このページは、 37 秩父連峰 ・ 38 丹沢山 ・ 39 富士山 ・ 40 屏風ヶ浦 ・ 41 小笠原諸島
を掲載しています。
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| 左 枝と瑞牆山のおりなす影絵姿・・ 右 朝日に映える金峰山 ・・南八ヶ岳稜線より |
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37 秩 父 連 山 ちちぶれんざん
(秩父多摩国立公園) ・・・山梨県・長野県
日本の山地で南北・中央アルプス次いで高い山地が、この秩父山域である。 最高峰・北奥千丈岳 2601メートル を先頭に、金峰山 2599メートル ・国師ヶ岳 2592メートル ・甲武信ヶ岳 2475メートル など2500m級の山が数座連なる。
この秩父連山は、長大な褶曲山脈で火山は1つもなく、山肌は深い森に覆われている。 このように植物の生育条件はいいのだが、厳しい条件でこそ育つ高山植物があまり見られないのが残念である。
しかし、この山域を源とする大河川が多くあり、その源流地帯は深く切れ込んだ見事な渓谷美を魅せて、これが原生林の深い緑と共にこの山の大きな魅力となっている。
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| 朝日に染まる金峰山 ・・南八ヶ岳稜線より |
行 程 表 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 JR韮崎駅よりバス (1:05)→増富温泉より乗合タクシー (0:20)→瑞牆山荘
《2日目》 瑞牆山荘 (0:50)→富士見平 (1:50)→瑞牆山 (1:40)→富士見平 (1:00)→大日小屋
《3日目》 大日小屋 (2:30)→金峰山 (2:20)→大弛峠
《4日目》 大弛峠 (0:40)→北奥千丈岳 (0:15)→国師ヶ岳 (2:00)→東梓 (3:30)→甲武信ヶ岳
(0:20)→西沢遊歩道分岐 (0:25)→千曲川水源地標 (2:20)→モウキ平 (1:00)→梓山バス停よりバス
(0:35)→JR信濃川上駅
《1日目》 韮崎駅より瑞牆山荘へ
ひとくちにいって、『秩父連山』は想像以上に長い・・。 この長大な連山の魅力ある全ての山々を踏んでの縦走だと、やはり4〜5日はかかるだろう・・。 そこで、今回はできるだけ最短日数で、秩父連山の【名峰百選】の全ての峰を登る魅力的なプランを組んでみた。 しかし、行程最終日が10時間超のハード行程になってしまったのは残念であるが・・。
・・最終日の行程がキツいと感じるならば、甲武信小屋に宿泊することで2日行程とすることも可能である。
日程に余裕があるのなら、ぜひ1日多く取って頂きたい。 なお、《瑞牆山荘》へは車道が通じているので、《1日目》の行程の歩行時間は“ゼロ”である。
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| 樹間より望む瑞牆山・・ | 瑞牆山への登りは 大岩に掛かるハシゴより始まる・・ |
大パノラマが広がる瑞牆山山頂・・ |
《2日目》 瑞牆山を往復して大日小屋へ
山の天気は“朝が良い”のがセオリーである。 なぜなら、霧や雲を形成する水蒸気は、気温の上昇と共に湧きあがってくるからだ。 従って、昼過ぎになると、崩れないまでもガスに巻かれて何も見えない・・というケースが多くなる。
これを避ける為にも、《瑞牆山荘》は夜明けと同時に出発しよう。 《瑞牆山荘》から瑞牆山分岐点の《富士見平》までは、特に変化のないハイキングコースを約50分歩くだけである。 ガイドするほどのものでもないので、コースガイドはこの瑞牆山の分岐点より始めよう。
荷物を小屋前にデポして、小屋の建つ《富士見平》の左脇より森林帯の中につけられた道を登っていく。
奥秩父の山々はどの山域でも森林が深く、この瑞牆山も同様に樹木が深く薄暗い。
薄暗い陰気な道ながらも、樹木の隙間から時折覗き見る瑞牆山の白亜の岩峰群に、山に登る闘志をかきたてられることだろう。 道は一旦、《ヤナギ坂》という峠状の高台を越えて、《天鳥川》に向かって急下降で下っていく。
川まで下ると、樹林帯より出て視界が開けてくる。 瑞牆山の誇る白亜の岩峰を仰ぎ見ながら《天鳥川》を渡り、瑞牆山の岩の間へ入り込むように進んでいく。 瑞牆山への取付の第一歩は、大きな岩の縁を階段で登ることからだ。
この階段を登ると、滑りやすい枯れ沢に岩が転るような道を岩や根を踏みながら急登していく。
ここからは浮石が多く、また岩が濡れていたり、大岩がゴロゴロと転がっていたりして、ルート取りにかなり手こずることだろう。 岩を踏みしめ、木の根にしがみつきながら登っていくと、途中にロープやハシゴを数回絡ませた後にザラザラの砂場に差しかかる・・。 この辺りが、ちょうど中間点である。 この辺りから、更に大岩が重なりあって道が判りにくくなる。 枝や岩につけてあるリボンやペンキのサインを見落とさずに登っていこう・・。
このやや不明瞭な岩稜帯を登っていくうちに、空に向かってそそり立つ大きな一枚岩峰の基部に出る。
この大きな岩峰が瑞牆山を代表する岩峰・鋸峰である・・。 見上げると、天を突くかのように“そそり”立っている。
これを目にする限り“頂上はまだまだか・・”と感じてしまうが、鋸峰が見えてから約30分ほどで瑞牆山の肩に登り着く。 後は、瑞牆山の構成している岩峰を簡単な鎖やハシゴで乗り越えると、周囲がパッと開けて羅針盤のある瑞牆山 2230メートル 頂上に出る。
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| 瑞牆山頂上 “とっておき”の四景 左上 雲海に浮かぶ富士山・・ 右上 南アルプスの雄大な山なみ・・ 左下 奥秩父の盟主・金峰山・・ 右下 八ヶ岳連峰が最も美しく望める場所・・ |
