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| 山岳信仰・・ 釈丈と光のおりなす神々しき気配・・ |
68 大 峰 山 おおみねさん (吉野熊野国立公園) ・・・奈良県
“女人禁制”で知られる大峰山は、古くから修験道の道場として栄えた山である。
山の名前にも、大普賢岳 1780メートル や釈迦ヶ岳 1800メートル など、仏教の意味合いから名づけられているものが見受けられる。 そして、その中心は山上ヶ岳 1719メートル ・・。 この山に入ることはすなわち“修行”であり、難場の《鐘釣岩》・《蟻ノ戸渡》・《西ノ覗》といった“行場”を歩くこととなる。
さて、景観で優れているのは、八剣山 1915メートル (この山は“仏教ヶ岳”または“八経ヶ岳”とも呼ばれている・・)をおいて他にないだろう。 山頂までトウヒなどの原生林が続き、枯れ立木の林立する景観が素晴らしく、特に朝日がこの木立より昇り輝くさまは深い感銘を覚えることだろう。 また、山頂からの眺望もアルプスに引けを取らず、大峰の個性豊かな山なみをはじめ、大台・日出ヶ岳を中心とする台高山系・・、果ては御岳山までも望むことができる。
この八剣山へは、修験道でもあり登山コースでもある『大峰・奥駈道』を行くのがいいだろう。
・・修行の山・山上ヶ岳から特異な山容を示す大普賢岳を越えて、近畿最高峰の八剣山で素晴らしい御来光を望んで、朝の爽やかな雰囲気の中に山容秀でたる釈迦ヶ岳を見ながらこの山を目指して尾根道を行く『奥駈道』は、山行の楽しさを全て味わえる魅力的なコースである。
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| 駐車場・トイレ・山小屋情報 | 枯木が輝く時・・ |
行 程 表
<1> 行者還トンネル西口より大峰・八剣山へ 〔厳冬期〕
《1日目》 大阪・阿部野橋駅より鉄道 (1:15)→下市口駅よりバス (1:15)→天川村・河合バス停
(4:00)→行者還トンネル西口登山口 (1:20)→石休場宿跡 (1:00)→聖宝ノ宿跡 (1:00)→弥山小屋
《2日目》 弥山小屋 (0:40)→大峰・八剣山 (0:30)→弥山小屋 (0:55)→狼平 (2:20)→栃尾辻
(2:00)→天川村・河合バス停よりバス (1:15)→下市口駅より鉄道 (1:15)→大阪・阿部野橋駅
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| 夜明けの展望・・ | 大峰・八剣山より望む奥駈の山なみ・・ | 大峰南部の名峰・釈迦ヶ岳・・ |
<1> 行者還トンネル西口より大峰・八剣山へ 〔厳冬期〕
《1日目》 天川村・河合より奥駈道を通って弥山へ
この項目では、近畿最高峰の大峰・八剣山へ“お正月”の初日の出を拝むべく、初日の出登山をしてみよう。
西日本の近畿地方といえども、〔厳冬期〕に登山をするのである。 当然、様々な制限が課されてくるのである。
さし当たって問題となり得るのは、アプローチについてであろう。 本行程で設定した登山口は、国道309号線の《行者還トンネル西口》のすぐ脇にある。
だが、この国道309号線は冬季閉鎖となり、途中のゲートに施錠がなされる。
これで、マイカーや車を利用したアプローチは完全に不能となる。 後に残るは、“さぁ、歩け・・”のみである。
登山口に一番最寄りのバス停・《天川・河合バス停》で下車して、後は登山口まで14.5km・・、所要時間にして4時間の延々たる国(酷!?)道歩きである。
下市口駅(天川・河合バス停からタクシーを呼んでも、迎車に手間がかかるのでたいがいは断られるだろう・・)からタクシーを利用したとしても、結局はゲートから先の残り7km・・、2時間は歩かねばならない。
《天川・河合》よりの道は舗装されて単調な道だが、横に《ミタライ渓谷》や《川迫川渓流》を魅せていて、これらの景色を眺めながら行くといい気分転換となりそうだ。
途中の《弥山川出合》では大峰随一の名渓・『白川八丁』と《双門滝》をめぐるコースが分かれているが、夏でもバリエーションルートであるこのルートは、冬は当然の事として慎むべきであろう。 なお、車止めのゲートは、《川迫ダム》の奥から《神童子谷出合》の途中に設けられている。 ゲート閉鎖期間は12/15〜4/30である。
