過去ログ第25編
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牧師様 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月18日(日)19時28分15秒
 
 

お返事たいへん感謝いたします。なぜか、最近のオーソドックスのユダヤ教徒はもはや贖罪のため

の捧げ物には贖罪の働きがあるとは信じていないという話を聞きました。そうなると、贖罪のため

ではないのにわざわざエゼキエル書で贖罪と明記されている意味がよくわからなくなります。私た

ちは贖罪でなければ什一献金を主にお捧げします。私たちが信仰の父として尊敬するアブラハムは

息子のイサクを主にささげようとしました。
 
 

どこかに、「贖罪の捧げ物」が贖罪性を失い、主に感謝を表わし、主が我々にもたらした限りない

恩恵を記念するという意味に変質することがどこかのなんらかの預言によって明記されているのな

らば話はわかりやすいですが。

 

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クリスチャンよ、毅然たれ 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月18日(日)11時42分59秒
 
 

弱き者さま
 
 

>自分としては建設的に前向きに問題を解決しようとしても、

>「私の知っているクリスチャンは従順で、優しくて、おおらかだった。」

>と言われれば何とも言えなくなります。
 
 

そんなことで気をつかって心配しなくても大丈夫ですよ。

人の前で「クリスチャンらしさ」とかを気遣って当たらず障らず生きているクリスチャンよりも

神の前で、与えられたところに従順に、明快なアクションを行うクリスチャンの方が

256倍魅力的に見えますよ。
 
 

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4つのお答え 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月18日(日)11時32分18秒
 
 

にゃんきち様
 
 

>このような聖句の用い方は、文脈から判断して正統なものなのでしょうか?
 
 

まず、イスラエルを祝福するものは祝福され、呪うものは呪われるというのは、MJや

ZCの人達がイスラエル人に好感を持っているからそうなって欲しいと思ってその聖句

を用いるなら確かに誤りだろうと思いますが、そうではなく、人が贔屓しているのでは

なくて神が祝福しているのであれば逆らえないということではないでしょうか。相手が

イスラエルであれなんであれ、神が祝福しているのがわかる者をあえて呪うなら、祝福

はありません。これは経験的にお分かりになると思います。
 
 

>また、アブラハムはユダヤ教徒と頻繁に対立するアラブ人の祖ともされています。一

>説によれば、アラブ人はハガルの子イシュマエルの子孫と言われています。しかもヘ

>ブロンのアブラハムの墓をユダヤ人が帰還するまで守り続けていたのはアラブ人でし

>た。12章3節がしばし、中東問題にからめて論じられ、あたかもイスラエル共和国に

>敵対するアラブ人は皆呪われるというような用いられ方がなされると創世記の文脈か

>ら離れてしまう恐れがあると思うのですがいかがでしょうか。
 
 

おっしゃるとおりです。
 
 

>次に、エゼキエル書39章についてです。ここの聖句はしばしばイスラエル共和国の

>1948年の独立が成就したことを示すために用いられます。しかし、エゼキエルは39章

>後に贖罪の儀式が復活することも預言しています。へブライ人への手紙の10章では、

>主はもはや贖罪の捧げ物を喜ばれないこと、主イエスが十字架にかかられた時に完全

>で最後の贖罪の捧げ物が供えられたことが書かれています。もし、エゼキエル書39章

>がイスラエル共和国建設の預言であるとすると、へブライ人への手紙とエゼキエルの

>預言は重大な齟齬をきたしてしまう恐れがないでしょうか(この批判はミレニアムのホ

>ームページの富井健氏の指摘)?
 
 

その恐れは無いと思います。なぜなら、贖罪の儀式はキリストによって完成されたから

「終わった」のであり、キリスト以降に動物の贖罪の儀式を行っても、形式保存以上の

意義はありません。イスラエル共和国が新たに神殿を立てて羊を燔祭に捧げてたとして

もキリストの十字架の贖罪の完了の事実には何の影響も及ぼしえません。
 
 

>最後はイザヤ書2章に関してです。イザヤ書2章の預言は、イエスキリストがエルサ

>レムに再臨され、エルサレムが異教徒に踏み荒らされる時代が終わり、世に平安が

>訪れるまでは実現することはないでしょうか?つまり、我々一人一人が信仰によっ

>て平安を得ることができたとしても、政治的な平和状態が世界に実現するというこ

>とに関しては、我々は完全に悲観的にならざるをえないということでしょうか?
 
 

その通りです。
 
 
 
 

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セクエイラの書評 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月18日(日)11時16分48秒
 
 

「福音の解体新書」の案内と書評の恒久版を下の暫定アドレスに24時間以内に掲示

します。あとで場所を変更するかもしれませんが、その場合はまた案内を行います。

http://member.nifty.ne.jp/GingaNet/sequeira.html
 
 

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クリスチャンとして 投稿者:弱き者  投稿日: 5月18日(日)09時03分20秒
 
 

嵯峨野教会牧師様
 
 

クリスチャンを名乗る以上、不平を言わず不満を言わず批判をせず、常に笑顔で優しく従順で、おおらかで、全ての人に奉仕できなければならないのですよね。
 
 

不平や不満を言ったり、批判をする事はノンクリスチャンにとっては躓きの石になりますよね。「あの人はクリスチャンなのに・・・。」と。
 
 

自分としては建設的に前向きに問題を解決しようとしても、「私の知っているクリスチャンは従順で、優しくて、おおらかだった。」と言われれば何とも言えなくなります。
 
 

クリスチャンは、どうあるべきなのでしょうか。やはり、ノンクリスチャンの皆さんの躓きの石になってはならないですよね・・・。
 
 

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業務連絡 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月16日(金)21時43分48秒
 
 

千先先生、FAX通信感謝。ただ天沼のFAXが正常に応答しないので、次回から連絡は上の私のメールアドレスにEメールでお願いいたします。
 
 

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>> 臨時ニュース <<  投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月16日(金)11時28分38秒
 
 
 
 

臨時ニュースを申し上げます。
 
 

下に既に紹介を行ったジャック・セクエイラの著書「Beyond Belief(邦題:『福

音の解体新書』/辻好文訳)」に関して、日本のセブンスデーアドベンチスト教団は

4月30日付けで各地の教会宛てにこの辻氏の翻訳した本を教会で取り扱わないように

しろという通達を送付しました。既に日本のSDA教会内では、「アメリカのSDA

の牧師が書いて、日本のSDAの牧師が訳した本をSDAの書籍部で扱わないのはお

かしい」という意見が出ていたものの、それを無視して、説明も配慮もなく、裏口か

ら追い払う如き扱いです。特に同書の内容に聖書からの逸脱がある訳ではなく、それ

どころか聖書と福音の理解に深い洞察を投げかけて、他教会からも高く評価されてい

るものである以上、そうした正当な理由の無い嫌がらせに近い一方的排除を行うのは

教会の内外に対して動機の弁明が必要です。
 
 

この教団は過去にも、巡回伝道者の故麻生茂牧師に対して、各教会に「秘密文書」で

通達を送り裏工作を弄してやはり正当な理由もなく日本講演伝道集会の妨害行為を行

った前科があります。こうした大人げなく、後ろ暗い素行はやめて堂々と公開討論を

するなり、ライフに全面広告を出して信徒に納得の行く説明を行うとか、もっと成熟

した人間が行うような他のアクションの選択肢を取るべきではないかと思われます。
 
 

ともあれこの本は発売から間もなくですが、他のプロテスタント教会の人から評価さ

れ、SDAの者が書いたSDA神学を扱った本の中では日本の歴史上最初に一般書店

に置いてもらえる本となっています。かたやSDA教団の同書に対する対応は上のよ

うに木で鼻をくくったような無礼なものであり、非SDA的なナイトが贔屓されて、

セクエイラが一方的に排除されるという奇妙な現象がますます昂じています。特にセ

クエイラの聖書研究の連載は一時はSDAの信徒に無料で配られる雑誌であるアドベ

ンチストライフに既に二年間部分連載が行われたものであり、今更そのような本を禁

書にするのは教団の信徒教育の一貫性に不信と疑問を招く事になり、好ましいことで

は決してありません。このような不誠実な裏工作にどんな弁解が出来るのかと思いま

す。その一方で、このようにSDAの内部での神学的対立が存在する事がこの本の出

版をきっかけに明らかにされたのは神の摂理であると思います。明らかにされた以上、

従って、その対立もこれから次第に先鋭化すると思われます。嵯峨野教会もその都度

ファローを行います。
 
 

にゃんきちさんの3つ(いや4つでしょう)の質問は週末にまとめてお答えいたします。

 

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ほんの本の紹介 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月16日(金)11時09分09秒
 
 
 
 
 
 

福音の解体新書

J・セクエイラ著、辻 好文訳
 
 

【本体価格】2300円

【判型】A5判/230頁

【初版】2003年4月17日

【ISBN】4-87395-385-5

【在庫状況】在庫あり

【訳者略歴】 1960年生まれ。三育学院カレッジ神学科卒業。SDAグアム日系教会牧師、トロント日系教会牧師を経て、現在、米シアトルSDAスワードバーク教会非常勤牧師。
 
 

【内容紹介】 著者は世界各地での講演を行うSDA(セブンスデー・アドベンチスト)の福音説教者です。本書は、SDAの信じる聖書観から福音や愛と戒めの関係を体系的に初心者にも、信徒経験の長い人にもわかるように解説したものです。内容は深く、さすがにキリスト新聞社が原稿を読んで一目置いただけのものがあります。第七日安息日を守るSDAの培ってきた本来の聖書信条を知り、かつ、聖書の基本的福音教理を易しくアガペーと戒めの視点からリフレッシュする事の出来る良著。聖書を読む読み方がまたこれで深められること必定です。ただ残念な事にSDAの内部にはこのような原則的な聖書観を快く思わないリベラルな勢力が台頭してきており、この出版はそれに対抗する意味でもタイムリーです。その意味において、この本はSDAの内部対立と葛藤を研究しようとしている研究者にとっても必携の参考資料となると思います。
 
 

【購入方法】この本はアドベンチストブックストア以外のあらゆる書店と下記のキリスト教関係書籍の書店で購入することが出来ます。ISBN番号を指定して特注すれば、アマゾンや楽天ブックストアの通販で購入することも可能です。キリスト新聞社の書籍は、全国のキリスト教書店で扱っていますので、一般書店からのご注文もできます(順番は五十音順)
 
 

 キリスト教の本屋さん(日キ販)

 jb-shop 北海道キリスト教書店

 教文館

 友愛書房

 アバコ・ブックセンター(東京)

 静岡聖文舎(静岡)

 名古屋聖文舎

 ライフセンター各店

 女子パウロ会各店

 いのちのことば社流通センター

 CLC BOOKS

 伝道文書販売センター

 古書店つのぶえ

 西宮聖文舎

 ブックセンター・オアシス

 救世軍出版供給部
 
 

当嵯峨野教会HPではまもなくセクエイラの訳本の意義と書評の掲載を行います。
 
 

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訂正 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月16日(金)10時49分14秒
 
 

今、過去の自発言の一部に校正漏れの誤りがあったので、編集機能で訂正する前に

お知らせいたします。
 
 

(誤)

イスラエル政府が撤退しなければ神は御心を成就できないというなら、

シオニストクリスチャンは神よりもイスラエル政府に頼っていること

になります。
 
 

 ↓↓
 
 

(正)

イスラエル政府が撤退したら神は御心を成就できないというなら、

シオニストクリスチャンは神よりもイスラエル政府に頼っていること

になります。
 
 

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聖書に関する3つの疑問 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月16日(金)03時02分39秒
 
 

出張、お疲れ様です。
 
 

先日も私がとりあげました聖句ですが、

創世記12章3節の「アブラハムを祝福するものは祝福され、アブラハムを呪うものは呪われる」という聖句は、メシアニックジュ-の方々やその信仰運動にシンパシーを感じている人がしばしば用いるものです。その場合、明らかに彼らは「イスラエルを祝福するものは祝福され、イスラエルを呪うものは呪われる」という意味で用いています。このような聖句の用い方は、文脈から判断して正統なものなのでしょうか?牧師様のおっしゃられるように「創世記の12章は、狭義のイスラエルにおいても広義のイスラエルにおいてもあてはまる二重の適用がある」のであれば、どうしてそれが可能なのでしょうか?私は、他の聖句にもたくさんイスラエルを祝福し、創造主がイスラエルを敵にするものを打ち倒されるということをのべたものがたくさんあるのにあえて創世記12章3節が頻繁に用いられるのかわからないのです。
 
 

また、アブラハムはユダヤ教徒と頻繁に対立するアラブ人の祖ともされています。一説によれば、アラブ人はハガルの子イシュマエルの子孫と言われています。しかもヘブロンのアブラハムの墓をユダヤ人が帰還するまで守り続けていたのはアラブ人でした。12章3節がしばし、中東問題にからめて論じられ、あたかもイスラエル共和国に敵対するアラブ人は皆呪われるというような用いられ方がなされると創世記の文脈から離れてしまう恐れがあると思うのですがいかがでしょうか。
 
 

次に、エゼキエル書39章についてです。ここの聖句はしばしばイスラエル共和国の1948年の独立が成就したことを示すために用いられます。しかし、エゼキエルは39章後に贖罪の儀式が復活することも預言しています。へブライ人への手紙の10章では、主はもはや贖罪の捧げ物を喜ばれないこと、主イエスが十字架にかかられた時に完全で最後の贖罪の捧げ物が供えられたことが書かれています。もし、エゼキエル書39章がイスラエル共和国建設の預言であるとすると、へブライ人への手紙とエゼキエルの預言は重大な齟齬をきたしてしまう恐れがないでしょうか(この批判はミレニアムのホームページの富井健氏の指摘)?
 
 

最後はイザヤ書2章に関してです。イザヤ書2章の預言は、イエスキリストがエルサレムに再臨され、エルサレムが異教徒に踏み荒らされる時代が終わり、世に平安が訪れるまでは実現することはないでしょうか?つまり、我々一人一人が信仰によって平安を得ることができたとしても、政治的な平和状態が世界に実現するということに関しては、我々は完全に悲観的にならざるをえないということでしょうか?
 
 

一度に3つも質問してしまい申し訳ありません。よろしくお願いいたします。

 

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YES OF COURSE! 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月16日(金)00時43分53秒
 
 

>このSDA嵯峨野教会も、また一つの教会であると認識して宜しいのですよね?

>そして個人事ですが私は、このSDA嵯峨野教会の教会員の一人と理解して良いのですよね?
 
 

May peace be with you, therefore.

 

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お帰りなさい 投稿者:弱き者  投稿日: 5月15日(木)20時53分10秒
 
 

嵯峨野教会牧師様
 
 

お疲れ様でした。お帰りなさい。
 
 

一つお尋ねしても宜しいですか?

このSDA嵯峨野教会も、また一つの教会であると認識して宜しいのですよね?

そして個人事ですが私は、このSDA嵯峨野教会の教会員の一人と理解して良いのですよね?
 
