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一月八日に教団三役が来て天沼教会の信徒に病院の医療法人化の様々の不明点、懸念点
を説明するはずでしたが、突然、教団の側が一方的にキャンセルを行いました。理由は
不明です。天沼教会の理事会にはかるから教会員に説明しなくてもいいみたいなことを
言っているのだとか。しかしそれが本当の理由であるのかどうか一切公式な説明は皆無
です。但し天沼教会の理事会というのは、病院関係者が大多数を陣取るグループでそう
でない信徒は少数派であり、仮にこれが反対したとしても、八百長同然の多数決で押し
切られるものと見られます。それで、信徒への説明は一月の末か二月の初めに延期した
らしいです。ところが、東アジア支部への報告は今月の半ばですから、東アジア支部に
は教会で承認を得たと言っておいて、信徒にはもう決まった事だと説明するのであろう
と容易に察せられます。
Mr Shiraishi, President of Japan Conference, announced to have a "township meeting"
in Amanuma Church on Jan 8, 2005, to explain the plan in seceding Tokyo
Adventist Hospital from Japan Conference to make it medical business corporation,
but the meeting was abruptly cancelled by Japan Conference due to "inappropriate
timing". Exact reason of cancellation was not informed to church members.
They plan to explain to the church members after they report to East Asia Division
pretending that they have obtained permission from the church board meeting whose
members mostly consist of hospital board associates. Mr, Shiraishi intends a fixed
meeting deal.
通りすがり様ほお。20年余り前ということですと、私がまだ日本にいたのは25年前ですから、
だいたいあの辺りに天沼におられた方と見定めてよろしい訳ですね。或いは私達
も知っておられる方かもしれませんが。7日で禁煙できる、というのではなくてそれを言うなら「5日でタバコがやめら
れる」講演会のことではありませんか?最近はそういう講演会は一切耳にも目に
もしませんが、個性の強い提唱者の方が引退してしまった後は、もうそういう企
画自体が衰退したのではないかと思います。人材が全然育っていないのです。天沼の辺りの雑踏は表面的にはそれ程変化はしていませんが、衛生病院の摂理か
らの逸脱は露骨になっています。我々はこれまでは衛生病院に恨みもわだかまり
もなく出来るだけ彼らの働きの趣旨を尊重してきましたが、昨年来の一連の奇行
の数々の結果、これは懲らしめなければどうにもならない所に来ているとわかり
昨年後半より徹底批判を行っています。衛生病院と教団の一連の問題については、
当嵯峨野教会のトップページのインデックスの終わりのほうからご覧になって下
さい。あと、戦後SDA史写真集にも教会信徒を出し抜いた病院建築計画の実体
が明らかになった事実の決定的証拠を納めて永久保存を行っています。これは教
会の牧師たちも読んで唖然となり、そこそこの衝撃を読者信徒に与えています。
http://homepage3.nifty.com/newSDA/memories.htm
一般に、神の原則と摂理の啓示よりも人間の手管を重んじて純粋な信仰を愚弄す
るような組織は祝福されません。当嵯峨野教会理事会に発言してくださる方は一般に歓迎されますが、その場合、
次回より出来ましたら、「通りすがり」とか「匿名人」とかというような、個性
の希薄なHNではなく、もっと特定個人の属性が明らかな名前でご登場をお願い
します。これからも嵯峨野教会をどうぞよろしくお願いします。
初めまして「通りすがり」と申します。
東京離れて20余年になります。
荻窪の周りも変わったことでしょうね。
衛生病院、天沼教会・・・なつかしいですね。7日で禁煙できる・・・なんていう講演をやっていたのを覚えていますが・・・
ずいぶん変わってしまって・・・たわごととお笑い下さい。
JOY様聞いてみましたが、やはり、現時点での東京衛生病院の評価額を知らされている人は
いませんでした。教会員には伏せられているようです。しかし、医療法人を申請する
ときは書類にそれを書き込まなければなりませんから、衛生病院の責任者は知らない
はずがありません。しかも、教会の資産の三分の一を東京衛生病院に譲り渡すという
重大決定をする以上、当然、それは教会員にも知らされなければなりません。知らさ
れなければこの教団は信徒に対して背任をしていることになり、宗教法人法違反にな
り、東京衛生病院の医療法人の移行どころか、セブンスデーアドベンチスト教団の宗
教法人資格を喪失の危機にさらすことになる事を悟っていて欲しいと陰ながら願って
います。そこでJOYさんがお尋ねになった件ですが、天沼教会の有志の方々もそれを知りた
がっており、一月八日に教団三役が天沼に再び来て説明会をするときに質問を行って
必ず聞き出したいと思っておられます。衛生病院の本館は安物建築物であると書きましたが、それは事実です。余りにも安普
請なので、それが天沼の敷地に存在すること自体が、病院の土地付き評価額をかえっ
て下げているのではないかと思います。(どういう風に安物なのか、知りたい方がお
られましたら、一応喜んでご説明いたしますので、一言おっしゃってください。)
見ましたが、目覚めの悪い夢で忘れてしまいました。私がどんな夢を見たかを言い当てて、解き明かしてくれる人はいますか?(笑)
では、誰も書かないのでまず私が書いてみますが、私は次のような初夢を見ました。
私は夢の中で東京衛生病院に来ていました。
すると、どうでしょう、なにやら大掛かりに地面を掘っています。
深い縦坑を掘っていました。
何が起こっているのですか、と尋ねますと、作業員が出てきて、
「東京都の新地下鉄路線を建設中で、それがたまたまこの下を通るんでさ」といいました。
それで、都営地下鉄の「東京衛生病院駅」が出来るんだそうです。
衛生病院が、改札口から地上までの通路の建設費を負担したといいました。
そして、衛生病院のMという医者が地下鉄の駅長に立候補し、兼務するといいました。
私は、「そんなことをしたら医療法人化の兼業禁止の条項に引っかかってしまいますよ」
といって大笑いしました。
それで笑った途端に目を覚ましました。
さて、この夢のときあかしをして下さる方はいらっしゃいますか? (^=^)
意外と安いと思います。私もアメリカに行く前(1979年)に、衛生病院の現本館を
建てる工事現場を目撃しましたが、結構安普請でしたから、建物としての耐用年数
なども平均以下なのではないかと思います(安普請の証拠写真をバシバシ撮ってい
たら当時の西浦人事課長につまみだされた事があります【笑】)。土地はといえば
バブルが弾けるまでは糠喜びするほど景気が良かったようですが、今は価値が急落
して、土地が担保にならない時代ですから、それほどではなかろうと思います。い
ずれにしても私も出来れば正確なフィギュアーが知りたい所ですから、嵯峨野教会
に友好的な衛生病院の内部の医師、職員の方に尋ねてみます。しかし、彼らがそう
いう情報を持っているかどうかは、わかりません。
天沼教会および、東京衛生病院の建物と土地の資産というのはいくら位するものなのでしょうか?それをはるかに超えて譲与するということなのでしょうか?
嵯峨野教会の趣旨を隅々まで読んでおられてそのような質問を下さると眞に嬉しいです。
理由を説明しましょう。まず、本来、嵯峨野教会はインターネット上のヴァーチャルチ
ャーチと言う革新的なコンセプトで作られました。例えば小金井教会とか柏教会のHP
というのは実体のある教会がまず存在していて、その上に作られたものですが、これに
対して嵯峨野教会は逆で実体が無い所にHPを作りました。ですから、これは当然カン
ファレンスの認可を必ずしも要しません。我々がこれから行おうとすることは、同じ名前で実体のある教会を立ち上げる事です。
たとえば天沼の教会が大きくなりすぎると、近郊の町に集会所が「分家」してSDA
西荻窪教会とかSDA井荻教会が出来るようなものです。これには当然カンファレン
スの認可を要します。そこで嵯峨野教会は実体のある教会を検討するに当たり、信仰に忠実なカンファレン
スの認証を受けて運営をすることが出来る実質集会所を作りたいと企画しています。
それは単に集まって礼拝をするという基本的行為のみならず、聖書研究の企画、教材
の製作などの実体を伴う活動を行うインターネット教会です。しかもこれは旧態の教
会と全く同じではなく、献金の徴収も行わず、教会員名簿の作成も、教会役員の選挙
も役員会も行いません。教会理事会は従来通りこの掲示板です。聖書を読んで、礼拝
をして、かたまらずにすぐにそれぞれの家庭に散ってゆくという週替わりの生花のよ
うな礼拝と瞑想の場所と教材を提供します。礼拝の基本は教会ではなく家庭にあるか
らそういう運営になるのです。これは分派活動ではなく教会に籍を置いてつながった
まま、外に出て行って自ら礼拝のオポチュ二ティを広く外に提供するというものです。
そういうユニークな形態の「教会」を作るのが我々のかねてからの希望でした。それ
をカンファレンスに受け入れてもらおうと言う趣旨です。できれば、皆さんも、心あ
る人は日本でもそれぞれの場所で同じような趣旨で硬直した教会にこだわらず、外に
出て自由な心で人を家庭などの教会の建物以外の場所で礼拝に集める工夫をしてみて
はどうでしょう。嵯峨野教会はそういうアイデアやヒントを皆さんに提供したいと思
います。しかし、日本国のSDA教会の伝道は単に不信仰のゆえに停滞しているばかりではな
く、多くの内部闘争や不正で汚されて神の祝福を受けられなくなっており我々もこの
ような組織に組する事を躊躇せざるを得ません。神に不忠実なカンファレンスの認可
を受けるとおっしゃるとおりその動機が如何様にも憶測され、こちらも汚されてしま
います。ですから、同じ認証を受けるなら、神に忠実なカンファレンスの認証を受け
たいものと存じます。そういう神に忠実なカンファレンスを嵯峨野教会のスポンサー
として感謝して受容申し上げたいといういう趣旨です。嵯峨野教会を支持するカンフ
ァレンスが日本のカンファレンスである必要は必ずしもありません。ですから、これ
は決して嵯峨野教会の宗旨替えを意味しておりません。
嵯峨野教会牧師様、嵯峨野教会のビジョンを拝見しました。
一つ疑問なのですが、何故カンファレンスの認証を受けようと思われたのですか?Q&Aのコーナーに以下のような箇所があります。
Q2s SDA嵯峨野教会はどうして、SDAカンファレンスの認可を受けないのですか?
