しろくま
(白熊)
| 何年か前、当時の居候(現在の嫁)が東京に住み始めて最初の夏だったと思う。鹿児島からやって来たその酒豪女が、都心部のじっとりとした暑さに顔を歪めながらぼそりと呟いた。
「暑い、ちくしょー、しろくま喰いてぇ……」 私は一瞬、自分の耳を疑った。今、この女は白熊を食べたいと言ったのか? 地球の裏側・アルゼンチンの南端辺りなら南極もすぐ隣だし、季節は日本と正反対だから、厳しい冬を乗り越える精力をつけるために白熊を鍋にして食することくらいあっても良さそうな話だ。しかし、この女の出身地は確か、どちらかと云えばより赤道に近い鹿児島だったはずだ。そんな南国で盛夏に熊肉を、しかも白熊のそれをわざわざ輸入してまで食べようとする文化とは一体何なのか。私の頭の周辺を無数のクエスチョンマークが飛び交い、私は激しく混乱した。 |
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錯乱に困惑したその腹いせに嫁を厳しく糾弾すると、どうやらそれはいわゆるかき氷の亜種であるということが判明した。白いミルクのかかった奴で、スイカやらメロンやらのフルーツなどが具だくさんに盛られているのだと言うのである。その説明を聴いても俄かに腑に落ちない表情の私に業を煮やした嫁が血相を変えて近所のコンビニへと連れて行くので、そこのアイスクリーム売り場を注意して覗いてみると、そこには確かに「鹿児島名物・しろくま」という名の商品があった。 それでも猶、現地でネイティヴな現物を目にし口にするまでは気の治まらなかった私であったが、鹿児島に移り住んで最初の夏、ようやく本場のしろくまと対峙することができた。「しろくま」の名に恥じぬボリュームたっぷりのそれは、みかんやパインにさくらんぼ、色とりどりのゼリーに加えて何故か黒豆まで入った、真に賑やかな「かき氷パフェ」であった。 |
| ちょっとサワーな感じのするミルクが、爽やかにまったりとしていて実に美味しい。フルーツやゼリーが見た目にも味にもレトロな彩りを醸し出しており、氷を掘っていくと中にはさらに具が潜んでいたりして、食べ進む毎に楽しく飽きが来ない。一目にはちょっと面食らう大きさだったが、ぺろりと腹に納まってしまった。これは美味い、美味い。老若男女問わず爽快に涼を味わえる、南国鹿児島の暑い夏には欠かせないデザートであることが良く分かった。 猶、この妙なネーミングであるが、しろくまの本家・「天文館むじゃき」での販売当初の盛り付けが、具をほとんど氷の中に埋めて山のてっぺんにレーズンやさくらんぼでちょこちょこと装飾したようなデザインで、上からの見た目「白熊の顔」に似ていたことに由来するのだそうだ。今では過激な化粧の末に白熊の顔は跡形も無くなってしまったが、その名前は響きがどこかかわいく涼しげで、鹿児島の人々にこよなく愛され続けるおしゃれな甘味のイメージにはぴったりなのかもしれない。 |
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ロケ地:鹿児島市・天文館むじゃき ロケ地:出水市・あじさい |