このページは、 5 日高山脈 の (3) カムイエクウチカウシ山・・  ・  (4) 1839峰・・  を掲載しています。
      (1) アホイ岳・・  ・  (2) 幌尻岳・・ は別ページとなります。   


     八の沢カールへは沢や滝といった難関の連続だ・・

     中上 1000m三股の無名滝・・

     右上 沢の上流・・

     右下 下流部は水量の多い札内川本流を徒渉する・・
行 程 表                                    駐車場・トイレ・山小屋情報
 <3> 中部日高・札内川からカムイエクウチカウシ山へ
《1日目》 中札内村・上札内より車 (1:00)→七ノ沢出合 (1:40)→八ノ沢出合 (2:10)→1000m三股 (2:30)→八ノ沢カール
《2日目》 八ノ沢カール (2:00)→カムイエクウチカウシ山 (1:40)→八ノ沢カール
《3日目》 八ノ沢カール (2:20)→1000m三股 (2:10)→八ノ沢出合 (1:40)→七ノ沢出合より車 (1:00)→中札内村・上札内


  
<3> 中部日高・札内川からカムイエクウチカウシ山へ 
 《1日目》 七ノ沢出合から八ノ沢カールへ


中札内村・上札内から、ダートの札内林道を16km車で進む。 どんな山に登る時もそうだが、できるだけ早立ちするのが望ましい・・。 しかし、上札内に宿屋はなく、宿泊となると帯広ということになる。 帯広からだと、ちょっと早立ちは難しい。 そこで登山前日は、快適!?な《札内ヒュッテ》に泊る事にしよう。

・・朝起きたら、札内林道を車で《七ノ沢出合》まで進める。 現在、札内林道は『道道・静内−上札内線』として、日高山脈をぶち抜くべく工事が進められている。 しかし、相当な難工事らしく、工事凍結も検討されているようである。 
現在の林道終点は、《七ノ沢出合》のダムである。 ここに車を置いて、いよいよ出発だ。 
ダムの堰堤を越えると、いきなり徒渉が始まる。 従って、《沢靴》と《ピッケル》は絶対の必需品だ。
八ノ沢カール壁に咲く花々・・ 八ノ沢カールより眺める・通称“ピラミット峰”・・
ハクサンチドリ ミヤマリンドウ ウメバチソウ
七ノ沢のよどんだ流れを渡ると、札内川本流の大瀬に向って遡行していく。 本流の徒渉は八ノ沢出合まで4〜5回だが、いずれも水量が多く流れも速いので、流れに足を取られて転倒しないように注意しよう。 
最初の本流徒渉を終えると、中洲の河原や水量の少ない支沢をたどっていく。 

途中、土手に入っていく所や徒渉地点など、道の変わり目には“リボン”が結ばれているので見落とさないように遡行していこう・・。
 ルートは《八ノ沢出合》までのほぼ中間地点で本流を渡り、対岸の土手に上がって樹林帯を歩いていく。 
尾根側の土手が大きく迫り出してくると、《八ノ沢出合》は近い・・。 この尾根の土手を過ぎる所で、札内川を渡り返して《八ノ沢》に入っていく。 《八ノ沢》の合流口付近を徒渉すると、いいキャンプサイトとなっている《八ノ沢出合》だ。 

《八ノ沢カール》までテントを持ち上げるのがキツいのなら、ここでキャンプをして“空身”の楽な身なりでカムエクまで往復するのも一つの手だ。 だが、カムエクまで往復10時間はかかるので、それなりの覚悟は必要だ。 
これより《八ノ沢》をつめていき、“夢の楽園”《八ノ沢カール》に向う。 いよいよ本番だ・・。 

岩がゴロゴロして歩き辛い河原を、徒渉を何度も絡めながら登っていく。 今までの札内川本流遡行と違い、目印となる“リボン”の数もめっきり減って、かなりのルートファインディングが必要となってくる。 
徒渉地点・土手を高巻く地点・岩を飛び越える地点・・と、歩くこと全てに“経験に元づく勘”が必要だ。 
途中、藪コギなどもあり、距離の割に大いに時間を食うが、ここは辛抱してひたすら歩こう。

やがて、遠目に見えていた《八ノ沢カール》が見えなくなるまで沢をつめると、落差100mはあろうかという三筋の無名滝が瀑布を掛けている“崖”にぶち当たる。 ここが《1000m三股》だ・・。 これから、この無名滝の中央の滝を上がっていかねばならない。 数少ない“リボン”の指示に従って、中央の滝の右側の土手を“文字通り”急登する。 
途中、滝に合流する沢をよじ登ったり、滝のそばにある一枚岩を登ったりしながら、滝上部の沢に上がっていく。 
この登りは滝の水で滑りやすく、かなり危険だ・・。 この地点は、雨が降った時は絶対に登降してはいけない。 
増水すると、滝が鉄砲水となって襲ってくるからだ・・。