A SDA嵯峨野教会の目的の一つは、SDAから失われた羊を探して尋ね求めることです。カンファレンスの認可を受けると、SDA嵯峨野教会が信徒消息追跡用の末端教団機関であるとか、預言の霊の勧告を放棄した組織の手先であると誤解されてしまいます。そうではなく、我々は世俗的な利益を顧みず、純粋な希望からこの働きを行っています。
何か主が示されたビジョンがあったのでしょうか。
少し気になったのでご質問をしてみました(*^^)
嵯峨野教会は此れ迄インターネット上のヴァーチャルの教会として運営されてきま
したが、本年の目標は、これを実体を伴う教会に格上げし、カンファレンスの認証
を取る所まで持ってゆく予定です。実現に向けてお祈り下さると幸いです。
いくら神の栄光の為に必要なことであるとはいっても、信仰の道から外れたSDA教団の公開批判・譴責業務ばかりやっていると肩が凝りますので、当理事会でも、ちょっとお正月だけでもくつろいでみましょう。皆さんの初夢をちょっと語ってください。
(^=^)「初夢」なんていうとガチガチの人から、なにをそんな異教の風習を、迷信を、などと言われて厳しげな批判を受けそうですが、一歩下がって考えますと、それは聖霊の力を信じない人の的外れな批判でありまして、ヨセフが夢を解き明かしたエジプトのファラオも、ダニエルもエゼキエルも、神が「夢」もしくは「脳中の幻」をもって語られたことがあります。神を信じ神と共に生きることを願って祈っておられる読者の皆さんの中で初夢という形で神が啓示をなされても、決してそれは不思議なことでも恥ずべきことでもありません。むしろ即座の解釈はできなくても、持ち寄って瞑想することも時にかなっているのです。
>>期間限定<<です。一月七日までの正月の七日間にみなさんの見た意味深長と思われた初夢を嵯峨野教会理事会にお持ちより下さい。七日間限定と言うのが大切です。ホワイト夫人の時代にもなかったSDA教会史上初の「夢の解き明かし会」です。参加には教会員であるか否かを問いません。教会員ではない方も七草粥を啜りながらのご参加も歓迎致します。教会員のみなさんも聖霊の奇跡を信じない不信仰な人に批判されることを恐れず、進んでご参加くださいまして幻(if any)の解き明かしをもって神の摂理を瞑想致しましょう。
一応イスラエルの暦にリスペクトを払って、Rosh HaShanaを祝いましたけれども、
太陽暦のシステムに生きている人々の生活にもリスペクトを払っておりますので
謹んで新年のお慶びを申上げます。新しい年が神の愛と正義を信じるものにとって奇跡の年となりますように!
主をほめよ、Hallellujah!
嵯峨野教会はSDAの最終使命の品位を守る砦です。その嵯峨野教会に寄せられる
情報から、また重要なものをここに惜しげもなくフィードバックを行って覚醒に貢
献を致します。次のような出来事がありました。先週の土曜日の安息日に天沼教会に突然、SDA
教団の三役が来訪しました。彼らが来たのは天沼の教会員が集まった前で東京衛生
病院の医療法人化の説明を行うためであり、そして翌週の一月八日の安息日に先倒
しで教会理事会の「承認」を取るつもりでいるのでした。そこで病院の医療法人化
が意図する所、将来ビジョンなどを説明しました(したつもりでしたというべきか)。
ところが、その説明が、ちぐはぐで、これまでに衛生病院が場当たりに言い続けて
きた説明と全く異なった耳新しい事であったり、辻褄の合わない抜け殻のようなプ
ランだったのだそうです。もっと重大な問題は、教団の資産が120億円分しかない所
で、医療法人化のために東京衛生病院如きに40億円分の無償割譲を行うという事で
それがようやく公式の場で信徒に知らされたということです(嵯峨野教会では前か
ら何度も警告を行ってきましたが)。教団三役は事実を知らされた天沼教会の信徒
から逆質問されてしどろもどろになってろくな応答が出来なかったのだそうです。
しかし、それでも彼らは一月八日に承認決議を、"done deal(既決事項)"として
押し通す事でしょう。こうした教団の傲慢な姿勢に対して心ある天沼の信徒が憂慮
をしているのです。教団三役は「天沼教会だけが意地を張って反対しても無駄。天
沼さえ快く承認してくれればすべてがうまくいくのだ」などと申されていたのだそ
うですが、果たして、満足な説明もなされないまま、教会資産の三分の一を医療伝
道をビジョンの貧困な賭博的投機のために根こそぎ持ち去ることを無理矢理承認さ
せられる事が、天沼教会だけの問題でしょうか? 「まさか」です。決して天沼教会だけの問題ではありません! これは教会全体、医療伝道存続そのものの問題です!
嵯峨野教会をご覧になっている地方教会の皆さんも、これは決して他人事ではなく
自分の属している教会の存続が指導者の不注意で危機にさらされているのだという
認識を持って、抗議を行って欲しいと思います。信徒の皆さんの中には今でも「指
導者に逆らうのは罪である」として、むしろなすがままにされるのが主の御心であ
るかのように思っておられる方も或いはおられようと思いますが、一歩譲ってそれ
を認めたとしても今の場合、現状の病院と教団指導者と言うのは、神の摂理によっ
て立てられた前理事長を人間的たくらみによって反逆して引き摺り下ろして自ら高
ぶって上に立ったのであり、はじめから神に従わなかった反逆の子らですから、そ
このところは遠慮をなさらず、率直に地方教会の懸念を執行部に思い知らせる必要
があるのではないでしょうか。この記事は英訳されて、世界総会と東アジア支部の総理にも送られます。
特にコメントはしませんが、参考までに。
11月22日 ニュージーランド M7.1
11月26日 インドネシア M7.1
11月29日 根室沖 M7.112月23日 ニュージーランド M8.1
12月26日 インドネシア M8.9
12月29-31日 ( オクラホマ M4.2, 宮城県 M4.7, 南長野 M4 )
さて皆さんホワイトの証の文には最後には、人はそれぞれ仲保者なしで神の前に立つことになる
と述べています。もちろん救いはキリストの十字架の犠牲の血を受け入れる所にのみ
ありますが、この仲保者なしの状況が聖書のどこに書かれているかご存知ですよね。
そして皆さんもそこをよく読んでおられますか?我々は今、自分をクリスチャンもしくはキリスト者だと思っています。私達が自分を
そう思うのは、たいていの場合、「教会に出席している」、「賛美歌を知っている」、
「教会の役員をしている」、「聖書解釈の神学理論を知っている」、「教会の人々に
存在を認められている」、「教会のキリスト教的文化に浸っている」という理由です。
これらのものがもし無かったら当然聖書を読んで神の言葉を知っているかどうかだけ
が、あなたがキリストと関係があるかどうかの唯一の手がかりです。しかし、もっと
良く考えてみてください。アブラハム、イサク、ヤコブは言うも愚か、ダビデやソロ
モン、バプテスマのヨハネやペテロですらも、上のいずれのものも無かったのです。
キリスト教の教会の雰囲気とか人間の手によって作られたキリスト教的文化の香りな
どというものは一過性のものであり、間もなく消滅します。教会の人間関係の腐れ縁
もあなたの救いには何の関係もありません。つまり、仲保者なしに神の前に立つとい
うことは、他でもなく、アブラハムやイサク、ヤコブと同様に、地上のから持ち込む
属性は何もなく神の前に裸で立つという事です。あなたの目の前からある日突然、礼
拝堂の風景やコワイアーの敬虔そうな歌声、牧師の耳柔らかな言葉、安息日の午後の
役員会の雑踏などが一瞬のうちに取り去られる時、あなたは自分が雪の原野のように
真っ白で何もない世界に一人で隔絶されて神の前に立っている事に気がつくでしょう。
しかも、その時はそれ程遠い先の話ではないのです。
年末と言うと、それぞれ家に帰って静かに落ち着いて年の暮れを過ごすと言うもの
ですが、今年は何処の世界も騒然としており、静かにすることはしていない様子で
す。SDAの教会ですら騒然としています。昨年からの理事長下ろしの不正、島田
事件、教団病院の医師国家試験ボイコット事件、東京衛生病院の医療法人化ゴリ押
し不正事件、その他と、鬱陶しくなるような教団組織の不正、不祥事、準犯罪が立
て続けに明らかになりました。主にある兄弟として、これを「愛によって」見逃す
のではなく、「愛」があるなら厳しく追及して、SDAが不正をナアナアでごまか
して和解するいい加減な教会ではないことを世の人々に示して、自ら身を正してい
かなければならないと思います。それが世の人々への証です。
どちらかというと、末梢に属する問題かもしれませんが、教会員の皆さんと教会外
の銀行、都などの外部オブザーバーの皆さんが観察の目を鋭くするために、蛇足と
は思いつつも、親切で次のような問題をここに指摘しておきます。先に提示した医療法人のメリットに関する資料のリンクをみればわかりますが、医
療法人のお約束として次のような項目があります。兼業の禁止
医療法人は基本的に兼業が禁止されています。
例えば、飲食店や不動産業を営むことはできません。さあて、これは困りました。今まで東京衛生病院は宗教法人であるセブンスデーア
ドベンチスト教団に属する一機関だったのです。それで、教会の行う宗教活動も行
えましたし、病院の中に(病院の一部門として)ギフトショップや健康食品の販売
を行うことが出来ました。しかも、病院が率先して英語学校を運営しようとまでし
ていたのです。それが、ここへ来て医療法人になりますと、それらのビジネスを全
部放棄してしまわなければならないのです。事実、ターミナルケアの働きは、今までは天沼教会が協力していましたが、今では
既に病院の非宗教化で、ホスピスのターミナルケアの働きは教会とは絶縁して、な
んでも遠藤周作の作ったボランティアの市民団体の人に主導権を委ねているのだそ
うですから基本的にやっていることは共産党系の勤医協病院のしているのと違いが
ありません。ならば、キリスト教の精神でホスピスを運営しているというビジョン
そのものが偽りという事になってしまいます。あと兼業禁止というのは医者につい
てより厳格に適応されるのであり、医者が厚生省の医師法で定められた適正業務以
外の事(厚生省不認可の「健康食品」の販売、医薬部外品販売、ネズミ講など)に
勤務時間を使うことが許されません。私も実は、たまたまですが、衛生病院にそう
した不適切なアルバイトをしている医師がいるのを知っています(←プライバシー
保護のため氏名の表記を行いません)。ところが衛生病院院長に「こうした医者を
あなたはどう扱うおつもりか?」と電話で追求を行った所、なんと「私達の病院に
はそういう医者は一人もいません」と答えられました。この院長は事実を知らない
か、知っていたなら偽って答えました。つまり院長はこの医療法人資格を潜在的に
反故する不正を行っている医師の責任を請け負うと言う危険な意思表示を行ったの
です。このような不真面目で誠意のない有様ですから、この病院に本気でまじめに
医療法人化を行う順法精神の意思があるのかどうか、眞に疑わしく、関係省庁、金
融機関はこの病院管理者の医療法人化の動機を厳しく問い詰めた方が賢明であると
思います。中途半端な医療法人化は、教会員にも、政府地方自治体にも、東京都の
地域住民にも歓迎されません。
クリスマスツリーを神に見立てて胡散臭いクリスマス伝道会をするような牧師は論外です
けれども、それよりも、世界にはクリスマスツリーどころではない人たちが一杯いるので
す。地震や津波の被災者、故なき殺人の遺族、イラクで正義の為に戦闘に従事している米
兵などです。そうした人々の為に祈りをして欲しいと思います。パフォーマンスのほめ言
葉やプレゼントをもらう事ばかりをあてにする「キリスト者」になってはいけません。どうして異邦人は言うのでしょうか
「あなたの神はどこにいるのか」と
あなたのしもべらの流された血の報いを
