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山形正男記事への懸念

雷オヤジのスピリットはいずこ

副題:SDAにとって第七日安息日はどうでもいいのか

特別記事

終末と安息日 (三育学院短期大学名誉教授) 山形正男  

カトリック教会教皇ヨハネ・パウロ二世の書簡『主の日――日曜日の重要性』の邦訳が去る三月出版された。この文書は昨年七月に英訳が出版され、マスコミはもとよりキリスト教諸教会、特に米国のキリスト教諸教会とSDAの間で大変話題になった書物であった。しかし、日本では一部の人々を除いてはさほど大きな話題にならず今日に至っている。私は、この文書は次の三点でSDAにとりきわめて重要なものであり、我々に再確認を迫る、チャレンジに富む書物であると思っている。

「主の日」教皇書簡とSDA

 第一に、この書簡は、日曜日がキリスト者の聖日、安息日であるという主張を聖書の記述に基づいて述べている点である。従来カトリック教会は、日曜日が聖日であるという点に関しては、聖書には明白に書かれておらず、神より授けられた権威により教会が定めたのである、と説明してきた。このことは一三世紀のトマス・アクイナス以来の教会の伝統であった。しかし、近年カトリック関係者は、日曜聖日論を聖書から説く傾向にある。今回の教皇書簡は、教会の最高責任者である教皇が、「聖書に基づく日曜聖日論」を説いているのである。  このように考えると、今回の教皇書簡は、第七日安息日の聖書的根拠の再確認を迫る文書といえるのではなかろうか。聖書の教える安息日論について今ひとたび再確認するチャレンジが与えられたのではなかろうか。  次に、この文書は、穏やかな表現ではあるものの、過去の史実を例証しながら、現代社会の必要性に力点をおき、日曜休業令の必要性を説いている点である。このことはSDAの終末論の立場からも無視できない論旨である。日曜休業令が一般化される可能性が本当にあるのであろうか。今、キリスト教諸教会、特にアメリカのプロテスタント系諸教会の間で、日曜休業令施行を国家や地方自治体に働きかける運動が盛んになっている。カトリックの教皇の「主の日」書簡は、彼らにとってはまことに有難い味方なのである。我々は、このような動きを、時の兆という視点から、冷静に見つめなければならないと思う。  第三点は、教皇の日曜聖日論、特にクリスチャン生活における聖日の重要性を力説している論旨は、欧米諸国、特にアメリカにおける安息日論のリバイバルという広い観点から考えるべきである、という点である。アメリカのキリスト教界では、安息日論についてのホットな論議が活発である。日曜聖日論者たちは日曜日がキリスト教の安息日であると熱心に説いている。それだけではない。日曜日遵守の意義、守り方などに関しての研究や議論が、説教、会議、マスコミのチャンネルなどを通して、くり広げられている。日曜聖日論のリバイバルとでもいえる現象が見られるのである。 

もちろん、第七日が安息日であると信じるグループや教会も熱心に自説を説いている。アンドリューズ大学のバキオキ博士はSDA以外のグループからも招かれて多くの人々に安息日論を説いている。メシアニック・ジューというグループは急激に信者を増やし、日本でも伝道を開始したようである。これらの運動の結果、ひとつの教派が日曜遵守をやめて、土曜遵守を始めた場合がある。しかし、逆のケースもある。米国カリフォルニア州パサディナに本部あるワールドワイド・チャーチ・オブ・ゴッドという教派は、五年前に彼らの伝統的な教義であった土曜安息日の教義は誤りであったと表明し話題になった。その結果、教会は分裂し、大学は閉鎖され、テレビ伝道も中止しなければならなくなった。第七日安息日論を攻撃する伝道者たちの勝利であったのである。しかも、彼らの教義上の変化にSDAから離れ「聖書は第七日安息日遵守を教えていない」と説く元SDA牧師たちが少なからずの影響を与えたのである。安息日論のリバイバルのみならず、安息日論の「ふるいの時」とでもいえる現象が見られる。 

このように考えてみると、今回の教皇書簡は、一教会の一文書にとどまらず、キリスト教界における安息日論リバイバルの一端と見ることが出来るのである。私は、本年の始めから、かなりの時間を用いて、安息日論に関するリサーチを行ったが、ますます以上のような認識を深めた。今回の記事では、ヨハネ・パウロ二世の教皇書簡の背景、内容について述べ、考察を加えてみたいと思う。

