灰汁巻き
(あくまき)


 端午の節句には柏餅やらちまきやらを食べるのが古来よりの日本の風習であるが、ここ南国鹿児島にも、それに類似した奇妙な慣俗が存在する。この地方では、端午の節句の頃になるとあちらこちらで「あくまき」という特産品が生産され、買い求められ、そして食用として消費されるのである。
 「あくまき」とは何ともおどろおどろしい響きであるが、表記は「悪魔鬼」でも「悪撒き」でもなく、「灰汁巻き」と書く。黒っぽく煤けた植物様の薄皮に包まれたその外見は、日本のちまきに良く似ている。鹿児島では灰汁巻きのことを別名で「ちまき」と言うので、一般人が笹の香りの清々しいあの三角錐を期待して「ちまき」を注文すると、大抵とんでもないものを目の前に出されることになるから、気をつけなくてはならない。
竹の皮に包まれた開封前の灰汁巻き(手前)と、開封後に食べやすい大きさにカットしたもの(奥)。実は製材所の事務所で撮影している。
灰汁巻きは粘性が高いので、紐を用いて切る。物を燃やした煙を食べ物に纏わせた「燻製」には抵抗がないのに、物を燃やした灰を溶いた汁で飯を炊くことには度肝を抜かれる私は、自分を良識ある人間だと信じて疑わない。  灰汁巻きは、竹の皮で包んだもち米を、その名の通り灰汁で炊く料理である。なお、「灰汁」とは、木灰を水に溶いたものを布で濾した汁であり、煮物をしている際に水面に浮いてくるあの白っぽい泡ぶくのことではない。用いる木灰は、樫の木を燃やしたものが上等とされている。
 しかし、木灰の溶液(正確に言えば、木灰に含まれる水溶性成分を抽出した溶液)を材料にした郷土料理、などと聞けば、誰でも一度は激しく動揺するものであろう。旧世では薩摩藩士の保存食として、合戦の際などに重宝されたというが、「灰汁で煮て保存食を作る」という奇抜な調理法を考案した者は、きっと人類史上初めてナマコを食べてみようと思いついた輩と共通したDNA構造を持つ、不世出の天才であるに違いない。
 竹皮のベールを脱いだ灰汁巻きは、それを縛っていた竹皮の紐などで適当な大きさに切り分け、一般的にはきな粉と砂糖を混ぜたものをまぶして食べる。
 木灰の成分が程好く染み込んだもち米の塊を噛むと、まるでどこかの効能あらたかな温泉水でも口に含んでいるような、独特の味と香りがにじみ出てくる。エグ味や渋味、苦味といった表現とは異なる、奥歯のさらに向こうで感じられるようなその不思議な風味は、まぶしたきな粉や砂糖の甘さに混ざり合うとなかなかに美味い。地味な割にクセがあり、いぶし銀な魅力を背中に漂わせる、素朴にして老獪な味わいなのだ。
 この頃では、真空パックになった灰汁巻きがスーパーの和菓子コーナーなどで通年で売られているようであるから、鹿児島の隠れた珍味を楽しみたいと思われる方々は、是非一度お試しいただきたい。
盛り付け例。基本的に餅なので、おやつなのだが一人前食べるとすっかりお腹が膨れてしまう。台所が横着な家庭では、朝ご飯のメニューが灰汁巻きだけ、というケースもあり得てしまう。