「墓参り」などに出掛け横浜を留守にしていた。
もどってからもなんとなくのんびりした気分でいる。

8月9日以降見た映画などに触れておこうと思う。

「孤独な場所で」50米
(ニコラス・レイ監督)
NHK・BS2で録画しながら見る。
シナリオ・ライター(ハンフリー・ボガード)が
犯人ではないとしても、
ここで描かれた彼の性格や行動などから、
女は迷い躊躇する気持ちになっていく
のはよくわかると、見るものに
思わせてしまう。それは作る側
からいえば、やはり失敗なのだと思う。

ニコラス・レイ監督は、
そもそも映画つくることは、
犯罪行為に似た孤独と狂気があって、
犯罪者と紙一重だといいたいのかもしれない。(06.8.9)

「リチャード・ニクソン暗殺を企てた男」04米
(ニルス・ミュラー監督 主演:ショーン・ベン)HV画質。
この主人公サムの性格や考え方の
結末を見届けたいという興味で最後まで見る。

性格の弱さ、優しさに起因する
サムの行為は家庭、職場からも疎まれ、
次第に独自の信念と孤立を深めていく。
1974年2月。別居中の妻、そして実兄からも、
決別するという最後通告を受け、
個人的な「計画」が実行される。
この映画は実話に基づくという。
確かに、この男の存在や考え方には、
興味深いものがあった。
しかし、残念ながら、タイトルにあるほどの
衝撃性が感じられない。
30年後のいま、映画化するという視点が
うまくつたわらない。(06.8.9)

「平原綾香 LIVE 06」
2006年6月13日武道館LIVE。
WOWOW、HV画質。短縮版か。
おもしろくなかった。だんだん
つまらなくなっていくようで心配だ。(06.8.10)

「いつか読書する日」05日本
(緒方明監督 主演:田中裕子) WOWOW・HV画質。
今月楽しみにしていた映画だ。
「いつか読書する日」というタイトルが、
何回か予告編を見ることで頭に入ってきた。
「いつか読書する日」とは、いいタイトル
だなと思いながら映画を見始める。
でも、映画は、この「タイトル」の
意味をさりげなく表現しているだけだ。
少し不満だったが、これはこれでいいのかとも
思い直す。(じぶんが思いこんだ「いつか読書する日」
をじぶんで書いてみたいと思う。)
しかし、ラストの展開で、溺れた男が岸部一徳だということが、
わからないまま、川岸に出て
血相を変えて走る田中裕子は不自然だ。
だから、笑い顔の死はもうひとつ生きない。

「りんご」98イラン
(サミラ・マフバルバフ監督)
この「りんご」「ブラックボード 背負う人」
などの作品を見落としていたという思いと、
ゴダールが「この何年かの間で私が好きだった映画」として、
このほかにもいくつかの映画を挙げて、
「これらはみなキャメラを必要としている映画で、
その必要から出発しています。」と語っている
こともあって、シネシャンテ(BOW30映画祭)に出掛け、
「キャメラから出発する映画」の意味を考える。(06.8.11)

「ゲルマニュウムの夜」05日本
(大森立嗣監督)
「りんご」を有楽町で見て、その足で上野に向かう。
上野公園周辺は、平日でも夏休みということで、
家族連れなど、たくさんの人出があって驚く。
東京博物館をめざし歩く。人混みから離れた、
この博物館の裏門にあたるのだろうか、
そこから「一角座」に入る。
開演時間より早く着いたからか、
館内は閑散としている。
それでも観客がいくらか
増えたところで上映が始まった。

荒戸源次郎と「一角座」の上映といえば、
1980年夏の「ツィゴイネルワイゼン」(鈴木清順監督)
の渋谷ドームでの上映を思い出す。
そして、いま新たな展開を始めている。
とにかく、「一角座」で、この映画を見ておこう
ということで、遅ればせながら
最終日間近に出掛ける。

さて、映画だが感心できなかった。
それは、この映画で語られる「神」が、
あまりに安っぽく感じられたことだ。

佐藤慶の神父に重さが感じられないこと、
そして、主人公が実は神にいちばん近い存在だ
といわれるのだがわからない。
ただ、見終わって、
ラストにあるユーモアが、実は全篇
に流れていたということか、なるほどな
とも思わせるのだが、
神父・石橋蓮司の存在を笑い飛ばす
ユーモアなどが、結局は
うまく表現されていないのだと思う。

雪解けのぬかるんだ冷たい地面、単調できつく汚い労働、
俯瞰でとらえた大胆で親密なセックスシーンなど、
画面を大きくリアルに見せる映画的な才能は感じられた。
次回作を期待したい。(06.8.11)

「噂の二人」61米 NHK・BS
(ウイリアム・ワイラー監督 
主演:オードリー・ヘップバーン)
どうも見るのは二度目だが、さすがに
よくできていて感心する。(06.8.15)

「二人で歩いた幾春秋」62 松竹
(木下恵介監督 出演:佐田啓二 高峰秀子)
戦後から昭和30年代という時代の様相が、
夫婦愛を通して、貧し生活の喜怒哀楽とともに、
うまく描かれていて感心して見る。
あらためて木下作品は見直したいと思う。(06.8.16)

2006年8月9日
8月4日22時から、
上演時間が3時間を超える、
コクーン歌舞伎をWOWOWで見る。

コクーン歌舞伎「東海道四谷怪談 北番」
(WOWOW06.8.4 20:00−23HV画質 06..4.18.4.20上演)
演出・美術:串田和美 
出演:中村勘三郎 中村扇雀 中村橋之助
   中村七之助 笹野高史 

翌日(5日)は、大変暑い日だったが、
シャンテシネで、ゴダール監督
「映画史特別編 選ばれた瞬間」
05を見る。デジタルビデオ作品だった
「映画史」(88-98)を、ゴダール自身が、
35ミリフィルム(80分)に再編集し、
05年カンヌ映画祭正式招待作品
となったものだという。

「ダビンチ・コード」06
ロン・ハワード監督
この映画の展開に、
字幕を読みながら謎解きもという
展開についていくのは疲れる。
だから、大きな謎が解かれたとき
はじめて、この映画の意味がわかったと思う。(06.8.5)

「男はつらいよ 
寅次郎ハイビスカスの花」
80 日本
(山田洋次監督)
この頃の「寅さん」は映画館では見ていない。
DVDに録画しながら、つい見てしまう。
そして、なんだか飲みながら楽しんで見る。(06.8.5)

8月6日、WOWOW開局15周年記念・
スター・ウォーズ26時間連続放送で、
エピソード1から3まで
を続けて見る。

映画館では、ジョージ・ルーカス監督
「スター・ウォーズ」は見たことはなく、
前作の多くは、テレビで見ていると思う。
とにかく、ストーリーを追って
それなりに楽しんで見ていたと思う。

「スター・ウォーズ エピソード1/
フアントム・メナス」
99 米
(ジョージ・ルーカス監督)
「スター・ウォーズ エピソード2/
クローンの攻撃」
02米
(ジョージ・ルーカス監督)
「スター・ウォーズ エピソード3/
シスの復讐」
05 米
(ジョージ・ルーカス監督)

すべて、HV画質で見る。
世界各地の実写とSFXを組み合わせ、
技術的にどこまで、映画の夢を
実現できているのかという
興味で見ている。細かい点までは、
よくわからないが、
予算も掛けた丁寧な仕事が
されていると思う。

でも、そのことと内容とは
うまくかみ合ってはいかない。
「エピソード2・3」における、
アナキン・スカイウオーカーという役柄と
ヘイデン・クリステンセンという役者に、
見ているものは、うまく感情移入できない。
これは、「スター・ウォーズ神話」の致命的な欠陥だ思う。
だから、どうしても、
少年アナキン・スカイウォーカーが登場し活躍する、
「エピソード1」が一番というのが、
率直な感想だ。

「海辺のカフカ」02.9 
(村上春樹著) 06.8.7読了。
2年半前に読み出して、
中断していたものを始めから読み返す。
小説の書き方や読み方などとともに、
久々に村上春樹の世界を堪能する。
じぶんの中にある空白が、少しずつ
埋まっていく感覚でもある。

「群衆」41 米
(フランク・キャプラ監督)
なるほど、これもキャプラ作品だったのかと
一度はテレビで見ていることを思い出す。
アメリカの夢が信じられている。(06.8.7)

「ポケット一杯の幸福」61 米
(フランク・キャプラ監督)
「一日だけの淑女」33のリメークで、
ワイド画面のカラー。
フランク・キャプラ監督の最後の作品。
確かに、フランク・キャプラ世界ということで、
面白く楽しめるが、映画としては、
あまり感心はできなかった。
おばあちゃんの嘘が長すぎて無理がある。
(この「おばあちゃん」の存在の意味が
薄く、つくりものになっていく。)(06.8.8)

「アメリ」01 仏
(ジャンピエール・ジュネ監督 HV画質)
公開当時に、関内アカデミーで上映されいて、
なんとなく見たいと思っていた映画だ。
ポップな遊び感覚を徹底させ、
最後まで過激に走って見せる映像は、
不思議な「アメリ」という存在
と、その周辺の世界をうまく映画
にしている。この映画の影響は、
「亀は意外と速く泳ぐ」(三木聡監督)
などにもあるのかと思う。(06.8.8)

2006年8月4日
「亀は意外と速く泳ぐ」05日本
(三木聡監督)(2006.8.3WOWOW・ HV画質)
公開時には、ここまで
面白い映画だとは思えなかった。
これは「下妻物語」を見たときの驚きと同じだ。

映画は、じわじわと、想像を越えて展開し、
笑いが積み上げられていく。
大いに笑わせてもらう。
映画全体を通じて、
映画そのものの
面白さになっている。
上野樹里という存在が絶妙だ。
すっかりフアンになってしまう。


2006年8月3日
WOWOWなどのBSで、
HV画質で見ることを優先さながら、
見たい映画を見ている。
昨日は、あの有名なミュージカル
を映画化した「オペラ座の怪人」を見る。
いまでも、舞台では
20年近いロング・ランを続け、
世界各国で上演されている。

このひとつの舞台を
戦略的かつ用意周到に
つくりあげきた様子は、
この映画のあと放映された
「BEHIND THE MASK」でも
くわしく紹介さていが、
この「舞台」の音楽を担当した作曲家である
A・ロイド・ウィーバー自身が製作し、
脚本にも参加しつくられたのが、
この映画「オペラ座の怪人」
ということになる。
監督はジョエル・シューマカー。
イギリス・アメリカの合作。

舞台は見ていないのだが、
やっと、この映画を見て、
「オペラ座の怪人」の話が
わかったように思う。
歌姫クリスティーヌ役のエミー・ロッサム
の起用が成功しているし、映画的にも楽しめる。

「NANA」05 日本
(大谷健太郎監督)・HV画質。
音楽シーンは映画によく似合う。
原作の漫画は読んでいないが、
きっと原作のイメージを
うまく映画にしているのだと思う。
映画の画面に、
漫画で描かれた静止画をうまく
切り取ってペーストした感覚を
つくり出して見せる。
それは、中島美嘉と宮崎あおいが、
現実ではない、漫画のリアリティの中で、
しっかり存在している。
中島にハチと呼ばれる宮崎との、
いい関係がうまく伝わってくる。

先日のテレビで、
歌手・大塚愛と俳優・小林麻央が、
私的にも「友人」だと話しのなかで、
小林は大塚のフアンだという話を聞く。
おお、このふたりも「ハチ」関係だなと思う。

「MOON CHILD」03 日本
(瀬々敬久監督)・HV画質。
一部で絶大な人気を誇る、
HYDEとGacktという
ミュージシャンが共演した映画。
日本はすでに崩壊し、
移民としてアジアの一角に住む。
話は子供時代から始まり、
さらに、その10年後という展開になっていく
未来の話。ふたりは、大きな組織との
抗争に巻き込まれ、やたらとピストルを
撃ちまくる・・・。

「NANA」の中島美嘉もそうだが、
HYDEとGacktの「素材的な面白さ」と魅力は、
十分うまく発揮している。
そして、映画のつくり手たちも
やりたいことが、かなりやれていると思う。
それは、羨ましくもあるのだが、
映画はおもしろくなってはいかない。

これで、瀬々敬久監督作品は、
BS放送で、「ユダ」04、「肌の隙間」04
そして、この「MOON CHILD」03と 
3本見たことになる。

「キネマの天地」86 松竹
(山田洋次監督)
松竹撮影所50周年記念映画。
昭和初期の蒲田撮影所が舞台。
実在の人物や実際の映画をモデルに、
世相もうまく反映させながら、
さすがに、うまくできている。
いま見ているからだろうが、
この映画は、渥美清の映画でもあり、
しかも、山田洋次の映画論にもなっている。
そして、登場する俳優の演技の端々に味がある。

「皇帝ペンギン」05仏 
(リュウケ・ジャケ監督)・HV画質。
今年のアカデミー賞ドキュメンタリー賞を受賞。

この皇帝ペンギンの、
子作りの実態を捉えた記録は
貴重だし、ペンギンの重さが感じらるなど、
ペンギンの動きをしっかり捉え、
内容的には興味深いものがあった。
でも、ドキュメンタリー映画としての
面白さは感じられなかった。

「海の上のピアニスト」99伊・米 
(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)・HV画質。
公開時に話題だった映画だ。
今回初めて見る。
存在しなかったピアニストの話。
なるほど面白い話だ。
映画としても、よくつくられていたと思う。

2006年7月31日
映画は、映画館できちんと見てからでなくては、
ビデオで見ることはしたくないという
こだわりがあった。
だから、ビデオに録画しても、
そのままにしてあったものが多い。
それは、ビデオで見ただけで、
映画についてなにか言ったり、
書いたりするのは、
つくり手に対して失礼なことだと
いまでも思っているからだ。

そして映画批評は映画館で見ること
の一回性を持って語られるべき
ものだという強い気持ちがある。

また、ハワード・ホークス、
ジョン・フォード、チャップリンなどの、
監督作品については、こだわりがある。
いずれじっくり、まとめて見たいと思って録画していた。
だからどうしても、見ていないビデオが溜まっていく
という事態になる。昨年からはビデオから
DVDに代わったが、事情は変わらずに増え続ける。

ここで、、録画したまま見ていないという
DVDを一枚でも減らしたいと思いながら、
WOWOWなどBSのHV(ハイビジョン)画質が、
映画館で見るフィルム画質に遜色なく
見ることができること、また、HVではなくとも、
デジタルの高画質であることも加えて、
家庭で「映画を見る」ということが、
ビデオ(アナログ)からデジタル化したことで、
この何年間で、大きく変化してきているのだ
ということを遅まきながら気づく。

さらに、わたしの個人的な事情の変化もある。
それは、真に映画批評が成り立つには、
繰り返して見られる必要があるということ、
さらに、原作、シナリオにもあたってみる
ことが求められること、こうした「批評」の
条件から、どこから、ひとつの「映画」に
近づくかは自由だと思えてきた。ここから、
とりあえず、DVDで見ておくという発想が生まれる。

そして実際に、見たいすべての映画を映画館で見ることの
時間的、経済的な余裕がないこと、
また、見たいときに見たい映画が
上映されていないという物理的な制約もある。

もちろん、映画館で見せるために
つくらた映画は映画館で見られるべきだ。
はじめに書いたように、
映画館で見ることの一回性を持って、
映画を見たということから、
映画批評が始まるという考えを
捨てたわけではない。

そして、映画が映画であることは、
最良の高画質や高音質などを超えて、
映画館の中だけにしか見ること、
聴くことができない存在として、
生きつづける。それが映画の原点である。

「モンキー・ビジネス」52 米
(ハワード・ホークス監督)
ケイリー・グランドとジンジャー・ロジャース
が、若返りの薬を飲んで、若かった時代に戻る
演技がおかしい。この二人に、秘書役の
マリリン・モンローが絡む。

「静かなる男」52 米
(ジョン・フォード監督)
「モンキー・ビジネス」と同じ52年製作という
こともあって、何年か前に、パソコンの
DVDプレイヤーで見るために購入したDVD
を見る。テクニカラーのデジタルリマスター版。
初めて見るという印象を持って、最後まで楽しむ。
「夢のような理想郷」として、
生まれ故郷のアイルランドの自然を舞台
につくられた映画。構想から10余年。
ジョン・フォードは、この映画を自分の映画の最後に
するということだったという。

「怒りの葡萄」40 米
(ジョン・フォード監督)
「チャプリンの独裁者」と
同じ年の1940年に製作されている。
一年前1939年の「風と共に去りぬ」がつくられた年に、
ジョン・フォードには「駅馬車」がある。

モノクロ映画における画質と
画面の凄みがある。それはWOWOWから
録画したDVDからも十分にうかがえる。
それは、ジョン・フォード監督の演出力なのだが、
ここでは、撮影を担当しているカメラマン、
グレッグ・トーランドの名前も記憶しておこう。
1941年には、「市民ケーン」(オーソン・ウエルズ監督)
を担当している。(同じ年に、ハワード・ホークス監督
の「教授と美女」も担当しているが未見である。)

どこで、どう見たかははっきりしないが、
一度見たことがあることを鮮明に思い出す。
逆境の中での、母親(ジェーン・ダーウェル)の
前向きな逞しさは、「チャプリンの独裁者」の恋人ハンナ
(ポーレット・ゴダード)、「風と共に去りぬ」の
スカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)に
通じるものだ。1939-41年のアメリカは、
自然の大地に根をはって、
「新たな理想郷」をつくりあげるという
夢と希望のなかにある。

2006年7月28日
「レンガを一つずつ積んでローマを築こう」

「HINOKIOヒノキオ」05
(秋山貴彦監督)
HV画質と多部未華子への関心があって見る。
「ロボット」をうまく動かすだけでも大変だろうと
思いながら、とにかくVFXと実写を組み合わせ
リアルに見せる技術には感心する。
でも、演じることの嘘と話の嘘が
足を引っぱる。どうしても映画のリアルに届かない。

「オールド・ボーイ」03 韓国
(パク・チャヌク監督)
日本の漫画が原作で、
カンヌ映画祭でタランティーノが絶賛した
作品だということで、
公開当時は大変話題だった。

監禁される前に、
酔っぱらって警察に保護された
主人公が、とぼけた奇行を何度か繰り返すのだが、
それが、すごくおかしい。
(どうも、このシーンとその
後のシーンとが、しっかりと繋がっていかない。)

復讐劇としての話の展開や映像的表現としても、
なかなか驚かされるものがあるが、
それ以上ではない。

「チャップリンの独裁者」40 米
(チャールズ・チャップリン監督)
NHKのBSでの放映されたものを
録画しながら、つい最後まで見てしまう。
すべてがうまくできていることに
あらためて驚く。確かな笑いを積み重ねて見せる。
ラストの感動的な演説から、
語りかている恋人のハンナが
映し出されるシーンから、
「風と共に去りぬ」39のラストシーン
を思い出していた。1939年と1940年。
誰でもが認める「映画の傑作」
を生み出した時代背景を考えている。

2006年7月27日
「レンガを一つずつ積んでローマを築こう」

このところ、録画したDVDやHV画質でオンエアー
された映画など、たくさんの映画を見ている。

さらに、NHKのBSではチャップリン映画の
放映が続いている。
なぜか録画を失敗しながらも、
「キッド」21(51分)と
「街の灯」31(84分)を見る。
映画のアイデアが、
ひとつではなく、いくつものアイデアを
積み重ねながら、映画にしていくんだなと思う。
映画のなかにある「感動シーン」は、
その結果として生まれたものだ。

書き落としていた映画についてもメモしておこう。
「666号室」82
(ヴィム・ヴエンダース監督)
カンヌ映画祭に参加したゴダールや
スピルバーグなどの監督や映画人に
「映画の将来」について語ってもらっている
44分のドキュメンタリー。
M・アントニオーニの発言が一番興味深かった。
じぶんのつくる映画の方法などに意識的であるとともに、
本質的に自由な発想を持つ映画作家だとわかる。
24年前に高画質ビデオの発達を現実的に
感じとっている。だから、
ただ、単に、映画(フィルム)とテレビ(ビデオ)を対立
するものとしてとらえていない。(7.20)

「暗くなるまで待って」67 米
(テレンス・ヤング監督)HV画質。
O・ヘプバーン主演のヒット作。
すごく面白かったという印象があったのが、
どうも、怖がらせかたが気に入らないし、
ヘプバーンにも魅力が感じらなかった。(7.23)

昨日の夜は、「父、帰る」03 露
(アンドレイ・ズヴャーギンツエフ監督)を見る。
2004年の公開当時も話題で、
是非みたいと思っていた映画だ。

弟イワン、兄アンドレイ、
そして12年ぶりに帰ってきた寡黙な父、
この三人のやりとりが、
繊細でかつ絶妙だ。三者三様の人格が、
個性を持ってぶつかり合う。

我がままにみえる弟の自己主張が、
次第に兄と弟の立場を逆転し、
自信すら垣間見せる瞬間をも
映画は見逃さない。
兄は兄として、二人に気を使う。
時間を守らない兄にも理由があるが、
父親としては怒るしかない。
父は父としてあたりまえに振る舞う。
幼いぶんだけ弟は、わからないことに
て耐えきれずに、心情を吐露し真相にせまる。

そして、映画は12年の歳月を埋めらないままに、
美しくも寡黙な自然な風景とともに、
悲劇を呼び込む。
私には、帰ってきた父は、
当然のように海の底深くに
戻って行ったように思えた。

2006年7月26日

「レンガを一つずつ積んでローマを築こう」

久しぶりに晴れる。
冷蔵庫の中にある気になっていたソースなど、
瓶詰されたものなどを片づける。
どれも期限切れのものだから、
捨てればいいのだが、いまは簡単ではない。
中身を処分してから、
瓶、プラスチック、ペットボトルなど
と容器を洗って分別する。

こうして毎日少しずつでもいいから、
やっていこうと思い立つ。

「イン・ザ・カット」03 
(ジェーン・カンピオン監督)
ゆっくりと流れる曲(「ケ・セラ・セラ」)
とともに映し出され街角の落書き
やゴミの山から花の咲く公園、
風に舞う花びら。すごく綺麗だなと感じる。
わたしには、ここまで見ただけでも、
この映画は価値がある。
そして、全篇の色彩と映像感覚は、
ジェーン・カンピオン監督ならではの
センスだと思うが、
残念ながら、誰にでも面白いという
映画にはなってはいない。
周囲の男たちを翻弄する女性映画ともいえるが、
ヨレヨレになって、
怖い夢を泳ぎ切った女主人公が、
愛する男の腕に戻って眠りにつく、
そんな映画だ。終わりも「ケ・セラ・セラ」の歌
が流れる。嫌いな映画ではない。

「七人の弔」05
(ダンカン監督)
どうやって終わらせるのかという興味だけで、
最後までみる。だいぶ無理のある話だ。
発想の逆転と徹底があるのだが、そこまでか。
それだけでは、うまく映画になっていかない。

2006年7月25日
昨日はNHKテレビで
「女性の “うつ”あなた大丈夫ですか?」
を見る。「認知症」の放送のときもそうだったが、
今回も見につまされるものがある。
早期に発見し適切な治療が有効だということだが、
その要因は様々で、どうも簡単な対処法はなさそうだ。
だから、一生つきあっていく覚悟のようなものが、
必要なのだろうというのが率直な感想だ。

ふと、「レンガを一つずつ積んでローマを築こう」
という言葉が浮かぶ。
このところ、たくさんの映画
を見ているなかにあったなと思う。
(映画「シービスケット」だったようだ。)

「秋たちぬ」60 日本
(成瀬己喜男監督)
DVDに録画した成瀬監督作品が、
23本ある。遺作の「乱れ雲」67から
メモしながら見直している。

「オペレッタ狸御殿」05 日本
(鈴木清順監督)HV画質。
チャン・ツイィーの狸姫が、
安土桃山(平幹二郎)に刺される瞬間の映像と
三匹の子狸(少女)たちに魅力を感じただけだよ。

三谷幸喜の作・演出、
パルコ歌舞伎「決闘!高田馬場」(2時間40分)
3月25日のパルコ劇場の生中継を録画したもの
をやっと見る。よくできている。
さすがに歌舞伎の伝統の力と
三谷のセンスのよさだと感心する。
また、番組制作のWOWOWの力でもある。
(いま「染五郎」に勢いと華が感じられる。)

「バード」88 米
(クリント・イーストウッド監督)
2時間41分。
チャーリー・パーカーの
デジタル化されたオリジナル演奏を
聴いているだけでもいいのだが、
妻のチャン(ダイアン・ヴェノーラ)の
存在が魅力的だ。
出会いから妻として喜びや怒りなど、
さまざまな葛藤を演じ分けて見せる。
死ぬ間際の電話で、
はじめて優しく応えるところなど
効果的である。

死体を見た推測から、65歳ぐらいと電話で報告するの
をそばで聞いて、知人の女性は「34歳よ」と言う。
映画は「人生に第二章はない。」(スコット・フィッツジェラルド)
という言葉が引用されて始まる。

「帰郷」05 日本
(萩生田宏治監督)
日本映画は、ここよりもっと先に行かなくてはならない。

2006年7月24日
梅雨前線が停滞し、今後も、
九州北部、中国、近畿、北陸、東海、甲信地方
と広い範囲で、土砂災害や河川の増水
の恐れがあるという。

「セントラル・ステーション」98伯
(ウォルター・サレス監督)
先に「モーターサイクル・ダイアリーズ」
を見てから、同監督のデビュー作が、
この映画だったと気づいて、
遅ればせながら見る。
サンダンス映画祭から生まれた映画で、
当時話題だった。

この代書屋の「おばさん」のことが、
うまく理解できないまま、
映画がロードムービーへと展開していく。
少し時間が経過しから、
ブラジルの生活などともに、
この映画の意味がわかってくる。
少年と「おばさん」との関係が、
親密になっていくなかで、
少年役の魅力もあって、
「感動的」なラストへと映画は向かう。

「グッバイ、レーニン!」03 ドイツ
(ヴォルフガング・ベッカー監督)
国内外で大ヒットしたもので、
昨年ドイツ映画祭でも上映されたが、見逃していた。
これは思っていたよりも面白かった。
病気の母親に対して、
刺激させないためなのだが、
母親が思い描いただろう、「理想の国」としての東ドイツの
展開を息子が、テレビ・ビデオなどを駆使して、
母親に、本気で緻密につくって見せるというアイデア
が生きている。
それに息子役のダニエル・ブリュール、
母親役のカトリーン・ザース、
そして恋人役のチェルバン・ハマートヴァ
といった俳優たちがいい。

次は、昨年の2月から気になっていた韓国映画二本。
「殺人の追憶」03 韓国(ボン・ジュノ監督) 
「大統領の理髪師」04 韓国(イム・チャンサン監督)
ともに、ソン・ガンボが主演している。
このソン・ガンボが体現している
喜劇的な主人公の存在が、韓国における
現代史の真実に肉迫する視点を
垣間見せ、映画は、さらに
罪もない大衆を被害者として見捨て、
大衆の生活を翻弄しつづける権力の
「傲慢」と「怠慢」に恐怖する。
ソン・ガンボは、それでも自力で生き続ける
韓国の大衆の顔を演じわけて見せる。

このドイツ映画と韓国の二本の映画は、
やはり、最近の日本映画には見られない、
映画的「リアリティ」と「歴史性」を持った
映画になっている。
日本映画では、「カナリア」04(種田明彦監督)
と「理由」04(大林宣彦監督)ぐらいだろうか。

2006年7月21日
こちらは、涼しくて有り難いのだが、
西日本を中心にした各地は集中豪雨の影響が続く。

さきほどテレビでは、1970年代の雨量と
この10年間の雨量を比べると
1.5倍も増えていて、あきらかに、
異常気象の影響だという。

勢いがついたまま、
見続けている映画のことをメモしておこう。

「モーターサイクル・ダイアリーズ」03英・米
(ウォルター・サレス監督)
1950年ブエノスアイレスを旅立つ。
チェ・ゲバラ。忘れていたなと思う。
映画を見たことで確認する。
1959年のキューバ革命。
1966年コンゴ(アフリカ)のゲリラ戦、
当時のメッセージが記憶にある。
「一つ、二つ・・・・・・数多くのベトナムをつくるために」。
(同年、毛沢東の文化大革命。造反有理、革命無罪。)
1967年10月8日死亡(銃殺)ボリビア。享年39歳。
この若き日の南米の旅がゲバラに
影響を与えたということが、
言葉ではなく、実際に見たこと、
感じたこと、行動したことなどの映像がうまく語っている。