・・滝の上部に登り着くと、樹林帯と岩崖を絡めて《八ノ沢カール》から流れ落ちる沢に出る。 
この沢を徒渉し・・、あるいは高巻くなどして、着実に登りつめると、お花畑の広がる“夢の楽園”《八ノ沢カール》の下手に出る・・。 ここで沢から離れてお花畑の中にある踏跡を登っていくと、“夢の楽園”が眼前に広がってくる。 
“スプーンでえぐった”ようなカール壁にのっかる雪渓・・。 これが《八ノ沢》の源となるのだ・・。 
そして、広がるお花畑・・。 カール壁の上にそびえるカムイエクウチカウシ山・・。 
この神秘的な情景の中、キャンプを張って一夜の夢を結ぼう・・。
   左 コバイケイソウ越しに望む日高の山なみ・・

   右 山の鎮魂歌・・ 
         大自然に抱かれて安らかに眠れ・・
 《2日目》 カムイエクウチカウシ山 往復

《八ノ沢カール》の神秘的な夜明けを満喫したなら、“カムエク”と愛称されるカムイエクウチカウシ山に登ってみよう・・。 
カムイエクウチカウシ山へは、“ピラミッド峰”と呼ばれる峻峰との鞍部に向ってカール壁のお花畑の中を登っていく。 
この登りはカール壁を登るにしては傾斜が緩く、お花畑を見ながらゆっくり登れる。 

だが、緩い傾斜地は、得てしてヒグマがよく出没する所でもあるのだ。 運悪くヒグマとバッタリ遭遇してしまったなら、その時は覚悟を決めて“闘う”構えで睨みつけるしかないであろう。 不意に遭遇せぬためにも、こちらの居場所をヒグマに悟らせる“クマ避けの鈴”は絶対の必需品だ。 

この《八ノ沢カール》周辺は、日高山域の中でもとりわけヒグマが出没する“クマの巣”として有名だ。 
1970年に福岡大学のパーティがヒグマに襲われて、3人が犠牲になったそうだ・・。 
《八ノ沢カール》の幕営地にある岩にはレリーフが掲げられ、山に眠る3人が祀られている。 

さて、お花畑のカール壁を登りきると、“ピラミット峰”を先頭に日高国境稜線の山々が視界に広がってくる。 
また、緑豊かな《コイボクカール
も前面に押し出してくる。 しかし、歩きよいのもここまでだ。 
ここからは、ハイマツのブッシュや真下に《コイボクカール》が待ち受ける切り立ったカール壁の通過など、緊張する道が続く。 ハイマツの根に足をからまれつつ、岩をよじ登る・・といった感じでカール壁の急登を登っていく。 

こうして、ピラミッド峰から見上げて、カール壁の頂点と思しき所に登り着く。 だが、まだ終わりではない・・。 
“見かけのカール頂点”に登りついたなら、下からは見えなかったカール壁の突起が次々と現れ、その都度急登が課せられる。 だが、晴れていたなら眺めは満点だ・・。
           憧れの峰・“カムエク”へ・・

  左上 端正な三角錐を示すピラミッド峰・・

  中上 憧れのカムエクへ・・ 

  右上 鶴翼の如く尾根を広げるカムエク西南尾根・・

  左下 未知のカール・コイボクカールを見下ろす・・

  右下 カムエクの頂より望む日高の未開の山々・・
《コイボク》・《八ノ沢》と2つのカールに突き上げられたカール壁からは、2つのカールは元より、日高の山なみ・・、そして遠くにそびえる大雪の山々と展望が360°広がる。 この足元を気にしながらの“山遊漫歩”を続けると、ハイマツと岩場はいつの間にか過ぎ去り、斜面一帯に広がるお花畑の道となる。 あとは、このお花畑の急斜面を突っ切るように登っていけば、日高の一番“奥深き”山・・、そして“憧れ”やまなかった山・・、カムイエクウチカウシ山 1979メートル の頂上に立つ・・。 

