このページは、 93 桜島 ・ 94 開聞岳 ・ 95 坊・野間海岸 ・ 96 佐多岬 を掲載しています。
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| 今なお噴煙をたなびかせる桜島・・ |
93 桜 島 さくらじま (霧島屋久国立公園) ・・・鹿児島県
薩摩地方のシンボル・桜島 1117メートル ・・。 今もなお、噴火活動中の活火山だ。
地元にとっては迷惑厄介なこの噴火・噴煙も、旅人にとっては絶景となってしまう。
特に、大隅半島から錦江湾を前景に桜島がもうもうと噴煙を上げる姿は、見事なまでの絵姿である。
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| 駐車場・トイレ・山小屋情報 | 桜島とローカル線・・ 今となってはもう望めぬ情景だ・・ |
行 程 表
JR国分駅よりバス (0:45)→大隅麓バス停 (0:10)→桜島口でバス乗換 (0:10)→古里温泉
(0:25)→桜島港・熔岩原と海中公園めぐり・桜島港より航路利用 (0:15)→鹿児島・桜島桟橋よりバス
(0:10)→JR西鹿児島駅
’87年まで、桜島に沿って“ローカル線”と呼ばれた鉄道があった。 その鉄道の車窓越しに眺めた桜島が、私にとっては最も印象深いものであった。 それゆえに、勝手ながら“あの頃・・”を回想しつつ文を進めていきたいと思う。
・・’87年まで細々と通っていた鉄道・旧国鉄大隅線は、《国分》より大隅半島の中央部を大きく迂回して《志布志》まで通じていた。 国分駅の一番端のホームから、いつも古ぼけた気動車が発車していた。 線路状態は極めて悪く、40km/hそこそこのスピードでもう車輪が悲鳴を上げていたのを憶えている。 窓枠には、火山灰と思われるススが積もっていた。
窓から手を出して車体に触ろうものなら、たちまち肘が火山灰でザラザラとなったものである・・。
列車は《大隅福山》の駅に差しかかる・・。 車窓には、海に浮かぶ噴煙を上げる桜島が広がってくる。
《大廻》・《大隅境》・《大隅二川》・《大隅辺田》と過ぎるごとに、桜島が美しくそびえてくる。
そして、絶好の撮影地と噂に聞いた《大隅麓》駅が近づいてきた。
“是非、桜島とローカル線の情景を手にしたい・・”。 この思いが募り、この駅で下車する。
下車と同時に、桜島の噴火という手荒い歓迎を受ける。
海を眺めてから、シラス台地の丘の上に向かって登っていく。 頃よい所で振り返ると、《錦江湾》に浮かぶ桜島と行き交う船・・。 そして、時折やってくる古びた気動車と駅舎もない片面ホームだけの駅がおりなす、旅情満点の風景がファインダーに広がる。 この頃の私はまだ幼かったのか・・。 この素晴らしい風景を作品として残すことができなかった。
掲載写真でも判るように、見事に逆光で露出アンダーである。
あの時はすごく口惜しく感じたが、今はあの“鉄道と桜島”の風景が撮れたことを心から良かったと思っている。
もう、二度とあの風景を撮れない今となっては・・。 でも、脳裏の奥のファインダーには、『日本百景』に相応しき素晴らしい風景がくっきりと焼きついている。 それだけでいいのだ・・。 桜島の幾度かの噴火で衣服は火山灰まみれとなったが、気分は上々だったのを憶えている。
後は、グローブ燈が灯る最も古ぼけた型の列車に乗って、大隅線を完乗する。
心地よい疲れで、いつしか眠りに入っていたのも憶えている。
慌しい撮影旅行であったが、私の心に深く残る旅でもあった・・。
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| 日本最南端の駅・西大山にて・・ | 長崎鼻から開聞岳を望む・・ | |
94 開 聞 岳 かいもんたけ (霧島屋久国立公園) ・・・鹿児島県