 

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戻り 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月15日(木)20時07分42秒
 
 

シカゴから戻りました。
 
 

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終末の不思議 投稿者:ヤスダ  投稿日: 5月14日(水)00時34分11秒
 
 

終末の不思議
 
 

にゃんきちさんの言うとおり、

  マルコ 13:32 「その日、その時は、だれも知らない。天にいる御使た

  ちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。」

とあります。
 
 

ですが、この聖句があるにもかかわらず、1844年の出来事がなぜあったのか

疑問に思っています。再臨が近いということを呼びかけるだけなら、おおい

に納得できますが、時をはっきりと設定したのにはやはり違和感を覚えます。

といっても、そのおかげでSDAができたきっかけになってよかったのです

が、ホワイト夫人は、上の聖句を持ち出して再臨運動を批判した人達には、

救いがないとまで述べています。単に再臨が起きてほしくないと考えている

人たちにはそれも当たっていますが、真摯に批判をしていた人たちもいたは

ずです。ホワイト夫人がそのことに触れた記事はまだ見たことはありません。

これが疑問でした。
 
 

にゃんきちさんへ
 
 

もう一つ「我々は終わりの日がいつなのかを詮索すべきではないと思われま

す」と言っていますが、時は設定せずに、いつぐらいかを想像することくら

いは、かまわないのではないですか?
 
 

ということで、自分勝手な考えを。

  

  伝道 3:11 「神のなされることは皆その時にかなって美しい。」

とあります。

時に関して一番重要なのは、7ですよね。天地は六日間で創造され、一日の休

みです。

再臨後には、千年期があります。

  詩篇 90:4 「あなたの目の前には千年も/過ぎ去ればきのうのごとく、夜

  の間のひと時のようです。」

  2ペテロ 3:8 「…主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日の

  ようである。」

という聖句をあてはめれば、千年期は7日目。つまり、その前の6日間、60

00年目が再臨なのではないかという推測をたてることができます。さらにヨ

ベルの年にも関係してくるのではないかと思います。

(ヨベルの年って今でもあるのですか?)
 
 

と言っても、

SDAの人が作った資料で天地創造は紀元前4004年で今は2003年ですからとっ

くに6000年は超えています。一方ユダヤ暦で今は5763年。なにが正しいのか人

にはわかりません。やはり父なる神にしか知らないというのもまさにそのとお

りですね。
 
 

以上、手前味噌な考えを勝手に述べてしまいました。失礼しました。
 
 

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>終末に関して  投稿者:イエスはどんな人  投稿日: 5月13日(火)23時57分58秒
 
 

にゃんきち様、僕も全く同感です...と言うか僕のweb

を覗いてくれたら、僕の立場は理解してもらえるかもしれません。

ニュートンがその頃(17?8世紀)の終末論を嘲笑おうとして

彼の独自の計算で割り出した年代が、2015年とか2060年

とかでありまして、終末論の好きな某教団がネタに使ってる様なので

牧師様にお尋ねした次第です。

http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus
 
 

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終末に関して 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月13日(火)13時17分33秒
 
 

牧師様ではありませんが…

世紀末とは一般に世紀の末とか他にはデカダンスを意味するかと思いますが、おそらく終末もしく

は終わりの日のことを言っておられるのだと思います。
 
 

イエスキリストは、マルコによる福音書の13章で、父だけが終わりの日をご存知であり、我々

は終わりの日がいつなのかを知らないと宣言しておられます。よって、我々は終わりの日がい

つなのかを詮索すべきではないと思われます。これまでいくつもの終わりの日の予言(預言では

ない)がなされましたがことごとく外れています。そのような行為が創造主の権威を損ねるもの

でしかないということを自覚する必要があります。

 

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牧師様に教えていただきたいのですが 投稿者:イエスはどんな人  投稿日: 5月12日(月)22時27分31秒
 
 

拝啓、以前は不特定な名前で失礼いたしました。お尋ねしたい事があるのですが...

SDAでは、「アイザック・ニュートンがダニエルの7つの時を2520年と計算

して、20**に世紀末がくると予言した」と説いておられるでしょうか?

貴教会でなくて、もしその様な事を説いている教会をご存じでしたら、お教えて

いただきたいのです。

                どうも失礼しました
 
 

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誤解があったかもしれません 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月12日(月)17時06分34秒
 
 

シオニストクリスチャンによればイスラエル政府が撤退すると預言の成就が「遅れる」というこ

とになります。だから彼らからすれば、撤退に反対、パレスチナ国家独立に反対ということにな

ります。牧師様はご存知かと思いますし、結果的には結論は同じということになりますが。
 
 

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神の約束 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月12日(月)16時36分14秒
 
 

神みずからそうすると約束しておられるなら人間が何をしようとも成就するでしょう。

たとえば神があなたに妻を与えるといわれるなら、如何に周りの人間が妨害しようが、

他人が悪口をいいふらそうが何の障害にもならず必ずその通りになります(自己の経

験から)。それと全く同様に、神がその土地を与えるといわれるなら、世俗権力の政

府や圧力団体が撤退しようが、屈しようが、何が起ころうがその通りになるのではな

いかと信じられます。イスラエル政府が撤退しなければ神は御心を成就できないとい

うなら、シオニストクリスチャンは神よりもイスラエル政府に頼っていることになり

ます。それではダメなんです、というのがハシディックのユダヤ人、ナトレイカルタ、

そして不肖私の意見です。
 
 

さて、今から二日ほどシカゴに行って留守になります。

それまで皆さんでいろいろディスカッションを続けてください。
 
 

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イスラエルについて 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月12日(月)13時08分05秒
 
 

イスラエルというと、キリストを信じるものはアブラハムの子孫に接木されるわけですから、

キリスト教徒もアブラハムの子孫でありかつイスラエルということになりまし。。なかなか

イスラエルをどう定義するのか難しいところがありますね。イスラエル共和国のユダヤ教徒

と言っても、改宗ユダヤ教徒の子孫も大勢含まれており、アブラハムの血統を受け継いでい

るものはむしろマイノリティーでしょうし。。以下のURLの批判にもありますように、創世

記12章の「あなたを呪うものを呪う」といわれているうちの「あなた」が、アブラハム個人

に限定されるかそれともアブラハムとその(異邦人も含めた)子孫であるイスラエルにまで適

用されるものかにも議論がありますし。。。
 
 

といっても私は、ユダヤ教徒の中にも主イエスがエルサレムに降臨されるときには、主イエ

スを救い主と土壇場で受け入れる者は大勢でてくると思います。
 
 

もう一つ趣旨が変わりますが、牧師様のご意見をお聞かせいただきたい箇所があります。

シオニストクリスチャンの方々は、創世記の15章18節と17章8節を根拠にしてイスラ

エル共和国がガザ、ウェストバンク、ゴラン高原から入植地(セツルメント)と軍を引き払う

ことに反対しています。イスラエル共和国の防衛上の観点を抜きにして、パレスチナ国家独

立の容認と、ゴラン高原から撤退を行うのは聖書に基づいており、なおかつ創造主の御心に

かなうといえるのでしょうか?それとも反しているのでしょうか?創世記の15章18節と

17章8節の契約は今も有効なのでしょうか?
 
 

昨今は、終末が近いと主張する人が増えてきていますが、我々の主イエスはあらゆる地に福

音が述べ伝えられないかぎりは終わりの日はこないと宣言されておられます。よって、終末

の日はまだ遠いと私は個人的に考えています。私は正直ってプロシオニズムですが、あくま

で聖書に基づいてものごとを発言したいと考えており、政治的イデオロギーや自己願望が先

行してしまい、それに聖書解釈が影響されるということは避けたいと考えています。

 

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イスラエルとは誰のことか 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月12日(月)12時15分03秒
 
 

にゃんきち様
 
 

どちらも極端な意見であると思います。シオニストクリスチャンはこの聖句をもって

イスラエルの子孫に無条件の神のサポートがあるとしていますが、メシアを裏切った

パリサイ派のユダヤ人は明らかにこの限りではないのが明らかです。一方このリンク

のウィリアムソン牧師は、へブル11:13-16を引いて、信仰の目標が地上のエルサレ

ムにあるのではないとを強調していますが、私はそれは世の終わりにイスラエル人が

エルサレムに集まって国をたてることと二律背反で矛盾する事ではないと考えます。

イスラエルが世の終わりになって回復される事はエゼキエルでも預言されている事です。

世が終わる過程で、イスラエルがこうして集められているのであろうと見られます。

もちろん注意しなければならない事は、誰がイスラエル人なのか、という事です。この問

題はイスラエル共和国の中で未だに激しい議論が続いています。単にイスラエルに生ま

れたからイスラエル人、骨髄穿針をして遺伝子を確認したからイスラエル人、とか、必

ずしもそういえない問題があります。シオニストクリスチャン(正統派ユダヤ教徒もこ

れと五十歩百歩です)もこのウィリアムソンという牧師もその辺の問題を全く無視して

議論をしているように思えます。いずれにしてもキリストが来られたのは、失われた羊

を捜し求めるためであると言われました。失われた子らがイスラエルであるとするなら、

その全貌は根本的に上二者の想像を絶していると思われます。イスラエル共和国を呪う

ものは呪われるかと聞かれるなら、まず、どこにイスラエル人がいるのか?と尋ねられ

なくてはならないでしょう。{イスラエル共和国}⊃{イスラエル}なのであり、

{イスラエル共和国}={イスラエル}という訳ではないと言う認識が必要です。
 
 

神のご計画を人類はまだ完全に理解しているとは言えません。アブラハムに与えられた

物的祝福の約束がどのような形で全うされるのか、今、我々はそれを間もなく驚きとと

もに見る事になるのだろうと思います。
 
 

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創世記12章について 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月12日(月)10時08分58秒
 
 

先日あげました創世記12章3節の解釈に関して下記のURLのような反論がありますが、厳密に聖書

を解するならば、どのように再反論できるでしょうか?創造主の祝福する者を呪うものは、創造

主から呪われるということが聖書にあるのであれば、創世記12章の聖句に従うとイスラエル共和

国を呪うものは呪われることになりますが。

http://www.mediamonitors.net/williamson4.html
 
 

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もちろんそういう事になります 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月11日(日)19時46分06秒
 
 

にゃんきち様
 
 

イスラエルの問題を理解する方向としてはそれが正しいと思います。イスラエル共和国を

建て上げた勢力の中に世俗のものがあったとしても、それを神が用いてそうなったのであ

れば意味するところは厳粛です。神に油を注がれて王になったサウル王が狂って、やはり

油を注がれて立てられたダビデを殺そうとしましたが、ある日ダビデがサウルが寝ている

所にやってきて殺そうと思えば殺せたものを、これもやはり神に油注がれたものであるか

らとして殺しませんでした。イスラエル共和国もイスラエルのなかで摂理のうちに立てら

れたものですが、これはたとえ世俗の力(シオニズム運動など)で立てられたものである

としても、サウルがダビデを追い回したようにメシアニック・ジューを迫害しているとし

ても、ダビデがサウルをそうであると認めたように、やはり世俗以上の権威が付帯されて

いるものと見るべきであると存じます。聖書的に考えると、というのであれば以上のよう

な説明になります。
 
 
 
 

おや、つのじ様。まだ懲りていらっしゃいませんね。冒頭の理事会規定をよく読んでお出

直し下さい。
 
 

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牧師様 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月11日(日)10時32分48秒
 
 

何度もご丁寧にありがとうございます。
 
 

イスラエルがアブラハムの子孫であるのであれば、イスラエル共和国は世俗を超えているのでは

ないでしょうか。もちろん、メシアニックを過酷に迫害するかたくななユダヤ教徒には創造主は

それなりの報いを与えられるでしょうが。創造主であられる神が選ばれたエルサレムをイスラエ

ル共和国の政府が永遠の首都と定めたことが、牧師様のおっしゃられる「神の摂理」の中にあり、

それが聖書の命令と預言と神への愛にかなっているのであれば、イスラエル共和国はある意味世俗

を超えた存在であり、その政権にも神から他の国家にはない特別な権威が与えられていると考えら

れると思うのですが。
 
 

聖書的に考えると違うのでしょうか。ご批判おねがいします。

 

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(無題) 投稿者:つのじ  投稿日: 5月11日(日)10時08分11秒
 
 

「人のために安息日があるのであって、安息日のために人がいるのではない」

このみ言葉を知ればSDAがパリサイ人と同じことを言っているのが分かるでしょう。
 
 

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天下御免 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月11日(日)09時36分00秒
 
 

全然関係の無い話ですが、最近私はとある用事があって、日本のSDA教団の金城

理事長と電話で話をしました。その時、金城先生は私に「どうして嵯峨野教会とい

うのですか」とお尋ねになりましたので、私は、「実は私の今いる場所 Saginaw,

Michigan の場所を発音するのが"サガノー"なので、そういう漢字を充てゐる次第

です」と申し上げました。
 
 

SDA嵯峨野教会は教会批判も行いながら教会の紹介もするという明白な目的を持

っているために組織としての認証を有しませんが、そうであっても穏やかに受容さ

れている事を確認したというご報告です。>読者ALL
 
 

これからも教会内外の広い聖書信仰のフィールドでSDA嵯峨野教会をよろしくお

願い致します。
 
 

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エルサレムの平和は人類の平和 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月11日(日)09時24分26秒
 
 

にゃんきち様
 
 

その質問に回答するためには、イスラエルが人類の救いのために神に選ばれたという事

実を厳粛に反復する必要があります。イスラエルはもはや明らかなようにアブラハムの

子です(インドにブラーフマ(アブラハムの子)という思わず目を開かされるような人

達もいますが、今これは別のレベルの問題として横に置いておきます)。つまり、アブ

ラハムの召しを受け入れた民の中心となるように定められた場所がイェルシャライム

(エルサレム)です。人類は罪の中におり常に騒乱と戦いの中にありますが、それはア

ダム以来の罪の性向を引いているからです。こうした罪の人々の中にあってイスラエル

がエルサレムを都としている限り、エルサレムには騒乱が絶えません。世界に戦いがあ

る限りエルサレムでも戦いがあります。キリストが再臨されて罪が清算され世界に戦禍

が無くなった時にようやく人類の救いの啓示の都であるエルサレムに平和が訪れるでし

ょう。エルサレムの平和のために祈れというのは、メシアがそこに来たり給はむ事を祈

るべしという事です。ですから必ずしもイスラエル共和国という世俗権力が承認される

ことを祈ることを意味していません。イスラエル共和国といえどもやはりアメリカ合衆

国と同様に神に用いられている器に過ぎないと控えめに考えるのがよろしいと思います。
 
 

このあたりの議論なら私も正統派ユダヤ教徒を向こうに回して何度もやってきましたよ。
 
 

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さっそくありがとうございます。 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月11日(日)08時25分57秒
 
 

お忙しいところさっそくありがとうございます。

もう一つよろしくおねがいします。

詩篇の122篇において、エルサレムの平和のために祈れと命じられています。

この聖句は、イスラエル共和国全体の平和のために祈れという命でもありますか?イスラエル共和

国の永遠の首都として祈るべきなのか、それとも全人類の首都として祈るべきなのかわからないの

ですが。
 
 

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お答え 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月11日(日)07時58分08秒
 
 

にゃんきち様
 
 

難しい質問ですが、良い質問です。イスラエルというのはアブラハムの子らです。

狭義に解釈して、アブラハムの子孫であるイスラエルの民の建てる国を祝福する

ものは祝福され、呪うものは呪われるというのは疑いようの無い事実であり、今

日もそのように見えます。イスラエルの建国をめぐっては世俗的なシオニズム運

動や多くの騒乱が発生しましたが、神が摂理を通して悪人や俗人をも用いてでも

イスラエルの民の国を回復するご計画をなされたのであれば、人はこれに逆らう

事あたわずです。ソ連製の兵器を大量にそろえてイスラエルに刃を向けたアラブ

の好戦国家はことごとく敗北して現在に至っています。それもまた聖書の証とみ

なされます。
 
 

一方、広義においてアブラハムの子とは、信仰の召しに従ってふるさとを捨て、

神の導かれる地に行って栄える人々です。天地創造の主を神とし、アブラハムの

召しを自分のものと受け入れ、その戒めを守り、人の策に従わず、善を行うもの

は広い意味でアブラハムの子でありイスラエルという事が出来ます。パウロも割

礼のあるなしは問題ではないと言っています。
 
 

ですから、創世記の12章は、狭義のイスラエルにおいても広義のイスラエルにお

いてもあてはまる二重の適用があると考えられます。
 
 

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質問ですが、、 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月11日(日)05時28分52秒
 
 

聖句に関して一つお聞きしたいことがあります。
 
 

創世記の12章には、アブラハムを祝福するものは祝福され、アブラハムを呪うものは呪われると

あります。ここの聖句におけるアブラハムには(信仰における)子孫であるイスラエル共和国の国

民も含まれるのですか?つまり、イスラエル共和国の繁栄を祈るものは創造主から祝福を受ける

ことになりますか?逆にイスラエル共和国の破滅を願うものは創造主から呪われますか?
 