12月の上旬ならば、マイカーでのアプローチも可能である。 所々、落石が転がる国道を4時間余り歩き抜くと、延長600m位の《行者還トンネル》が視界に入ってくるだろう。
・・朝、始発で大阪を出発したとしても、この《トンネル西口》に着く頃には日光が西方に傾き始める・・、冬の短い1日が終わりに近づいた時間帯となっていることであろう。
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| 大峰山系は奥深い・・ 途切れることなく続く山なみ・・ | 樹氷と大台ケ原の山なみ・・ | 雲海が湖のように・・ |
登山口で夜間歩行に備えて、カンテラを取り出しやすい所にパッキングし直してから出発だ。
水は、登山口から少し入った所で渡る沢で汲むといいだろう。 冷たくて清らかな沢水は、今日の登山の大きな力添えとなるだろう・・。 この沢を渡ると、雪着きの急登が始まる。 登山口の《トンネル西口》で見上げたあの稜線の高みまで・・、高低差500mの“バカ登り”である。
登っていく内に、若く背丈の低い樹木の枝にカマボコ板にマジックで書いたようなプラカードがぶら下がっているのを発見できるだろう。 そのプラカードには『まだまだ、あと400m』とか、『あと半分!200m』、『ガンバレ!もうひと息・・50m』など、残りの標高差と率直!?な一言(捉えようによっては、余計なお世話かもしれないが・・)が記してある。
急登につぐ急登を約1時間少々耐え凌ぐと稜線上に這い上がり、大峰山系きっての縦走路である『奥駈道』との合流点・《一ノ垰》に出る。 この《一ノ垰》付近は樹木に囲まれて展望はないが、少し歩いて《石休場宿跡》付近まで進むと北側の展望が開けてくる。
夕暮れのほのかにピンク色に染まりゆく空に、烏帽子頭のような大普賢岳 1780メートル や深い原生樹氷林に覆われた山上ヶ岳 1719メートル 、《大日キレット》を魅せる稲村ヶ岳 1726メートル などの大峰山系の特徴ある山なみ・・、またその背後に台高の山なみも伺える。 昔の修験者の宿場跡であった《石休場宿跡》は、今や三角点標柱と雪に埋もれたベンチがあるのみの侘しい所だ。 ここでは少し休憩する位にしておいて、先に進もう。
この三角点の丘からは、ルートは緩やかに下り始める。 下っていくと前方の眺めを遮っていた樹林も消えて、目指す大峰・八剣山と弥山が肩を並べてそそり立っているのが望まれる。 この下りは、どうやら八剣山の取付への稜線の“たわみ”のようである。 やがて、この下りも途切れ、八剣山に向けて徐々に登り返していく。
登り基調になって30分程進んでいくと、樹林に囲まれた《聖宝ノ宿跡》である。
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| 左上 澄みきった空ならば、遠く御岳山も望める・・ 右上 朝日を浴びて熊野灘が黄金色に輝く・・ 中下 山なみを刻む雲の河・・ 右下 朝の光は見るもの全てを芸術に変える・・ |
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日が暮れて薄暗くなってきた空からそう感じるのか、樹木の囲みが深い薄暗い所である。
ここからは、頂上直下の激しい急登となる。 この急坂は別名“胸突八丁”と呼ばれているそうだが、距離が短いので鍛えて山慣れした体であれば、難なく乗りきることができるだろう。 しかし、山慣れしていない・・、又は体ができていない御仁にはかなり苦しい登りで、登っている最中に空がドップリと暮れて登山口で取り出しやすいように準備しておいたカンテラの“出番”となるかもしれない。 とにかく、この登りを乗りきったなら、弥山の山荘前の広場に出る。
今日はここで宿泊としよう。 行程に余裕があって夕日に間に合ったならば、弥山の展望台《国見八方覗》で1日の終わりを美しい落日の情景で締めればいい・・。 まぁ、相当な健脚でなけれは、大峰・八剣山での夕日は間に合いそうにないだろうから・・。 今日の所は、《国見八方覗》の眺めを味わえたなら“良し”としよう。
さて、宿泊のことであるが、《弥山小屋》は冬小屋のみ使用可能であり、シュラフと食事用具は持参せねばならない。