我らのまのあたりになして
異邦人に知らせてください
詩篇79:10
教会が社会から批判を受ける理由はいろいろあると思いますが、信仰に忠実である事によって受ける批判は、寧ろ進んで受けるようにと聖書は教えています。しかし現在では教会が聖書や原則に不忠実の理由で受ける批判の方が多く、それによって教会があざけられ世の人々から軽んじられているのが現状です。そういう批判を受けても、神はあなたを喜ばれないでしょう。その際たるものが教会のクリスマスです。ある嵯峨野教会読者の方から次のようなメールを戴きました。彼女は首都圏の某SDA教会のクリスマスコンサートだかに教会員の義理で出席して悲しんで帰ってきました。こういう事があったのだそうです。
牧師は壇上に飾られたクリスマスツリーは主の象徴だと語り、
コンサートの合間には、サンタクロースに変装した教会員が、
大きな白い袋をかけて子供達にプレゼントを配り渡すし、
もう世の中のクリスマスのお祭りをそのまま見ている感じでした。
はっきり申し上げまして、霊的に落ち込みました。牧師:「みなさん、クリスマスツリーを見て下さい。」
(壇上に飾られている大きなツリーを指差す)
牧師:「このクリスマスツリーは何色使われていますか。」
牧師:「基本的に三色です。赤・緑・金です。」
牧師:「赤はイエス・キリストの愛を示し、緑は永遠を示し、金は希望を示します。」
今更クリスマスの非聖書性を論じる必要は無いと思いますが、まず、クリスマスツリーが主の象徴だと言うのは一体全体どこの宗教団体の作った新しい教理なのかが目を引きます。リベラルの高橋義文学長ですら三育の牧師即製養成コースでこんな聖書解釈は教えていないでしょう。世俗に迎合した伝道戦略に依存してしまっているので、何かかにか聖書と強引に結び付けなければ格好がつかないからそうしているという趣旨がありありで惨めです。クリスマスでここまでの事を教会の牧師が言うようになってしまったら終わりですね。単に来訪者を喜ばせるために綺麗に飾りをしただけと言えばまだ済んでいた所のものではありませんか。教会員のサンタクロースは論外で話になりません。
今日アメリカではクリスマスや誕生日にプレゼントをもらうことを当然としている強欲な若い世代が増え、クリスマスが教育上良い影響を与えてこなかったことが反省させられています。自己犠牲と克己を教育を改革するのがSDAの使命の一つであったはずですが、世俗と一緒に享楽をしているようではSDAの教育における発言権はもはやありません。
また、こうした教会の聖書にこじつけたお祭り騒ぎに無神論者や懐疑論者たちも辟易しはじめておりまして、とうとう、彼らですらクリスマスを否定するという動きになっております。朝日新聞ですらも報道しています。
http://www.asahi.com/international/update/1225/003.html
聖書に最も忠実であるべき建前のSDAが、「クリスマスツリーは神の象徴」のような激しい堕落をすると、キリスト教自体を破壊することになってしまいます。それはちょうどイスラエルの偽預言者が、民を眞の神から離れさせてバールの偶像を主の象徴だと言ってあがめさせて国を滅亡させたのと同じ事です。
嵯峨野教会は日本の社会とセブンスデーアドベンチストの信徒に対する愛の理由から、謹んでこの牧師の懲戒を勧告(要求ではなく)します。
このリンクをクリックして見て下さい。http://www.sgn.tokyo.med.or.jp/homepages.html
杉並区の医師会会員の病院リストです。
良くみますと、これには東京衛生病院が入っていません。
東京衛生病院75周年記念パーティには杉並区医師会会長を呼んでわざわざスピーチまで依頼してかつぎ出しておいて幾ら何でもこれはちょっとないでしょうね。地域の医師会会長の名前を使って地域医療に深く関わっているかのように見せておいて、自分は医師会メンバーの病院にリストアップもなく、地域のコミットメントの意思表示も公にしていないというのは同業者に対する無礼です。他に一体どういう説明が可能なのかと思います。これでは地域に奉仕をしているのではなく地域を利用しているだけなのではないかと疑われても仕方がありません。本某院長にもEメールで質問を送り一応問い合わせはしますが、これ迄と同様恐らく「泰然自若」を装って何も答えないであろうと思われますので、杉並区医師会に手紙を早速丁寧に書き送りまして実態の真相を究明します。これは、東京衛生病院の働きが地域や政府(特に国家試験受験の為に安息日をよけて受験機会を提供した厚生労働省)から高い評価を受けているという自己推薦のクレデンシャルは眉唾ではないかと疑わせる証左の一つです。
こういう事は何でも洗いざらい徹底的に明らかにするのが嵯峨野教会の方針です。これからも嵯峨野教会の働きを祈りによってお支え下さいますと幸いです。
アドベンチストライフの最新号に2005年の教団ビジョンが書かれており、医療関係
の記述の問題は既に嵯峨野教会理事会で指摘されました。さて、今度は三育学院関係で予想外の問題が現れました! ライフに書かれている
教育部のビジョンについて、SDA教育関係者の中で、そんな話は聞かされていな
い、とか、そういう計画は同意されたことも議論されたことも無いと言い始める人
が現れたのです。つまり、最新号のライフに書かれた教育機関のビジョンは関係者
の中で合意も何もされていないものであり、決してそれがこの通りになるという定
まった予定などでは決して無いものだというのです。一体だれが何の職権でライフにそんな信徒を馬鹿にした記事が書けたのかというの
が誰しもが次に関心を持つことでしょうが、さしあたり、曾根田元教団総務がさす
がに目に余って、高橋義文三育学院学長に「勝手なことをするな」と譴責を入れた
という情報を得ています。東京や広島などでは、「一応ライフにはああ書いていま
すが、我々はそうは考えていませんでした」という言い方で信徒からの問い合わせ
を切り抜けているという状況だそうです。では一体何が真実の2005年のビジョンなのかといいますと、それは、行き当たりば
ったりで何もないというのがビジョンだと言うことです。嵯峨野教会はこの情報を教団の教育部の信頼できる人からの情報として公開します。
閑話休題です朝まだ真暗の時に物音で目が覚めました。起きて行ってみるとパティオの天上の扇
風機が誰もスイッチを入れていないのに全速で回転し、強烈な風を上から下へ吹き
降ろしていました。家内も娘もまだ起きていませんでしたから、一体誰が手動スイ
ッチを入れたのか、としばし当惑していました。その朝のミシガンは氷点下で摂氏マイナス20度まで気温が急降下しました。市内で
も無数の水道管の破裂事故がありました。もし、そのヒーターと天上扇が回転して
いなかったら、うちのパティオの水道管も破裂して大惨事になっていたでしょう。
と考えると、悪霊がわれわれのためにそのようなスペシャルサービスをしてくれる
訳はないので、御使いが手動スイッチを入れたのだという結論になったのです。神
の守りがある事を感謝します。
待てばいつか来ますよ。少なくとも私達信徒に信仰の兄弟としてのリスペクト
を払っているならばですがね。
反論がないというのが残念です。
>生徒の単車暴走、教師が撮影し証拠提出 中3逮捕 福岡
>-------------------------------------------------------------------
>
>無免許でオートバイを運転したとして今月7日、福岡市博多区内の市立中学3年
>の男子生徒(15)が道交法違反容疑で博多署に逮捕された。同校の教師が少年
>の暴走行為をビデオ撮影したり、周辺住民の目撃証言を集めたりして県警に提出
>したことが逮捕に結びついた。荒れる教育現場の対応策として、学校と警察の連
>携強化が全国的にも進められている。学校が県警の捜査に自主的に協力した手法
>に対し、保護者らは肯定的に受け止める向きが多かったという。
> (中略)
>今回、証拠の提出を決断したのは生徒指導に熱心な校長(55)だった。
>
>校長は「事故で本人や他人が傷ついたり死亡したりする危険性があった」とした
>うえで、「学校だけでなく、警察を含めた地域を巻き込んで対応していくべき問
>題だと考えた。(生徒が)自分の行為を認めて、謝罪することが大切。ごまかし
>ていてはその子の一生がだめになる」と話している。
>同校は、生徒の逮捕後すぐに緊急保護者会を開き、逮捕の経緯と学校側の対応を
>説明した。関心は高く、用意した200席を超える約250人が集まったという。
>PTA会長は「4〜5年前までは、警察への協力をためらう風潮が学校側にあっ
>た」といい、今回の学校の対応について「保護者会でも肯定的にとらえた人が多
>く、否定的な意見は出なかった。この生徒が反省して、また戻ってくるときには
>みんなで受け入れようという意見でまとまった」と話した。日本の社会では、荒れすさんでいるのに日和見と事なかれ主義で何もしないで事態を悪く悪くしてきたことが指摘されてきました。そういう悪循環を断ち切り、白黒を明確につけて決着をはかる必要が迫られている今日、明るい光を灯す素晴らしい話です。嵯峨野教会では今は仮借の無い譴責を病院や学院などに行っておりますが、驕り高ぶって教会をないがしろにするような行為をやめて神の御心が何であるかを求める初心に立ち返って泣いて悔い改めるなら、この学校の気高い校長先生のように、私たちも、喜んで再受容をして差し上げたいと思います(ご異存はあるまいと思います)。これはこの教会が本当に神に選ばれた教会であるのか否かをインターネットの不特定の視聴者の前で証する試金石の時なのです。
下の医療法人化手順の参考リンクをクリックしてお読みになると明らかなように
病院や医院が医療法人開設に切り替わった場合、新規開設の扱いになりますので、
新たな保険医療機関としての指定が必要になります。それまでの医療費の給付が
自動的に更新されるのではなく、認定を取り直さなければなりません。医療機関
が公費負担制度の適用を受けようとする場合は、各種の手続きが必要です。政府
管掌健康保険、健康保険組合、公費負担の補助には生活保護法、身体障害者福祉
法(更生医療)に定める認定更新手続きを申し込まなければなりません。ただ、
それは普通に常識的な健全経営をしている病院であれば大した問題ではあります
まい。問題は東京衛生病院が必ずしも健全明朗運営ではない病院であることです。いくつかのシリアスな問題がありますが、そのうちの一つだけを紹介します。こ
のSDA教会の教会員であるXさん(プライバシー保護のため名前を表記せず)
の年老いたお母さんがアルツハイマー痴呆になりました。しばらく家で介抱して
いたのが重圧になったので、ホスピスのあるという東京衛星病院に入院させまし
たところ、そこで暴れたという理由でベッドに縛り付けられました(四点固定)。
その結果このお母さんの錯乱は手の付けられないほどひどくなり、とうとう衛生
病院のホスピスから追い出されました。他の老人ケアの施設のある病院に連れて
行ったところ、そこの専門医から「どうしてこんな滅茶苦茶なことをされたので
すか?」と言われました。そうしてそのお母さんは亡くなられました。ホスピス病棟を持っている、キリスト教精神に基づいた終末期医療を提供し
て地域に貢献することができる、という効能書きが一瞬にして無価値になった
出来事です。衛生病院の老人ケアはそれ程現代医療のスタンダードからして外れ
て低いのです。実は調べてみますと、この病院には実は老人医療やターミナルケ
アの専門家がいません。それでいてホスピスだの終末医療だの、まともな救急救
命施設も無いのに循環器外科も将来的にやろうなどと言って教会員を煙に巻くの
です。しかし、もっと深刻な問題は、こうした実情に、医学のわからない教会員
は煙に巻かれても、自治体や医療行政はこの病院の問題を見逃さず、その結果、