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瑞牆山の頂上からは八ヶ岳連峰を始め、南アルプスの甲斐駒ケ岳・・、美しき“見る山”富士山・・、深い森林と『五丈岩』がシンボルの奥秩父の盟主・金峰山・・など、素晴らしい景色が360°で広がる。
それと不思議なことに、標高2230mでしかない瑞牆山が八ヶ岳連峰などと同じ位の高度感を持っている。
それは、瑞牆山という岩峰の頂点に立っていて、その真下が目も眩むような“奈落の底”だからであろうか・・。
奥秩父の主稜線から外れたからであろう・・、こんなに素晴らしい山岳風景を魅せる瑞牆山からはなかなかに去り難いが、先の行程もあるのでそろそろ下りに掛かろう。 瑞牆山からの下りは、急で滑りやすい岩場が延々と続くので気をつけていこう・・。 日の出と共に出発したなら、下山時に上りの者とすれ違うことだろう。 従って、落石には注意したい。
下りも道悪な岩場を主となすので、思ったより時間がかかることだろう。 まだまだ、行程は長いのである。
決して、惰力に任せて駆け下ったりせぬように・・。
・・さて、《富士見平》に戻ったなら、荷物を回収して《大日小屋》に向かって登っていこう。
《富士見平》から《大日小屋》までは標高差にして約300m、1時間の道程だ。 樹林帯の中のキツくもなく、さりとて緩くもない傾斜を登っていくと、底に《大日小屋》が建っている開けた斜面に出る。 まだまだ余力があるかもしれないが、今日はここで宿泊しよう・・。 なぜなら、次の宿泊地点・《金峰山小屋》前は水もなく、テントを張ることもできないからである。 《大日小屋》の目の前には冷たい沢が流れ、幕営地としては絶好のロケーションである。
明日は、奥秩父の盟主・金峰山に登ってみよう。
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| 上 金峰山と富士山・・ 下 瑞牆山頂上にて・・ |
この日の瑞牆山頂上は抜けるような青空であった・・ |
《3日目》 金峰山を越えて大弛峠へ
今日は、歩行時間が4時間ほどと短い。 しかし、明日は10時間超と長くキツい行程が待ち受けている。
願わくば、これを均等に分けたいものだが、いかんせん《大弛峠》から甲武信ヶ岳までに宿泊場所がないのである。
従って、偏った行程プランとなってしまった。 さて、短い行程といえども比較的天候が安定していて、なおかつ涼しい午前中に辛い登りはこなしておこう。
《大日小屋》前で、冷たい水を水筒に補給して出発する。 小屋上の幕営地を出発したなら、いきなり標高差200mの急登が待っている・・。 この急登でひと汗搾られると、天然記念物の巨大な岩・『大日岩』の基部に出る。
『大日岩』の基部からこの大岩を巻くように登っていくと、『大日岩』直下に広がる台地の上に出る。
ここから『大日岩』の上に登ることも可能だが、奥秩父の山なみを望むならやはり金峰山の方がいいので、ここはあえてパスしよう。
『大日岩』直下の台地からは、樹林帯に入り込むように縦走路は続いている。
しばらく薄暗い中での緩やかな登りが続くか、森林限界に近づくにつれ傾斜を増していく。
森林限界を越えると、ゴツゴツの岩が転がる稜線上に出る・・。 最初の稜線上の突起が、《砂払いノ頭》である。
ここからは『五丈岩』がシンボルの金峰山を見ながら、ゴツゴツの岩場の痩せた稜線を伝っていく。
これがかなりの急登で、しかも大きな一枚岩をへばりつきながら登るような所もあって、『五丈岩』が眼前に見える位置にありながら金峰山まではかなり時間を食うことだろう。 岩にヘバリついて3〜4のピークを乗り越えると、『五丈岩』が立つ金峰山 2599メートル の山頂広場に登り着く・・。 金峰山の三角点は、ここから20m東よりの岩塊の中にある。
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| “巨岩” 大日岩・・ | 金峰山のシンボル・五丈岩・・ | 雲海に裾が霞む富士山・・ | 南アルプス・甲斐駒ケ岳・・ |
三角点のある岩峰の最高点に立つと、奥秩父の盟主らしい雄大な山岳風景が360°の一大パノラマで広がる。
芸術的な岩を立ち並べる瑞牆山・・、山らしい形を魅せる八ヶ岳連峰・・、白亜の頂をもたげる甲斐駒ケ岳・・、雲海に浮かぶ富士山・・、美林に囲まれた奥秩父最高峰・北奥千丈岳・・、そして同じ山稜にありながら“遙か遠き”山・甲武信ヶ岳・・。
他にも、浅間山などの名峰も姿を魅せている。 『五丈岩』を背景に山岳パノラマを撮るのも良し・・、『五丈岩』の上に登って“雲上”気分を味わうも良し・・である。
奥秩父の盟主の頂で山の魅力を存分に味わったなら、先に進もう。 金峰山からは、砂礫帯を緩やかに下っていく。
やがて森林限界に近づいてきて、徐々にダケカンバやシラビソの樹林帯の中に入っていく。
樹林帯に入る直前に、今日の目的地である《大弛峠》を通る『川上・牧丘林道』がひとつ丘を越えた所に見えて楽観的な気分となるが、この“丘”を越えるのにひと汗かかされる。 この“丘”とは、朝日岳 2579メートル の事である。
この山は低くなだらかな“丘”のように見えて、実際には金峰山と標高がほとんど変わらないのである。
それ故に、金峰山から下った分をそっくりそのまま取り返さねばならない。 この朝日岳を越えると、高度感のある岩ガレ場を伝って、再び樹林帯に入っていく・・。 この辺りから見る金峰山は、シラビソの美林越しに望めて良い。
後は、朝日岳を越えて小さなピークを越えると、200mばかり急降下して《大弛峠》に着く。
この峠を通る『川上・牧丘林道』は、山梨県・牧丘町側が完全舗装されて車やバイクが次々とやってくる。
これをまの当たりにすると、“山の領域”を土足で踏みにじられたようで不快である。 特にライダーが頂けない・・。