また有料(’97年の正月で3500円・・。 素泊まりにしてはちょっと高い・・)でもある。
もし、あなたか“強者”ならば、ここで耐寒幕営をするのも一興!?である。
私も体験したが、これはこれで病みつき!?になるのである・・。 明日は近畿最高峰の大峰・八剣山で、美しい朝日と原生樹氷林のおりなすファンタジーを心ゆくまで堪能したいと思う。 明日の好天を祈って、“耐寒修行”を行ないたいと思う。
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| 上 御来光が樹氷林をほのかに照らす・・ 下 染まる樹氷の彼方に台高の山なみが・・ |
空がスペクトルに彩る瞬間・・ | |
《2日目》 大峰・八剣山で御来光を眺めて下山
朝、目覚めて、御来光が望める空模様なら、とても幸運なことである。 なぜなら、ここは日本でも有数の降水量を誇る地域なのである。 このことから、“昨日、あんなに苦労(筆者の場合は違う苦労だが・・)したのに御来光が望めなかった・・”という残念な結果が大いに有り得るのだ。 私も2度チャレンジして、ようやくこの項目を書き記すことができたのである。
それでは、この“価値ある”御来光を眺めにいこう。
《弥山小屋》の側面から、真っすぐに樹氷林の中へ入っていく。 樹氷にかぎろい色の光が当たり美しい。
一度、弥山との鞍部まで下って、岩と原生林の根が絡んだ登りを30分ほど登っていくと、“近畿最高峰”大峰・八剣山 1915メートル の頂上だ。 辺りには、樹氷となった美しい原生林が山麓に向けて林立している。
登り着いた頂上には修験道に通ずる山らしく、釈丈が一つ地面に突き刺さっていた・・。
その釈丈に向かって御来光が・・、また空がスペクトルの輪と条を描いていた。
そして、その背後に枯木が一本・・。 これが御来光やスペクトルの空とあいまって、言葉では語れない素晴らしい情景を魅せてくれる。
また、山岳風景も魅力いっぱいだ。 南方には、美しいピラミタルな山容の釈迦ヶ岳 1800メートル に続く《奥駈》の山なみが連なっている。 ピンク色の空と雲海に浮かぶ果無の山なみも美しい・・。 振り返ると、大普賢岳 1780メートル や、山上ヶ岳 1719メートル といった“表”大峰をつかさどる山が独特な山容でそびえている。 その背後には台高山系の盟主・日出ヶ岳 1695メートル 、そしてその背後が透き通ったピンク色の空であれば、うっすらと台形の山が雲海に浮かんでいるのが望めるだろう。
この台形の山こそ、木曽の御岳である。 関西の山に登って中央高地の山なみが望めるとは、大峰・八剣山の魅力は底知れない。 “あの雲海の山へいってみたい・・”という湧きあがる願望を振り払って、今日の所はおとなしく《弥山小屋》まで往路を戻ろう。
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| 左 雲海を従えて浮かぶその姿は 1600mそこそこの山々とは思えない・・ 右 樹氷もほのかに色づくとっておきの御来光・・ |
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弥山まで戻って帰り支度を整えたなら、弥山頂上にある《弥山神社》(弥山小屋から10m奥にある・・)で“初詣”をして(あくまでも、正月に登る設定でのことであるが・・)、その横手を真っすぐに下っていこう。
この下山路は《天川村・河合》への道である。 下っていくと、原生林に囲まれた大峰・八剣山の全容が見渡せるようになる。 今、下っている弥山の尾根道は、樹齢の浅く低い原生林帯なので展望はバッチリだ。
やがて、原生林の樹林帯に突入して傾斜が徐々にキツくなっていく・・。 所々にかつて《弥山小屋》が使用したのであろう・・、物資輸送用のロープウェイの残骸があった。 雪に埋もれる錆びついた滑車は痛々しく、何かのメッセージを訴えかけているようで切ない・・。 この坂を下りきると、《弥山川》の源頭にある河原に出る。 《狼平》である。