上記の医療法人化以後の病院の医療公費支払い機関の認定更新手続き等で病院の
認定更新手続きが拒まれる可能性が大だという事です。銀行もこういう実態の病
院に融資を続けるかどうか疑問です。はっきり言うとこのように身も蓋もありま
せんが医者の良心からあえて問題をここに提起して病院の内部で少しは激しい議
論と反省を誘発させて見ます。といっても、ここで反省がなかったらこの病院は
おしまいです。
皆さん7月25日の嵯峨野教会理事会の議題を部分再掲示します。全文は、過去ログ34集を
参照してください。当理事会の発言は基本的に永久保存を行いますので、教理のデ
ィスカッション、教会の諸問題の解説はこうして後から参加して来られる読者の為
にもそのまま残りますので、ご利用下さい。>医療法人についてもう少し詳しく勉強したい方は、わかりやすく説明しているホームペ
>ージがありますので、こちらをクリックして勉強してみてください。
>これは素人でも非常にわかりやすい解説をしています。
> http://www.m-and-i.co.jp/topics/iryou/iryou1.htm
> http://www.m-and-i.co.jp/topics/iryou/iryou-top.htm
>
>もっと詳しいのはこちらです。
> http://www1.pref.tokushima.jp/hoken/iryouseisaku/med01/hojin_seturitu.htm
教会信徒の方は、東京衛生病院や教団が言う上げ底プランにめくら判を押すように
追認するのではなく、まず、上記の参考リンクをよく読まれて、一体何が謀られて
いるのか、よく理解する必要があります。さもないと後でとんでもない後悔をする
事になります。今の場合、宗教法人であるSDA教団から、東京衛生病院を分離して医療法人とす
る訳ですが、個人が何もないところから医療法人を立てるのと違って、既にある別
団体からの縄張り分けですから、母体となるSDA教団が、東京衛生病院の為に資
産の寄付を行わなければなりません。現在、日本の教団の資産というのは、教団機関と全国各教会の建物、土地などをす
べてかき集めてもおよそ120億円程度と言われています。その中で自由に動かせる
資金は一億もありません(昔は教団の銀行預金に50億あったそうですが、今は祝福
が取り去られたのか、何もないのです)。そういう状況で教団が東京衛生病院が医
療法人として認定されるために委譲しなければならない資産は最低30億円くらいで
す。10億円位やっても、病院の0.5年分の運転資金にもなりません。ならばその30億
をどこから引き抜いてくるかですが、天沼教会の建物と敷地を病院に差し出すこと
にしても(その結果当然天沼教会員は裸で外に放り出される事になりますが)、そ
れでも足りません。よって、働き人の退職金や年金のプールに手をつけるか、人数
のいないさびれた地方教会をたたんで、建物と土地を売って充当するようになるで
しょう。ですから、この問題は、決して衛生病院と天沼教会だけの問題ではなく、日本全国
の地方のSDAの無関係な信徒も否応無く巻き込まれる重大な問題なのです。だか
ら天沼教会の「八百長多数決会議」で決定されればそれでいい、我々は関係が無い
と言っていられなくなるのだ、ということを皆さんに警告したいと思います。>そもそも、ライフの記事には何も言っていませんが、今回東京衛生病院が医療法人化す
>ることについては、神戸アドベンチスト病院と沖縄メディカルセンターから懸念の声が
>上がっております。東京にしろ、その他のSDA病院は、宗教法人の病院でなければ出
>来ないことを地道に続けることに徹するべきではないかと言っています。もちろんそれ
>だけではなく、彼らも愚か者ではありませんから、東京衛生病院の医療法人化の強引な
>賭けが失敗したとき、その尻拭いをさせられるのが地方のアドベンチスト病院である事
>に気がついているのです。東京の貧しいビジョンに強引につき合わされるのは真平御免だと言って亡くなられた
辺見先生の声が聞こえてきそうであります。祈冥福。
>2 エレン・G・ホワイト女史には多数の著作がありますが、全ての書物が同じレベルなのでしょうか?この問いを決して忘れているわけではありません。これは嵯峨野教会を
普段から読んでおられるSDAの求道者の方からの質問です。この真摯
な問いに答えられる教会員・牧師・指導者の方がおられましたら、ここ
に回答を願います。超難問だと思って敬遠しているのではないかとは思
いますが、書いてくださる人があれば敬意を表して穏やかに歓迎を致し
ます。お茶菓子は出ませんけどね。
時代遅れ様>神を信じている人間のすることじゃありませんね。
このお言葉に反論できません。信徒雑誌に二度もウソを書いて信徒をだますような
教団病院指導者にキリスト者の品性を感じる事は困難です。その上東アジア支部に
迄行ってウソを上塗りしてきたのですから弁解の余地がありません。こんな教会運
営を支援するために献身したのではない、と思う心ある人は立って欲しいと思いま
す。一応嵯峨野教会ではこうした欺瞞で教会と信徒をはずかしめる事業計画を推進
しようとしている関係責任者に公の辞任勧告を与える事を検討しておりますが、私
がもし教団の人事権を持つ立場の責任者であったなら、彼らはもっと前にキリスト
の名によって問答無用で解雇除名されていたでしょう。これは神の前の悪です。------------------------------------------------------------------------
以後NSDや世界総会の方にも読んでもらいたい記事には英訳を任意に付加します。
(Translation)
>This is not what people who believe in God should do. (talking about
issue of TSH and Japan Conference)Yes indeed. I cannot disagree with your statement. There is no way to recognize Chiristian characters in these church leaders who made twice false statement in "Adventist Life." Furthermore, they tried to deceive President Lee in NSD! What kind of excuse could be possible? We are disappointed in the Japanese Church leaders behavior and we start asking "did we decide to dedicate to support lousy operation?" I suspect some of these people deserve receiving advise for resignation. Reason why I say this is this is simply evil before God.
えらいことになっていますね 投稿者:時代遅れ 投稿日:12月15日(水)21時57分9秒
お願いをします 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月15日(水)21時25分41秒
教団病院関係者の方には下の疑念と批判にこの場で納得のある説明を
答えていただきたいと思います。JOYさん方の一般信徒の方もその
ように希望をしておられる通りです。お答えがないと、文字通り私が
独り勝ちの状態でありまして、それは必ずしも私も希望している所で
はありません。ここは他の教会や医療関係者の方も見ておられます。
このまま答えが無い場合、私はこれがSDAの医療伝道の現状である
事を社会や政府関係機関等に紹介します。
東京衛生病院のビジョンの致命的な問題 (おまけ) 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月15日(水)12時39分31秒
あと、ついでですが、病院の施設拡充に伴う教会の敷地内移転とありますが、教会が敷地内で移転するための予算は含まれておらず、病院は負担しない事にしているのだそうです。「我々が大きくなるのだから、教会は自腹を切って移れ」と言う事なのだそうです。違っていたら訂正して下さい。そうでなければこれは見過ごしに出来ない問題としていずれ浮上します。
東京衛生病院のビジョンの致命的な問題 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月15日(水)12時37分29秒
セブンスデーアドベンチストの信徒に無償で配布される信徒連絡雑誌である「アドベンチストライフ」は下のリンクでも閲覧することが出来ます。
http://life.fukuinsha.com/
この最新号に日本の教団の将来ビジョンの特集が書かれていて、過去から何度も同じようなことを言いながら全く実現して機能したためしのないような「予定」が箇条書きに書かれています。その中で特に焦点を医療伝道に絞ってみますと、特に東京衛生病院の医療法人化が病院の働きに不可欠であるということを強調しています。まず、既に何度も嵯峨野教会理事会で指摘している通りですが、医療法人になったからと言って、病院が「財政的な補助を受ける枠組みを確保することにより財源の捻出をはかることも可能となる(原文のまま)」というのは真赤な嘘であると言うことを確認してください。例外は、医療法人が破綻の危機に瀕した時だけであると言う事です。
また病院が地域に無くてはならない存在となるために、病院の特徴
を鮮明にすることが必要なことである。幸い三病院ともホスピス病
棟を有していることで、キリスト教に基づいた終末医療を通して地
域に貢献することが出来る。その為にはチャプレンのみならず、医
師やスタッフが患者の霊的必要に答える病院全体の霊性の工場が不
可欠である。地域に密着した、質の高いアドベンチストの医療事業
を展開していかなければならない。
もうこれによると、三病院は既にホスピスを有することによって病院の特徴を出しているのだという事になっています。つまりSDAの病院はターミナルケアの病院として世に売り出してゆこうと言っているのです。しかし、(末期患者ケア)=(地域医療)ではありません。「地域医療」という言葉の呪詛にはまっていて、もうそれしかないと思い込んでしまっていないかと反省される所です。あと、現代の医療はますます病棟医療を縮小化し、外来医療、在宅医療に重心がシフトしています。外来クリニックにチャプレンなどは無用の長物です。在宅医療については、私も先日日本に帰ったときレクチャーをわざわざ聞きに行きましたが、SDAの病院などよりも遥かに先を進んでおり、人材もノウハウも無い衛生病院が今からそちらに食い込もうとするのは追いつくだけでも相当な困難が予想されます。状況は決して「ライフ」に軽く書き流せるような安易な状況ではありません。
あと、ライフの原文にはこう書いていますが、
三医療機関の中でとりわけ厳しい環境におかれているのは東京衛生
病院である。近隣の病院との競合の中でキリストの使命を担いつつ、
医療の専門性を高め事業を推進することは大きな挑戦である。現在、
東京衛生病院は大きなプロジェクトを遂行している。築後40〜50年
経過した病棟の大幅な改修工事を始め、天沼の敷地を有効に用いて
地域社会により良い医療サービスを提供するための環境整備に取り
掛かった。天沼教会の敷地内移転の構想を含めおよそ10年の大プロ
ジェクトである。