機械に跨って、機械の力でやってきて“ご苦労さん”も何もないもんだ・・。 それに、峠にいる間中アイドリングを続けたり、沢にライダーブーツで下って水場を汚したり(中には、ライダーブーツを洗う馬鹿者もいた。 困ったものである・・)、タバコなどの吸殻を道に投げ捨てたり・・と、マナーがとてつもなく悪い・・。
私はバイクが大嫌いだし、バイクの魅力を解かりたいとも思わないが、魅力いっぱいでやめられないのなら、それも“然り・・”である。 でもそれは、下界の自分達のフィールドでやって欲しい・・。 山の魅力を享有できずに、そして山を汚す者は山に来ないで欲しい。 ちょっと文句が多くなったが、今日はここでテントを設営しよう。
もちろん、小屋もあり食事もできるので、小屋泊の縦走もいいだろう。
・・明日は、奥秩父最高峰・北奥千丈岳、そして“遙か遠き”山・甲武信ヶ岳をめぐって下山するロングラン行程だ。
明日に備えてゆっくり休もう・・。
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| 奥秩父最高峰・北奥千丈岳頂上は岩と針葉樹がおりなす庭園となっている・・ | 甲武信ヶ岳へは深い樹林帯の中を伝っていく・・ | |
《4日目》 北奥千丈岳・甲武信ヶ岳を踏んで下山
今日は前日に予告した通り、10時間超のロングラン行程だ。 下り基調といえども、かなりキツい行程である。
当然、出発時間も早朝5時台に設定せねばならない。 だが、【名峰百選】の峰を2つ制覇して、なおかつ日本一の大河・信濃川(長野県内は千曲川)の源流水源より湧き流れる清水で喉と心の渇きを潤すことができる、“歩き甲斐”のあるコースだ。 体調と相談して、無理のない範囲でチャレンジして頂きたい。 それでは出発しよう。
奥秩父の縦走路は、《大弛小屋》の脇から延びている。 登山口からいきなりの急傾斜だが、傾斜段ごとに丸太がかましてあり登りやすい・・。 丸太の急坂を15分程登ると、《夢の楽園》というハイマツと岩の小庭園に出る。
《大弛小屋》で“売り出し中”の庭園だが、あまりにも小規模すぎて印象度は低い。
ほんの20mほど庭園風景を見たあと、すぐにハイマツの生い茂る中に潜り込んでいく。
やがて、廃道となった《夢の楽園》を経由しない『旧道』を併せて、ひと登りすると《三繁平》だ。
ここで道は2つに分かれる・・。 左へ進むと甲武信ヶ岳への奥秩父縦走路だ。 右は秩父連山の最高峰・北奥千丈岳に連なっている。 北奥千丈岳を踏んだ後に奥秩父を縦走するので、荷物をデポして気軽に往復してこよう。
《三繁平》より10分足らずで奥秩父の最高峰に立てる。 北奥千丈岳・標高2601m・・。
奥秩父で唯一、2600mを越えている【名峰百選】の峰だ。 その頂上は、ハイマツやツガ・シラベなどの樹林と白亜の岩で創造された庭園となっていて、奥秩父のもう一つの盟主・金峰山の華やかさとはまた違った“静”なる趣を魅せている。 山上庭園で“静”なる趣を存分に味わったなら、再び縦走を続けるべく《三繁平》へ戻ろう。
荷物を回収して、先程の分岐を今度は左に進路を取る。 《三繁平》より5〜6分で国師ヶ岳 2591メートル に登り着く。
この山の頂からは、標高差350mの急降下となる。 アカマツ・シラビソ・ツガなどの原生林の中に刻まれた道を、ほぼ直線的に下っていく。 これらの原生林の樹海の中は、朝日が昇る東側でさえ鬱蒼として薄暗い。
また、常に霧が発生して、樹林のたもとには冷風が漂っている。 何か、人間の住む世界とは別の次元に迷い込んだ錯覚を覚えてしまう。
そして、なかなか終わらぬ急下降にやや不安も感じる頃、大きなツガの樹に小さく『国師ノタル』と記された札が打ちつけられて、ひとまずホッとする。 ここからは倒木がやたら目立つ中を、上り2・下り1の割合で上下していく。
薄暗い樹林帯の中を倒木を跨ぎ、あるいはくぐったりしながら進むので、かなり時間を食う。
やがて、最も急な傾斜を乗り越えると、樹林が囲む小狭い丘に野球の“塁ベース”大の三角点標柱が埋め込まれた東梓 2272メートル の山頂に着く。
三角点頂上に立ったとはいえ、樹木に囲まれて展望に乏しく、“中間点”位の感覚しか湧いてこないだろう。
この東梓より、あと30分程歩いた《両門ノ頭》という所の方が、より開けた岩崖の上で涼風もそよぐいい休憩場所となろう。 この《両門ノ頭》まで4時間近く・・。 “まさか、これ程かかるとは・・”という焦りの気持ちさえ出るだろうが、ここからは《ミズシ》と呼ばれるピークの急登が1ヶ所あるだけで、後は平凡な山道で距離の割には時間がかからない。
また、立ち止まって見入るような所もないので、ここからイッキに下山道分岐まで歩いて行こう。
《ミズシ》の急登を越えて、下り基調の歩き良い道を進んでいくと、『千曲川水源地標を経て梓山へ』との道標が樹木に打ちつけられている《千曲川源流遊歩道分岐》に着く。 この道が下山道である。
ここに重いザックをデポして、空身で甲武信ヶ岳を往復してこよう。 甲武信ヶ岳へは最後に岩ガレの急傾斜を登りきるのを含めて、所要約25分位である。
奥秩父の長い稜線を苦労して歩いてきての甲武信ヶ岳登頂は、また感慨もひとしおだ。
それに、山名標の下にある行政区分に『埼玉県』と示されているのも感慨深い。
“長野県から関東地方まで歩いた・・”という実感をひしひしと感じたからであろうか・・。
私は、この甲武信ヶ岳も【名峰百選】に選んでいる・・。 その理由は、“山の歴史や品格がどうのこうの・・”といった下らぬ理由ではなく、この山頂に登り着いた時に感じた“感慨深さ”が、“この山に登りたい・・”という魅力に通ずると思ったからである。
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| 【名峰百選】 甲武信ヶ岳 頂上にて・・ |
甲武信ケ岳頂上より霞む雲海を望む・・ | 千曲川水源の沢 この清らかな小沢が“大河”・信濃川となる・・ |
千曲川水源標柱と・・ | 小さな流れが 集まって沢らしく なってきた・・ |