この河原の上には、牢獄と思しき《狼平避難小屋》が建っている。 小屋の内部もベニヤ板が張っているだけで、政治犯や権力の座を追われた者が幽閉されるに“ふさわしい”造りである。 まぁ、利用者もそうはいないだろうから、小屋の中にテントを張って頂上を往復するプランとしては“使えそう・・”であるが・・(現在は建替えられて、立派なログハウスとなっている)。
前を流れる沢で気合を入れて(冬山の源頭の水は身を切るように冷たい・・ 気合を入れるにはもってこい・・である)、先に進もう。 なお、この沢は冒頭で述べた『名瀑百選』・《双門滝》と《白川八丁》に連なる沢である。
もちろん、沢には簡単には入れない。 沢の入口には『通行禁止』の立札とワイヤーロープの“しんばり”が施してあり、二重に人の侵入を阻んでいた・・。
《天川村・河合》への道はこの沢を吊橋で渡り、頂仙岳からの尾根筋に移って、この山を巻きながら下っていく。
ここからは、樹林帯の中を徹底的に下っていく。 大峰の山は下れば下る程に同じような景色が連なり、方向感覚を大いに惑わせる山域だ。 下っても下っても・・、同じような樹木と同じようなテラスの風景が繰り返し現れ、気分も大いに萎えてくる。 そしてこの風景は、この急坂の終点・《栃尾辻》の避難小屋の建つテラスの情景にそっくりなので、淡い期待を抱かされる分だけその落胆も大きい。
約2時間半・・、このようなまどろっこしい坂とテラスを数度乗り越えると、ようやく《栃尾辻避難小屋》のトタン屋根が見えてくる。 この小屋はトタンの波板で囲ってある上にトタン板が“屋根”として乗っかっているだけ・・の造りで、今までに私が泊った避難小屋では“最悪”の造りであろう・・と思う(かつて、夜間登山をした時に吹雪かれて、ここでビバークした経験がある・・)。 もちろん、下は横から雪解け水が浸入して半ぬかるみ状態であった。
ここからは、林道も視界に入ってくる安全な道を下っていく。 しばらく、伐採されてハゲ山状となった所を鉄塔に沿って下っていくと、下に《天川村・河合》の集落が見えてくる。 集落が見えてきたなら、石段に鉄網を被せた階段で標高差200mほど下り、用水路の土手のような所から下界に下り立つ。 バスは1日数本程度の運行なので、時間は予め調べておいた方が無難である。 もし、時間が有り余ることになったなら、約4km先の《天ノ川温泉》でひと風呂浴びるのもいいだろう。
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| 左上 スペクトルの空と立ち枯れの木が おりなすファンタジー・・ 右上 朝の光は何故・・ こんなにも美しく辺りを染め上げるのだろう・・ 中下 空がだいぶ明るくなってきた・・ 右下 頂上から望む『奥駈』の山なみ・・ |
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駐車場・トイレ・山小屋情報 双門ノ滝 日本の滝百選で最もアプローチが困難な滝だ・・
行 程 表
<3> 弥山川ルートを遡行して双門ノ滝へ
《1日目》 大阪・阿部野橋駅より鉄道 (1:15)→下市口駅よりバス (1:15)→天川村・河合バス停 (1:10)→熊渡・弥山川出合
(0:30)→白川八丁 (0:40)→ガマ滝 (1:00)→一ノ滝 (1:50)→仙人ー(双門ノ滝)前のテラス (1:50)→河原小屋
《2日目》 河原小屋 (1:40)→狼平 (1:00)→弥山小屋 弥山小屋より大峰・八剣山まで往復1時間
弥山小屋 (0:55)→狼平 (2:20)→栃尾辻 (2:00)→天川村・河合バス停よりバス (1:15)→下市口駅より鉄道
(1:15)→大阪・阿部野橋駅
<3> 弥山川ルートを遡行して双門ノ滝へ
《1日目》 一ノ滝・双門ノ滝を経て河原小屋へ
さて、この項目では、大峰山の登山ルートとしては最も難コースと言われる《弥山川遡行ルート》を探勝してみよう。
大峰山をめぐる時に、いつも問題となるのがアプローチの事だ。 行程表では鉄道・バス利用としているが、これらを使うと時間的・体力的に大いに不利であろう。 なぜなら、バスの運行本数が1日4本と使えたものでないからだ・・。
そして、《1日目》の歩行時間が登山口の《熊渡》からも6時間近くである事を考慮すると、“昼から登山・・”の愚行は避けるべきであろう。 従って、前夜アプローチの翌朝早くの出発は必須となる。 これに対応できるのは、マイカー利用以外に手がないだろう・・。 但し、《熊渡》は『行者還林道=国道309号線』途中の何もない所なので、車内泊とはいえどもそれなりの心構えが必要だろう。 参考までに、筆者は黒滝村の『道の駅』で一夜を過したのであるが・・。