なぜ「主の日」書簡が書かれたのか

 ヨハネ・パウロ教皇の「主の日」書簡は、大変洞察の深い神学的著作であると思う。それにしても、教皇はなぜ、どのような目的をもってこの著作を書いたのであろうか。教皇がこの文書を公刊した背景には、カトリック教会の深刻な問題があるのである。全世界に約一〇億の信者を有する巨大な宗教集団、カトリック教会は、ミサ出席者の減少、神学的分裂、聖職者たちのスキャンダル、バチカンに対する一部信徒たちの不信など数多くの難問題を抱えている。たとえば、カトリック信者が国民の大半を占めるオーストリアでは、教会が深刻な分裂状態にある。カトリック系邦文雑誌『パーチエ』(一九九八年一二月二五日号)によれば、教会は進歩派と保守派の対立により分裂状態にあり、信者たちは、教会行政者たちに不信感を強めている、とのことである。元ウィーン大司教グレアが男子神学生と性的関係にあると四年ほど前に告訴され、その後辞任に追い込まれたスキャンダルは聖職者に関する不信感を一気に強めたのである。この出来事は氷山の一角に過ぎない、との指摘もある。しかし、教会指導者たちが最も頭を痛めているのは、たぶん日曜ミサ出席者の目立った減少であろう。『ワシントンポスト』誌(一九九九年一月二三日号)によれば、アメリカのカトリック信者約六千万のうち日曜ミサ出席者は三分の一から四分の一程度であり、カトリックのお膝元イタリアでは二八%、ラテンアメリカのある地域では六%の信者しかミサに出席していないという。アメリカのハートホード大司教区(コネチカット州内)で行っている調査は、大変興味深い。この教区では、年に一度ミサ出席者の統計を取ってきた。それによれば、一九六九年には八一万九千七〇〇人の信者のうち四八%の信者がミサに出席したという。しかし、昨年一〇月の調査では七四万二千八〇〇人の信者のうち出席者は二九・六%(二二万三七七人)であった。『ワシントンポスト』誌は、この数字は、世界中のカトリック教会の中で出席率のよいと言われるアメリカの一般的な傾向であろう、と指摘している。これらの数字から、全世界のカトリック教会の日曜ミサ出席者は、よくて信者の三分の一程度ではなかろうかと思われる。この数字は、故意にミサ出席を怠るものは重罪を犯す(永遠の命を失う罪)と教えている教会にとっては大変深刻な問題なのである。ヨハネ・パウロ教皇のこのたびの文書執筆、公刊の背景にはこのような事情があるのである。教皇は書簡の序文で、ミサ出席者減少の事実にふれ、日曜日の典礼参加が信仰生活の中心であるとの意義すら見失われている、と指摘しているのである。「私はすべての人に、日曜日を再発見するよう強くお願いしたいのです」という言葉は、教皇の真摯な願いなのである。カトリック教会では、来年二〇〇〇年の大聖年を計画している。それを単なるお祭りでなく革新のイベントにしたいのである。大聖年を目前にして、「日曜日の祭儀の意味、キリスト者の生活と人間生活にとっての日曜日の重要性を再発見」してもらいたい、と教皇は訴えているのである。カトリック革新の最大の課題は、信者が日曜ミサの意義を再確認し、ミサ出席がクリスチャン生活の中心になることにある……これが主の日書簡の一大テーマなのである。

「主の日」書簡の大事なポイント

 教皇書簡(邦訳、カトリック中央協議会出版)は、序文九ページ、本文八四ページ、結び七ページ、注一六ページよりなり、一見コンパクトな書物である。しかし、その中身は、大変重厚な神学書と言えるのではなかろうか。聖書や教皇文書、教父文献などを駆使した、安息日論、日曜聖日論なのである。本文は、五章よりなっているが、ここでは一章ごとの要約ではなく、その安息日論の重要な論点を四点に分けて説明をしてみよう。

(一)日曜ミサ出席はクリスチャン生活の中心である

 教皇文書全体を貫いている大事なポイントは、すでに述べたように、クリスチャンにとっての日曜聖日(カトリックでは主日、安息日などという)遵守の重要さ、日曜ミサ出席の重要さである。「日曜日は、キリスト者のまさに中心に位置づけられる日」(一〇ページ)、「キリスト者の生活を支える日」(九八ページ)なのである。信者は「良心に照らして、日曜日に休息を取るよう調整」しなければならない(八一ページ)。信者はその重要さを再認識し、信仰の革新を経験するよう訴えられている。多くの人々が、日曜日の意義と重要さを見失っている、との認識に基づいて、教皇は教会革新の緊急課題が日曜聖日の回復にある、と考えているのである。教皇は、一九九八年八月九日のバチカンでの説教で再びミサ参加の重要性を説いたが、大事なことを付け加えた。それは、ミサ参加が義務であるものの、それは「キリスト者の心の最も深い奥底から沸き起こる必要性なのです。真の意味でのキリスト教的霊魂はこの必要性を深く感じずにはいられません」(『カトリック生活』邦文、一九九八年一一月号)との言葉である。単なる義務感でなく、心からの願いとしての参加が期待されているのである。それでは、主日礼拝、ミサ参加がなぜ、それほどまでに重要なのであろうか。