このカムイエクウチカウシ山は一等三角点を持ち、日高山脈の中央に風格ある姿を魅せる名峰だ。 
だが、この“憧れ”の山の上に立つには、これまでに述べたような困難が伴う。 
それゆえ、この頂に立った時の喜びは、言葉では言い表せないだろう。 
しかし、残念なことに山頂には一等三角点の石柱があるだけで、山頂を示す表示は全くなく(2002年に再訪した時は山名を示すキロポストのような標柱があった・・)、“アリバイ写真”は撮れそうにないのである。
ピラミッド峰の背後に1823峰が・・ カール壁上はお花畑が広がる・・    カムイエクウチカウシ山の頂上を
   示すものは三角点の石柱だけ・・
             と侘しい限りだ・・
帰りは、お花畑を楽しみながら往路を着実に戻ろう。 お花畑には、ウメバチソウ・チシマフウロ・エゾウサギギクなどの花が咲き競っている。 また、時期さえ合えば、カムイビランジ・ヒダカソウ・ヒダカイワザクラなどの日高山脈の固有種も咲いていることだろう。 でも、お花畑に見とれて足元が疎かにならないように・・。 

お花畑と国境稜線の贅沢な眺めを楽しみながら下ると、あっという間に《八ノ沢カール》に戻り着く。 
余裕があれば、このままテントをたたんでイッキに下山も可能だが、都合10時間の徒歩となるので慎重に判断しよう。 
下山の場合はかなりの早立ちを強いられ、また頂上稜線でのゆとりもあまりない。 
そして、沢を下降する午後には、夕立に降られる可能性も高くなる。 
増水時の沢が危険なのは、前にも述べた通りである。

それよりも、せっかくここまでやってきたのだからもう一夜・・、“夢の楽園”であるカールで夢を結んでもいいのではないだろうか・・。 もし、夜明けの神秘的な景色を見ていないのなら、尚更である・・。
     “夢の楽園”・八ノ沢カールで迎える朝・・

   左上 ピラミッド峰にかかる朝霧・・

   右上 朝日に染まる八ノ沢カール壁は神秘的だ・・

   中下 カールから望む贅沢な朝の情景・・

   右下 カールより望む日高の未開の山なみ・・
 《3日目》 八ノ沢を下って七ノ沢出合へ

カールの夜明けは、どうしてここまで神秘的なのだろう・・。 その素晴らしき光景に、しばし言葉を失う・・。 
朝露を浴びた花が、淡い朝の光を浴びてより一層光り輝く・・。 陽が昇るにつれ、カール壁が紫色から赤色・・、そしてクライマックスのオレンジ色を経て眩い黄金色に変わっていく“七色の変化”も神秘的で、これを目にした感動は言葉では言い尽せない・・。 

また、遠くにそびえる日高の未開の山々も、オレンジ色から黄金色に変わりゆく空の中、美しい三角錐の姿を魅せてくれる。 そして、あまりにも見事な三角錐の姿を誇る“ピラミッド峰”にカールから湧き立つ雲がかかり、空の色の七変化と相まって神秘的な情景を魅せてくれる。 そして、陽が昇って“早朝”から“朝”へとなると、この限りなく神秘的な情景も一段落する。 一段落した所で、いつまでも飽きないこの情景ともそろそろお別れだ。 
テントをたたんで出発の準備に取りかかろう。
朝日は風景を神秘的にする・・    朝日に染まる
    チシマフウロは神秘的だ・・
陽の光が高くなれば、そろそろ下りにかかろう・・
カールのお花畑を下ると、《八ノ沢》が寄り添ってくる。 この沢を往路の通り下っていく。 沢は札内川に向って、山を深く刻んでとうとうと流れ落ちている。 振り返ると青空の下、沢のしぶきが光り輝いている。 心安らぐ情景だ・・。 
しかし沢下りは、登り以上に滑りやすく危険だ。 

また、登り以上に時間がかかり、緊張が続くので精神的な負担も大きい。 下り調子で飛ばしていくと大ケガの元だ。 
ゆとりを持って慎重に行こう・・。 特に、《1000m三股》の無名滝への下りは一枚岩の下降もあり、足の取っ掛かりを見つけるのに苦労する。 《1000m三股》に着いても、まだ気が抜けない。 これからも、岩がゴロゴロした河原をルートファインディングしながら下って行かねばならないのだ・・。