前述した通り、朝はできるだけ早い出発が望ましい。 車を《熊渡》前の少し膨らんだ林道スペースに寄せて置き、支度が整ったなら出発だ。 まず《弥山川》を橋で渡るのだが、その入口に『双門滝コースはガマ滝奥の桟橋崩落の為、通行止』との看板が立てかけてあるのが目に入るだろう。 恐らく、この看板を見て多くの人が“引き返す”ことだろう。
引き返さずとも、“引き返し”を念頭に置いた行動になることと思う。
橋で《弥山川》の出合を渡り、《弥山川》に沿って荒れた林道を奥へ遡っていく。 林道に立てかけてある看板や作業認可表示を見ると、どうやらこの林道は木材搬出用のものらしい。 林道を約30分程歩いていくと、木材搬出の土場に出る。
その傍らに“犬走り”のような踏跡が《弥山川》の方に向かって続いており、『弥山・双門コース⇒』と記す手製の木板が掲げてある。
この標識の通りに河原に向けて左に下っていくのだが、『通行止』を匂わす為なのかメッタやたらに倒木が散乱して進路を塞いであった。 倒木帯を抜けると、岩がゴロゴロと転がる荒れた林道となる。 だが、なぜかガードレールがあり、薄暗い雰囲気や苔生した側壁と相俟って、何とも不可思議で不気味な雰囲気をかもし出している道である。
この不気味な河原への下降路を下りきると、真っ白な砂利石が広がる広い河原に出る。
ここは《白川八丁》と呼ばれる所だ。 ここからは、この砂利の河原の真ん中をつめていく。
今までの薄暗い林道から解放された事は好ましいのだが、これよりは打って変わってリングワンダリンクにさえ陥りそうな目標の定まらない河原歩きとなる。 川の流れは完全に伏流水となっていて、河床の真ん中に立っているのに全く水か見ないことにルートの不安を感じることであろう。
河原を伝っていくと、やがて河原によくある大きな岩石が現れるようになり、ほどなく伏流となっていた川の水が見えてくるようになる。 こうなるとさしも広い《白川八丁》も終わりを告げ、両岸の岩盤が迫って《弥山川》は川から沢の流れと姿を変える。 下の河原が眩い白から沢の様相に変わる頃、右岸(下流から遡行するので、ここでは左手)の土手に取り付いて岩盤の中腹あたりをトラバース気味に伝っていく。 この土手の取付点には、『弥山・双門コース登山口』の標柱が立っている。
ここからは、木にくくりつけてあるリボンを頼りに崖にへばりつくように切ってある“犬走り”を伝っていくが、いつしか沢は遙か下方を流れ、薄暗い沢筋と相俟って緊張感が高まることだろう。 錆びついて支えがボロボロとなり見た目にも心許ない桟橋群を恐る恐る伝っていくと、岩瀬をかむ瀬滝を横目に見る事ができるだろう。 恐らく、これが《ガマ滝》であろう。
この瀬滝を映像として収めたかったのではあるが、かなり薄暗い峡谷の中でしかも足場が不安定と、どうにも撮影できる余地がなかったので滝画像については御容赦頂きたい。 《ガマ滝》を過ぎるとなお一層足場は不安定となり、崖をへばりつくように伝っていくと、《熊渡》に立てかけてあった桟橋崩落の現場にたどりつく。 朽ちた桟橋は遙か20m下の谷底に横たわり、一見すると前進不能の様相を呈している。 橋が落ちた光景は、視覚に訴える効果が抜群である。
恐らく、何らかの恐怖心を感じることだろう。
さて、こういう時こそ落ち着く事が肝要だ。 よく周りを見渡してみると、上方に目立たない青いビニールテープ(薄暗い中なので、本当に見分けがつきにくい・・)が枝にくくりつけてあるのを見つけることが叶うだろう。 もはや崖となった土手を10m程よじ登って、桟橋の落ちた枯れ沢上部のルンゼを跨いで対岸の土手に取りつく巻き道が切られてある。
しかし、雨天ともなるとこの枯れ沢のルンゼが滝となるだろうから、このルートを行く時には雨天は絶対に避けるべきであろう。
この難所を越えると、河原へ急下降していく。 難所越えで緊張した身体と心を、沢を流れる冷水で癒す事にしよう。
