若手委員会報告
・若手委員会について
若手委員会は、SDA教団、教区で働く若手職員の自主的な集いである。ここでは、各
々の持ち場での課題を分かち合うことにより、教団組織全体の傾向を確認し、これ
からの組織運営に参考となる意見を提案できればと願い話し合いが持たれた。教団
経理課の真境名悟、キャンドゥ原宿の田渕裕が連絡役となりすでに三回の討議がも
たれている。(参加延べ人数、約25名)
・若手委員会討議報告
以下は、委員会(平成12年5月31日、7月11日、7月30日)での討議内容
を、組織、伝道、人事、実務、その他、の項目に分け記したたものである。
組織
a) 教団のリーダーには大きなビジョンをもって、きびしい決断をしてもらいたい
。(リストラクチャー、減給、ボーナスカット等)またリーダーのビジョンが現場
まで伝わって来ていないという全体的意見。
b) 教団統合後、部局が集まり、お互いが有機的に絡み合い、情報交換を行いなが
らの発展的伝道活動が期待されたが、期待されたほどの絡みが見うけられない。
c) 教団上層部は当面の問題への対応や会議に追われ、戦略的なプランによる伝道
を考える時間を多くとれない傾向があるのではないか。課題に対応したプロジェク
トチームを作り、考え出されたアイディアを判断する役割を積極的にになう、その
ような方向性が健全ではないか。
d) 教団組織のリスクマネージメントが不十分なのではないか。災害などの物理的
危機対応だけでなく、経営、倫理、法律等の分野でのリスクマネージメントや専門
家の育成が十分でない。
e) 総会総会で指導層が変更したとしても、継続しなければならない事柄が継続す
るような体制でなければ、長期的な伝道戦略の維持が難しいのではないか。
伝道
a) もし今の信徒数を倍にすることがビジョンの一部分なのであれば、どう倍にす
るか等のソフト提供が乏しい。また、もし経済的な理由で「倍」という目標を出し
ているのであれば、ビジョンとしての展望が狭いのではないだろうか。ビジョンの
結果が対外的でなく、組織内に向いたままである。
b) 教会での様々な問題が、牧会的配慮という言葉で包まれてしまい、課題が表面
化しにくい傾向があるのではないだろうか。これからはもっとオープンに課題を開
示し、そのような事に対する、牧会的配慮に加え専門的対応を進める必要があるの
ではないか。
c) 伝道戦略に関わる人の顔ぶれが決まっているので、今までにない発展的なアイ
ディアや、従来の枠を越えた発想が出づらいのではないか。今そのような役割を果
たしている方々は、適切な委員会を積極的に作り、そこで出たアイディアを実践す
るための判断と後押しの役割をになうべきではないか。
d) 専門家の育成−例えば東北など、医療が地域と密着している場所では、ミッシ
ョナリードクターの果たす役割が大きいのではないか。その他、牧師ではない、プ
ロの宣教師等、伝道にたずさわる専門家を教団が育てる必要があるのではないか。
e) 「感覚」で物事が進みすぎる傾向がある。つまりプログラムを企画するにせよ
、伝道戦略を練るにせよ、それ以前の情報収集が不十分ではないだろうか。またそ
のような情報を集め、管理し、発信する者がいない。他を削っても、これからの情
報社会では必要になってくる職務ではないか。
f) 部局の姿勢は、「教会をお世話する」といったものではなく、教会が対外的に
何かをする際の「ソフト提供」、というスタンスに変わっていくべきではないか。
つまり「教会で」何をするか、ではなく、「教会が」何をする、といった発想が、
これからの伝道の大前提ではないだろうか。
g) 「信徒一人が一人を導く」ためにも、サンプルとなるモデル教会を作る必要が
あるのではないか。その成功を見れば、それが大きな動機と勉強になるはずである
。
h) 教会と地域の絆を今以上に強める必要があるのではないか。教会敷地でのフリ
ーマーケットや、教会員の、地域ボランティア活動への率先した参加姿勢などを強
める。これは地域社会に対する教会からの還元とともに、人々に教会の存在を認識
してもらう役割となるのではないか。今まで、内に目の向きがちな教会を育てた、
その体制を変える時期ではないか。
i) 土曜日の午前11時〜12時だけが定められた礼拝の時間というわけではない
ので、礼拝のもたれる時間をフレックスにする必要があるのではないか。そうする
ことで、今まで教会に足を運ばなかった層の人々の礼拝参加を望めるのではないか