・・距離の割に時間を食うこの《八ノ沢》の沢下りも、《八ノ沢カール》と“カムエク”が背後に見えるようになると、札内川が近づき終わりを告げる。 《八ノ沢出合》からは、避暑も兼ねて札内川本流をゆっくり徒渉していこう。 
しかし、最後の最後まで本流の徒渉があるので、《七ノ沢出合》に着いて山行を終えるまで気を引き締めていこう。 
山の思い出に浸るのは、それからでも遅くない。
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※ 国土地理院 1/25000 より引用
行 程 表                                                    駐車場・トイレ・山小屋情報
 <4> 中部日高・八ノ沢カールから国境稜線を伝って南日高・ぺテガリ岳へ
《1日目》 中札内村・上札内より車 (1:00)→七ノ沢出合 (1:40)→八ノ沢出合 (2:10)→1000m三股 (2:30)→八ノ沢カール
《2日目》 八ノ沢カール (2:00)→カムイエクウチカウシ山 (3:30)→1823峰
 (2:00)→コイカクシュサツナイ岳 (1:10)→ヤオロマップ
      の窓
《3日目》 ヤオロマップの窓
 (1:20)→ヤオロマップ岳 (2:30)→1839峰 (2:20)→ヤオロマップ岳
《4日目》 ヤオロマップ岳
 (4:30)→ルベツネ山 (2:00)→ペテガリ岳 (1:20)→ペテガリ岳・Cカール
《5日目》 ペテガリ岳・Cカール
 (0:50)→ルベツネ山 (5:00)→ヤオロマップ岳 (2:30)→コイカクシュサツナイ岳・夏尾根ノ頭
《6日目》 コイカクシュサツナイ岳・夏尾根ノ頭
 (2:50)→コイカクシュサツナイ沢・上二俣 (2:30)→札内ヒュッテ
      
(2:30)→七ノ沢出合 (1:00)→中札内村・上札内


    中部日高へのメインルート・・
            コイカクシュサツナイ沢・・
“遙かなる山”1839峰・・ アタックの時がついにやってきた・・
  <4> 中部日高・八ノ沢カールから国境稜線を伝って南日高・ヘテガリ岳へ

<4>コースは、現在コイカクシュサツナイ沢より、1839峰 1842メートル の往復のみ探勝・調査を完了することができた・・。
・・残りの部分である『カムイエクウチカウシ山〜コイカク・夏尾根ノ頭』と『ヤオロマップ岳〜ペテガリ岳』であるが、前項については期日は未定ではあるが探勝計画を立てている。 後項については、ペテガリ山荘へのアプローチ道となる静内林道(道道・静内〜中札内線)の静内ダムより先が通年通行止である事・・、ヤオロマップ岳からペテガリの区間が猛烈なブッシュ帯である事・・などから、近々の探勝は不可能と思われる。 

従ってこの項目では、項目紹介や行程表と大いに異なるが、現在の探勝・調査完了区間である《2日目》の一部と《3日目》及び、下山の《6日目》を記述しようと思う・・。 また、ペテガリ岳については、アプローチ道の開通後に単発での山行を予定しているので、実行次第記述したいと思う・・。 なお、《1日目》及び《2日目》途中までの行程は、<3>コースの『中部日高・札内川からカムイエクウチカウシ山へ』
と同一である。
右 コイカク沢・上二俣より見上げるコイカクシュサツナイ岳
行 程 表 《現在記載区間》 ※ コースタイムについては実際の所要時間を記載
《1日目》 中札内村・上札内より車 (0:35)→札内ヒュッテ (2:30)→コイカクシュサツナイ沢・上二俣 
           (3:30)
→コイカクシュサツナイ岳・夏尾根ノ頭 (3:20)→ヤオロマップ岳
《2日目》 ヤオロマップ岳 (3:30)→1839峰
 (3:30)→ヤオロマップ岳 (3:00)コイカクシュサツナイ岳・夏尾根ノ頭
《3日目》 
コイカクシュサツナイ岳・夏尾根ノ頭
 (2:20)→コイカクシュサツナイ沢・上二俣 (2:30)札内ヒュッテより車 
           (0:35)
→中札内村・上札内より車



  《1日目》 コイカク沢よりヤオロマップ岳へ

この行程を記述する前に、自分の『日高』に対する“甘さ”を反省しなければならないだろう・・。 
それは、実際の所要時間からも判るように、一般の山ガイド本(1839峰は一般コースとは言い難いので、“一般のガイド本”とはいえないが・・)設定の1.5倍の時間を裕に必要とするのである。 また、ブッシュの量も猛烈に多く、指呼の先に見える山でさえ3時間以上の時間を要するのも“当たり前”なのである。 “見込み”でガイド本などのコースタイムを記載した自分の浅はかさを恥じつつ、この山行での“苦闘”を記述したいと思う。
ウメバチソウ・・ もう秋の気配が漂っている・・ 1839峰へは望む全ての稜線を越えていかねばならない・・ 美しい紫を魅せるミヤマリンドウ・・
・・前述のように、この山系への行程スパンは、概ね3時間とすることができる。 従って、“1日にどれだけのスバンをこなすか・・”ということが鍵となろう・・。 それと、日高の山で最も気掛かりなのが天候である。 
雨は沢の増水を呼び、最後には沢での“缶詰”(沢の増水で下山できないこと・・)さえ有り得る・・ということだ。 
場所は違えど、筆者も札内川・八ノ沢で四日間の“缶詰”を食らって“ヘリのお世話”になった怖ろ恥ずかしい経験がある。 それゆえに、山行前の天候の動向と一日に歩く行動計画は入念に立てて頂きたい。 それでは、ガイドを始めよう。