「スリーピー・ホロウ」99米
(ティム・バートン監督)
どうも、この監督も、ジョニー・デップも
見るのは初めてのようだ。

この映画に対抗できる日本映画は、
市川監督の「犬神家の一族」ぐらいかなって
思いながら見ていた。
なんでいまさらリメークかとも
思ったが、どうだろう、
10代に受けるファンタジー的な
要素を入れ込めないだろうか。

「バックビート」93英
(イアン・ソフトリー監督)
公開当時見逃したまま、
ビデオに撮ったりしていたが、
見る機会がなかった。
今回は、ビートルズ来日40周年記念で
WOWOWから録画したもので見る。
1960年から62年。リバプール、
そしてドイツのハンブルグが舞台。
結成時のメンバーで、ジョン・レノン
に影響を与えたスチュアートを中心に描く。
世界のビートルズ前史を語る、
切なく劇的な青春映画になっている。
公開時に見ておくべき映画なんだろうなと思う。

「七つの大罪」52 仏
オムニバス映画。
古い映画だが、それぞれに楽しめる。
なかでも、ロッセリーニ監督の「妬み」の美しさ、
オータン・ララ監督の「高慢」での「貧しさ」など、
うまく人間の怖さとともにうまく描いている。
また、「大食」での幻のチーズも面白い。凄くうまそうだった。

「ビッグ・フィッシュ」03 米
(ティム・バートン監督)
ここまでやってみせられると凄いと思う。
「虚実皮膜」(これは近松門左衛門の語。
事実と虚構の中間に芸術の真実があるする論)
という言葉がある。
どうも、これは映画そのものを意味し
優れた映画であることを語ってもいるのだと思う。
この映画は、そんなことを理解するための
物語になっている。
ずっと理解できなかった息子は、
最後には「父の臨終場面」という物語を父に促され、
つくりあげ完成する。
人を真に喜ばせるエンターテイメント性は
日々の日常生活をベースにしている。

「ラブドガン」04 日本
(渡辺謙作監督)
HV画質で「宮崎あおい」。
そして永瀬正敏、岸部一徳、新井浩文。
大いに楽しみにしていたのだが・・・残念。映画は脚本で決まる。

2006年7月19日
録画されたDVDなどの整理
をしながら、とにかく見ていない映画
がすごく増えてきている。
整理する都合もあるが、とにかく
思いつきで映画を見始める。

「ボン・ヴォヤージュ」03仏
(ジャン=ポール・ラブノー監督)
話は意外な展開で楽しめた。
アクションシーンなど映像的にも、
しっかり撮られているのに驚く。
でも、イザベル・アジャーニに
魅力が感じられない。

「マイ・ボディガード」04米
(トニー・スコット監督)
原作がベストセラーということだが、
これは、映画として良くできている。
この映像感覚も嫌いではない。ボディガード役の
D・ワシントンが死んでもいいと
思っている気持ちが、うまく伝わってくる。

「21グラム」03米
(アレハンドロ・ゴンザレス・
イニャリトウ監督)・HV画質。
なかなか面白い。すっかり感心する。
「クラッシュ」よりも面白いかなとも思う。
この映画の監督、撮影など、メキシコ人スタッフで
つくられた力作だ。
出演は、ショーン・ベン、ベニチオ・ベル・トロ、
ナオミ・ワッツ。
各映画シーンの展開が時間軸を無視し、
パズルのようにばらして、見せていくのだが、
これは手法の問題ではなく、
「人生は続く」という言葉と
心臓の重さ(21グラム)とともに、
深く主題に関わる切実な意味を持つ。

「ぼくは怖くない」03伊
(ガブリエーレ・サルバトス監督)・HV画質。
きれいな花々が咲く、美しい風景を背景に、
こどもの視点から「生活」が展開する。
イタリアの小さな町、少年たちに「夢」が託される。

「シービスケット」03米
(ゲイリー・ロス監督)
良質なアメリカ映画。
時代背景(大恐慌時代)を丁寧に描き、
うまく感動的な話に積み上げて見せる。
本や詩を読むことが、人生を生きることと
うまく重ねられている。
ラストは、「シービスケット」という馬と騎手が、
うまく癒し癒される関係になって、
ともに奇跡的に再起する...。

2006年7月17日
30度を超える暑さやどんより曇った天気が
どうもいけないなって思いながら、
この二日間が過ぎようとしている。

溜まっているDVDの整理を始めるが、
簡単には終わりそうもない。

部屋のレイアウトの変更に伴い、
パソコンを使わないBSの録画方式に
変更する(IRコントローラーを使う)。
マニュアルを読んで試し、
うまくいかないので、またマニュアルを読んでと、
これも簡単ではない。

このところ、気になっていたウディ・アレンの
映画を見る。「おいしい生活」2000と
「アニー・ホール」1977。
さすがに、それなりに面白いのだが、
どうも、いままで敬遠していた
気持ちを思い出していた。
先日、「マンハッタン」1979
「さよなら、さよならハリウッド」2002
を見て、もう少し他の作品を見ておこう
と興味を持ったところだった。

でも、録画状態がよくなかったこともあるが、
「アニー・ホール」は、きちんと
見直し、「マンハッタン」とともに、
きちんとコメントを書いておきたいと思う。

あと、15日には、BS・HV画質で
映画「めぐり逢えたら」1993と
「オーシャンズ12」2004を見る。
「めぐり逢えたら」はCMで途切れ、
「オーシャンズ」は時間や場所が
素直に流れないことなどから、
断続的に眠気が挟まって、
なんだがちゃんと見たという感じがしない。
ただ、どちらも「美しい画面」
になっていたことは確認できた。


2006年7月15日
まだ梅雨があけないまま、暑い日が続く。

先日からの部屋の片づけから、
「文藝春秋」が積まれていたものを整理する。
一度厳選し残しものだからどれも捨てがたい。
何があるのかを確認し場所を移動する。

黒澤明の言葉には説得力がある。
「やっぱり映画の原点だから、
サイレントを見てほしいんだよ。
映画というのは白黒のサイレント映画でもって、
いっぺん頂点を極めたわけだからね。」

「映画の表現方法ってのはいろいろあるわけだからさ、
原点からもういっぺん学び直す
必要があるっていつも言うんだ。

僕は映画つくるとき、
「サイレントだったらどう撮るのかな?」
ってところから始めるんだけどどね。

『羅生門』なんて、アバンギャルドの手法を
ずいぶん取り入れて撮ったんだよ、あれは。」
(黒澤明が選んだ百本の映画/黒澤和子編
『文藝春秋』1999年4月特別号)


2006年7月14日
ちょっと断続的な展開になっいる。外に出ると、
いつのまにか、夏になっていると感じる。

部屋のレイアウトを変えて、あらたな作業環境にしながら、
捨てられるもの捨てようと、古いパソコンの処分を考える。
懐かしくてつい動かし、まだ使い道はないかとまた思う。
(いつも、結局は処分するしかないという結論になる。)

ソフマップでは本体1500円、
スキャナ150円、CD-R/RWユニット50円
などで引き取るということがわかったが、
どうも力がはいらないまま、別室に運びだす。

「延安の娘・文革・下放・30年の夏」という
ハイビジョン番組について、ここに書いた(7月3日)。
そして、昨日は7月9日に放映され録画
しておいた「文化大革命・甦った3万カット、
“紅色新聞兵”が記録した10年」を見る。

中国政府は、文化大革命は当時の指導者(四人組)の
誤りだったとしている。そう簡単ではないと思う中国人も
多いのではないか。それは中国の現状への不満も重なっている。

1966年に毛沢東が天安門において、
指揮した「文化大革命」の影響は
世界的なものだった。造反有理、革命無罪。
この年に「ビートルズが来日」。そして40年たった。


2006年7月12日
昨日は、マヌエル・デ・オリヴェイラ監督
「永遠(とわ)の語らい」2003を
BSジャパンで見る。

歴史学の教授でもある母と幼い娘は、
霧に霞むリスボンの「発見のモニュメント」
「ペレンの塔」に見送られ、
インドのボンベイ(ムンバイ)
に向かう船旅に出る。

マルセイユ、ポンペイの旧跡、
エジプト、イスタンブールと
地中海沿岸の歴史的旧跡を訪ね、
母が娘に「歴史」を語る、贅沢な時間が
ゆったりと過ぎる。

ポルトガルという国に立って見ると、
そこからヨーロッパが、海を隔ててあるイギリス
も含めて地つづきにあるということを
感じることができる。

ポルトガル人は、実際に海を越え、
アジアやアフリカ、新大陸へと向かう。
1541年に日本はポルトガルに「発見される」。

この映画では、ポルトガル語、フランス語、
イタリア語、ギリシャ語、そして英語と
多くの言語が話され理解される。
船上のレストランでは、人類の理想的な
コミュニケーションが図られ、
知的な会話が人生を語る。
(各自が自国語で語る言語が理解される。)

インド・ムンバイ(ボンベイ)の鉄道施設7カ所
で、連続爆発が起きて137人が死亡したと
今朝のニュースで報じられていた(日本時間11日午後10時)。
イスラム過激派が関係する、
「計画されたテロ」の可能性があるという。

映画を見終わって、
地図でムンバイを確認したところだった。

映画は、地中海からスエズ運河を通って
紅海に出たところだっただろうか。
船は、さらにアラビア海に出てムンバイへ向かう
途中だった。そこで、母と娘は、
パイロットの夫と合流し、家族で休暇を
過ごす計画だった。

言葉が正しく通じるということの困難さを思う。

「人を殺すな。世界はひとつにつなる。」と言ってみる。



2006年7月11日
昨日はうまく起きられずに
ワールドカップ・ドイツ大会決勝の
後半から見ることになる。
延長後半5分、ジダンが退場。
試合の流れとは無関係に、
マテラッツィの胸に頭突きを食らわす。
何か差別的なこと?を言われたようだ。
結果的には、これで、押され気味のイタリアが
PK戦に持ち込み勝利を得たという展開になる。
なんて言われたのか気になる。
それにしても、後味の悪い印象を残す。

夜にはBSジャパンで、パトリス・ルコント監督
「列車に乗った男」2002をHV画質で見る。
人生という後戻りできない時間を見つめながら、
ひとりの男(仲間と銀行強盗を計画している)に
偶然に出会い、家に泊めたことをきっかに、
孤独な老人・元教師は、
手術入院を前に死を意識しながら、
何かが変化しはじめたように見える。

ルコント監督は、自分のやりたい題材を
自由に映画にしてみせながら、
人の視線と呼吸を映像化する。



2006年7月7日
昨日は、午前4時のワールドカップ・ドイツ大会
の準決勝から、翌日のウインブルドンの女子・準決勝(シャラボワ
は、最後まで観客の期待をひきつけながらも残念ながら敗退。)
の終了した午前1時30分頃までの長い一日だった。

この間に、WOWOWの午後10時から、
映画「リンダ リンダ リンダ」
(山下敦弘監督)2005をHV画質で見る。
大変おもしろかった。
ブルーハーツの歌のように、
気持ちのいい映画になっている。
あたりまえに人と人が通じあったり
通じなかったりするということが、
リアルに映画になっている。
もう少し言えば、韓国留学生役のペ・ドゥナ
の存在がうまく生きている。
夜中に、ひとり白いホリゾントをバックに
体育館の舞台に立って、彼女が韓国語でメンバー紹介する場面は、
彼女の気持ちがうまく映画的に表現され、
見るものをとてもうれしくさせる。

日本人記者団に対する横田めぐみさん元夫の会見
を今日の昼近くに見ることができた。
終わり近くに、娘(横田夫妻の孫)も同席する。
さらに真相は闇の中へ。


2006年7月6日
寝不足だが、目が覚めて時計を見ると
3時過ぎだったので、
そのまま起きて4時からの
ワールドカップ・ドイツ大会準決勝、
フランス対ポルトガル戦を見る。

結果的には、ペナルティ・キックを
しっかりものにしたフランスが勝つ。
ポルトガルにも惜しいシュートが
たくさんあっただけに残念だったろう。

ハーフタイムに朝食の支度をし、
終わったあとに散歩とランニングをする。
ここまでは、理想的な一日の始まりだ。

昨日は、WOWOWのHV画質で22時から、
映画「コーラス」(2004年フランス)を見る。
別れを禁止されたまま、去っていく先生(寄宿舎の舎監でもある)に、
生徒たちの、たくさんの手だけが窓から振られる。
気持がうまく伝わるシーンになっている。
フランスでは大ヒットしたという。
こどもたちが抱く夢が信じられている。

2006年7月5日
「北朝鮮 ミサイル6発発射 日本海着弾」という記事を
ネットで見て、すぐにテレビのニュースを見る。
政府は、いまも沖合で待機中の
「万景峰号」など北朝鮮船舶の入港を
半年間禁止する経済制裁を決めたという。

拉致問題の現実的解決がみられないなかで、
横田めぐみさんの元夫だったという人
の「会見」に、関係者だけでなく、
日本人の多くが苛立っている。
そして、ミサイルの発射となった。
日本という国が国として
動ける絶好な機会だと思う。

身辺の片づけもすすんで、
あらたな環境も整いつつある。
毎日掃除をするってことは
いいかもしれないと思ったりする。

ワールドカップ・ドイツ大会と
シャラボワ(テニス・ウインブルドン選手権)
の結果が気になっている。
巨人は? 雨が強く降り出した。


2006年7月4日

昨日はパソコンのトラブルを解消するのに
半日以上潰れる。
原因がわかれば
どってことではないのだが、
さまざまの要因をチェックしてもわからず、
一からやり直そうとしたから大変だった。

「道に迷ったら、迷った場所へ引き返せ。」
ということが言われる。
なるほどなと思って助かった経験がある。
迷い迷いしながらもなんとか
目的地につけると思って歩きまわる。
結構遠くまできているという実感は、
戻るという発想を遠ざける。

今回のトラブル解消のポイントは、
一からやり直すのではなく、
トラブルが起きた場所に戻って、
その状況をよく見てみることだった。

映画「歴史は夜作られる」1937を見る。
フランク・ボーゼージ監督。出演はジーン・アーサー、
シャルル・ボワイエ。原題も「History is made at night」。


2006年7月3日
昨夜は、NHK・HVの20持から、
ピーター・ウイアー監督「危険な年」1982を見る。
1965年のインドネシア(スカルノ政権末期)が舞台。
「刑事ジョン・フック/目撃者」1985の監督。
随所に感心する映像もあってそれなりに楽しめる。

でも、「トゥルーマン・ショー」1998でもそうだが、
主題的には興味深いものがあるのだが、
そこからもうひとつ
つきぬけていかないもどかしさがある。
出演は、メル・ギブソン、シガニー・ウイバー、
オーストラリア映画。

1965年という年の意味を考えていた。
インドネシア、ベトナム、オーストラリア、
そして日本(ベトナム戦争反対、日韓条約批准阻止)。
まだ貧しさが「露出」していた時代であり、
「革命」が切実な現実性をもっていた。

映画では、黒澤明「赤ひげ」と
ゴダール「気狂いピエロ」が撮られ、
大島渚は創造社を立ちあげ、
「悦楽」「ユンボギの日記」をつくる。

そのあと引き続き22時から、
「延安の娘・文革・下放・30年の夏」
(ハイビジョンスペシャル・
2003年放送分)を見る。
ハイビジョンの美しい農村風景とともに、
1966年文化大革命、
紅衛兵運動の主役でもあった、
北京の中学生たちが、その後、
下放政策のもとに、農村に送り込まれ、
暮らした延安の青春時代を振り返る。

翻弄され人生の真実に迫る。
隠されたものが明るみに出る。
当事者、関係者たちの困惑。
革命という名のもとに、
国家権力に翻弄された「青春」。

「死んでも死にきれない」という
強い想いの中で生きている、
同時代を生きる人間の衝撃。

毛沢東語録。造反有理、革命無罪。
映画では、ゴダール「中国女」1967を思い起こしながら、
世界の動きをリアルタイムに把握することの
難しさをあらためて思う。

2006年7月2日
なかなか思いどおりにはいかないが、
3時間ぐらい寝て起きる。
4時からブラジル・フランス戦を見る。
両者の因縁なども知って、
なんとなくブラジルが、
ここで敗退する予感もあった。
とにかく、ロナウジーニとジダンを
もう一度見ておこうと思う。

前半にロナウジーニを前線に上げたこと
など作戦面の問題もあったろうが、
決勝トーナメントに入って、
のびのびプレーするジダンが
中心となって発揮するフランスの勢いが勝った。

ボールに絡むロナウジーニを
もっと見たかったけどね。


2006年7月1日
サッカーの
ワールドカップ・ドイツ大会。
延長戦後にPK戦となった、
ドイツ対アルゼンチンの試合結果を見て
午前3時に寝る。
ドイツは、開催国でもあって、
勝利を引き寄せる力が、
うまくひとつになっていくのが見られた。
それは、PK戦でのキーパーの守るリズムに集約され、
アルゼンチンのすべてのシュートが打たれる方向に、
キーパーは確実に反応していた。

こちらは、どうしても、
一日のリズムがおかしいことになる。
ワールドカップ全部を生中継で見ようと
しているわけではないが、
これから、今日一日は明日の午前4時からの
ブラジル対フランス戦をうまく寝て
起きて見ることができればと
思ってやっていくことになる。
ブラジル・日本戦ではうまくいかなかった。

実相寺昭雄監督「姑獲鳥の夏」2005。
先日WOWOWのHV画質で見たことを
ここに書いたが、これは「うぶめのなつ」と読む。
映画の中では、「こかくちょう」とも読まれる。
この映画の評判を知らないのだが、
実相寺監督やスタッフの丁寧な仕事だなと思う。
内容はどうしようもないが、
映像と役者も悪くないので
映画を見ている楽しさはある。

この映画は「時をかける少女」1983に続く、
原田知世の映画になっている。

映像的な感覚の良さは実相寺監督にはあると思う。
SPACE42 帝都物語 2003.1.18

2006年6月30日
昨日がビートルズ来日40周年
(1966年6月29日)という
ことで、先日のWOWOWでも特集が
組まれていた。そこで見た、
「ハード・デイズ・ナイト」2000
(「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」1963
のデジタルリマスター版)は、
実際に見たのは1967年前後だったと思う。

この「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」と「ヘルプ!」
(共にリチャード・レスター監督)の
「ビートルズ映画2本」を見ていることが、
映画をつくろうするわたしには、
おおきな意味があったよう思っている。
(直接的には、ゴダール「気狂いピエロ」と
大島渚「日本春歌考」の影響がある。)

今回、美しいモノクロ画面で復元された
「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」を見ていて、
「ビートルズ」のすべてが凝縮されているように思えた。

2006年6月29日
部屋を片づけることや
毎日掃除しようなんてことを考え、
収納する棚とか台が、
もうひとつ欲しいと思う。

DVDに録画したものも含め、
WOWOWやBSで「映画」を見るだけに
満足していてはいけないと、
昨日は久々、京橋のフィルム・センターに
行って映画を見る。
15時からピーター・ブルック監督「雨のしのび逢い」1960
19時からロベール・ブレッソン監督「ジャンヌ・ダルク裁判」1962
を見る。それなりに面白く見たのだが、
期待したほどではなかったという印象である。

どうも、どちらも、字幕を読んでいるということが、
煩わしいと感じられたことだ。
まあ、その日のさまざまな体調とも関係するのだが。

また、「雨のしのび逢い」のフィルムの状態が、
よくないと思えたことも残念だった。

「映画の主題はきっかけにすぎない。
内容より形式のほうがずっと観客を感動させ、
高潔な心にすることができる」(ロベール・ブレッソン)

昨日は、うまく映画の世界に入ることが、
できなかったなと、やはり残念に思う。

行き帰りの電車と待ち時間では、
網野善彦「「忘れられた日本人」を読む」を読み継ぐ。
これは、じつに面白く興味がつきない。

2006年6月28日
アン・リー監督「いつか晴れた日に」1995
リチャード・レスター監督「ハード・デイズ・ナイト」2000
(「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」1963
のデジタルリマスター版)
実相寺昭雄監督「姑獲鳥の夏」2005
塩田明彦監督「カナリア」2004
アラン・J・パクラ監督「コールガール」1971

これは、今月WOWOWのHV画質で
見ることのできた映画だ。
このHV画質については、
なんども書いているが、この画面で見ると、
そうではない画質のものが、
どれだけ薄めらた画にしか
なっていないかということがよくわかる。

この中で、それが特に顕著になっていたのが、
「いつか晴れた日に」だろうか。
内容的な良さが、
美しい画と共鳴しあうように
できあがっている。
これが映画館に行かなくても、
ここまで見られるということに、
あらためて驚く。
透きとおる青空に白い雲。
「ブロークバック・マウンテン」2005
(アン・リー監督の10年後の作品)における
なんでもない青い空の意味を思う。


2006年6月27日
「来たるべき映画のために」の
誤字脱字と意味がうまく伝わらない部分の
修正などを行う。
来るべき映画のために

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
page38 月の砂漠01.6.27

このサイトのリニューアルが
実行されないのは、
アイデアの問題と技術的な問題とがあるのだが、
これを一緒に、ひとりで考えている
という問題でもある。

また、サイトは毎日の生き物として、
なんとか、生き延びていける
つくりになっている。
だから、どこか本気でないところがある。

今回の「来たるべき映画のために」という
展開は、このサイトにとっても「目標」
でもあったことを思い出す。

「来たるべき映画のために」が、
うまく言葉になっていけばいいと思う。
そして、「ムーヴィング・シアター」
での実験的な試みが、このサイトの
リニューアル的な展開とうまく
重なっていくように思ってもいるのだが。
まあ、なにが面白いかということである。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月26日
ここに、青山真治監督作品について考えることを
つづけてきていたが、どうもここには、
うまくおさまらない。
昨日から今日にかけて、ひとまず書き上げ、
「来るべき映画のために」と題する項目としてアップしました。
来るべき映画のために

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
page38 月の砂漠01.6.27

2006年6月24日
渋谷まで映画を見に出掛ける予定が、
昨日から気になることを片づけるのに
時間がかかる。
結局でかけるのをやめ、
掃除などを始めていた。

このサイトをアップしていないことに気づく。
どうも、ブラジル戦の影響で時間の感覚が
おかしくなっているようだが、
なんとなくそれでいいとも思っている。
もうすぐ午後6時になる。
とにかく、散歩とランニングには
行ってこよう。

2006年6月23日
しっかり寝て起きるという展開には
ならなかた。早く寝たのだがすぐに目が醒める。
起きだして、網野善彦「「忘れられた日本人」を読む」
のメモを取る。再び4時前に一眠りして
目覚まし時計のブザーで起きる。
サッカー・ブラジル戦が始まる。

今回は前半のロスタイムまでだった。
残された時間に立ち直っていくという
展開にはならない。
パスなど中盤のつくりに余裕がなく、
うまく攻撃につながっていかない。
世界との差が歴然としているように見えた。

オーストラリア戦後半39分に時間が足踏みしたまま、
日本は立ち直れなかった。
「奇跡」は起こそうと思って起きるものではない。
試合後30分位経過していた思うが、
NHKのアナウンサーが、ニュースの繋ぎで
「気を取り直して」っと、唐突に言っていたように、
日本人の多くが気を落とす。

2006年6月22日
今日から早起きをする。一時間の散歩と
ランニングも、取り入れ順調なスタートである。
天気が悪いけどね。

今日も青山真治「ユリイカ」などの
映画について考えて書こうしているのだが、
なかなかうまくいかない。
やっぱし、続きはブラジル戦を見てからだな。
今日の夜は、早く寝て3時過ぎに起きよう。
SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
page38 月の砂漠01.6.27

2006年6月21日
早寝早起きに戻そうとしているのだが、
なかなかうまくいかない。
今日はうまく起きられたので、
このまま起きて、早く寝ればいいと
思ったが、眠気に勝てずに、
いま少し寝て起きたところだ。

青山真治「ユリイカ」の内容について、
思い返してみているのだが、
種田明彦「カナリア」を見たことなども
多少影響し、うまく言葉になっていかない。
続きは、ブラジル戦が終わってからかな。
勝ち点、得失点差が同じだと、次は総得点差、
対戦成績、そして最後は抽選となるようだ。

このサイトの文字や大きさなど、見え方が、
使っているパソコン、WWWプラウザによって、
だいぶ違うことをあらためて気づく。
発信した当初は、すごく気にしていたのだが、
それは、4年前だからもういちどチェックしてみようと思う。

2006年6月20日
散歩しながら、サッカーの決勝トーナメントへの可能性
を頭のなかで、2点差以上で勝たないと、
勝ち点、得失点差、ここまで同じ結果だと
次はなんだろうかとか、
ずっと考えることになった。

Final Cut ExpressからQuickTime変換での
書き出しの試行錯誤を続け、
どうも、ファストスタートで、
自動スタートするのに、
わたしが当初感じていたよりも
時間がかかるってことかなっていう
曖昧な結論で、この作業はひとます終了する。
品質とパフォーマンスの折り合いの中で、
最適な書き出しを求めるという課題は
課題としてある。

サッカーとは、すくなくともブラジル戦までは
しっかりつきあおうという気持ちだ。
2点差以上で勝たないといけない。
ブラジルはBチーム対応という情報もあって、
気持ちが削がれるところもあったが、
これは、一歩「奇跡」という現実に
近づいたってことかもしれない。

2006年6月19日
アップするのが遅れる。
昨日は、飲みながらだけど、
ブラジル、オーストラリア戦まで見てしまう。
だから、3時過ぎに寝て9時50に起きる。
すっかり忘れていたが、
WOWOWで種田明彦監督「カナリア」
をHV画質で見る。とてもいい映画だった。
気分よく洗濯、食事の支度、遅い昼食、
今日もなんだか眠くなってきた。一眠りするかな。

一昨日からムーヴィング・シアターが、
ファストスタートしないことに気づく。
原因が分からないまま、
素材の「書き出し」からやり直すなど、
いろいろと試みるが、うまくいかいない。
(時間をかけて、すべてをダウンロード
してスタートさせれば見ることはできます。)

2006年6月18日
映画紹介の番組(WOWOW)で、
パトリス・ルコント監督が、
いま、公開中の「親密すぎるうちあけ話」
の話しの終わりに、
「日本人は会うたびに
忙しくなっていくみたいだ。
もう少し時間をかけて生きてください。」
とにこやかに語っていた。

今日はこのサイトをアップしたら、
今夜のクロアチア戦にそなえて、
一眠りしよう。


SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。(06.6.9)

映画を映画にしていくことが監督の仕事である。(06.6.10)

これらの青山真治の映画にとって、
たむらまさき(田村正毅)という撮影が、
やはり大きな意味を持っている。
それは青山映画の内容と深く関わっているのだと思う。(06.6.11)

シネマ・スペースに書かれた中から、たむらの撮影と関わるところに
触れている箇所を引いてみる。

「成長した宮崎あおいが、見られるのを楽しみだった。
そして、台詞は少ないのだが、なかなか映画として、
その存在がうまく決まっていて感心する。
それは、青山真治(撮影・たむらまさき)が、
切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっていることとおなじだ。」
(「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」)


この映画「エリ・エリ・レマサバクタニ」については、
「切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっているこことおなじだ」というように、
「宮崎あおい」の評価とあわせて、
簡単にふれているだけだが、
「映画が映画になる」ために必要な映像が、
確かにたむらの撮影で撮られていることを見ている。(06.6.14)

「映画が映画になる瞬間がある。それは「発見」であり「出会い」である。
この映画でいえば、故郷に向かう二人を乗せた電車が、
森を背景に、前景には畑を配し、
そこを走る抜ける赤色の電車の
フルショットがそれにあたる。」(「月の砂漠」)


「繰り返しになるが、この映画は走る抜ける赤色の電車。
このショットをもって、この映画が映画になった。
「月の砂漠」意味を語り音楽も流す、
そして、月の映像に妻のこども時代のおもちゃのラクダを
歩かせたショットも印象的だ。」(「月の砂漠」)