。
j) 物事が日本の人々の間に定着しているかしていないかをはかる目安は1千万。
1千万人の人がしていることは、だいたい日本中に行き渡っていると考えられる。
つまり地域人口の1割の人が求めている二ードを満たすような活動に焦点をあて、
伝道につなげるような工夫が必要ではないか。例えば、人口の2割は高齢者である
から、高齢者にホームヘルパーの介護を提供する、高齢者専門の教会などがあって
もいいのではないか。
k) 教会の雰囲気を低下させているような長老が多いという意見。そのような方を
傷つけず、かつ教育する必要があるのではないか。
l) 伝道委員会で何が話されているのであろうか?「一人が一人を導く」といった
ゴールに向かって、具対策(どうやっての部分)が着々と練られていることを若手
委員会は願いたい。意見調整の場になってしまっているのであれば、委員会の姿勢
、体制、質を変えるべきである。
人事
a) 長期の伝道戦略の一環として、人材のアップグレードを組織的におこなう必要
があるのではないか。また学びの過程にある者、既に専門知識を持っている者など
の情報を収集し、把握することにより、このような方々をこれからの教団の資源と
して用いて行く姿勢が求められるのではないか。
b) 質のあるサービスを提供するため、スペシャリストの育成が必要なのではなか
。教育伝道、福祉伝道、医療等伝道等、様々なサービスをすでに教団は提供してい
るが、サービスを充実させるために必要な専門家が育っていない。また経営や行政
の専門知識を持たない者が、そのようなサービスを運営するとき、社会的信用を落
すような事態が起こり(シャローム東久留米、広島三育学院等のケース)、教団全
体の伝道活動に悪影響をおよぼすのではないか。
c) 職場において評価される機会が少ない。(役職者も含め)おこなった事に対す
る精神的力づけや、足りない事に対する指導がなく、職場の雰囲気が漫然としがち
なので、なんらかの評価システムが必要なのではないか。
d) 牧師の継続的な勉強会が必要ではないだろうか。現実的な問題が教会や地域で
起きたときに、ナイーブな対応をしてしまい、逆に人を傷つけたり、教会の信用を
落とすようなことをしないためにも、牧師のフォローアップセミナー(神学的な事
以外にも、倫理、心理、福祉、法律、社会情勢等の学び)、事例検討などを義務と
して行なうべきではないか。
e) 牧師の配属をドラフト制度にしてみてはどうだろうか。例えば、人気のある牧
師は各教会がドラフトし、最後に残る牧師は開拓伝道等にまわり、実績が積まれ、
認められればまたドラフトされるというようなシステム。このように、「牧師は信
徒に評価される」といった緊張感が必要なのではないか。自由業サラリーマン的牧
師が自分の課題を知り、変わってゆくきっかけにもなるのではないだろうか。
f) ABCに人が多く、しかしそのわりには小回りの効く若手が少ないのではないか。
ある程度の収入を期待するのであれば、そのような部分が発展的展望のもとに改善
されるべきではないか。
g) 伝道、組織運営などの重要事項を考える時間が役職の方々から削られぬよう、
信徒の個人的クレームをうけ、それらのクレームを仕分けするような窓口(企業で
いうお客様相談)が必要なのではないか。ここがクッションとなり、信徒の細々と
したクレームをある程度事務的に処理し、そこで負えない問題に関しては、またし
かるべき場所で考えるというようなシステムがあってもいいのではないか。
h) 現場で上司に育てられていると感じられない状況がある。ある意味で野放し状
態で、評価もされなければ、指導もない状態があり、それが職場における前向きな
動機につながらないのではないか。
i) 能力のあるベテラン職員に対し、その人を曖昧な立場や役割で使うのではなく
、(性別に関わり無く)責任やポストを与えるといった、積極的な人事が必要なの
ではないか。(例えば、ベテラン職員を部局総務にする等)
j) 役職者が、適性のある牧師経験者であることには問題ないが、牧師経験者でな
いと役職に着けないという人事配置に問題があるのではないか。牧師という、伝道
の先端にいる者が、時として、牧会的意識のまま組織運営に関わるということは、
様々な問題の要因になるのではないか。
k) パート、アルバイト等の採用手順が曖昧過ぎるのではないか。各部門の責任者
の判断で人を採用し、本部が後からその事実を知るといような混乱を避けるために