 

よろしくお願いします。

 

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八木重吉の詩を読んでみよう 投稿者:時代遅れ  投稿日: 5月10日(土)21時20分53秒
 
 

今知人がそれにはまっております。

以前にもブームがあったみたいですが、彼の詩を改めて読んでみて、その良さを感じています。あれこれ聖書に関して弁証する合間には、八木重吉の詩を読んでみることをお薦めします。彼の詩は信仰が現われていると同時に日本の短詩の良さを感じることができ私たちが日本人であること、そのことを改めて思い起こさせ、人の心に安らぎを与えます。

そのきっかけは下のリンク先の雑誌の記事です。
 
 

http://www.wlpm.or.jp/cgi-bin/db/kiji_m.cgi?keys28=h0306
 
 

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ジョージ・ナイト VS マイケル・モーア 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月10日(土)20時11分23秒
 
 

これもまた本来「そういえば」の題名でかたられるべき閑話休題ですが。
 
 

最近、ハリウッドの映画賞授賞式で口汚くブッシュ大統領を罵って顰蹙を買ったマイケ

ル・モーアという人がいますが、これは実は、私のいる嵯峨野(Saginaw, USA)の隣の

Flintという町の出身の男です。もともと、GMの自動車製造工場の職員で労働組合にい

て上に立つ権威を辛辣に面白おかしく社内新聞で批判していた所から頭角を現し、就業

時間中にもろくに仕事をしないでブラブラしているようなウルトラ奇人変人だったのだ

そうです。今、私のいる退役軍人病院の職員の中にも彼のことを個人的に知っている者

も多く、GMをクビになって地元の新聞社にいた時のリベラル、変節、不道徳ぶりがい

まだに噂になっています。それが成り上がってハリウッドに行き、ついでに政治評論家

ぶって「アホとマヌケのアメリカ白人(邦題)」(原題:US Stupid White Men)という

本を出しましたが、こうした背景を知らない反戦ニッポン人の中に「アメリカ人の中に

もこうした良心のある人がいた」とか言って盛んに持ち上げたりしているようなのがい

ると聞いて、愚かなことだと思いました。
 
 

そういえば、今アドベンチスト・ライフに連載記事を出しているジョージ・ナイトとい

う御仁もマイケル・モーア並みのリベラリストです。彼は神学専門ではなく聖書教授学

の専門で聖書の教理の微妙なニュアンスの問題を突っ込むとしどろもどろで何も答えら

れないようなハッタリ教授なのですが、これがどうして日本の教団(一部ですが)でも

てはやされているのかと巨大な疑問符が投げかけられます。私の得ている情報では、下

に紹介されている原則的聖書解釈を行っているジャック・セクエイラの連載がアドベン

チストライフ誌上に行われたことで、教団内のリベラルな牧師や一部指導者が不愉快に

なり、それでその揺り戻しのためにジョージ・ナイトの連載を強行していると聞いてい

ます。それで当時セクエイラ連載の決定をしたライフの編集長だった人がいま水面下で

いじめられているのだそうです。この元編集長が勝利できるようにお祈りしましょう。
 
 

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なるべく情報は多方面から仕入れましょう 投稿者:ヤスダ  投稿日: 5月10日(土)18時36分07秒
 
 

森永/大阪さんへ
 
 

国家が犯したことと、個人的、または組織犯罪をごちゃごちゃにしないほうが

いいと思います。
 
 

それから、あまり偉そうなことは言えませんが、一人、もしくは一つの組織か

らの情報だけを取り入れるというのは良くないと思います。
 
 

今回のイラク戦争が始まった当初、路上で戦争反対派と議論をしました。そこで

彼らは、「ブッシュは変な宗教を信じている」「ブッシュは自分を神だと思って

いる」などと言って、チョムスキーだか何かの、本屋に並んでいる反戦本を強く

私に紹介しました。その時一つの思想に傾斜するというのは危険だなと感じまし

た。
 
 

私は、新聞であれば、左右両翼の新聞を読むというように(例えば産経読売と毎

日朝日)しています。そうしてこそ、本当の情報に近づけ、はっきりとした自分

の考えを持てるようになるのだと思っています。
 
 

これは、聖書を読むことと同じだと考えています。いろんな派閥の考えを仕入

れて、聖書をもって比較検証していけばある程度正しい答えにたどり着くのでは

ないかと思います。
 
 

すでにわかっていて、実行されていることかもしれませんが、えらそうな事を語

ってしまいました。不快であればあやまります。すみません。
 
 

それから、Native Americansについては数年前に新聞で読みましたが、先住民管

理局だかどこかのボスが正式に謝罪していたはずです。もっとも、大統領や、そ

れに順ずる大物が誤らなければ本当の国家的謝罪にならないというのであれば別

ですが、行政機構の一組織のトップが謝罪したということには、意義があると思

います。
 
 

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神から離れた国は祝福なし 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 9日(金)20時20分53秒
 
 

アメリカ合衆国を北朝鮮などと並べて比較などしないで貰いたいですね。(笑)

アメリカは建前であれなんであれ、聖書を持ってきてその前で宣誓を行いますから

サウルやダビデが油を注がれて立てられたものと同様にみなされます。

かたや北朝鮮の金ちゃんのほうは、経歴を詐称して勝手に人民の英雄になりすまし、

自分を崇拝するように神に祭り上げさせ、挙句の果てには、週の七日制を否定

して一週間を十日にする独自の暦を作り、人類の発祥は朝鮮だとか、創造主に

反抗するありとあらゆる言辞を弄しています。それゆえ、この国はご存知のように、

旱魃だの水害だので荒廃し、全く祝福されていません。ちなみに進化論を受け入れ

て神の6日間の創造を信じないキリスト教会が祝福されないのもこれと同じ理由です。

 

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アメリカ合衆国の憲法 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月 9日(金)11時39分53秒
 
 

創造主が人間をおつくりになられたこと、人の人権がそれに基づくことが謳われているという点

でかなり優れていると思いますね。人権という概念が聖書的かどうかはわかりませんが、人類が

信仰によって神の似姿をとりもどしたあとは油塗られた祭司でありかつ王であるという意味では

人権は普遍的な意味を持つと思います。日本国憲法も聖書的な内容に改革される日が来て欲しい

と思いますね。
 
 

ところで、私もアメリカ合衆国を批判することはありますが、ソヴィエトや中国共産党の悪行に

比べればアメリカ合衆国の悪はビビたるものだと思いますがね。ソヴィエトの巨悪を抑えるため

にアメリカ合衆国がやりすぎたという例はいくつもありますが、アメリカ合衆国が存在しなけれ

ばソヴィエトの拡張主義を抑える勢力は存在しなかったことも事実でしょう。
 
 

森永さんのご紹介の本ですが、ポルポトの虐殺の批判の矛先を誤った方向に向けたチョムスキー

が推薦しているという点でかなり眉唾だと思いますが。。。
 
 

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少しレスが遅れましたが 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 9日(金)07時55分13秒
 
 

欄版さま。
 
 

>アラビア語で神をイラーハと発音します。それは確かにへブル語のエロアハやアラム

>語のエラハーと語根は同じです。しかしアッラーはイラーハに定冠詞アルを加えた形

>で文法上必ずしも同じではありません。まして旧約時代の人々がアッラーとアラビア

>語を発音していたとは歴史学上、言語学上決して正しくありません。
 
 
 
 

原語の造詣の深いところからコメントを下さりありがとう御座います。

森永様、それでよろしいでしょうか。
 
 

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あまりに当然過ぎますが 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 9日(金)06時19分11秒
 
 

森永さま
 
 

まず、当たり前過ぎることを言うようで恐縮ですが、国にしても宗教団体にしても、設

立の建前と実際の運用に齟齬や矛盾があるのは避けられない事なのではないでしょうか。

ダビデの事を思い起こしていただきたいと思います。彼は神に召され、預言者によって

油注がれて契約によって立てられた、異邦人と戦うために召されたイスラエルの王でし

たが、ご存知の通り、姦淫はするわ、人の嫁さんは横取りするわ、その夫を謀殺するわ、

ありとあらゆる汚い事をしましたが、にもかかわらず神はダビデの召しの契約を全うさ

れました。悪いこともした王ではあったが、摂理に従って立てられ、用いられました。

ダビデのことをあしざまに悪く言ったサウロの家の者はソロモンによって後に罰として

殺されました。その上、神はダビデの子孫からメシアなるキリストを与えられました。

神はそれほどまでダビデが神の民の期待を受ける者として召されたのです。それは驚く

べきことです。神に選ばれて召された者の立場というのはそれ程に厳粛なものだったの

であり、それを信じるかどうかは、素朴であるかどうかという次元ではありません。そ

の辺はもっと厳粛に考えられるのがよろしいのではないかと思いますが、如何ですか。

今の場合、アメリカが行ってきた悪行というのは重々存じておりますが、それらものが

果たして神に用いられている国である事を否定するものでは全くありません。残虐なネ

ブカドネザルのバビロニア帝国やサルゴンのアッシリアですら神に用いられたことを考

えるなら、アメリカなどまだ軽いものだというわけです。
 
 

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あまりに素朴すぎる 投稿者:森永/大阪  投稿日: 5月 9日(金)02時12分00秒
 
 

>これはアメリカの権利の宣言です。こうした荘厳な誓いの上にアメリカ合衆国があります。
 
 

あまりに素朴な信頼ですね。政治的な宣言文などというものはどこの国でも美辞麗句で飾られているものであって、表面的な美辞麗句ではなく実際に何をやっているのかを見なくてはなりません。朝鮮民主主義人民共和国の刑法によれば、すべての容疑者は十分に権利が保障され、刑罰は教育刑が中心で、一般犯罪には死刑は適用されないことになっています。しかしこれが実態とかけ離れていることはAmnesty Internationalの調査が示しています。また日本でも法律とはかけ離れた刑務所での暴行や警察の暴力的取り調べが起こっています。

合衆国憲法にどれだけ美しいことが書いてあっても、合衆国において現在でも激しい人種差別が存在すること、警察官がAfrican Americansを暴行すること、虐殺したNative Americansに対して国家としての謝罪や賠償を行っていないこと、ハワイ州を不法に併合したことなどはご存じでしょう。

William Blum氏のことはご存じでしょうか?Johnson政権時代の国務省官僚で、合衆国の対外政策を批判している人です。彼のKilling Hopeという本が日本語に訳されました。
 
 

アメリカの国家犯罪全書

著者: ウィリアム・ブルム /益岡賢

出版社:作品社

ISBN:4878935456

サイズ:単行本 / 417p

発行年月: 2003年 04月

本体価格: 2,000円
 
 

彼のwebsite http://members.aol.com/bblum6/American_holocaust.htm
 
 

合衆国政府がこれまでに何をやってきたのかを見れば、「全幅の信頼」などとてもできるものではないと思います。
 
 

>SDAも、時代遅れさんのところの教会もそうですが、歴史的に教会発展のベースをアメリカに置いていました。なぜこれがアメリカだったのか? 日本ではなかったのか、どうしてイギリスやフランスやスイスではなかったのか、と考えた事はありませんか。
 
 

合衆国は移民社会であったので、旧いしがらみに縛られず、さまざまな新しい運動が成功する余地があったということではないでしょうか。プロテスタント系だけではなく、統一教会やモルモン教やその他のカルトなども合衆国から生まれました。神の摂理というのなら、チャンスだけでなく障害も与えられたということでしょうか。

http://members.aol.com/bblum6/American_holocaust.htm
 
 

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奴隷解放は口実 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 8日(木)19時58分03秒
 
 

はい、選挙によって選ばれましたよ。しかし選挙の翌日から南部州は一つ一つ分離して

ゆきました。彼らにとって選挙によって人が選ばれる事は何の意味も無かったのです。

バルチモア・ホイッグは「リンカーンが選ばれたのは堕落したアメリカのための最大の

必要悪であろう」と言いました。奴隷解放が付随問題に過ぎないというのは、これは政

治問題解決のために利用されたプロパガンダに過ぎなかったという意味です。奴隷解放

が30年間アンドリュー・ジャクソン以来の硬直した馴れ合い政治をこじ開ける鍵として

利用されたのです。その証拠に、奴隷解放を主張する人が多かったのは本来南部であり、

北部は政治的に便乗しただけです。また罪人Aさんにとっては興味深いことかもしれま

せんが南北戦争という大規模な内戦が戦われ、多くの犠牲者を出して国民生活に多大な

影響を与えたにもかかわらず、証しの文のコメントや「預言」の中には、奴隷解放に関

するものがありません。
 
 

しかし、たとえそれが他の政治要求の口実であったとしても、結果的に奴隷売買制度が

なくなったのですから、摂理が成就したと考えてよいでしょう。アッシリアのサルゴン

大王が領土拡張欲のゆえにイスラエルを侵略して人民を拉致したのも、侵略をするとい

う口実で実は、戒めを捨てて偶像礼拝に走ったイスラエルの懲戒という摂理を行ってい

たというのと同じことです。
 
 

ちなみに、南北戦争が起こっている時に、ちょうど日本では幕末の騒乱がありました。
 
 

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リンカーン 投稿者:罪人A  投稿日: 5月 8日(木)08時09分52秒
 
 

共和党候補リンカーンは選挙よって大統領に選ばれたのではないのですか?