映画「月の砂漠」については、
「映画が映画になる瞬間がある」とある。
ここでも、直接的な書き方はしていないが、
ここに、たむら(田村)の撮影が、
深く関わっているのだと思う。
それは、写真や絵画のような画面ではなく
、映画としての映像になっているということだ。
台詞や音を抑制し、映像だけで語る、
言葉を超えて映像が動く映像としてある。(06.6.15)

次に、映画「ユリイカ」についてみてみよう。
「映画は、運転手の役所と二人の兄妹の無表情
(人間はこんなときは無表情でいるしかない。
しかし多くの映画や芝居は演技を求める。)を映し出し、
その現場に立ち合った事実のみを描く。
ここまでも、よく抑制された音と台詞が生きた映画にしている。
映像が流れずに、
唐突な静止画が挿入されたかの印象を与えながら、
日常的時間を固有な時間に凝縮し、
映画を映画として展開して見せる。
これは、兄妹が並んで写る、無表情な記念写真のようなカットや
二年後、兄妹と別所、従兄弟が事件現場の広い駐車場に
小型バスから降りて、歩き出すシーンなどに現れる。
もう10秒位のカットの頭を切らずに残しているという
編集(監督自身)効果だか、映画に独特なリズムを与えている。


監督とキャメラマンは、あらたにつくろうとする映画に
おける映像設計について打合せることになるのだろうが、
それはシナリオをもとに、
たとえば、色調やそのコントラスト、
固定、手持ちなどのカメラの動き、リズムなど。
さらに、そこに照明、美術、録音と
関係スタッフがつらなっていく。
こうした現場でキャメラが回る。
撮られたカットがOKとなる。
このあとにくる作業として「編集」がある。
「ユリイカ」では監督自身があたっていることに触れている。(06.6.16)

たむらまさき(田村正毅)の撮影は、
対象である風景や人物がドキュメタリー的に撮られ、
対象へのアプローチが自然であり、
また現実を映画としてのリアルな
映像を切り取ろうとする姿勢が感じられる。
「ユリイカ」と「「エリ・エリ・レマサバタクニ」では、
そのたむらの映像が、まさに映画作品の内容を支え、
監督自身が再構成し見せることに成功しているといえる。(06.6.17)

このことは、他の照明、美術、録音、音楽などのスタッフ、
そしてキャストにも、
共通して評価できるのではないかと想像されるが、
正直に言って、そこまでの批評する力は、
いまの私にはない。それは、
あるべき映画批評としては、繰り返し映画を見る、
シナリオを読むということを基礎になされるものであると思う。
ここでは、これらの青山映画の次にくる映画を
考えてみようとする試みである。
だから急いで、わたしが強く惹かれる
主題についてみていくことにしたい。
 

2006年6月17日
サッカーのワールドカップは、
どの試合を見ても面白いことに驚く。
いよいよクロアチア戦は明日だ。大変楽しみだよね。

青山真治の映画に鼓舞され、
一本の映画が生み出せないかという
試みが続いているが、
うまくいくかどうか、じぶんでもわかっていない。


SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。(06.6.9)

映画を映画にしていくことが監督の仕事である。(06.6.10)

これらの青山真治の映画にとって、
たむらまさき(田村正毅)という撮影が、
やはり大きな意味を持っている。
それは青山映画の内容と深く関わっているのだと思う。(06.6.11)

シネマ・スペースに書かれた中から、たむらの撮影と関わるところに
触れている箇所を引いてみる。

「成長した宮崎あおいが、見られるのを楽しみだった。
そして、台詞は少ないのだが、なかなか映画として、
その存在がうまく決まっていて感心する。
それは、青山真治(撮影・たむらまさき)が、
切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっていることとおなじだ。」
(「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」)


この映画「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」については、
「切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっているこことおなじだ」というように、
「宮崎あおい」の評価とあわせて、
簡単にふれているだけだが、
「映画が映画になる」ために必要な映像が、
確かにたむらの撮影で撮られていることを見ている。(06.6.14)

「映画が映画になる瞬間がある。それは「発見」であり「出会い」である。
この映画でいえば、故郷に向かう二人を乗せた電車が、
森を背景に、前景には畑を配し、
そこを走る抜ける赤色の電車の
フルショットがそれにあたる。」(「月の砂漠」)


「繰り返しになるが、この映画は走る抜ける赤色の電車。
このショットをもって、この映画が映画になった。
「月の砂漠」意味を語り音楽も流す、
そして、月の映像に妻のこども時代のおもちゃのラクダを
歩かせたショットも印象的だ。」(「月の砂漠」)

映画「月の砂漠」については、
「映画が映画になる瞬間がある」とある。
ここでも、直接的な書き方はしていないが、
ここに、たむら(田村)の撮影が、
深く関わっているのだと思う。
それは、写真や絵画のような画面ではなく
、映画としての映像になっているということだ。
台詞や音を抑制し、映像だけで語る、
言葉を超えて映像が動く映像としてある。(06.6.15)

次に、映画「ユリイカ」についてみてみよう。
「映画は、運転手の役所と二人の兄妹の無表情
(人間はこんなときは無表情でいるしかない。
しかし多くの映画や芝居は演技を求める。)を映し出し、
その現場に立ち合った事実のみを描く。
ここまでも、よく抑制された音と台詞が生きた映画にしている。
映像が流れずに、
唐突な静止画が挿入されたかの印象を与えながら、
日常的時間を固有な時間に凝縮し、
映画を映画として展開して見せる。
これは、兄妹が並んで写る、無表情な記念写真のようなカットや
二年後、兄妹と別所、従兄弟が事件現場の広い駐車場に
小型バスから降りて、歩き出すシーンなどに現れる。
もう10秒位のカットの頭を切らずに残しているという
編集(監督自身)効果だか、映画に独特なリズムを与えている。


監督とキャメラマンは、あらたにつくろうとする映画に
おける映像設計について打合せることになるのだろうが、
それはシナリオをもとに、
たとえば、色調やそのコントラスト、
固定、手持ちなどのカメラの動き、リズムなど。
さらに、そこに照明、美術、録音と
関係スタッフがつらなっていく。
こうした現場でキャメラが回る。
撮られたカットがOKとなる。
このあとにくる作業として「編集」がある。
「ユリイカ」では監督自身があたっていることに触れている。(06.6.16)

たむらまさき(田村正毅)の撮影は、
対象である風景や人物がドキュメタリー的に撮られ、
対象へのアプローチが自然であり、
また現実を映画としてのリアルな
映像を切り取ろうとする姿勢が感じられる。
「ユリイカ」と「「エリ・エリ・レマサバタクニ」では、
そのたむらの映像が、まさに映画作品の内容を支え、
監督自身が再構成し見せることに成功しているといえる。


3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年6月16日
ふたりは気の合う先輩、後輩の間柄だった。
今村昌平は、後輩の浦山桐郎に、
自分もシナリオに参加している
「キューポラのある街」(吉永小百合主演)の零号試写で、
「お前さんはつらいと思うだろうが、
むしろ、愛しているものを少し切ったほうがいいのだよ。」
と言ったということを青山真治の映画
を考えながら思う。
映画における編集の意味を語っている。

今村昌平は、じぶんの映画でも、
一シーンや一カットではなく、
撮影はしたが、そっくり話しを切って、
使わなかったりしていることが、
「撮る」という本を読むとよくわかる。
映画は書いて撮ってつなぐという、
それぞれの過程で「発見」がある
生き物のようなものか。
黒澤明の「乱」でも、撮影現場の記録映画にあって、
使わなかった印象的なシーンがあったことを思い出す。



SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。(06.6.9)

映画を映画にしていくことが監督の仕事である。(06.6.10)

これらの青山真治の映画にとって、
たむらまさき(田村正毅)という撮影が、
やはり大きな意味を持っている。
それは青山映画の内容と深く関わっているのだと思う。(06.6.11)

シネマ・スペースに書かれた中から、たむらの撮影と関わるところに
触れている箇所を引いてみる。

「成長した宮崎あおいが、見られるのを楽しみだった。
そして、台詞は少ないのだが、なかなか映画として、
その存在がうまく決まっていて感心する。
それは、青山真治(撮影・たむらまさき)が、
切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっていることとおなじだ。」
(「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」)


この映画「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」については、
「切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっているこことおなじだ」というように、
「宮崎あおい」の評価とあわせて、
簡単にふれているだけだが、
「映画が映画になる」ために必要な映像が、
確かにたむらの撮影で撮られていることを見ている。(06.6.14)

「映画が映画になる瞬間がある。それは「発見」であり「出会い」である。
この映画でいえば、故郷に向かう二人を乗せた電車が、
森を背景に、前景には畑を配し、
そこを走る抜ける赤色の電車の
フルショットがそれにあたる。」(「月の砂漠」)


「繰り返しになるが、この映画は走る抜ける赤色の電車。
このショットをもって、この映画が映画になった。
「月の砂漠」意味を語り音楽も流す、
そして、月の映像に妻のこども時代のおもちゃのラクダを
歩かせたショットも印象的だ。」(「月の砂漠」)

映画「月の砂漠」については、
「映画が映画になる瞬間がある」とある。
ここでも、直接的な書き方はしていないが、
ここに、たむら(田村)の撮影が、
深く関わっているのだと思う。
それは、写真や絵画のような画面ではなく
、映画としての映像になっているということだ。
台詞や音を抑制し、映像だけで語る、
言葉を超えて映像が動く映像としてある。(06.6.15)

次に、映画「ユリイカ」についてみてみよう。
「映画は、運転手の役所と二人の兄妹の無表情
(人間はこんなときは無表情でいるしかない。
しかし多くの映画や芝居は演技を求める。)を映し出し、
その現場に立ち合った事実のみを描く。
ここまでも、よく抑制された音と台詞が生きた映画にしている。
映像が流れずに、
唐突な静止画が挿入されたかの印象を与えながら、
日常的時間を固有な時間に凝縮し、
映画を映画として展開して見せる。
これは、兄妹が並んで写る、無表情な記念写真のようなカットや
二年後、兄妹と別所、従兄弟が事件現場の広い駐車場に
小型バスから降りて、歩き出すシーンなどに現れる。
もう10秒位のカットの頭を切らずに残しているという
編集(監督自身)効果だか、映画に独特なリズムを与えている。


監督とキャメラマンは、あらたにつくろうとする映画に
おける映像設計について打合せることになるのだろうが、
それはシナリオをもとに、
たとえば、色調やそのコントラスト、
固定、手持ちなどのカメラの動き、リズムなど。
さらに、そこに照明、美術、録音と
関係スタッフがつらなっていく。
こうした現場でキャメラが回る。
撮られたカットがOKとなる。
このあとにくる作業として「編集」がある。
「ユリイカ」では監督自身があたっていることに触れている。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年6月15日
昨年の6月は有楽町の朝日ホール(「2005ドイツ映画祭」)に
通っていたことを思い出す。
すべて見ることはできなかったが、
10本の「ドイツ映画」を見ることができた。
その後、一般公開されたものもあった。
もっと話題になってもいいと思ったが、
なかなかそうはいかないようだ。
しかも、日本で上映される外国映画は、
限られているし公開も
だいぶ遅れることがわかる。
日本で公開された映画を挙げておこう。
SPACE70 青い棘 2005.6.4
SPACE71 ゾフィー・ショル-最後の日々 2005.6.4
SPACE78 愛より速く 2005.6.12
もう一本、公開されていないようだが、
若い監督で来日もしていた、
ヘンリック・ヘルツマン監督の長篇第一作。
SPACE73 心の鼓動 2005.6.5



SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。(06.6.9)

映画を映画にしていくことが監督の仕事である。(06.6.10)

これらの青山真治の映画にとって、
たむらまさき(田村正毅)という撮影が、
やはり大きな意味を持っている。
それは青山映画の内容と深く関わっているのだと思う。(06.6.11)

シネマ・スペースに書かれた中から、たむらの撮影と関わるところに
触れている箇所を引いてみる。

「成長した宮崎あおいが、見られるのを楽しみだった。
そして、台詞は少ないのだが、なかなか映画として、
その存在がうまく決まっていて感心する。
それは、青山真治(撮影・たむらまさき)が、
切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっていることとおなじだ。」
(「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」

この映画「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」については、
「切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっているこことおなじだ」というように、
「宮崎あおい」の評価とあわせて、
簡単にふれているだけだが、
「映画が映画になる」ために必要な映像が、
確かにたむらの撮影で撮られていることを見ている。(06.6.14)

「映画が映画になる瞬間がある。それは「発見」であり「出会い」である。
この映画でいえば、故郷に向かう二人を乗せた電車が、
森を背景に、前景には畑を配し、
そこを走る抜ける赤色の電車の
フルショットがそれにあたる。」(「月の砂漠」)


「繰り返しになるが、この映画は走る抜ける赤色の電車。
このショットをもって、この映画が映画になった。
「月の砂漠」意味を語り音楽も流す、
そして、月の映像に妻のこども時代のおもちゃのラクダを
歩かせたショットも印象的だ。」(「月の砂漠」)

映画「月の砂漠」については、
「映画が映画になる瞬間がある」とある。
ここでも、直接的な書き方はしていないが、
ここに、たむら(田村)の撮影が、
深く関わっているのだと思う。
それは、写真や絵画のような画面ではなく
、映画としての映像になっているということだ。
台詞や音を抑制し、映像だけで語る、
言葉を超えて映像が動く映像としてある。


3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月14日
SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。(06.6.9)

映画を映画にしていくことが監督の仕事である。(06.6.10)

これらの青山真治の映画にとって、
たむらまさき(田村正毅)という撮影が、
やはり大きな意味を持っている。
それは青山映画の内容と深く関わっているのだと思う。(06.6.11)

シネマ・スペースに書かれた中から、たむらの撮影と関わるところに
触れている箇所を引いてみる。

「成長した宮崎あおいが、見られるのを楽しみだった。
そして、台詞は少ないのだが、なかなか映画として、
その存在がうまく決まっていて感心する。
それは、青山真治(撮影・たむらまさき)が、
切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっていることとおなじだ。」
(「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」)

この映画「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」については、
「切り取って見せる草原などの画面が、
みごとに映画になっているこことおなじだ」というように、
「宮崎あおい」の評価とあわせて、
簡単にふれているだけだが、
「映画が映画になる」ために必要な映像が、
確かにたむらの撮影で撮られていることを見ている。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月13日
昨日は、女子ゴルフ全米選手権の最終日の模様を
何故か床の拭き掃除をしながら見る。
宮里藍の結果は首位と1打差の7アンダー。
でも最終ホールでも首位に追いつけない
ことがわかっていても、
きちんと、長めのバーディパットをきめる。
彼女には力と運もある。次回が本当に楽しみだ。

つづいて、WOWOWで録画した
「松任谷由実The Session at Steller Ball」
(2005.4.19)を見る。
ビデオでしか知らないのだが、近年のステージで
感じられた違和感がなく、生の「ユーミン」が見られた。
また、知らない曲も多く、
いつのまにか、熱心なフアンではなかったなと思う。
「ほんとうに30年歌ってきてよかったと思った」
と本人も語るように、とてもいい「 Session」で
贅沢なコンサートになっていた。
ギター、ベース、ドラムに外国人の
プレーヤーが加わって、
音楽をしっかり刻むように聞かせる
(ユーミンの「楽曲」を自然に受けとめ、
じぶんたちの「音」をくりだしてくる)。
「ユーミン」も、この声を出すときはこの顔になるのか。
生の気持ちと繊細な感情が、うまく届いてきて懐かしい。
(「レコード」や「CD」で聴いていた記憶をもとに、
ここで見ているという感じ。)

さて、夜は、ワールドカップのオーストラリア戦となった。
後半38分までは、誰もが勝つと思っていたと思う。
勝負はわからない。勝負は力と運だ。
今年の全日本は、いままでのなかで、
最強チームであることは間違いない。
クロアチア戦に期待しよう。

2006年6月12日
昨日は、日本の映画監督として、
会社に所属することで、
最後まで仕事をしてきた小津、溝口、成瀬たちと、
会社から独立するという道を選ばざるを
えなかった黒澤や今村の、映画への関わり方の
違いを成瀬監督の「やりたいものをやりたいね」
という言葉から考えていた。

でも、ここで、さらに、
黒澤と今村の違いはあるよなと
考えながら、「やりたいものをやる」という
ことでは、やはり同じ道を歩んでいたように思う。
もちろん、映画として選ぶ題材もテーマも違っている。
また、黒澤作品は「赤ひげ」1965
以降では、「乱」以外はあまり評価していない。
(「乱」以外の作品も公開時には、毎回期待して見に行っていた。)
赤ひげ」以前の作品は、1998年に亡くなった翌年に
まとめて見ることができた。
これは、私には大きな出会いであり発見でもあった。
page215 生きる 99.5.6

黒澤と今村が共通しているのは、
初期の作品においてすでに、会社という枠には収まらない勢いがあることだ。
それは、黒澤では「我が青春に悔いなし」であり、
今村では「豚と軍艦」である。
ふたりは必然的に会社から独立する「個性」を持っていた。

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。(06.6.9)

映画を映画にしていくことが監督の仕事である。(06.6.10)

これらの青山真治の映画にとって、
たむらまさき(田村正毅)という撮影が、
やはり大きな意味を持っている。
それは青山映画の内容と深く関わっているのだと思う。(06.6.11)


3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月11日
今日は遅く起きたので、
このアップも遅れて夕方になる。

きのう触れた「やりたいものをやりたいね」
という成瀬監督のは言葉から、
会社に所属していた日本の映画監督は、
小津安二郎や溝口健二だって、
やりたいことをやってなかったという
気持ちがどこかにあったのではないかと思う。
それでも、会社のなかでは「監督」としての個性も
尊重され地位もしっかり確立されていた。
映画監督という「技術」をもった職人として、
うまく「会社」に勤めていた
ということかなとも思えてくる。

ほんとうにやりたいことを自由にやるためには、
黒澤明や今村昌平のように、映画監督は
自分のプロダクションをつくることになるが、
ここでは、経済的な問題から映画が撮れないという
現実に直面することになる。
そんな中で、黒澤と今村は、
よく映画が作り続けられたと感心する。
特に先日亡くなった今村監督は、
全作品を見ることで再評価している目からは、
「やりたいものをやっていた」と思う。

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。(06.6.9)

映画を映画にしていくことが監督の仕事である。(06.6.10)

これらの青山真治の映画にとって、
たむらまさき(田村正毅)という撮影が、
やはり大きな意味を持っている。
それは青山映画の内容と深く関わっているのだと思う。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月10日
サッカーのワールドカップ・ドイツ大会が始まる。
NHKハイビジョンで見られるので、
少し見ておこうと思ったのだが、
開幕戦のドイツとコスタリカ戦は、
なかなかおもしろくて
最後までみることになった。
午前3時就床。うまく寝つけないと
思いながら起きたのは9時少し前だった。

このところ、DVDレコーダーの整理もあって、
録画したものを見ている。そんな中で、
成瀬己喜男の作品を遺作「乱れ雲」1967から
見直していくことを思いつく。
成瀬監督が生前に話していたという、
つぎのふたつのことを思う。

「最後はやりたいものをやってみたいね」
(亡くなる前に、病床で話したこと。)
「背景も装置もなにもない、白バックで俳優だけが、
そこで演じている映画を撮ってみたい」

(高峰秀子に話したこと。)

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。(06.6.9)

映画を映画にしていくことが監督の仕事である。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月9日
「ビジョンとは幻を見る力のことです。
ビジョンを思い描く能力がなければ、
どんな学問も力強い発達を
とげることなどはできません。」(中沢新一)

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)

この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。(06.6.8)
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

ひとつの映画作品にとって「カメラだけがいいよね」
ということはないのだと思う。
それは、美術、照明、録音をといった技術スタッフもそうだ。
それはシナリオ、俳優、音楽だってそうだと思う。
いっぽんの映画に向かう力がひとつになる。
そして映画は、このスタッフ、キャストでなければ、
できなかった映画となってできあがる。
たしかに、それぞれが単独で光って見えたりすることも、
あるシーンだけが輝いて見えることもある。
しかし、それだけでは「映画は映画にならない」。
それは、優れたスタッフ、キャストを集結ささせただけでは、
「映画は映画にならない」ということと同じだ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月8日
中沢新一「芸術人類学」を読了。
わたしの手の内を見透かすように、
わたしの関心のある主題を次々と喚起させ、
「読書」(読むこと)へと誘い続ける。
読み終えても、この循環する渦の中から
抜け出せないと感じる。
それは、いまのじぶんが
一歩踏み出そうとしている感覚でもある。
「読むこと」「考えること」を徹底する
ということを思う。
そして、読んで書くこと。
映画(世界)を見るということから、
書くこと考えること、こうした渦の中にいる
という自覚の中で生きる。

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。(06.6.7)
この映像の力は、青山監督とともに、
たむらまさきキャメラマンに負うところも
大きいのだろうと思う。たむらまさき(田村正毅)は、
60年代後半から70年代初めにおいて、
まさに「闘争」を撮り続けたドキュメンタリー、
「三里塚」映画(小川紳介監督)で撮影を担当する。
そのあとには、柳町光男監督「さらば愛しき大地」1982での
撮影において強い印象を残す。
page299 さらば愛しき大地  98.8.21


3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月7日
遅く起きた午前中が終わる。
昨日は、中沢新一「芸術人類学」を読み終えようとがんばる。
難しいものも飛ばさずに読んで、
最後までいきたいと思うが、読みながら
さまざまな、勝手な「観念やイメージ」が
浮かんでは消えていく。
「マトリックスの論理学」など、
言葉の意味の確認からだから時間はかかる。
夜の2時に断念し寝ることにする。
とても重要で大切な問題に立ち合っいるという
感動からはじまった読書が、
うまくじぶんの問題として結実してくれるといい。

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。(06.6.6)
page38 月の砂漠01.6.27

いま、青山真治の映画をイメージすると、
その映画が持つ映像の力に思いあたる。
これが映画だという映画のリアリティが映像化されている。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月6日
先日から、中沢新一「芸術人類学」を読んいる。
なかなか面白いので、
とにかく一気に通して読んでしまおうと思う。

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。(06.6.5)
「ユリイカ」のあとに、
横浜のフランス映画祭で特別上映された「月の砂漠」を見ている。
映画としての評価とは別に、
内容的には、青山真治がやりたかったことが、
この映画にもたくさん盛り込まれていたことを思い出す。
page38 月の砂漠01.6.27

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月5日
土日と出掛けて、昨日は夜遅く帰宅する。
いつものとおりというか、話しすぎだな。
ついつい話し過ぎてやっぱし飲み(黒糖焼酎)過ぎだね。反省。

午前中は「秋田男児殺害・女児水死事件」で、
水死女児の母親(33歳)が逮捕されるという衝撃的な展開や
村上フアンドのインサイダー取引を認める報道など、テレビを見る。

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3
この青山真治の映画から、ひとつの映画的展開を考えている。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月3日
昨日は、巨人が西武に勝ったのを確認し、
(試合がうまい具合に9時前におわった。)
フジテレビの午後9時からの
青山真治監督(原作・東野圭吾)
「レイクサイド・マーダーケース」を見る。
コマーシャルありの短縮版だから、
一応参考までにと思って見る。
映画「ユリイカ」の夫婦や家族のもんだい、
こどもの「殺意」(同原作者の「白夜行」にも通じる)
など、テーマ的には「ユリイカ」と繋がっていたこと、
映画の画面になっていたことなどは確認できた。
公開時の記憶は、あまりないのだが
製作はフジテレビ(亀山千広)、配給は東宝。
劇場公開は、2005年1月22日となっている。
映画「踊る大捜査線」の収益を映画にうまく
使ってくれるといいんだけどね。

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年6月2日
「いや、いつのまにか、巨人が勝てなくなっている。」
と書いたら、5月31日は11対4で勝っていて、
昨日(6月1日)は10対8で勝ったそうです。
スイマセン、その程度の巨人フアンですが、
どうも、交流戦が野球を面白くしているように
思えないんだけど。

「少し立ち止まってみようと思う。」と昨日書いた。
(つづき)昨年は、それなりに日本映画の現在を知りたい
という思いもあって、映画を見てきたのだが、
時代をつき抜けて見せる表現や
これは新しいよ、やられたなっていう、
映画にはなかなか出会えなかった。
そんな疲労感があったなかで、
今年の1月に公開された、
青山真治監督「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」(2006)を
見たのは衝撃的だった。
この映画を見たことで、
5年前の同監督「ユリイカ」(2001)を思い出す。
日本映画としては、ここから、次への展開が、
わたしの知るところでは、ひとつもないまま、
この「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」まで
きているという印象だ。
これは「ユリイカ」以降というように、
じぶんのやることを見定め、
じぶんがやってみせればよかった、
と思うじぶんがいるということでもある。

SPACE127 エリ・エリ・レマ・サバクタニ 2006.1.30
page108 EUREKA(ユリイカ) 2001.3.3

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年6月1日
「シネマ・スペース」は、
昨日「博士の愛した数式」をアップし、
2006年1月分が終わった。
ここまでが、ひとつの区切りのようにも感じている。
次は4月にとんで、「アワーミュージック」04
(ジャン=リュック・ゴダール監督)と
「クラッシュ」04(ポール・ハギス監督)の2本。
そして5月は、「ブロークバック・マウンテン」05(アン・リー監督)と
「ブロークン・フラワーズ」05(ジム・ジャームッシュ監督)の
2本ということになる。
そして、昨日なんとか、5月の2本について書き終え、
ゴダールの「アワーミュージック」に戻ってみる。
この映画については、断片的にはすでにここに書いている。
いま、新たなことがうまく書き加えられてもいないと感じる。
ここは、少しアップするペースを落とし、
このサイトのリ・ニューアルも含めて、
少し立ち止まってみようと思う。
(いや、いつのまにか、巨人が勝てなくなっている。)

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月31日
今日は知人からの電話で、
今村昌平が亡くなったことを知る。
5月30日午後3時49分、享年79歳。
昨年6月に大腸がんの手術をし、
3か月後に肝臓への転移が見つかっている。
今年の4月から入院していたという。

手元に「撮る カンヌからヤミ市へ」(2001.10.20)
という本がある。そこには、
最新作「赤い橋の下のぬるい水」、
次回作「新宿桜幻想」とある。
この「新宿桜幻想」(「遊郭の少年」)は、
七、八年前に「資金が調わず流れてしまった企画」
だったとも書かれている。
またあらためて動きだしているのかなと
おおいに期待もしていたのだが、
どうもそれどころではなかったようだ。
いつでも、一本の映画を撮ることに苦労していた、
日本の映画監督だった、ということか。

しかし、映画というものをとことんつきつめ、
つくりたい映画だけを撮るという信念のもとに、
多彩な映画作品をつくり続けることができた
日本の映画作家といえば、
今村昌平だけだったのではないかと思えてきた。

「私は幕末から敗戦までの百年を見据えて、
この物語を作ったつもりなのである」という
「新宿桜幻想」は、ぜひ見たかった映画だが、
二度のカンヌ映画祭グランプリ受賞という快挙もあり、
恵まれた映画人生であったように思う。合掌。

今村昌平の映画を一本ということになれば、
うーん、やっぱり、「黒い雨」じゃないかな。
ひとりでも多くの人に見てもらいたい映画だ。
SPACE100 黒い雨  2005.10.1

今日のシネマ・スペースは
小泉堯史監督「博士の愛した数式」をアップしました。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月30日
今日のシネマ・スペースは
ダニエル・ブルマン監督「僕と未来とブエノスアイレス」と
クロード・ニュリザニー/マリー・プレンヌー監督「グレート・ビギン」
の2本をアップしました。

この2本については、今朝までアップしないつもりに
なっていた。とにかく、
映画についてなにも書いていないものだけに、
しょうがないよなってあきらめていた。
映画館で見た映画全部をアップするという
原則はとうとう守れないな、ということだった。

今朝読み返して、特に「僕と未来とブエノスアイレス」
については、登場する祖母の存在だけでも
何かいっておけばよかったし、
もう少し話しも面白いところがあったように思う。
「グレート・ビギン」については、入院したときのことなどが、
書かれていて悪くもないかと思ったりしながら、
原則は守れたほうがいい、ということでアップすることにする。