も、また期待し雇われた方に失礼のないようにも、しかるべき手順が徹底されるべ
きではないか。
実務
a) 責任者の気分と感覚で仕事が進むことが多いのではないか。そのため様々な企
画における話し合いと準備が不足ぎみである。実際に現場で関わる者をふくめたミ
ーティング、コンセンサスが今以上に必要なのではないか。
b) 一部の人(部局長等)しか会議などで話された内容を把握していない傾向があ
るのではないか。基本的なことを、責任を持って現場まで連絡するという意識を強
める必要があるのではないか。
c) 部局などのイベントは1年に一度にまとめ、フェスティバル的にする。部局が
各々にイベント企画をするよりもこちらの方が効率的であり、経費の節約にもなる
のではないか。
その他
a) 三育教育−SDA機関の高校が広島三育高校一校だけであり、そこで全てのニード
を補うには無理があるのでないか。中途半端な三育教育しか提供できていないよう
に見うけられ、現代の青少年に対応した生活指導やカリキュラムがくまれていない
。広島は縮小して、本来の三育原理教育に専念する。
通いの留学専門高校を関東に作る。不登校の生徒を専門に受け入れる学校とカリ
キュラムを作る(三育教育を基本ににアレンジする)。三育教育にのっとった進学
校を作る。以上のような、社会の二ードに合った学校教育を揃え、対社会的に質の
ある教育を提供する必要があるのではないか。
b) 信徒、牧師、教師、職員等が研修し、かつ静養できる施設が必要なのではない
か。様々な課題を見るときに、各機関における学びが必要なのは歴然としており、
伝道の「いかに」、の部分を考え、習得するためにも優先されるべき事項なのでは
ないか。教団の不動産などをまとめ、ある程度整った施設建設が求められる。
以上のような点がこれまでの若手委員会で討議された内容である。これらの点を
ふまえた上で、以下のようなまとめと提案を提出する次第である。
まとめ
教団組織職員の意識や意見の方向性が今以上に統一される必要があるのではない
か。教団組織の各所で見うけられる情報伝達の悪さは、すなわち最新の理事長の考
え方や、意識の方向性が伝わって来ないということに代表されるようにシリアスで
ある。このような現状に対しは今後、素早い対応が必要である。伝道の働きにたず
さわる者が教団の「今週の、または今日の見解」などのような情報をネット上でブ
リーフィングされ、それに基き各々の持ち場で、自分の教団における役割を認識し
つつ奉仕できるような環境を作ることが、これからの教団組織運営と伝道の発展に
必要な基盤なのではないか。光の速度で進むIT社会に対応するためにも、教団内に
おける情報伝達速度を早め、その情報利用を充実させる必要がある。
伝道においては、(1)何のために、(2)誰が、(3)どこで、(4)いかに
、(5)どのように評価されるか、この一連の流れに課題が見うけられる。
提案
1.何のために。つまり伝道の各レベルにおけるゴールがはっきりしていて、それ
を重ね重ね伝道に関わる者に伝える必要がある。例えば、「地域社会の福祉活動に
積極的に関わり、SDAと地域社会の関係を密接にする」といったような社会的ゴール
が、究極的ゴールである救霊と、個人のゴールである「信徒一人が一人を導く」と
いうゴール、との間に必要なのではないか。
2.誰が。つまり牧師、一般教会員、専門家、教師、部局、各機関の職員等の伝道
における役割分担と、相互的な協力体制が求められ、「こちらのやる事をあちらが
非難する」、または「傍観する」ような体制を改める必要がある。またそれに伴い
伝道に関わる者の自己理解と、資質の向上も必要である。伝道における役割分担が
明確化され、様々な社会問題に対応できる専門家が育成されること。また正確に伝
達されたビジョン、ゴール、そしてそれ基いた相互の情報交換と協力体制が必要で
ある。
3.どこで。つまり何に焦点を当てて伝道を進めるかを、感覚的にではなく、しか
るべき勉強や調査に基き明確化する必要がある。それが人間と関わる働きをする以
上、フィールドリサーチ抜きでの伝道計画を立てることは無理であり、それをぬき
にして実施することは、資源の無駄遣いとなる。教会やその他の施設がたてられる
場合等も、そのために編成されたチームが十分な調査を行ない、その結果をふまえ
た上での判断が必要である。
4.いかに。つまりどのような方法で伝道を進めるかのソフトである。この部分を