共和党自体そもそも奴隷制度に反対して結成された党ではありませんか?

北部のユニオンと、南部のコンフェデレートとの経済の不均衡の問題であり、

というのは理解できます。南部は奴隷制を強く必要としていた。

ですが、奴隷解放は付随問題に過ぎませんでした。とは本当でしょうか?
 
 

奴隷問題が争点となって南部諸州は独立しようとし、南北戦争がおきたのではないですか。
 
 

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素晴らしい! 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 8日(木)05時48分32秒
 
 

>宣教以外に教団を組む理由がない
 
 

素晴らしい言葉です。これを見て久しぶりにすがすがしい気持ちになりました。

もちろんわかっていらっしゃると思いますが、その言葉の意味する所は激しく

深いです。宣教というと、安易にしかものを考えない人は、献金を集めて、聖

書やキリスト教伝道文書を配ることをミッショナリー(伝道者)に任せる事と

考えます。しかし、それは表面的な「宣教」です。
 
 

真の宣教とは、愛の実行です。愛とは人のために善を行動で示し助けることで

す。愛といっても、それはエロスとかラブとかいうヒューマニストの大好きな

観念上の愛ではなく、旧約聖書の根本のハセードの愛であり、実行しなければ

何の意味もないものです。そして、ハセードを行うことがアブラハムの子らに

求められています。愛を行うことによって救いが得られるわけではありません

が、愛を行うことによって救いの希望が開かれます。
 
 

宣教というのはまた、教会の行う戦闘でもあります。伝道者は神のメッセージ

を伝え、魂を戦いとる戦いに召されています。であるからこそ、聖書では信仰

者は兵卒にたとえられています。教会組織を立てても、戦いに出ようとせず、

うちわで固まって腐っているなら、神に捨てられてしまいます。
 
 

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宣教以外に教団を組む理由がない 投稿者:時代遅れ  投稿日: 5月 8日(木)01時31分04秒
 
 

>なぜこれがアメリカだったのか?

 

うちの教派の場合、アメリカの本家が大きいのでアメリカ流のやり方が日本にも持ち込みやすかったのではないかという感覚を持ちます。宣教熱心が教会の、正確にはクリスチャン1人1人の祝福の原動力となっていると考えているため、今でもどんどんアメリカから宣教師が来ます。日本のクリスチャン人口を見れば、まだまだ宣教の必要を本家の方は感じる人が多いようです。
 
 

>どうしてイギリスやフランスやスイスではなかったのか
 
 

うちの教団はそれらの国にはほとんど存在しません。フランスなどはうちの教団のやり方持ち込めばカルト規制法で罰せられます。フランスは熱心に聖書の教えを知らせようとしている人をカルト扱いする国であります。そんなフランスには私は宣教師が必要であると考えます。フランスは歴史的に見て熱心なプロテスタントを認めない国です。

他の国ももっと宣教師を出せばいいのです。私の教団と関連のありそうな教団はほとんどが米国中心の教団です。特に聖書地帯と呼ばれる地域がうちの教団の拠点なので、関連教団もそこに本拠があります。聖書の教えが普及していない国にうちの教団が宣教師を重点的に派遣するのは、そのことが教団をまとめているという点があるでしょう。もともと教団を目指さない単立志向の教会の集まりが、宣教を目的にして集まっているだけですから、宣教しないのであればうちの教団の教会はすべて単立教会となるでしょう。その様な信条を持っていますからね。うちの場合。

 

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アメリカをもう少し真剣に考える必要 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 7日(水)19時42分20秒
 
 

SDAも、時代遅れさんのところの教会もそうですが、歴史的に教会発展のベースを

アメリカに置いていました。なぜこれがアメリカだったのか? 日本ではなかったのか、

どうしてイギリスやフランスやスイスではなかったのか、と考えた事はありませんか。
 
 

>リンカーンが、奴隷制度から黒人を開放するために南北戦争がおきたこと、これはリンカーン

>をはじめ一般大衆それぞれがその良心に従って奴隷制度にかかわった結果だと思います。
 
 

これは違うと思います。南北戦争の本質は、北部のユニオンと、南部のコンフェデレート

との経済の不均衡の問題であり、奴隷解放は付随問題に過ぎませんでした。結果的に奴

隷が解放されたのは、民意の結集による成果ではなく、戦争を行った結果成就した神の

摂理に過ぎないと考えたほうがよろしいと思います。そもそも、いくらアメリカだとは

いえ、そんな昔から個々の大衆民衆の意思が反映するような社会であった訳ではありま

せん。今日の価値観で130年前をはかると間違えますよ。>罪人A様
 
 

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権利の宣言 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 6日(火)08時37分23秒
 
 

罪人Aさん、こんなの知っていましたか?

”We hold these truths to be self-evident that all men are created equal

 That they are endowsed by their Creator with certain unalienable rights

 that among these are LIFE, LIBERTY and HAPPINESS that secure these rights

 Governments are instituted among men deriving their just powers, from the

 concent of the governed that whenever any form of government becomes

 destructive of these ends.

 Its is the right of the people to alter or abolish it and to institute new

 government laying its foundation on such principles and organizing its powers

 in such form as to them shall seem most likely to effect their safety and happiness. (以下略)
 
 

これはアメリカの権利の宣言です。こうした荘厳な誓いの上にアメリカ合衆国があり

ます。この目的にかなう合衆国連邦政府に対して、われわれ合衆国国民は全幅の信頼

を置いています。聖書と良心に従ってアクションを行う合衆国大統領を、我々は信頼

し支持しています。社会にかかわることは構いませんが、神が動かされている摂理の

力があるならば、それに立ち向かうのは意味がありません。よって、何が神の摂理で

あるかを見分ける必要があります。単なる平和愛好主義やヒューマニズムや義侠心だ

けでは神の摂理を見分けることは出来ないでしょう。
 
 

もちろん聖書の原則と異なることをするようならば、上の権利の宣言に従って排除さ

れるのは当然です。執務時間中に実習生とオーラルセックスをするような不良大統領

は事実弾劾の対象にされました。しかし、そういう事は神の導かれる世界の本流とは

外れた出来事であり、それにばかり時間を取っているのもいかがなものかと思います。
 
 

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違います 投稿者:罪人A  投稿日: 5月 6日(火)08時19分07秒
 
 

我々は、文句を言えば常に神の摂理を変えられる権利を持っていると思ってはいけま

せん。
 
 

そう思ってはいません違いますという意味で
 
 

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>>牧師 投稿者:罪人A  投稿日: 5月 6日(火)08時16分58秒
 
 

違います。我々は神から与えられた聖書と良心に従って社会に積極的にかかわっていくこと

は至極当然のことだと私は考えます。

リンカーンが、奴隷制度から黒人を開放するために南北戦争がおきたこと、これはリンカーン

をはじめ一般大衆それぞれがその良心に従って奴隷制度にかかわった結果だと思います。

アメリカの一人一人が奴隷制度に対してそれが神が許されているのだと何のアクションも起こ

さなければ奴隷制度はなくならなかったでしょう。
 
 

ブッシュのやっていることが、神から与えられた聖書と良心に従って違うと思えば、当然アメ

リカにたいして非難することは当然のことです。

神の摂理の中にあるのだから、黙って従わないといけない、という印象をここの掲示板から

受けます。それに対して、本当にそうなのか、という声をあげたわけです。
 
 

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re. ICFのフォーラムはネット上のカトリック教会にすぎない 投稿者:嵯峨野教会牧師 投稿日: 5月 6日(火)08時11分24秒
 
 

時代遅れさま
 
 

はっはっは。なんかそういう雰囲気のようですね。進化論を信じるという「クリスチ

ャン」なんかもいて、百鬼夜行になりつつあります。もちろんしっかりした信仰の人

もいらっしゃいますが、そういう人達が大変でしょう。実はこれと全く同じような状

況は過去において、ニフティサーブのFLORD「ハレルヤハレルヤ」という所でも

経験したことがあります。創造論を否定して進化論を主張するシスオペとか、セーラ

ームーンのミニスカート大好きとかいう変態的な無教会派の(三重)大学教授とか、

プロテスタント教会で酷い仕打ちを受けてカトリックに行ってしまった医者とか、ア

ブラハムは実在の人物ではないと主張するルーテルの牧師(確かサブシスになって途

中でシスオペと喧嘩していなくなりましたが)などと、もう本当に若蘭丸とかワケワ

カラン人達の集まりと化していました。その中で私も(アドン・オラムというHNで)

結構粘りましたが、本業が忙しくなったので構っていられなくなりました【笑】。

JOYさんも安息日の事を語って被害にあっていました。あれは、その後は衰退して

しまいましたが、今はシスオペを初めとしたワルいのがいなくなって落ち着いている

らしいとのことです。パソコン通信の黎明期でクリスチャンが他にアクセスするとこ

ろが無くて仕方なくニフティにつないでいた頃は栄えていましたが、今はもう各自が、

それぞれHPを運営するようになると、淘汰される運命にあったといえます。嵯峨野

教会HPもそうならないように維持してゆきたいと思います。
 
 

ICFのフォーラムはネット上のカトリック教会にすぎないかもしれませんが、嵯峨野

教会HPはネット上の純正セブンスデーアドベンチスト教会です。今更言うまでも無

いかもしれませんが、当嵯峨野教会はエキュメニズムには反対しており、またSDA

教会内部に巣食うエキュメニストを批判する先頭に立っております。教会の一致は教

理をなし崩しにした教会合一運動ではなく、イスラエルの回復にあるという聖書史観

を奨励しています。

 

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人は貴方の考えているように考え 投稿者:罪人A  投稿日: 5月 6日(火)07時57分28秒
 
 

なるほど、分かりました。今日書き込んだ勝手な憶測の言われる部分については取り消し

ましょう。

ですが

|この一連の流れの中では大多数のものは、ブッシュはキリスト教を伝道しよ

|うとして戦争を起こしたと発言しているしか思えないわけです。

これは言いがかりでもなんでもなく至極当然の受け止め方だと思いますが。

それに対してちょっと棘のある言い方で問うと、えらく予想以上に過敏に反応なさいますのね。

意思が伝わらないのは受け止めるほうが悪いのですね。
 
 

あえて、このような言い方をしたのはあなたから「人は貴方の考えているように考え

ているとは限らないのですよ」という言葉を聞きたかったからです。それで十分です。

私が聖書の精神をわかっていない、なるほど、そうですか。
 
 

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荒らしとは判断しません 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 6日(火)07時55分47秒
 
 

時代遅れさま
 
 

確かに罪人A氏が思い込みでそう言っているのではないかと危惧される所はありま

すが、まだそれ自体悪意ある「荒らし」の範疇には入っていないものと思います。

そのあたりは斟酌して戴ける様お願いいたします。
 
 

罪人Aさま
 
 

上に立つ権威に従うべきだとおっしゃったのはあなたではありませんでしたか。我

々は、文句を言えば常に神の摂理を変えられる権利を持っていると思ってはいけま

せん。神が人を立てて用いられ、世界を変えようとしている現場を今我々は見てい

るのです。
 
 

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言いがかりと妄想は止めてくれないと荒らしと判断しますよ 投稿者:時代遅れ 投稿日: 5月 6日(火)07時36分32秒
 
 

罪人A氏。妄想はおやめ下さい。人の発言を勝手に自分の思い込みで読み込んで文句を付けるのは人間としてよいことではありません。今の罪人A氏の発言(思い込み)を撤回しない限り、人の思い込みをかえる力は人間にはないので、あなたとまともに話し合いはできないと判断し、これ以上の対話は拒絶いたします。そもそもあなたは聖書の精神というのがわかっていないわけですからね。

 

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ICFのフォーラムはネット上のカトリック教会にすぎない 投稿者:時代遅れ 投稿日: 5月 6日(火)07時29分17秒
 
 

もはやICFのフォーラムはまともな聖書信仰のクリスチャンの行くところではない、と言ったけど、あそこの管理人はもはやカトリックに改宗したんだそうな。何だあそこはカトリックのフォーラムになったのか。プロテスタントが排除されても当然だ。まさにエキュメニカル運動の行き着く先が見えた。結局、プロテスタントをカトリックが吸収するための運動じゃん。そのうち新共同訳も使わなくなってカトリックの聖書でなければ駄目と言い出すかもしれない。うちの教派は新共同約聖書を使うことと進化論を承認することをすると追放されるような所だからICFのフォーラムなど論外だ。ICFのフォーラムはもはやただのカトリックの宣教場所になってしまった。ネット上のカトリック教会も同然だな。あそこに行くとカトリックに改宗させられるな。危険な場所だ。

 

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黙っていろと? 投稿者:罪人A  投稿日: 5月 6日(火)07時14分01秒
 
 

よく一連の発言をご覧下さい。

森永氏の以下の発言

|ブッシュは根本的にアラブ世界の状況を理解していないか、それとも理解した上でわざと「文明|の衝突」を煽ろうとしているのかどちらかでしょう。
 
 

に対し、

時代遅れ氏は

|イスラム教の指導者にも伝道するのが聖書の精神なのですから、文明の衝突と言われようが聖書|の精神に従うのがキリスト教徒のつとめです。

と発言なさっているわけです。

この一連の流れの中では大多数のものは、ブッシュはキリスト教を伝道しようとして戦争を起こしたと発言しているしか思えないわけです。
 
 

|神の摂理は人間のいかなる意図をも利用するのだということを言いたかったわけですが伝わらな|かったようです。
 
 

彼は好き勝手に行動してよいと言いたいのですか?それにたいして異議を唱えることは許されないとでも?王権神授説のルイ14世みたいですね。御心に反しているのであれば、いずれ崩壊するからそれまで待てと。
 
 

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人間の意図が実現するわけではなく神様の意図が実現するのです 投稿者:時代遅れ 投稿日: 5月 5日(月)21時50分40秒
 
 

>ブッシュがキリスト教を伝えようとして戦争を起こしたかのような発言には大いに疑問が残ります。
 
 

先の発言は、その様な主旨で発言したつもりではありません。神の摂理は人間のいかなる意図をも利用するのだということを言いたかったわけですが伝わらなかったようです。ブッシュ大統領が何を考えて行動しようとしても神の摂理に反した行動は実現しません。戦争という、現象の表面だけを見ているのは良くないと思います。人間の意図通りに物事が実現するわけではなく、神の摂理通りに物事が進んでいくわけです。人間の視点で物事を簡単に考えるのは軽率だと思います。私はこの戦争にどの様な神の摂理が隠されているのか知りたいと願っています。神が承認されなければ戦争に限らずいかなる出来事も起きません。そのことをよくお考え下さい。
 
 

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その通りです 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 5日(月)07時41分09秒
 
 