先日触れたように、
あらためて気づいたHV画質へのこだりから、
BSジャパン(5月29日20時55分〜)
の映画「真珠の耳飾りの少女」
(2003・イギリス/ルクセンブルグ)を見る。
さすがにとても美しい映像が、
フェルメールの絵画に拮抗するかのように
展開されていた。
テレビ局側でもHV画質を意識した
プログラミングなのだろう。
これだけの良質な映像は、まだ映画フィルム
の世界にあるということか。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年5月29日
今日のシネマ・スペースは、
青山真治監督「エリ・エリ・レマ・サバクタニ 」をアップしました。

昨年9月以降に見た、今村昌平監督作品をはじめとする
映画を精力的にアップしてきたわけだが、
それは、この青山作品をアップするということが、
ひとつの目標でもあったように思う。

この映画と今年の1月に出会い、遅ればせながら
4月にゴダールの「アワーミュージック」を見る。
これに、そのあとに見た映画、
「クラッシュ」(ポール・ハギス監督)
「ブロークバック・マウンテン」(アン・リー監督)
「ブロークン・フラワーズ」(ジム・ジャームッシュ監督)
を加え、いま現在の映画、「来たるべき映画」について
考えているっていうところだろうか。

また、ここで、加藤典洋「ぼくが批評家になったわけ」
をノートを取りながら、再度読み終えたところでもある。
また、あらたな発見もあった。ここから、
「映画批評」を書くことに、
もっと意識的でありたいと思う。

なかなか、うまくいえないのだが、
「ローリング・ストーンズ」と
「シティボーイズ」からは、つよく励まされている。
それは、1960年代、70年代と、
時間を積み重ねた記憶が、
懐かしさではなく、今日現在の場面として、
ただ、「転がっている」だけだよっていう感じかな。
おもいきり楽しんでもらいたいし、
たくさん笑ってほしいんだよって、
気持ちがしっかりと伝わってくるステージだった。

ビデオの新作にも、はやく取り掛かりたいのだが、
このサイトのリ・ニューアルが先かな。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年5月28日
「HV」という記号が、
ハイビジョン番組を意味することは
知っているよね。それで、WOWOWの放送で最初に見たのが、
昨年10月に、昨日ここで触れた、
映画「ユー・ガット・メール」だった。
でも、それはテスト的に、WOWOWが映るよ、
見えるよっていう、アンテナとか、契約の確認の意味で
部分的に見ていた。
でも、いま思うとやはり、HV画質だったから、
きれいだった。でも、我が家のDVDレコーダーは、
ハイビジョン対応ではないから、
録画すると「普通」画質になる。だから、
昨日の「ユー・ガット・メール」は、
ハイビジョンでなく、
DVDに録画したものを見ている。

いままでに、HV画質で見た記憶の中で、
なるほどねって、感心したものには、
映画では、チャン・イーモウ監督「初恋のきた道」
(これは、映画館でも見ているのだが、この画質の良さ
は凄いと思えた。)、土井裕泰監督「いま、会いにゆきます」
(これは、放映を見ただけだけど。)の2本、芝居では、
三谷幸喜「12人の優しい日本人」(1月・生中継)、
野田秀樹「贋作・罪と罰」(3月)の2本、
ドラマでは、WOWOWのドラマW「対岸の彼女」と
いったとこだろうか。

それで、やっと、今日の本題になるのだが、
昨日のWOWOWの22時から放映された
「ローリング・ストーンズ ア・ビガー・バン ツアー」
(2006年4月2日 さいたまスーパーアリーナ)
を見る。もちろんHV画質だよね。
「ジャンピング ジャック フラッシュ」
から始まり、「サティスファクション」までの、
この2時間のステージを飽きることなく堪能する。
平均年齢61.5歳だという、年齢からいえば、
「初老」なんていう形容詞だってあるのに、
この「おじさん」たちは凄い。だって、
以前見た「東京ドーム」のビデオの印象よりも
無理がなく確かな存在感がある。
今回、WOWOWが映し出したものは、
時代の最先端にある画像(ステージ上の映像も含めて)として、
まさに、歴史的な音楽シーンとなった。

昨日は、もうひとつ。
前日に一部、HV画質を確認しておいた、
シティボーイズ「マンドラゴラの降る沼」
(2006年4月15日池上本門寺境内内特設テント)の
録画(DVD)を見る。
きたろう、大竹まこと、斉木しげるの
「シティボーイズ」(気になる存在ではあったが、
特別なファンでもなく、じっくり見るのははじめて。)
に加えて、中村有志、いとうせいこう、銀粉蝶が出演している。
これがなかなか面白い。
人間が生きていることの怖さとともに、
大いに笑わせてくれる。

「ローリング・ストーンズ」、そして
「シティボーイズ」とライブ公演がもつ、
スリリングな感覚とリアルな存在感がうまく
伝わる「テレビ番組」をつくることに、
WOWOWは成功している。
それには、HV画質が持つ意味は大きいと思う。

今日のシネマ・スペースは、
チャン・イーモウ監督「単騎、千里を走る。」 をアップしました。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年5月27日
今日のシネマ・スペースは
清水崇監督「輪廻」 をアップしました。

昨日は、DVDに録画してあった「ユー・ガット・メール」1998
を見る。E・ルビッチの「桃色の店」を現代に翻案リメーク
したものだと、どこかで読んだことを思い出す。
なかなか、よくできていると感心する。
いくつも歌曲が挿入されるのだが、
最後は「虹の彼方へ」だね。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年5月26日
今日のシネマ・スペースは
三谷幸喜監督「THE 有頂天ホテル」 をアップしました。

今日は久しぶりに、5時に起きて散歩する。
気分は爽快だが、何だか眠くなったりもする。

「はじめて武満徹」(雑誌新潮)を読む。
1996年2月20日が命日(享年65歳)。
1995年4月に癌の宣告を受けたとある。
知っていたことも、ゆっくりと確認しながら読んで、
「武満徹全集」(全5巻)がほしいなと思う(136500円)。

黒澤明監督作品では、
「どですでん」1970と「乱」1985の二つの作品で、
武満徹が音楽を担当しているのだが、
「乱」では「ふたりは揉めに揉めた。」
「その後、ふたりの巨匠が組むことは二度となかった。」とある。

また、ジム・ジャームッシュ監督
「ナイト・オン・プラネット」1991では、
「すべての作業が終わったあとで、
ジャームッシュはこの音楽を拒否する」とある。
知らないことって、たくさんあるよね。
でも「ふたりの関係はその後も良好だったという。」
と書かれていて、なんだかほっとする。
この曲は「武満徹全集」の第5巻で聴くことができる。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月25日
今日からシネマ・スペースは2006年に見た映画になる。
柳町光男監督「カミュなんて知らない」 をアップしました。
page299 さらば愛しき大地  98.8.21

今日は、久々に天気がいいので
洗濯をする。午後から出掛けようと思っている

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月24日
今日のシネマ・スペースは、 
ペドロ・アルモドバル監督
「バッド・エデュケーション」をアップしました。
これは、さらに昨日の続き。「繊細でセクシーな男たち」と
題されて上映された映画の三本目ということになる。

この映画が、2004年のカンヌ映画祭の「オープニング上映」
されたことを会場のポスターを見て知るのだが、
今年のカンヌ映画祭には、
この映画に続く、同監督の新作「VOLVERヴォルベール(原題)」
(=帰郷の意)が正式参加になっているようだ。

これで、TAMA映画フォーラム第15回映画祭で見た、
10本の映画をアップしたことになる。
昨年は、この「映画祭」が、どうも、スクリーンで見た映画の
最後になったということのようだ。

でも、この映画「バッド・エデュケーション」を
偶然見ることができたことが、
映画への関心を気持ちよく、つなぎとめてくれていたんだな、
という感慨がある。
(だから、しばらくは見なくてもいいって、いうように。)

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月23日
今日のシネマ・スペースは、
犬童一心監督「メゾン・ド・ヒミコ」をアップしました。
これは、昨日の続き。「繊細でセクシーな男たち」と
題されて上映された映画の二本目ということになる。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月22日
今日のシネマ・スペースは、
宮藤官九郎監督「真夜中の弥次さん喜多さん」をアップしました。
これは、TAMA映画フォーラム第15回映画祭の最終日、
「繊細でセクシーな男たち」と題されて上映された映画の
一本目ということになる。

昨日は、とてもおいしいチャーハンがつくれたり、
自転車で坂を登って、本当に苦しい目にあったり、
夜中の3時まで本を読んで考えたり、とあって、
今日の午前中はぼんやりしていて、
ここにアップするのが遅れている。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月21日
今日のシネマ・スペースは、
内田けんじ監督「運命じゃない人」 
小栗康平監督「埋もれ木」 
是枝裕和監督「誰も知らない」の3本をアップしました。

これは、TAMA映画フォーラム第15回映画祭
「カンヌを席捲した作家たち」と題されて
上映された3本の映画と小栗康平監督のトーク(司会:大久保賢一)
を聞いた内容などについて書かれている。
これも、1200円(前売り)。こんな映画祭が、
もっと近くでやってくれたらいいと思う。

でも映画は、毎回、公開時に上映されている映画館で
見られることが理想的だ。
もっと安くて気持ちよく見ることできる、
近くの映画館があるといい。一本1800円は高い。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月20日
今日のシネマ・スペースは、
崔洋一監督「血と骨」と 松江哲明監督「IDENTITY 特別版」
をアップしました。
これで、TAMA映画フォーラム第15回映画祭で、
「在日のありようはどう変遷したか」と題されて
上映された全部(4本の映画ということになる。

また、この日は、「フライ,ダディ,フライ」
「パッチギ!」「血と骨」の上映後に、
「血と骨」の原作者・梁石日(ヤン・ソジル)
と「パッチギ!」のプロデューサー・李鳳宇(リ・ボンヌ)
の生の話しも聞けるという、大変贅沢の一日でもあった。
このプログラム全部を1200円(前売り)で
見ることができたんだから、凄いよね。

「つくりたい映画をつくる」ためには、
時間も金も掛かるということだ。
でも、あきらめないで結果をだし、
いつでも、新たな企画に向かっていこうという姿勢に
打たれる。ふつうの日本人にはないパワーがある。
「在日」の問題意識が、
日本の暗部をひきずりだすととともに、
「国家」を超えるというテーマが見えてくるといい。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年5月19日
今日のシネマ・スペースは、
井筒和幸監督「パッチギ!」をアップしました。
これは、昨日の続きで、TAMA映画フォーラム第15回映画祭
「在日のありようはどう変遷したか」と題されて上映された
二本目ということになる。

昨日は遅く起きて雨も降っているので、
迷ったが、今月で期限が切れになる割引券を持って、
有楽町の映画館「シャンテ・シネ」で、
「ブロークバック・マウンテン」(アン・リー監督)と
「ブロークン・フラワーズ」(ジム・ジャームッシュ監督)を見る。
どちらも俳優たちの存在感が、
映画を映画にして見せる映画になっている。
これは、わたしにとっては、ひとつの発見でもある。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月18日
今日のシネマ・スペースは、
成島出監督「フライ,ダディ,フライ」をアップしました。

TAMA映画フォーラム第15回映画祭
(東京多摩市)に、昨年の11月(3日間)に通って見た
映画10本の1本目ということになる。
上映される映画も料金も、すごく得した気分になれる
大変素晴らしい映画祭である。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月17日
今日のシネマ・スペースは、
山田貴監督「ALWAYS 三丁目の夕日」
をアップしました。

この映画は、堤真一と薬師丸ひろ子が夫婦である
家族の物語だと思って見ていたのだが、
どうも、違うらしい。日本アカデミー賞では、
吉岡秀隆が主演男優賞を受賞し、堤と薬師丸は
助演男優賞、助演女優賞を受賞していた。
誰も文句がないのは、
薬師丸ひろ子の助演女優賞だろう。

ついでにいえば、
日本アカデミー賞では、この映画は
主演女優賞候補の小雪を除いて、作品賞、監督賞
脚本賞、音楽賞、撮影賞など、ほとんど
すべての賞を受賞している。
日本テレビなどの、製作関係者の「良識」が
つくらせた映画ってことかな。
他にいい日本映画がなかったってことか。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月16日
今日のシネマ・スペースは、
行定勲監督「春の雪」をアップしました。

コメントを読み直してみる。
うまく映画そのものについて触れられていないと思う。

行定勲監督作品は、「GO」(2001)を
2002年2月に横浜映画祭ではじめて見る。
少し間があいて昨年、「北の零年」(2005)、
「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004)(テレビ録画)、
「春の雪」(2005)という順に見たことになる。

行定勲監督作品の未見のものが、
まだ、いくつもあって、気になるところでもあるが、
いま、急いで見ておかなくてはとは思えない。
日本映画の伝統のようにも感じてしまうが、
映画監督は所詮、ひとつの職業に過ぎないということか。
見ることができた映画からは、どうも、行定勲監督自身が、
ほんとうにやりたいことはなにか、
うまく理解できないでいる。

増村保造監督は
三島由紀夫・主演(相手役は若尾文子)の
「空っ風野郎」1960を撮っているのだが、
監督にとっては、まったく不本意な映画だった。

アップしたコメントの日付が、「11月25日」
となっていることに気づく。
1970年の、この日に、
三島由紀夫は自決している。
この「三島由紀夫」には、立場は違っても
強く共振するものがあり関心を持つ。
いま、いろいろなことが思い出されてきた。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月15日
今日のシネマ・スペースは、
行定勲監督「世界の中心で、愛をさけぶ」
をアップしました。
これは、テレビで放映されたものを録画(3倍モード)
して見たものだ。ノーカットでもないし、
ここで取り上げるのもどうかとも思ったが、
映画って、いくら録画状態が悪くても、
わかる映画、つたわる映画ってあるもんで、
これは、ここで書いておきたいと
思わせるものがあった。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月14日
今日のシネマ・スペースは、
行定勲監督「北の零年」(2005.1.15公開)
(主演・吉永小百合)をアップしました。

この映画がどうしてよくないのかということを
どう書いたらいいのか、苦労していたことを思い出す。

昨日の「空中庭園」のパンフレットに収められ、
小説「空中庭園」続編とある、
角田光代「夜道の家族」を読む。
映画を見て、原作の小説も読んでいることも
あるだろうが、いやー、うまく書けている、
さすがだねって感心する。

映画のことも、原作のことも、当たり前と言えばそうだが、
とてもよくわかっているんだなと思う。
原作者が映画を見ることで触発され、
自分でもう一本の映画をつくって
みたというようにできているし、
それが、また、うまい小説になっている。
なんだか読んで得した気分だ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月13日
今日のシネマ・スペースは、
豊田利晃監督「空中庭園」(2005.10.8公開)
(主演・小泉今日子)をアップしました。

映画の本題に入る前文が長いが、
そのままにしてある。
映画を見たあとに、
シナリオが掲載されたパンフレットも買った
のだが、いまだに読めないでいることを思い出した。

原作の小説も、だらだらと読んでいたことを反省している。
WOWOWのドラマW(2006.1.15)で
「対岸の彼女」(原作・角田光代)を見て感心したあとに、

角田光代の「空中庭園」が、
読みかけになっていたことを思いだし、
きのう読了する。
小説は一気に読むもんだと反省する。
(ネット・リュミエール2006.1.22)

そして今日アップしながら、
あらためて、小泉今日子のこと、
映画「空中庭園」のことなど思って、
映画のパンフレットを引っ張り出す。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月12日
今日のシネマ・スペースは、
土井裕泰監督「いま、会いにゆきます」をアップしました。

これは2004年に公開され、
48億円の興行収入をあげたメガヒット映画である。
(この年には、同じ製作・プロデューサー、同じ東宝が
配給した「世界の中心で、愛をさけぶ」が、
もっとヒットしている。興行収入は85億円。)

この年は、わたしにとっては、
ほとんど映画を見ていない年でもあるので、
この2本とも、映画館で見るタイミング
を逸している。まあ、これだけ、
若い人たちに大ヒットする映画を、
映画館で見るというのは、
なかなか勇気がいるものだ。
最近では「NANA」を見逃している。

だから、この映画はWOWOWで見たもとして、
書かれている。ここで、あえて取り上げているのは、
この2本とも、多くの人の記憶に残る、
いい映画になっていたと思うからだ。

映画を自前でつくり続けられるシステム
を地道につくりあげたいと思っているが、
映画ってどこかで、大きくあたることがあるって夢は
大切に持ち続けていたい。
それは、ひとりでも多くの人に
じぶんたちがつくった映画を見てもらいたいと
いうことだからね。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年5月11日
今日のシネマ・スペースは、
塩田明彦監督「この胸いっぱいの愛を」をアップしました。

勝地涼、宮藤官九郎、吉行和子、
愛川欣也、中村勘三郎、古手川祐子、
倍賞千恵子とキャストを整理しながら読み返す。
映画の一部分しか触れていないなと思う。

いま、少しずつ思い出すのだが、
それぞれの話について書いておこうとは思えなかったし、
「つくりもの」という印象が強かったのかな。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月10日
今日のシネマ・スペースは、
黒土三男監督「蝉しぐれ」をアップしました。

「蝉しぐれ」については映画を見たあとに、
原作を読みテレビも再放送でしっかり見る。
ここに書かれたものがあるのでひいておく。

NHKハイビジョンで
4日23時半から、再放送(三回連続)されていた
テレビドラマ「蝉しぐれ」を録画して見る。
2回目は、つい録画しながら見てしまったので
2時近くに寝ることになった。そして翌日には、
最終回を見て、これで結局5日から7日の
三日間で全部見たことになる。
映画の「ふく」役である木村佳乃のイメージが強く残って
いて当初違うなとも思ったが、
見ていくうちにテレビの水野真紀にも、
それなりに愛おしさが感じられてきた。
また、青春群像としては、内野、石橋、宮藤の
テレビでのトリオがよく描けていた。
DVDレコーダーのHDには、最終回だけ残す。(2006.1.16)

映画「蝉しぐれ」(10.23)を見てから読み始め、
やっと藤沢周平「蝉しぐれ」(1988.5)を読了する。
ここにも、懐かしい「青春」と「日本の自然」が、
気持ちよく描かれている。感服する。(2005.11.11)

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月9日
今日のシネマ・スペースには、
今村昌平監督・映画「カンゾー先生」、
テレビ・ドキュメンタリー「遠く行きたい おれの下北」
「ブブアンの海賊」の2本をアップしました。

昨年の9月10日から10月2日に
川崎市市民ミュージアムで開催された
「今村昌平の世界」において、
見ることができた映画15本、テレビ・ドキュメンタリー6本の
計21作品をアップしたことになります。

シネマ・スペースには、
そのあとに見た映画を順にアップしていきます。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月8日
宮部みゆき著「理由」を読了。
宮部みゆきの小説を初めて読む。
よく書けているので大いに感心する。
家族というもののあり方が、
怖くなるほどまじめに問われている。

「この作品は朝日新聞夕刊に1996年9月2日から
1997年9月20日まで連載され、
単行本刊行にあたって加筆しました。」
とある。(1998年6月発行)

だからもっと早く読んでおけば
いいのにとも思うが、
本や映画などと、うまく出会うには、
やはり、それぞれに「理由」がある。
出会えたことを喜び、
出会えたことに感謝する。

今日のシネマ・スペースには、
今村昌平監督「黒い雨」「うなぎ 完全版」の2本をアップしました。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月7日
   
今日は曇りだね。  
今日でゴールデンウィークも終わる。
ほとんど関係がないのだが、なんだかほっとしいる。
昨日は、巨人が勝ったのを確認し、
寝る前に宮部みゆきの小説「理由」の続きを読む。
殺人犯人と疑われる「石田直澄」が
昭和25年(1950)生まれとあって、
なるほどねと納得する。
同時代を生きてきたものとして、
なかなかリアルな話で身につまされる。

いま、騒がれている「平塚5遺体事件」の
「岡本千鶴子」も昭和26(1951)年生まれで、
同年代ということになる。この話はもっと衝撃的だ。
テレビの報道は、美人だったという、本人の顔写真の変化とともに、
その生い立ちと青森で一人住む母親の「肉声」を聞かせる。
「じぶんが死ねばよかったのに」と母親は言う。

今日のシネマ・スペースには、
今村昌平監督・映画「ええじゃないか」「女衒ZEGEN」の2本、
テレビ・ドキュメンタリー「からゆきさん」をアップしました。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月6日
今日のシネマ・スペースには、今村昌平監督「復讐するは我にあり」
「楢山節考」の2本をアップしました。

このシネマ・スペースへのアップは、
映画を見た順に追加していくという原則が守られている。
だから、上映する側の事情があって、
製作順ではないし内容的にもまとまりがあるとは
いえないため、なかなかうまくあらたなコメント
を加えることが難しいということが、
ここまできてわかってきた。
さらに、今村昌平著『撮る』で語られている内容を少しでも、
ここに反映できればと思ったけど
なんだか、それも、うるさいなという感じなのだ。

いま、今村監督作品について考えていることや
書いておきたいことについては、
とにかく「カンゾー先生」まで
アップしてからということする。

この連休は、風邪気味という体調もあったが、
出掛けないことにしていた。
一度ちょっと横浜駅に出て、人出の多いことに驚く。
これは、この何年間、いつも同じ行動パターンだと
いえばそうだともいえる(2002年5月は「イタリア映画」のために、
横浜と有楽町の会場を往復している)。

今年は何故か特にじっとして我慢している気分だ。
やっておきたいことが宿題のように
溜まっているからな。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年5月5日
今日の「シネマ・スペース」には、
今村昌平監督「人間蒸発」と
「にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活」の
2本をアップしました。

「盗まれた欲情」1958
「西銀座駅前」1958
「果てしなき欲望」1958
「にあんちゃん」1959
「豚と軍艦」1961
「にっぽん昆虫記」1963
「赤い殺意」1964

「エロ事師たち 人類学入門」1966
「人間蒸発」1967
神々の深き欲望」1968

「にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活」1970

今村昌平は、このあとの「復讐するは我にあり」1979
まで劇場映画を撮っていないということになる。
だから、いま、ここまでの今村昌平監督の
映画づくりにつて何かいっておきたいと思うが、
なかなかうまく書けないまま、
アップする時間が遅れている。

今村作品は、ここまでも会社の企画や原作があったりするのだが、
シナリオづくりから参画するということで、
「じぶんの映画にする」ということに意識的である。
「果てしなき欲望」などから、すでに、
じぶんが考える映画というものに
強くこだわってみせる。

今村は映画を映画として発想するという過程を
きちんと踏んでいるように見える。

映画は意識するしないにかかわらず、
その時代を反映するものだが、
今村は大島渚とともに、
1960年代という時代を自覚的に生きた
優れた映画作家であった。
それは、映画を撮るということに対する
新たな方法論と映画論を模索しつつ映像化するという、
大変困難な「映画づくり」だったともいえる。

「豚と軍艦」1961、「にっぽん昆虫記」1963、「赤い殺意」1964
という秀作を生み出した原動力は、
会社内での映画づくりの限界にもつきあたっていた。

その後、今村プロダクションとしてつくられる、
「エロ事師たち 人類学入門」1966、「人間蒸発」1967、
「神々の深き欲望」1968の3本の映画は、
日本映画の大きな実験であり実践であった。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年5月4日
今日の「シネマ・スペース」には、
今村昌平監督・映画「神々の深き欲望」「西銀座駅前」の2本、
テレビ・ドキュメンタリー「無法松故郷へ帰る」をアップしました。


マイ・バック・ページ
page10  神々の深き欲望 01.11.4

「西銀座駅前」は、1958年に
監督デビューした「盗まれら欲情」のあと、
「果てしなき欲望」を撮りたいといったが、
この「西銀座駅前」をやらなければ撮らせないと
いわれ、「不本意で、むくれながら撮ってました。」

また、「「果てしなき欲望」については、
途中胃かいようで倒れたりしましたが、
前に2本手習いもしたし、撮影も楽しく、
自分としてもわりあい気に入っている作品です。」と語る。
どうも、この三作目から、今村昌平は
映画作家としてスタートしたということのようだ。

「くだらないことですけど」と断っているが、
この「果てしなき欲望」では
「ワイドスクリーンだと上下が足りないので、
画面を無理に半分に分けて、半分は穴の上、
半分は穴の中を映すみたいなことをやりました。」
と。これは、今村が映画の画面に対して
意識的であることを語っている。
この映画からキャメラマン・姫田真佐久との
「仕事」が始まっている。

翌年の1959年に「にあんちゃん」。
page35 にあんちゃん01.7.7
会社の企画として「炭坑の町の朝鮮人労働者」を撮る。
原作はベストセラー。
映画も大あたりで文部大臣賞まで受賞する。
「最初はホンを池田一朗が書いているんですよ。
でも跡形ないですね。」
「僕は、朝鮮人の映画というものつくろうと思った。」
と語っている。このテーマは「キューポラのある街」
page219 キューポラのある街 99.4.25
に引き継がれていく。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月3日
今日の「シネマ・スペース」には、
今村昌平 監督・映画「豚と軍艦」
「11′09″01 セプテンバー11」の2本、
テレビ・ドキュメンタリー「未帰還兵を追って 第一部 マレー篇」
「未帰還兵を追って 第二部 タイ篇」の2本をアップしました。

この「豚と軍艦」の吉村実子は、噂を聞いて
「僕が引っ張り出した。女子美の付属女学校かなんかにいる
ってことがわかった。」ので、
今村監督自身が学校に会いにいった。
「ちょっと色っぽくて
いい女だなと思ったね。」と語っている

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月2日
今村昌平著『撮る』
(カンヌからヤミ市へ)を読了。
昨年の9月に、未見だった今村作品の多くを見たこと
とあわせて、この本の中に今村昌平のすべてが
あるように思え大変興味深く読み終えた。

この本は、映画「赤い橋の下のぬるい水」
の公開とあわせて、出版されたようだ。
本の出版は、2001年10月20日で、
映画の公開は、2001年11月3日だが、
この本には、公開は2001年11月と書かれている。

この映画「赤い橋の下のぬるい水」は
2002年1月27日に横浜シネマ・ベティで見ている。
このネット・リュミエールを立ち上げる
ことを意識して、今村昌平の新しい映画を
見ておきたいと思った。
なかなかうまくは書けていないが
(理解も十分と言えないのだが)、
映画というものの持つ魅力は
十分にうけとめられている。

「味のある役者が脇を固めるという
今村映画の布陣は、その音楽、キャメラという充実したスタッフなどを
含めて世界の映画制作の最先端にいることは疑いない。」と書いている。

これは、1960年代後半の同時代に見ることで衝撃を受けた、
「人間蒸発」1967と「神々の深き欲望」1968、
その後、10年以上の歳月を経て、劇映画に戻ってきた
「復讐するは我にあり」1979、と「ええじゃないか」1981
対する評価とともに、
さらに、「にっぽん昆虫記」1963、「赤い殺意」1964
あらためて見直し、今村昌平の映画世界を再認識していたことに、
裏打ちされたものであった。

今日のシネマ・スペースは、
今村昌平が監督デビューした1958年の作品
「盗まれら欲情」「果てしなき欲望」の2本をアップしました。

原作は今東光の「テント劇場」というのだが、
デビュー作のタイトルは「盗まれた欲情」となった。
これは宣伝部長がつけたタイトルだそうだが、
今村は「すごく恥じ入りましたよ。」と語っている。
ちょっと意外な気もするが、まあ、そうだよね。
今村は黒澤明の「酔いどれ天使」を見て
映画監督を志し、小津安二郎、川島雄三の
助監督を経て、やっと監督デビューするわけだからね。

「果てしなき欲望」の
渡辺美佐子は「色っぽさが足りないんですよ。」
と語っている。わたしは好きな女優だし、
すごくがんばっていてよかったと思うのだが、
「山田五十鈴がいいんだと、
渡辺本人にも話したという。」)
(「それを言うのもちょっと恥ずかしいだけどね。」
とも語っている。)

監督にとってベストなキャスティングは、
なかなか難しいということのなのだろうが、
きっと、この映画を思い出すたびに
違うなって思うんだろうな。

ネット・リュミエール/今村昌平監督作品(制作順
page35 にあんちゃん01.7.7  1959
 
page116 にっぽん昆虫記 01.2.12 1963
 
page27 赤い殺意 01.7.27 1964
page28「エロ事師たち」より人類学入門 01.7.21 1966
page10  神々の深き欲望 01.11.4 1968
 