ここで、『日本百名山』に苦言を呈したい。 “高い品格”とはいったい何なのか・・。
山というものは、全てに品格を備えているものである。 人が勝手になすりつけた『歴史』のある山が“高い品格”のある山なのか・・。 そんな下らぬ理由で山を取捨したとしたなら、私には全く理解ができない。
奥深き未開の山には、人による『歴史』などあろうはずもない。 しかし、奥深き未開の山には、“登ってみたい・・”という感情は湧き出るはずだ。 そういった山に対する素直な感情を圧し殺してしまう『日本百名山』の選択基準は私には到底理解ができないし、またこれを認めてもいない。 キツい言い方かもしれないが、これが私の考えである。
だが、私の【名峰百選】に対しての批判も多々あろう・・ことは予想している。
私は、自分の【名峰百選】はあくまでも“私自身のオリジナル”であると考えているので、これを世に広めたり、他人に強制したりするつもりは毛頭もないのである。 もし、【名峰百選】に対しての批判があったなら、私はこのように答えるつもりである。
・・甲武信ケ岳の山頂での感慨のひとときを味わったなら、そろそろ下りに取りかかろう。
今日の行程は歩く距離が長いだけに、昼の12時過ぎには下山に取りかかりたい。
もし、甲武信ケ岳までの縦走に時間がかかり過ぎて下山開始時間が遅くなってしまいそうなら、甲武信ケ岳頂上から直進して15分程の所にある《甲武信小屋》で1泊して、下山を翌日に延ばしてもいいだろう。
甲武信ケ岳から《千曲川源流遊歩道分岐》まで戻り、デポした荷物を回収して、道標の指し示す通りに千曲川源流に向かって下っていこう。 分岐よりしばらく急降下で下っていくと、やがて沢音が聞えてくる。
下っていくごとに沢音が次第に大きくなり、下に身長大の標柱の立つ窪地が見えてくる。
この身長大の標柱こそ、《千曲川源流水源》を示す案内標柱である。
これより千曲川・・、やがて信濃川となる大河が始まるのだ。 この標柱のすぐ下に、山に囲まれた幽谷の中から清楚な沢水が音色涼やかに流れている。 この水源地標より先は、『千曲川源流遊歩道』というハイキングコースとなり、源流の沢に寄り添って《梓山》の登山口まで続いている。 この道は緩やかで、清楚な沢水を眺めながら歩ける気分のいいコースだ。 また、案内標も多くあり、安心して歩いていける。
・・歩いていくうちに沢幅が徐々に大きくなり、沢を渡るのも飛び石伝いから桟道へと変わっていく。
この変化に、徐々に下っているのを感じることができるであろう。 《源流水源地標》より約6km・・、歩くこと2時間余りで、釣り客の車が駐車してある林道の終点に出る。 ここから車も通る砂利道を約1時間歩くと、《梓山》の集落に下り着く。 《梓山》の集落の直前は高原野菜の大規模農場が広がっていて、キャベツ畑の中を一筋に続く道を歩いていく。
登山口を抜けて終える山行とは、ひと味違った印象深い終わり方である。
《梓山》からJR信濃川上駅へは、1日8本のバスが出ているので、帰りの“足”は心配ないだろう。
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| ササ原越しに望む丹沢山塊の最高峰・蛭ヶ岳・・ |
38 丹 沢 山 たんざわやま (丹沢大山国定公園) ・・・神奈川県
関東の山は隆起山塊が多く、この山もその一つである。 丹沢山地の主峰は、最高峰・蛭ヶ岳 1673メートル と丹沢山 1567メートル である。 これらの山は、山稜部が関東ローム層で覆われている為に平坦で丘状だが、山腹は急峻で川の源流が深く切れ込んだ渓谷を創りあげている。 この山域の魅力は、これらの源流渓谷と豊富な自然林であろう。
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| 山陵より足柄丘陵を望む・・ 空から神々しい光が注ぎ込まれて・・ |
ササ原の急登をゆっくりと登っていこう・・ |
行 程 表 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 小田急線・渋沢駅よりバス (0:20)→大倉バス停 (1:30)→駒止茶屋 (1:45)→塔ノ岳
(1:00)→丹沢山・みやま山荘 (1:20)→蛭ヶ岳 (1:10)→丹沢山・みやま山荘
《2日目》 丹沢山・みやま山荘 (1:00)→塔ノ岳 (2:30)→大倉バス停よりバス (0:20)→小田急線・渋沢駅
《1日目》 大倉尾根を伝って丹沢山塊最高峰へ・・
今回、この項目では、丹沢山系のメインルート・『大倉尾根』を伝って南関東の名峰を極めよう・・と思う。
関東圏の方なら無理をすれば日帰りも可能なこの山域も、関西圏に住居を持つ私には“果てしなく遠い山”であった。
従って、前々より探勝してみたい・・とは思っていたが、なかなかその機会がなかったのである。
しかし、今日この時、ようやく【名峰百選】最後の峰として登頂する機会に恵まれたのである。
“前置き”では、個人的なことを記してしまったが、とにかく『大倉尾根』を伝って行ってみよう。
新宿から小田急線の急行電車に乗り、1時間15分程で渋沢駅に着く。 渋沢駅は、予想に反してバスロータリーもある近代的な駅ビルだ。 登山口へのアプローチ駅としての雰囲気は皆無である。 この駅で大きなリュックを背負っていると、“場違い”な気分になる。 1時間に3本もある『大倉行』のバスに乗り、終点まで乗車する。
約20分で、広いバスロータリーの設置された《大倉バス停》に着く。
今まで数多くの山に登ってきたが、これ程交通の便が良い所は初めてである。
首都圏の交通渋滞などを想像すると、この山域へは車で来るより電車・バスで来る方が便利かもしれない。
ロータリーの前には商店が2〜3軒あるので、パンや嗜好品を購入して、さぁ出発だ・・。
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| 上 塔ノ岳の頂上より望む西丹沢の山なみ・・ 下 塔ノ岳からは裾野を広げる雄大な富士が・・ |
