沖縄@マンボウ
”嘉数高台公園”
宜野湾市
宜野湾市嘉数に位置する大きな公園です。
高台頂上には展望台があり360度回りを見渡す事が出来ます。
普天間基地(飛行場)も見えてなかなか爽快な景色をあじわえます。
頂上に上る階段は長くはないが急で少しキツイです。
又頂上付近は、青丘の塔や京都の塔などがあり、戦地のつめ跡を感じます。

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駐車場は20台ぐらいかな? 高台に上るこの坂がキツイ・・ これが頂上展望台
3階立ての展望台で中はくつろげるようにナッテマス(360度見渡せます、嘉手納基地も見えます)
木陰でゆっくりするも良し 遊具・遊び場
青丘の塔(韓民族出身者への慰霊碑)  京都の塔(下記記事#2参照)

#1 嘉数高台戦跡概要
嘉数高地は、第2次大戦中に作戦名称第七十団独立混成旅団、第十三大隊原大佐の陣頭指揮で約千人の将兵と約千人の防衛隊で編成された精鋭部と、
作戦上自然の要塞の上に堅固な陣地構築がなされた為16日間も一進一退の死闘が展開されたが遂に日本軍は矢尽き刃折れ交代したが、
しかし米軍にとっては「死の罠」「いまわしい丘」だと恐れられた程に両軍共に多くの尊い人命を失った激戦地である。
この嘉数高地七十高地は、旧日露戦争の二〇三高地に値する第2次大戦の歴史の上に永代に残る戦跡である。

#2 京都の塔
昭和20年春沖縄島の戦いに際して京都府下出身の将兵二千五百三十有余の人々が遠く郷土に思いをはせひたすら祖国の興隆を念じつつ
ついに砲煙雨の中に倒れた また多くの沖縄住民も運命を倶にされた事は誠に哀惜に絶えない。とくにこの高台付近は主戦場の一部としてその戦闘はもっとも激烈を極めた。
星霜十九年をえ経ていまこの悲しみの地にそれらの人々の御冥福を祈る為京都府市民によって「京都の塔」が建立されるにいたった。
再び戦争の悲しみが繰り返されることのないよう、また併せて沖縄と京都とを結ぶ文化と友好の絆がますますかためられるようこの塔に切なる願いをよせるものである。
昭和39年4月29日