SPACE8 赤い橋の下のぬるい水 02.1.27 2003


3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年5月1日
昨年見た「今村昌平の世界」
映画15本、テレビ・ドキュメンタリー6本の
計21作品をアップする準備が整う。
明日から順次アップしていくつもりだ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月30日
18時近くに国分寺から磯子へ戻る。
国分寺の庭は、たくさん花々が咲いていた。
今日は暖かい日差しの中で、
庭の鉢植えに水をやる。

車内では、柄谷行人「世界共和国へ」を読む。
立つべき場所の裾野の広がりを確実なものと
することが大切だ。
昨日ここに書いた、
「立ち止まってみる」ということの意味は、
このネット・リュミエールのリニューアルを
急ぐことなども含めて、
新たな試みを実践して見せる
ということでもある。

いま野球は、二岡の満塁ホームンも
飛び出し4回ウラで10-0となる。
巨人が圧勝の勢いだ。
いいかたちで、
4月を終えることができそうだ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月29日
半年前に見ている「今村昌平の世界」
をアップするために、原稿のチェックをしながら、
今村昌平著『撮る』(カンヌからヤミ市へ)を読む。

2005年9月10日から10月2日、
川崎市市民ミュージアム「今村昌平の世界」で
見た映画15本、テレビ・ドキュメンタリー6本について、
10月4日には見たものすべての
日付のあるコメントを書き終えて
いることがわかる。
だから、もうとっくに
「映画空間シネマ・スペース」
にアップされていいものなのだが、
このとき「ちょっと立ち止まってみよう」と思ったのだ。
(その後に見た映画についてもアップしないままになっている。)
それから半年以上経った。

見た映画については、
折に触れて、ここに書いてきている。
だから内容的には重複するものもあるが、
「映画空間シネマ・スペース」には、
順次整理してアップしていきたい。
そして、この「立ち止まってみる」
ということに意味があるのだが、
簡単ではないのであらため書きたいと思う。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月28日
WOWOWで始まった新しい音楽番組
「meets music」を録画して見て聴く。
屋敷豪太がホスト役でゲストに佐藤竹善。
二人とも名前しか知らないのだが、
なかなかいい番組になっていた。
音楽のジャンルも時代も越えて、
自由に音楽を楽しんでいるのがいい。
日本人が歌うビートルズが、
歌っている方も気持ち良さそうだし、
聴いているのもオリジナルとは違うけど
いい感じだよねって思えて、
うれしくなったりする。

なんとんく相性が悪いのか
見る機会がなかったウディ・アレンの映画
をDVDに録画して見る。
2002年の作品、「さよなら、さよならハリウッド」。
ウディ・アレンがよく喋る映画だ。
調べていたら、1977年に映画「アニーホール」
でアカデミー賞監督賞、脚本賞を受賞したときに
「アカデミー賞なんて興味がない」とコメント
したと書かれていて、その後も1986年に
映画「ハンナとその姉妹」で脚本賞を受賞した
ときも欠席したという。
この映画もそうだけど、なんだか
面白い映画監督なんだということはわかる。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月27日
映画空間シネマ・スペースのアップする
準備をしようとパソコンに向かうと、
「アワーミュージック」と「クラッシュ」について、
最後まで書き終えてないことに気づく。
これは、映画を見たことを忘れないという意味もあるが、
やはり書くことで、あらたな発見がある。
(必ずあるとは限らないが。)
そこで、また映画「アワーミュージック」
のことを最初からたどってメモする。

サラエボのカフェ。ゴダール(実名で登場)、
フランス人作家ジャン=ポール・キュルニエ(実名で登場)、
ジャーナリスト・マイヤールの三人が話している。

ゴダール「我々は、自由になれぬことを民主主義と呼んでいる」
キュルニエ「クロード・ルフォール(メルロ・ポンティの弟子)
によれば、“近代の民主主義は、政治と思想が乖離しているので、
全体主義に向かう傾向にある”」
ゴダール「そう、わたしも同じ意見だ」 
マイヤール「わたしが信じるのは、死を前にした証言者だ」
(会話は続く)(映画『アワーミュージック』)

前日に考えていた「民主主義」につながる

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月26日
パレスチナとイスラエルことが気にかかる。
ネットで関連のニュースを拾い読みする。
どうも「和平はなるか」という
関心の持ち方では限界がある。
両国が抱える問題を「選挙という民主主義」が、
かえって混迷を深め、
どんどんと和平の道から遠ざかって
「死者」を積み重ねている。
殺すな、死ぬな、生き延びよ。
「聖戦なんてないんだよ。」

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月25日
ゴダールの「アワーミュージック」に刺激されて、
イスラエル、パレスチナへと関心を広げ、
佐藤真監督時自身が映画「OUT OF PLACE」のことについて
書いていあった「クォータリー[あっと]1号」を読む。
エドワード・サイードのこと、この映画の制作過程など、
大変興味深かった。さらに、ボリビアの映画集団「ウカマウ」(太田昌国)
ことなど、読んでいなかった記事などを読んでいく。
現在、この季刊誌「クォータリー[あっと]」は、
「運動としての学問」「新たな学問、社会の構想」に向けて、
0号(200年5月)から3号(2006年4月)までの
四冊が発行されている。
それを机に並べて読み直している。
いま、読むことが楽しい。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月24日
昨日はDVDレコーダーの予約を失敗し、
16時の約束にも遅れる。
なんとか支障なく務めを終え、
23時過ぎに帰宅する。
テレビで、巨人が負けたことと、
千葉補選は民主党が、
僅少差で勝ったことを知る。

今日は少し遅く起きる。
あらためて、千葉補選が955票差だったことを知る。
自民・公明党と民主党が、
とにかく、お互いにやれることは
みんなやったという選挙だから、
現在の両者の力が拮抗している
ことを示しているのだろう。
民主党としては「政権交代」への道を
一歩踏み出したということか。
まだまだハードルは高いかな。
現政権との決定的な差は民主党にはないからね。
(自民・公明党は、民主党の政策のいいところは、
いくらでもうまく受け入れる余地がある。)

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。



2006年4月23日
ゴダール映画については、
どうも断片的なものの言い方
になってしまうので、
ここで書かれたことを読んでも
わかりにくいのだと思う。
これは、ずっと先送りにしてきた
ツケがまわってきていると
観念するしかない。
いま、ここでやっておきたいことを
ひとつひとつやるだけだと思う。
(わたしのゴダール論を書くしかない。)

巨人も快調に二連勝。
野球も早く終わったので、
先日録画してあった大林宣彦監督・映画「理由」を見る。
これは、実は「対岸の彼女」2005などと同じ、
WOWOWのドラマWの枠で2004年につくられた
ものであることがわかる。
だから、WOWOWとしても映画欄にはなく、
ドラマ欄のドラマWのアンコールで
紹介されている。

原作は読んでいないが、
テレビでの「日テレヴアージョン」を昨年見て、
これはどうも面白くなかったという印象だったので、
この本編にも不安があったのだが、
これは、これでなかなかよかった。
だから、ここで原作を読んで、もう一度
「日テレヴアージョン」を見てみようかなと思う。
なんだか、「時をかける少女」を撮った頃の
大林監督を思いだしていた。
重要参考人の子供たち(兄と妹、宮崎将と宮崎あおいが
演じている)、そして、片倉ハウスの娘が、
それぞれに重要な役回りになっていることがわかる。

1映画を批評すること。
2映画をつくること。
3映画を見る場所である映画上映館をもつこと。
(ここは、映画をつくる場所でもある。)
いま、この三つに向かって集中する。

「巨大な破壊力を前に今こそ革命が必要である。
破壊に匹敵する想像力の革命だ。記憶を補強し、
夢を明確にし、イメージを実体化する」
(映画『アワーミュージック』)

この「ネット・リュミエール」のテーマでもある
「来たるべき映画」へのイメージを実体化する。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月22日
昨日は映画「アワーミュージック」
の最終回だったのでもう一度見に行く。
今回は「シナリオ採録」を読んでいるので、
できるだけ画面そのものに注意を向けながら見る。
かなり、ゆったりと余裕をもって確認していく感じかな。
でも、やはり字幕を読み、
時にひっかかることは同じだ。

前回見たときにも、
気になっていたシーンである、
オルガと男性が交互にリンゴをかじる
というシーンと
大島渚監督作品「青春残酷物語」
における有名な「リンゴ」のシーンとの関係は?と思って見る。

そして、それに続く、オルガの顔。
オルガの声「よく晴れた日だった。
遠くまで見える。でも、オルガのいる所までは見えない。」
オルガの唇が動いて何か言ったようだ。
でも聞こえない。オルガは目を閉じる。
というラストシーンをしっかり記憶し映画館を出る。

シナリオ採録には、この「オルガの声」
に注があって、レイモンド・チャンドラー著
「さらば愛しき女よ」の最後の台詞からの引用だとある。

ゴダールの講演の聴衆の中にオルガがいる。
ゴダールの声「努めて物事を見ること。
努めて物事を想像すること。前者は“目を開けてみよ”、
後者は“目を閉じて見よ”ということだ。」
目を閉じていたオルガは目を開ける。オルガの顔。
というシーンから、このラストへつながっていく。

渋谷から横浜に戻る。割引券の使用期限などもあって、
横浜みなとみらいのワーナーマイカルで、
アカデミー賞作品賞・脚本賞の
ポール・ハギス監督「クラッシュ」
を17時15分から見る。
日常的な暮らしや仕事の中で、
人種や階層の違いなどで生じる偏見や誤解から、
軋轢、諍い、事故、そして殺人までおきてしまう。

多様な人物が交錯するので、
わかりにくいところもあるが、
スリリングに臨場感を持続させ、
気持ちや思いが行き違ってしまう人間
の感情の波をうまく描きわけ、
アメリカの現状を映し出す。
最後には、「奇跡」に終わる事件とともに、それぞれ
和解していくイメージは悪くないと思う。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月21日
ガルシア「巨大な破壊力を前に今こそ革命が必要である。
破壊に匹敵する想像力の革命だ。記憶を補強し、
夢を明確にし、イメージを実体化する」
(映画『アワーミュージック』シナリオ採録から)

これは実名で登場するスペインの作家・
ゴイティソーロが語るスペイン語を
ガルシアが通訳ししたものなのだが、
ゴイティソーロ自身の著作からの
引用なのかどうか、はっきりしない。
でも、こうした言葉を発する根拠が
この映画そのものにある。
映画「アワーミュージック」は、
引用される言葉や映像によって、
映画総体として享受される。
それは、まさにフィクションとしての映画なのだ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月20日
ゴダールの声「カットの“切り返し”は映画の基本だ」

ゴダール「1948年、ユダヤ人は水を渡って約束の地を目指し、
パレスチナ人は水を渡って溺死した。
カットの切り返し、イメージの切り返し。
フィクションのユダヤ人と、
ドキュメンタリーのパレスチナ人」
(映画『アワーミュージック』シナリオ採録から)

ヨーロッパ大陸の最西端に位置する
ポルトガル・ロカ岬に立つ。
(意味はわからないが、
大きな声で「台詞」のように叫ぶ男がいて、
目が合うと照れくさそうにしていた。)
そこから世界を見る。

帰国後にタイ、ミャンマーのことを考え、
先日、映画「アワーミュージック」を見たことから、
サラエボ、イスラエル、パレスチナの現状を確認し、
さらに、前から気になっていた
ボリビアの新大統領(エボ・モラレス)のことを
調べているうちに、
ベネズエラのウゴ・チャベス大統領のこと、
シモン・ボリバルのボリバル革命のことなどを
知ることになる。

「ベネズエラは世界で最も刺激的、
革新的で進歩的な発展途上国となった。」とあった。
ボリビアも変わることができるか。

映画「アワーミュージック」からは、
見るだけでは汲み尽くせない、
興味深く刺激的な言葉が発せられている。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月19日
ゴダール映画、「アワーミュージック」の
シナリオ採録を読み通し、ゴダール映画が
たくさんの引用から成っていることを再確認する。
適切な注がつけられた、
このような「シナリオ採録」という仕事は貴重だ。
これがなければ、ふつうの日本人には、あたりまえに
「ゴダール映画」の理解には、なかなか行き着かない。

ゴダールが、自作「中国女」1967について、
「目を瞑って聞いてくれればいい」という
意味のことを言ったことを今回も思う。

われわれは「ゴダール映画」が発する言語を
翻訳された字幕を通じて目で読むこと
でしか享受できない不自由さの中にいる。

しかし、「映画史」以来の映像のモンタージュ
やしっかり聞かせるための美しい音楽の挿入、
焦点をぼかした映像、サラエボの町を早足で歩く
赤のショルダーバックの少女オルガ
を追う移動カメラ、
森の水辺、釣り糸を垂れる黒人兵、
川岸をあるくオルガなど。
この映画館「イメージ・フォーラム」のスクリーン上に
大きく映し出された「映画」に
あたりまえに向き合うことはできる。

シナリオ採録を読み始める。
「サラエボを忘れたの?」
「母上は? シオニストで・・・」
と読み出すが中断し、
サラエボ、イスラエル、パレスチナの現在を
確認するための時間をとる。

ゴダールの映画「映画史」とは、
世界の現在を語る映画だったと、
途中で中断したままの「ゴダール論」を思う。

この「アワーミュージック」の冒頭の
ドキュメンタリーとフィクションとの映像が
渾然とモンタージュされているように、
「ゴダール映画」は、実在の人物が語る映像と
過去に積み重ねられた、さまざまな「表現」を
引用、挿入させ、ない交ぜにしながら、
そこに確かな生きた映像と圧倒的な音楽による
「新たな映画」をつくり出して見せる。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月18日
昨日、このネット・リュミエールに
アップするのが遅くれたことが、
今日も尾を引いているようだ。
どうも、うまく集中できないでいる。
郵便物を出しに自転車で郵便局へ行くことや
食事をつくって食べることなど、
いつものようにやっているのだが。

どうも、それは、ゴダールの「アワーミュージック」
を見たことをうまくことばにできないでいる
もどかしさとも関係しているようだ。

とりあえずは、思っていたとおりの
「ゴダール映画」であったと。
「ゴダール映画」は映画をつくるものを鼓舞するとともに
挑発し続けることをやめない。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月17日
昨日は夕方4時過ぎに出掛ける。
京急の屏風浦駅から横浜駅。
東横線に乗り換えて武蔵小杉駅。
南武線で立川方面へ。
府中本町駅で武蔵野線に乗り換え、
中央線とも交差する西国分寺駅で
下車し徒歩15分。
目的地の「レストラン」に着いたのが、
6時20分、約束よりも10分早く着く。
中学から大学まで、
国分寺に住んでいたので、
全く知らない土地ではないのだが、
当時、武蔵野線はまだ通ってなかったし、
西国分寺駅もなかった。
人通りのない道を武蔵野線に沿って北へ歩き、
大きな通りに出て右に折れる。
少し行くと通りを挟んだ向こうに
大きなスーパーが見える。
あたりは暗くなり始めていて、
店内の明かりと
それなりの数の買い物客の
姿がシルエットに浮かんで見える。
日曜日の夕暮れ時だな。
明日からの勤めのことなど思って
いやな気分になる。しかも
こんな「西国分寺」まで来て、
また横浜に帰るの? 
こんなふうに勤めていた気分が、
鮮明によみがえる。

今日は国分寺駅から吉祥寺駅、
そして井の頭線で渋谷に出る。
「イメージ・フォーラム」で午前11時から、
ゴダール監督作品・映画「アワーミュージック」見る。
上大岡駅で下車し午後3時近くに帰宅する。
今日は久美子の月命日、暖かい日になった。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月16日
今日は久しぶりに、
久美子の夢をみて目覚める。
時計を見ると6時10分だった。
そのまま起きる。
ビデオ作品「12月の雨」「記憶を刻む」
をDVDで見たことの感想などを友人と
電話で話していたことが、
影響しているのかもしれない。

このサイトの映画空間シネマ・スペース
映画館などのスクリーンで見た
映画について全部書くという原則
になっているのだが、どうもしばらく
アップできていないことを気になっている。
確認してみると、昨年9月に「川崎市民ミュージアム」
で見始めた「今村昌平の世界」からだから半年以上になる。
折に触れて見た映画の感想などは、
ここに書いているので、
内容は重複するものもあるが、
忘れないうちに書くことはしてある。
あとは原稿を読み直しチェックし、
スタッフ、キャストなどの確認をすればいい。
もちろん、この間、アップしなかった理由はある。
それは、少し立ち止まって考えてみることだったと思う。
それに、このサイトをリニューアルし、
もっとパワーアップしたいという思いもあった。

さて、これからやる「シネマ・スペース」のための作業は、
2001年12月から1998年3月まで書いたものを遡って
アップしていった「マイ・バック・ページ」と似た展開になる。
あらたなサイトの構築とともに精力的にやっていきたい。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月15日
(昨日からの続き)
吉行淳之介原作・浦山桐郎監督の
映画「暗室」1983は、
日活70周年記念映画として
つくられているのだが、
浦山桐郎監督を起用し、
「にっかつロマンポルノ」ではなく
文芸ポルノ映画をつくろうという
企画だったのだろうか、
当時の評判も悪く、映画館にわざわざ
でかけてみたい映画ではなかった。
昨年の12月(05.12.15)に、
ここにも書いたが、
原一男の「浦山桐郎」について
のドキュメンタリーを
見ていることもあるが、
浦山作品は全部見ておきたいと
思っている。

WOWOWから録画して見る。
(WOWOWなので、成人映画を「PG-15R」版
として放映されている。)
どうも時代背景が古いなという印象だけで、
よくわからいところがだめなんだと思う。
この映画を見て「浦山は女性を描けない」という
のはあたらないと思う。
若くして結婚した妻(事故死。
自死の可能性も疑われているが)を除けば、
もともと精神的にも性的にも
いくらか病んでいるところがある
女性たちと関係する男を
題材にしているのだから、
当たり前の女性は出てこないのは当然なのだ。
浦山は迷いながらも、
この映画を本格的「ポルノ映画」にしている。
しかし、そこには胎内回帰と自死のイメージが
強く現れ、暗い映画になっている。
だから、女の故郷の川べりの町から、
ひとり去る男が見るバスからの風景は
夕景のようだが、
人工的で赤く爛れた映像にも見え、
浦山自身の切ない内面を垣間見た気もしたが、
映画としては空疎な映像にしかならず、
悪い夢を見た後味の悪さが残る。

もう一本が、ジム・ジャームッシュ監督の
「コーヒー&シガレッツ」2003。
前日に一話だけ見ていたので、
こちらもコーヒーを準備して
最初から見る。
11の話から成っているモノクロ映画。97分。
コーヒーとタバコを話題にして、
コーヒーを飲みタバコをすう。
テーブルを挟んでの
多くがとりとめのない会話だが、
人生の断片がうまく切り取られている。
機知に富んだユーモアと皮肉。
会話する二人や三人の関係が、親友、いとこ同士
双子、ただの友人、そして店員だったりする。
そして映像は、光と影を持つモノクロで
フィクスされた画面は、
ときに俯瞰し捉えたテーブルとともに、
確かな時間を刻む。面白い映画だ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月14日
巨人の集中力は続く。
全員野球で広島を圧倒する。
桑田投手は600日ぶりの
勝ち投手となった。
なんだか、わたしが野球を見ていない間、
桑田は勝てないまま、
つらく長い日々送っていたということらしい。
18番という背番号をつけた男が勝てなかった
巨人というチームと全選手が、
この2年間まさに地獄のどん底を見てきた
ということなのだろう。
今シーズンが終わってみなければわからないが、
試合が終わるまで一点一点を積み重ねていく、
いまの全員野球が、
どこまで続けられるかだ。
オープニングゲームのスタメンで
活躍したライト・8番亀井
に代わる若手選手が
日替わりで活躍している。
まあ、勢いのあるチームというものは
こういうものだといえるが、
エースナンバーをつけて、
投げつづけながらの600日ぶりの
勝利投手というのは、
勇気づけられる話だ。
それは桑田投手ひとりの
がんばりではどうしようもなく、
監督、コーチ、選手たちに
信頼され支えられてきたということなのだろう。
集団における「チームプレー」
の意味を新たにしている、
今年の「原巨人」に期待してみたいと思う。

この野球中継の前後で
DVDに録画した映画「暗室」
と映画「コーヒー&シガレッツ」を見たのだが、
それについては明日以降に書くことにする。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月13日
昨日はDVDレコーダーの整理をしながら、
石坂洋次郎・原作、北原三枝と裕次郎の
日活映画「若い川の流れ」(田坂具隆監督)1959を
DVDに録画しながら見る。出演はほかに、
芦川いづみ、千田是也、山根寿子、轟夕起子など。
そして、美術・木村威夫、音楽・佐藤勝。
きっと当時は新しい感覚の映画だったと思う。
シネマスコープを意識した撮影になっている。
田坂監督には、この前年には、
話題になった映画「陽のあたる坂道」がある。
(これも原作・石坂洋次郎。石原裕次郎、北原三枝
などの出演者も同じ。)
そのあとに東映作品に「五番町夕霧楼」1963
「湖の琴」1966などがある。
田坂具隆(1902-1974)は、しっかり見ておきたい
日本の映画監督のひとりだ。
また戦前には「五人の斥候兵」
「路傍の石」「土と兵隊」などがある。

そして夜には、WOWOWで映画「オランダの光」と
ジム・ジャームッシュ監督「コーヒー&シガレッツ」を少し見て
(HV画質を確認した程度)、
結局また巨人戦を見ることになる。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月12日
4月だというのに昨日も今日も肌寒い。
昨日は大連から一時帰国したI氏と
昼から楽しく「紹興酒」を飲んで、
お互いの今後について話す。
少し飲み過ぎたようだ。
だから、夜は野球中継が終わっても、
そのまま、報道などテレビ番組を見続ける。
(今年の巨人の選手は全員で集中する力を
発揮しつなげてみせる。)

一月に一本というビデオ作品の
制作が遅れている。
いまポルトガルで撮った
ビデオを素材に考えているが
なかなか進んでいない。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月11日
今日のテレビに俳優・柄本明
が出ていて、劇団東京乾電池(1976年結成)の
30周年記念公演をやると話していた。
映画での柄本明はたくさん見ているが、
柄本明の舞台は「志の輔らくご」
と同じで実際には見たことがない。
ここにも新たな発見が
あるかもしれないと期待してみる。
わたし自身も含めて確かに
30年という時間は確実に経過した。
何かが変わって何も変わってはいない。
わたしは31年の勤めを辞め娘は30歳になって、
いまボリビアにいる。
生きていく智慧と力はついたか。
やろうとしていることは変わらない。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年4月10日
WOWOWで録画し、
楽しみにしていた「「志の輔らくごin Parco」
(04年12月と06年1月)をまとめて聴く。
予告や「志の輔らくごの楽しみ方」という
WOWOWの番組は見ていたのだが、
本編は予想を超えて聴き応え見応えがあって驚く。
それは落語というよりは、
よくできた芝居の世界だった。
それは、たくさんカメラが配置され撮られている、
WOWOWでの番組として見せられていることも
関係していると思うが、
いつのまにか「志の輔らくご」の世界に
引き込まれていた。
だから番組作品としても
とてもうまくできているといえる。
わたしよりも少し年下(ほぼ同年代ともいえる)
になるのだが、おそるべき師匠・立川談志の
影響をうまく自分のものにしている
ところもうまく聴かせるところなどは
じつに羨ましくもある。
志の輔が落語の新作について、
「まくら」で語っていることは
映画の世界にも通じることだ。
「志の輔らくご」はことばと間で語るが、
映画は動く映像と間で語る。
そして、その世界は
「暮らし」という「日常」に根拠を持つ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月9日
(昨日からの続き)
WOWOWのドラマWについて
もう少し書いておこうと思う。
7日に「映画的クオリティ」と書いたが、
これは、映像として質感と内容のことを
言っている。その意味では「宿命」(若松節朗監督・東野圭吾原作)
は、内容はテレビ世界を超える次元が垣間見られはするが、
人間が普通に生きている切実さがない。
ただ劇的な面白さをなぞってみせることに終わり、
映像的にはテレビ画面を超えられないでいる。
また「自由恋愛」(原田眞人監督・岩井志磨子原作)
は、「青鞜」の平塚らいてうの女性解放運動や
谷崎潤一郎や栗原トーマスが参加した横浜の撮影所などの
史実を背景に大正の時代風景を再現するなど、
「映画的クオリティ」を確かに持っていて、
ここまでやるかというシーンもあるのだが、
内容の展開が総花的になってしまい、
シーンとしての力が弱く説得力を欠いている。
ただ画面はきれいな映像として流れ、
単なる家庭と男女問題に薄められている。
だから、大震災後も、したたかに生き抜く
ふたりの女性の背後に去っていく落ちぶれた男の影を
見せるという映画的なラストも
少しも効果的に見ることができなかった。
そして、やはり残念ながら、
フアーストシーンの印象的な映画的演出の
意味がうまく全篇に繋がっていかない。

午前中はデータベースに昨日打ち込んだ部分が
消えているというトラブルの原因と対処に時間を取られる。
こまめな保存と確認が必要だとあらためて思う。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月8日
(昨日からの続き)
WOWOWのドラマW「恋愛小説」
(森淳一監督・金城一紀原作)は、
それなりによくできた映画になっていた。
ひかり輝く映像が自然に重ねられ、
内容にうまく織り込まれ嫌みになるすれすれ
をうまく回避していた。
それはキャスティングにもいえて、
玉木宏、池内博之、小西真奈美といった
役者たちも、このドラマの中では
自然な感じで演じられていた。
人間にとっての不幸や死が、
偶然や運命に左右されている
ように見えるとしても、
いつでも、じぶんの状況はじぶんで
きりひらくしかない。
でも、ひとには運命的な出会いは、
ひとつやふたつは必ずあるものだ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月7日
WOWOWのドラマWで、
「4TEEN」(廣木隆一監督・石田衣良原作)
を見て感心し、さらに1月の
「対岸の彼女」(平山秀幸監督・角田光代原作)
もよかったが、この1月にWOWOWでは、
2003年からドラマWをまとめて
アンコール放映をやったこともあって、
まとめて録画してあった。
それを昨日でやっと全部
見たことになる。

2003年「交渉人」(三池崇史監督・五十嵐貴久原作)
2003年「愛と資本主義」(渡辺孝好監督・中村うさぎ原作)
2004年「恋愛小説」(森淳一監督・金城一紀原作)
2004年「宿命」(若松節朗監督・東野圭吾原作)
2005年「自由恋愛」(原田眞人監督・岩井志磨子原作)

そして、この2月では
「春、バーニーズで」(市川準監督・吉田修一原作)
を放映している。
この「バーニーズ」で20作目になるという。

これだけの映画的クオリティもって
製作しているのは、
地上波そして他のBS局も含めても、
ほかにないと思う。
それは内容的に地上波のドラマを越え、
技術的にも、近年HV画質で見ることができることから、
「ドラマW」は映画そのものとなっている。
映画だけに関していえば、
映画館で上映されたヒット映画を
できるだけ早く放映するということだけだと
思っていたWOWOWが、
これだけオリジナルの作品を
つくりだす力を持っていることに驚く。
もちろんドラマ・映画作品としては
失敗作もあるのだが、それは結果であって
つくり続けるシステムを確立していることが
すばらしいと思う。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月6日
よしもとよしともの短編コミック
の映画化なのだが、
この「よしもとよしとも」も監督・奥原浩志も
知らないのだが、
「宮崎あおい」が出ている
というのでWOWOWから録画してあった
映画「青い車」を見る。

原作どおりなのかは読んでいないので
わからないのだが、
漫画の世界で見せられれば、
なかなか悪くないよなとか、
結構いい感じだなといえるだろう。
これを映画としていえば、
いま現在の若者の気持ちのやりとりが、
リアルに会話などの台詞にできていて、
いい感じだといえる。
しかも、宮崎あおいという生身の存在が、
「・・・・・・でも苦しいよ。ちくちくするんだ。」
などという台詞とともに、この映画でも
うまく生かされていたと思う。

