東京ドーナツ
(とうきょうどーなつ)


 数年前に東京に住んでいた頃、大阪から遊びに来た友人が、上野の露店で見かけた『なにわ名物 大阪焼き』の看板に
「あれ何や?大阪人、あんなんよぅ知らんで?」
と、口角泡を飛ばしながらツッコミを入れていたことがあった。「大阪焼き」とは、大判焼きの中身をお好み焼きにすり替えたような食べ物なのだが、私はこれを、たこ焼きやいか焼きに並ぶ大阪で最もポピュラーな粉モノのひとつであると思い込んでいたから、その衝撃の真実には大層驚いた。
 このように、世の中には、ご当地の名を商品名に冠しておきながら、実際はその地名に対する世間の一般的なイメージにあやかろうとしているだけで、当該地方とは何の縁もゆかりもない、という風なものが結構たくさん存在する。この「東京ドーナツ」もそのひとつだ。私は高校からの十年近くを東京で過ごしたが、こんな食べ物の名前など見たことも聞いたこともなかったから、お祭りの出店でこの看板を発見したときには、思わず腹を抱えて笑ってしまった。
高尾野町・中の市に登場した東京ドーナツ。行列のできる出店なんて、年末ジャンボの売り場くらいかと思ってたのに。
製造過程をリポート。(1)ホットケーキの素のような生地を、専用の器械で輪状にして油へ落とす。(2)落下した生地は、最初は油に沈み、少々するとぷかぷか浮いてくる。(3)何度か返しながら揚げる。こんがりサクサクになってきました。(4)揚げたてに粉砂糖をまぶして完成。程好く冷める頃には、余熱が芯まで通ってホクホクに美味しくなる。  「手づくりケーキ」と銘打たれた東京ドーナツは、パンケーキを作る素のような生地を油で揚げて、これに粉砂糖をまぶしただけの、至って素朴な洋風お菓子である。ハイカラさをアピールしようとしたその商品名と相俟って、何だか妙に田舎臭さ満点の風情を漂わせている。
 鹿児島は小規模な祭りや市の多い土地だが、出店の立ち並ぶようなイベントには、たいてい東京ドーナツの暖簾がはためいていて、その店舗の前にはいつもひとしきりの行列ができている。隣町や近所にミスタードーナツが店を構え、その町の人々にとってドーナツが物珍しい食べ物でなくなっても、なお東京ドーナツを求める人々が列を作るほどであるから、鹿児島県民は余程この東京ドーナツが好きであるに違いない。
 中高生や子供連れ、孫へのお土産目的のおばあちゃんなどが、銘々に10コ、20コとまとめ買いをしていくので、列に並んで少しばかり待てば、大概いつでも出来立てのほかほかを手にすることができる。しかし、出来立て過ぎて本当に油から上げたばっかりの奴を渡されることが多いから、買った後はしばし冷ましておいた方が食べやすいかもしれない。また、そうしておくと、余熱が生地の中まで浸透して適度なサクサクもっちり感を得ることができるだろう。
 卵と牛乳のしっとりずっしりとした質量を感じるドーナツは、粉砂糖のシンプルな甘みを纏って、とても優しく懐かしい味がする。中途半端な油の回り具合が、垢抜けない郷土菓子の茶目っ気を一層引き立てているようで、なお宜しい。まるで蛍の光のようなほんのりした華やかさは、正に「お祭りのときだけの特別なお菓子」のイメージにピッタリだと思うのである。
東京ドーナツ近影。溶けかけた粉砂糖が指先にぺとぺとくっつくのも、なんとなく「昭和のお菓子」っぽくて良いじゃないですか。


(ロケ地:出水郡高尾野町・高尾野駅前通り商店街)