開聞岳 922メートル は、裾を端正に広げる美しい山容から“薩摩富士”と呼ばれているコニーデ・トロイデ複合式火山である。 また近くには、火山の名残りともいえる“マール湖”・《池田湖》や《鰻池》・・、《溶岩凝灰岩》など、様々な火山地形が見られる。 また付近には、開聞岳をバックにして美しい景観となる所がたくさんある。
《池田湖》もその一つで、菜の花畑越しからみる開聞岳は絶品であるし、《長崎鼻》のソテツ越しの景観も南国ムード満点である。 また、海から眺めるのも“乙”である。
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| 駐車場・トイレ・山小屋情報 | 上 池田湖畔に咲き乱れる菜の花・・ 温暖な地方ならではの情景だ・・ 下 日々の営みを開聞岳はじっと見護っている・・ |
行 程 表
JR西鹿児島駅より鉄道 (1:30)→JR山川駅より鰻池まで徒歩約1時間半、池田湖までタクシーで約25分
JR山川駅よりバス (0:20)→長崎鼻 (0:15)→JR開聞駅より鉄道 (0:10)→JR西大山駅
(0:15)→JR指宿駅より指宿温泉めぐり (1:15)→JR西鹿児島駅
『開聞岳』は、どこから眺めても美しい円錐の山容を崩さない名峰だ。 今回は、この山の美しい姿が良く似合う景勝地を訪ねていこう・・と思う。 JR指宿枕崎線は、途中の山川までは30分毎で運行している。
だが、それより先は、1日6本と激減する。 哀しいかな・・、この『開聞岳』はこの1日6本の区間にあるのだ。
従って、かなり時間に縛られる旅となってしまったのは、いささか残念である。 それでは、出発しよう。
1日で多くの景勝地をめぐるので、西鹿児島駅はできるだけ早く出発した方がいいだろう。
海と桜島を車窓に望みながら1時間半列車の中で揺られると、開聞岳観光の拠点・山川駅だ。
ここから、《池田湖》の小型版・《鰻池》へ歩いていくことも可能だ。 所要は、片道1時間半位だろうか・・。
ここから望む開聞岳は、森と湖を配したすっきりとした情景である。 また、この付近には強烈な硫黄温泉が湧いており、《鰻温泉》と呼ばれているこの温泉に浸かってくるのもいいだろう・・。
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| 池田湖も開聞岳の好展望地だ・・ | 開聞岳より麓を見下ろす・・ | 開聞岳山頂にて・・ |
次の景勝地・《池田湖》はJR山川駅より15km程離れているので、タクシーを利用しよう。
この《池田湖》は、開聞岳の火山活動でできた“マール湖”で、我が国では他に秋田県の《男鹿》でしか見られない貴重な自然の創造である。 この《池田湖》から望む“お目当て”の開聞岳の情景は、菜の花の眩い黄色に湖を配した素晴らしい色彩を魅せてくれる。 菜の花畑は、真夏以外のオールシーズンに鮮やかな黄色のじゅうたんを敷きつめている。
“この黄色いじゅうたんをどの位ファインダーに埋めようか・・”と思うだけで、創作の楽しさが膨らんでくることだろう。
さて、ひと通り思ったアングルでの撮影が済んだなら、山川駅に戻りバスに乗り換えて《長崎鼻》へ行こう。
山川駅からは、約20分で《長崎鼻》の《パーキングガーデン》前のバス停に着く。 《パーキングガーデン》は有料だが、とにかくイベントが楽しい。 サルやイルカのショーだけでも十分“元”は取れるだろう。
そして、砂浜の海岸に沿って植樹されたソテツ・ビロウ・ハパイヤ越しに望む開聞岳は、南国ムード満点の情景である。
南国ムード満点の開聞岳を撮るも良し・・、《パーキングガーデン》内にある動物園でフラミンゴやホロホロ鳥などの南国の珍しい動物を観察するも良し・・である。 楽しい所にいると、時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
あまり時間を食ってしまうと最後の景勝地に寄れなくなるので、頃良く引き上げよう。