具体的に考えるために伝道委員会が設けられたのであろうが、討議内容を見ると、
そこは具体的な案を練るというより、意見調整の場になっているようである。すみ
やかにいくつかの試案を仕上げ、各教会、伝道機関が適応できる「伝道の道具」ま
たは「モデルパターン」を作る必要がある。この作業は牧師を中心とした伝道委員
会だけが行なうのではなく、様々な分野から編成したチームを作り、各々に異なる
伝道条件下での課題をあたえ、その上で試案を練らせる必要がある。そこで考え出
された伝道方法を、地域、教会、機関等の構成や状況に合わせ、しかるべき指導の
もとに適応まで持って行くといったような姿勢が必要である。
5.どのように評価されるか。つまり、新しい活動にともなう成功、失敗、反省点
等が、次の計画における強調点、変更点、修正点となるわけだが、伝道プロジェク
トにおいても、そのプロジェクトの途中や終了時における審査と、それに基いたフ
ィードバック、そして修正が重要である。それには、そのための審査団が編成され
るべきであり、その評価に基き改善されるべきは改善される、評価される点はさら
に強調される、そのような「練り直される環境作り」とそれに基いた継続的伝道が
必要である。打ち上げ花火的伝道プロジェクトを行ない、「やはりだめだった、次
は何をする」というような、今までにありがちな伝道戦略パターンから脱するべき
である。
SDA教団組織人事の最も大きな課題点は、現実的に機能する人事課が存在していな
いということではないか。それは採用、人事配置だけを行なう人事課ではなく、役
職者、職員、牧師等の定期的な適性審査、人材育成、研修セミナー企画、牧師の配
属基準見直し、倫理ガイドライン作成、懲戒免職ガイドライン作成、奨学金配当等
、これらの事をふまえ、これからの伝道ビジョンを見据え、大きな視点で物事を判
断し遂行できる人事課が必要とされる。そのためにも、今までの組織的しがらみと
関わりのない者が適任ではないだろうか。
実務的な課題で上げられたコミュニケーション不足、コンセンサスの無さについ
ては、今までに述べたような点が実践されれば、必然的に改善される部分がほとん
どなのではないか。
その他、三育教育機関のあり方などにつての意見もあったが、これに関しては、
教団、教区若手委員会メンバーの領域外の事であるため発言を控えたい。しかし多
くの課題が存在することは確かなようであり、是非若手教職員の委員会が発足され
、このような討議が行なわれる事を願う次第である。
提案事項の箇条書き
組織
教団上層部の意向の効率的な伝達
教団組織職員の意識の統一
情報伝達システムの充実化による教団組織運営の基盤作り
リスクマネジメントのガイドライン作成伝道
伝道ゴールの明確化と伝達
伝道にたずさわる者の明確な役割分担と協力体制
伝道にたずさわる者同志の情報開示と情報交換
様々な社会問題に対応できる専門家の育成
伝道計画段階における調査の徹底
伝道計画チームの編成
伝道計画導入の手助け
伝道計画の評価とフィードバック
モデル教会案の作成
地域社会に根付くためのモデルプラン作成
部局をサービスから情報提供の場に変える人事
人事課の設置
雇用者の適性審査
継続研修の企画
牧師の配属基準見直し
倫理ガイドラインの作成
奨学金枠の作成と選考
人材情報の管理
SDA相談室(クレーム対応、情報提供)の設置その他
信徒教育の徹底
各機関における若手委員会発足の後押し
イベントの効率化
研修施設の建設
嵯峨野教会牧師によるコメント
概して、評価されるべき提言であると思います。読者も少なくとも2,3回は精読して下さい。
今年も長年教団関係で働いていたある職員が仕事をやめたばかりか、教会もついでにやめてしまったのだそうです。原因は無理解な上司に使われるだけこき使われて、評価もしてもらえず、信仰まで疲れ果てて嫌気がさしてしまったからです。あるこころある牧師が、それを見て教団に抗議して、直接会って善後策を談判したそうですが、その時の答えは、「なんとかしなけりゃいけないのはわかってるんだけどねぇ〜」となんとも頼り無いもので、何の足しにもならないような返事だったのだそうです。本当にこの組織は骨の髄まで腐れきっています。魂が失われていくのを目前にしても、それよりも組織のタテマエを重んじるばかりで動こうとしない往時のパリサイ集団と酷似してきました。こうした無為無策、世俗化の原因はいろいろあろうものの、何にも増して、教団の幹部だけでなく、個々の牧師達から終末の危機管理認知能力が急速に失われていることを指摘することができます。既得権の確保に熱中して、教会の霊的なリーダーを育てる努力を全く怠ってきた事も理由でしょう。もはや教団の偉い先生は霊的でも何でもないのです。