罪人Aさま
 
 

彼は伝道者ではありません。わが国(合衆国)の大統領です。

しかし、彼の行った決断によって、福音の伝播が早められる

ことはありえます。
 
 

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大いに疑問 投稿者:罪人A  投稿日: 5月 5日(月)07時20分06秒
 
 

そもそも、ブッシュがキリスト教を伝えようとして戦争を起こしたかのような発言には

大いに疑問が残ります。
 
 

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アッラー 投稿者:欄版  投稿日: 5月 4日(日)21時55分00秒
 
 

アラビア語で神をイラーハと発音します。それは確かにへブル語のエロアハやアラム語のエラハーと語根は同じです。しかしアッラーはイラーハに定冠詞アルを加えた形で文法上必ずしも同じではありません。まして旧約時代の人々がアッラーとアラビア語を発音していたとは歴史学上、言語学上決して正しくありません。
 
 

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無理な質問のようですが 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 4日(日)21時52分59秒
 
 

罪人Aさま
 
 

横レスですが、聖書には戦うために召された登場人物が沢山おります。

ヨシュア、ギデオン、サムソン、ダビデ、エズラなどがその代表です。

彼らも拡張解釈上キリストの弟子です。ブッシュがキリストの弟子で

あるとは云いませんが、少なくとも、クロス大王やネブカドネザルの

ように神の摂理を行うために異邦人の中から選ばれた人であると考え

られます。
 
 

アメリカのSDA世界総会も同じ見解です。それでよろしいではあり

ませんか。
 
 

時代遅れさんのお考えや如何に。
 
 

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イラクからのニュース 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 4日(日)09時30分21秒
 
 

こちらで入った情報によると、バグダッドにいるSDA信徒の数はおよそ200名

であり、ミッショナリーの調べでは、この内で、わが国(合衆国)の攻撃作戦に

よる信徒の死傷者は奇跡的に無かったのだそうです。一人の信徒の家が爆風で窓

ガラスが何枚か割れたのが最大の被害だったとの由。
 
 

広島に原爆が投下された時に広島の信徒に犠牲者が出なかった事、関東大震災の

時天沼教会員がちょうど礼拝中であったのに一人も犠牲者がなかったという奇跡

の故事を思い起こさせます。もちろん犠牲者が一人も出なかったということが必

ずしも神の是認の証明ということにはなりませんが、少なくとも憐れまれて守ら

れている証拠であります。主をほめよ、Praise the Lord!
 
 

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弟子たちに 投稿者:罪人A  投稿日: 5月 4日(日)08時41分52秒
 
 

イエスキリストの弟子の誰が、ブッシュのような形でキリスト教を広めようとしたか

教えてくださいますか?
 
 

>>時代遅れ
 
 

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欄版さん、ご登場お願いします 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 3日(土)22時23分25秒
 
 

下に森永さんが紹介しているムスリム側の神の名前の主張をリンク(英文)を、

今読了しましたが、結構、面白いです。私がコメントするのもいいですが、でき

れば欄版さんの専門的なコメントをお願いしていいですか。私が言っても多分月

並みなコメントで終わってしまうともったいないので、よろしくお願いします。

http://www.answering-christianity.com/allah.htm
 
 

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対等でない文明同士に衝突はない 投稿者:時代遅れ  投稿日: 5月 3日(土)22時14分29秒
 
 

イスラム教の指導者にも伝道するのが聖書の精神なのですから、文明の衝突と言われようが聖書の精神に従うのがキリスト教徒のつとめです。私はイスラム教の人々に宣教師が派遣されキリスト教徒になるイスラム教徒が増えることを祈っております。これを文明の衝突と言うならばイスラム教徒は聖書の教えを理解していないことになります。強固なイスラム教国のイスラム教徒、とりわけイスラム教の指導者が聖書の教えを受け入れるように働くことこそ、神の国の民であるキリスト教徒の義務です。私の教派はマッカーサーが日本にはキリスト教が必要だというアピールのもとに日本に生まれた教派なので、当然、当時の日本に比較されるイラクにも宣教師を派遣するのは、受けたものを返すという意味で義務であります。それが聖書の神の願うことです。文明の衝突というのはキリスト教を理解されない学者の戯言です。聖書の神だけが真の神である以上、他の神は神でないし、他の文明と対等とも判断しません。対等でないもの同士が対立しても文明の衝突とは呼びません。傲慢と言われようがこれが聖書の精神であり、聖書の神と対等のものがあると考える方がよほど傲慢であります。その様な傲慢は聖書の神に対する、その神を信仰する人に対する侮辱です。これを非難されるならば聖書を非難するのとイコールであり、聖書を認めていないことを宣言することになります。

 

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神の名 投稿者:森永/大阪  投稿日: 5月 3日(土)21時58分29秒
 
 

http://www.answering-christianity.com/allah.htm

神の名についてイスラーム教徒の側からの論です。

「ヤハウェ」は「主(Lord)」であって、神は「アラー」なのだ。イスラーム以前のキリスト教徒・ユダヤ教徒も「アラー」と発音していたはずだと主張しています。

http://www.answering-christianity.com/allah.htm
 
 

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>イザヤ61章 投稿者:森永/大阪  投稿日: 5月 3日(土)21時48分11秒
 
 

旧約聖書を引用するのが問題なのではなく、どこをどういう文脈で引用するかが問題です。

もし、米国大統領がヨシュア記を引用して対日原爆投下を正当化したら、日本人の大多数は不快に思うでしょう。

現在、アラブ人の大多数は米国の対イラク戦争と占領が「新たな十字軍」だと考えて嫌悪しています。こういう時にわざわざこのような発言をするのは、ブッシュは根本的にアラブ世界の状況を理解していないか、それとも理解した上でわざと「文明の衝突」を煽ろうとしているのかどちらかでしょう。
 
 

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イスラム教の指導者にも伝道するのが聖書の精神 投稿者:時代遅れ  投稿日: 5月 3日(土)00時40分39秒
 
 

私の教派はアメリカが本家ですが、世界中に宣教師を送っています。もちろん、イラクにも宣教に行く人が出ることは間違いないでしょう。イランには宣教師を送ってはいないみたいですが、本当ならばイランにだって宣教に行きたいでしょう。もちろん、他のすべてのイスラム国家にも宣教師を派遣する意志があることはあきらかです。日本の私の教派でさえ、すべての国に、特にすべてのアジアの国へ聖書の教えを宣教しようという運動をしています。ですからそのうちイラクにもイランにも私の教派から宣教師が派遣されるでしょう。その時に、はいいいですよとはそれらの国々は言わないと思いますよ。すべてのイスラム教徒はたとえイスラム教の指導者であっても伝道の対象になる、というのが聖書の教えなわけですからね。その時に、イスラム教がどんな宗教かわかると思います。

 

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ビデオ イッソヨ 投稿者:第7日安息日イエス再臨教  投稿日: 5月 2日(金)21時44分43秒
 
 

北海道放送製作の辰口信夫(男?)医師のドキュメンタリー番組でしたら

私がVHSテ?プに録画しましたが、それでよろしいのでしょうか。

でもそのテ?プは諸般の事情で今韓国のソウルにあるのですが。

もし、もう他の方から提供されたのであれば必要ないでしょうが

いかがですか。
 
 

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イザヤ61章 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 2日(金)19時23分34秒
 
 

>ブッシュ演説、旧約聖書引用 イスラム諸国の反発も

>----------------------------------------------------------------------------

>ブッシュ米大統領は1日のイラク戦争の戦闘終結演説の末尾で、米軍が世界にもた

>らす「希望のメッセージ」として旧約聖書のイザヤ書を引用し、「捕らわれ人(びと)

>には、出(い)でよと、闇に住む者には身を現せ、と命じる」(新共同訳による)

>と述べた。

>圧制下のイラクに苦しむ人々を「解放」した軍事作戦の成果を強調した発言と読め

>るが、聖書からの引用には、「異教徒の進駐」に警戒を示すアラブ、イスラム諸国

>からの反発も予想される。「捕らわれ人」とは、紀元前6世紀にバビロン(今のイ

>ラク)に捕囚されたユダヤ人(ユダの民)を指しており、イスラム側から見れば、

>フセイン政権の脅威にさらされていたイスラエルへの支援とも受け止められかねな

>い表現になっている。(本日の朝日新聞の報道)
 
 

イスラムが旧約聖書を尊重しているなら、ブッシュがイザヤ書を引用したから

といって反発などする訳がないというのに、これはどうした事でしょう?

それとも、これは宗教音痴の朝日新聞が書いたただのボケ煽り記事でしょうか?

森永さんのご意見は如何。
 
 

ちなみにブッシュが引用したのは、イザヤ61章、イエスがユダヤ人の前でシナ

ゴーグで読み上げられて拒否された聖句、戦いと平和と和解の驚異の聖句です。

これを引用したブッシュは神に用いられていると信じられます。
 
 

PS: イザヤ61章は、私の召しのテーマ聖句でもあり、また、これによって

私と家内の出会いとなった聖句でもあります。
 
 

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覆すの意味 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月 2日(金)17時01分36秒
 
 

もちろん、我々クリスチャンもまた終わりの日には裁きの座につかねばならないでしょう。

ですから、「マジョリティーを覆す」というのははったりでも偽りの信仰でもいいから異教徒を

改宗させるということを意味しません。しかし、我々クリスチャンが地を治めるように聖書によ

って命じられているのであり、また全ての地上に福音がのべつたえられるまでは終わりの日はこ

ないとあります。
 
 

私の愛する日本は聖書の真理によって治められていないし、日本の隅々に福音が述べ伝えられて

いるとは言えません。それを妨げている最大勢力が神道であり仏教であるというのが私の認識で

す。これにプラス、マルクス主義の残滓もあるでしょう。

 

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イスラエル 投稿者:にゃんきち  投稿日: 5月 2日(金)16時56分11秒
 
 

イスラエルですごいストライキがおこりそうだと聞きました。私はイスラエルを主が預言を成就

し、主の印として打ち立てられたと信じていますが、この経済難をなんとか乗り越えて欲しいも

のです。それにしても、イスラエルは公務員のスト禁止を法律で定めていないのでしょうかね。
 
 

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発言は慎重に(自戒を込めて) 投稿者:ヤスダ  投稿日: 5月 2日(金)13時49分47秒
 
 

森永/大阪さんと牧師さんへ
 
 

アルツハイマーのことばかりを書いていてご指摘に答えることをすっかり忘

れていました。すみません。
 
 

私は以下のような聖句をもとに、神の名は安息日と同様に真の神と偶像とを

わける一つの要素だと思っていました。つまり、イスラム教の言う神という

のは、アブラハムの神と言っておきながら実際にはこの世の神(2コリント

4:4)を拝しているだけなのではないかと言いたかったのです。
 
 

  1コリント 8:5,6 というのは、たとい神々といわれるものが、あるいは天に、

  あるいは地にあるとしても、そして、多くの神、多くの主があるようではあ

  るが、 わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである。…
 
 

  マタイ 6:9 だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、

  御名があがめられますように。
 
 

  詩篇 83:18 主(’’)という名をおもちになるあなたのみ、全地をしろしめ

  すいと高  き者であることを/彼らに知らせてください。
 
 

  出エジプト 3:15 神はまたモーセに言われた、「イスラエルの人々にこう言い

  なさい『あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神で

  ある主(’’)が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と。こ

  れは永遠  にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。
 
 

  イザヤ 42:8 わたしは主(’’)である、これがわたしの名である。わたしは

  わが栄光をほかの者に与えない。また、わが誉を刻んだ像に与えない。
 
 
 
 

ですが、よく考えてみるとイスラム教が

  ユダヤ教徒やキリスト教徒は、神から与えられた啓典 ―すなわち、 『旧

  約聖書』や『新約聖書』― を隠蔽(いんぺい)し、改窺(かいざん)し、あ

  るいは使徒を神格化するといった誤りを犯した。そこで神は、最後にマホメッ

  トという使徒を遣わしてこられ、『コーラン』という正しい啓典を  与えら

  れたのである。

と言っている以上、これらの上の聖句も隠蔽・改窺しているということになり、イ

スラム教にとっては神の名は関係ないということになってしまいますね。
 
 

でも、そう言ってしまうと、聖書の言葉によってイスラム教からキリスト教への改

宗を促すというのは、かなり大変なことですね。
 
 

神の御名の読み方はヤーウェ、エホバ、ヤハウェの内のどれかはあってると思って

いたのですが、今でははっきりわからないのですか。ユダヤの人達に口伝として伝

わっているのだろうと思っていました。
 
 

以上です。ありがとうございます。
 
 

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SDAは大人の信仰を持て 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 2日(金)08時34分21秒
 
 

時代遅れさま & その他の読者様
 
 

手を組んでいると思われるのは確かに愉快ではありませんよね。しかし、明らかに

異なる意見を持っているが、参考意見として紹介するというのが良いと思います。

私もリベラリストと無分別に同調してまでキリスト教や聖書信仰を伝道する必要は

無いと考えます。信仰の基本に忠実に歩んでいれば、いつか必ず証しを立てること

が出来ます。私は楽観的です。
 
 

因みに、SDA教会や個人のHPは、およその趨勢を把握しておりますが、その中

で私の嵯峨野教会HPをリンクしているものは一つもありません。以前柴田義先生

のHPが太っ腹でリンクして下さっておりましたが、今はそのHPは影も形も無く

なってしまいました。一部には、嵯峨野教会をリンクするなという通達もあったと

か。それでリンクすると誰かから叱られるのではないかと考えていた人もあったよ

うです。しかしですね、そんなことでひるむような根性の無さではとても求道者の

成長する謙遜な心を維持する事は出来はしません。硬直した組織の中で信仰が腐敗

してしまいます。意見が異なるのは世の常人の常として割り切って、寧ろ意見の違

いの間の行間からも神の摂理を読み取る大人の信仰者になって欲しいと思います。

現状のSDAの教会に最も欠けているのは求道者の精神の成熟です。それを回復し

た上でセブンスデーアドベンチスト嵯峨野教会をリンクするなり批判するなりして

ご愛読下さる事を幸甚に思う次第です。どうぞよろしく。

 

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そういえば 2 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 2日(金)08時21分16秒
 
 

辰口青年のテレビ放送を運良く録画された方はおられませんか。おられましたら、探し

ておりますので、コピーを戴きたいと思います。実費・送料・薄謝を差し上げますので

お持ちの方は、上をクリックして私にメールをお送りください。
 
 

そういえば、最近、私ともう一人のクリスチャンの方が、小林よしのりの「ゴーマニズ

ム宣言」という漫画に描かれて揶揄されたのだそうです。私は見ていないのでわからな

いのですが、どうも、聖書の世界観に従ってアメリカを支持し戦争を受容しようという

趣旨の意見をある掲示板に書いたのが波紋を呼んだのか、逆鱗に触れたのか、なにかし

たらしいです。あとでそれが見つかったら、記念に手に入れて、娘と一緒に笑いたいと

思います。下のリンクに学校に貼り出されて高い評価を得た娘の詩を保存しました。こ

の詩が成功したのは、反戦でもなければ、好戦でもないという微妙できわどい立場を、

簡単な英語表現で鮮明にすることができたからだと言われています。

http://members2.tsukaeru.net/kenko/
 
 

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もはやICFのフォーラムはまともな聖書信仰のクリスチャンの行くところではない 投稿者:時代遅れ 投稿日: 5月 2日(金)00時49分03秒
 
 

あそこはもはや聖書信仰も捨てているので私はもはやあそこをキリスト教徒の集まりだと思っていません。管理者が聖書信仰のクリスチャンを排除している現状では、あそこと手を組んでいること自体神に喜ばれないと思っています。私もあそこで発言をしていたことがありますが、管理者に聖書信仰の立場に立って聖書信仰を捨てていることを批判して発言を削除されてしまいました。あそこはもはや腐敗しています。

創造論科学的再検証会議室で発言された青野さんに聞くと良いと思います。彼も正論を吐きながらICFの掲示板から排除されました。私はその経緯を見て、ICFは腐敗してもう駄目だと判断しています。あそこは聖書信仰を捨てています。そのことを忠告することもできません。管理者がその発言を直ちに排除しています。聖書信仰はあそこではイスラム原理主義と同じことであり、カルト宗教とも同じことです。あそこと手を組むのは止めた方が良いと考えています。手を組んだためにマイナスになることは間違いありません。
 
 

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「 ’’ 」 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 5月 1日(木)19時44分30秒
 
 

ヤスダさま
 
 

>>聖書よりもコーランが正しいと言っておきながら神の名もでてこない。これはおかしいと感じますがイスラム教の人たちはどうおもっているのでしょうか。

>よく疑問の意味が分からないのですが?神は名無しではいけないということでしょうか?
 