《長崎鼻》からバスで開聞駅に向かって、15時台の列車に乗る。 目的地は、日本最南端の駅・西大山だ。
この駅は片面プラットホームだけの駅舎もない駅だが、ここから望む青々とした開聞岳は最も美しい三角錐の容姿を魅せてくれる。 次の列車を待って、開聞岳と片田舎の駅に入ってくる列車を狙ってみるといい・・。
シャッターチャンスは1回しかないので慎重に狙おう・・。 後は少ない列車本数をやりくりして西鹿児島まで戻ることになる。 だが、もし日程に余裕があるなら指宿でもう一泊して、《指宿砂蒸し温泉》の体験や開聞岳登山もいいだろう。
日程を1日増やせば、時間に追われることもないはずだ・・。 もちろん翌日は、開聞岳登山口までバスに乗っての開聞岳登山となる。
最寄のバス停から開聞岳 922メートル 頂上までは、トレッキング感覚で2時間もあれば登れるだろう。
私が登った時は残念ながら濃霧に巻かれてしまったが、天気が良ければ頂上からは噴煙を上げる桜島や《錦江湾》・・、そして《屋久島》の宮之浦岳も眺望できるという・・。 ただ、《屋久島》からの海峡は湿った雨雲の通り道で、標高1000mに満たない低山なれと、すぐに海霧が広がって雨になることが多いという・・。
このように、良い展望に恵まれる日はそう多くはないので、天気概況はよく見計らって登山を楽しもう。
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| 美しい入江が連なる坊・野間海岸・・ | 詩人も詩を詠んだ叙情的な夕景・・ | |
95 坊 ・ 野 間 海 岸 ぼう・のまかいがん (坊・野間県立自然公園) ・・・鹿児島県
遣唐使や鑑真渡来の地など、歴史の香り漂う薩摩半島南端・・。 この地は、落日の美しい所として知られている。
特に《野間池》・・。 ここからの落日がおりなすクライマックスは印象的で、一度魅せられると二度と忘れられないような叙情的な景観である。 詩人・川田順もこの落日の美しさに深い感銘を受け、“いにしえに今もあらざり阿多の海の、黒潮の上に釣するみれば・・”との詩を残している。
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| 秋目浦にたたずむ枇榔島・沖秋目島・・ |
行 程 表 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 枕崎市街より車 (0:20)→耳取峠 (0:40)→秋目浦・枇榔島展望地 (0:30)→野間池
(0:10)→野間岬・夕日ヶ丘 (0:45)→加世田市街 宿泊
《2日目》 加世田市街 (0:15)→南多布施駅跡 (0:15)→吹上浜めぐり (0:40)→串木野市街
《1日目》 坊・野間海岸をめぐって、野間池・夕日ヶ丘へ
《枕崎》から夕日の美しい《野間池》まで、定期バスはない・・。 従って、この地をめぐるには、車が必要不可欠だ。
また、『坊・野間海岸』沿いの道は、急勾配のグネグネ道が延々と続くのである。 その延長は50km・・。
是非とも、安全運転で楽しんで頂きたい・・。 《枕崎》の市街地を通り抜けると、道は徐々に細くなり勾配も増してくる。
20分位車を走らすと、開聞岳の好展望地・《耳取峠》である。 この峠を越えた辺りから道は更に細く蛇行するようになり、小型車同士のすれ違いも難しくなってくる。 峠の上からは、野間池に続く海岸線が入江と岬を交互に連ね、その出入りの妙が美しい。 やがて、《民族資料館》のある《坊》、《枕崎》からの終点・《泊》と、入江に連なる小さな漁村を通過していく。 この後も入江とひなびた漁村を地形に従順に越えていくのだが、この中で目を引く景色といえば、《秋目浦》の《正面岬》であろう。
ここは、いにしえに唐の高僧・鑑真が、12年の歳月をかけて渡来した上陸地である。