・・今日の行程は10時間近くを要する《超ハード行程》である。 前日に《札内ヒュッテ》までのアプローチは当たり前の事として、出発はできるだけ早くしたいものである。 ’97年の札内川ダム完成により新しく建て替えられたヒュッテ(山小屋としての雰囲気は、水没した旧ヒュッテが断然上である・・)から、これまた立派なトンネルと舗装道路を400m程行くと登山口がある。 登山口といっても、これより沢をつめていくので、ただ川が流れているだけの所ではあるが・・。 

道路建設の資材置場跡(現在は、登山者の駐車場)より沢に入っていく。 これより遡るコイカクシュサツナイ沢は比較的水量が少なく、また広い中州が多くあるので、沢の遡行としては初心者向けである。 だが、一部のガイドが言うように、“水量が少なければ登山靴でも渡れる・・”といったようなことは絶対に有り得ないので御注意を・・。 
尾根の取付となる《上二俣》まで、技術に応じて数回から数十回の徒渉がある。 私としては、幕営装備一式の重荷を背負って飛び石伝いに飛んでいくのは如何なものか・・!?と思うので、飛び石伝いなど無理せず徒渉した方がいい・・と考えるが・・。 

沢の道中、砂防ダムと函状に迫った所が2ヶ所の計3ヶ所の高巻きがあり、きわどい所はこれによって難なく通過できる。 概ね、二つ連続する函の高巻き地点が、《上二俣》までの中間点である。 さて、沢の順調につめていくと沢が二つに分かれていて、その中央から夏尾根に向って一直線に伸びている“ドン突き”に出る。 
ここが、日高の山への取付点《上二俣》である・・。 《上二俣》は二張り程度ならテントも設営できるので、水のあるビバークサイトとしてはうってつけである。 

さて、右俣に入ってすぐに土手に上がると、そこからは『日高』特有のイッキ登りが始まる。 
徒渉靴から登山靴に履き替えて、水を4gは補給していこう。 この先、水が入手できる保証はないのである。 
取付点より深いササやぶを漕いでいくと、本州の中央高地の山とは比べ物にならない猛烈なイッキ登り(約3kmで標高差1050mを登りつめる・・)が始まる。 しかも、先程水を持てるだけ補給したので、その分の荷重がモロに肩に食い込み、ふくら脛が悲鳴を上げるのは必定だ。 また、見通しが利かない樹林帯の中の蒸し暑い登りで、見る見る内に体の水分が汗として搾り取られる。 

何でもシーズン中は、毎日のようにこのルートを行く中高年の“日高初心者”が、脱水症状や熱中症で『ヘリのお世話』になっているそうである。 “沢で缶詰を食らって・・”の救助ならいざ知らず、体力面でお世話になるようでは、その者にとっては『日高』は決して足を踏み入れてはならぬ領域だ・・と肝に銘じるべきだろう。 

約1時間半ほど登ると、心なしか傾斜が緩くなりひと息着けるようになる。 この辺りから、少しづつハイマツが現れ始める。 今の段階では“カワイイ”ものだが、これが国境稜線に出ると行く手を阻む“困難”となるのだ。 
徐々に傾斜が緩くなって、やがて標高1305m地点のビバーク可能な小空地に出る。 
ここが尾根上で唯一、腰を下ろして休憩できる所だ。 

これより先は、再び急登高となる。 休憩した小空地から、またもや空に向って反り上がっている尾根を見ると、これより先の苦闘も想像に難くないだろう。 150m程イッキ登りすると、樹林帯を抜けて裸岩の突き出した痩せ尾根の上を行くようになる。 ハイマツをつかみ、踏みしめながらこの岩尾根をつめていくと、台形状の様相を魅せるコイカクシュサツナイ岳が左正面に見えるようになる。 ここまでくれば、ハイマツの根に足を取られるものの、一投足で《夏尾根ノ頭》に出ることができる。 