ここからは、沢の次なる難関である“道の不明瞭”がついてまわる。 ルートは沢を渡って左岸を伝っていくのだが、渡渉せず右岸を伝う踏跡が残っているので、そのまま突き進んでしまうと行き詰まるのである。 渡渉点を示したリボンやペンキも少なく、渡渉点を見つけるのはそれなりの経験と勘が必要となるだろう。 なお、この徒渉点のすぐ上にビバークサイト(初日に体調のすぐれなかった筆者はここでビバークした・・)があり、目標としてはこれが当てはまるかもしれない。
左岸に渡るとしばらく歩きやすい道が続くが、やがて沢に横たわる巨大な岩石に行く手を遮られるようになる。
もちろん、ルートはこの巨岩をよじ登り、飛び越え、トラバースで伝い・・と一つづつ越えていかねばならない。
このような道筋なので、指呼の先にある《一ノ滝》にたどり着くまでに、かなりの時間を費やすのである。
沢の滑りやすく登りにくい巨石群をロープや鎖、アングルなどを手にしながらよじ登っていくと、前方に立派な吊橋が見えてくるだろう。 巨岩の上で野ざらしとなり朽ちて崩れたハシゴや、岩から抜けて宙ブラとなり錆びついたアングルを相手に格闘していた事を思うと、前方にある立派過ぎる吊橋の光景は何か釈然としない気持ちを抱く。
だが、この立派な吊橋までには、尖った一枚岩盤を足場の悪いトラバースで越えねばならない。
このトラバースはかなりのクセモノで、下りの足場がかなり狭く下は巨岩の転がる谷間となっているので否が応でも緊張する。 何とかこれを越えると、なだらかな大岩の上を一度迂回して吊橋に至る。 この大岩の上からは、吊橋前に掛かる《二ノ滝》の勇壮な姿を望む事ができる。 緊張の連続であろうから、ここは絶好の憩いの場となろう。
両側に大きなーを従える美瀑・二ノ滝
落差18m(見た目は30m位はあろうか・・と思うのだが)とはいえ、幽谷の大岩盤に二段の直瀑を掛ける白布は疲れた心身に大いなる力を与えてくれることだろう。 十分にこの美瀑で疲れを癒したなら、吊橋を渡って先に進む事にしよう。
吊橋を渡ると、いよいよこのコースの“名物”が登場する。 その“名物”とは、『垂直ハシゴの大攻勢』である。
まず、最初の20mほどの垂直ハシゴを昇ると、《三ノ滝》右岸の大きなーの上に出る。 この上は雑木が生い茂る荒地で、道は馬蹄形に周り込んで上に抜けている。 なぜこんなまわりくどい書き方をしたか・・というと、この辺りの道はかなり解かりにくいのである。 周り込まずに直進すると、筆者のようにモロい土崖を登らされたり、また崩れかけの土崖を下りるハメになるので御用心・・。 数が乏しく、欲しい所についていない・・など不親切な“道標リボン”なのだが、よくよく見渡せばチラホラと発見できるので、見落とさぬように注意したい・・。 道は概ねつづらを折っていて、つづらの切れない所が“垂直ハシゴ”となっているようである。
雑木が生い茂ってあまり見通しの良くない《三ノ滝》を横目に見ながら、“名物”を黙々と登っていかねばならない。
その数30連発・・。 それも、1本のハシゴでどれも30mは上がっている・・。 これは考えてみるとものすごい事で、ハシゴを昇るにつれ、下に広がる《白川八丁》が谷底の白い光と化するのである。 ダイナミックな眺めではあるのだが、あまり下を振り返るのは精神上宜しくないであろう・・。
25発目辺りから“垂直ハシゴ”は途切れがちとなり、またハシゴが横たわる“桟橋”(下が筒抜けなので、こちらの方が恐怖を感じるかも・・)が現れるようになると、このハシゴ急登の終わりも近い。 最後は緩やかな登りでこの大きなーの頂点に立ち、大きな衝立ーが立ちならぶ光景を目にしながら、垂直ハシゴを50mほどーを巻くように下る。
下りきると、落葉がふき溜まるジメっぽい谷間に出る。 その先は沢へ向けて大きく開けている。
ここが、待ちに待った《仙人ー前のテラス》である。
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| 左 名瀑・双門ノ滝 上の木が少し邪魔・・ 中 双門ノ滝の横位置 やっぱり木が邪魔・・ 右 正に“命拾いの水”・・ 三鈷滝の落口前の美しい瀞 |
鉄線で仕切られた崖っぷちの先に、2つの大きなーの間に滔々と水を落とす端正な直瀑があった・・。
これが、恐らく『日本の滝百選』で最も姿を望むのが困難・・とされる《双門ノ滝》である。 落差は70m位であろうか・・。