ここから、“律宗”が始まったのである。 しかし、今はその時の苦労を偲ばせるものは何もなく、岩礁や断崖がそびえ立つ穏やかな大海がたたずんでいるだけであった。 《正面岬》の展望所にある“鑑真渡来地の碑”だけが、その偉業を称えるのみである。 この展望所からは、枇榔島が大海に浮かんでいるのが見えるだろう。
この枇榔島越しに望む《野間岬》の灯台には、旅情をひしひしと感じさせるものがある。
この先は大型車の通行が困難となる極めて細い道が、断崖の崖っぷちを海岸に沿って縫うように続く。
後続車や対向車が来ないのを確かめて、車を止めて《野間》に連なる美しいリアス式海岸を眺めよう。
ゆっくりと、ゆっくりと進んでいくと、断崖の下に丸く仕切られた港町とその集落が見えてくるだろう。
《野間池》である・・。
| 難読地名一覧 大当 → うと 高崎山 → こざきやま 大崩 → うぐえ 谷山 → たいのやま 山神 → やまんがん ※ これらの内、1つでも読めたなら、 あなたはかなり地名に博学です。 また、全部読めたとしたなら、あ なたはもはや危険な“マニア”の 域に達しています・・。 |
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| 右上 こじんまりとした 漁村風景を魅せる野間池・・ 中下 野間池での美しいサンセット 右下 この日は特に美しい落日であった・・ |
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ここは鰤の漁が盛んで、脂の乗った寒鰤は絶品とのことである。 予定では、今日は《加世田》まで抜けるのであるが、計画を変更してここで宿泊し鰤に舌鼓を打つのもいいだろう。 さて、《野間池》に着いたなら、“お目当て”の落日を望むべく、岬灯台のある夕日ヶ丘へ上がってみよう。 すり鉢状の地形の底にある《野間池》の漁村からすり鉢の“縁”に這い上がるので、傾斜はかなりキツイ・・。 車が牛の歩みとなって、どうにか上がれる位の急坂だ。
道の途切れた所にはロラン局(海運逓信所)があり、その前に車を置いて夕日が沈む時をじっと待つ・・。
暮れが迫る時刻となれば、ロラン局の手前の土手に上がって“夕日ヶ丘”に立とう・・。
東シナ海の大海原に、光の影を引きながらゆっくりと沈む落日は真に叙情的だ。
“今、私は旅をしているのだ・・”という感慨が、胸からあふれてくる。
数多くの落日を見てきたが、海に沈む落日にこれほど感銘を受けたことはない。
それ故、この地を『日本百景』の一つとして選したのである。
丘の上の海を望む側には、川田順の詠んだ詩歌“いにしえに今もあらざり阿多の海の、黒潮の上に釣するみれば・・”の句碑がある。 彼もまた、私が感じたのと同じ深い感銘を受けたのであろう。
そして、受けたその深い感銘を詩人の彼は詩を詠み、私は写真映像で著したい・・と思ったのである。
しばし、己に適したその表現方法で、このあまりにも叙情的な落日を語ろうではないか・・。
波間に夕日が沈むと、また寂れた一漁村へと帰っていく。 港の灯が薄暗く、もの哀しい・・。
感動の落日に魅せられた後だけに、その思いは倍増する。 後は、難読地名の集落を越えて《加世田》市街へ向かうのみだ・・。 《加世田》の街には商店街があり、さすがにホッとする・・。
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| 上 野間海岸は裏に周ると断崖絶壁の情景を魅せる・・ 下 先進国・日本にこんな駅が存在したのだ・・ ・・《鉄道情報誌より》 |
廃止で“お払い箱”となり 放置されているバラック車輌・・ ・・《鉄道情報誌より》 |
《2日目》 吹上浜を見て帰路に着く
今日は《加世田》から、昨日とは打って変わった砂浜海岸沿いを北上して串木野に向かう。
その前に、南薩地方の隠れ遺産!?の『南薩鉄道』の軌跡を訪ねるのも面白い。