東京衛生病院の周辺の他の一般の、河北病院などの病院が集まって、日本では遅れている小児救急システムの構築を特区申請して実現しようとしています。海外の医療経験者を招聘したり、見学員を派遣して学び取って、杉並区の小児救急システムを国際水準に迄ぶちあげようという趣旨です。また東京西部の武蔵野病院や杏林大学病院(私もこないだも招かれてしがない講演をしてきましたが)でも特殊疾患の集積する病院間の治療情報システムを作ろうとしています。東京衛生病院は、アメリカで教育された医師が何人もかかえながら、そうした創意工夫とは全く縁が無く、地域医療といいながら地域の病院との交流が皆無の状況です。地域の同業者と交流・協力して地域医療に貢献するやる気が全く無いのです。それは一体どうしたものだろうかと怪訝に見られているのです。キリストは結構、霊性も結構(もしあればですが)、しかし、実際のアクションとなると、自分達のメソドロジーだけが最善だという思い込みの塊なのが東京衛生病院なのです。これで何処迄地域住民の満足と理解が得られるかは眞に心細いものがあります。
結局、衛生病院のビジョンの最大の問題は、地域の中で他の医療機関と連携を取る上での互換性が効かないことなのです。今まではそれでもテキトーにやって大きな医療ミスさえ起こさなければそれで済んだようなことですが、社会が医療をモニターしevidence-based
medicineに向かう潮流の中では通用し難い深刻な問題を提起して行くでしょう。
蓋棺録:辺見譲治 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月14日(火)21時25分27秒
神戸アドベンチスト病院の辺見譲治(元)院長が亡くなられた。彼の生前の略歴は
稲田豊氏によりライフに書かれてあるとおりです。彼は北大医学部にいた時に信仰を
持ち、爾来患者第一の臨床家の道を一途に歩んでこられました。実は、何を隠そう、
辺見氏は私が旭川で求道者をしていて医学の道に進もうと決心したときの、医事伝道
者のプロトタイプ(模範)でありました。彼を見て、私もあのようになれるならなろ
うと医学修学の波乱の海に船出をしたのです。私が安息日問題で国内の国立大学を辞
めてアメリカに渡ろうとしていたとき、私は神戸の病院でアルバイトをしたいという
理由を作って、実はこの辺見先生を間近で見て学びたいという一心の思いで、わざわ
ざボロ車に所持品を積んで行きました。彼のそばをウロウロしながら見習い以下の待
遇で学べるものを学ぼうとしたのです。その時の事を昨日のことのように覚えています。
辺見先生は色々なことを丁寧に私に教えてくださいましたが、その後で医局で二人き
りになった時にポロリとこんな事を言いました。
「いや長谷川君(=嵯峨野教会牧師)、みんなはね僕が北大で産婦人科の訓練を
受けてきたと思っているんだけど、そうじゃないんだ。僕の北大での専門は内
科でしかも結核の研究だったんだ。でも外に出て働いている内にやはり産婦人
科をやらないといけないという気持ちになったんだね。それで自分で模索をし
ながらこの道に入っているんだよ」
私はそれを聞いて、この人は自分の得意分野を患者の必要に従って切り開いたのだと
いうことを悟り、目から膜が取れたような気がしました。彼は自ら切り開いた臨床現
場に自分の命をかけていたのです。1979年の事でした。
次に辺見先生に会ったのは1984年の事でした。やはり神戸に行ってアルバイトをする
という理由でした(この時はお嫁さん探しです、ここだけの話)。病院の食堂でお昼
をみんなで食べていましたら、今となればどういう理由でそうなったのかわかりませ
んが安息日問題の議論が始まっていました。安息日遵守で自分の学籍や仕事を棒に振
るなんて馬鹿馬鹿しいという者がおりましたので、私がやり込めていました。そうし
ますと、ふと気がつくとテーブルの向こうに辺見先生のご夫妻がおりまして互いに目
を合わせてうつむき加減にしていたのです。後で他の人が言うには、辺見先生にはや
はり医学部に行っている息子があるが安息日はまだ守っていなかったのだそうです。
それでそういう風になっていたのだとわかりました。臨床に命をかけて一途に突っ走
ることが出来た先生ではありましたが、そこに彼の弱さがあったのです。私は複雑な
想いでありました。
その翌年私は結婚をしましたが、家内の実家の香川県と私の実家の北海道との間の交
通機関の便による中間地点として神戸で結婚式を挙げました。その時に実は辺見先生
がいらっしゃいまして、祝宴のスピーチで、開口一番一言私に、
「あなたは私が今まで会った人の中で一番強い印象に残っている人でした」
と言われました。実は辺見先生が私に対して最も一番強い印象を与えた人でありまし
たので、そのように言われてミカンの皮をむいたらリンゴが出てきたかのような驚き
を禁じ得ませんでした。いずれにしても、私が辺見先生にお会いしたのはそれが最後
であり、風の噂で相変わらず元気だと言う事を聞くだけで、永遠の臨床医のプロトタ
イプとして私の心の中で手を振り続けていたのです。思えば先に出版したモンタナで
の経験( http://homepage3.nifty.com/newSDA/a1ad.htm )も辺見先生を私の手本
としていた意識があってこそ有り得たものだったと思われます。
その辺見先生は、稲田豊氏の記事では死の三週間前まで患者を看ていたということで
すが、またその一方で、他の方のお話によりますと、死の直前に、東京衛生病院の強
引で野放図な医療法人移行計画に疑問を抱き、その前途を憂慮しているとをおっしゃ
られたそうです。患者が第一という姿勢からそのように言われたとするなら、東京衛
生病院は辺見先生の遺言を噛み締めて反省する必要があるでしょう。
頑固一徹親爺の大往生でした。May God bless him!
同感 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月14日(火)20時20分25秒
JOY様のおっしゃることに基本的に同感です。私ももっと反論を聞きたいものと思い
ます。
私も病院や教団関係者からの反論は上記のルールに従っている限りは歓迎する方針です。
病院や教団が批判されているように、嵯峨野教会も当然批判されています。それは異な
る意見が存在する以上は避けられませんが、だからといって、批判に反論も弁明もせず
無視やほっかむりをしたり、組織的な言論封殺をしたり、組織的サボタージュをするの
は精神の未成熟な組織のすることです。われわれの日本の教会組織がそういう稚拙な精
神の持ち主の集団でなければ、嵯峨野教会理事会がもう少し反論や弁明で賑わってもよ
ろしいと存じます。
>ここに病院や教団関係者はどれくらいアクセスしているものなのでしょうか?
少し前もある方とメールなどでやりとりした所によりますと、インターネットを使える
病院関係者と教団関係者は殆どここを読んでいるそうです。だからこそ、時々ある牧師
から的外れの譴責をされたり、病院のサーバーらしき所からウィルスが飛んでくるわけ
です。我々が期待しているのはそういうお粗末で姑息なレスポンスではなく公の堂々と
した釈明です。
聞きたい 投稿者:JOY
投稿日:12月14日(火)18時34分1秒
ここでの貴兄に対する各方面からの反論をお聞きしたいものです。貴兄の一方的な主張をそのまま鵜呑みにするわけではありませんが、(一方的なのかどうか片一方だけの見方では偏りがあるかもしれませんので)それに対する反論がなければ、本当に事実なのだろうということになるでしょうから。ここに病院や教団関係者はどれくらいアクセスしているものなのでしょうか?
補足 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月14日(火)12時56分22秒
下の記事で、津嘉山薫長老が地裁への差止め請求のコーディネーターのような表現で
書きましたが、誤解のない様に言うと、実際の企画者は別の方です。津嘉山長老は寧
ろできればそのようなことをしなくても病院が悔い改めて計画を撤回してくれること
を望んでおられます。しかし私はそういうことが起こる可能性は残念ながら現状では
極めて低いと見ています。この場合、教会員が自分の教会組織の問題を裏表隅々まで
よく知って、それぞれに問題意識と危機意識を共有することが大切であり、決して教
団の身勝手な要求の言いなりにならないようになって欲しいと思います。嵯峨野教会
は東京地裁へのアクションの計画については、自分達の利己的な利害と欲望の成就の
ためには前理事長ですら陥れる事をも平気でするような凶暴な「指導者集団」の横暴
から教会を守るための一手段として積極的に進んで受容容認しますが、信徒の意識が
もっと目覚めるようになることをそれ以上に期待したいと思います。
一般にその教会の信徒であって、自分の教会の内部問題に無関心と言うのは正常な状
態ではありません。教会に問題があるのをないかのように装うのは正しい信仰者のす
る事ではないという反省が必要です。それにはどなたもご異議はないものと存じます。
東京衛生病院医療法人化移行差し止め訴訟 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月12日(日)23時46分49秒
先日も嵯峨野教会理事会で問題として取り上げましたが、東京衛生病院(別名東京アドベンチスト病院)が医療法人化をなりふりかまわず強引に進めるにあたり、北アジア支部への承認を取る際に「計画が天沼教会理事会で承認された」という嘘の報告を提出してそれが露見したという事件がありました。此れに対して総務の東海林氏は「どうせ承認されるのだからそれでよいと思ったのだが」という悪びれもしない言い逃れをしていたのだそうです。もともと主幹の牧師を出し抜いて、緊急理事会を病院と教団上層部で勝手に取り仕切ろうとしたのが阻止されたのも、病院の暴走を少しは減速させる要因となったようです。東アジア支部首脳の間でも、日本SDAカンファレンスが、こうした虚偽の報告を出してきた事実は見過ごしには出来ないとして憂慮をはじめています。不誠実な対応は、偽遺骨を送ってきて嘘に嘘を重ねる北朝鮮と同様で、全く油断も隙もない組織集団である事に気がつき始めているというのが実情です。ところが、この病院はそれに懲りず、だったら承認を取ればいいんだろう取れば、と言わんばかりに、この1月10日にまた天沼教会で理事会を開いて今度こそ抜け駆けをしても承認を取ろうというプランです。しかも、この理事会とやらは、パトラックが終わるか終わらないかの午後二時までに終わらせると言う八百長の即決会で、あらかじめ病院の意にかなう人を集めるなどの下工作を始めています。教会はそれ程軽んじられているのです。また、こうした教団指導者の奇行は教会信徒師弟の教育上も良い影響を与えないでしょう。
こうした不正な工作を弄して医療法人化に血道を上げる病院組織に対して、実は、教会員の側からも反抗ののろしが上がり始めています。とりあえず、紹介するのは、天沼教会の中で、こうした教会を踏みにじる東京衛生病院の素行は受け入れられないとする人たちです。彼らは集まって、来月にあるものと見られる東京都への医療法人化申請の公聴説明会の期日を目処にして、東京衛生病院の医療法人化承認の差し止めを東京地裁に出そうとしています。内部から説得して言うことを聞かないなら、こうした法的権限を用いて暴走を止めさせ、それによって将来教会がこの病院問題から蒙るであろう被害・損害を最小限にするという意味で、これは十分納得できるオプションです。嵯峨野教会はこの働きとはタイアップしておりませんが、祈りによってお支え申し上げたいと思います。なお、この趣旨に賛同して協力をしてみたいと言う方、もっと詳しい事を知りたいという方がありましたら、天沼教会の津嘉山薫長老にお問い合わせになると良いと思います。これは秘密事項でもなんでもありません。教会の皆さんに広くお知らせ下さい。