(二)日曜日は神の愛を再発見する日である

 教皇は、主日礼拝、ミサ参加の意義を書簡の中で繰り返して述べている。ここではその大事な点を述べることにしたい。たぶん、日曜日の礼拝、ミサ参加の意義をコンパクトに要約した文章は、書簡でも引用されている第二バチカン会議の次の決議文章ではなかろうか。

 「日曜日に、キリスト信者は、一つに集まらなければならない。そして神のことばを聞き、感謝の祭儀に参加して、主イエスの受難と復活と栄光を記念し、彼らを『新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与えた』(一ペテロ一ノ三)神に感謝をささげるのである」。(一〇ページ)

 以上の文章の中にある「感謝の祭儀」とは、通常ミサと言われる礼典である。それはSDAの聖餐式に相応するものであるが、その意味はかなり違う。ミサにおいてイエスは現臨され、特別な恵みを与えられる。『カトリックの教え――新カテキズムのまとめ』(邦文)は、ミサ参加の効果として「小罪を許し、大罪を予防し……キリストと愛の結びき」が強化されることを挙げている(八六ページ)。教皇は、このような前提に基づいて、日曜日を守り、教会に出席し、ミサに与るように訴えているのである。 また、主日が日曜日であり、イエスが復活された日であることは特別な意義を持つ。それは、イエスの復活後イエスに出会った弟子たちの喜びの経験(ルカ二四章)を追体験し、イエスの愛に満たされる日でもある。いや、それだけではない。日曜日はイエスの再臨を覚え、願い、待望する日でもあるのである。今回の書簡の中には、繰り返してこのことが書かれている(二四、三三、四七ページなど)。主日は、神の創造のみ業を覚え、十字架の贖罪のみ業を思い、恵みに与り、イエスの再臨を待望する日なのである。そのような日は、「神の愛を再発見する日」と一言で呼ぶにはあまりにも不十分な表現の、恵みに満ちた日なのである。

(三)聖書は安息日が日曜日であることを教える

 教皇の書簡は、キリスト教の安息日が日曜日である、とのカトリックの伝統的な理解に基づいている。しかし、その新鮮さは、それを聖書の記述に基づいて論じている点であろう。もちろん、教皇は論旨の中で教父、過去の教皇書簡などの文献を用いるが、重要な論拠は聖書である。教皇書簡の冒頭の言葉は「主の日は、日曜日を指す使徒の時代からの呼び方」であるという言葉である。つまり、キリスト教の安息日は使徒の時代から主の日といわれてきた、との論旨であり、注にはヨハネ黙示録一章一〇節があげられている。すでに述べたように、カトリックの伝統的な論法は、教会は教会に与えられた権能により第七日を日曜日に変えた、というものであった。それはトマス・アクイナス以来の伝統であり、邦訳されたオブライエンのべストセラー『百万人の信仰』もそのように日曜日の起源を説明している。教皇は、書簡第二章「キリストの日」という章で、日曜日の聖書的根拠を論じている。彼の論点は、主に次の三点の新約聖書の記述……もちろん、その根拠を支えるために教父たちの文献も用いられているが…… に基づいている。

・イエスの復活は日曜日であった(マルコ一六ノ二、九、ルカ二四ノ一、ヨハネ二〇ノ一) ・週の一日目にあった集会(一コリント一六ノ二、使徒言行録二〇ノ七 ―一二) ・聖霊降下は日曜日――復活五〇日後――におきた(使徒言行録二章)

 これらの聖句は、他の日曜聖日論者たちも繰り返し日曜聖日起源に関して用いてきた聖句である。これらの聖句を用いた教皇の論点の要点は、次の諸点にある。(一)イエスの復活は使徒たちにとり決定的な経験であり、時でもあった。(二)そのことを知った弟子たちは「安息日の後の第一日の日を祝祭にふさわしい日」とした(二四ページ)。そして、(三)週の最初の日に使徒たちは集会をするようになり、日曜日は「生活のリズムを生み出す日」となったのである(二八ページ)。やがて(四)日曜日は、ヨハネ黙示録一章一〇節に書かれているように、主の日と呼ばれるようになった。