この『南薩鉄道』とは、’85年に廃止となったローカル私鉄・鹿児島交通のことである。
今はもう残ってはいないかもしれないが、往時の駅舎や軌道の路盤跡などは“目を見張る”光景であった。
廃屋と見まがう荒れ放題の駅舎や、レールの幅がどう見ても一定ではない路盤・・、茂るに任せた線路内のペンペン草・・、駅の待合室に“強風時倒壊の恐れあり”の案内札がぶら下がるなと、ひとクセもふたクセもある路線であった。
なお、旧加世田駅(現在はバスターミナル)には、《南薩鉄道資料館》があるそうなので立ち寄るといいだろう。
『南薩鉄道』の遺跡を訪ねた後は、《吹上浜》へ行こう。 この《吹上浜》は、《加世田》市街の外れから《串木野》まで50kmにも及び、その幅は500mから4kmにも及ぶのである。 この広大な砂丘の縁には、《薩摩湖》などの砂丘湖が点在する。 また、この辺りは阿波の《阿南海岸》と同じくウミガメの産卵地としても有名で、時期が合えばあの感動的なシーンが眺められるだろう・・。 砂浜でひととき戯れた後、《串木野》に戻る。 途中にある吹上浜の温泉で、“五衛門風呂”に浸かるもいいだろう。
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| 上 到達の証・・ 佐多岬到達証明書 下 佐多岬から望む開聞岳も“乙”なもの・・ |
96 佐 多 岬 さたみさき (霧島屋久国立公園) ・・・鹿児島県
北緯30°59′57″・・。 九州で唯一、31度線を越える九州最南端の地・・。
フェニックス・ブーゲンビリア・ハイビスカスなどの熱帯植物・・、海の遙か向こうに見える薩摩富士・開聞岳 922メートル の美しい姿や、うっすらと見える《種子島》など、見果てぬ旅のロマンが望める。
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| 駐車場・トイレ・山小屋情報 | 上 果てしなく広がる大海原・・ これぞ最果ての情景・・ 下 最果ての海上を護る守護神・岬灯台 |
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鹿屋市街より車 (0:30)→大根占 (0:50)→大泊・ロードパーク入口 (0:15)→佐多岬
航空隊の街・《鹿屋》から30分で《大根占》の港に着く。 鹿児島市街からなら指宿〜大根占にフェリーが運航しているので、これを利用すると案外早く着くかもしれない・・。 『佐多岬』はさすがに有名観光地らしく、アプローチ道もすごぶる良い。 最も南端の集落・《大泊》からは有料道路となり、フェニックスが植樹された南国情緒豊かな並木道を快適に走らせていく。
有料道路の終点にある駐車場に車を止めて、アコウやカジュマルなど南国の密林が茂るトンネルを抜けると、岬展望台に出る・・。 足下は潮が荒れ狂う断崖絶壁・・。 その海鳴りから目をそらすように遠方の海原を見る。
《種子島》や《屋久島》・《硫黄島》などがうっすらと見渡せて、旅情と望郷の念を駆り立てられるだろう・・。
また右の海原には、開聞岳がコニーデ型の美しい姿を魅せている。
そして、岬につきものの“白亜の灯台”は、展望台から100m程沖の《大輪島》にポツンと立っている。
その灯台に向かって、岬の詩人・川田順の“黒潮の海の昇りし天津日は、佐多乃岬を日ねもす照らす・・”と詠んだ詩碑が立っている。 時間に余裕があるならば、ロードパークを少し北上した所にある《田尻港》から、枇榔島の海中探検のグラスボートが出ている。 これに乗船して海底に潜ると、テーブルサンゴのサンゴ礁の中にエンゼルフィッシュやコバルトスズメなど、色とりどりの亜熱帯魚が出迎えてくれることだろう。 岬の1日を楽しんだなら、夕日を望んで帰路に着こう。
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