 

森永さんと同じく、実は私も意味がよくわかりませんでした。

できればもう少し疑問点の説明をお願いします。

ちなみに、旧約聖書トーラーの原典では、神の名前はエホバ

でもヤーウェでもなく、”’’”(へブル文字のヨッドの二連打)

で表示されています。これをどんな発音で何と読んだのかは

バビロン捕囚以前のトーラーが神殿の聖所にのみあって、祭

司に安息日ごとに読み上げられていた時代に伝えられていた

時まではわかっていた人がいたと思いますが、今となればわ

かりません。
 
 

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生涯学習 投稿者:ヤスダ  投稿日: 5月 1日(木)00時20分50秒
 
 

牧師さんへ
 
 

牧師として、そして医者としての見解ありがとうございました。

どんな立場にいても真摯に学び続けるというのは大切ですね。

人の命にかかわる要職にいる人達は特にそうです。すばらしい

仕事だけれども、その分やらねばならないことが多い。本当に

責任感のある人でないと勤まりませんね。
 
 

ジャック・セクエイラ(辻好文牧師訳)の本を読み始めています。

大切な”グッドニュース”がわかりやすく書かれていると思います。
 
 

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そういえば 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月30日(水)19時24分30秒
 
 

私の義父は15年前パーキンソン病になりましたが、罹り始めの昔衛生病院の医者に診ら

れて「パーキンソンは不治の病気、死ぬのを待つのみ、もう来なくていい」と言われた

のだそうです。それで失望して他の病院に行った所、徳島大学医学部の大学病院を紹介

され、そこで手術適応例と判定され、それにふさわしい外科手術が行われて、現在もよ

くやっています(もちろんパーキンソンはアルツハイマーとは違うので、アルツハイマ

ーも手術ということにはなりませんが、念のため)。義父にとって良かったことは、末

端の病院が早く気がついて、最新医療のメインストリームに速やかに送ってもらえた事

です。また最近も同業者のMLで、パーキンソンになったが、指圧自然療法の先生が来

て「薬は内臓を破壊するからダメだ」とか言われて、何年も無薬のままで寝たきりにな

っていた人が往診で見つかって唖然となったという医師の感想が話題になりました。

医者も牧師も勉強しない人は困ったものです。

 

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類似 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月30日(水)19時04分53秒
 
 

ヤスダさま
 
 

>なぜこうも医師によって見解が違うのか不思議でなりません。医学会

>などにより、すべての医師が共通した認識を持っているのが当然では

>ないのかと医学関係者でない私は思ってしまうのですが、これはどう

>してなのですか?
 
 

一定の診断基準に従う限り、こうした診断や意見のばらつきはもっと小さくすること

ができる性質のものです。みんなが聖書の本来のみ言葉に立ち返るなら、教会にも一

致がみられるようになるのと似ていますね。
 
 

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各医師による見解の相違はなぜ? 投稿者:ヤスダ  投稿日: 4月30日(水)15時02分20秒
 
 

お医者(牧師)さんへ
 
 

医者によって診断が違うというのはある程度実感がもてます。アルツ

ハイマーになってからというもの、頭痛、耳痛、胃痛、目の痛み、さ

まざまな症状を訴えています。頭痛がすると言った1分後には耳が痛

いと言うなどコロコロ変わります。専門医に診てもらっても問題ない

といわれるのがおちです。

主治医はそれはアルツハイマーの特徴とはいえないと言っていました

が、新聞の痴呆症に関する特集などを見ると痛みを訴えたり、常に不

安がるというのが特徴だと書いている医者もいます。確かに常に薬の

心配をしたり、一人になると不安なので、家の中を歩き回ったりとい

った不安症状が明らかに見られます。
 
 

なぜこうも医師によって見解が違うのか不思議でなりません。医学会

などにより、すべての医師が共通した認識を持っているのが当然では

ないのかと医学関係者でない私は思ってしまうのですが、これはどう

してなのですか?
 
 

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やや同情的 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月30日(水)07時29分01秒
 
 

ヤスダさま
 
 

「たわごと」なりに同情いたします。これはアルツハイマーに対する誤解と偏見が大いに

絡んでいるものと思います。一般に他に何も病気がなく、ただ痴呆だけが問題であるとい

う患者はケアされているなら、それだけでも結構長く生きます。アルツハイマーが死亡原

因の第八位と書いてありますが、死亡した時点で痴呆を持っていたという診断をされたの

が第八位というのであり、死亡原因という訳ではありません。そのへんの事がきちんと説

明されないのは問題でしょう。また私のクリニックにアルツハイマーとして送られてくる

患者のほぼ半数は誤診であり、曖昧な診断基準でアルツハイマーではないもの、一過性も

しくは可逆性の良性の高次神経機能失調をALZにしたり、逆にもっと悪性の痴呆疾患を

ALZだと診断して、それに従って不適切な治療を受けている場合も少なくないのが実情

です。痴呆だけが症状であと何も健康の問題が無い人がアルツハイマーで数年で死んでし

まうということはありません。その場合は診断が間違っていたと考えるのが順当です。ち

なみに多重人格症はアルツハイマー症の特徴ではありませんので、それが見られる場合は

別の疾患を疑って下さい。アルツハイマーの人はそんなことでは不安になりません。また

言うまでも無いことですが、致命的疾患という言葉は病気を持った患者にとって致命的と

いう意味のみに使われます。
 
 

教会にもそういう病気を家族に抱えた人が沢山来ておられると思います。健康の使命が与

えられている教会が、ロマリンダの間違った記事を丸写しするだけで、そういう人達に正

しいインフォメーションを与えられなくてどうするのか?と思います。
 
 

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アルツハイマー 投稿者:ヤスダ  投稿日: 4月29日(火)22時11分03秒
 
 

牧師さんへ
 
 

医学の知識がない者のたわごとと思って聞いてください。
 
 

『致命的というのも間違いです。アルツハイマーが死因で死ぬ人はいません』

とありましたが、患者の家族からみるとそうは思えません。(祖母がアルツハ

イマーです。)
 
 

自分が誰か、家族が誰かもわからない。自分の家にいてもそこが自分の家とは

わからないのでいつも家に帰りたいと不安になっている。多重人格者と変わら

ないような気がします。それでも多重人格は自分だとわかる時間があるがアル

ツハイマーはいつも自分が何者かわからない。本人はすべてを忘れてしまって

います。患者本人ではないので言えることですが、忘れている方はまだ楽なよ

うに感じます。すべてを忘れられている家族としてはこの病気は本当に致命的

です。
 
 

もちろん手をこまねいているわけだはなく、病院に行き、アリセプトなどの抗

アルツハイマー薬をためしたり、この病気はどうしたら改善するかなど新聞や

ら色々なところで調べています。例えば、
 
 

・「読み・書き・計算」で痴ほう改善

・痴呆症ケア「ドールセラピー」

・軽い運動で脳活性化

・お手玉で痴ほう防止、記憶力増す

・痴ほうリハビリにパソコンを活用

・高齢者施設、動物とふれあう活動盛ん 痴ほう治療でも効果

・DHAやPSマローの投与

など情報を集め実践できるものはしています。
 
 

ですが、それらで進行を遅らせることはできても改善することは難しいなとい

うのが実感です。

あと、アルツハイマーが直接の死因で亡くなるというのはないのかもしれません

が、アルツハイマーが起因となって亡くなる方は多くいると思います。

発病してから何もしなければ、確実に寿命は縮まります。数年で亡くなるケース

もあるはずです。
 
 

もちろん患者によって違うでしょうが、今のところアルツハイマーは致命的だと

家族にとっては思わずにはいられません。
 
 

なにか愚痴めいたことを書いてしまいました。すみません。
 
 

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出版物の案内 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月29日(火)07時58分01秒
 
 

三育学院卒業生の辻好文氏が、SDA世界総会牧師のジャック・セクエイラの

Beyond Beliefの訳本を出版しました。関心のある方はご覧下さい。私は読んで

いないので内容はわかりませんが、セクエイラの書いた聖書研究教材は当教会

HPでも収録しておりますので(聖書のクラッシュコース http://member.nifty.ne.jp/GingaNet/justindex.html)、

恐らくそれに準拠した内容と見られます。買うかどうかはそれをご覧になられ

てから決められてもよいでしょう。

http://www.naxnet.or.jp/~cat/data/ta3-04-16es.html
 
 

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はったりはよくない 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月28日(月)03時43分21秒
 
 

>●アルツハイマー病研究のための助成金を受ける

>(ロマリンダ) ロマリンダ大学医学部神経外科研究センターは最近、国立健康

>研究所から655万ドル(約7億6千600万円)の助成金を受けた。これはアルツハイ

>マー病の研究に用いられる。疾病予防センターによれば、専門家が「致命的」と

>呼ぶこの病気はアメリカ合衆国で8番目の死亡原因とされている。同大学の研究者

>によると、アルツハイマー病は治療可能であるが、その前に病気の原因を突き止

>める必要がある。研究チームは目下、アルツハイマー病の初期診断のための診断法

>を開発中である。集団検診も効果的な方法で、現にアルツハイマー協会主催の予備

>的集団検診はすでに始まっている。ロマリンダ大学医療センターは1905年にSDA教会

>によって設立され、特に心臓移植手術、前立腺がん・乳がんの非侵襲性陽子線治療

>の分野で国際的に有名である。

http://www.sda.or.jp/LIFE/2003/05/4275.html
 
 

上のような記事がライフの五月号に載っていました。看過し難い問題のある記事です。

はからずも同じアルツハイマーの専門家になってしまった愚昧なる私が申し上げます

と、アルツハイマーはようやくその病理メカニズムが理解されつつある段階であり、

未だ決して治療可能疾患ではありません。ですから、治療可能だと言い切るのは、は

ったりであり、世間から相手にされなくなってしまいます。また「致命的」というの

も間違いです。アルツハイマーが死因で死ぬ人はいません。専門家がそう言ったとい

うのはどこの何の専門家なのかとはっきりと見識を疑います。
 
 

そもそも上の文は、ロマリンダ大学メディカルセンターのホームページ

(http://www.llu.edu/news/)に載っていたニュースから翻訳されたものですが、既

にこのHPからは上のニュースの原文は削除されています。しかし、脳外科はアルツ

ハイマーを治療する分野ではありません。どうして脳外科がアルツハイマーの研究を

しているのか、それにはいろいろ理由がありますが、下で触れましたように、前任の

神経内科教室が不祥事で信用を失い、リサーチの主導権を失って脳外科に乗っ取られ

たからであろうと思われます。もはや属していないとはいえ、かつて自分のいた所で

すから、やや恥ずかしいです。
 
 

神から離れて人間の権力と金銭に頼るものは祝福されません!

 

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ポイしてよし>JWの偽聖書 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月28日(月)00時51分12秒
 
 

森永様
 
 

そうですね。私共は、そもそも、ものみの塔の使っている「聖書」を聖書とみなしておりません。

ユダヤ教がキリスト教を異端とみなす根本理由は、イエスがメシアとされていることであろうと

思います。彼らはメシアは純然たる人間でなければならず、神であってはならないと主張してい

ます。原罪論(アウグスチヌスの作ったアーチファクト神学ですが)はともかくとして、贖罪論

は本質的にユダヤ教の教理由来のものですから、贖罪論はそんなに否定はしていないと思います。
 
 

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異端 投稿者:森永/大阪  投稿日: 4月27日(日)21時23分57秒
 
 

>聖書よりもコーランが正しいと言っておきながら神の名もでてこない。これはおかしいと感じますがイスラム教の人たちはどうおもっているのでしょうか。
 
 

よく疑問の意味が分からないのですが?神は名無しではいけないということでしょうか?
 
 

>そうすると、イスラム教というのは、統一教会やものみの塔と同じようなものと考えてよい訳ですね。あの人達も、自分の所で勝手に作った文書を「聖典」にして聖書よりもあがめている訳でありますから。
 
 

「ものみの塔」というのは「モルモン教」の間違いでは?