(四)日曜休業令施行を為政者たちに働きかけるべきである

 日曜聖日がこのうえもなく重要な日であるならば、為政者たちは日曜日を休業日にすべきである。この考えは、決してヨハネ・パウロ二世の新しい考えではなく、カトリックの伝統的な考えである。今回の教皇書簡では、この点に関してはそれほど字数をさいていないし、記述も穏やかである。しかし論旨は明白である。教皇は、有名なコンスタンチヌス大帝の日曜休業令(三二一年)やその後の教会会議における日曜休業令施行に関する働きかけを簡単に述べ、教皇レオ一三世の「日曜日の休息は国家が保障しなければならない労働者の権利である」という回勅の言葉(一八九一年)を引用する。そして、キリスト者は、為政者たちに日曜休業令(日曜休業令という言葉は用いられていない)施行を働きかけるべきである、と説いている(七九、八一ページ)ただし、日曜休業令に関する記述のところでは、キリスト教の聖日であるとの論旨よりは、日曜日が人々の休息と余暇のために必要である、との論点から述べられていることに注目すべきである。換言すれば、キリスト教の聖日を国家が保障すべきである、とは言っていない。むしろ、人々の幸福のために日曜日を休業日にすべきである、との論点なのである。

教皇書簡をどう考えるか

 以上、教皇書簡の背景と論旨の大事なポイントを説明した。このような日曜日に関するカトリックの正式文書をSDAはどのように受け止めるべきだろうか。ここでは、私の個人的見解を述べて参考にしていただきたいと思う。教皇書簡には学ぶべきこともあるが、受け入れることの出来ない論旨も多い。この点に関しては、アンドリューズ大学のサムエル・バキオキ博士の一連のインターネット論文から学ぶことが多かったことを述べておきたい。私は、一九六〇年代にアンドリューズで学んだが、彼はそのときのクラスメートである。彼はその後ローマの教皇庁立グレゴリアン大学で学び、第七日安息日が日曜日に変遷した過程を博士論文にまとめた。彼は、SDA以外の学者たちからも高く評価されている第七日安息日論の権威者であるが、今安息日論のリバイバルの最中にあって忙しい日々を過ごしている。そのような中にあって彼はインターネットで貴重な論文やニュースを提供してくれている。そのことを心から感謝したい。さて、バキオキ博士は、「主の日」教皇書簡の問題点は二点に集約される、と考えている。私もそのように考えるのが適切であると思うが、その二点を挙げて見よう。

(一)聖書は日曜日(復活日)が礼拝日であるとは教えていない

 すでに述べたように、教皇書簡の大事な論点の一つはキリスト教の礼拝日は日曜日であり、聖書はそのことを教えている、という点である。  イエスの復活が初代キリスト者にとり、決定的な出来事であり、救いの歴史における画期的な出来事であったことは確かである。しかし、聖書のどこにもその復活日を礼拝日とすべきとは教えていない。教皇はさまざまな聖句を用いて論述しているが、復活日がキリスト教の礼拝日に なったという主張の聖書的根拠はなく、教皇の考えは推論に基づいているのである。  日曜日(復活日)が礼拝日であるという神学は、二世紀以後のキリスト教神学の教えであり、聖書の教えではないのである。一世紀のキリス ト者たちが復活の重要さを知っていたので、復活日を「祝祭にふさわしい日にしたのです」(二四ページ)という言及は聖書的根拠のない論点である。 また、書簡冒頭の「主の日は、日曜日を指す使徒の時代からの呼び方 であって」という言葉も聖書的に立証できない主張である。新約聖書には、主の日という表現が日曜日を意味するという決定的な証拠はないのである。 このようなことから、カトリック教会では依然として日曜礼拝の根拠 を教会の権威に求める場合がある。次の文章はその一例である。

「たぶん教会が行った最も大胆で革新的なことは、一世紀に起きた。聖なる日、安息日は土曜日から日曜日に変えられたのである。『主の日』(デイエス・ドミニカ)は、聖書の直接の指示によらず、教会が与えられた力によって選ばれたのである。……聖書が唯一の権威であると考える人は、必然的に、セブンスデー・アドベンチストになり、土曜日を聖とすべきである」。

 この文章は、アメリカのミシガン州アルコナックにある聖キャサリン・カトリック教会の『センチネル』誌(一九九五年五月二一日号)に 掲載された文章の一部である。興味深い文書であると思う。 教皇書簡の問題点の第二は次の点である。