《夏尾根ノ頭》からは、憧れの山・カムイエクウチカウシ山
 1979メートル から、1823峰 1826メートル を経て足元まで連なる緑濃き日高の国境稜線が見渡せる。 さすがに“カムエク”はデカく、風格・威圧感も他の山々とは抜きん出た存在である。 鶴翼を両側に広げるが如く、均整の取れた長い尾根がそう魅せるのだろう。 そして振り向くと、1839峰 1842メートル が『漆黒の鉄兜』の如く、派生尾根の先に突き出している。 2000mに満たない山々なれど、南アルプスの間ノ岳や塩見岳などの雄峰の容姿を彷彿させるものがある。 いや、ここまでたどり着くのが困難なゆえ、よりスケール感が胸に込み上げてくるだろう。
   1823峰の背後には鶴翼を広げるが如く
                “憧れの山”のカムエクが・・
1839峰の稜線には“踏跡”は確認できない・・ ヤオロマップ岳より望む南日高・ヘテガリ岳・・
さて、夏尾根の頭からコイカクシュサツナイ岳 1721メートル までは僅か10分程であるが、お花畑を愛でながらの快適な稜線歩きだ。 コイカクシュサツナイ岳の頂上は狭いながらも段々状になっていて、昼寝には頃良い所だ。 
この山までなら日帰りも可能なので、地元のベテラン登山者などの昼寝場所となっている。 

沢遡行を1つのスパン、上二俣からここまでを2つめのスパンとすると、今日最後の難関がこれから行くヤオロマップ岳までの道程だ。 今までの疲れに加えて、いよいよ“ハイマツのブッシュ漕ぎ”という日高国境稜線の洗礼を受けるのである。 コイカクシュサツナイ岳の頂上より、ヤオロ最低鞍部まで約160m下降するのだが、下るごとにハイマツの枝が膝や脛を叩き始める。 そして、標高が1500m台に突入すると、膝の位置を叩いていたハイマツの丈が上がり、腹や胸はおろか顔まで叩き始める。 それに加えて、ザックに引っ掛かったりして、なかなか前に進めない。 

コイカク岳から指呼の先に見えたヤオロマップの前衛峰は、まだ遙か先の高みにある。 
ブッシュをもみ分けながら最低鞍部(標高1560m)を越えると、今度はブッシュのしなりをモロに正面から受ける“登り”となる。 手足をフルに使って掻き上がる登りは、泳いでいるも同然だ・・。 それ故に、想像以上に困難で疲れるのだ。 
途中、ヤオロマップ右俣の源頭が函状の断崖となって突き上げる《ヤオロの窓》に差しかかる。 
今までハイマツに隠されて高度感を麻痺させられたせいだろうか・・、これを覗き込むと吸い込まれそうな感覚を覚え身が竦むことだろう。 

この間、幾つかのビバーク適地(いずれも、テント1張りが限界)を目にして、疲れも手伝って“ここらでダウン・・”の衝動にかられる。 だが明日は、もっと凄いブッシュ漕ぎだ。 こんな所で立ち止まっていては、右の空に穏やかにそびえる1839峰は“果てしなく遠い・・”ままとなる。 もう、ひとふん張り頑張ろう・・。 《ヤオロの窓》を越えてひと登りすると、ヤオロの前衛峰の上に出る。 ここまで来ると、標高の上でコイカク岳より高くなり、ハイマツの勢いも徐々に鎮まってくる。 
そして、ようやくヤオロマップ本峰が眼前に現れる。 

この前衛峰で向きを変えて、支峰を一つ隔ててヤオロマップ岳まで、吊り尾根状の細い稜線を伝っていく。 
岩とハイマツのゴチャゴチャした稜線だが展望は良く、360°日高の深い山なみを見渡せるだろう。 
もっとも、かなり疲れているのも事実で、それどころではないかもしれないが・・。 
素晴らしい展望を望みながら、穏やかな姿を魅せる1839峰への稜線がつながるピークを目指そう・・。 
そのピークこそが、今日の終着点・ヤオロマップ岳
 1794メートル である。 

なお、ヤオロマップ岳頂上周辺は、3〜4張り程のビバークサイトがある。 しかも、十勝側を10分(かなり急である・・)下れば、チョロチョロの岩清水ではあるが水を得る事ができる(これとて、通年の保証はないが・・)稜線きってのビバークサイトである。 “遙かなる山”・1839峰に向けて、明日もハード極まる行程だ。 早めに休んで体の疲れを取ろう。
ミヤマリンドウ     今回はこれより南は見送りだ・・ 
              ヤオロマップより南日高を望む・・
ウメバチソウ
 《2日目》 “遙かなる山”1839峰へ

このガイドは、私の登山調査結果を元にしているので、本日の“出だし”はこのように記さねばならない・・。 
それは、“昨日は快晴だったのに、朝起きたら雨だった・・”と・・。 これで、コースタイムは元より、全てのデータが激しく超過することとなる。 それを踏まえて進めていこう。 