威圧感はさほど感じないが、何とも端正な美瀑だ。 だが、ここまで来るのにかなり疲れてカメラをいじる気になれなかったのも事実だ・・。 従って、掲載写真があまりパッとしない(この項目全体でパッとしないが・・)のは御容赦の程を・・。
さて、《双門ノ滝》を心ゆくまで望んでじっくり休憩して息を整えたなら、今日の宿泊場所《河原小屋》に向けて登っていこう。 地図のガイドなどではこれより所要1時間半ほど・・と安易に流しているが、これよりが肉体的にキツいのである。
《仙人ー前のテラス》よりは、息も着かせぬイッキ登りが待ち受けているのである。 また、昼前の日差しがキツくなる時間帯の登りで、“今までの疲れ”に加えてキツい日差しのイッキ登りで、日頃の運動不足如何では途端に息が上がってしまうことだろう・・。
このキツい登りで《トサカ尾根》の頭を越えて、再び沢の方へ急下降していく。 もちろん、垂直ハシゴの下降の連発だ。
しかも、《トサカ尾根》を越えた直後からハシゴはボロボロに朽ちた未取替(二ノ滝〜双門ノ滝は、吊橋の架け替えと同時に新しいハシゴが設置されている)のもので、所々“ハシゴが崩壊して使えない・・”という場面にも遭遇する。
下りでハシゴが使えない・・と、かなり辛いものである。 このようにコースタイムを鵜呑みにすると、とんでもない“現実”が待ち受けているのである。
《双門ノ滝》より登った分そのまま下りきる程に急下降した後、ガレた枯れ沢を二つ跨いで小さな高みをハシゴで上下すると《三鈷滝》という落差15mの滝が現れる。 雛壇状の岩盤に白布を掛ける感じのいい滝なのだが、疲れていて写真は撮れずじまい・・となってしまった。 個人的なことであるが、このルートの探勝は再度のアタックが必要・・という“宿題”をかかえてしまったようである。
この滝の右岸を大きく高巻いてやり過ごすと、《三鈷滝》上部の河原に出る。 待ちに待った水分補給タイムだ・・。
後述となってしまったが、《一ノ滝》よりここまで水の補給は叶わないのである。 “沢遡行だから・・”とタガをくくって水を持たずに登ると、脱水症状一歩手前に陥りかねないので念の為(筆者は“タガをくくった”為、このキツい登りで5時間に渡って水が飲めなかった・・という愚かな体験をしたのである)。
これよりは、沢の中を忠実に遡行していく。 函状となって遡行できない所は、右岸を大きく高巻く・・といった感じでつめていく。 高巻きの道中にある桟橋はどれも朽ち果てているので、通過には慎重を期したい。 また、沢の中はルートが不明瞭なので、よく見渡して“道標リボン”(この沢の“道標リボン”は目立たぬ所によくある・・)の見落としがないようにしたい。
河原に出てから約35分ほど沢をつめると、今日の宿泊場所《河原小屋》だ。
地図上では《河原小屋》は“荒廃しきり・・”と記述されているが、近年に建替えされたようで、写真のような新築ロクハウスの立派な小屋となっている。 このルートは“健脚・経験者向”なのだが、『日本の滝百選』の《双門ノ滝》もあり人気コースとなっているようである。 この小屋もそれなりに利用者がいるようである。 明日は、沢をつめて大峰山の最高峰に立とう・・と思う。
上 河原小屋よりは巨石の転がる沢歩きだ・・
下 美しいログハウスに生まれ変わった河原小屋イワナの亜種・キリクチの
生息南限の沢・・と言われる弥山川
心無い釣りマニアによる密漁で絶滅に瀕している・・
《2日目》 弥山川を沿って大峰山の最高峰へ
地図を見ると、《河原小屋》から沢遡行の終点である《狼平》まで所要1時間少々・・と安易に記してあるが、難度的にはこのルートで最も嶮しいのではないか・・と思うのである。 所要時間も1時間少々ではとても無理のようである。
その為にも、早発は必須条件だ。 沢では、ルートファインデングが最も重要視される。 落ち着いてよく見渡して、状況を把握しての正しい判断での行動が求められる。
さて、《河原小屋》からは沢を忠実につめていくのであるが、大岩の転がる河原を“歩ける所を見つけつつ”ジグザグに沢を跨いでいかねばならない。 沢両岸の巻き道も濡れて滑りやすく、また所々かかる桟橋は全てボロボロに朽ち果てていて心許ない・・。 沢は水量が少なく登山靴を濡らさずに進む事ができる(雨後の増水時は、決して沢に入らぬ事)が、滝瀬の飛沫で常時ヌメる大岩を飛び伝ったり、これらの岩縁を爪先でトラバースしたり・・と冷汗で額を濡らす場面が連続する。