統一教会には「原理講論」があり、モルモン教には「モルモン書」がありますが、ものみの塔にはそのようなものはありません。ひょっとすると、彼らの使用する聖書が、彼らの教義に則った翻訳であり、もはや聖書ではないので「原理講論」とか「モルモン書」と同レベルだと言うことでしょうか?たしかにものみの塔版の聖書の問題点は広く指摘されています。
 
 

これらの宗教がキリスト教から「異端」と呼ばれるのは、それが「キリスト教」と名乗っているからです。イスラーム教はキリスト教と名乗っていませんから「異端」ではないと思います。
 
 

ユダヤ教から見ればキリスト教が「巨大な異端」でしょうね。原罪論や贖罪論などはユダヤ教から見れば噴飯物らしいですし。
 
 

ところで、ある教会のサイトを見ると、「異端」として、上記の三大異端(ものみの塔、モルモン教、統一教会)の他に「カトリック」「幕屋」「SDA」「復活のキリスト教会」も挙げられていました。最後のものは良く分からないのですが、カトリックやSDAも異端というところがあるのですね。
 
 

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ご指摘感謝 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月27日(日)17時41分11秒
 
 

にゃんきち様
 
 

ご指摘を感謝いたします。
 
 

ICFとは行きがかりの縁でリンクをしていますが、もちろん彼らの思想を全面支持し

てのリンクではありません。あそこにはご指摘のようにエキュメニカルな傾向のある

掲示板でありカトリックだけでなく、クリスチャンフォーラムという名前を名乗って

いるので、不特定のクリスチャンが集まります。そういう不特定のクリスチャンが当

ページ等へのリンクによって、同じクリスチャンといえども異なる世界観、世界の問

題を見る視座があるという事を知りうるチャンスとしたいと考えて、あえて相互リン

クを行っている次第です。そのような趣旨でありますので、よろしくご理解下さい。
 
 

また、「マジョリティーを覆す」と言われますが、これは賛同者を集めて数で逆転さ

せるという意味でしょうか。私共は、何が良いか悪いかの宗教のジャッジメントは多

数決によらないのではないかと考えております。
 
 

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嵯峨野教会牧師様へ 投稿者:にゃんきち  投稿日: 4月27日(日)12時47分33秒
 
 

私自身は私の愛する日本の霊的現状を考えれば、今のところは宗派間の争いをしている場合ではな

いと考えているのですが(神道と仏教のマジョリティーを覆すことのほうが先決)、牧師様のトップ

ページに「新共同訳不使用バナー」と「ICF」へのリンクが共存しているのはいささか奇異に見え

るように思いました。ICFは明らかにカトリック寄りでありますので。お気に触わる余計な指摘で

あることを恐れるのですが、どちらかのバナーを取り外されたほうが一貫性を保てるのではないか

と思いました。
 
 

証しを読ませていただきましたが、牧師様の勤勉さと才能と信仰を貫く決意に感銘いたしました。

では、また。

 

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これも証し 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月26日(土)10時11分49秒
 
 
 
 

この記事の全文を読みたい人は下をクリック!
 
 

http://member.nifty.ne.jp/GingaNet/zao.html
 
 

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宗教の自由があるからこそ? 投稿者:弱き者  投稿日: 4月26日(土)06時56分12秒
 
 

嵯峨野教会牧師様、お久しぶりでございます。
 
 

この新名氏の文章は楽観的といいますか、何ともピリッとしない文章だと思います。

SDAの信徒数が増加する背景で、失われていく魂の何と多いことか。

目に見える信徒数の増加のみを取り上げているようでは、SDAの将来は暗いです。

もっと、失われていっている魂の多さに気づくべきであり、対応を考えるべきです。

さもなければ、せっかくSDAに加わった魂も失われていくでしょう。
 
 

それに、新名氏は「宗教自由のある間に伝道に全力を尽くすべきではないだろうか」と述べておられますが、これがそもそもおかしな話であります。

伝道は、宗教自由がある時に腐敗し迫害という逆境の中で育ってきた背景があります。

この生ぬるい環境の中においてこそ、目を覚まさなければならないのです。

宗教自由の時は忍び寄る腐敗に目が閉じやすい時期でもあります。
 
 

とにもかくにも、楽観的な見解を述べているようでは将来はありません。

もっと伝道においてもSDAのあり方についても危機意識を持たれるべきでしょう。
 
 

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何のための宗教自由なのか 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月26日(土)03時52分10秒
 
 

SDA信徒に無料で配布される教会機関紙「ライフ」4月号にこのような

投稿記事がのせられました。
 
 

論説 新名忠臣

宗教自由と伝道
 
 

 世界的に見ればセブンスデー・アドベンチスト教会は最も著しい成長をしているキリ

スト教会の一つである。最近の情報によれば、世界の約二〇〇か国に約千三〇〇万人の

信徒を有している。一年間に約一〇〇万人が教会に加わるので、一日に二千七〇〇人以

上の人々が受浸している計算になる。もし未受浸者の子供たちを加えれば、約二千万人

の大家族になるといわれている。信徒数が急増するアフリカでは今年になって新しい支

部が追加され、世界支部の数はこれまでの一二支部から一三支部へと増加した。現在の

増加率で教会成長が続けば、二〇一〇年には信徒数は二千六〇〇万人以上に達すると予

想されている。

 さて、このような素晴らしい成長を遂げるためには、少なくとも一つの条件が必須で

ある。それは宗教自由(信教自由)である。宗教自由がなければ伝道はできない。宗教

自由とは、どんな宗教でも信じることができるし、逆にどんな宗教をも信じないでいら

れるという自由である。すなわち、「すべて人は、思想、良心及び宗教の自由を享有す

る権利を有する。この権利は、宗教又は信念を変更する自由並びに単独で又は他の者と

共同して、公的に又は私的に、布教、行事、礼拝及び儀式によって宗教又は信念を表明

する自由を含む」。これは国連総会で一九四八年に採択された世界人権宣言の第一八条

に明記されている。それにもかかわらず、現実においては、ここ数年、世界各地で宗教

自由が脅かされている。宗教自由の脅威は、民族紛争、戦争、政府による宗教弾圧、巨

大宗教による弱小宗教への圧迫、異宗教間闘争、テロ、その他によって生じる。

 その例を、セブンスデー・アドベンチスト教会が過去数年間に経験した宗教自由の侵

害に限って紹介してみよう。中国では法輪功に対する政府の弾圧はよく知られているが、

私たちの教会も被害を受けている。ある地方で五つの教会堂が当局によって破壊され、

五つの教会が封鎖された。ベトナムでは六九年間の歴史を持つ教会堂を政府当局が倒壊

した。インドネシアではイスラム過激派暴徒によって四つの教会が焼かれ、手製爆弾で

窓を破壊された教会が一つあった。中央アジアは総じてイスラム勢力の強い地域である

が、タジキスタンでは教会に爆弾が投げ込まれ窓が破壊された。トルクメニスタンでは

政府当局によって一つの教会が破壊され、牧師が逮捕されるという事件が起こった。ア

ゼルバイジャンでは牧師家族がテロ活動の容疑者にされて退去させられた。モルドバで

は安息日の勤務を拒否した三人の婦人たちが解雇された。ベラルーシでは三つの教会が

放火され焼失した。一方、アフリカでは、イスラム教とキリスト教の衝突が頻発するナ

イジェリアにおいて地方当局が一つの教会を壊滅した。こうした問題に対して、世界総

会、支部、及び教団宗教自由部は賢明にかつ勇敢に対処している。

 さて、現在の日本はといえば、完全とはいえないまでも、ほぼ宗教自由は保障されて

おり伝道に差し支えることはない。しかし、この自由がいつまで続くかはわからない。

私たちの教会は先の戦争で苦い経験をしている。「歴史は繰り返す」といわれる。後悔

することのないように、宗教自由のある間に伝道に全力を尽くすべきではないだろうか。

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新名忠臣

北アジア太平洋支部宗教自由・広報・出版部長及びラジオTV放送・預言の霊担当
 
 

蓋し、教会が成長するのは宗教自由が保障されている間だけだという考え方が

そもそもおかしいと思います。さしたる迫害もなく、状況が穏やかに推移して

きた日本が素晴らしい教会成長を遂げてきたとは全く思われません。よって宗

教自由がなければ伝道ができないというような甘ったれた考え方はまず棄却し

て戴かなければならないと思います。宗教の自由があっても、何も語らず安閑

無為無策で誰かが火をつけてくれるのを待ってぼんやりしているようでは、何

のための宗教自由なのか、と反省が必要ではないでしょうか。宗教が自由でも

語るべきスピリットが無いなら全力を尽くして路傍に出て行っても虚しい事で

しょう。新名氏は、適当にお茶を濁すことなく、そのあたりの問題を、嫌われ

てもよしとして、もっとはっきりと指摘すべきでしょう。

 

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神の名 投稿者:ヤスダ  投稿日: 4月25日(金)18時00分13秒
 
 

アッラーというのがどういう意味なのか知らなかったので調べてみました。

以下のページに書かれていました。

  『イスラム教の神は、よく知られているように”アッラー”と呼ばれている。

   これは、「神」を意味するアラビア語の”イラーフ”に、定冠詞”アル”が

   付加されたもので、英語の "the Gog" に当たる。』

ようするに名無しの神ですよね。
 
 

一方、聖書には

   出エジプト 3:14 神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。

   また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」

   というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」

とはっきり神ご自身が言われていますよね。
 
 

また、同じページに書かれていました。

   しかし、ユダヤ教徒やキリスト教徒は、神から与えられた啓典 ―すなわち、

  『旧約聖書』や『新約聖書』― を隠蔽(いんぺい)し、改窺(かいざん)し、

   あるいは使徒を神格化するといった誤りを犯した。   そこで神は、最後に

   マホメットという使徒を遣わしてこられ、『コーラン』という正しい啓典を

   与えられたのである。
 
 

聖書よりもコーランが正しいと言っておきながら神の名もでてこない。これはおか

しいと感じますがイスラム教の人たちはどうおもっているのでしょうか。
 
 

その点聖書の翻訳についても疑問に思っています。前回の安息日教科にもありまし

たが、旧新約聖書で6828回「YHWH」という神の名が書かれています。それをほ

とんど「主」と訳していますよね。いくら十戒の第3条があるとしても、それとこ

れとは別もののように思います。皆さんおかしいとはお思いになりませんか?

http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/religion/islam.htm
 
 

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ようこそ 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月24日(木)20時49分07秒
 
 

にゃんきち様
 
 

ここにもいらっしゃいましたね。ようこそ。

ところで先に紹介していただいた本ですが、うちの家内が私が読む前に

さっさと持っていって、ひとりでよがってこれはいいと言って読んでい

ます。私も読了すれば、書評を述べたいと思います。多謝。
 
 

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もちろん 投稿者:にゃんきち  投稿日: 4月24日(木)20時20分41秒
 
 

もちろん我々の信仰と日本の仏教、神道との間にも妥協はありえません。
 
 

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コーラン 投稿者:にゃんきち  投稿日: 4月24日(木)20時15分35秒
 
 

某所でお邪魔いたしましたにゃんきちと申します。
 
 

コーランにはイエスキリストは十字架にかかられていない、身代わりに他の人物が十字架にかけら

れたとか書かれています。それなのになぜか、処女受胎を認めつつもキリストは人間の預言者とい

うことにされてしまったり、めちゃくちゃなことになっています。いちおう、福音書はイスラム教

の世界では預言書ということにされてしまっていますが、「一点一句たりとも加えてはならない」

という聖書の大原則にもろに反することをしているのであり、彼らが福音書を重んじている形跡は

見当たりません。
 
 

日本ではとかく「一神教」ということでくくられてしまいますが、イスラム教徒とわれわれの信仰

には妥協すべき点はまったく存在しません。
 
 

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巨大な異端 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月24日(木)19時15分37秒
 
 

森永さま
 
 

>宣教を否定しているというのは誤解です。イスラームの考えでは神が遣わした預言

>者によりユダヤ教やキリスト教が成立したが、最後の預言者を通じて顕わされた聖

>クルアーンによって神の教えが完成したものとされます。新約聖書は認めるが、聖

>クルアーンの下位に置かれます。
 
 

そうすると、イスラム教というのは、統一教会やものみの塔と同じようなものと

考えてよい訳ですね。あの人達も、自分の所で勝手に作った文書を「聖典」にし

て聖書よりもあがめている訳でありますから。我々の社会の中に統一教会とか、

ものみの塔が存在しているという事実は認められていますが、彼らの教えを受容

しているわけではありません。イスラムに対しても同様でよいという事でよろし

いかと思います。
 
 

Re:改宗することが罪なら新約聖書を否定したも同じ 投稿者:森永・大阪 投稿日: 4月23日(水)00時25分19秒
 
 

私はイスラームをきちんと学習したわけではないので誤解している面もあるとは思いますが私の考えを述べます。
 
 

>そのような団体に属している人間からすれば宣教が罪なら折り合う可能性は0です。宣教は新約聖書の命令であり、それを認めなければ新約聖書を認めたことにはなりません。
 
 

宣教を否定しているというのは誤解です。イスラームの考えでは神が遣わした預言者によりユダヤ教やキリスト教が成立したが、最後の預言者を通じて顕わされた聖クルアーンによって神の教えが完成したものとされます。新約聖書は認めるが、聖クルアーンの下位に置かれます。
 
 

無神論者や多神教徒などがユダヤ教やキリスト教に改宗するのは良い(不完全とは言え唯一神を信仰するから)ことですが、イスラーム教徒がユダヤ教やキリスト教に改宗することは悪い(完全な信仰から不完全な信仰に後退するから)ということになると思います。
 
 

SDAで言うと、無神論者がSDA以外のキリスト教に改宗することは良いが、SDAからSDA以外のキリスト教(例えばカトリック)に改宗することは悪いと思います。罪ではないかもしれませんが。
 
 

サウジアラビアなどではイスラム教徒がキリスト教などに改宗すると死刑になる可能性があります。イラク・シリア・ヨルダン・イエメンなどの政教分離・近代化の進んだ国ではそのようなことはありません。イラクのフセイン政権ではキリスト教徒の閣僚もいましたし、国会にはユダヤ教徒議席があります。フセイン政権が倒されたことで、シーア派支配が成立しイランのような宗教国家が成立する可能性があります。アフガニスタンやボスニア・ヘルツェゴヴィナでは米国の後押しでイスラム過激派政権が誕生しました。(アフガニスタンではその後倒されましたが、後継の政権もやはりイスラム過激派です。)
 
 

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御意です 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月22日(火)21時12分44秒
 
 

時代遅れさま
 
 

本来、キリスト教というのはそういう「戦闘的」なものです。

その本質を忘れて「まあまあ、そう興奮なさらず」とか「そこ

は控えて」とか言う性質のものではないし、それを否定するこ

ともあるべからずです。
 
 

魂が、奪い、奪われる、その戦いがこの世界の本質です。
 
 

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改宗することが罪なら新約聖書を否定したも同じ 投稿者:時代遅れ  投稿日: 4月22日(火)20時07分44秒
 
 

私の教派は「すべての国」の人々をキリスト教徒にというモットーがあり、そのモットーが罪ならば折り合う可能性は0です。既にイスラム教の国の幾つかには宣教師を派遣しているし、機会があればイラクに限らずすべてのイスラム教国に宣教師を派遣するのが義務と考えているほどの宣教熱心な団体に私は属しています。そのような団体に属している人間からすれば宣教が罪なら折り合う可能性は0です。宣教は新約聖書の命令であり、それを認めなければ新約聖書を認めたことにはなりません。宣教は新約聖書の記述の一部であり、これを認めない限りイスラム教と折り合う気は更々ない。
 
 

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補足感謝 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月21日(月)21時07分24秒
 
 

森永さま
 
 

イスラムに関する補足をありがとうございます。ある意味で、イスラムの不寛容性が

ユダヤ教の不寛容性と一致していたので、イスラムは本来ユダヤ教に対してキリスト

教以上の寛容性を持てたのではないかと思えます。
 
 

コーランには、エルサレムはユダヤ人のものであるから、ユダヤ人に譲るべしと書い

ています。ところが事実はそうなっておらず、未だに騒乱が続いています。
 
 

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イスラーム 投稿者:森永・大阪  投稿日: 4月21日(月)18時04分13秒
 