そこで、映画としての評価
ということになるのだが、
麻生久美子と宮崎あおいの姉妹と
関係を持つARATAという青年の
こども時代の事故体験が意味を持つように
描かれているのだが、これがよくわからない。
だから言いたいことの半分がうまく
見るものに伝わらない。
しかしそれでも、
このARATAという青年の
性格や気持ちはわかる。
それは、どうも挿入される音楽も
そうだが、この映画には、
われわれが30年以上前に
つくってみたかった映画を懐かしむイメージと
どこか共感できるものがあるからだ。
でも映画は、いま、もう一歩も二歩も
前に飛躍しなくてはと思う。

この4月から始まった朝の連続ドラマ
「純情きらり」の宮崎あおいが気になるよな。
娘のように心配だ。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月5日
先日WOWOWでまとめて
JAZZ FILEという番組を収録する。
ピーター・バラカンが司会をしている。
必要以上の話はしないという構成で良い感じだ。
タイトルバックに古いジャズレコードの
ジャケットがいくつも重ねて登場する。
最近のジャズは「上原ひろみ」の
CD一枚しか聴いてないが、
そのレコードなら持っているよと
30年以上前の名盤の数々が懐かしい。

3回分の番組なのだが、
「マンハッタン・ジャズ・クインテット
・イン・ジャパン」(05.1.22東京)と
「キース・ジャレット・トリオ・
スタンダード・ライブ」(86.10.26東京)、
そしてもうひとつが「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ
〜アムステルダムの午後」(05.3アムステルダム)。
それぞれが、20年以上の歴史をもつわけだが、
当時の演奏と現在の演奏が、
とにかくすばらしい演奏で聴ける。
すごく得した気分だ。
ジャズのスタンダードとともに、
ビートルズやクラッシックもカバーし、
いい曲といいジャズ演奏があるんだなと
納得して聴いている。

でも、やはり上原ひとみの疾走感溢れる
オリジナル曲のライブ演奏は魅力的だ。
そうなると86年当時、憑かれたように、
やはり全身で演奏するキース・ジャレットと
そのトリオの演奏は「やっぱ凄いよね」とあらためて思う。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月4日
昨日の午後は、磯子郵便局に
雑誌購読料の払込に行く。
2時過ぎに、先日は3時過ぎていたため
取り扱いが終わっていたことを思い出し、
久しぶりに自転車で出掛ける。
20分ぐらいだろうか、
長く待たされたと思う。
隣の郵便の受付窓口で
大きな声で苦情を言っている
初老の男と若い局員のやり取りを見ていた。
待合い席や局内全体が暗く、
なんなく淀んだ空気を感じる。
でも順番がきて受け付けてくれた局員
の男性はテンポのよい明るい対応だった。

映画「ハリー・ポッター アズバガンの囚人」
の続きを見る。長いエンドタイトル。
「いたずら終了。」で文字が消える。
面白さがわかりかけてきたときに
終わってしまった。
遅まきながら、第一作「賢者の石」も
見てみたいと思う。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月3日
昨日あわてて部屋に入れた
洗濯物を外に干す。
今日は暖かくいい天気になった。

昨日のWOWOWは、映画「あずみ」
が始まるところで、
雨の影響で電波障害がおきる。
すぐにあきらめて、
野球を見ることにする。
どうも野球だけを見る集中力がなく、
録画していた映画「ハリー・ポッター
アズバガンの囚人」を見るが、
これも途中でやめる。
野球は巨人が勝っているのを確認し、
WOWOWの状態を見る。
よく映っているので、そのまま、
映画「あずみ」の終わりの場面と続けて
映画「あずみ2 Death or Love」(HV画質)を見る。
荒唐無稽な話だが、
そのスピードのあるアクションと
映像の美しさ、そして上戸彩の表情と演じる
刺客「あずみ」の魅力だろうか。

原作・小山ゆうの漫画は、
「おれは直角」1973、「がんばれ元気」1976、
までは連載でよく読んでいた。
(じぶんの子供に「元気」という名前を
つけた親も多かったのでは。)
突然誇張され戯画化された絵が「リアル」に飛び出し、
そこには勢いのある爽快な笑いがあったと記憶している。
また、からだは小さいが、
努力と才能で力を発揮し
権威や強い敵に挑んで勝つという
展開が痛快だった。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月2日
なかなか録画したものを
見ることができないまま、
録画するものが増えていく。
当初の増え方に比べれば、
少し落ち着いてきているのは、
BS放送番組の中に再放送しているものも
少なくないということだろう。
まだ、VHSなどのテープからDVD化
する作業もなんとなく中断している。
とにかく、いま以上に契約チャネル数は
増やせないなと実感している。

昨日も野球を見たのだが、
巨人は惨敗という結果だった。
まるで前日が嘘のようだ。
気を取り直しながら、
でも、そうだな。
「あまり入れ込まないようにしよう」
という気持ちもずるく働く。
今日は野球を見ないで、
WOWOWで映画「あずみ」を見ようかなと思っている。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年4月1日
民主党執行部総退陣、永田議員辞職の
ニュースの詳細をネットで読む。
すべてが「遅きに失する」という展開の
責任もとっての代表の辞任もやむをえない。
これはどうも騙されたのが悪く
間抜けな話だったということのようだ。
でもまだ、永田元議員はメール提供元である
「西澤孝」周辺の不明を明らかにする
責任は残されているように思う。

昨日は何年振りかで、
プロ野球・巨人戦を缶ビールとつまみと
いう体制でテレビ中継を見る。
しかもこれ以上ないという展開でしっかり堪能する。
ライト・8番亀井という2年目の選手が楽しみだ。
強肩ぶりもぜひ見たいと思う。

3月4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月31日
加藤典洋著「僕が批評家になったわけ」を
やっと読み返している。
ここに昨年10月だったと思うが、
もう少しここに(この著書に)
立ち止まってみようと書いて、
じぶんの中では気にしながら
半年経ったことになる。

「わたしがいま本を読むということは、
わかったということのさきまで読めないと
読んだことにはならない」と覚悟し、
わたしは本を読む。それは書くことの覚悟を
学ぶことでもある。と書いてみる。

「そのさきまで読む?」大丈夫かな。
まあ、勤めを辞めて一年経ったので、
少し覚悟みたいことを書いてみたかった。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月30日
靴の修理ができたという連絡があって、
元町の靴屋に行かなくては
という気持ちと、場所がわからなくなって
確かめたいと思っていた店のことなど思い立ち、
4時過ぎに磯子駅から
石川町で下車して元町方面へ向かう。
元町から一本裏に入った通り(元町仲通り)を歩く。
すると靴屋のそばに探していた店が
あっけなく見つかる。
靴を受取り店を確認する。
まだ早いので久しぶりに元町公園に向かって坂を昇る。
元町公園から外人墓地、十番館、ゲーテ座、
インターナショナル・スクール、
港の見える丘公園、大仏記念館、
喫茶「霧笛」でコーヒーを飲む。
さらに、近代文学館と桜に誘われて歩く。
あたりは夕暮れて思ったよりも寒くなってくる。
元町公園を下ってプールの位置を確認、
弓道場も見える。
振り返った十番館、山手教会は、
きれいにライトアップされていた。
元町公園の「撮影所」跡地の碑が、
思っていた場所になく見つからなかった。
子ども用プールも無くなっていた。

暖まろうという気持ちもはたらき、
急いで店に入って燗酒を飲む。
店の人と少し話しながら、
「菜の花の芥子和え」などのつまみをたのむ。

三週間前にポルトガルの街を
ひとり歩いていたイメージを重ねて
外を歩く人を見ている。
店の中と外では、違った時間が流れ、
違ったドラマが動き出すなんていう
カメラの動きともにはじまる映画を思ってみた。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年3月29日
昨日午後DVDプレーヤーのVHS部分
の出張修理に立ち合う。
結果的には再修理になったが、
地上波の映りがもともと悪いことがわかる。
どうもマンションであることの不便さがある。
導入しているケーブルテレビの
問題なのだが、
まあ、録画はほとんどしないし、
全く見られないほど悪くはないことが
かえってやっかいだ。
地上波のデジタル化などの課題も
ある。しかしマンション住民の
関心はまだ薄い。

「新会社法」が5月1日施行されるという
記事を目にして、この制度改正とともに、
昨年生まれたLLP(有限責任事業組合)など
について、再度確認しておきたいと思う。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月28日
なんだか昨日は、
一日のんびり過ごす。
午後3時過ぎに眠くなったので、
そのままベッドに潜り込む。
夜は夜で眠くなったので、
11時過ぎに寝る。
今日はうまく5時に起きられたので、
そのまま起き出す。
うまく時間が回っているのかな。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月27日
約束していたことなどが、
ひとつひとつ終わっていく。
昨日は見逃しているゴダールの「アワーミュージック」
の上映を始めている「イメージフォーラム」の
場所と時間などを確認しながら、
渋谷の街を友人と歩く。
元ユーロスペースのあった通りは、
車道を覆うように咲く桜が五分咲きだったが
春を感じ、花見酒の気分で夕方5時過ぎから
飲み始める。
たくさんのことを話したと思うが、
9時30分には気分よく
横浜・屏風浦駅に戻っていた。
10時までやっているスーパーで、
葱と納豆などの買い物をして帰る。
どううまく集中できるかだなと思う。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。



2006年3月25日
昼過ぎに眠くなって夜になって
どんどん目がさえてくる。
昨日は18時に予約している「歯科」
に間に合うように、
区役所などの用事をすませ、
同じ建物にある図書館で時間を調整するが、
ここでも眠くなる。

歯科で待つ時間に「週刊新潮」を読む。
「王ジャパン」の影の部分をまとめあげ、
それなりに納得できる記事にしている。
さすがだなと思う。
二次リーグで敗退という結果で
書かれていたものをなんだろうけどね。
しかし「世界一」という結果で、
采配ミスなどのマイナス面が
帳消しになったということでもあるのだろう。
しかし、この王ジャパンのドラマが
つくられたフィクションではなく、
現実であることが、
これだけの感動を呼んでいる。
こうした感動は映画では成り立たないし、
ドラマとしても嘘になるだろう。
でも映画は映画としての
固有な映像世界(映像ドラマ)をつくりだし、
「感動」を呼び込むことができる。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月24日
ポルトガルから帰国した日に、
村上春樹「ある編集者の生と死」と
佐野眞一「ルポ下層社会」という、
電車の中での広告を見て「文藝春秋」(4月号)を買う。
作家・村上春樹と編集者・安原顯との関係は、
まったく知らなかったことだけに驚く。
小説を書いていた安原顯というイメージも
はじめて知ることだ。
これを読んだことで、
あることだよな、事実そうなんだなと納得するが、
なんだか身につまされ気が沈む。
そしてこうした文章を書かざるを
えなかった村上春樹の事情もわかる。

そうわかるんだけど、うーん、
文学の周辺を生きざるをえなかった
安原顯という人間がおかしくなっていく土壌や背景は、
個人的な資質よりも根深いものがあるように思う。

佐野眞一の「ルポ下層社会」は、
足立区の*就学援助率が1993年度には15.8%だったものが、
2000年度には30%台に上昇し、2004年度には42.5%
達したという朝日新聞(1月3日)の記事に注目し、
取材をおこなったルポである。
(*就学援助:生活保護を受けている家庭と、
それに準ずる困窮家庭が就学援助の対象となる。学校教育法。)

それは、現地取材を通じ、
「都市下層民の貧困」の深刻さを明らかにし、
現代における貧しさの実相にせまる。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月23日
ポルトガル旅行のメモを整理する。
もうこの日はどうだったかなと
思えることもあったり、
たよりないのだが、
なんとかひととおり、
帰国までの記憶をたどってみた。
どうもワインかビールを昼から飲み、
おいしものが食べて飲むということをベースに、
世界遺産になっている建物など解説つきで、
効率よく見て回り美しい町並みや風景の中を歩く。
これは、なかなか贅沢な旅だったと思う。

そして、どこかゆったりと流れていた
ポルトガルの生活リズムを思う。
帰国後の「王ジャパン」の興奮、
野田秀樹の芝居と映画「デック」などの
「感動」とともに、
実はまだまだポルトガルの余韻と
時差の中にいる。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月22日
王ジャパンのキューバ戦勝利の余韻
が後を引く。ベンチ内の動きを含めて
全試合経過をことばにしておきたいという
欲求にかられるが断念する。
それはスポーツ紙や
テレビ番組にまかせるしかないだろう。
過去に巨人戦勝利を熱心にスポーツ新聞
で読み返したことを思い出す。
川崎の守備のフアインプレーとミスしたプレー。
ホームベースにかろうじてタッチした
右手など、彼の動きだけを追っても面白いし、
ベンチに控えていた選手や
福留が代打にでるまでの様子も興味深い。
今回の王ジャパンの全試合を通して、
「世界最強チームになるまで」の
全記録を永久保存できるようにして
おいてほしいとも思う。
アメリカ主導の今回WBCの問題点も
たくさんある。しかし、それは3年後の開催に向けて
改善されればいいのだが、
いま、それよりも日本のプロ野球が
どう復活できるかが問題だと
この2.3年、野球にまったく興味を失った
元ジャインアンツ・フアンは思う。
今回の王ジャパンの世界一が
ひとつのきっかけになって変わっていけたらいい。
(キューバ戦の視聴率は関東地区で43.4%だったそうだ。)

昨日はWOWOW夜22時から
野田秀樹「贋作・罪と罰」(松たか子出演)
2006.1.12 BunnkamuraシアターコクーンをHV画質で見る。
1995年の再演だという。なかなか楽しめたし、
松たか子が母親に「どんなことが起こっても、
わたしのことでどんなことを聞いたとしても、
いままでどおりに愛してくれますか」と
切々と訴える台詞に感動もする。
そしてさらに、「理想に生きて、
思想に殺されるのはばかばかしい」という
意味の台詞も印象に残る。
野田秀樹の芝居が、世代を越えて
松たか子という女優と確かな出会いが実現している。

ポルトガルで目にした草木の緑色の輝きは、
日本では見られないものだと感嘆する。
そして敷石の白と黒の模様とアズレージョ(装飾タイル)の壁、
さらにアズレージョは白と青だけではなく、
濃い緑色の配色も見せる。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月21日
王ジャパンが世界一となった。
終始日本がリードし日本が
強敵キューバに勝ったのだから
これ以上の展開はない。
しかも野球のハラハラドキドキのおもしろさは
今回も見ている多くの日本人にしっかりと
伝わってきたと思う。
結果的には日本チームは世界最強のチームとなった。
イチローが果たした役割は大きいのだろうが、
最後まであきらめずに結果をだした
選手全員にエールを送りたいと思うし、
ひとりひとりの選手をきちんと評価することが
大切なことだと思う。
多くの日本人が、それぞれの場所で
強く励まされていることだろう。

アメリカのサンディエゴとは
時差が17時間ある。
向こうは3月20日の夜だ。
シャンパンの美酒に酔って、
長い夜が始まったところだろうか。
こちらはとりあえず、しょうがないよな、
夕食のための買い物にでも行こう。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月20日
王ジャパンが、
準決勝・韓国戦を6対0で圧勝し、
なぜか一気に明日はキューバの決勝戦となる。
勝つときはこんなものか。
上原の好投もあるが、
代打・福留の2ランホームランは
まさに起死回生を絵に描いたような一発だった。

テレビで「愛と死をみつめて」(犬童一心監督)二夜連続で見る。
1962-3年という時代背景を再現した映像を興味深く見るが
新たな発見や出会いはなかった。
1964年の東京オリンピックを前にした
日本の貧しさはうまく伝わってきたかなとは思うが。
大島みち子役(広末涼子)は、
女優にとってなかなかいい役なんだなと思う。
(当時のテレビでは大空真弓、映画では吉永小百合が演じている。)
医師役のユースケサンタマリア、
結婚相手役の小雪、
そして、根岸季衣、鷲尾真知子、田島令子の同病室患者役の
3人などもいい味をだしていたけどね。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月19日
ポルトガルから帰国した日は
成田からは横浜YCATまでバスで帰る。
ここから京浜急行に乗るのが近いのだが、
昼食に「一品香」のたんめん、餃子を食べようと
横浜駅西口の地下街まで歩く。
そして旅を締め括るつもりで、
グラスビールも頼む。
磯子の家に戻って、
必要な電話連絡と確認などして
すぐに着替えてベッドに潜り込む。
20時頃だろうか、目覚めて「大成瓢吉展」(3月2日)
では会えないまま、ポルトガルに行っている間に
電話をもらった大成先生に電話する。
心配だった体調の具合や近況、ビデオ作品
(「12月の雨」「記憶を刻む」)の感想などを聞く。
久美子の絵の才能を惜しむとともに、
ふたり分がんばってと声をかけられ、
強く励まされていると感じる。
22時過ぎだったろうか、ほっとした気分で
ビールと久しぶりに日本酒を飲み始める。

翌朝6時に目覚ましが鳴る。
いい天気だったので洗濯をしながら、
たまたま王ジャパンのメキシコ戦を見る。
アメリカとの時差を感じながらテレビ映像を見ている。
試合を見終わって
なんだが充実した気分でまた寝る。

夕方になっている。
起きだして買い物に行く。
うまい焼酎を飲みながらほうれん草を茹で、
さばとやりいかはポルトガル風にオリーブ油で炒める。

そして翌朝(3月16日)7時に起きる。
ポルトガルから帰って48時間経ったようだと
このネット・リュミエールに書く。

昨日は、タイの女性監督ポップ・アリーヤ・チェムサイが撮った
ドキュメンタリー映画「デック こどもたちは海を見る」(100分)
を見る。DVDによる上映なのだが、
とてもいい映画だった。
ひとりでも多くの人に見てもらいたと思わせる映画だ。
映像が語る力って凄いんだよな、とあらためて思う。
これは、日本語版の字幕を作成し、
上映活動もしている地球市民ACTかながわ/TPAKが、
10年以上の地道に取り組んできた支援活動の成果や意味を
間接的に語っている映画にもなっている。
たくさんのたくまずして出会う感動が繋がって映画に
結実し上映まで手作りされていく。

この女性作家が、
「初めて見る海を見て歓声をあげる子供たち」
と出会うことでカメラを回し、
歓喜する子供たちと同じ目線で見守る教師たちの
存在と感動を映像化する。
そして、タイの山岳民族への子供たちへの
教育支援を続けてきたNPOは
映画の感動を日本人に伝え
自主上映の輪が広げる。

「貧しいけれど哀れな子供たちではない」という
意味のことを校長は語り、
学校では助けあって生きることを教えている。
映画は、二つの大きな鍋を三人の女子児童が、
支え合うように運んでいく後ろ姿に
助け合う気持ちをうまく映し出す。

これから今日は、アメリカのサンディエゴで
行われている王ジャパンの韓国戦を見るのだが、
「地球市民」という言葉から、
ジャン・ルノワール監督の
「自分は映画国の市民だ」(「国家という名の遺物」)と
いう返答を思い出す。
いま、新たな映画制作から上映までの
展開の可能性を感じている。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月18日
「アナハイムの奇跡」。
王ジャパンが生き返った。
アメリカがメキシコに負けて
アメリカ、メキシコ、日本が1勝2敗で並び、
得失点差で日本が2位、
準決勝(ベスト4)への進出が決まった。
こんなこともあるんだな。
この大会では3度目となる韓国戦、準決勝が
日本時間19日12時に行う。
わたしとしては
何年ぶりかでしっかり野球を見ている。

NHKのBS2で放映された
映画「ゴッドフアーザー」1972、
「ゴッドファーザーRART」1974の録画を失敗する。
初めは雨が降り出しための電波障害と2本目は
電波障害を避けための操作ミス。
これはポルトガルのシネマテークで、
近日上映が案内されていたこととも
関連するのだが、久しぶりにじっくり見たい
という気持ちだっただけに残念だ。
また、1972年と1974年という製作時期が、
深作欣二監督「仁義なき闘い」(1973-74)と
重なっていることにも興味深く思う。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月17日
王ジャパンが韓国に惜敗する。
負けは負けだからめちゃくちゃくやしいと思う。
ゲームセットとなったグランドから
ダッグアウトへ振り返りざま、
イチローがそのくやしさを大きく口を開いて全身で
何か言葉を吐き捨てるようにしていた
映像が印象的だ。
それは8回の得点に結びつく前の
ファールボールを観客席に
飛び込んで捕球できなかったくやしさを
露わにしていた場面とも繋がる。

ポルトガルの発祥の地でもあるポルトは
味覚と視覚をあわせつよい印象をわたしのなかに残す。
素晴らしい川沿いの町並みの風景とともに、
サンデマンのワイナリーで試飲した
本場ポートワイン「ヴィンテージ」の旨さ
は忘れられないものとなった。
わたしにはうれしい発見だった。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月16日
ポルトガルをすっかり堪能し
元気に帰国してからどうも48時間が経ったようだ。
今日はうまく7時過ぎに起きられたので、
このまま夜まで寝ないで、
いつもそうしたいと思っている、
うまく「22時就寝の朝6時起き」という展開にもって
いけたらと欲張ってみよう。あとそれに「1日1時間」
ゆっくり歩くことができればいい。

小津安二郎生誕100年記念の
国際シンポジウムに来日したことで知ることになった、
ポルトガルの映画監督である
ルイス・ミゲル・オリヴエイラと
ペドロ・コスタのふたりの映画作品を
ビデオやDVDで今年になって見ている。
このふたりの存在が、
今回のポルトガル行きのひとつの
きっかけにもなっている。
そして、ぜひ行きたいと思っていた
ポルトガルの公営シネマテークである
「シネマテカ・ポルトゥゲーサ」に出掛ける。
泊っていたホテルがリスボン地下鉄ブルーライン(Linha Azul)
のサン・セバスティアン駅の近くだったのだが、
そこから三つ目のアヴェニーダ駅から歩いて
5分のところにある。
そこには、映画書籍を扱った一室があり、
古いもののようだが、
小津安二郎、溝口健二、
黒澤明(表紙の写真が若い)の
特集上映パンフレット(ポルトガル語)などが
ならべられて売られていた。
日本でもいつでも小津や溝口の映画が
見られないように、
オリヴエイラやペドロ・コスタの映画は
上映していなかったが、
ビリー・ワイルダー監督作品
「A FOREIGN AFFAIR」(ポルトガル字幕)を
見ることができた。
この日は、他にダクラス・サーク、
ジャン・ルノワール、
ルキノ・ビスコンティ、
ジャン・コクトーの映画が
上映されていたことがあとでわかる。

4日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わっています。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年3月4日
今日から「ムーヴィング・シアター」は、
「12月の雨」から「記憶を刻む」に変わります。
昨年の4月に完成したものを
音楽の入れ替えや再編集をして、
結果的には2本の映画になりました。
内容は同じですが、受け取る印象は違っていると
思います。是非、この「記憶を刻む」もご覧ください。
ムーヴィング・シアター(「記憶を刻む」10分26秒)

感想などを是非お寄せ下さい。


「第29回日本アカデミー賞」の受賞の模様を
机の上を片づけながら見る。
山田貴監督「ALWAYS 三丁目の夕日」が、
どうもたくさんの賞を貰ったようだ。
こうした賞の選考方法を
くわしく知らないのでなんともいえないのだが、
これは企画やプロデューサーたちの力だなと思う。
映画をつくることが、
どう報われるかということも含めて、
いま、この映画をつくる意味がしっかりと
スタッフ全員につたわる映画づくりが理想だよなと思う。
でも賞って貰えるとうれしくて、
貰えないと本当に口惜しいんだよね。

このパソコンに入力する姿勢が、
どうも腰によくないようので今日から14日のまで休みにします。
(ポルトガルは7日から14日まで行ってきます。)

2006年3月3日
朝からポルトガルへ行くまで
にやっておきたいことなど
整理したりやったりと
なかなか落ち着かない。
でも、今日はどうしてもここで修正して
おきたいことがある。
それは「イナバウアー」のこと。
テレビからの知識なのだが、
「イナバウアー」という技は、
滑る足にポイントがあって、
上体をそらすことには
ないということらしい。
だから、先日「昨日のテレビを見ていて、
「イナバウアー」の基本は
ブリッジなんだということがわかる。」

と書いたのはどうも違ったようだ。
われわれが知る、
上体をそらすブリッジ的な展開は、
身体の柔軟さを生かした
荒川静香の独自なものだという。
本人は「少しずつ反らしていった」という。
また、トリノ五輪の前にも
ぜひ見たいという人が多かったという。
その魅力は熱心なサポーターには
しっかり浸透していたということらしい。

「荒川・イナバウアー」の姿勢が本番では
あと2秒かな、うーん、1秒でも長いと
完璧な映像シーンになっていた。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

この「12月の雨」は今日までとして、
明日からは「記憶を刻む」になります。


2006年3月2日
相変わらず録画したDVDが増えつづけ
読みたい本も溜まっている。
こんな状態が慢性的に続いている。
でも3月7日からポルトガル行く。
だから、あとはポルトガルから
帰ってからという気持ちになっている。
(まあ、これも誰にも迷惑をかけるわけではないのだが。)
ちょっと気になっているのは昨日腰を痛めたことだ。
なんとかうまく風邪をやり過ごしたのに突然だよな。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

この「12月の雨」は明日までとして、
3月4日からは「記憶を刻む」になります。

2006年3月1日
なかなか暖かくならないな
と思いながら、風邪をひきそうに
なったので早めに寝たのだが、
どうもうまく眠れなかった。
だから今日は少し遅く起きる。

昨日は平山秀幸監督「レディ・ジョーカー」
をWOWOWで見た。
高村薫の原作は読んでいないのだが、
「グリコ・森永事件」がモチーフに
になっていて大いに関心を持って見たのだが、
どうも面白くなかった。

朝鮮人、現職警察官が「事件」に絡み、
警察権力の組織悪や企業の裏取引や
総会屋との癒着などを背景に、
被差別部落の出身であることの差別や
恵まれない貧しさなどを描きながら、
「事件」の核心に迫っていくのだが、
どの登場人物も意味ありげなのだが、
本当のところ何を思っているのか、
その切実さが伝わってこない。
だから映画は絵空事に終わっている。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月28日
早いもので、トリノ冬季五輪も終幕し
今日で2月も終わる。
荒川静香は今日帰国するので、
しばらく「荒川静香」フィーバーが
続くのだろう。
彼女が出ているCMが
俄然生き生きとして見えてくるし、
そのCM効果も確実にあがっているようだ。

昨日のテレビを見ていて、
「イナバウアー」の基本は
ブリッジなんだということがわかる。
オリンピック選手の身体能力が
飛び抜けて優れているということは
あたりまえのことなのだろう。
世界の勝負はその先にあって
厳しいものだなとあらためて思う。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月27日
昨日は渋谷で短編映画「三日月」
などの打合せ。
そのあと飲みながら話しこんで、
24時過ぎに帰宅することになる。

録画しておいた「荒川静香 金メダルへの道」
(NHK・50分)を見る。
フィギアの採点方法が変わったという話は、
いままでにも解説では耳にしていたのだが、
この番組を見てよくわかった。
今回も観客を初め見ているものを惹きつけ
強い印象を残した「イナバウアー」という
上体をそらす華麗な技には得点がつかない
ということや細かく決められた基準をクリアする
難易度の高い技をいくつ身につけるかが
問題だったことがわかる。
それを短期間で調整し、しかも
得点に結びつかない「イナバウアー」
を入れ込むなど華麗な流れをつくること
にも見事に成功したということである。

そのあとにWOWOWで
映画「イブの三つの顔」1957を見る。
モノクロのワイドスクリーン。
HV画質でみることができるので、
モノクロ画面が美しい。つい引き込まれる。
三重人格を持つ女性の実在した話のようだ。
製作・監督・脚本:ナナリー・ジョンソン、
主演:ジョアン・ウッドワーク、
撮影:スタンリー・コルテス。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月25日
これから出掛ける予定なのが、
明日は雨で、
今日は暖かく晴れる
という天気予報だ。