さて、雨という事実がなくても猛烈なブッシュと不明瞭な道・・、崖同然の草つかみの急登など、“遙かなる山”への道程は困難を極めるものである。 従って、早朝出発を心掛けよう。 もちろん、荷物などはテントサイトにデポって身軽となってである。 ヤオロマップ岳より、下り気味にハイマツと岩の尾根を伝っていく。 テントサイト付近はお花畑が広がり、これからの苦闘をカモフラージュしているようである。 このお花畑が終わると、途端に“道”がなくなる。 
ハイマツが足元を完全に覆い隠すのだ・・。 

ハイマツの中に飛び込むと、何とか踏跡を見つけ出すことができるが、言葉にできない程の猛烈なブッシュに10m進むのでさえ1分かかることもある。 いや・・、よくよく計算してみると、10mそこそこ進むのに1分かかっている・・という結果がでる(2.5kmを210分で割ると・・)。 もし、行く前にこんな結果を知らされたなら、気持ちが萎えてとても行ける所ではないのである。 しかも、雨露を大量に載せたハイマツは、漕ぐごとにバシャバシャと水を浴びせる。 
これは、歩くごとにバケツで水をぶっ掛けられているようなものである。 

ハイマツのブッシュを漕ぎながら小さな上下を繰り返すと、ヤオロ寄りの小ピークの上に立つ・・。 
ここから、大きくたわんだ細い吊り尾根が1839峰に向って連なっている。
 ナナシノ沢とサッシピチャリ沢の源頭が突き上げる辺り・・、吊り尾根の最低点の標高は1620m・・。 ここから約180m下るのである・・。 
だが、その下りといったら猛烈な傾斜で、登り返し時はハイマツやササの葉をつかみながらの急登となる。 

しかも、今日は雨・・。 足元はヌルヌルの泥状となった土手である・・。 こんなに最悪のロケーションは、普通の山のルートなら滅多にないことであるが、『日高』は別である。 日高山域の夏は、太平洋の湿気を含む風がまともにぶつかるため降水量が多く、3日行程だと1日は雨を覚悟せねばならない。 しかも、低気圧や前線付の雨の場合は何日も降り続き、最悪は増水による沢での“缶詰”も有り得るのだ。 ヌルヌルの土手をハイマツをつかみながら下って、吊り尾根の低点部に降りる。 

そこには、支稜線唯一の“見ることのできる”お花畑があり、エゾウサギギクやミヤマリンドウなどが咲き競っていた・・。 
僅か50mの“幸せ”を過ぎると、今度はハイマツに加えて潅木の混合ブッシュが全身を叩くようになる。 
もう、手や顔・・、膝や脛は、“ミミズ腫れ”のオンパレードだ。 雨のブッシュの中では展望も何もなく、今自分がどこにいるのかも把握できなくなる。 

ブッシュによる“叩き”と雨露の“ぶっかけ”攻撃によって、徒に時間を弄していく・・。 “幾つの上下を繰り返したか・・”、“もう2時間位は歩いたか・・(もう、時計を見るのも億劫である・・)”と思う頃、ようやく1839峰寄りの小ピークの登りに差しかかる。 これを約120mの急登で乗り越えると、展望の利きそうなハイマツの丘の上に出る。 

しかし、今現在の心情としては展望も欲しいが、それよりも1839峰の頂上標が見たい・・ということである。 
裏を返せは、“ここが頂上なら、どんなに幸せだろう・・”ということである。 もちろん、雨ゆえに展望もなく、1839峰頂上到着の夢も幻と消えて、濃い雲に裾以外を全て隠された1839峰がドンと立ちはばかっている。 

小ピークより少したわんでから、1839峰に向けて残り120mの急登だ・・。 この急登の傾斜具合は半端ではなく、草や枝はおろか、掘り返された土や草の根をつかんでのよじ登りとなる。 雨中だと、2〜3度の滑り転落も有り得るだろう・・。 
この急登を乗り越えると、ハイマツの先に小さなサークルがある。 その中央に、『1839峰・1842m』と記したプラカードが置いてある。 国境稜線から離れていて、懐深い日高の山なみを魅せる・・という1839峰の頂上も雨ゆえに何も見えず、ただ狭いサークルに雨が降りしきるだけであった・・。 

しかし、何もない・・というわけではない。 そうなのだ・・。 “苦難を乗り越えてやって来たんだ・・”という興奮がある・・。 
抑えても湧き上がる心の高揚がある・・。 そしてこれらは、極めた者にとっての『自信』という芽となり幹となるだろう・・。 
雨の中、“アリバイ写真”を撮って、今度は快晴の時に本当の魅力を魅せてもらう“約束”をして頂上を後にする。
  左上 延々とブッシュの続く
           ヤオロマップまでの道・・