(二)日曜休業令に関する論点は問題含みの論点である

 ヨハネ・パウロの日曜休業令に関する考えは、すでに述べたように明白である。この問題は、あまりにも大きな問題、かつ複雑な問題であり、今回の記事ではその一部しか書けない(スペースの関係で)のでご了承いただきたい。四点のみを簡単に書きたい。第一は、日曜休業令を国家に働きかけるという考え、また国家がその法令を定めるべきという考えは、カトリックの伝統的な考えである、という点である。その考えは、一九八四年に公布された『カトリック教会のカテキズム』というカトリック神学の集大成である教理書にも述べら れている。したがって、新しい考えではないことを理解する必要があろう。 第二は、日曜休業令は制定可能な論理で述べられている点である。現在、先進諸国には宗教自由、国家と宗教の分離(政教分離)の原則が認められている。したがって、特定の宗教やその考えに利益となるような法令を国家が公布することは困難である。  アメリカの場合を説明しよう。有名な最高裁の判決(一九六一年、マクヴァガン対メリランド事件)がある。この判決で、最高裁は日曜休業令は従来宗教的な法令であったが、現在は宗教的意義が失われ、健康や 福祉のための法令になっているとの判断を示し、日曜休業令を合憲とする判決を出した。現在アメリカでは、州または都市などにゆるやかな日曜休業令(ブルーローと言われる)が存在するが、表面上は、宗教的意味のない法令である。またヨーロッパ諸国の多くには、国民の福祉・健康などの観点から日曜休業令が施行されているが、あまり守られていないことが最近問題にネっている。 ヨハネ・パウロはこれらのことを熟知していると思われる。したがって、教皇は、日曜休業令は人々の「自由と休息と余暇」のために必要であり、その必要を国家が満たすべきであると述べている。つまり、彼は現行の法律で可能な論旨で休業令施行を提案しているのである。そして、その法令が施行され、日曜日が休みになれば、すべてのキリスト者は「日曜日を聖とすることができるようになる」(七八、七九ページ)と論じているのである。  次に、日曜日に関する法令には少なくとも二種類あることを理解しておこう。その第一は、日曜日に礼拝することを強要する法令で、アメリカの植民地時代にはそのような法令が出されていた。もう一つの法令は、日曜日に企業や商店などの休業を命じる法令でアメリカやヨーロッパの各地で実在する法令である。教皇書簡でいう法令はこの種類の法令であり、礼拝出席を強要する法令ではない。最後に、日曜休業令はSDAやユダヤ人など土曜日を安息日とする宗教団体、あるいは金曜日を聖とするイスラム教などに不利益を与える法令になる、という点である。たとえば、安息日を守りたいSDA信者の中で、土曜日を休み日曜日に仕事をすることを希望する人々がいるはずである。日曜休業令はそのような選択を奪ってしまうことになる。日曜休業令を公布することは、ある時には、ある宗教に属する人々に大変な困難、辛苦を与えかねないということを教皇はどのように考えているのだろう。日曜聖日を守る人々には有利であっても、他者には不利益や困難をもたらす法令……問題を含む教皇書簡の一点である。

おわりに

 安息日論のリバイバルの動向と日曜休業令の動向を詳しく書けなかった。私は、この記事を書きながら、今後この二つの動きはどのような方向に進むのであろうかと考えさせられた。それらの動きがどのように進もうと、ヨハネ・パウロ二世の「主の日」書簡は、きわめて重要な文書となるであろう。日曜聖日論のバイブル的な文書になるのであろうか。また、このような現象を、我々はエレン・ホワイトの預言との関連でどのように理解すべきであろうか。彼女は、一〇〇年以上も前に『各時代の大争闘』(一八八八年初版)の中で、終わりの時代の最大論点の一つが安息日問題となり、国家が日曜礼拝を強要するようになる、と書いた(特に下巻三七四、三七五ページ)。一つだけ明白なことがある。それは、教皇や他の日曜聖日論者たちが現時点で考えている休業令は、日曜日の休業を命じる法令である。それに対して、預言上の法令は礼拝を強要する法令である。この違いをはっきり理解して現状認識をする必要がある。日曜休業令実現への動きが今後どのような方向に進んでいくのか定かではない。事実を確認しながら、冷静に「時の兆」をみきわめていきたいものである。 

なお、このような問題には、誤報や根拠のないうわさが飛びやすい。昨年デトロイト・ニュースという新聞(七月七日号)に、ヨハネ・パウロ二世が日曜日を守らない人を罰するということを書簡に書いたという記事が掲載され、大変話題になった。その後、そのような事実がないことが判明したが、一流新聞にも誤報があり得る。気をつけたいものである