この問題に対しても嵯峨野教会は基本的に教会の信仰を側面支援する立場であり、信仰よりもビジネスを重んじる東京衛生病院の狼藉的(←これは衛生病院の水上先生の表現ですが)運営に反対するスタンスを堅持します。
ホワイトの反省 その4: ハヌカからEGWへ(後編) 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月12日(日)23時45分44秒
このように、400年の間、ユダヤ人は決してブラブラと無為に時を過ごしていたのではなく、多くの葛藤と戦いを経験していました。しかし、マラキと新約聖書の間には一人も預言者が立ちませんでした。そうしている内に神のみ言葉は廃れ、代わりに人間の言葉、偉い先生の権威ある解釈などが重んじられるようになり、ユダヤの宗教も世俗化してしまいました。キリストが来られてもメシアであるとわからないで殺してしまうまで堕落したのです。そういう期間の終わりに、預言者としてバプテスマのヨハネが立てられているのに気がついてください。彼は、イザヤに預言されていた通り、砂漠に王の道を備える、準備をする者としてキリストが来られる前の準備を人々に促すために来たのです。彼はエリヤの再来と言われています。バプテスマのヨハネがいなければ、世俗の宗教権力者の言い伝えに心が汚染されていた人々の関心がキリスト、メシアへの信仰へ向けられる準備が出来なかったのです。
このように、400年余りの空白期間を回復するために預言者が与えられ、しかる後にメシアが与えられたという事実は、現代の我々にも意味する所が甚大です。まず、この空白期間は、ダニエル書の9章に預言されていたものであると言うことです。その一方で、キリストが天に戻られてから、再び間もなく来られるというその時まで、なんと400年どころか2000年の預言者不在の時間が経過してきました。その間、キリストの教会は始めこそ迫害されましたが、まもなく堕落し、世俗宗教権力としてカトリックが台頭し、その後宗教改革の戦い、流血を繰り返した挙句、ルーテルやアングリカンが宗教世俗権力に成り代わり、その後ピューリタンが新大陸に渡って、それこそ数知れぬプロテスタント諸宗派を輩出しました。その中で、時折教会の中で預言や異言を語る人もあり、また、文字通りの偽預言者などもでて、非聖書的な自称キリスト教団体(物見の塔、統一原理、モルモン、その他)も発生して百鬼夜行の状態になっています。セブンスデーアドベンチストは、ピューリタンから発生したメソジスト、会衆派、及びプレスビテリアンの流れの中で新たに生まれたバプテストを直接の出生のルーツにしていますが、実際は19世紀のミラー運動でこうした教会から焙り出されるように出てきた、その意味で「残りの」民です。第七日安息日の遵守は、SDAの発生後にSDBを通してヒントが与えられ、それを聖書の教えに適うものと受容した結果現在に到っています。キリスト教徒は、ちょうどユダヤ人がハヌカでマカベアの戦いを誇らしく語るのと同様に、ルターの宗教改革の伝統を誇らしく語りますが、それは別に神の預言の霊に導かれたのでもなんでもなく、単に信仰の回復を果たした先人の心意気を語っているのに過ぎません。つまり、現代のクリスチャンは、2000年の預言者の勧告も何もない状態の空白期間の後で、宗教改革の伝統であるとか、偉い神学者の言葉(例:高橋義文学長の大好きなバルト、ボンフェッファー、ブルトマンなど)のような聖書解釈で聖書史観をふりまわすようになっていますが、それは、400年の空白期間を経たユダヤ人の宗教指導者たちが、トーラーや詩篇の言葉の他に、偉いラビの語った有職故実やあとづけの神学解釈を重んじるようになって、パリサイ派とツァドカイ派に分離して堕落したのと本質的に同じ状況なんだ、という事を知って欲しいと思います。
こうした空白期間の混沌を克服して民が聖書の基本認識に立ち帰ることを促すために預言者の準備が必要であったのです。400年の空白の為にバプテスマのヨハネがあり、2000年の空白のあとに、ちょっと記憶力が定かではないような人間的にははなはだ頼りなくて心もとなく見えたエレンGホワイトが立てられたということです。果たして、400年の空白のあとのユダヤの宗教指導者と世俗の権力はバプテスマのヨハネを拒否しました。現代は、三育や世界総会の神学者がエレンGホワイトの預言の勧告を軽んじて、プロテスタントの福音主義の基本に帰ろうというような事を言っていますが、それは、歴史に不注意でいる人は、まともな正論だと思い込んでしまいかねませんが、実は、それは神の召された預言の霊の勧告からバックスライドして、人間の言い伝えに逆戻りすることになっているのです。そういう意味で、ホワイトの勧告は、単なる宗教改革の思想の焼き直しではなく、神の霊感に導かれて与えられたアドバイスも入っているということを斟酌しなければ、バプテスマのヨハネを拒絶してメシアを十字架につけた愚かなユダヤ宗教指導者の行為を繰り返すことになるでしょう。ともあれ、「指導者」はいつの時代にも欺く可能性があることを各自肝に銘じて下さい。最後は自分で真偽を確かめなければダメです。
(2004年12月11日記)
ホワイトの反省 その4: ハヌカからEGWへ(前編) 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月12日(日)23時44分40秒
現在嵯峨野教会理事会掲示板では、教団や病院の不正疑惑を厳粛に追及しておりますが、それは必ずしも当教会のメインの働きではありません。もっと大切な働きは、SDAにつまづいた人、またこれからSDAに加わろうとしている人たちにSDAとは何か、どうしてこのような聖書宗教団体があるのかという意義をインターネットを通して幅広く世に語ることです。指導者の批判はあくまでもそのおまけであるという認識でお願いします。前口上はそれ位にします。さて、
ハヌカのことは皆さんご存知ですか。今日は、このハヌカからエレンGホワイトが預言者であった必然性を簡単に述べます。今ハヌカの祭りとして伝わっているユダヤの祭りは、今でこそ、クリスマスとしてデフォルメされてキリスト教に転移していますが、これはもともとユダヤの国で起こった戦いの伝承です。聖書を開いてみますと、旧約聖書の最後のマラキ書がありますが、これが終わった後、次の聖書の巻は新約聖書のマタイによる福音書が出るまで、およそ400年の空白期間があります(日本の歴史から言えば、江戸幕府が開かれた1603年から、昨年2003年までの間がブランクになっているようなものです。)。この聖書上の空白期間の間に如何に多くの出来事が起こったか、ハヌカの由来となった戦いもその内の一つに過ぎません。
アンティオコス・エピファネス(名前の原意は「神を具現する対抗者」)というおどろおどろしい名前の王が、自分の像に跪拝することを命じ、イスラエルの神殿に踏み込んで汚し、トーラーを読んだり、割礼を行うユダヤ人を死刑にして、ユダヤの宗教を絶滅しようとしました。しかし、もっと悲惨なことは、自分の身を守るためにこのアンティオコスの言いなりになっていたユダヤ人も少なからずいたということです。そのような逆風的な試練の中で、祭司のマカベアは、大衆が集まっている面前で、神の家を汚しているアンティオコス・エピファネス王の代理人とそれに追随するユダヤ人を剣で刺し殺し、「誰かこの中で神につくものはあるか、あれば立ち上がれ」と言って、それからユダヤ人が聖書の宗教を異教の権力から守るための激しい戦闘が始まりました。その結果、とうとうマカベアの息子が先頭に立って戦ったユダヤ人達がアンティオコスを撃退し、神殿を回復しました。その時に神殿のメノーラ(燭台)に僅か一日分しか明かりの油が入っていなかったのに奇跡的に8日間燃え続けたという事から、この時の正義の回復の戦いが神に祝福されたものとして、以後「光の祭(ハヌカ)」と呼ばれています。新約聖書でも、キリストがハヌカの祭りに神殿にやってこられたという記述があります。どこにあるか各自探してみてください。
まさにハヌカの出来事です 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月11日(土)14時33分25秒
>2004年のハヌカの祭りの入りの日となりました。
>今年のハヌカの祭りは、12月8日〜12月15日です
弱き者様が書かれておりますが、今はハヌカの祭りです。
神殿を汚していたアンティオコス・エピファネスに対して
勇気のあるユダヤの人々が立ち上がりました。
みなさんもそれぞれの場所で勇気を持って聖書のみ言葉の
剣を持ち、正義に固く立つ決心を厳粛にして下さい。
さらにダメ押しの一撃 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月11日(土)14時11分33秒
みなさんに確認をしておきますが、東京衛生病院が医療法人として宗教法人である教団(カンファレンス)から独立するために、衛生病院はこの教団から土地などの資産の寄付を受けることが要求されています。ですから、教会の資産の相当分が病院に根こそぎ持ち去られてゆくのだという事を知っていて欲しいと思います。わずかの資産だけを残された教会は維持するのも困難な状況になるのです。牧師の給料を払うだけでも赤字になっていた教団なのにこの上病院に奪われ、教会組織の維持は格段に困難になるという事を知る必要があります。これは危機的な状況なのです。教会の自己破壊行為と言っても過言ではありません。これは東京衛生病院の内部事情を知っている医者である私が自分の信仰と体を張って言っている警告の言ですから一応は聞いてください、みなさん。
微修正 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月11日(土)13時32分16秒
嵯峨野教会過去ログ34でも参照できますが、
私は去る7月25日に都内滞在中のホテルから
次のように書いて発信を行いました。
一部再掲示します。
>アドベンチスト・ライフの誤情報 投稿者:嵯峨野教会牧師 投稿日:
7月25日(日)22時27分15秒
>
>7月24日土曜日の安息日、私は杉並にあるSDAの都市部教会では最大規模といわ
>れる天沼教会に表敬訪問を行いました。天沼教会はSDAの東京衛生病院と隣接
>して、教会がまずあって病院が祝福されていましたが、今は病院管理者がのさば
>って、あたかも病院がそこの地主で、教会はその許可を得てようやく残っている
>借地人のような風情になっていました。しかし、教会に行って配られたアドベン
>チストライフの最新号(8月号)を見ると、その「あたかも」は間もなく、正真
>正銘の事実となるであろうことが書かれていたのが私の目を引きました。
>アドベンチストライフの同月号20ページに、東京衛生病院の事業計画が述べられ
>ています。今まで病院の事業計画が事前に信徒に詳しく知らされたことはありま
>せんでしたから、これは、多少の進歩であろうともいう人もありますが、それは
>少し認識が甘いです。そもそも、当嵯峨野教会理事会でも明らかにした通り、東
>京衛生病院の医療法人化は、先日の京都の牧師総会でも牧師などの参加者に事前
>に資料も配られず、参加者がくたびれて休憩に入る直前の15分で一方的に提示さ
>れ、十分な討議も出来ないうちに舎利無理「承認された」という事にされてしま
>ったものです。
>
>ライフ8月号には、衛生病院が医療法人となることのメリットを次のように箇条
>書きにしています。
>(1)生き残りをかけた病院経営の為に迅速な対応が出来る
>(2)医療法人でなければ受けられない各種の補助金の対象になる
>(3)医療事故などの訴訟問題から教団を守ることが出来る
>(4)宗教法人から分離することによって教団の財産を保全できる
>
>(1)医療法人となると、維持だけですら煩雑な書類手続きが必要になり、運用が迅
>速になるとは決して言えません!