そういう教会にとってはお先真っ暗闇の閉塞した状況にそれなりに健全な危機感を抱き、上のような若手教団職員の話し合い(フォーラム)が行われたのであろうと見られます。こうして寄り集まって話し合った結果を「提言」として教団理事会に提出していましたが、審議の時間がないからという理由で、そういう議題が出されたという事もすらもまったく触れられないまま終わってしまのだとか。正常な人間であれば、当然審議されるべき優先順位が高い議題であるとすぐにでもわかりそうなものであるにもかかわらず、そういう理由で等閑に付されてしまったのだそうです。恐らく教団の長老格の役員達にとっては、「粗削りな若い者たちが理想をもってああだこうだと意見を書いてきても、そういう事は頼むから俺達が退職して退職金をもらい、教団組織とは経済利害関係がなくなってからやってくれ、それまで俺達の目の黒いうちはせいぜい黙っていろ」、というのが暗黙の本音であったと容易に察せられます。本当にこの教会の抱えている問題の深刻さを真面目に把握していれば、すぐにでも彼等の提言を取り上げたであろうはずでした。今の教団幹部がすべて死亡していなくなる、今から15年から20年後に、改まって改革しようなどと言っても、その時までには既にこの教会は存在していないでしょう。
具体的に上の提言をよくみると、教会の現状把握には鋭いものもあれば、ピント外れなものもあるという玉石混淆であり、もう少し洗練を要するところが散見します。教団のリーダーは大きな毅然たるビジョンを持て、とはいうものの、たとえばそれと同じ事を白石尚総理に言っても「私は持っています」というでしょう。しかも、それは終末論的危機感を骨抜きにし、EGホワイトの証の文を教会から中央排除にし、未信者との結婚を公認し、新共同訳聖書を使えと教え、カトリックと融和するような奨励を行ってそれに反対する信徒を誹謗するような遠大で不適当なビジョンに過ぎません。これは一例ですが、指導者にこんなビジョンを持ってもらっても犬も食わないでしょう。また、教団統合後、それまでの前宣伝ほどめぼしい組織活動効率の改善になっていないという指摘は、信徒も既に気がついていたであろうと思いますが重要なポイントです。要するに公約違反なのです。ゆきあたりばったりで「感覚・フィーリング」に頼る丼勘定の教団経営では何をやっても成功しない事に気がつかなければならないのです。今頃になって若手に教団運営のファジーさを指摘されて幹部も赤面していたはずです。伝道の項目で、教会がいろいろな地域奉仕を行うという素晴らしい提案がなされているものの、果たして、霊的に養われず、満身創痍の教会の信徒がその為に動くであろうかと大いに疑問です。こういう地域奉仕を積極的に行う事のできる信徒というのは、たとえ粗削りの信仰と批判されたとしても、本当に救われたという感謝と、燃えるようなスピリットで他の人に聖書の原則に従う事を薦めたいと思う人です。おきてと証を軽んじ、SDAの本来の使命を忘れて安逸な恵みばかりを追い求めるような軽い牧師が多く、信徒にSDAであるアイデンテテイを喪失させて無気力無感動にしておきながら、地方教会にそのような活動を期待するのは、不真面目な高望みです。そうではなく、EGホワイトの証の文を見直すとか、聖書研究キャンペーンをするとか、どうして、もっと足元から固めないのかと言うべき所です。職場において働き人が評価されていないという指摘は事実であり、それによって傷ついて去っていった人ならあまたといます。衛生病院でも15年前の昔植田先生が同じ様な調査を行い、病院職員のモラルが低下している事がわかって愕然となったという事実があります(そのデーターを嵯峨野教会HPで公開しますよ>植田先生)。ですから事態は15年前からSDAのどの組織機関においても何の改善の努力も為されておらず、従って全然当然改善はないという事で、指導者、管理者の無能が糾弾されるべきなのです。
いずれにしても、上の若手の提言は、一石を投じても何も起こらない泥沼組織に、もう一個少し大きな石を投じてみたという、SDA教団に輪廻のように繰り返される歴史の証拠として記憶されてよいでしょう。本気で改革したいなら、もっと過激にやってもいいのではないか(たとえば泥を掻き出すとか)と思えます。