 

>ただ、ご存知のように、イスラム教は旧約聖書を尊重しているといわれており、またイエスキリストを預言者として敬意を払っている者もあると言われています。
 
 

イスラームでは旧約聖書だけでなく新約聖書も尊重します。ただ聖クルアーン(コーラン)よりは下位のものと解します。

またイスラームではイェシュアを預言者として尊重します。ただし救世主であることは否定します。
 
 

>れることもありましょう。しかし聖書の神を拒み、イェシュアが救い主・神であることを認めず、モハメットの権威に従わないものを排除するならば、所詮は旧約聖書の共通のルーツを装った偽りの宗教として見なされるのは致し方ありません。SDAの回答は明快です。
 
 

イスラームでは預言者ムハンマドの権威に従わないものを「排除」しません。イスラームでは、ユダヤ教とキリスト教はアラーを崇拝する宗教であると考えています。正しい神を崇拝しているが、正しい預言者を受け入れていないために不完全な宗教となっていると考えます。ですからユダヤ教徒・キリスト教徒も天国に行きます。

ただし、完全な宗教であるイスラームから不完全な宗教であるユダヤ教・キリスト教に改宗すること、また改宗させようとすることは罪となります。

ただしイスラームにもさまざまな学説がありますから、ユダヤ教徒・キリスト教徒は天国に行けないという学説も当然あります。
 
 

イスラームは教義的には決して排他的な宗教ではありません。一部の過激派は当然存在しますが、それは他の宗教でも同じでしょう。キリスト教国では異端審問で絶滅させられたマロン派やコプト教会などがイスラーム国では生き残っていますし、パレスチン(パレスチナ)でも19世紀まではイスラーム教徒・キリスト教徒・ユダヤ教徒が平和的に共存していました。キリスト教国ではユダヤ教徒は迫害の対象でしたが、イスラーム世界では反ユダヤ主義というものは存在しませんでした。シオニズム運動が始まってから反ユダヤ主義が広まったのは残念なことです。
 
 

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売れ行き今ひとつ(笑) 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月21日(月)00時13分43秒
 
 

ところで、

http://www.concentric.net/~norih/a1ad.htm

昔↑こんな医療エッセイも出してましたが、売れ行きが今ひとつです。

教科書専門の出版社なので宣伝が下手だといわれていましたが、どうも

その様子です。この6月に神田にある出版社に行って一発檄を飛ばして

来なければいけないのではないかと思ってますが(苦笑)。

もしよろしければご覧戴けますと幸甚です。といいますか、てんかん症

を持っている人のケアをしている教会の皆さんにはできればまだどれ位

治療による希望が残っているのかを認識していただくために、ぜひお読

み願いたいと思います。
 
 

一般の人でもわかるてんかんのQ&Aも出版していますが、それはこち

らをクリックしてください。

http://www.concentric.net/~norih/b2ad.htm
 
 

それとは別に、最新のてんかんの短いテキストブックを現在執筆中です。
 
 

嵯峨野教会牧師は副業(無収入であるが)で、本業はこちらなんですが

ねえ。

      (へ_へ)
 
 

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嵯峨野教会牧師の訪日予定 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月20日(日)05時52分02秒
 
 

嵯峨野教会牧師である私の本年度の訪日予定は、6月に或所からの講演のお呼びで

2週間ほど日本(首都圏+九州)に滞在します。その間安息日にもよりのSDA教

会に娘を連れて出席する予定でいますが(家内は大手術x2の一年経過後で大事を

とってミシガンに留守番をします)、東京では便宜上天沼か中央教会のいずれかに

昨年同様の表敬親善訪問を行います。SDAの新しいあり方について意見交換をさ

れたい方はどんな方にでもお会いしますので、訪問日程が確定しましたらここに掲

示致しますのでいらっしゃって下さい。また、もし私に礼拝説教を依頼する教会が

ありましたら、交通費、謝礼などの報酬金を承ることなく快くお引き受け申し上げ

たいと思います。とりあえず、天沼教会の方に「個々のSDA信徒に与えられた使

命」というタイトルの礼拝説教を奉り申し上げたい旨を連絡します。もちろん天沼

教会が私の礼拝説教のオファーを受諾するか拒否するかは、私が天沼教会に出席す

るか否かの決定には影響しません。
 
 

6月の後のその次の訪日は、日本脳波学会で座長役が予定されている本年十月です。

 

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確かに悲しいですね 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月17日(木)19時24分15秒
 
 

ヤスダさま
 
 

教会の運営が、人間中心になってしまっています。神や聖霊の導きがどこかへ行ってしまっています。それではいけません。教会の中心は牧師でも信徒でもなく、神であるという原点に回帰しなければなりません。
 
 

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なにか悲しい 投稿者:ヤスダ  投稿日: 4月17日(木)14時19分42秒
 
 

牧師さんへ
 
 

回答ありがとうございました。
 
 

マタイ 12:31 「だから、あなたがたに言っておく。人には、その

犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊を汚

す言葉は、ゆるされることはない。」
 
 

マタイ 12:32 「また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされる

であろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、き

たるべき世でも、ゆるされることはない。」
 
 

とあります。もちろん、SDAが聖霊を汚す言葉や言い逆らってい

るということではないでしょうが、教団全体として聖霊を聖書通り

に正しく解釈し、正しく使用することができない状態というのは、

非常に悲しく感じます。
 
 

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イスラム教 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月17日(木)05時01分15秒
 
 

時代遅れさま
 
 

これもできれば教団の指導者にお答えいただきたいと思う所ですが、私がとりあえず

彼らに成り代わってお答えいたしますと、SDAはイスラム教を単純に異教と見なし

ます。そこには何の共有すべきものはありません。ただ、ご存知のように、イスラム

教は旧約聖書を尊重しているといわれており、またイエスキリストを預言者として敬

意を払っている者もあると言われています。もとより、仏教徒や神道の人もイエスキ

リスト(イェシュア)を偉人とか愛の人などとして表面的な意味で尊敬を寄せている

人もありますが、そういう形でリスペクトを払われる分については、多少迷惑なとこ

ろもありますが無害なものと考えます。ムスリムがいうアッラーの神が天地創造の神

であることを知らずして拝んでいるのであれば、ちょうど日本の宗教人が気がつかぬ

ままやはり天地創造の神を拝んでいるのと同様に多少の寛容さでその部分だけが受容

されることもありましょう。しかし聖書の神を拒み、イェシュアが救い主・神である

ことを認めず、モハメットの権威に従わないものを排除するならば、所詮は旧約聖書

の共通のルーツを装った偽りの宗教として見なされるのは致し方ありません。SDA

の回答は明快です。
 
 

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イスラム教についてはどう考えますか 投稿者:時代遅れ  投稿日: 4月16日(水)07時50分14秒
 
 

しばらく間があきましたがレスのご返事有り難うございます。

昨日の夜レスしようとしましたがなぜか接続が悪くレスできませんでした。
 
 

さて、9/11テロに始まり、アフガニスタンとの戦い、そして今回のイラクとの戦いのニュースをいろいろと見て思ったことは、ある全国紙の記事の中でイスラム教徒がインタビューで言っていた「イスラム教は平和の宗教だ」というのは嘘だということです。ある程度保守的で伝道熱心なキリスト教の立場から見ると、イスラム教にとって最大の罪はイスラム教徒がキリスト教(広く聖書の宗教といっても意味は変わらない)の信者に転向することであるように見え、それはとりもなおさず伝道熱心なキリスト教とはとても共存できない教えであるということです。私の教会のグループはすべての国に聖書の教えを知らせようという立場なので、イスラム教国も例外ではありません。そういう立場のキリスト教とは全く折り合わないと考えます。

当教会の立場におかれましては、イスラム教についてはどうお考えなのでしょうか。イスラム教に関する記述はないようなのでお聞きいたします。

それと日本語でコーランが読めるサイトがないか調べてみたら、昨日の夜掲示板につながらない間に下のリンクが発見されました。
 
 

日本ムスリム情報事務所

http://www.isuramu.net/
 
 

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ヤスダさんの先の質問について 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月16日(水)05時25分39秒
 
 
 
 

>質問1

>なぜ、SDAがそのように(聖霊を求めることにおいて)中途半端になってしまったのでしょうか?

>それが疑問としてあります。
 
 

SDAの現職の牧師、教団指導者の方から何も発言が無いようですので、私がとりあえずお答えしますが、理由の一つとして考えられることは、SDAが預言の賜物を受けた残りの教会であるといいながら、ホワイト夫人が預言の賜物を与えられた事実によって聖霊が与えられたのは既に過去に成就したものと考えられてしまっていることを上げたいと思います。つまり「聖霊は既に得たり」、本来意味するべき文脈から外れた「得たりと信じる信仰」でやっていたのではないかという事です。預言と聖霊の賜物を混乱されているということもあると思います。その辺の指導が徹底されていません。
 
 

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まずは図書館通いかな 投稿者:ヤスダ  投稿日: 4月13日(日)23時37分29秒
 
 

牧師さんへ
 
 

ご助言ありがとうございます。

いろいろな資料を探して学んでみたいと思います。
 
 

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ヤスダさま 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月12日(土)05時37分19秒
 
 

お褒めにあずかり感謝です。彼女は13歳です。昨年バプテスマとバット・ミツバを

行ったばかりです。(注: バーミツバは13歳の男子、バットミツバは12歳の女子

に行われます)
 
 

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Knowledge Is Power! 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月12日(土)05時34分41秒
 
 

ヤスダ様
 
 

>『それぞれの教会が良いものの破片を持っているのを見つけることが

>できるというものです。』とありましたが、その破片を見出すのには、

>その教会に何ヶ月も通うなどかなりの時間がかかるのですか?それと

>も行ったらすぐにわかるようなものなのですか?それを探し出すコツ

>みたいなのがあれば教えて欲しいのですが、ありますか?
 
 

信仰と熱意も大切ですが、基本をしっかり踏まなければダメです。まずはっきり言える事は、聖書の歴史、キリスト教会の歴史について全く無知のままで出かけていっても何も得るものはありません。そこの所は注意を要します。何も下準備も何も無く行くと、単に他教会の表面的な雰囲気とか感情に丸め込まれて訳がわからなくなります、そのように不注意さのままにいる人に限って「SDAには愛が無いが、統一教会には愛がある」(そういうステートメントに多少の真実が込められていたとしても)とか言って、トンズラしてしまいます。知識の上であらかじめそれぞれの教会が歴史上のどのような位置にどのような意義を持っていたのかという大まかなロードマップを作ってから祈って行くことをお勧めします。バプテストやメソジストは第七日安息日以外はSDAと本質的に大差が無いので気軽に訪問できるかも知れませんが、下準備のあるなしでは得られる情報量は違います。事前知識なしにペンテコステのようなカリスマ派を訪問すると違いの激しさに良かれあしかれショックを受けられる方もあろうと思います。社会派教会に出向くときは当然日本や世界の政治問題にも通暁しているほうが良いでしょう。今のSDA教会には、そういう姿勢でキリスト教全体を見渡せる指導者が欠乏しています。
 
 

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えらい! 投稿者:ヤスダ  投稿日: 4月11日(金)13時53分07秒
 
 

詩を拝見しました。

私の英語力では本当の理解はしずらいですが、娘さんの深い決意が読み取れます。

たしかまだ十代前半ぐらいですよね。過去の理事会のところで見ました。

日本の同じくらいの年齢の子で自分のしっかりした意見を持つ子はまだ少ないです。

お父さんが愚娘などと言っているので、変わりにほめてあげたいです。
 
 

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こんなHPを見つけました 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月10日(木)06時22分27秒
 
 

作っている人は小沢洋介氏といって、私が日本の医学部を安息日問題で中退したときに一

年間落ち延びたSDAの三育カレッジの寮で一緒だった人です。もうチェロで世界で活躍

しておられます(私の楽譜無視のバイオリンの進捗状況は遅々としておりますが)。カー

ネギーなんかでも演奏されたのだそうです。一緒に麦トロを食べに行った昔が懐かしい。

http://www.ozawa-y.com/Top_j.html
 
 

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時代遅れさま 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月10日(木)06時12分05秒
 
 

随分ご自分を卑下されたお名前なのがちょっと気になりますが、それはともかくとして。

デモクラシーはキリスト教から発生した思想です、などとは誰も思っていないことを私も

希望します。しかし、私は確かいつだったかの昔に教会の誰かがそのように言っていたの

を聞いて恥ずかしく思ったことがあります。それが断じて間違いであるのは言うまでもあ

りません。
 
 

戦争はデモクラシーとは何の関係もありません。多数決とも関係が有りません。起こるべ

きときには起こり、社会のシステムとは無関係に被害にあいます。戦争を起こそうとする

者に手前のシステムの価値観は通用しません。キリスト教の愛の精神でなどと言うのは個

人に言って差し上げる分には良かろうと思いますが、国家対国家、民族対民族の葛藤の前

には何の役にも立ちません。聖書はそうした戦いを肯定しています。行って戦うのも聖書

の摂理です。
 
 

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娘の詩です 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日: 4月10日(木)05時52分39秒
 
 

娘が学校に提出して高い評価を得た詩とはこれです。
 
 
 
 

Choosing My War
 
 
 
 

If I could be in the war

I will be so proud.
 
 

Going into the land afar,

Fighting for my land.
 
 

Though I have one thing to say,

As I ponder through my opinion,
 
 

If we start any war,

Whether it's on a gulf or a bay,
 
 

We should think more,

Before we start the war.
 
 

Before we start a war,

That is useless...
 
 

Wasting time and people,

Making the country penniless,
 
 

If there was a war,

That had to be fought,
 
 

And if it was right to do,

And was over thought and decided,
 
 

If I could be in that war,

I will be so proud.

 
 
 

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破片探し 投稿者:ヤスダ  投稿日: 4月10日(木)01時18分34秒
 
 

牧師さんへ
 
 

回答ありがとうございました。納得しました。教会の牧師さんにも

問題提起してみます。が、これに関してあともう一つだけ質問。
 
 

『それぞれの教会が良いものの破片を持っているのを見つけることが

できるというものです。』とありましたが、その破片を見出すのには、

その教会に何ヶ月も通うなどかなりの時間がかかるのですか?それと

も行ったらすぐにわかるようなものなのですか?それを探し出すコツ

みたいなのがあれば教えて欲しいのですが、ありますか?
 
 

時代遅れさんへ
 
 

はじめまして。初対面で失礼かもしれませんが一つ。
 
 

『独裁』は問題にすべき事柄ではないと思います。独裁者であっても、

国家と国民を愛し、そのための行動をしていればかまわないと思いま

す。ただ、サダム・フセインは国民を愛さず武器を愛した。その結果

何十万以上の人が死にました。権威は神が許可したもので従うべきと

ありますが、そのような彼に国家元首たる資格はありません。

独裁でも国民のための政治をしていれば良いと思います。
 
 

(書いていてなにか上げ足取りをしたような感じがします。ゴメンナサイ。)