>(2)について、医療法人となっても、全体としての経済上のメリットはありません。
>税制の優遇も、国や都からの補助金もありません。
>ですから(2)は完璧なウソです。
>(以下は省略しますので全文は各自、過去ログ34収録の該当記事を参照してください)
と上のように書きましたが、新たに判明したことがありましたので、特に(2)に
ついて私の認識が甘かったと言う事で、お詫びの上、上記のステートメントの微修
正を致します。まず、税制の優遇も、都や国からの補助金もないというのは正しい
ですが、医療法人になった結果補助金が得られる例外がある事がわかりました。で
すから此れ自体は100%嘘という訳ではないと言うことになりました。但しそれで
ライフ記事を書いた人が倫理的に正しかったという事にはなりはしません。なぜな
ら、その補助金とは、医療法人が経済的に破綻して潰れそうになり不甲斐なくなっ
た場合に限って、救済の名目で助成金が出る特殊なものなのです。つまり、医療法
人が潰れそうにならない限り出ることはない補助金です。換言するなら、
東京衛生病院が補助金がもらえるメリットをあげて医療法人化を主張
するのは、東京衛生病院の経済状態が倒産・破産寸前の状態にあるこ
とを前提認識にしている事を公に認める事になる!
ということです。しかし、はじめから倒れそうになる事を期待して医療法人化を推
し進めようとしている病院なんかにどこの銀行が融資などするだろうかと考えてみ
てください。そんな愚かな銀行はありません!
おや? 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月 9日(木)21時22分2秒
高橋義文学長や、無為徒食のアマチュア神学者のジョージナイトなどが不倶戴天の
目の敵にしているチャールズウィーリングの聖書ミニストリーの人たちも、2300の
朝夕の起算点がエルサレム再建命令と同じにしていることの間違いに気がついて、
問題提起を始めています。それはいいことです。私が手紙を書いて問題を指摘した
からそうなったと言うわけではないと思いますが。聖書をきちんと読み直して反省
すれば誰でもわかりますよ、みなさん。
光の祭りの季節です 投稿者:弱き者
投稿日:12月 8日(水)07時37分1秒
2004年のハヌカの祭りの入りの日となりました。
今年のハヌカの祭りは、12月8日〜12月15日です。
ハヌカの祭りについて、以下のURLをご紹介します。
ハヌカの祭り、おめでとうございます。
全ては主の栄光の為に。輝ける光なるキリストを讃えます。アーメン。
http://asiamessia.ld.infoseek.co.jp/feast/chanukkah.htm
事実はどうだったのかというと 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:12月 4日(土)21時26分58秒
今月号のアドベンチストライフに、一旦は「禁書」にされて教会書籍販売店に置くこ
とすら拒絶された、「福音の解体新書(英語タイトル:Beyond
Belief)」の宣伝が
掲載されており、紹介文には次のように書かれています。
商品番号716423
「福音の解体新書」
数年前にライフ誌に掲載されたものを
新たに邦訳しなおしました。福音を解
き明かすことが本書の目的です。なお、
米国で発売された当初広く読まれまし
たが、その後内容の一部について神学
的な問題が指摘されたため、現在も議
論のある書籍です。
一度は拒否しながら、一転して認めたのは、水面下で内部の葛藤があったからですが、
牧師・教師に配られた「牧羊」という連絡紙には、高橋義文SDA神学校学長が冗長
で焦点の定まらない「批判文」を書いています。一般信徒どころか、外部の人に読ま
せても「支離滅裂」で文意がわからず、何が間違っているのか、どこが致命的な欠陥
なのか、まったくわからない批判文でした(嵯峨野教会理事会掲示板前述)。ところ
が、訳者の辻氏によると、なんとこの高橋義文氏は、この本が教会書店に並べられる
のが許可される前、辻氏の家に忙しい昼間にわざわざ電話を掛けてきて、このセクエ
イラの本がいかに間違っていて、翻訳して日本の読者に紹介する価値のない本である
かという事を、二時間位一方的にしゃべりまくって切ったのだそうです。SDA外の
教会からはキリスト教新聞などから前向きな評価を得ているというのに、どこが正し
くないのかを論理で明確に指摘することすらせず、「こんな本をわざわざ買ってよむ
人はいない」とかまくし立てただけだったそうなので、まさにハラスメント(嫌がら
せ)の目的で電話をしたのだと思います。一般に、高橋義文学長は自分の意見を文書
にするときは玉虫色にして、本音は書かず、こうした文字に残らない形で大衆を誘導
するような言辞を用いますのでその行動には注意が必要です。特に、今の場合、聖書
は知っていても「神学」に明るいわけではない一般信徒や外部の他教会の人も読んで
いるというのに、それが何であるのかの表示もなく、広告に一方的に「神学的問題が
ある本だ」と書き加えるのはフェアではありません。そこに大きな問題があります。
読者は、そんなコメントを広告に書き加えさせた人の度量と見識を疑うでしょう。読
者は此れを見て、問題があるなら、どうして販売を許可しているのかと考えるからで
す。(それとも、自分から一冊もろくな著書も訳本も出版せず学校の四大化に逃避する
しかすることのなくなった学長が、若い辻氏の出版に嫉妬して嫌がらせをしていると
みられるのが関の山ですし、現にそういう解釈が教会員に広がっています)
こうしたアンビバレンスは、教団の内部にも神学理解の不一致がある事をはからずも
信徒と外部の読者の前に雄弁に物語っています。その意味でも、特定の神学者の個人
的な神学的見解に左右されたり偏ったりしないためにも、この本はSDA信徒すべて
に葦編三絶するほど熟読されることをお勧めいたします。そして「問題がある本です」
とだけ言われて、はいそうですか、わかりました、と言って納得したフリをするので
はなく、各自自分で読んで、どこに問題があるのか、何が学長氏の神学と違っている
のか、自分の目と頭をつかって自分の責任で判断を行って欲しいと思います。いまこ
の機会こそ、それぞれ与えられてた意志と知性と判断力を働かせて教会員が成長する
チャンスかもしれません。上の人にそういわれたことに従っていさえすれば天国に行
けるなどと思っていては滅びますよ。
いえいえJOYさん 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:11月29日(月)06時15分9秒
これは私一人の力によるものではありません。
神のご恩寵によることもさることながら、幾人かの志を同じくする人々の
助けと祈りによる支えがなければ、決して嵯峨野教会の働きは立ち行かな
いのです。お祈りによりお支え下さいますと幸いです。
敬服 投稿者:JOY
投稿日:11月28日(日)23時09分51秒
あなたのバイタリティーには敬服します。
私は・・・だめですね。
不明朗な学院土地購入 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:11月28日(日)05時25分40秒
先に嵯峨野教会理事会でもこの夏に報告しましたが、この教団が十分な資金もないのに
袖ヶ浦の旧三育学院跡地を買い戻しました。価格は一億五千万程であるということです。
早速何人かの作業員が袖ヶ浦の敷地に入って地境の確認とか、三育学院の土地だという
看板を立てる作業をしているらしいです。そんな無理をしてこの土地を買い戻してここ
に新生の三育カレッジを建設するのかと思いきや、当の三育学院学長の高橋義文氏は、
早々に「袖ヶ浦に移転せず大多喜に於いて四大化を敢行する」と公式に決定をしていま
すからそうは問屋が卸しません。購入の一億五千万にしても、学院からは5千万出した
とはいえ、既に大多喜で四大化すると言った以上、学院四大化の為に集めた「募金」は
袖ヶ浦の為には使えなくなってしまったので(使うと法に抵触します)、学院からの5
千万円は袖ヶ浦の購入の為に学院が貸したという名目になっているのだそうです。触法
すれすれのアクロバット演技をやっているのです。大多喜で四大化すると言わなければ
そういう変なことをしなくてもよかったのですが、だからといって袖ヶ浦に移転して四
大化するという決定をすると、法により2,3年の期限内にカレッジを移転しなければ
ならず、初めからそんな資金も基礎体力もない三育学院には無理な相談です。だったら
どうしてこの時に袖ヶ浦を買い戻したのか、黙って放っておけば、資産価値がさらに下
落して一億を切る価格で購入できたかもしれません。それにしてもかつては神の与えら
れた土地であったのに、今となれば何も使い道のない土地です。信徒から「どうして買
ったのですか」と問い詰められた白石理事長はそれに対して「これはSDAの夢だから
です」と答えたのだそうです。教会の夢なら、無理をしても不正をしてもいいのか、前
理事長が不当な言いがかりをつけられて罷免されたのも袖ヶ浦買戻しに消極的だったの
が発端ですが、そんなことまでして買い戻す価値があったのか、天沼臨時総会の茶番劇
を演出して信徒に予想外の大出費と大損害を押し付けてもいいのか、どうしてそこまで
して袖ヶ浦に今更執着することが正当化できるのか、そこまでの犠牲を強いた購入なら
どうして教会の内外の人々(借入れの銀行金融関係者にも)に対して納得のゆく説明が
出来ないのか、などの事が問題です。「教会の夢だ」などという稚拙な言い逃れは教会
の内外の笑いものになるだけでどこにも通用する理由にはなりません。そもそも袖ヶ浦
を勝手に手放して売り出したのは自分達だったのですから、責任逃れはできません。そ
れに、夢ともうつつともつかぬ妄想で教会員に出費と犠牲を求めるのは指導者の倫理に
もとります。結局、この場合、購入強行の首謀者は高橋義文先生でいらっしゃるようで
すから、法的には彼に第一義的な説明責任があると看做されます。嵯峨野教会理事会も
この問題をロストしないよう注意深い追跡を行います。
ホワイト夫人の反省記事の連載は継続しています。
ホワイトの反省 その3 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:11月28日(日)03時38分38秒
みなさんは、セブンスデーアドベンチスト以外のキリスト教会に出席したことがありますか。それは一回や二回ではなく、何回かで、さらにそこでの聖書研究に参加したことがありますか?という事です。もちろん、昔はSDAは他の教会から安息日の真理に目覚めてこられた方々(私の家内もそうですが)が多かったので、そういう質問をする必要はなかったのですが。どうしてそういう質問をするのかといえば、そこで教えられてきたキリスト教の福音主義とやらの教理がいかにSDAのそれと違っていたかを実体験で学んでこられたかということを確認したいからです。SDAの中しか知らなければ、SDAの教理がいかに外界から「隔離」されて守られて育ってきたかという有り難味がわかりません!