《大倉バス停》から舗装車道を500m程行くと、『塔ノ岳まで6.7km』と記された道標の立つ《登山道分岐》に出る。 この指示通りに登山道に入るが、入口から約500mの間は簡易舗装が成されており、いささか気合が入りにくい。
最奥の民家(たぶん、上の茶屋のオーナーの居宅であろう・・)と休業中の茶屋を通り過ぎると、ようやく道は登山道のそれらしくなってくる。
しばらく樹林帯を伝うと、《大倉高原山ノ家》を通るコースと、通らないバイパスルートに分かれる。 どちらを通っても15分程の登りで元通り合流するのだが、《山ノ家》経由の道には水場があり、山荘前は『足柄丘陵』のいい展望台となっている。
ひたすら樹林帯を登るバイパスルートに比べて、断然“お得”である。
これ以降、山荘や茶屋以外では水を得ることが難しい(私の登った冬場の調査であるが・・)ので、十分に補給していこう。
《山ノ家》を過ぎてバイパスルートに合流すると、シラビソの美林に囲まれた平坦な一本道となる。 並木道は《見晴茶屋》まで続いている。
《見晴茶屋》を過ぎると、いよいよ傾斜が増してくる。
登山道は完璧に整備してあるが、元来崩れやすい関東ローム層の地質ゆえに滑りやすく踏ん張りも利かない。 これは、かなりふくら脛に“溜まる”登高である。
だが、時折樹林越しに見える白雪をまとった富士山や、目指す丹沢山塊最高峰・蛭ヶ岳が心を和ませてくれることだろう。 やがて、《駒止茶屋》へ・・。
丹沢山系は長大な尾根歩きゆえ、丹沢山の簡易登山ガイドなどでは、この《駒止茶屋》までの行程は比較的単調な為に割愛されているケースが多い。
《駒止茶屋》より少し上がった所に、先の道程が見渡せるいい休憩場所がある。
これより先は、塔ノ岳頂上までの“イッキ登り”なので、気合を入れなおそう・・。
まずは、《堀山ノ家》の前を通るジグザグの登りだ。 多くのハイカーが、この《堀山ノ家》で“一服”以上の大休止をしている。 こういうのを目にすると気合が抜けていくので、あまり見ない方が賢明だろう。
ジグザグの急登を抜けると、樹林帯を抜けて視界が良くなる。 眼前には標高差150mの山塊が立ちはばかり、その上に《花立山荘》が建っている。 何とも“そそる”光景だ。 そして、その眺めの通り、息を着かせぬ急登となる。
足場は関東ローム層の脆いガレを丸太で固めただけのもので、丸太との間が崩れて深く掘れていて歩きにくい。
中には、丸太間のガレが大きく掘り返されて丸太が柵のように露出したものもあり、疲れてふらついた足には大いなる脅威となる。
しかし、これを乗りきっても、まだ終わりではない。 《花立山荘》に着いただけなのだ・・。
まだ、丹沢山の前衛峰・塔ノ岳にも着いてはいない。 この丹沢山系は標高に感じる以上に長く、そして急傾斜が続くので、体力がないと塔ノ岳辺りが限界となろう。 まぁ、道中の至る所に宿泊可能な茶屋があり、“ダウン”即“ノックアウト”も可能だが・・。
《花立山荘》からは傾斜はかなり落ち着いて、ダラダラした感じの登りとなる。
この緩やかな登りを乗り越えると、ようやく塔ノ岳 1491メートル の頂上だ。 この頂上は広く360°の展望を誇り、白雪をまとった富士が裾野より見渡せる・・。 御来光を望むのなら、ここがベストだろう。
もちろん、塔ノ岳頂上には、山域で最大の山荘・《尊仏山荘》が建っているので心配はいらない。
さて、目指す丹沢山の最高峰・蛭ヶ岳へは、まだ7kmもある。 かなり疲れていようが何だろうが、まだ全行程の半分しか歩いていないのだ。 これより、その“残り半分”を歩いていかねばならない。
私のように、“ミレニアム”の目的があれば尚更だ。
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| 丹沢山にも鎖場は あるのだ・・ 鬼ヶ岩にて |
蛭ヶ岳へは尾根上のササ原につけられた一条の道を伝っていく・・ | “ミレニアム”ということで・・ もう少しキメたかったが・・ |
塔ノ岳よりの道は、いきなり100mほど急下降する。 下りきると、丹沢らしいササの密生したなだらかな山稜に出る。
朝などは柔らかい日差しにササが黄金色に染まり、裾野まで見える白雪の富士とあいまって、思わずカメラを取り出したくなる情景となる。
《竜ヶ馬場》の小広い丘陵地を越えると、まもなく丹沢山 1567メートル の頂上だ。
だが、対峙する塔ノ岳の方が高く見えるのは気のせいであろうか・・。 山頂の展望は、富士の望める西面以外は雑木林で展望はなく、御来光を見るには不向きであろう。 もちろん、ここにも宿泊可能な《みやま山荘》があり、宿の心配はない。
・・余談ではあるが、この《みやま山荘》が最も山小屋らしい雰囲気を漂わせていて、私としては一番の好みである。
なお、テント幕営については、丹沢山域全山で禁止(これだけ山荘が建ち並ぶと、禁止もうなづける・・)とのことだが、小屋番によると“見えない所なら別に構わない・・”との事。 《大倉バス停》より、この丹沢山まで10.5km・・。
さすがに、20s以上の荷を担いでならば、ここら辺りが潮時だろう・・。
頂上直下の空地にテントを設営して、カメラと水筒のみの楽な格好で最高峰の蛭ヶ岳まで往復しようと思う。
丹沢山からは、またもや急下降で100m下って、間髪入れずに不動ノ峰 1614メートル への急登が始まる。
空身でも応える登りだ・・。 この150mの急登を乗りきると、不動ノ峰の肩にあるあずま屋に出る。
ここには《水場3分下る》の表示があるが、冬場や渇水期は枯れているのであまりアテにはできない(ちなみに、筆者は日が落ちてから水を取りにいってエライ目にあった・・)。
あずま屋を越えて少し行くと、樹林に囲まれた不動ノ峰と《棚沢ノ頭》を越える。
これらの山は北面がガレていて、《鬼ヶ岩》やササの痩せ尾根など『丹沢』では思いもよらぬ嶮所がある。