私の通った時は小雨の降り出す悪条件であったので、“滑り”に対しては大いに緊張する。 高巻きで切られたルートは大岩が転がる滝瀬の上をヘツるものがほとんどであるから、滑り落ちるとタダではすまない。 沢は《桶ノ谷沢》と呼ばれる沢筋を分けた後、両側が狭まって函状を呈してくる。 そして、《聖門ノ滝》という落差15mの滝の左岸をよじ登った先が、この沢の“クライマックス”だ。
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| 上 行程最大の難関・ハング岩の垂らしハシゴ 下 岩壁をアングルを伝っての『空中歩行』で越える |
“フィッツ”発動! 岩に置いてセルフタイマーで撮った聖門ノ滝・・ |
5mの岩壁の上に抜けていくのであるが、この岩は固定の立てハシゴが架けれぬ程の“オーバーハング”なのである。
従って、“垂れハシゴ”が垂れ下がっているだけなのだ。 私のようにテント担ぎの重荷であると、“垂れハシゴ”が左右に揺れて昇り辛い上におっかない。 またオーバーハングでは、“垂れハシゴ”がハングした岩面に密着して爪先昇りを強いられるのである。 また、“垂れハシゴ”を嫌ってこの横にあるアングルに足を掛けようにも、一番下のアングルが高すぎて足が届かないのである(たぶん、設置してあった鎖が脱落したのであろう・・)。
恐らく、この“オーバーハング”を目にすると“途方に暮れるだろう・・”し、この通過には“肝を冷やす”のである。
これを越えても、難関は終わらない。 閉店間際の大放出が続くのである。 《聖門ノ滝》より沢の終点まで距離にしたらほんの僅か(山岳ガイドでは“10分程”と記しているが、30分近くかかる・・)なのであるが、この通過は最も難関なのである。
次の難関は、岩に突き刺したアングルを伝っての岩盤のトラバースだ・・。 それも、“30mモノ”が2本ある。
もちろん、アングルの間は瀬滝が岩を噛んでいる・・。 下が筒抜けなのである。 手の支えも鎖なので、恐怖心からしがみついてしまうと垂れてバランスを失うのである。 ここは鎖はあまり頼らずに、鎖をつなぐアングル(岩に打ち込んであるので、“支え”としては的確である・・)を当てにして慎重に伝っていこう。
この2本の“パツンパツン”のトラバースを越えてその先の滑りやすい岩を高巻きすると、両側が狭まった函を抜け出して沢が開けてくる。 すると、程なく《狼平》を通る《弥山・川合道》と合流する。 《河原小屋》から《狼平》まで、慣れぬ私のタイムが約2時間・・。 2時間はかかり過ぎ・・だと思うが、到底1時間少々では行けないのも事実であろう・・。
沢の難所で大いに神経をすり減らしたであろうから、すぐ近くにある《狼平避難小屋》でひと息入れよう。
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| 弥山川ルートは『危険につき通行禁止』・・ | “政治犯収監の監獄”が美しいログハウスに様変わり・・ | この小屋が様変わりしてたら、さすがの私もブッ飛ぶな・・ |
だが、この《狼平避難小屋》は建替えられて見違えるようになり、《狼平》に着いてこの小屋を目にした時は“呆然”としたものである。 正に、『世界遺産の影響・・、恐るべし・・』である。 これで、あの《栃尾辻避難小屋》が建替えられていたなら、私は“ブッ飛んで”いただろう(栃尾辻避難小屋は未だ・・のようである)。
後は、最高峰をめぐってから降りるも良し・・、《弥山・川合道》で帰路を急ぐも良し・・である。
天気が良ければもう一日を費やして、翌朝に最高峰での御来光を望むのもいいだろう。
最高峰の八剣山 1915メートル と《天川・川合》のそれぞれのルートの解説は、『<1> 行者還トンネル西口より大峰・八剣山へ 〔厳冬期〕』で記しているのでそちらを参照して頂きたい。 下りに感じる事は、恐らく《天川・川合》へは果てしなく遠い・・(約9km)ということであろう。 下り終えても、まだ“マイカーの回収”というひと仕事が残っているのである。
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