  右上 次こそ・・、その頂からの魅力を
              存分に味わいたい・・


  中下 今回はこのショットのみ・・
               『1839峰・1842m』

  右下 コイカクシュサツナイ岳より望む
             奥深き日高の山なみ・・
当然の事であるが、帰りも猛烈なブッシュに悩まされる。 ただ、往路で一度通ったので、“どこに何がある・・”というのが判っているのが心強い。 ただ、1839峰直下の下りは、上りより下りが足場を探すのに厄介だ。 
また最初に記したように、ヤオロ寄りの小ピークの登りも、1839峰の頂上直下ばりの草つかみ・・、根つかみ・・の急登となる。

・・悪戦苦闘の末、ヤオロのテントサイトに戻ったのは昼の12時半。 何と、往復に7時間半かかったことになる。 
雨ということを差し引いても、ガイド本の記する『行き2時間半・帰り2時間』は到底無理だろう・・。 
時計と今の疲れ具合を推し量ると、ここで連泊したい衝動にかられるが、行程計画上大きなマイナスとなるので、テントを撤収してヤオロマップ岳を後にしよう。 

言い忘れたが、今日の幕営地《コイカク・夏尾根ノ頭》は水を得ることができないので、前日到着時点で水は本日分も補給しておこう・・。 今から補給すると、それだけロスとなる・・。 コイカク岳へは往路を戻るだけだが、1839峰程ではないものの、やはりブッシュに叩かれる。 特に、最低鞍部からコイカク岳への登りは、通路に並ぶハイマツによって全身を叩かれるだろう。 

整備された登山ルートの標高差160mなど、ものの30分もあればこなせるが、一歩一歩ハイマツに行く手を阻まれるここでは、裕に1時間を要するだろう。 結局、3時間かかってコイカク岳へ・・。 やはり、このスパンもみっちり3時間かかってしまった・・。 今日も1839峰往復の2スパンでの7時間を加えて、都合10時間超の超ハード行程となってしまった・・。

・・10時間以上もかかってしまっては、もう先には行けないだろう。 当初の計画では、《上二俣》まで下る(上二俣では水を使い放題である・・)予定であったが到底無理なので、今日はコイカク岳の《夏尾根ノ頭》で幕営することにしよう。 
ここは水はないが、比較的平坦で状態の良いテントサイトが4〜5張り分あり、水さえ担いでくれば快適な一夜を過せるだろう。
名もない山重厚な趣を魅せる・・   『日高』とは理不尽な所・・
     こんなに雨が降るのに稜線で水が得れぬとは・・
『日高』よ・・ ひとまずサラバ・・
 《3日目》 コイカクシュサツナイ沢を下山

下りは往路を忠実に下るので、夏山であればとくに問題はない。 雨後で心配された沢の水量もほとんど通常と変わらず、問題なく表記時間通りに下ることができた。 この日は、夏尾根を下り終えて沢に入ると天候も回復してきたので、夏の沢歩きを往路と共に楽しむことができた。 

さて、始めの勢いで、この難関たる中部日高の名峰めぐりを記載したが、どうやらこのコースは相当の猛者や経験者でないと難しいかもしれない・・。 この『日本百景』の記載コンセプトの一つに、“私でも行ける所なら、一般の人でも探訪可能である・・”とあるが、このコースや同じ『日高山脈』の<3>コースは、一般の人には荷が重過ぎるかもしれない。 

しかし、『日高』を紹介するならできるだけ広範囲に・・、そして魅力にあふれ、“憧れ”や“遙かなる”名峰たちを余す事なく御披露したい・・との考えが勝ったのが事実である。 いや、“御披露したい・・”というより、“自分が行ってみたい・・”、そして、“その峰の魅力を実際に見て語りたい・・”という自分自身のエゴが勝ったのが事実である。 
それゆえ、自分自身の考えを押し通した見苦しい文章となっている事だと思う・・。 

しかし、この文章の重要なコンセプトとして、“私が思い・・、私が憧れ・・、私が認めた景色を自分自身の足で訪れ、そしてその眼で見て語る・・”という思想がある。 そこに、他人の入る余地はない。 要は、“他人が何を言おうが知った事じゃない・・”ということだ。 他人が何を言おうが、この文集の中では私がいいと認めたものはどんどん記載するし、私が認めざるものは徹底的に糾弾する。 これこそ、“私”という人間性なのだ・・と思い、またこのどうしょうもない“人間性”を、私は割と気に入っているのである。

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