レベル的には大したことはないが、スニーカー登山の不埒者が多い・・と聞くこの山域では“以外”というしかない。
まぁ、怖い思いをして次回より装備を改めるなら、この嶮所は意識改革の上で大きな意義を持っているが・・。
《鬼ヶ岩》を下降してササの痩せ尾根を伝うと、後はササの広がる丘をつめていくだけだ。
これをつめると丹沢山塊の最高峰、そして私自身最後の【名峰百選】である蛭ヶ岳 1673メートル の頂上だ。
ここまで14km。 コースタイムにして、6時間近くかかる“ホピュラーなれど侮れぬ”ルートなのである。
甘い情報だけを鵜呑みにすると、必ずバテる山域である。 くれぐれも、準備万端怠りなく(特に体力面で・・)。
さて、丹沢最高峰の頂上からの眺めであるが、私の登った“ミレニアム”(1999年の大晦日)は午後から曇天となり、展望は皆無であった。 従って、掲載写真のように滑稽な“アリバイ写真”しか手元にないのは至極残念である。
頂上にも宿泊可能な山荘があり、ここに宿泊しての西丹沢への完全縦走も可能だ。
但し、一帯はテント禁止で小屋が目の前に建っているので、“見えない所なら・・”の論理も使えない。
帰りは、テントをデポった丹沢山まで往路を忠実に戻ることにする。
水は、小屋で分けてもらう以外に手はないだろう・・。
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| 丹沢山“ミレニアム”の朝・・ 左上 “ミレニアム”の御来光・・ 右下 丹沢山の途中のササ原からの展望は 私一番の“お薦め”だ・・ 中下 ほのかに染まる初夢・“一富士”・・ 右下 朝の丹沢山系を望む・・ |
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《2日目》 富士の白峰を眺めながら下山
さて、御来光についてであるが、昨日も述べた通り丹沢山山頂は、東方が雑木林に囲まれて今いち見通しが悪い。
朝日を望むなら、早起きして塔ノ岳に向かうのがベターである。 だが、西方の雪をまとう富士山は、周囲の風景などと併せるとこちらの方がいいのではないか・・と思う。 また、塔ノ岳に向かう途中のササの丘陵越しの富士も絶景だ。
朝の柔らかい光がササの原を黄金色に染め上げ、白雪をまとう富士の高嶺に花を添える。
《大倉》からのバス便の心配はいらない・・。 カメラ片手にゆっくりと下っていこう。
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| 八ヶ岳・赤岳より望む富士山・・ | かぎろい色の空に浮かぶ富士山 ・・南アルプス・千枚岳より | |
39 富 士 山 ふじさん (富士伊豆箱根国立公園) ・・・静岡県・山梨県
富士山の標高は3776m・・。 誰もが知る日本最高峰で、標高の憶え方も“富士山のようにみななろ・3776m”というように、小さい頃から教わったものだ。 富士山は裾野を直径40kmにも広げる典型的なコニーデ型火山で、その秀麗な山容は世界に誇れるものの一つである。 しかし、『登山』に関しての魅力はかなり乏しく、あまり登山意欲の湧かない山である。
なぜなら、この山が比較的新しい山で高山植物がほとんど咲かないこと・・、そして登山客と山頂神社の専横でかなり俗化しているからではなかろうか。 山頂での『県境の線引き』をめぐっての“人間の思惑”による争いが未だに続いている現状に、唖然とするばかりである。 山は“神”が作ったのではない。 ましてや、神社のいう“神”とやらの所有物でもない。 山は、大自然が長い年月を経て創造しえたものである。 俗世間の垢を落とす為に山へ登りに来たというのに、山頂での醜い“人間の思惑”を見せられたらたまったものでない。
この醜い“人間の思惑”が消えない限り、私の中では登山の魅力あふれる“登ってみたい山”とはなりえないであろう。
結論からいって、この山は『登る』よりも『眺める』べき山なのであろう。 それを踏まえて、行程表も『眺める』を念頭において組んでみた。 さて、『眺める』でお薦め所としては、朝霧高原はどうだろう。
朝霧高原にある広大なススキの原を借景に・・は、なかなか叙情的な風景である。
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行 程 表
<1> 朝霧高原へ 〔車利用〕 → 富士宮市街 (0:20)→白糸ノ滝 (0:25)→朝霧高原
<2> 南アルプス・白峰三山稜線より → 甲府駅よりバス (2:00)→広河原 (2:20)→大樺沢二股 (2:30)→小太郎尾根分岐
(0:40)→北岳ノ肩
※ 『45 白峰三山』 大樺沢雪渓・右俣コースを通って白峰三山一周 を参照のこと
<3> 南アルプス・千枚岳より → 《1日目》 JR静岡駅よりバス (3:30)→畑薙第一ダム (4:40)→椹島
《2日目》 椹島 (3:30)→蕨段 (2:20)→千枚小屋 (0:30)→千枚岳
※ 『46 南アルプス南部』 <2> 南アルプス南部(荒川三山・赤石岳・聖岳)大縦走 を参照のこと
<4> 南八ヶ岳・千枚岳より → 茅野市街より車 (1:00)→美濃戸 (1:50)→行者小屋 (1:20)→赤岳石室
(0:40)→赤岳
※ 『49 八ヶ岳』 <1> 南八ヶ岳主稜線縦走 を参照のこと・・
<1>コースの朝霧高原は、現在未調査・・。 探勝・調査しだい記載する。 <2>〜<4>のコースは、それぞれの山の稜線から富士山を眺めるべく行程を組んでみた。 なお、コース解説は、それぞれの山の項目で述べたいと思う。
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| 朝日に染まる屏風ヶ浦・・ そして月 |
40 屏 風 ヶ 浦 びょうぶがうら (水郷筑波国定公園) ・・・千葉県
高さ40〜60mの海食崖が延々9kmにも渡って続く屏風ヶ浦は、単調な景色の続く関東の太平洋沿岸の中で、キラリと輝く景勝である。