今朝起きたときに
昨日のテレビでの寺島実郎の指摘が
思い出された。
イラク戦争の始まりから五輪の金メダル獲得まで、
いま「情報力の検証」が重要だと語っていた。

それは、国家的な問題から
小さな組織や社会にも通じる
ことでもある。
それは権力との闘いとも深く関わることだ。
ほんとうのことが、
真実が明らかにされているか。
すぐに「ライブドア事件」「堀江メール」
などの真相はどうかと気になるところだが、
発信される情報に対し、
それをどう読み解くのか
という力もひとりひとりに問われている。

昨日は、WOWOWで、感染症(肺ペスト)
題材にしたサスペンス映画「暗黒の恐怖」1950
(エリア・カザン監督)と、
アメリカ西部、
1930年代という時代を背景に、
夫を突然失い、残された二人のこどもを抱え、
未経験な綿畑農園に果敢に挑戦し
自立していく女性を演じる、
サリード・フィールド主演の
映画「プレイス・イン・ザ・ハート」1984
(ロバート・ベントン監督、
撮影:ネストール・アルメンドロス)を見る。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月24日
今日は6時に起きて、
女子フィギュア(トリノ冬季五輪)の
最終組6人の演技を
じっくりNHKハイビジョンのライブで見る。
荒川静香・金メダル、村主章枝・4位、
安藤美姫・15位という結果だった。
荒川、村主は、それぞれの力を十分に発揮し
4分の演技を見終わってすっかり感激する。
観客も同じように反応をしていたように見えた。
だから、今日は、3位のI.スルツカヤ(ロシア)、
2位となったS.コーエン(米国)よりも、
ふたりはよく見えた。
だから、素人目には荒川、村主の
ワンツー・フィニッシュだったな
という印象が残る。

心身ともに絶好調で自信満々に見えた
コーエンがミスをし、
前回の銀メダルの悔しさを胸に
満を持し臨んだ今回のオリンピックでは
絶対的な強さが感じられた
スルツカヤに切れ味が感じられず、
しかもミスをする。
用意周到に時間を掛けて
準備してきたものが、
この4分間の演技に凝縮される。
結果は「神のみぞ知る」ということか。
荒川静香の金メダルは多くの人たちの夢を
乗せた「奇跡」のようなものなのだろう。

昨日は昼まで「確定申告」の
書類を整え午後郵送する。
一段落した気分で、DVDに録画していた
「ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実」1999を見る。
1972年のミュンヘン五輪で起きた悲劇。
(パレスチナのテロリストによる
イスラエル選手団襲撃事件。結果的には、
人質9名など多くの死傷者をだす。)
どうも当時の報道の様子などが
うまく思い出せない。
このドキュメンタリー映画によって、
事件の全貌が明らかになった
ということだとすると、 
ドイツやイスラエルの国家
としての対応についての証言や
生き残ったテロリストの発言なども含め、
内容は、なかなか衝撃的だ。

WOWOWの22時。映画「デビルマン」2004
(永井豪原作・那須博之監督・那須真知子脚本)
をハイビジョン画質で見る。
原作漫画の存在は知っていて
見たことはあるが読んだことはない。
那須コンビでは「ビバップ・ハイスクール」
のイメージかなと思って見始める。
特撮効果など映像的には大いに楽しめたし、
「人間はひとりでは生きられない」
「結婚して幸せな家族をつくる」
「キレイっていいね」っていうイメージから
生き延びる力に繋ぐコンセプト
確かに聞こえてくるのだが、
デビルマンが希望を失って死んでいくというのでは、
スパイダーマンには勝てないなと思う
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。


2006年2月23日
昨日の夜は、WOWOWで、
22時から映画「ボーイズ・ドント・クライ」
1999(監督:キンバリー・ピアーズ、
主演:ヒラリー・スワンク)を見る。
性同一障害が引き起こす悲劇なのだが、
なかなかうまいし泣かせるタイトルだ。
どうも実際にあった話のようだが、
主人公になりきってみせる
ヒラリー・スワンクという女優の存在を思う。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月22日
ペドロ・コスタ監督「ヴァンダの部屋」
を再びDVDで見る。
モニターとしてのテレビ側を再調整し、
いくらかクリアな状態で見るこができた。
しかし、この3時間という長さは、
なかなか通して見ることができなかった。

ペドロ・コスタ自身は、
小津安二郎や溝口健二という日本映画監督を尊敬し、
インタビューなどにも名前を挙げて答えている。
また、この「ヴアンダの部屋」から
小津映画を想起するという批評もある。
確かに固定したカメラや
暗い屋内から捉えた外光などを
豊かに映し出して見せる。
小津や溝口にある、モノクロ映画の輝きを
ビデオカラーの画質にたたきつけ、暴力的に変質
させようとした試みのようにも見える。
ソファなど赤色、壁など青色、くすんだ緑色
皮膚と暗闇の黒色、かすかに灯って揺れる
小さなロウソクの橙色などの色とかたちは、
不規則に暗転しリズムを刻む。

だから、3時間という長さは、
見るものを惹きつけて
離さないというものではなく、
見るものを不安にさせるとともに、
眠気も誘う。
一言も聞き逃せないと思わせるが、
なかなか至難なことだ。
それは外国映画の場合、
字幕を読むことだという
矛盾がいつもつきまとう。

「ポルトガルは世界一貧しく惨めな国だよ」
「母さんのためだったら何でもする」
「わたしが働いて助けなくては」
「「ちょっと手を貸したら
もう我がもの顔だ」と
思われたくないんだ。」
「心配する母親に会うのがつらいよ。
おれはそのうち母親を殺すかも。」
など、など、・・・・・。
この映画に登場する会話は、
貧しい生活の中で
生きたもとして語られる。

音楽は極力抑えられ、
現実音と会話が映画を支える。
音や映像への監督の繊細さは、
ゴダール映画にも通じるものだと思う。

午後は、THUTAYA川崎店にDVDを返しにいく。
帰りに東急ハンズ横浜店に寄って
トイレの部品の返品と購入、
上大岡駅でも下車し、
食料品などを買物する。
すっかり疲れる。
でも、たまに電車に乗ると
普段と違うことも考えられて、
悪いことばかりでもないなと思う。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月21日
今日は昨日よりもいいと思うが、
曇っている。暗い日だな。
明るく晴れるといいと
思ってしまうことが
どこか弱気になっているというか、
静かに潜行しているといった気分だが、
とにかく暖房して着込んで
暖かくしていようと思う。
部屋の片づけをしていると
なんども、ここに書きながら、
ほんとうの身の回りが
片づいていないと気づく。

昨日で昨年からの予定は終わって、
今日からは
新たな予定へとすすんでいくといった
どちらかといえば、
晴れやかな気分でもあるはずだが、
どうもわたしの気分は
天候に負けている。

昨日はWOWOW(22時〜)で
「スパイダーマン2」(サム・ライミ監督)を
楽しんで見る。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月20日
今日も曇っていて寒いと感じる。
昨日録画したWOWOWのドラマW
「春、バーニーズで」を見る。
原作:吉田修一、監督・脚本:市川準。
出演は、西島秀俊、寺島しのぶ、倍賞美津子など。
画面と音に対する繊細な気配りは
さすがだなと思いながら、
それなりに楽しめたが、
新しさや驚きは感じらなかった。

「スローモーション」と「ストップモーション」、
 そして、映像に被せて聴かせる「語り」の三つは
映画にとっての「禁じ手」でもあると
わたしの「12月の雨」について話す。
しかし映画のつくり手は
果敢に挑戦し、
ぎりぎりの選択として、
その映画の固有なシーンとして
うまく実現させたいと思う。
「春、バーニーズで」でも、
ラストシーンとして、
日光のホテルのロビーでの西島秀俊
の横顔のアップ(ストップ)、
坂ノ下からボールを蹴りながら
上がってくる西島、寺島、文樹(男の子)
三人のスローモーション
(ラップの曲が被せられている)。
文樹が母の寺島に飛び乗って
胸に抱かれる。
文樹を抱く立ち姿の寺島(ストップ)。
なかなかいい感じではある。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月19日
今日は完璧な二日酔いとなる。

川崎のTSUTAYAまでいって借りてきた
ペドロ・コスタ監督「ヴァンダの部屋」
(2000ポルトガル・ドイツ・フランス)を見る。
180分の長編ドキュメンタリー映画の
光と輝きをDVD一枚に
押し込むこと自体に無理あるのだろう。
しかも貧しく寒そう部屋のベッド上で、
咳き込みながら麻薬の吸引をくりかえす
若い女性ヴアンダにカメラを回し続け、
ゆっくりと暗転させ、
会話と現実音だけの画面は退屈を誘う。
しかし、ときに鮮やかな赤色と
青色などを取り込んで輝く画面が差し込まれ、
なるほどなと感心はする。

このDVDに収められている予告編で
この映画の輝きを見せられると、
もう一度DVDの中にある、
見捨てられた貧困のなかでの生活、
咳き込んで話すヴアンダ、
追い出され取り壊される家々などを
見ておこうと思う。
(他の作品を含めてペドロ・コスタ監督作品
をどうしても映画館で見たいよな。)

二日酔いの体調は
時間とともに回復してきているが、
楽しい宴のあとの寂しさは
今日の寒さとともに、
もうしばらく尾をひくようだ。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月18日
録画したDVDを整理する。
見ていないDVDが
どんどん増えていることに
あらためて驚く。
自分の中で録画する基準も
見直さないといけないなとも思う。
早めに見ておきたいものを確認しながら、
部屋の片づけなどをやる。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月17日
トイレのタンクレバーの取り替え
をやろうとしたら、
型番を調べ用意周到だったのに、
サイズが違っていてあわない。
東急ハンズに電話連絡するが、
作業はすすまない。

ビデオ作品を何本かDVDに録画する。
久美子と親しかった友人たちに
明日会えるのであげようと思う。

昨日はWOWOWで
映画「メールで届いた物語(ストーリー)」2005を見る。
清水浩など、若手が共同監督したもの。
それぞれが、思い入れの強い作品になっている。
映画をつくろうとする発想に
あまり変化はないなと思う。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月16日
昨日は成瀬己喜男監督「めし」を
DVDに録るつもりが、
国会中継になってしまう。
DVDを一枚無駄する。
また、デッキ代わりに使っていた古い
8ミリビデオカメラがこわれ、
DVDへの録画が中途で止まってしまう。

DVDに録画する機器の配置を変えなくてはならない。
それにあわせて今日は部屋の片づけなどの続きと
トイレのタンクレバーの取り替えなど
をやろうと思う。
どうも、今日は雨模様で
一日暗い日となるようだ。
*
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月15日
BSの受信レベルの低下は「うちだけの
問題だった」ことが判明する。
とうとうNHKだけでなく他のBSも
いつまでも回復しなくなったので、
アンテナに触ってみる。
微妙な角度だが引き上げてみる。
すると直ったのだ。
このとことろ、雪と雨による電波障害
があったためにアンテナの問題だとは
気づかなかった。
*
18時から飲み始めて21時過ぎに
家に戻る。BSの確認の意味もあって、
WOWOWを見る。
22時から映画「ブルースカイ」1994を見る。
これがなかなか面白かった。
監督にトニー・リチャードソンという名前
を見つけて懐かしく思う。
アラン・シリトー原作の
「長距離ランナーの孤独」1962
などの有名な監督なのだが、
高校生の頃、わたしは新宿文化・ATGで
「ラヴド・ワン」という映画を見ている。

いま確認すると、
この映画がトニー・リチャードソン
の遺作となったと書かれていた。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」)

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月14日
昨日WOWOWで見ていた映画「地上(ここ)より永遠に」
(フレッド・ジンネンマン監督1953)を始めから見る。
アメリカ映画は戦争や軍隊を題材にし、
たくさんの秀作をつくってきたんだなと思う。

ハイビジョンでトリノ冬季五輪を見ようと
なんて宣伝があったが、
どうもNHKのBSとBSハイビジョンは、
「受信レベルが低下しています」と表示され
見ることができない。
映っても障害がひどく見られたものではない。
しかたなく地上波で見ている。
他のBSは、午後あたりから回復するのだが、
NHKのBSは、ずっとひどいままだ。
(うちだけの問題ではないと思うがどうだろう。)

今日はだいぶ暖かいというから、
これから散歩に出掛けようと思う。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月13日
1月中に見た映画7本のコメントを整理する。
青山真治監督作品「エリ、エリ、レマ サバタクニ」の
衝撃の意味を再考しながら、
もう少し書き加えれば終わる。
このタイトルは、
「神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや?」という意味。
主イエスが十字架に磔(はりつけ)にされながら
最後に唱えた最後の言葉である。
映画では、宮崎あおいの祖父役の筒井康隆が
岡田茉莉子に語る。
しかし、この映画で語られる言葉や
見た映画を言葉にすることは、
明らかに、映画館という空間で体験した衝撃の
まえには空しく思えるが、
言葉は言葉として立たせて見せたい欲求も捨てがたくある。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月12日
トリノ冬季五輪が始まっている。
昨日は予選だけ見て寝てしまった
モーグルの結果をテレビで見る。
上村愛子が5位に終わったことを知る。

展開としては、
一度は2位につけて
残るメダル候補選手の
成績を見守ることになる。
結果的として順位を下げていくことになった。

応援して見ているものも、
よくやったよなと思えただろうし、
その後のインタビューも、
テレビのスタジオでもとても
清々しい笑顔を見せていた。
残念ではあるが、
こういう価値のある5位入賞っていうものも
あるんだなと思う。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月11日
この1月に見たばかりの
映画についてのコメントが
整理されていないことに思いあたる。
昨日から周章てとりかかるが、
なかなか思い通りにはいかない。

「建国記念の日」が祝日となった最初の
1967年2月11日は雪が降っていた。
いま、構想している「記憶を刻む1967」は、
この雪の降るシーンから始まる。

この日に撮影された「日本春歌考」(大島渚監督作品)
について、わたしは「よくも悪くもわたしの
映画の原点である」と書いている。
マイ・バック・ページ
page154 日本春歌考 00.8.10
わたしにとって「記憶を刻む1967」は
大島渚論でもある。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月10日
このところ本気で、
他のインターネット・サイトを
アトランダムに覗いている。
リニューアルの参考にしようと
思っているのだが、
ここで、あらためて、
独自のドメインを持つべきか
なんてことも考えてみる。
もちろん経費がかかるが、
ヤフーなどの営業サービスとして
きちんと整理されていることがわかった。

わたしのネットサイトの知識が、
この「ネット・リュミエール」
を立ち上げた4年前のままになっていて、
しかもその知識を思い出してからでなくては
先にすすめないこともわかってきた。

この間、パソコンでいえば、
iMacのOSを9(9.2)からィ(10.2.8)には代えているが、
どうもィのバージョンも10.3.9以降に対応などと
書かれているもの増えている。

サイトを流すために
サーバーを借りているわけだが、
この容量も4年前には、
10MBだったが、いまは20MBになっている。
また、.Macの容量は、
なんと1024MBにもなっている。
もちろん無料ではないが、
最低の料金につけられたサービスとして
提供されている。
こうした「環境進化」は、
今後の「ムーヴィング・シアター」の
高画質への展開を支える。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月9日
パソコンには、
うまく動かないという
トラブルがつきものだ。
このトラブルをストレスと感じないで、
そのことも含めて楽しめるか
なんだよな。
しかし、そんなことが言えるのは、
いま、原因不明のトラブルが
クリアされ気分がいいからだ。
どうしてもパソコンの基本がわかっていないよな
という思いはいつまでもつきまとう。

BSの電波障害が生じているため、
一部の録画がうまくできないことが続くのだが、
まあ、これもしょうがないなとあきらめている。
録画するものが多くて見ることが
追いつてはいないことも事実だ。
見たいものも溜まっているし、
読みたいものも同じだ。

シネマ・スペースの更新を
しっかりやれるようにしたい。
昨年の9月に見た今村昌平特集から
ということになる。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)の公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月8日
今年に入って2度目の
大掃除的な片づけをやっている。
じぶんで区切りをつけ確実に
一歩一歩すすもうと思う。
「やれるだけやるさ」という
気持ちには変わりはない。
そしてひとりで「やるしかない」という
気持ちも変わりはない。
じぶんの表現を積み重ねることで
どこかで誰かにうまくつながっていけたらいい。
わたしには、映画を見ること、つくること、
考えること、書くこと、
そして本を読むこと、家事をすることなど、
すべての行為が
わたしの仕事であって楽しみでもある。

このネット・リュミエールの
トップページには

映画を見ること、
映画をつくること、
映画について考えること、
映画について書くことなどを
ひとりでやっていきます。
できれば、
毎日何か更新していきますので、
毎日この「ネット・リュミエール」サイト
に立ち寄ってみてください。
(川原雄三・2002/2/4) 

とある。変わったのは
本名・福間雄三にしたことだ。
昨年の3月に、
長年の勤めを辞めることができたので、
機会を見て変えたいと思っていた。

映画を見ること、
映画をつくること、
映画について考えること、
映画について書くことなどを
ひとりでやっていきます。
できれば、
毎日何か更新していきますので、
毎日この「ネット・リュミエール」サイト
に立ち寄ってみてください。
(福間雄三・2006/2/4) 


この「毎日更新していきます」が、
守られてこなかった。
これからは、
毎日更新していくつもりだ。
また、いちばん気になっていたのだが、
「映画をつくること」だった。
今回なんとか「ムーヴィング・シアター」を
更新することができた。
内容も新たな出発を意味するものになっている。
できれば一月ごとに更新できればいいと思う。
そして、かねてから言っているサイトの
「リニューアル」を近々実現したいと思う。
そうか、その前にシネマ・スペースが
昨年の8月でとまっている。
これもなんとかしたい。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)が公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」

感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月7日
昨日は午後2時に共済シネマホールで、
アレクサンドル・ソクーロフ監督
「エルミタージュ幻想」2002年を見たのだが、
じぶんの夢うつつの世界に
浸りながらの鑑賞になってしまう。
ソクーロフの声と字幕に
うまくついていけなかったようだ。
万全な体調だったが、
いま、思えば余裕を持って
始まる30分前に着席し、
目を瞑って少し眠ったことが
いけなかったのだと反省する。
でも、最後の大舞踏会への展開は
しっかり見ることができていた。
そして「先に進もう」というソクーロフの声に
「もうここでいい」と案内する男が答える。
ソクーロフが「さよならヨーロッパ」という。
意味はわからないが、
そんな会話が交わされる。
そして大舞踏会は散会となる。
大広間から3000人(5000人?)が、
ゆっくりと会話しがら階段を下り出口へと向かう。
本当に残念そうな様子で
もっと踊りたかったという若い女性が印象に残る。
踊ったり歌ったりすることが
自然に気持ちよくできるってことは、
いいことだよね。

うーん、どうも残念ながら、
90分ノーカットの意味がわかららなかった。
でも、ノーカットで撮る映画って
凄く魅力的だと思う。
きっといまじぶんでつくる映画を
夢うつつの中で見ていたんだな。
そんな気持ちでもある。

「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)が公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」
*感想などを是非お寄せ下さい。

2006年2月6日
「ムーヴィング・シアター」では、
デジタル・ビデオ作品「12月の雨」
(10分55秒)が公開中です。
ムーヴィング・シアター(「12月の雨」
*感想など是非お寄せ下さい。
「12月の雨」という曲は1974年〜75年に
よく聴いていた荒井由美のアルバム「MISSLIM」
に入っていた曲。
昨年久しぶりに聴きなおしてみると、
アルバム全曲がとぎれなく繋がっていて、
この曲だけを抜き出すと、
ちょっと記憶と違うなという印象になった。
この「12月の雨」はA面の最後の曲だが、
わたしのなかでは、アルバムの全曲が
集約されて聴こえているようだ。
機会があれば、ぜひ、アルバム「MISSLIM」全曲を
通して聴いてほしいと思う。
結婚した当初、「はっぴいえんど」の
アルバム「HAPPY END」とともに、
新山下のアパートの一室では、
このレコードがよく鳴っていた。

2006年2月5日
今日は大変よく晴れた日になった。
福生に向かう電車の中でも
富士山が見える。
妻の三回忌を西多摩霊園で行う。

調子に乗って5周年と書いたが、
どうも4周年の間違いでした!
まあ、1年得した気分でもありまが、
いくつかの誤解が重なっているようです。
とにかく訂正しお詫びします。

でもそれなりの大きな区切りではあります。
今日は18時過ぎに横浜に戻りました。
少し飲んで早めに寝ようと思う。

2006年2月4日
この「ネット・リュミエール」サイトを立ち上げて、
今日で4周年ということなる。
そして今日は、始めたころの勢いでいえば、
毎月更新するはずだった
「ムーヴィング・シアター」を
4年ぶり更新する。
その年の3月に更新した「風の音を聴く」が、
そのままずっと流れていた。
その間不具合を直すことがあったが、
新しい作品ができないことや
画質(容量)などの問題もあり
気にしながらも時間が経ってしまった。
しかし、この4年で容量や技術的な問題が
大きく変化し、今日アップしたものは
それなりの画質で見られるようだ。

昨年の4月30日にここに書いている。
作品タイトル(「記憶を刻む」)
「作品概況:妻の死から一年を振り返るように、
妻のことや自分のことを語る「個人映画」になっている。
妻が不在であることの孤独などを見た夢を通じて語る。
昨年見た夢やいままで見てきた映画の記憶を「映画」に刻む。
1973年の妻の「個展」、1974年の結婚、
そして荒井由美のアルバム「ミスリム」(1974)
に入っていた「12月の雨」など
30年前を振り返ると同時に人生の新たな展開を思う。」

今日アップしたものは、
4月30日に「記憶を刻む」というタイトルで
コンクールに応募したものを8月31日に
「12月の雨」というタイトルにして、
再編集したものということになる。
内容は同じものだが印象は違っていると思う。

公開が遅れたのは音楽著作権の問題などを
できるならクリアしたいと思ったことだ。
そもそも、コンクールに応募する条件として
この問題をクリアする必要があった。
応募したあとになるが、
バソコンで自作した曲をつけた「記憶を刻む」
もできあがっているが、そのままにしてあった。
そして、音楽著作権の問題は簡単には
クリアできないこともわかってきた。
(しかも、ネットサイトで放映するものに
正式な許可はおりないこともわかった。)
また、ネットで公開する容量を
含めて技術的問題として、
画質がどの程度まで保てるかも
大いに気になったところだ。

まあ、いろいろと問題はあるのだが、
なかなか進まないでいる
次回作「記憶を刻む1968」
に繋げるためにも、
ここで公開しておこうと思った。
そして、この短篇はもともと、
「12月の雨」という曲を
思い浮かべたことから発想され、
つくられたものである。
だから、この曲は外せないし、
タイトルも最初から「12月の雨」だった。

(左上にあるCONTENTSの3行目
「ムーヴィング・シアター」を
クリックすると見られれます。)
ぜひ、感想をお寄せ下さい。Email /net1896@mac.com

2006年2月3日
昨日から久々にビデオの編集
をやっている。細かい修正なのだが、
操作法がすぐに思い出せないこともあって、
つい夢中でやっているので時間が
どんどん過ぎていく。
そして、いま「ムーヴィング・シアター」
を5年ぶりに更新しつつあるのだが、
なかなか満足な画質にならない。
今日はこのまま終わりそうだ。(いま21時を過ぎるところだ。)
「ネット・リュミエール」は明日で4周年を迎える。

2006年2月2日
なんだか寝るのが
遅くなって昨日は2時過ぎてしまう。
NHKのテレビで、たまたま佐藤可士和という
アートディレクターが出ているので見てしまう。
アップル・コンピュータの宣伝カタログ
で顔と仕事場は知っていた。
どんなデザインをするどんな人か興味があった。
「潔さ」をコンセプトにした新型携帯の場合など、
強いインパクトを与えるために
徹底的にアイデアを練って論理的に詰めていく。
作業としては、より完成品に近いものを
実際につくって見ることをなんども
積み上げていく。
この番組が「プロフェッショナル・仕事の流儀」
(再放送)だということが、
あとでわかる。
やはり、これがプロなんだなと感心する。

ライブドア事件で、
一番気になっていることだが、
沖縄のカプセルホテルで死んだ野口氏のことだ。
今朝のテレビでは、
密室であることから他殺は
ありえないと断定していた。
しかし、沖縄で自殺する
決定的な理由はまだわからないままだ。

2006年2月1日
昨日は、再び、
青山真治監督「エリ・エリ レマ サバクタニ」
見たいと思い立ち午後から雨の中を出掛ける。
さらに、ついでに池袋までいく。
そこで小泉堯史監督「博士が愛した数式」を見る。
確かにいい話しで気持ちのいい映画になっている。

終わって渋谷に急いで戻って
2回目の「エリ・エリ レマ サバクタニ」を見る。
この映画は音を大音量で聴く映画になっている。
わたしは映画の音は、通常スクリーンの中から
発せられればいいと思っているのだが、
この映画は館内の背後からも音が
聞こえくる意味が明確にあり意識的ある。
だから車が斜め左前方のフレームから消えていくと
音も画面から消えるが、
館内には自然に去っていく音が聞こえている。
この映画は、だから映画館だけでしか見ること(聴くこと)
ができない映画になっている。

青山真治監督作品をすべて見ているわけでは
ないが、あの傑作「ユリイカ」の衝撃が蘇ってくる。
page108 EUREKA(ユリイカ) 01.3.3


2006年1月31日
昨日は予定どおりに出掛ける。
まず、チャン・イーモウ監督・高倉健主演
「単騎、千里を走る。」を大森で見る。
高倉は寡黙で孤独な役柄を演じる。
この男と妻を亡くしてからの
息子との行き違いがわかりにくいのだが、
孤独な日本人というイメージは、
役者・高倉健からきたものなのだろう。
「初恋のきた道」「あの子を探して」
のチャン・イーモウ監督だけに、
さすがにうまく感動を映像化している。
そして携帯電話、ビデオ、デジタルカメラを
小道具としてもうまく使っている
ことにも感心する。
でも、次の高倉健主演映画205本目は、
日本映画としてどこかで企画が
進められているのだろうか。
(昨年読んだ丸山健二著「鉛のバラ」2004
を思い浮かべている。)

青山真治監督「エリ・エリ レマ サバクタニ」を渋谷で見る。
青山監督作品は「月の砂漠」以来である。
成長した宮崎あおいを青山映画で
見られるのが楽しみだった。
そして、台詞は少ないのだが、
なかなか映画として、その存在が
うまく決まっていて感心する。
それは、青山真治(撮影・たむらまさき)が
切り取って見せる草原などの画面が
みごとに映画になっていることとおなじだ。

有楽町から銀座へ。
MACショップに寄って少し休む。
「グレート・ビギン」と「僕と未来とブエノスアイレス」
を見る。どちらもちょっとは期待はしたのだが、
面白くなかった。

2006年1月30日
昨日は2月5日に西多摩霊園で
行う三回忌の再確認をする。
気になっていることが、
少しずつ整理されていくのがわかる。

今日は都内の映画館をハシゴする予定である。
最後はレイトショーだから、
家に戻るのは24時過ぎることになる。
何をどう見れたかは明日報告します。

2006年1月29日
今日は気になっていたことが、
整理でき手配も終わったのでほっとする。

昨日は、三谷幸喜作・演出の
「優しい十二人の日本人」を
WOWOWのライブで見る。
蜷川舞台でもそうだが、
WOWOWは、今までのテレビ中継では見ることができなかった
芝居というライブの放映の新しい方法を
実現しているように思えた。
とにかく面白さがうまく伝わってくる。
また、三谷幸喜の良さは、
やはり舞台だよなと思う。
生身の役者が発する
台詞と演技が生きている。
いま現在という日常を確かに
切り取って見せて笑わせる。
うまいものだと感心する。

録画しておいた
WOWOWドラマWのアンコール「交渉人」2003
(三池崇史監督、三上博史+鶴田真由の出演)を見る。
同じドラマWで「4TEEN」と「対岸の彼女」
が良かったので期待して見る。
これもなかなか面白かった。

2006年1月28日
朝起きて日が差しているので、
午前中に自転車に乗って、
ボリビアにいる娘にCDを送るために、
郵便局へ行こうと思う。
このところ本当に寒いので
(まあ言い訳のようでもあるが)
散歩ができないでいる。
散歩のバリエーションとして、
自転車に乗ることを加えたのだが、
これもなかなか乗れないでいる。
毎朝図書館へ自転車で行く
ということを日課するかなとも思う。