とりあえず、バプテストあたりはSDAとそれ程大きく違いがないからいいですが、カトリックは論外。某プロテスタント諸派なんかにいくと、罪人は全員赦されて救済されるとか、再臨はもう来ていますとか、アブラハム、イサク、ヤコブは教導のために作られた架空の人物ですとか、十戒は廃されたとか、キリストの再臨の前に義人だけ雲に上げられますとか、それくらいならいいですが、悪人は、サウジアラビアあたりにテントを張って、そこでキリストの義を学んでそれから天国に入りますとか、6日間の天地創造は事実ではない神話ですとか、旧約のイザヤ、エレミヤ、モーセなどはキリストの十字架を知らされていませんから、そのままでは滅んでしまいますので、天国に入る前に再教育を受けます、とか、キリスト者は共産党と共闘すべきですとか、まあーったく聖書の何処を読んでそんな世界観を持ったのかと言ってその場でピンダウンしてやり込めたくなるようなアンビリーバボーな教理を得々と説いている教会がゴマンとあるのです。そういう外れまくったプロテスタント教会の中でSDAが新旧両聖書を通してバランスの取れた福音観をもった教理を教えて曲がりなりにも維持しているというのは、驚くべきことであります。
しかし、どうしてSDAがそういうバランスの取れた福音観を教理に維持できたのか、ということを反省するならば、どうしても小さな光を掲げたエレンGホワイトの功績を無視することが出来ません。ホワイトの勧告がなければこの教会は聖書的教理をたてあげることは出来なかったということをもう一度反省して欲しいと思います。1888年のミネアポリス総会で信仰の義の問題が激しくディスカッションされたということは、教会員なら誰でも知っていることで、バプテスマの前に牧師から教えていただいたことであると思いますが(嵯峨野教会ではそれは教えてもらっていることを前提でここで話を進めています。教えられていない人がいましたら、それはその牧師の怠慢です)、これはSDAが他の福音主義教会に追従したのはなく、背教してSDAに絶縁状を突きつけて去っていった村上良夫氏が言ったような単にSDA教会が「正常化」したのでもなく、神の預言者の霊感の指導に従った結果そうなったまでだという認識が必要です。その意味で、SDAが律法の必要を前面に置きながらかつ福音主義教会のカテゴリーにとどまっていられるのはEGWの預言の霊の指導の結果であると謙遜に認める必要があります。ホワイトを否定して、かつ、この教会で福音主義を語るなら、そのような牧師はホワイトの預言の霊の功績を教会組織の人間の努力の結果として盗んでいるのであり、霊的窃盗罪が適用されます。
ホワイトの反省 その2 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:11月26日(金)01時41分23秒
1844年の起算点の問題、ホワイト夫人の限られた記憶・認知能力の問題など、こうした問題を考えてゆくにあたり、まず我々が厳粛に認めなければならないことは、「現行のセブンスデーアドベンチストの預言解釈が無謬であるわけではない」ということです。はっきりしていることは唯だ一つ、神が聖書の預言を信じて自らを練り清めキリスト・メシアの再臨を待ち望んでいる人々をエレンGホワイトの勧告によって救済したということです。よって、この教会の創生にあたり神がホワイトを通して教会の存在の根拠を与えられ、それに従って建てられた教会であるということです。奇麗事ではなく、神はこのような弱いものを預言者に召してあなたを救われたのだ、という厳然たる事実に向き合って受容する勇気が必要です。それらも含めて一切合財ホワイトの勧告を否定して無視するのであっては、我々の教会の存在意義を否定することになります。ホワイトから目をそむけることは自らの「神の民」の惨めさと弱さを直視しない不誠実です。そういう不誠実な人たちに限ってホワイトがどんなことを書いているかろくに読まないまま、教会をフラットな福音主義にプッシュしているのです。ホワイトををホワイトの真実と証の文の摂理を正しく再評価して教会外部の一般の人々の批判的エヴァリュエーションに耐える説明をしてあかしをする事がこの教会がこれから来る激しい世界の動きのふるいのなかで生き残る唯一の道です。今からでも遅くはありませんから証の文を持っている人は、嵯峨野教会の理事会で語られることについてゆくことが出来るようにお読み直しをお願い申し上げます。
ホワイトの反省 その1 (一部再掲) 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:11月26日(金)01時32分52秒
彼女の生い立ちを簡単に振り返ってみましょう。エレンは1827年にメイン州のポートランドで生まれました。アミッシュで、世界的に著名なMasonとIlluminati、およびキリスト教に似せたその下部機関であるWatch
TowerやMormon等の批判的研究者の一人である Fritz Springmeierが書いた"Be
Wise And Serpent"という本の第1章に、エレン・ゴーハムが実は「ユダヤ人」であること等の情報が出ているそうですが、現在確認をとっています。彼女の生まれた当時はポートランドは田舎の町で、家の回りは広大な空間が広がっており彼女もそういう広々とした所に住むことを好むようになりました。まもなくメイン州もヨーロッパからの移民が押し寄せてきてだんだん人口密度が高くなり、家の前に広がっていたポートランドの浜辺も埋め立てられて鉄道の操車場にされてしまいました。そういう自然の広がりへの憧れが後にホワイト夫人を西へ(つまりカリフォルニアやオーストラリアへ)動かした伏線になっていると言われています。
彼女が9歳の時、近くの小学校に通っていましたが、学校の同級生に不注意に投げられた石が顔面に命中し、鼻を骨折して意識不明になると言う事故がありました。この時は意識が回復するまで3日もかかったと記録されています。意識が戻っても、小学校の教師から勉強の継続は不可能と言われて、そこで彼女は小学校を中退しなければなりませんでした。この時に彼女が一体どういう損傷を受けたのかは今となれば墓を掘り出して陪検を行っても特定できないかもしれませんが、この描写から判断する限り、静脈洞に感染を起こして、側頭葉内側を損傷した可能性が有ります。後の彼女の突発的な意識消失は従って側頭葉てんかん発作であった可能性があります。しかし、それは彼女が預言者にふさわしいかどうかには全く関係のない事です。
彼女が12歳の頃に、ちょうどウィリアムミラーによる覚醒運動と再臨運動キャンペーンがあり、いろいろなキリスト教の教派からも信徒や聖職者が関心を持って集まっていました。エレンも母親と一緒にその話を聞きに来ていたのです。この再臨運動のバックとなっていた思想は、旧約聖書ダニエルの2300年の後聖所が清められるという預言を、エルサレム再建許可命令が出された時から起算すると西暦1844年に当たるので、この時こそ待望のメシヤであるキリストが再臨するであろうという考え方でした。しかし、結論から先に言うと1844年のRosh
Hashanaの時(ユダヤ暦に従った祭日)にはキリストは来られず、緊張して待っていた人は大失望を味わいました。そこで再臨運動は頓挫を来し、失望した多くの人々が信仰から離れて行きましたが、一方、自分達の聖書理解には間違いがあったか認識の詰めが甘かったのではないかと反省した人々は、ミラーの趣旨を引き継ぎました。(しかし、当ホームページの読者は既に気がついておられるように、2300年の起算点そのものが間違っていたので、1844年という年代には実は意味がなかったのです。)
http://homepage3.nifty.com/newSDA/egwhite.htm
上の文はホワイト夫人再検証のHPの一部分の再掲示です。嵯峨野教会牧師は読者に厳粛な注意を喚起したいと思います。まず2300の朝夕というのはダニエル書8章の預言ですが、イスラエルのための70週の預言はダニエル書9章の預言であり、70週は事実エルサレム再建の命令から始まるのは聖書から明らかですが、70週の初めと、2300年の始まりが同じであるという示唆は実はダニエル書の何処にもないことを各自で確認してください。それどころか、幻の順序からして、常供の燔祭が取り除かれるのは雄羊であるペルシャが倒され、雄山羊であるギリシャが勝って後である以上、ペルシャが存続している最中に出されたエルサレム再建命令が2300の朝夕の起算点であるはずがないのです。どう考えてもその起算点は、さらに100年以上あとのペルシャ滅亡以後としなければなりません。ということは1844年というミラーの数字の設定は正しくなかった、しかし、セブンスデーがそれを認めた上でミラーの志を継いだということになります。しかしミラー運動を継承した19世紀の人々やエレンGホワイトはそのポイントに気がついていたかいなかったかは別として、1844年には一定のリスペクトを維持しました。起算点を誤ったならなぜ訂正をしなかったのでしょうか。
聖書研究室も同時進行です 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:11月25日(木)10時28分57秒
嵯峨野教会の理事会の重大なプレゼンテーションとは別に下のリンクの聖書研究
室は独立同時進行ですので、どなたでも忘れずご参加下さい。
最近ある牧師の方が私に忠告して、嵯峨野教会は教会から離れて行った人を救済
する目的で立てられているとはいうものの、真面目な人の中には、かえって嵯峨
野教会を見てどうしてそこまで厳しく真実を書く必要があるのかというので逆に
つまづいている可能性があると言われました。確かに、兄弟をつまづかせるくら
いなら首に挽き臼をつけられて海に沈められた方がましであると聖書に書いてあ
ります。しかし、一歩下がって考えていただきたいことは、果たして信仰という
のは真面目だ純粋一途だということだけで成り立つものではないという事です。
「私の民は知識がないゆえに滅びる」とも書いています。真面目なだけで証の文
も聖書の深い洞察も学ばずにいる信徒は成長がありません。それが理由で嵯峨野
教会につまづくのは嵯峨野教会の理由ではなく己の聖書と証の文に対する無知の
理由という事になってしまいます。つまづく理由を私達嵯峨野教会に帰するので
はなく、ここに来て共に聖書を読んで学んで欲しいと思います。嵯峨野教会に疑
問を持つ真面目な信者の方は牧師に不平を訴えるのではなく、是非嵯峨野教会の
理事会でガンガン質問をしてぶつけるように奨励をお願いいたします。人生は一
度しかありません。その一度の人生に尋ねるチャンスがここにあるならどうして
その機会を用いないで終わるべきでしょうか。
http://8028.teacup.com/realsda/bbs
みなさんにお願いしますが 投稿者:嵯峨野教会牧師
投稿日:11月24日(水)21時08分14秒
下の臨時ニュースをコピーペーストして、他のEメールアドレスを持っている
教会員の方々に拡散配布をお願いします。ホワイトの預言の霊の勧告を読んだ
事のある人であれば、自ら心頑なにして拒まない限り、これを見ればすぐに事
態の重大さと危機意識を共有することが出来るはずです。
教訓をかたくとらえて離してはならない
それを守れ。それはあなたの命である
よこしまなものの道に入ってはならない
あしき者の道を歩んではならない
それを避けよ、通ってはならない
それを離れて進め
彼らは悪を行わなければ眠ることが出来ず