この延々と続く断崖は、軟弱な砂石や関東ローム層から形成されている為に波による浸食を受けやすく、現在でも年に数十cmづつ後退している・・とのことである。 屏風ヶ浦が魅せるこの偉大な“自然の営み”こそ、『日本百景』の選出に値する・・と思うのである。
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| 駐車場・トイレ・山小屋情報 | 潮風の恵みを最大限に活かす・・ |
行 程 表JR銚子駅よりバス利用 (0:20)→千葉科学大学前バス停下車
※ 千葉科学大学前の向側に銚子マリーナがあり、海水浴場を挟んで西方に屏風ヶ浦海岸が続く
屏風ヶ浦より徒歩 (0:35)→外川駅・銚子電気鉄道利用 (0:05)→犬吠駅
※ 犬吠駅より『犬吠埼』へは片道・徒歩10分、『地球の丸く見える丘展望館』へは片道・徒歩15分
犬吠駅 (0:20)→JR銚子駅
この『日本百景』において、離島を除いて一番最後に訪れた景勝地がこの《屏風ヶ浦》だ。
探訪する事自体が“生涯モノ”の離島はともかく、訪れる事が容易そうでなかなかその機会がめぐってこなかったのである。 周囲に目ぼしい景勝地がなかったからかもしれない。 それでは、この《屏風ヶ浦》の探訪を『日本百景』の最後の訪問地として相応の“最高の情景”をもって迎える事としよう。
“最高の情景”は、やはり夜明けの情景だろう。 夕日も捨て難いが、誰もおらずその情景を独り占めできる夜明け時こそが“最高の情景”ではないだろうか・・と思う。 だが、この夜明け時をこの地で迎えるなら、夜が明けるまでの長い時を耐えねばならないのだ。 夜を明かす方法論に関しては各自の手法に任せるとするが、この苦労は“最高の情景”を目にする事で大いに癒される事だろう。 それでは、私が目にした夜明け時の“最高の情景”を御披露したい。
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| 左 空が濃紺から蒼・・、そしてかぎろい色へ変わっていく・・ 右 屏風ヶ浦“大陸”の上はまだ眠りから覚めぬ“まどろみの時”だった・・ |
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| 左 ほのかに染まる屏風ヶ浦より2羽の海鳥が飛び立った・・ 右 かぎろいに染まる空の下、蒼き穏やかな海に浮かぶ“屏風ヶ浦”大陸 |
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| 左 始めての探訪でこれほどの色彩を魅せてくれた朝のひとときに感謝・・ 右 もう少しカモメをセンターにした方が良かったね・・ |
朝の“最も贅沢なひととき”を心ゆくまで堪能したなら、《屏風ヶ浦》がおりなす波と風の雄大な造形を間近に見てみよう。 《銚子マリーナ》の海水浴場を端まで伝うと、立ち屏風が連なるが如く《屏風ヶ浦》の関東ローム層が西に向かって連なっているのが見えるだろう。 その袂に立ち、じっくりとこの潮風がおりなす雄大な立て屏風を観察してみよう。
眺めていると、西洋の城郭のように凛とそびえ立った断層の生い立ちや歴史、そしてどのような月日を経てきたのかが、おぼろげに解ってくるだろう。 草に帯のように連なる断層は幾何学な美を魅せるだけでなく、その歴史や“なせそのようになったのか・・”という知識をも目にした者に授けてくれる。
そして、その断層に営巣する海鳥達が、巣繕いや羽休めをすべくやってくる。 これを望遠鏡などで覗くのも面白い。
海鳥達の生態がハイビジョンのような感覚で望めるのだ。 羽休めをしつつも警戒を怠らない厳しい表情、海鳥のしぐさや飛び立つ瞬間の勇ましさ、海鳥の生活の様子・・等々。 これらを目にすると、“野生を生きる”という事の雄大さを感じ取る事ができるのである。 動物園や鳥かごの中の鳥では、決して見ることができない『鳥』という生き物の本来の姿を目がそこにあるのだ。 これこそ、目にする感動である・・と思うのだ。
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| 上 幾重に層を成す幾何学模様はそこに存在する歴史の証・・ 右 海鳥の飛来・・ 鋭角的な動きに野生に生き抜く本質を見た・・ |
巣繕いしていた海鳥が一瞬の内に飛び立って・・ |
上 《屏風ヶ浦》の地層と景観を守るべく造られた防波堤・・
下 脆い陸の上には守るべき“人の生活”があるから・・
このように素晴らしい情景を魅せる《屏風ヶ浦》なのだが、一つだけ残念な事があった。 それは、潮風による関東ローム層の侵食を防ぐべく作られた防波堤である。 これは、この脆い地層を守る為には致し方ない事なのかもしれないが、自然の造形である《屏風ヶ浦》に人工物の防波堤はどうしても浮き立ってしまうのだ。 極力岩を積み重ねる形でコンクリートが目立たぬように造ってはいるようだが、侵食という歴史を示してその美を魅せる《屏風ヶ浦》と、造成されたばかりで歴史が皆無の防波堤のミスマッチである。
だが、その脆い地質でできた陸の上には、既に動かし難い“人の生活”があるのだから止むを得ないのである。 これを否定すると、人間の生活を否定する事になるのだから・・。 自然を守る努力と方策、それに相反する人による利用の為の陸地の開拓・・。 決して交わる事のないベクトルを抱えた人の苦悩が、できるだけ自然造形の形を模写したこのような防波堤に表れているのだ・・と思う。
我々にできる事は、この相反するベクトルを如何にして両立させる手立てはないものか・・と模索する事である。 『考える葦である』人間が知恵を絞って、最良と思われる方法を取り決めてそれを遵守しようと啓蒙していく事は、一部の下らぬ人間が声高に叫ぶ“自然に対しての人の奢り”などではない。 むしろ、取り決めに従えぬから・・といって、“利便の為に自然を破壊してきた人類が『自然を守ろう・・』とは笑止”などと屁理屈を捏ねたり、“自然保護を唱えるのは人の奢り”と難癖をつける輩こそ、この場(自然環境)から立ち去るべきだと強く思う。