昨日は昼過ぎに出掛ける。予定どおり、
「THE有頂天ホテル」(キネカ大森)を見る。
「三谷幸喜監督」ということで期待してみると、
どうもそれほどでもないよなという印象になる。
劇作家、脚本家としての力量が、
並大抵のものではないことはよくわかるのだが、
映画監督としての手腕についてはどうも疑問がある。
それは最初に見た舞台「ラヂオの時間」が、
めちゃくちゃ面白かったことが
どうもいけなかったのかしれない。
今回も決して特別悪くはないし、
大いに笑ったところもあるのだが、
凄く面白くて傑作だというようにはなっていない。
(予告編で見て面白そうだということ以上の
ことはなかった。)

そして、ハリウッドでの制作が話題
になった「JUONN 呪怨」に続く、
清水崇監督作品「輪廻」を見る。
これは、あまり期待しないで見たのだが、
これがなかなか面白かった。
35年前にあった殺人事件を題材にして、
ホラー映画を撮影する制作過程が、
監督、助監督、キャメラマン、
そして役者たちをリアルに登場させ、
映画の撮影シーンと
実際にあった「殺人事件」の現実シーンが
交錯していく。さらに、殺人者が人を殺す場面を
自分の8ミリカメラで撮影も
しているという設定が怖く、
そのときに撮られただろう
8ミリ映像が、いま現像され映写される。
これが、なかなか効果的である。
そして、特殊効果的な死者の甦る動きも
怖いね、やるよねと納得して見ていた。
最後まで真相ははっきりしないが、
異常な世界に紛れ込んだ新人女優役の
優香が好演している(全身で恐怖に怯える
ラストは真に迫っている)。

2006年1月27日
ここ10年ぐらいの間、
何に関心を持っていたのかということが、
ビデオのDVD化をしながら
わかってくることもある。
思いがけないものが録画されているの見て、
わたしなりの記憶が呼びさまされる。
まあ、面白いのはわたしだけかもしれない。
映画、テレビドラマ、演劇、音楽番組、
NHK特集、NHKスペシャルのような「特番」などなど。
まあその内容がどうかということだけど。
昨日は、何故かテレビドラマ「やまとなでしこ」
の最終回を見てしまう。
5、6年前のものか。
堤真一と松島菜々子などの出演者が若くて元気だ。

今日は、これから映画(「有頂天ホテル」など)を見にいく予定。

2006年1月26日
「映画音楽というのは
映画から音を抜き去る作業だ」
と故武満徹の言葉を紹介しながら、
作曲家・池辺晋一郎が
「映画音楽が必要なところは、
他の音がいらなくなるところだと思う」
と話している。
これはラベルに「映画音楽」と書いてある
だけで気になっていたビデオを見てみると、
N響アワーという番組だとわかる。
どうも2000年頃のもののようだ。
映画「逢びき」(デヴィット・リーン監督1945)
で使われたラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」
などが紹介されている。
DVDに録画しながら見る。
また、池辺は黒澤明監督作品では「影武者」など4本の
作品で音楽を担当しているのだが、
黒澤明は、あらかじめ自分の
イメージする音楽を荒編集の段階で、
黒澤自身が既存の音楽を使って
つけられているものが見せられるという。
「気にしなくていいよ」とは
いってくれるのだそうだが、
なかなか興味深い話だ。
さらに、池辺は音楽がない映画が、
かえって効果を発揮する映画もあるということで、
「昼顔」(ルイス・ブニュエル監督1967)
「家族ゲーム」(森田芳光監督1983)を挙げていた。
北野武監督作品の中でわたしが、
いちばん評価している「3-4×10月」1990も
音楽のない映画だということを思い出す。

もう一度、武満徹の「映画音楽というのは
映画から音を抜き去る作業だ」という言葉を
噛みしめてみる。

2006年1月25日
昨日は昔の仲間たちと「新年会」を
いつものお蕎麦屋さんでやる。
大いに楽しく盛りあがる。
いつものように女性陣を駅の改札口で見送ってから、
二次会、三次会?と転戦し、すっかり疲れてしまう。
どうも年々回復力が落ちているというのも確かなようだ。
だから、今日は大変遅れてアップしながら
今日はここまでということにする。
(一日も休まなないぞという気持ち
でまだやってます。)

ライブドア事件については、
もう少し時間をください。

2006年1月24日
ライブドア事件が、一気に堀江社長逮捕
という展開になっていた。
ちょうど、その頃、
DVDに録画した蜷川幸雄演出・
清水邦夫作「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」
を見ていた。見終わってテレビに切り替えると
どの放送局も「堀江社長逮捕」の関連番組を放映していた。

この「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」は、
出演者が、堤真一、木村佳乃、
段田安則、中島朋子といった
映画やテレビでも馴染みがあり、
特に女優陣の木村佳乃、中島朋子が、
蜷川演出の舞台でどんな演技みせるのか、
大いに期待されるところだ。

初演は73年だったという。
69年1月に全共闘・東大闘争が制圧され、
72年には連合赤軍リンチ殺人事件が発覚する。
60年代後半に夢みられた「革命」運動が
決定的な打撃を受ける。
こうした時代を背景に書かれ上演された。

70年当時の蜷川・清水コンビが上演した
新宿文化での芝居は話題だった。
しかし、73年は劇作家・清水邦夫たちとの演劇活動とわかれ、
蜷川幸雄は、ひとり商業演劇へ転進したときだった。
それから30年以上経過した。

木村佳乃、中島朋子の持つ魅力が
最大限に生かされていたと思う。
ふたりの演技は役柄を突き抜け、
熱い感情とともに心情を吐き出し聴かせ見せる。

1969年1月全共闘・東大闘争の敗北
1972年3月連合赤軍リンチ殺人事件の発覚
1995年1月阪神淡路・大震災(死者6000名超)
1995年3月地下鉄サリン事件(死者12名 重軽傷者5000名超 無差別殺人)
(1995年6月オウム真理教・麻原彰晃逮捕)
2006年1月23日ライブ・ドア事件 堀江貴文逮捕

堤真一が演じる将門は狂った将門として登場し、
将門の命を狙う男となって
かろうじて生き延びさまようが、
他の登場人物はすべてが死んでいく。
狂おしい惨劇は幕をおろす。

ライブ・ドア事件は、
側近の野口氏の死が気になるが、
いまのところ、致命的な被害者
の存在が見られない。
しかし、この事件のもつ意味は少なくないと思う。

2006年1月23日
昨日はテレビで、
ライブドア事件関連の報道
を見たあとに、高倉健の特集を途中から見る。
WOWOWで映画「網走番外地」を連続放映しているが、
デビュー50年、204本目の映画が、
今月公開されるチャン・イー・モウ監督
「単騎、千里を走る。」だという。
中国で熱烈に歓迎されていた。
中国では「君よ憤怒の河を渉れ」76が有名だという。

「網走番外地」「日本侠客伝」「昭和残侠伝」などの
1970年頃までの東映映画は熱心に見ていた。
いまでもフアンであるが、
その後は、ここでも紹介されいる
「君よ憤怒の河を渉れ」76「野生の証明」78、
「八甲田山」77「遙かなる山の呼び声」80「駅STATION」81などは、
それぞれ大変話題になった映画だが、
映画館で見るということはしていないなと思う。
(「幸せの黄色いハンカチ」77 「あ・うん」89 
「四十七人の刺客」94などは見ている。)

先日録画したばかりの瀬々敬久監督「肌の隙間」を
期待して見たがまったくわからなかった。
冷え込んだ部屋が、なかなか暖まらないまま
映画は終わってしまった。

BS-iで、ジョン・メイオールとエリック・クラプトンの
2003年リバプールでのライブを録画しながら見る。
さらに、普通の映画を見ておきたいという気持もあって、
フランク・キャプラ監督「花婿来る」をDVDで見る。
さすがに楽しい映画になっている。

ライブドア事件のテレビ報道が、
昨年12月25日のライブドア・グループの
忘年会の様子などが放映されるなど、
どうもさむざむしたもの
になってきている。
堀江社長の側近だったという
エイチ・エス証券副社長野口氏の「自殺」の
動機がわからないし、
那覇市内のホテルでの死に至る経過にも謎がある。

2006年1月22日
角田光代の「空中庭園」が、
読みかけになっていたことを思いだし、
きのう読了する。
小説は一気に読むもんだと反省する。

20日23時からNHKハイビジョンで
セルジオ・レオーネ監督
「続夕陽のガンマン地獄の決斗」1966
を録画しながら一部を見ていた
続きをきのう見終わる。
当時映画館で見ていたことを
はっきり思い出す。
3時間の映画だが、当時は長い映画だという記憶はない。
クリント・イーストウッドのことを考えながら
セルジオ・レオーネやドン・シーゲルことが
気になりだして見直している。
当時は、どうしても「面白いかどうか」「楽しめたか」
といことしか頭になかったと思う。
そして、それはそれで、
なかなか面白かったのだ。

昨日は雪が一日やまずに降っていたこともあって、
出かけられずにいた。
たまたま、「宮崎勤」が捕まることに
なったときの経過について、
未然に救われた姉妹とその父親が
語るのをテレビで見る。
とても具体的でリアルに感じられた。

2006年1月21日
DVDに録画してあった
「ドキュメント黒澤明A・K」(1985)
を見る。これは、1984年の映画「乱」の
御殿場での撮影している黒澤明とそのスタッフを中心に、
過去の映画作品のビデオ映像を宿泊しているホテルの受像器に
取り込むという手法を駆使し独自な視点で
「黒澤明の世界」を映像に収めている。
監督・編集は、フランスのクリス・マルケル。
あの「ラ・ジュテ」1962の監督だ。
そして、音楽は武満徹(弦楽四重奏曲がつかわれ、
御殿場ロケに現れる武満の姿も映し出される)。
大きな月と月に照らされ風に揺れ、
金色に輝く生い茂る草の中を落ちていく
馬上の仲代と馬を引くピーターというシーンが
撮影されている。
これは、大きな月と金色にペイントされた草をスタッフが
時間をかけ人工的につくりだしたものだ。
これが映画だな、凄いなと思って見ている。
すると、このシーンは映画「乱」では
編集でカットされたという。また感心する。

NHKハイビジョン「世界・時の旅人/
忌野清志郎が問う魂の歌」を見る。
「愛し合っているかい?」という
ステージでの清志郎の原点が
オーティス・レディングにあったことを知る。
黒人の公民権運動との歴史とともに語られる、
オーティス・レディングの音楽活動は、
1967年26歳の若さで突然終えることになる。
(自家用飛行機での移動中の墜落死。)
ひたすら走り熱く歌い続けたオーティスは、
あらたな展開を図ろうとしていた。
あの有名な大ヒット曲「ドック・オブ・ザ・ベイ」
はレコーディングを終えていた。
(死後発売され、念願のビルボード1位になる。)
オーティスに出会い、マネージャー役を引き受け、
親しい友人でもあった人が38年前を
涙ながらに語る。
そして、当時バック・ミュージシャンとしてギターを
弾いていた人、そして清志郎の二人は、
熱くオーティスを語り歌う。

外はすっかり雪景色だ。
今年の冬は、それでなくても寒いよね。


2006年1月20日
ライブドア事件や耐震強度の偽装問題に
ひきづられテレビのニュースを見ている。

昨日触れた「筒美京平」についての続きだが、
わたしにとっては、すごく大事な問題が
あるように感じている。
それは筒美京平のヒット曲の歴史が、
まさに自己史とも重なるからだ。
そして、たとえば、
美空ひばりや黒澤明が
「天才」であることで、
すべてが片づけらることができないように、
天才「筒美京平」の評価も、
もっと踏み込んだものが
求められているのだと思う。
この番組はよくできていたし十分楽しめた。
そして、この40年という時間について
考えるひとつの端緒が、
ここにあることに気づかされた。
ここで大切なのは、時代が生んだ「天才」たちと
同じ時代を生きたという実感を手放さないことだ。

じぶんが生きた時代をどう語れるか。
ことばと音と映像でどう語れるか。

2006年1月19日
なにか言い忘れている
ことがあるなと思っていたが、
それが筒美京平のことだったと思い出す。
正月に録画し「ヒットソングメーカーズ・筒美京平」
(BSフジ)を見たことに触れることを忘れている。

素顔の筒美京平の話は大変興味深いものがあった。
学生時代からの知り合いであるという作詞家・橋本淳や
作曲家・すぎやまこういちの証言ぐらいまでは、
余裕をもって見ていたのだが、
作詞家としてのなかしに礼や松本隆の証言、
そして太田裕美の話と続いてなんだか、
しっかり疲れてしまう。
それが何故なのかということを
うまくいえないことが、
ここで、すぐに取り上げなかった
理由なんだろうなと思う。

あえて言ってみれば、
わたしが好きな南沙織、
小泉今日子、斉藤由貴といった
アイドルの存在から
フアンでもない太田裕美までも
一緒くたにしてしまうことに
強い違和感を感じたってこと。
でも、それだけではない。
うーん、商業ベースでものをつくるということの
嫌らしさのようなものかな。
生きていくことの厳しさのようなもの
を感じたということか。もう少し考えてみたい。

2006年1月18日
昨日は、新しい場所で新しくなった
渋谷のユーロスペースで、
柳町光男監督「カミユなんて知らない」を見る。
10年振りに映画を撮ったという
ことだろうか。
わたしの中では、
なかなか撮れないんだなと
気にしている監督のひとりだが、
とにかく、タイミングよく、
新ユーロスペースのオープニング
ということもあり、
うまく見に行けてよかった。
20年も前か、やはり渋谷の映画館で、
同監督「火まつり」1985を
公開間近で見たことを思い出す。
まあ、それが見終わって、
期待していただけに残念な
気持ちになったことも思い出すよね。

こういう映画になったということは
よくわかるきがした。
その意味では
なかなか楽しめたともいえる。
でも、トリフォー、ゴダール、
ヴィスコンティ、溝口健二という映画監督作品や
そして、柳町作品「さらば愛しき大地」
「火まつり」などを知らない人が見ても、
それなりに楽しめるのかな。
この大学生たちの生活や雰囲気が、
日常や現実を逸脱し越えていく
性格を映画を撮ることが
持つことなども含め、
それはそれでよくリアルに
描けていたのかなと思う(わたしは大嫌いだが)。
そして、最後に山谷初男の登場で、
映画は、ただの撮影現場シーンでは
なくなっていく様相を呈してくる。
さすがである。

宮崎勤に死刑判決。
本人は無罪を信じているらしい。
どうもすっきりした結末にはなっていない。

2006年1月17日
昨日午後6時過ぎに東京地検の捜査が、
ライブドアに入ったというニュースが
テレビで流れる。

今日は耐震強度の偽装問題をめぐって、
ヒューザーの小嶋社長の証人喚問があるが、
今日という日は、
11年前に阪神淡路大地震が起きた日である。
この地震が起きた1995年という年は、
3月にはオウム・サリン事件が起きるなど、
日本社会に大きな衝撃を与えた年であった。

また17年前ということか、
1988-89年に起きた幼女誘拐連続殺人犯
・宮崎勤の最高裁の判決が
今日の午後言い渡される。

時間だけが確実に過ぎていく。
きちんと立ち止まって考える
ということをやってこれただろうか。

2006年1月16日
昨年の暮れから昨日まで、
ちょうど2週間の休暇だったことにして、
今日から始めようという感じである。
12月30日から1月4日までは、
国分寺、国立、柿岡(茨城)と転々としながら、
人とよく話し人の話もよく聞いた。
そして、よく酒も飲んで食べた。

4日には横浜に戻り、5日から7日三日間に、まず、
借りてきたポルトガルのマノエル・デ・オリヴェイラ監督作品
「アブラハム渓谷」1993から家宝」2002までの
4本の映画をDVDに録画しながら見る。

NHKハイビジョンで
4日23時半から、再放送(三回連続)されていた
テレビドラマ「蝉しぐれ」を録画して見る。
2回目は、つい録画しながら見てしまったので
2時近くに寝ることになった。そして翌日には、
最終回と見て、これも結局5日から7日の
三日間で全部見たことになる。
映画の「ふく」役である木村佳乃のイメージが強く残って
いて当初違うなとも思ったが、
見ていくうちにテレビの水野真紀にも、
それなりに愛おしさが感じられてきた。
また、青春群像としては、内野、石橋、宮藤の
テレビでのトリオがよく描けていた。
DVDレコーダーのHDには、最終回だけ残す。

去年の12月29日のBS放送分から
直接DVD-Rに録画できず、
コピー保護がかかるようなった。
DVDへの録画も一度だけとなり、
いままでのようにはいかなくなった。
(どうも、これが常態であって、
その前がおかしかったということらしい。
でもどうしてという疑問は残ったままだ。)
コピー(元が消えるので移動ということ)
できるDVDもCPRM対応しているもに限りという
ことだと、DVDは、DVD-Rではなく
DVD-Wでなくてならないことが判明する。
これは金額的には倍になって、
一枚が150円が300円ということなる。
(300円のDVD-RWは何度も消して使えるということは、
あとで消せるという利点を生かし、
3倍速で録画してある映画はDVD-RWに
とりあえず録画するという選択を思いつく。)
ビデオのDVD化も、
他のことをやりながらだったり、
見ながらだったりして、結構失敗もしている。
そこで、今年はもう少し慎重にきめ細かく
やれたらいいなと思う。

あとでゆっくり見たい。
見る時間ができたらあとで見る。
貴重な記録となるから保存しておこう。
きっと録画しておくと後悔しないよな。
と言い方はいろいろだが、
まあ、総じて「時間がない」ということだし、
いますぐにではなく、
近い将来に録画しておいてよかった
と思われるものを録画していた。
でも、いま思い出すとヒチコック映画
「裏窓」「めまい」「ハリーの災難」などが
テレビで連続放映されるということが
きっかけだった。やはり、
過去の映画の名作が
なかなか映画館で見られない
事情があったのだと思う。
映画のテレビ放映は、
せめて吹き替えではなく
字幕放送にこだわっていたし、
さらに映画はスクリーンで見るものだと
これもこだわっていた。
だから、映画館で見るまでは録画しても
見ていないものも多くあった。
でも、そんなことが積み重なって
10年、20年と経っていく。
時は過ぎてゆくもので、できるなら、
すべてを忘れ去ってしまうのもいいだろうし、
すべて捨ててしまうのも
潔いよいと思う気持ちもある。
(亡くなった妻も笑っていた。
どうするの。こんなにビデオが増えて
見ることなんかあるのかしらね。)
だから、黴びたり切れたりした
ビデオテープを目にして
なんだか、しょうがねえなと
残念に思う気持ちよりも
ほっとする気持ちが少しだが
まさっている気分にもなる。

だけど、未練がましく、
今年もめげずにビデオの
DVD化作業をやることになる。
いやー、見ながらやっていると
一日の時間があっという間に過ぎていく。
これはこれでなかなかおもしろいからね。

8日には黒澤明(1998年9月)が亡くなった
翌年に放映された「知ってるつもり?!」の
2回分をDVDに録画。
これは「七人侍」にかかわる制作秘話と
その生涯を丁寧に取り上げている。
黒澤作品の映像を部分的に見せることが
できるというテレビの利点が活かされ、
ついついひきこまれるように見ながら録画する。
「映画はつくるものではなく、生まれるもだ。」(黒澤明)

9日は昨年からのさがしものもあったし、
暮れには十分できなかった部屋の片づけと
掃除を思いつく。だが、
さがしものは見つからないし、
掃除も時間がかかる。
妻が亡くなったときからだから二年分、
その後の一年分が溜まったいる。
早めに切り上げ、
風呂に入ってゆっくりと飲んで寝る。

10日の午前中は、WOWOWで
ピーター・ボグダノビッチ監督「ラスト・ショー」
1971を見ながら録画する。(先日ビデオからDVDに、
画像も悪いし切られてもいるなと
思いながらも雰囲気はよく
わかると思いながら、
やはり見ながら録画したところだった。)
1972年に公開されたもので、
忘れられない映画の一つだが、
当時も高く評価していたが、
どうもうまく言葉にできていなかったと思う。
アメリカの1950年代の光と影。
暗い青春がモノクロで描かれる。
でも映画は光って輝いている。

11日は、知ってるつもり?!「親鸞」と
街道をゆくスペシャル「司馬遼太郎の鉄物語」をDVDに録画。

さらに、「フランソワ・トリフォー 盗まれた肖像」を
DVDに録画しながら見る。
前に見たときよりも、
トリフォーに対し、
いい印象を持って見終わる。
映画監督として、人間としての一つの生き方であり、
やりかただったんだろうなと思う。
優れた映画監督であることは、
残された映画作品が十分に語っている。
(ジャン・ルノワールの証言なども貴重だ。)

WOWOWでブルース生誕100年(2003)
を記念してつくられたドキュメンタリー
を8本を一挙放映することを知って録画予約をする。
11日には「レッド、ホワイト&ブルース」を
見ながら録画する(ハイビジョンの高画質で見る)。
ジェフ・ベックのスタジオでの演奏や
E.クラプトンなどが語るのを見る。
(クラプトンの音楽に対する姿勢に感心する。)
ビートルズ、ローリング・ストーンズの意義などを
思い出すとともに「ブルース」がわたしにとっても、
親しくなじんできたものであることを再確認する。
いまでも、世界の音楽シーンの原点は
ブルースなんだなとあらためて思う。

そのあとに、同じWOWOWのハイビジョンで、
小泉堯史監督「雨あがる」を少し見るが、
映画館で見たときよりも印象が悪い。
ひどく薄っぺらな映画になって見えた。

12日には、ヒチッコックの
生誕100年記念(1999)に製作された
ドクメンタリーを見ながら、
ビデオからDVDに録画する。
これはこれもなかなか面白い。
ここに、トリフォーがヒチコックに
インタビューし、大きなテープレコーダー
に記録している映像が出てくるのだが、
なんだか、トリフォーからヒチッコックへという
DVDへの録画の展開は偶然だが、
ブルースにおけるアメリカに対する
イギリスの若者たちが果たした役割と
イギリスからアメリカに渡ったヒチコック映画に対し
トリフォーを初めとするフランスのヌーベルバーグたちの
評価などがクロスし、外から見ていることが、
よく見えるということがあるんだと思うし、
評価されることで生きも死にもするという
怖さや厳しさを感じる。
そんな流れの中で、ゴダールの「映画史」1989を
DVDにしながら、ゴダールのことを思う。

13日には、ジャン・リュック・ゴダール監督「勝手にしやがれ」
を録画してあったDVDの空きに、「ゴダールの決別」と
「ゴダールの新ドイツ零年」をコピーし、
さらにヒチコック監督「北北西に進路を取れ」を
ビデオから新たなDVDに収録する。

今年は、ポルトガルの映画監督オリヴェイラ作品
のビデオを見ることから始まり、
黒澤、トリフォー、ヒチコック、ゴダールの映画の
断片をまざまざと思い浮かべ、
世界の映画作家たちの人生を
思い返すことから始まったということだよね。
そして、ブルース特集に出会っているのも
なんだか偶然だ。

14日。WOWOWで映画「レディ・ジョーカー」2004
(平山秀幸監督・高村馨原作)を見ながら、
どうも面白くないなと思っていると、
雨が強く降りだし、電波障害でBS放送が
見られなくなってしまった。
うーん残念ではあったが、
こういうことがあるんだなと
放送というものの危うさがリアルに感じられた。

昨日は、WOWOWのドラマW「対岸の彼女」を見る。
これも平山秀幸監督。原作は角田光代の
(「空中庭園」を途中まで読んでいる。)
直木賞受賞作。出演は夏川結衣と財前直見。
なかなか面白かった。
女性が生きて存在するということが
あたりまえに問われている。
映像的にもふっと映画を見ているという
感覚に気持よく吸い込まれるていくシーンもあって、
気持のいい作品になっていた。


を取り上げている。(2004.8.1)
妻の死後、間もないということもあって
感慨深く受け取めていたのだと思う。
昨年、気にかけていた死に、
同年代の映画カメラマンの
篠田昇(6月22日、享年52歳)の病死があった。
資料を見て、後藤和夫の「ハードボイルド・ハネムーン」1974
が最初なんだなと思ったりしていた。
岩井俊二の映画のいくつかは見ているが、
見ていない映画も多いこともあって
直接言及することもなかった。
映画「世界の中心で、愛をさけぶ」2004が
遺作となった。
どうも愛する人(好きな人)が病気で
亡くなっていくという話は、
聞いただけで安易な題材に思えた。
(昨年は、2月1日に横浜映画祭で
3本の映画を見たあとから今年の1月まで、
そもそも映画館にでかける
ということができていなかったのだが。)

今回たまたまテレビで録画したものを
見ることになった。なかなかおもしろかった。
[シネマ・スペースの原稿からの一部分]
「雨が降りしきるなか、律子役の柴咲コウが
(山崎努の写真館)に立ち寄り、
サク役の大沢たかおが入れ違いにやってきて
去っていくというシーンは、印象に残るシーンだ。
特に明け放たれた入り口の向こう山崎が見え、
大沢が駆けだしていくところは、
撮影・篠田昇のラスト・シーン
になったように思えた。」
(2005.11.4)

できればきちんとスクリーンで見たいと思う。

この9月17日の再放送を録画しておいた
野沢尚、原作・脚本の「砦なき者」(監督・鶴橋康夫)を
やっと見ることができた。
実際の放送が2004年4月2日だったので
まさに遺作となった作品だ。
出演は、役所広司、妻夫木聡、鈴木京香、
そして、脇役に大杉連など、
うまい役者が配置され楽しめた。

ニュース・キャスター長坂文雄(52)役の
役所広司が、遺書としてのビデオを残して
殺されていくという内容から、
その長坂が放送関係者、妻、娘、
そして視聴者あてに残したメッセージが、
どうしても、作者である野沢尚とダブってみえる。
しかし、「組織という後ろ楯を持つ者は
どんな闘いだってできる。
汚れ仕事は誰かが代わってやってくれる。
みんなの向こうから石を投げ、
投げた本人はけして痛まない。
ぼくは砦のない人間です。」
という妻夫木聡(連続殺人犯)の台詞があるように、
マスコミ(放送局など)の正義や正論に
見える主張や糾弾などは、
組織という後ろ楯があってのことだと
批判する視点も野沢尚のものだ。
だから、野沢は役所と妻夫木とを対峙させる。
妻夫木が「ぼくは砦のない人間です。
母の亡骸、古谷めい子(女子高校生)の全裸死体、
そして、あなた。ひとつひとつ、小さな踏み台
を積み重ねるしかなかったんです。」
と言うのに対し、
役所は「君は、金と権力のためだったら平気で殺せる、
世界が未熟だった頃、どこにでもいた単なる人殺しだ。」
と直接言い放つ。
なかなか興味深いやりとりになっていくのだが、
わたしには、妻夫木(野澤)がいう「砦なき者」として、
真に「ひとりで闘う」やり方に関心がある。
しかし、妻夫木は殺人を積み重ね、
大衆をケータイで遠隔操作することも身につけており、
自分で手を汚さずに役所を殺す。
ここで、どうも、役所が死を決意した
意味がわかりにくい。
嘘で仕組まれた報道をしたという事実と
結果的に罪のない「女子高校生」ひとりを
死なせたという事実に対して、
犯人逮捕の引き替えに
死をもって責任の取ったということか。

テレビキャスターの役所に心酔し、
テレビをよく見て学んでもいた妻夫木が
遠隔操作するケータイ仲間(大衆)
という集団に役所は殺され、
そのケータイ仲間(大衆)のひとりに
妻夫木自身も刺される。
役所は、ビデオで視聴者に向けて語る。
「最後の最後まで、あなたたち視聴者の正体を掴み損ねた。
あなたたちは謎の存在だった。
暗闇の中で標的を探して、
いくら引き金を引いても
命中したように思えなかった。
それが私のテレビ30年でした。」
わたしにとっては野澤尚の「死」は謎のままだ。

「戦後60年、日本という社会において、
言葉だけが上滑りし、
少しも真に生きる自由を
実現できていないことに腹立たしく思う。
もう「生き急ぐ」歳ではないが、
もう一度、ひとりだけでスタートラインに
立ち直してみようと思っている。」(2004.8.1)

とここに書いて、一年以上経った。