このような事を口にする輩は、そのほとんどが物事の本質を見極める事ができないようなので、何をいってもムダなのだ・・と理解しつつ。 そして、このような事を口にする輩は、自らの欲求を満たしたいが為に欲求と相反する取り決めを否定しているのだ・・という事実も把握しつつ。 さて、脱線した話を元に戻し、旅ガイドを再開しよう。
《屏風ヶ浦》で朝の情景を満喫したなら、近くにある犬吠崎へ行ってみよう。 《屏風ヶ浦》の広がる《銚子マリーナ》から、《犬吠崎》へは3kmちょっと。 歩けない距離ではない。 そして、《犬吠崎》や銚子の街をめぐってカタコト走る、『銚子電鉄』という名物電車も(個人的希望として!?)押えておきたい。 その『銚子電鉄』の終点である《外川駅》へは、2km位である。 このガイドでは、この《外川駅》まで歩いていく行程を組んでみたのだか・・。
《銚子マリーナ》から漁師町である《外川漁港》を眺めつつ歩いていくと、早朝からの港仕事を終えて長閑さを取り戻した漁師町の風情を感じ取れるだろう。 派手な大漁旗を掲げた漁船を見るのも面白いし、街中に漂う海の幸の香りに空腹を満たすのもいいだろう。 また、長閑な漁師町を見渡すと、街の掲示版にはドサ周りっぽい劇団のポスターなどが掲げられたり、風情のある石畳みの坂や路傍の石などノスタルジックな趣もある。 このノスタルジックな雰囲気は、TVの朝のドラマの舞台にもなったそうである。
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| 上 煎餅代を叩いたお金で修理した電車と お金が足りずに修理できなかった電車・・ 下 鉄道ファンにはたまらぬボロ電が カタコト走っていますよ・・ |
朝のTVドラマのロケ地ともなった『古き良き時代』のたたずまい・・ 外川駅にて |
そうこうしていると2kmなどあっという間に過ぎ去り、港から丘へ一段上がった所にある《外川駅》に着く。
この《外川駅》の駅舎は、『古き良き時代の駅舎』のたたずまいを魅せてくれる。 時間が許せば、カタコト走るローカル電車を狙ってみたい。 なお、この『銚子電鉄』という路線は違った意味でインターネット界を騒がす程に有名な路線でして、ここでは詳しい事は記せませんが、興味のある方はGoogle等で調べてみて下さい。
このローカル電車に乗って、《外川駅》の次が《犬吠崎》の玄関口である《犬吠駅》である。 その距離は僅か900m。
歩いてでも十分な距離で、この距離で電車に乗るのはもったいない・・と思われるかもしれないが、話題作りの為にも乗車をお勧めしたい・・と思う。
僅か3分で次の駅《犬吠駅》に着く。 この《犬吠駅》は先程の《外川駅》と違って、観光アピールの為か西洋風の建物であった。 でも、言葉は悪いが『身分不相応』というか何と言うか、この路線の抱く雰囲気とは合わず浮いているように感じたのだか・・。 それでは、この駅から《犬吠崎》や『地球の丸く見える丘展望館』などに立ち寄ってみよう。
《犬吠駅》近辺のスポットである『地球の丸く見える丘展望館』と《犬吠崎》は正反対の方向に位置するので、より遠め(駅から徒歩15分程)の『地球の丸く見える丘展望館』から訪れる事にしよう。 この展望館はこの近辺の丘地である愛宕山(標高73.6m 三角点もあるらしい・・)の山頂に設けられ、西の屏風ヶ浦の全景や九十九里浜に始まり、太平洋の大海原を経て北の筑波山や鹿島灘までを一望できる・・との事である。 但し入館料が必要なので、バックパーカー系の方は見合わせかも・・。
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| 左 青空に映える白亜の犬吠崎灯台 右 灯台の上から岩礁に砕け散る波濤を狙うも一興・・ |
先程の展望館とは逆に海の方へ向けて10分程歩くと、“本州で最も日の出が早い”と云われる《犬吠崎》だ。
この岬の灯台見学は有料だが、日本の灯台では珍しく灯台上まで開放しているのでお勧めのスポットとなろう。
また、併設の灯台資料館には、当該の《犬吠崎灯台》は元より日本海図上の主要灯台(写真付)の資料も展示しているので、海運に興味のある方には見逃せないスポットである。 それでは、灯台上からの展望をもって、この項目のガイドを終えたいと思う。
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| 大海原を逆光で印象づけてみた・・ | 上 誘導レーダー塔越しに見果てぬ大海原を見る・・ 下 果てしなく続く大海原・・ |
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| 北方は整然とした砂浜となっている | 海と生きてきた街を海の守護神の上から望む・・ |
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| ※ 日本分県地図より引用 | ||
41 小 笠 原 諸 島 おがさわらしょとう
(小笠原国定公園) ・・・東京都
東京から南へ1000km・・。 太平洋上に点々と散らばる父島・母島・硫黄島など、大小30余りのの島々を小笠原諸島と呼ばれている。
ここは年中常夏の島で、島のどこでも水泳が可能である。 どこまでも広がる青い海・・。
その青い海の中には、美しいサンゴ礁が思い思いの芸術を描いている。
また、陸でも熱帯性の原生密林・南国の動物達など、内陸では体験できない魅力に満ちている。
行 程 表
東京・竹芝埠頭より航路利用で
小笠原諸島・父島まで29時間〔1週間に1便就航〕
小笠原諸島・父島より航路利用 (2:00)→母島
〔3日に1便就航〕
小笠原諸島は現在未調査・・。 探勝・調査しだい記載する。
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